【総受,クーデレ,冷血,無表情,呪われ】

 ***41***

ユゼで取った宿はこじんまりとしたものだったが、完全個室となっており、各々は着くと同時に各自部屋で一息を入れていた。
ジラクは荷物もそのまま真っ先にシャワーを浴びていて、身体に付く血を流しながら、最悪な気分に陥っていた。

とにかく極力、接点を持ちたくないのが守祭だ。彼らが来る前にその場を離れたかったが、顔を合わせることになり、面倒なことになったと思う。いずれにしろ、自分が関わったことは知られるだろうとはいえ、ユゼにいることを知られたく無かったというのが本音で、
「…」
ゆっくりと静かな溜息を吐き出す。

必ずしも年月の経過が全てを解決する訳ではない。
向こうが蟠りを持つように、ジラクも同等の蟠りを持っていた。それはこの先、何をしようと解けることはないだろう。
殺した魔物の最後を思い出して、その命の軽さに拳を握る。
封魔士とはそういうもので、そのことに疑問を持ってはいけないことを重々自覚していた。
全てを洗い流すかのように隅々まで身体を洗い、浴室を出る。大判タオルで髪の毛を拭きながら、下着姿のままベッドに腰掛ければ、丁度ドアをノックする音が鳴り響き、
「!」
一瞬の警戒をした。

まさか、守祭かと。
心臓がドキリと脈を打ち、すぐにその恐れを否定した。

つい数時間前の出来事で彼らがやってくるわけがない。
安堵のまま扉を開けば、目の前にはザキがいて、
「!…悪い」
入浴直後のタオル一枚のジラクを見て、開口一番に謝罪した。
「夕飯まではまだ時間があるが…」
「いや…」
訪ねに来ておいて歯切れの悪い態度で突っ立ったままのザキは、日頃の彼とは思えないほど静かで、中へと入れるのを躊躇いつつも、
「…何か用があったんなら入ればいい」
部屋への道を空ければ、相槌を打ちながらザキが中へと入って行った。
直情型の彼がこの日ばかりはハッキリと言葉にせずに言い淀む様を見て、よほど言いにくい用件なのかと首を傾げる。ドアを閉めれば、静かな沈黙が続き、さすがのジラクも戸惑いを覚えていた。

問題はそれだけじゃない。
飢餓感に喘ぐ身としては、あまり二人っきりにはなりたくない相手の一人で、折角のザキからの訪問であっても今は勘弁してくれというのが本音だ。
喉が無意識に鳴り、羽織るタオルを握りしめる。

ザキから視線を外し、服を着る為にタオルを肩に掛け直せば、
「今日みたいなこと、すんな」
驚くほど単刀直入の言葉を投げ掛けられていた。
「なんで?」
「なんでって、兄貴がしなくても守祭様がどうにかするだろ!」
「それじゃ遅いだろ」
一分の迷いもなく答えるジラクにザキが衝撃を受けたように押し黙る。視線を向けるジラクを、信じられないものでも見たかのように見つめ、いつからそんな正義感溢れる男になったんだと言わんばかりの視線であった。
「何が不思議なんだ。俺は元々、封魔士だ。人を守るのは当然のことだろ」
それに、と言葉を切って、
「サラが今にも泣き出しそうだったから」
そう続けた言葉はザキに忘れていた怒りを思い出させた。
「ッ…!いい加減にしろよっ!兄貴が気にしなくても、俺が守る」
苛立ちの勢いでザキが歩み寄る。それを見たジラクはビクっと肩を震わせ、僅かに後ずさり、それから逃げ場が無いことに気が付いて動きを止めた。
「一々、名前を出すんじゃねぇよ!どういうつもりなんだ!」
目前で凄むザキが胸倉を掴むかのようにタオルを両手で引っ張る。その距離は僅か数センチで、互いの呼吸すら当たるほどの近さであった。
「っ…」
「サラのことが好きなのかよ!」
そう詰るザキは互いの距離の近さには気が付いておらず、射るような鋭さでジラクを睨んでいた。

目の前にある強い生命力に、ぶわっと鳥肌が立って目が眩む。
多少、活力を貰ったところで相手がサーベルなら別にいいだろうという良くわからない理屈があった。
それが兄弟となると話は別だ。

衝動に堪えるように唇を引き結んで目を眇める。
その顔は、傍から見ると非常に鋭く冷たい表情で、
「お前に関係ない」
突っ撥ねる言葉は更に深い溝を感じさせる冷淡なものであった。
「…っ!」
相手を立腹させる言葉だということはジラクでも分かる。怒ったザキは部屋から出ていくだろうという安易な予想に反し、タオルを強く握りしめたザキは強い眼差しのまま、その場を離れない。
そればかりか、
「感情から逃げんな。サラを好きならそう言えばいいだろ!」
思った以上に理性的なザキは苛立ちの口調で、諭すように見当違いの言葉を言った。

「っは…」
そういうことじゃないと言えればどんなに楽かと息を殺し、耐えていた。
ザキの体内で荒れ狂う生命力に無理やり意識を引き込まれ、理性を根こそぎ奪っていく。こんな魔物じみた行為を兄弟相手には絶対にしたくなくて、それなら嫌われた方がまだましだと。そんな固い決意も、
「ぅッ…、ザ、キ…」
手を振り払おうとした途端に、ごつんと強い力で額をぶつけられ、霧散する。
「ッ!」
「兄貴ッ!逃げんなッ!」
触れる肌の心地よさに、全てが麻痺していくのを自覚していた。
「ザ…キ、い、まは…」
止めろという言葉は出てこずに、ゾクゾクと身体を震わせるジラクの瞳は今や完全に制御を喪った色で、獣じみた欲を宿す。
その変化に、ザキが違和感を覚えるのとほぼ同時に、
「…?!」
互いの唇が触れ合っていた。
突然のことに驚くザキを逃がさないようにと、ジラクの両手が首の後ろへと回される。

完全に、自我は無い。
本能のままの行為はただ飢えを癒すものでしかなく、そして、体内へと入ってくるその黒い生命力に意識を浸食されていた。
ジラクの瞳孔は魔物のように様態を変え、黒く変色する。
「兄、ッ、…く!」
抵抗していたザキに同様の異変が表れたのは直ぐであった。黒い瞳からは光が消え、
「っ…、は…」
キスはより深く絡まり、密着度が増す。

互いに、何をしているのか分からない状態であった。
ただあるのは本能に突き動かされたまま、相手を貪り尽くしたいという欲求のみで。

「ッ…!」
乱れた呼吸のまま、荒ぶる熱が放出されて、ようやく理性を取り戻す二人であった。


2023.10.29
いつも訪問・拍手ありがとうございますm(_ _"m)!
励みに頑張ってます(*^-^*)💛

そしてやらかす二人…('_')笑。ジラクは恋愛っていうよりどうにもならん身体の衝動が一番ネックかもですね(笑)。恋心を自覚してもふつーに身体の衝動には抗えなくて、不特定多数とのルーズな関係を続けてしまうキャラだな〜(*´꒳`*)可哀想可愛い(笑)。
サーベルを罵る資格ゼロなのが最高に好き('w')!

というかそういう設定だしな。総受けというかマジの全方位です(笑)

そもそもBLの基本はモブレと思ってる('◇')ゞモブレ無いBLとか、BLちゃうやろ…(笑)←うそうそ。怒られちゃう(笑)

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 ***42***


「…何か、しただろ?俺に」
服装を正しながら静かに問うザキは気まずさよりも、身に起こった異常な事態を追及していた。
何故そうしたのかもよく分からず、突然、襲い来る強い欲情に全身、魂ごと乗っ取られた気分だ。むしろ。この程度で済んで良かったというべきかもしれない。
「だから、…今は止めろと言っただろ」
溜息交じりに吐き出されたジラクの言葉は既に諦めの境地で、
「俺はもう普通の食事では満足できない身体になってる」
すんなりとそう白状していた。
「守祭に報告したければすればいい。こんなじゃ、同じ人間とは思えないだろ?」
冷静に戻った金の瞳は静かなもので、
「…」
止めろとか一言も言ってねぇじゃん、とか、意味のない突っ込みを心の中でしていた。

唇を拭い、視線を外すジラクを見つめながら、何て答えようかとぼんやりと思っていると、
「サラが好きな訳じゃないから安心しろ。腹が減って、…兄弟の傍にいるとやばいと思っただけだ」
言いづらそうに言い、手遅れだが、と付け加える。
「こんなことならサーベルから奪っておけば良かったな…」
ぽつりと続く言葉に衝撃を受け、ぷちっと何かが切れていた。
「グチグチとうるせぇな!馬鹿なことを言ってんなよ!」
ジラクのうだうだを聞いていられなくなって、もたもたと緩慢な動作で着替えるジラクに洋服を放り投げていた。
「俺でいいなら、くれてやる。兄貴のそれが異常なのか何なのか分かんねぇけど、…兄貴が変なのは昔からだろ!化け物だなんて思ってねぇよ!」
「…」
無言を返すジラクが何を考えているのかは分からない。
ただ視線を合わせない姿に深い後悔を読み取っていた。

普通か否かで言ったら、普通じゃないことくらい、ザキにも分かる。
どちらかといえば、人間離れした存在になりつつあるということだろう。

背を向け、シャツに袖を通す姿にそういうことなのかと、認識を改めざるを得なくなっていた。
赤い紋章が以前よりも広がっている気がして、孤独になりたがるジラクの心境を少しだけ理解する。
だが。

それが、どうした。
兄弟なら、支えるのが当然だと拳を固く握り締めていた。

「…詫びに…、夕食はザキが行きたい所に行こう」
着替え終わり、振り返ってそう言ったジラクはすっかりといつも通りの気配で、先程の熱など嘘かのように澄んだ瞳を向ける。
「当たり前だろ」
答えながら、これでいいんだよなと自問していた。

ジラクの食事が一体、何を指すのかすら分からずにいたが、あの一瞬の衝動はなんだったのかと思うほど、体はなんともない。
「兄貴は、…」
大丈夫なのかと手を伸ばそうとしたところで、それを避けるようにジラクが背を向けた。
そのまま部屋の入口まで歩いて行って、
「用は済んだだろ」
ドアを開き退室を促す姿に、結局いつも通りかと落胆を抱く。
歩み寄ったかと思えば突き放し、そして、あんな顔を見せておきながら、次の瞬間には冷徹な無表情へと逆戻りだ。
心配の気持ちすら無下にする態度に、平常心を保てるほど出来た人間ではない自覚はあり、
「それだけかよ?」
中途半端に開いたドアを押し閉じて、そのままジラクの逃げ場を奪うように顔の横に手を付いていた。
予想外の行動に動きを止めたジラクは間近にある顔を見つめるだけで、拒絶する訳でもない。ただ距離を保つようにザキの肩に手を当てていた。
「お前に説明したところで、分からない」
らしい言葉に、
「分かる、分からねぇとかじゃねぇよ!」
怒鳴るように返せば、ビクっと肩を震わせたジラクが視線を逸らす。
一瞬、目を眇めたジラクは僅かに沈黙したあと、
「なら…」
小さく呟き、恐れるようにザキの服を握りしめていた。
「…お前が美味そうだと言われて、何とも思わないって言うのか?そんなわけないだろ?」
意を決したように告げる言葉はザキの表情を変えることすらできず、
「思わないって言ってんだろーがっ」
「ッ…!」
返ってくるのは、何の迷いもないハッキリとした断言であった。
「いい加減、分かれよっ!」
痺れを切らすザキの怒声と共に強い力で肩を壁に押し付けられ、互いの距離が縮まる。それは身体的な距離だけでなく、心が触れ合うような距離感で、心臓の音が聞こえそうなほどのものであった。
「っ…、ザキ…」
ジラクの強い戸惑いを宿す表情に、言った言葉は取り消せないと腹を括る。なぜ、そこまで固執するのかは彼自身分かっていなかった。
ただ、力になりたいという思いは強く、そのためなら何だって辞さない覚悟であった。
ザキの強い眼差しに、ジラクの目元がほんのりと染まっていく。

想いの強さを真向から受け、それでも。
「──ッ…、お前の助けは要らないって言った筈だ。放せ」
掴んでいた服を強く押し退けて、拒絶した。
「!」
予想外の強さで押され、ザキがよろめく。間髪入れずに扉を開けたジラクが、心への侵入を拒むかのように、
「巻き込んで悪かったが、忘れろ」
部屋から出ていくことを促した。
「っ…!」
そこまでされて、踏み止まる気も無くなるザキだ。
口を開き、それは言葉にはせず歯を噛みしめる。
「っち…!クソ兄貴ッ!」
絞り出すような低い声で罵り、大股で部屋から出て行った。

「…」
ザキが振り返りもせず自分の部屋へと戻っていくのを見送って、部屋のドアを閉める。
深く長い溜息を静かに吐き出したジラクは、力が抜けたようにずるずるとその場に蹲り、顔を腕で覆っていた。
耳元は赤く染まり、瞳は光を宿して揺らぐ。
「こっちの身も知らずに…」
ザキの想いは確かにジラクに届いていた。

家族愛。
そう呼ぶべきものなんだろう。

「家族から食事を取るなんて、どう考えても異常だ」
ザキの『味』を思い出して、
「っ…、」
身震いをしていた。黒い気配に全身を包まれて、ゾクゾクと背筋が粟立つ。
これは一度知ってしまったら後戻りできない類のものだとすぐに悟っていた。つい先程、熱を吐き出したばかりだというのに、容易に昂る身体は本当に頭痛の元で、浅ましい欲情にげんなりとする。家族に食欲を感じることも、欲情を覚えることも、どちらも異常なことだろう。
「は…、っ…ぅ…、」
正義感溢れるザキの善意に付け込むことは容易いことだが、そういう訳にはいかないジラクだ。
欲を理性で抑え込み、何とも思わないと言い切ったザキの精悍な顔を思い出していた。

どんなに気負っても、言葉に出して言い切ることは難しい。
ザキの強い心に感嘆して、なおさら彼の人生を狂わせる訳にはいかないと思っていた。


2023.11.05
いつも訪問・拍手ありがとうございます(*^-^*)ノこんな辺鄙なサイトに来てくれて凄い嬉しいです!
そろそろサイトを整理整頓しようかと思いつつ、全然手付かずです(笑)。登録サイトも整頓しようと思いつつ、進まぬ状態。最近ねぇ、ホントBLのウェブサイト検索サーチとかが無いんよ…(^-^;。個人サイトとか絶滅危惧種かって感じ…(^-^;。
時代に即した個人活動だと小説投稿が主か…(◎_◎;)ぐぬぬ。とは思ってる(笑)。そっちにも手を広げようかなーと思いつつ、有名所は隠れた個人サイトとしてはちょっと気が引けるし、昔のようにBL好きのみの隠密活動がし辛い…( ;∀;)笑。まぁBL自体が今となってはメジャージャンルなのかしらん?男前受けとか当時じゃ、非国民かってレベルでマイナーだったけど、今かなりメジャージャンルよね?私としては男前受けが多くて最高に嬉しいけど、中々BLの定義自体が難しくなってくるというか。BLと言ったら「男なのに」的なステレオタイプな訳だけど、まぁそれが当たり前になってくると、男前受けの存在意義がちょい、減ってくるというか…まぁあくまで私感ですが、難しいところですね(^-^;。さて何言ってるのか分からなくなってきた所で終了〜(^^)/
とりあえずサイトの整理整頓はしたいと思いつつ、URLの統一化も中々難しいし悩ましいということで☆彡全然、ジラクとは無関係の話でした(笑)

拍手する💛
    


 ***43***

ユゼという地域の料理と言ったら味が淡泊であることが有名で、どの料理を食べても質素な見た目の薄味であった。実際、高級食材というべき特産物もなく、ユゼを訪問した観光客は口を揃えてとにかく遺跡が良かったとべた褒めし、食事に関しては口を噤む。はっきりと不味いと口にする者は少ないが、多くの観光客は顔を顰めて無言のまま食べるという有様であった。

守祭の修行場として使われる地であることもあり、贅沢そのものが推奨されていない。それに加え、古くからの言い伝えによると、ユゼという土地は魔物との紛争も激しく勃発していた過去があり、東大陸でも特に荒廃した地であったとされている。
そうした伝承もあってか、地に恵まれず、育つ作物も種を選び、実っても豊作とはならない土地であった。

黙々と食事を進める各々だったが、守祭が親代わりであったザキにとっては慣れた味なのか、食事の手は早くあっという間に平らげていた。
初めてユゼで食事をする者にとっては苦痛でしかない料理だ。ぼそぼそで味も無く、全て同じ食材かと思うほど見た目も同じような色合いのモノが混ざり合う。
一体、何を食べているのかすら分からない料理が一つの皿に盛りつけられ、勿論それは、ただ皿の上に乗せられただけの料理であった。唯一の救いは緑色の葉っぱが一枚、隅に気持ち程度、乗せられていることだろう。
「ザキ兄が恨めしい…」
食欲が一気に無くなったのか、ミラが皿の上の料理を半分ほど減らしたところでついに文句を零す。
「何で俺のせいなんだよ。料理人に失礼だろ」
食後の茶を飲みながら言葉を返すザキは、見かけとは正反対の常識人で、
「残すなら俺が食うからよこせよ」
手を伸ばし、そう言った。
「大体、ザキ兄がユゼに来たいなんて言うから」
「贅沢な奴。ユゼは一生に一度は見ておきたい遺跡群一位だぞ。娯楽にしか興味ねぇお前って本当にガキだよな」
「っ…ザキ兄に言われたくないよ!」
ずいっと皿をザキの方に押し付けて、茶器に手を伸ばせば、その苦さに顔を顰めていた。
「うぅ…、俺には無理ー…」
「まぁ、ユゼは遊びに来る場所というよりは、守祭の修練場を見に来るような場所ですよね。僕もこういう場所はあまり好きじゃないです。陰鬱な空気というか、…」
言葉を切ったラーズルが、今日の出来事を思い出したように不安そうな顔でジラクを見つめる。

食が進まない他の面々とは違い、ジラクもザキ同様、ほぼ皿は片付きつつあった。
黙々と食べていたが、ラーズルの視線に気が付いてふと顔を上げる。

今日は特に災難だっただろう。
早々に帰国した観光客も多く、居残った者でも守祭から精神緩和の治療を受けたりと、散々であった。
本来ならもう少し賑わっていてもおかしくない店も閑散とし、ジラクらと同じように食事をする観光客の表情は一様に疲労が見える。
警備が強化され、そして仮にシヴァラーサ家が居ようと、やはり危険な目には合いたくないというのが本音で、特に魔物を目撃した日とあっては、それほど大きな事態には至らなかったとしても、早々にその場から逃げ出したくなったとしても普通のことであった。
尤も、そう頻繁に魔物が出没するような地でもなかったが、じゃあ絶対に出現しないかといったらそんなことはなく、命の保障は誰もしてくれないという現実がある。

「…気になるなら明日朝一にボロラに向かうか?俺は別に構わない」
ジラクの提言に、沈黙が生まれる。
成り行きを見守るサーベルに、ザキを窺い見るサラ、そしてまだ不安げな表情のラーズルだ。特にラーズルは、土地柄的にも魔物の出没が多い地の出身で、強い不安を感じていた。
魔物といったら、突然降って湧く天災のようなものだ。いくら守祭がいるとは言え、何が起こるかは予測できず、ましてや今日みたいにジラクを危険に晒すなんてことは到底考えたくもない。
その不安を読み取ったかのように、
「それでいいぜ。こんなんじゃ折角観光しても楽しめねぇし」
ザキがあっさりと同意して、見つめてくるサラと視線を合わせた。言葉にこそしないものの、見るからに安堵の表情を浮かべるサラに笑みを返す。
ユゼに率先して行きたいと言ったのはザキだけだったこともあり、周りからは反対の声も挙がらない。実際、ジラクにとってもそちらの方が有難い訳で、
「…じゃあ、そうしよう」
短く答え、止まってしまっていた食事を再開した。

この場を早く離れたいと願うのは、ジラクも同様であった。ユゼは守祭を象徴する地だ。ザキとの一件もあり、余計に息苦しさを感じていた。
まるで砂を噛んでいるかのような食感に食事の必要性すら疑わしくなって、茶でその虚無感を流し込む。
こんなことを相談できる相手などいる筈もない。この悩みを一番に解決できるのは黒龍石のみで、そしてそういう身体に塗り替えた張本人だということも既に理解していた。

一度、会って、ちゃんと話をすべきなのかと。
そんな馬鹿な考えが脳裏に浮かび、すぐに否定する。それだけは許されない選択だと胸に刻み、彼の存在を打ち消した。


****************************


「ジラクがユゼに?」
「ふーん。それは珍しいな」
フードを目深に被った男たちが石造りの壁に寄り掛かり、そんな会話をしていた。
「最近は活動的らしいじゃないか、あの引き籠りが。意識でも取り戻したのか?」
馬鹿にして笑った男が壁に寄りかかり、腕を組む。
その言葉に周囲が同調して笑い、
「もう一度、封印するか」
「それも悪くない」
冗談めかして言い合った。
「噂では、マストーラを惨敗させたとか」
「へぇ。さすがですね」
「不思議でもないだろう?昔から異才だ。封魔士をさせたら右に出る者などいないだろうさ」
大した感激もなく言い放った男に対し、
「本当に忌々しい男だよ。一層、あの時に死んでくれたら…」
正面に居た男が守祭にあるまじき言葉を吐く。
「ドド。滅多なことを言うな」
「そうだ。君がマストーラに熱を上げていようと、どうでもいいが、奴には利用価値がある」
「そうですよ。シヴァラーサ家の血筋は残すべきで、あれが持つ封魔獣は貴重な存在です」
ドドと呼ばれた男に同調する者はその場に誰一人おらず、
「まぁ。いいじゃないか」
一番の年長者の言葉に皆が口を噤み耳を傾けた。
「彼の能力が今でも健在だと分かっただけでも儲けだろう。てっきり廃人になって終わりかと思ったが、やる気があるなら結構。利用するだけ利用して、闇王の盾にでもなって貰おうじゃあないか」
額には高位の証である紋章が刻まれ、フードからは白銀の髪が流れ落ちる。八重歯を見せて笑う姿は、自信に満ちたもので、
「好きなだけ足掻けばいい。どうせ何も出来やしない」
そう言い切った。
「ベル。貴方は本当にあくどい方ですね」
「よく言う。記憶を奪えと言ったのは、二ーバ。お前だろう?俺じゃあない」
「そうでしたっけ?ベルだった気がしますけど…」
「いや、あれは確かニーバだった。俺もそう記憶してる」
「やれやれ。2対1じゃ敵いませんよ」
呆れた口調で言って、
「あぁ。ラキア。ここでの会話は他言無用ですよ」
そこに居合わせた年若い青年にそう告げて、闇夜の空を見上げた。
「ジラクか。久しぶりに会いたいですね」
そう呟く声は口調の柔らかさとは異なり、酷く冷たいもので、
「そうだな」
同意する声は更に冷たく、身震いするようなものであった。

無音が彼らを包み込む。
思うことは皆、同じで。

あの日を、思い返していた。


2023.11.11
今日、ポッキーの日かぁ…('_')。
全然甘々じゃないですが(笑)、いつも拍手ありがとうございます!m(_ _"m)!!!
そろそろ拍手文も切り替える予定…予定ではある…(笑)

というか、ニーバ…うーん。どっかで同じ名前を使ってるかも疑惑…
と思って、セインの人物紹介見たんだけど…、私、もうセインの話は続きが書けないかもしれない…(^▽^;)あう…

拍手する💛
    


 ***44***


ジラクの予想は的中していた。
ボロラ国の首都に着くと同時に、王城からの迎えの者が待ち構えているのを見て、思わず額に手を置く。
ぎょっとする兄弟たちに説明するのも面倒で、やってくる彼らに荷物を預け、問題ないと一言だけ伝えていた。
既に用意されていた馬車に乗れば、初めての体験にミラは大はしゃぎであったが、ザキに至ってはジラクの顔を疑わしい目でずっと見つめていた。それを意図的に気付かない振りをして外の風景を眺める。

客室に案内されてからは更に面倒なことに、王子が自ら対応するという事態になっていて、兄弟たちの目が理由を問うようにジラクへと向かっていた。
「ジラク。来るなら前もって連絡しろと言っただろう」
朝から元気なガラルシアはしっかりと正装姿で、見るからに王子様という風情であった。ジラクに詰め寄る姿すら気品のある姿で、突然の格式高い存在に一同が畏まる。
「兄弟との旅行ですら邪魔されるとは思いもしなかったです」
対するジラクは相手の地位などお構いなしに嫌味を吐き、口調だけは丁寧な言葉遣いであった。
「お前な!自分の立場を自覚しろとあれほど」
ジラクの襟を鷲掴んで引き寄せたガラルシアが、苛立ちを見せる。
「シヴァラーサ家が旅行してるってあちこちで話題になってんだぞ。訪問の先々で警備が強化されてんだから、ふらりと気まぐれに出かけんな!」
さすがにその言葉は寝耳に水で、かといってそんなことまで自分のせいにされては堪らない。
「大げさな。俺はそんなことは頼んでないですよ。大体、自分の身くらい自分で守れる」
ガラルシアの腕を払い、伸びた襟を正す。
デレを見せたと思えば、いつも通りのツンだ。今更、ジラクの性格に文句を言うつもりも無いが、
「お前という奴は」
盛大に溜息を吐いて、ふと。
ジラクの隣にいる美少女と目が合って、まじまじと見つめた。
驚き顔のまま、しばらくサラを眺めた後、再びジラクに視線をやって、
「彼女か?えらく似合いの、すげぇ美人だな…」
不躾にもそんな言葉を言って、場を凍らせていた。

「…いや、…彼女は、」
ジラクがちらりとザキを見れば、案の定、青筋を立てる彼がいて、
「ん、…」
視線でガラルシアに示す。
「あ、ぁあ、悪い。そういうことか。すまん」
すぐに空気を察して、謝罪するガラルシアに悪気は一切なく、一瞬のピりついた空気を和ませるようにジラクの肩に腕を回し、
「見てくれだけはいいのにな。勿体ない」
褒めてるのか、嫌味なのか分からない言葉を言って、無遠慮に肩を叩いていた。
それから、
「ジラク。ちょっと話がある。来いよ」
そう告げて、強引に歩を進める。呆気に取られる兄弟たちを一瞥し、
「彼らに客室を案内してやってくれ。好きに出入りして貰って大丈夫だ」
従者に指示をして、あっという間の早さでジラクを掻っ攫っていった。

取り残される形となり呆然とする彼らだ。
ボロラ王子との挨拶もそこそこに、予想以上に親密な関係を見せ付けられ、
「どうぞ、こちらへ」
何事も無かったかのように案内を始める男の後をついていくしかない。

全員がもやっとしたモノを感じながらもそれは口にはせず、無理やり観光気分へと切り替えざるを得なくなっていた。突然の予定変更もあり、そわそわとし出したミラは客室に案内されると同時にサーベルの腕を引っ張ってその場を抜け出す。
ジラクがどうする予定なのかを待っていても仕方がないと判断し、最初から見たかった場所へ向かうことにすれば、ザキやサラだけでなく、ラーズルも付いていくという状態になっていた。


「何だよ、兄貴ってば…」
昼食を取りながら文句を零すミラは、未だに気分が晴れず、ずっと行きたいと願っていた封魔士の闘技場を見た後も、ジラクと煌びやかな男の存在が脳裏にこびり付いたままだ。
「大体、旅行に行きたいって言ったのは兄貴の癖に、全然、楽しそうじゃないじゃん!」
「それな」
短く同意するザキに対し、サーベルは顎に手を置いて思案顔をする。
「ジラクは僕らの為に旅行を計画しただけで、別に本人が行きたい訳じゃないでしょう?」
フォローするようにラーズルが言えば、ミラが怒りのままフォークをステーキに突き刺していた。
「そういう恩着せがましいの、俺は要らない」
珍しく本気で怒っているのを察して、口を噤めば、
「落ち着けって」
サーベルが静かな声で言って、フォークを握る手に手のひらを重ねる。
「ミラが怒るのも分かるけどさ、ジラクさんなりの優しさだろ?受け取っておけよ」
「何それ。そりゃ、サーベルも兄貴も、俺より年上だし、色々と違うことを考えるのかもしれないけど、でも俺には全然分かんないよ」
「まぁ俺も分かんねぇな。兄貴が何考えてるかなんて」
「大体、本人が行きたくないなら、旅行しなきゃいいじゃん!意味わかんないよ!」
二人の愚痴に、やれやれとサーベルが肩を竦めていた。
「お前らさ、本人に言えよ。こんなところで愚痴ってねぇでさ。何も解決しないだろ」
綺麗に切り分けられた肉片を口に放り込み、我関せずな態度で言う言葉はぐうの音も出ない正論で、
「ぅ…」
恋人から本気の叱りを受けてミラが途端に大人しくなる。
「俺は別に愚痴ってねぇ。何を考えてるか分かんねぇのは事実だろ」
一方のザキはそう答えながらも、ふと、あの日に打ち明けられた内容を思い出して、
「…」
食事の手を止めていた。
差し出した手は拒絶されたようなものだ。何を考えているのか教えてほしいと訴えたところでジラクは本音を言わないだろうと思っていた。
大した期待はされていない。役に立たないと思われているのだから仕方がないかと無理やり納得させる。
そんなザキの葛藤を読み取ったように、
「…ふーん。ガキだな」
サーベルがニヤリと小馬鹿にした笑いを浮かべて言った。
「ジラクさんが何を考えてるかなんてどうでもいいことだろ。普通に観光を楽しめよ」
味の染み込んだ肉に舌鼓を打って、飲み物を飲み干す。
「ミラ、次の場所は?早く食べて行こうぜ。時間が勿体ない」
明るいサーベルの言葉に救われた気がするミラだ。確かにどうでもいいことだと思い、折角来たこの国を満喫しようと気持ちを切り替える。

ガキ扱いされてサーベルに鋭い目を送っていたザキであったが、最終的には納得してミラ同様に昼食をかきこんでいた。


2023.11.25
ギリ有言実行…??💦
昨日ちょっと別ページに書いたコメントへのお返事をこっちに載せておきますm(_ _"m)

コメントありがとうございます💕こちらもお返事が大変、遅くなって申し訳ない…💔一応、主人公至上主義なので、ジラクは平和な筈…です…😅💦
ちょっと展開的に暗い?(^▽^;)大丈夫かな?💦あまり意識してないですが…(笑)。
いつも訪問ありがとうございます💕
あ。拍手文を追加したのでよかったら押してみてね💛なんでもウェルカムな人のみ(笑)

拍手する💛
    


 ***45***

「本当に貴方は勝手な人だ。どうして無断で請け負うんですか」
「ちょっとくらい構わないだろ。ギアリスの専門分野なんだからさ」
目の前で繰り広げられる兄弟間の言い争いはかれこれ小一時間は続いていた。ジラクが口を挟む余地もなく、手持ち無沙汰状態となる。出された紅茶が3杯目に差し掛かる頃になって、
「はぁー。分かりましたよ」
漸く諦めたように深々と溜息を付いたギアリスが、嫌々ながら了承した。
表情を明るくした弟を見て、頭を抱えながら言葉を繋ぐ。
「貴方は呆れるほどお節介な弟だ」
やれやれと吐息を洩らしながらも、そんな弟を誇らしく思っていることが言葉にせずとも伝わってきて、チクリと胸が焼ける。二人の間にある信頼関係は羨望の対象で、ジラクが欲しいと思っても手に入らないものだ。
大戦時に多くの者が傷ついたのと同じように、深く関われば関わるほど、兄弟たちを傷つけることは目に見えて分かっていた。
そもそも、黒龍石がいつまでも沈黙を続けている訳がない。そうでなければ、呪いを刻み付けた意味が無いだろう。
「ご当主。そういうことなので、ちょっといいですか」
考えを中断して頷きを返せば、立ち上がったギアリスがジラクの元へと歩み寄ってくる。
「背中の刻印よりも先にもう一つの方をどうにかしましょう。精神負担が強いと思いますので」
そう言って、ソファに腰掛けるジラクの背後に回り、首筋から耳へと両手で触れた。


術の読み解き速度は、解呪師の力量により異なるが、ギアリスは他の解呪師と比べても相当早い部類に入る。それだけ彼の能力が特筆したものということであったが、それでもジラクに掛けられたモノの複雑さから、耳に触れたまま15分以上は経過していた。

そうして無言の時間が過ぎる中、一つ一つを詳細に観察していくギアリスであったが、ふと何かに気が付いたように眉間に皺を寄せ、不快そうに顔を歪める。
複雑に絡み合う構築は、どれも見覚えのあるものばかりで、
「…」
それはよく封魔獣に対し、見かける術であった。

力により無理やり制圧した魔物で調教も利かず、どうにも手を付けられない、されど何が何でも封魔獣にしたい時に守祭がよく使う術だ。
ジラクに掛けられたモノはそれよりも酷く、一朝一夕で出来るような簡単な術ではなく、幾重にも重ね掛けされた厳重さで形を保っていた。

以前、見たときにしっかりと構築を読み解いている訳ではない。だから気が付かなかったのだ。それが守祭による構築術だとは。
魔物による精神攻撃の一種かと思っていただけに、
「守祭と了承の上ですか?」
そんな訳が無いのに、そう尋ねていた。
「…何がですか」
一瞬の間のあと、静かな声で答えたジラクの言葉が全てを物語る。

何がと言われて、素直に答えることは出来ずにいた。
精神破壊にも近い術を味方から掛けられていたと知れば、彼が負う心の傷は深いだろう。
「…本当に解呪してもいいんですね」
訳の分からない不安に襲われて念押しすれば、ジラクが馬鹿なことをと言わんばかりの勢いで、構わないと即答していた。
「もしそれが守祭の術だとしても驚かない」
答えるジラクの冷静さに、得体の知れない闇を見た気がして、見守るガラルシアに視線を送れば、彼は躊躇いも無く無言で頷いていた。
「…」
何があっても彼を支えるつもりなのだ、この馬鹿な愚弟は。弟の真意を悟り、目を瞠る。
とはいえ、ギアリスが悩んだのはほんの僅かな一瞬で、
「…、分かりました。術が強まる夜に行いましょう。この手の術は解呪できると思います」
仕方がなく、即断していた。王家たるもの一蓮托生で、弟の判断は尊重するつもりであった。

第一、封魔獣にかけるような術を人に対し施すことは犯罪行為だ。もっとも、構築が似ているだけかも知れず、守祭によるものだと証明できない以上、今となってはどうにもできない問題だが、それでもどんな理由があろうと、解呪しなければならないものだろう。

それが、仮に。
守祭が封じなければならないほどの、狂気であろうと。
「…」
いや、ありもしない妄想は止めようと頭を緩く振り、一瞬の危惧を振り払う。
「ジラク。何があってもお前は抑えられるって信じていいんだよな」
兄の危惧を読み取ったようにそう訊ねたガラルシアに、ジラクが冷静な視線を返す。
「今更、そんな愚問をするんですか?王子」
訊ね返す金の瞳は狂気とは無縁の澄んだ瞳で、美しく光を反射し、濁り一つない。
「そうだな。悪かった。やりたいようにすればいい」
何故か安堵の笑みを浮かべて答える弟を見て、乗りかかった船だと腹を括るギアリスだ。
この精神破壊とも言うべき性悪な術ですら耐え抜いてきた男なのだから、相当の精神力であることは間違いなく、すべきことをしようと決める。


「では、今夜にでも伺います」
「よし!そうと決まれば。ジラク、夜まで暇だろ?ちょっと練習に付き合え」
勢いよく立ち上がったガラルシアが生き生きとした目でジラクを見て、そう誘う。僅かに首を傾げる様を見て、
「今、マストーラが来てるんだよ。軽く封魔獣の議論と対戦でもしようぜ」
軽いノリでそう誘った。
「なぜ?…彼は俺のこと嫌いでしょう?」
意外な名前が飛び出たことに内心で驚きつつ、答えれば、
「お前がボロラに向かってるのを聞きつけて、やって来たみたいだな。軽い運動に付き合ってやれよ」
そんな答えが返ってきて、益々小首を傾げる。
「言っただろ。シヴァラーサ家が旅行してるって話が方々で上がってて、次の行先はどこだと前日から騒ぎ立ててるんだよ。ミザリア方面に行かなくて良かったな。あっちは祭り騒ぎかと思うくらい人が集まってるらしいぞ」
「…」
「ターミナルに迎えに行ってやったことに感謝しろよ。いつもより人が多いだろ?」
そう言われてもさっぱりで、
「何がそんなに見たいのか分からないですね」
ぽつりと零す。
「目立つ金色を変えられればいいのに」
小さな声で付け加えた言葉は珍しくも弱気な本音で、ガラルシアが驚き目を瞠っていた。
思わず頬に触れようとして、慌てて中途半端に上げた手を引っ込めて扉に向かう。
「…城内に対戦施設があるからさ。気晴らしに身体でも動かせよ」
手招きすれば、ようやく重い腰を上げたジラクが呆れたような吐息を付いていた。
「旅行に来た筈なんですが…」
「これも旅行の醍醐味だろ。マストーラや俺と手合わせする機会なんて無いだろうが」
「…」
無言のまま彼に歩み寄るジラクは無表情でありながら、本気で嫌がっている訳でもない。むしろそれは好意的な態度といえ、ガラルシアが小さく口角を上げていた。

弟の変化を見て、おや、と思うギアリスだ。
婚約者がいる自分とは違い、弟は常にフリーの立場をキープしてきた。女性にはモテるが、恋人よりも武芸を選ぶような男で、同性といる方が気楽なタイプと言える。色気が無いと言えばそこまでだが、そんな彼が見せた表情がやけに嬉しそうなにやけ顔で、一緒にバカ騒ぎをする同性に見せる笑みとは違うことに気が付いていた。
珍しい弟の表情に、いやいや、それは叶わぬ恋だぞとシヴァラーサ家の当主を見て、突っ込みを入れる。彼の冷たい無表情と他者を拒絶する空気は、どんなに足掻いたところで絶対に叶わないモノくらい幼子ですら分かりそうなものだ。

とはいえ、人の気持ちを全否定するのも馬鹿らしい話で、彼の想いには気付かぬ振りをして、二人とは道の途中で別れを告げる。
施設へ向かう二人の後ろ姿をちらりと振り返り、叶わぬ恋だが、叶えばいいとほんの僅かばかりの激励を送るのだった。


2023.12.02
先週、予想外に沢山拍手いただいて本当ありがとうございます😍予想外過ぎて驚きました(笑)。何でもウェルカムな方が多いのかな?一安心(?😁)
そうそう。気が付いちゃったんだけど、もう45話なの…😢💦何故か進展が遅い気がするんだけど、どうなんです?蛇足が多い…?😅💦そんなつもりは無いんだけど…😢
恋愛のレの字もなく、BとLもなく、そろそーーーろBLサイトとしてヤバイ気がしてきました…🤔(笑)。かといって、まだ序盤というか、まぁ序盤だと思うんだよなーという…😶…。こりゃあかんヤツですね…(笑)

あ。コメントもありがとうございます!前回書いたのですが、お返事ページ作りましたのでこちらにてお返事してあります💛ありがとうございます😍

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 ***46***

マストーラは底抜けの努力家で、25歳という年齢を考えるとかなりの実力者に入る。封魔士としての思い入れは他者のそれとは比較にならないほど強く、そしてプライドも高い。そうでなければそれだけの努力も続けてこられないだろう。

そんな彼だったが、ジラクが易々と出現させた魔物を見て、心底、嫌悪すら通り越して、突っかかる元気も無くしていた。
呼び出すのに詠唱も名前の宣言もない。
ジラクにとってはペットを呼ぶに等しい容易さで、そして身体にまとわり付く赤い獣は正に愛玩動物さながらの愛らしさでグルグルと声を上げていた。
「お前…こないだ俺から奪った奴はどうしたんだ。あれ、ルトゥルスの亜種に進化したんだろ。使って無いなら返せ」
「戦闘用でもない予備の一つでしょう?別にいいじゃないですか」
赤い獣を見て文句をいうガラルシアに平然と視線を返すジラクは悪気のワの字も無い。
「俺から奪ったんだから、あれを出せよ」
「無理です。これと仲が悪いから」
これと呼ばれた赤い獣の体高はジラクの腰より上で、立ち上がれば2メートルほどになる。人間を丸かじりできるほど大きな顎に、鋭い牙の大型四足獣で、見た目が狼に似ていることからレッドウルフという名で知られていた。
「それ、…先日、ユゼに出没した魔物と同種ですよね?巨種と赤い狼みたいな魔物って聞きましたけど…」
「…」
マストーラの質問に無言を返すジラクを見て、
「ホントか?」
ガラルシアが再度聞けば、仕方が無さそうに同意した。
「4頭の内の1頭ですね」
まるで生まれた瞬間からジラクの傍にいたかのように懐く獣を見て、目を剥く二人だ。昨日の今日で、ここまで服従させられるものなのかと、まじまじと視線を送る。
特にレッドウルフは血の匂いに敏感で、狩猟特化の魔物として知られる。集団行動を得意とし、強い魔物に追従する形で匂いを頼りにどこまでも追ってくるような獰猛な種だ。他種と共生はすれど、人には滅多に懐かず、仮に制圧しても調教が成功せずに殺す羽目になるという事態はよくあることで、
「これが一番、従順だったのでそのまま俺の封魔獣にしただけです」
つらりと返ってきた言葉に、驚愕していた。
「…いや、待てよ。4頭も封じたのか?他はどうしたんだ」
「どうしたも何も、封じたままです。その内、これの糧にしようかと思ってますけど」
あっけらかんと答えたジラクの無表情は以前、魔物側の発言をした男とは思えないほど冷血で、彼らへの思いやりなど微塵もない。真意を疑うように見つめてくるガラルシアの赤褐色の瞳と目が合って、
「同族同士で殺し合わせることが一番、忠誠心を試せることは確立した事実でしょう?」
そんな言葉を平然と吐いた。
「ま、ぁな…」
正直、魔物はどうでもいい。ただ、勝手なイメージでそういうことはしないのだと思っていた。
そんな訳ないかと思い直す。封魔士としてやってきた過去がある以上、彼も他の封魔士と同じ手法を取ったところで何の不思議もない。
「そもそも、あの件は本当に偶然なのかな」
横から口を挟んだマストーラが、ジラクを疑わしく見る。魔物をけしかけておき、さも自分が正義のヒーローかのように登場することだってやろうと思えば可能だ。それを遠回しな嫌味で言えば、ガラルシアは呆れかえっていた。
「何を言ってるんだ。お前は…」
胡乱な目を向ける彼に対し肩を竦め、
「いえ。僕なら守祭に引き取って貰うから、何故そうしないのかなと思って」
何も知らないマストーラにしてみれば、守祭は絶大な信頼を置くに足る巨大組織で、魔物関連には全て対応してくれ、支援もしてくれるし、何なら時には封魔獣候補をくれたりと、至れり尽くせりだ。
第一に、封魔士と守祭は双方が補助し合う関係で、どちらが欠けても成り立たないものだと強く認識していた。そうした思考もあり、守祭との関係に徹底的な亀裂が入ったシヴァラーサ家は、どんなに封魔士としての能力が高くても、高みを目指すことはできないと思っていた。
「お金も手に入るし、顔も売れて、魔物も余すところなく処分できるじゃないですか」
誇らしげにそう言う様は『今時の封魔士』というやつで、効率最優先の思考だ。まず土台に魔物が生き物であるという発想がなく、物としてしか捕えていない。その思考自体が悪な訳でもないが、魔物を研究しないことには魔物を倒すことにも繋がらず、視野が狭くなる思考だと考える論者もいた。
「考え方はそれぞれだから、別にいいんじゃないか。ジラクがどうしようと、さ」
ガラルシアがオブラートにそう答え、話を終わらせる。以前ならともかく、今となっては守祭に協力を仰げとは勧められない心境であった。
ジラクに術をかけた犯人が守祭かもしれないという事実を知っているだけに、距離を置く彼の判断も正しいだろう。
「まぁいいですよ。僕は。当主殿の封魔獣はともかくとして、貴方自身の実力がどんなものか試させてくれれば」
腕まくりをしてやる気を見せるマストーラは、ガラルシアよりも小柄で決して筋肉質な体躯ではない。体格で言えばジラクの方が遥かに勝り、組み手をすれば確実に負ける様が目に浮かぶような体格差だ。
「軽い模擬戦じゃないのか?」
ジラクの疑問は尤もで、わざわざ封魔獣を出したというのに体技戦をしたいという男の願いに面食らい、赤い毛を撫でていた手は止まっていた。
「なんですか。魔物の征服は自信があっても、体技は苦手ですか?」
ニヤリと笑う彼は自信があるようで、それもその筈であった。マストーラの戦闘スタイルは封魔獣と共に前衛に立ち、自ら一緒に戦うスタイルだ。体技だけでなく、剣や槍、弓に至るまで一通りの武器を使いこなす。そうでなければ、あらゆる種類の魔物に対応できなくなるからだ。
対するジラクは真逆で、前衛には立たない。運動程度に身体を動かしはするものの、その実力は平均よりちょい上程度で、それなりの基本はあるがその程度である。筋肉が適度に付いた美しい身体の持ち主ではあったが、実際は、サーベルにも力負けするくらいであった。拳での殴り合いなど到底、対応できず、精々、持ち前の目の良さで避けることはできる、くらいであろう。
「別に逃げてもいいですよ」
マストーラの勝ち誇った笑みに刺激されたわけではないが、袖をまくり、彼との距離を取る。
痛い思いはあまりしたくないが、折角わざわざ来たというのだから付き合うのくらいどうってことない。

そうして、ガラルシアの言う『軽い運動』が全く軽くないことに気が付くのは、それから1時間後であった。


******************************


夕食はガラルシアお薦めの静かな店で、兄弟たちと取っていた。
全身の節々が悲鳴を上げる中、食事に手を付けるジラクはいつもと同じ無表情で、彼らの観光話を無言のまま聞いていた。
「ボロラって凄い綺麗な街だよね。俺も将来、こんな所に住みたいな」
食べ物を口一杯に頬張りながら言ったミラの言葉は何気ないもので、その言葉に盛り上がる面々を見ながら、それもそうかと心の中で相槌を打つ。
何もあんな小さな町にいつまでも居続ける必要もないだろう。テーラが去って行ったように、ミラもいずれあの町を離れ、自分の元からいなくなるのだという現実が痛みを齎す。
そんな感傷に浸るジラクを他所に兄弟たちの会話は続き、
「まぁ、あの町に比べたらどこだって住みやすいだろ」
呆れた声でザキが率直な意見を言っていた。
「じゃあザキ兄はどこに住むのさ!」
身を乗り出すように訊ねるミラに何を言ってんだと呆れたあと、
「俺はジンネに住み続ける」
意外な言葉で全員を驚愕させる。そこには勿論、ジラクも含まれていてザキの顔を見つめていた。
「はぁ?いつも、何もないって文句言ってるのに…!」
「どうしようがいいじゃねぇか。俺には身寄りなんていねぇし」
ちらりとサラを見て言う言葉には彼女への配慮もあり、
「まぁ。そうだよな。俺もあの町を出ていくつもりは無いな」
いつもは対立するサーベルですら、ザキの意見には同意していた。
「例えだよ、例え!俺だって出ていくとは言ってないじゃん!」
サーベルの言葉を聞き、慌てて否定したミラがふと視線を感じてジラクを見遣る。意外なことに食事の手を止めたまま見つめる金の瞳と視線が合って、
「っ…、例えだってば!」
言い訳のようにジラクに答えていた。
視線を外すジラクが唇に手の甲を当て、一瞬の動揺を隠す。
「別に、…何も言ってない」
興味の無さそうな態度の中に見え隠れする想いに気が付いて、テーラが出ていった時のジラクを思い出すミラだ。もしかしたら、自分が出ていってもジラクは同じように落ち込むんだろうかと淡い期待を抱く。
一瞬で高揚した気持ちも、
「アホらしい。そもそも自分で稼げるようになってから言えよな。そういう台詞は」
ザキの尤もな言葉にぐうの音も出ず、よく分からない羞恥に変わっていた。

他愛無い会話が続き、その雰囲気は家族の団らんのように和やかなもので不思議と満たされるジラクだ。求めていたものは最初から存在していたのかもしれないと思い、ミラが本当に出ていきたい時には、潔く見送ろうと決める。
テーラがそうだったように、彼自身にもしたいことや夢があるはずで、なおさら『シヴァラーサ家』というしがらみで拘束する訳にはいかないと感じていた。

そうして食事も済み、王城へと戻ってきた面々はそれぞれ宛がわれた客室へと向かっていたが、唐突にサラを呼び止めたジラクに、全員が足を止め振り返っていた。
サラを抱き寄せるようにして顔を近づけたジラクに、ぎょっとするのはザキだけではない。
何事かと視線の集まる中、ジラクは彼女の耳の上に付けられた髪飾りに鼻を寄せて香りを嗅いだあと、
「この花飾り、どうしたんだ」
珍しく、自分からそんな問い掛けをしていた。
彼女の艶やかな茶色の髪には生花でできた飾りが付いていた。それは午前には付いていなかった髪飾りで、鮮やかな赤い花はサラの美貌によく似合う幾重にも花びらの付く美しい花であった。
突然のことに頬を染めたサラがジラクを上目遣いに見つめ、意味が分からず戸惑いを宿す。その表情は男なら誰でも惚れてしまいそうなほど可憐なものであったが、相手はジラクだ。無表情で問い掛ける表情は真剣なもので、何か大事なことなんだと悟る。
「市場に行ったら、花売りしている人がいて、…よくわからないですけど、私にって」
「花を?」
「…?」
花売り自体は不思議なことでもない。だが、その香りは覚えのあるもので、言うまでも無く彼らの象徴ともいうべき花であった。
「相手はシヴァラーサ家だって知ってて?男二人か?」
根掘り葉掘り聞くジラクはいつにない行動で、サラの両肩を掴んで瞳を覗き込む。相手を気遣う余裕は無く、頭の中は危機感で一杯になっていた。

もし。
シヴァラーサ家だと知っての行為なら。
これは警告以外の何者でもない。

三大魔物に会いに行ったことも、ボロラを訪問していることも彼らの耳には当然、入っている筈だ。
余計なことをするなという意味かと思うと、掴む手に力が入る。
「ジラクさ、…痛っ…」
「っ…!」
声を挙げるサラにハッとして謝罪と共に彼女を解放すれば、すっ飛んできたザキがサラの肩を抱き寄せるようにして、かっ攫った。
「兄貴!突然、やめろよ。サラが可哀想だろ!」
庇うザキの怒りも尤もだろう。
「大丈夫。びっくりしただけ」
静かな声で答えるサラは大きく息を吐いていた。驚かせたのは確かだろう。気を使うようにジラクに向かって小さく微笑むサラは優しい女性で、
「男の人、一人でした」
質問にそう答える。
他にも聞きたい事はあったが、回廊の先を行った所でこちらを振り返る三人を見て、さすがにそうする訳にもいかず、
「珍しい花だから気になっただけで、特に意味はない」
見つめるサラにそう答え、睨むザキと視線を合わせる。
無駄な心配をさせる必要もないだろう。
「悪かったって」
二度目の謝罪をして、自分に宛がわれた客室の扉に手を掛け、
「おやすみ」
短く告げたあと、見つめる彼らから逃れるように室内へと入っていった。

後に残るのはよくわからない気まずい空気だ。
「っち…、また逃げやがった」
舌打ちをして小声で零すのはザキで、
「なんだろう…、この髪飾り…捨てようかな」
サラが不安げな表情でザキを見上げる。
「どっちにしろ、生花だから捨てとけよ」
ジラクがしたように花の香りを嗅ぎ、彼の消えた扉に目を向ける。香りの濃度は違うものの、それがジラクの身体から香るものと同じだと気が付くのはすぐで、
「本当に腹が立つな…」
何も言わないジラクに心底、苛々とさせられていた。
「サラ、大丈夫?兄貴がよくわからないのはいつもだから、気にすることないよ」
彼らよりも先を行っていたミラが戻ってきて、そうフォローした。会話までは聞こえていない三人にはよくわからず、
「ザキ。うかうかしてると、ジラクさんにマジでサラを持ってかれるぞ」
茶化したサーベルの揶揄に、
「うるっせぇ!」
怒鳴り返して、強引にサラの肩を抱いて抜け出す。


ジラクと同じ香りを放つ赤い花が視界にチラついていた。


2023.12.10
先週更新した気がするんですが、まるで1か月前くらいの気がします…😁気が付いたらもう12月中旬だし、驚き💦
今年のクリスマス小説はまぁ書けたら、生誕系の話を書く予定…。微グロ??💦
去年の計画だと、短編に置いてある「生誕」の続編を書くつもりだったんだけど、ちょっとネタがまとまらない、というか唐突感+暗い話になりそうなので、そのうち気が向いたら…(笑)。
何故かクリスマス記念小説は暗くなりがちです…🤣生誕が題材だからかな?…そもそも生誕だっけ?(笑)適当過ぎる…🤣

    


 ***47***

ザキに気が付かれただろうことは考えるまでもなく分かる。ただ、それを気にしたところでどうしようもなく、それよりも、次に彼らに会った時にどう理由付けをすべきか考えを巡らせていた。

三大魔物に会いに行ったことは明らかに失敗だっただろう。
そもそも隠密行動が向いてない。悟られることなくボロラに来ること自体が不可能で、行ったところで何か情報が得られた訳でもなく、余計な警戒心を抱かせただけかと落胆する。
姿も形も見えない魔物と、そして名前も知らない守祭だけでは何も判断することはできず、本当に無駄な行動だったと今更後悔したところで時間は巻き戻せず、
「…」
あの時の『音』が耳に蘇っていた。

あれは封じられた魔物の悲痛な『声』だ。
救いを求めるような悲しい『音』はどこか懐かしく、心の奥深くを抉る。

あの魔物はずっと『声』を上げ続けているのかと思うと、三大魔物を解放するといった彼らの目的もある意味正しいことのように思え、何を馬鹿なことをと愚かな考えを振り払っていた。
手を取り合う平和な道があるのなら、最初からこんなことにはなっていない。黒龍石のことも、大戦も、何もかもが全てなるべくしてなったと思うしかないだろう。

愚かな思考に囚われたまま入浴を済ませ、ギアリスがいつ来てもいいように仕度をする。
彼が来るまでやることもなく、ティーセットを用意したまま寝台へと潜り込めば、昼間の運動のせいもあってか予想外にもすんなりと眠りに落ちていた。

ギアリスが客室にやってくる頃にはすっかりと夢の中で、
「ご当主?」
間近での呼びかけにも無反応であった。
解呪に相手が起きている必要はない。ギアリスが夜を指定したのは術の効果が最も高まる時間帯であり、構築がより鮮明に見えるという理由にある。そして、それはつまり、ジラクが寝ていることも想定内であった。
灯りを付けたまま寝入る顔は彫刻の造形のように温もりを感じさせない美しさで、金色の睫毛が白い肌に影を落とす様すら一つの完成された美であり、思わず目を奪われる。

弟が彼に惹かれるのも分からなくもないギアリスだ。
王族という立場上、様々な人に出会うが、これほど整った顔は今まで見たことがなかった。稀有な金髪に金の瞳がなおさら美貌に色を添え、彼という男を際立たせる。一目でも見れば衝撃を覚える容貌の持ち主なのは確かで、無意識の内に顔の輪郭を辿るようにそっと撫でていた。
柔らかな肌は人形のように冷たく、そして驚くほど滑らかだ。妙な好奇心が芽生え、瞬時にそれを打ち消す。
ジラクの顔を覗き込むようにして夢中になっていたことを自覚し、頭を切り替えるように大きく息を吸って吐き出した。

傍らに腰を下ろし、首筋に手を当てる。
昼間と同じように、術を読み解こうとして、
「つッ…!」
唐突に静電気のような痛みが指先に広がっていた。

強さを増した術が外部からの侵入を拒むかのように、ジラクを捉える。
「なるほど…そう来ますか」
彼にしか見えない構築術は、文字の羅列が幾重にも交わりながら円を描いて揺らめく。術自体が意思を持っている訳ではないが、その後ろに見え透く術者の高飛車な意図が感じ取れて、俄然、やる気が出ていた。
ギアリスは一流の解呪師だ。挑発されれば、解かずにはいられない性で、そしてそれは難問であるほど遣り甲斐がある。
ふざけた術を人に施したこと自体が気に食わず、ましてや解けるものなら解いてみろと言わんばかりの高飛車な術に、苛立ちを通り越し殺意すら覚えるほどであった。

一つずつ外殻から丁寧に、まるで柔肌の果物を剥いていくように優しく術を解いていく。
二度目にジラクの首筋に触れた時には、静電気のような拒絶はもはや起こらず、ただひたすら、時を刻む音が響き続けていた。

そうして数時間が経過した頃、かくしてギアリスの目測通り、複雑に絡み合っていた術はまるで一つの糸のように見事に解けきっていた。
その瞬間、ギアリスの口元には笑みが浮かんでいた。やり遂げたことに高揚する様は生粋の解呪師と言え、彼の心情は術者に対する『してやったり』という勝ち誇ったものであった。
ジラクの脈を取ったあと、大きな異常が出てないか確認するために、シャツの前ボタンを外す。眼下に表れる白い肌には打撲の跡があって一瞬ドキッとするものの、すぐに弟の仕業と気が付いて安堵していた。

それにしても、容赦がない。
幼い頃から一通りの武芸を仕込まれてきた訓練漬けの弟からすれば大したことは無いだろうが、相手は違うだろう。少しは遠慮しろと気の毒に思って、彼の体に残る跡を辿る。
肩に一つ、脇腹に一つ、その下はとズボンに手をかけ、黒の下着に手を止めた。意外な色の選択にぶわっと汗がにじみ出て、心拍数が跳ね上がっていた。
好奇心の高さは解呪師としての強みでもある。術の構築がどうなっているのかという疑問はスタート地点でもあり、解呪師としての原動力だ。
ジラクの身体は正にそれで、好奇心を非常に駆り立てるものであった。背中の刻印も気になって、身体を反転させようと肩に手をかけたところで、
「…っ!」
唐突にジラクが目を開いた。
ギアリスの格好はシャツ一枚に袖を捲くった姿で、ジラクの上に跨り馬乗り状態であった。そのまま顔を覗き込む体制は相手に誤解を与えかねない。
「ぁ、…これは、…」
突然のことに動揺する彼だったが、対する相手には何の驚きも宿ってはいない。そればかりか首の後ろに手が回され、引き寄せられる。
「…?」
そうして、抵抗の間もなく柔らかなもので唇を塞がれていた。


思考は完全に停止し、何をされているのか判断するのに時間を要していた。ぬるりとしたものが口内に侵入し、それが相手の舌だと気がつく頃には既に深く舌を絡めたあとで、
「っ…、ン…?…う…!」
抜け出せなくなっていた。
ほぼ徹夜に近い状態でずっと術を読み解いていたギアリスは疲労もあってか体は馬鹿みたいに簡単に反応し、手慣れたジラクのキスに混乱状態であった。誰かと勘違いしているのか、それとも術を解いた反動かと思いつく限りの理由が頭をぐるぐると巡る。答えなど当然出る筈もない。思考も鈍く、濡れた音が間近で聞こえる中、
「っぁ、ぇ…?!」
更に驚愕なことに、相手の行動は大胆で何のためらいもなくズボンのベルトに手を掛けていた。
「ちょ、…ご、当主…っ!」
どういうことだと大混乱に陥る身体は思うようには動かず、
「うッ…!」
逃すまいとするかの如く再びキスをされ、難なく侵入した冷たい手が熱く滾るモノを握る。
頭を引き寄せる手は強く、決して寝ぼけている訳ではなさそうだと疑問が渦巻く頭で分析していた。そんな分析も目前の快楽には何の意味も無く、直に下半身を刺激されれば男なら誰でもそうだと言い訳したいほど簡単に、そして無抵抗のまま昂っていた。
「ぅ…、っ」
ちゅっと淫らな音を立て、互いの舌が離れていく。息が止まりそうなほど長いキスから解放されて目を開けば、美しい金の瞳が目の前にあって、
「どういう…つもり、ですか」
ドクドクと脈打つ己のモノを自覚しながら、相手を詰問していた。
「物欲しそうだったから」
返ってくる言葉は冷静そのものだ。静かな美声は熱を宿さず、そして思考はクリアであることが分かる。
「何、言って…、っ…、う」
否定の言葉は下半身への僅かな刺激で中断させられていた。均整の取れた身体に触れたくなり、猛烈な欲求が腹の底から目覚め、全てを飲み込んでいくかのようであった。
目の前にある金の瞳は何もかも見透かしたように澄んだ色で、整い過ぎた容貌に心臓が激しく高鳴り出す。核心を突かれた気がして、ぶわぁっと顔が熱くなっていた。
婚約者がいる身とはいえ、性行為の経験は無いギアリスだ。今まで同性に欲情したことなど一度もないというのに、ジラクの肌蹴た姿が、あまりにも刺激的で喉が鳴る。
筋肉で僅かに盛り上がる胸はどう見ても男の平たい胸で女性のものとはまるで異なる身体だ。その下には無駄な脂肪の付いていない腹筋があり、形良いヘソが男らしさを強調する。なぜ、こんな男の身体にそそられるのかと逃げるように視線を下げれば、視界に映る黒い下着にハッとして止まっていた。
「ッ、そんな、…つもりは」
慌てて目を逸らせた所で、既に遅く、
「別に構わない」
「!」
思いのほか強い力で肩を押され、体勢を逆転されていた。
上に跨るジラクがズボンを膝上まで下げ、自らの指を舐める。下着を脱ぐことなく後ろに手を回し、ギアリスの目の前でとんでもない姿態を晒していた。
「ま、…待ってください、ご当主っ…!」
ドクドクと心臓が激しい音を立て、下半身に血が巡るのを自覚する。待てないのは自分かもしれないと焦りにも似た気持ちで声を荒げれば、
「なぜ?」
冷静な問い掛けが上から降ってくる始末であった。
見つめる先にはシャツが開け、片方の肩だけが剥き出し状態となっているジラクがいた。膝立ちで胸を反らしながら後ろを解す姿は崇高でありながら淫らに美しく、そして得も言われぬ色気の塊であった。
「こんなにしておいて?」
「ッ…ぅ、…」
言われなくとも自分の状態がどんな状態かは十分把握しているギアリスだ。自制心が焼き付き、頭が痛くなりそうなほどの誘惑に耐えきれず、強く目を瞑る。視界に映せば抑えられそうにないと畏れての行為であったが、それは逆効果で、
「ぅア…?…っ!」
ずぶずぶと何か温かいモノに収まっていく快楽に、目を見開き声を上げていた。
「ふ…、…っ」
「ご、当主ッ…、っ…だめ、です…ッ…!」
顔を赤くしたギアリスが、ジラクの腰に手を置き動きを止めようと無駄な抵抗をする。彼の体重を持ち上げるほどの腕力など当然なく、
「ん…、ァ…」
深く沈み込めば沈み込むほどに金の瞳が甘く眇められ、擦り切れる寸前であった理性は完全に吹き飛んでいた。
絡みつくように締め付けてくる中は触れる肌の冷たさとは対照的に温かで、鼓動をしているようにドクドクと先端に吸い付いてくる。初めての経験に、ギアリスの頭は完全に馬鹿になっていて、動きを止める筈の手はいつの間にか逃さないための手になり、腰を突き上げていた。

冷静な声で問い掛けていた冷たい無表情が、目の前でしどけなく剥がれ落ちていく。
ギアリスは性に対し、自分は理性的な男だと自負していた。若い頃から同世代の者たちが恋だ愛だと盛り上がる中、自分だけは冷静なままで彼らを未熟者だと客観的に思っていたが、そんな自分にもこんな野蛮な側面があったのかと思うほど貪欲な欲求は、満たされることなく高まるばかりで際限がない。
突き上げる度に甘く欲に溺れるジラクをもっと見たくなって、肉欲だけの存在に変貌していった。

ギアリスにとって最悪なことは、初めての相手が婚約者でも女性でもなく、ジラクであることだ。見目の良さだけでなく均整の取れた美しい身体に滑らかな肌、そして行為の最中の反応に至るまで、ジラクほど欲の全てを満たす者はいない。異性愛者ですら陥落させる身体は正に完璧な肉体で、そして欲に溺れる金の瞳は、一度視界に映せば脳裏に焼き付いて離れないほど凄まじい魅了の力を持つ。

もはや何故そうなったかという理由はどうでもよく、ただひたすら朝まで行為に耽るのであった。


2023.12.15
いつも拍手・訪問ありがとうございます💛
ザ・ジラク・ビッチ化計画😂ワラー。まぁ元々半分ビッチな気もするが…(笑)
襲い受けは人によっては鬼門かもしれない…!?

ギアリスはまぁ人生狂わされた一人ですな…😊攻めの人生狂わす受けが好きです😋しょうがないよね😋

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 ***48***

後悔先に立たずとは正にこのことだろう。
時刻は鳥のさえずりが聞こえ始める時分で、爽やかな朝の気配がカーテンの隙間から差し込んでいた。
寝台の上で頭を抱えるギアリスは、昨夜の過ちを何度も思い返してはどうかしてたと自分の行為を罵る始末で、そんな苦悩も無関係に、
「減るものでもあるまいし、何をそんなに落ち込んでるんだ」
裸体にガウン一枚という出で立ちのジラクが、平然と問いかけていた。汗と精液で汚れた身体を洗い流したジラクはさっぱりとした表情で、昨夜の熱など嘘かのように清らかだ。
悶々としているのが馬鹿らしくなるほど清々しい相手の様子を見て、精神に傷は負っていないらしいと安堵しつつ、突然の解呪により感情の抑制が利かなくなったかと推測していた。今までのジラクは言葉数も少なく、思っていることもあまり口にしない性格だ。最近は若干、改善していたのかもしれないが、今までであれば、これほどハッキリと言葉にはしないだろう。
「その…、ジラク殿はいつも、そうなんですか…?」
「?」
遠回しに訊ねれば相手には伝わらず、
「男とその、…寝ることに随分、…慣れてるようだから」
咳払いのあと言葉を変えれば、ジラクはギアリスを見つめたまま視線を止め、
「どうだろう?」
小さく嘲りの表情を浮かべていた。

そのことにぎょっとして、彼の顔をまじまじと見つめる。
シヴァラーサ家の当主といったら、まず一番に思い浮かべるのは、その無表情だ。
冷徹な無表情はいつ何時も変わることは無いとすら言われている。

そう言われる彼が見せた表情は初めてするもので、それが何を意味するのかまでは判断できずにいた。
行為に慣れていることは確かだ。だが、色めいた噂は聞いたことがなく、なら自分は特別な存在なのかと思い、すぐにそんなわけがないと否定していた。
「王子が来る前に、身なりを整えた方がいいのでは?俺と違ってギアリス王子には不都合な筈」
「え、…えぇ。そうですね」
答えながら強い動揺を覚え、慌てて眼鏡を掛け直した。寝台を整え、シャツの襟を正しながら背を向ける彼を見つめる。
何かが吹っ切れてしまったのだけは確かだろう。
昨日までは確かに敬語を使っていた筈のジラクが、無遠慮な言葉を紡ぐ様を見て確信を抱く。

実際、二つの術は相互に反発し合い、影響を及ぼし合っていた。その一つを解呪したのだから何の影響も出ない訳がない。それを証明するかの如く、ジラクの項には昨日までには存在しなかった菱形と複数の円が組み合わさった刻印が明確に姿を現わしていた。
ぼんやりと後ろ姿を見つめていると、着替えるためにガウンを脱ぎ捨てたジラクが背中を剥き出しにする。つい数時間前まで肌を重ねていたというのに、再びムラムラとさせられ、慌てて視線を外していた。

「朝食は、どうされますか?御兄弟と取りますか?もしその予定なら用意させます」
訊ねるギアリスに否定で即答したジラクは以前よりも明白な意思を持っていて、
「王子に話があるから、彼と取りたい」
答える言葉には一切の迷いがなかった。
「…私も同席して平気ですか?」
何となくそうしたい気がして問えば、冷めた目が一度寝ただけでその気になるなと釘を刺すかのようにじっと見つめ、終いには、好きにすればいいと言う興味の無さそうな返答をした。
昨夜のアレは何だったんだと戸惑うほどの落差に訳が分からなくなり、やはり誰とでも寝る男なのかという疑念が湧き上がる。そのことに激しいショックを覚え、自分の立場を理解しているつもりでいた己を責め立てていた。
一夜限りの関係など、仮にも婚約者がいる立場の男がすべきことではないだろう。王位を継ぐという責任ある地位にいながら、何たる失態だと陰鬱な気配を醸すギアリスは、見つめるジラクの視線には気が付きもせず、再び頭を抱えていた。
そんな彼を見て、ジラクが静かに歩み寄る。
「ギアリス王子」
「?」
小さな呼び掛け声で顔をあげた彼の唇に、
「…!」
ちゅっと軽いキスを落とし、驚く身体をそのまま押し倒す。見つめ合ったままベッドに乗り上げ、躊躇うことなく二度目の口づけを落とした。
「っ…?!」
相手の考えがまるで理解できず、とんでもない魔性の男だと憤りを覚えながらも、突き放すことなんて出来ずにいて、
「キス一つで何か変わるとでも?性行為も同じだ。何も変わらない」
舌を絡めておきながらあっさりと離れたジラクが告げる。唇を舐め指先で拭う姿は酷く煽情的なもので、
「何故、そんなに気にするんだ?」
行為とは対照的に、一糸乱れぬ高潔さで言う。
「普通は…、しないですよ!こういうことは!」
プルプルと握った拳を震わせながら答えれば、顔を傾げながら首の後ろに手を置いたジラクが、流し目を送ったまま動きを止める。
「なら拒絶すればいいのに」
その一言はギアリスを黙らせるに絶大な効果で、その通りだとしか答えようがなかった。昨夜にしろ、今にしろ、拒めなかった事実がある。
そして今も、ジラクに文句を言いながらも見下すような冷たい流し目に魅了され、顔が赤く染まっていた。

弟の恋を応援しておきながら、その相手と寝てしまうとは、何と言う体たらくだとズレた眼鏡を直しながら自分を詰る。
そんなことを思いつつ、見つめる目から視線を外せなくなっていた。

僅かな沈黙の後、ジラクが小さく口を開き、そうだな、と呟いた。
「どうしても理由が欲しいなら、目が覚めた時にギアリス王子が目の前にいたからっていう答えになる」
「!」
「ギアリス王子の色。俺が好きな色でやけに食欲をそそる。解呪師なら分かるだろ?呪いが俺の身体に影響を与えてることくらい。あとは一応の感謝の気持ち」
率直な彼の言葉に驚き、そして言わんとすることを直ぐに理解した。心臓に深く結びつく背中の刻印が、何の影響も及ぼさない筈がない。無理に解呪すれば命に関わるような、それほど奥深くまで結び付いた呪いだ。だから他の解呪師は誰も手を出したがらないのだろう。正直な感想を言えば、ただただ恐ろしい呪いだ。
「…私の色が、…好きな、色ですか?」
恐ろしい呪いであるのに。
ジラクの『好き』という言葉に、思考とは真逆に心臓はトクンと一際大きな音を立てる。
「ん…」
相槌を打つ姿はまるでスローモーションで、唇に手を当てたジラクが、ゆっくりと瞬きをしながら、
「…っ、…!」
小さく口角を上げた。
それは本当に僅かな一瞬の変化であったが、その一瞬に目を奪われる。
「あぁ。好きだ」
あっさりと答える姿を見つめたまま、高鳴る心臓に心を支配されそうであった。

今の表情は微笑なのかと、目撃したモノが信じられず、後光すら背負っているかのような錯覚に囚われていた。
見惚れるギアリスの幻想世界を打ち壊すように、荒々しいノックの音が響き渡る。
「ギアリス!」
「!」
ほぼ同時に扉が開き、朝から活力溢れるガラルシアが顔を覗かせ室内に飛び込むように入ってきた。
突然の大きな声に驚くギアリスに、ジラクは無表情で、
「ジラク…、起きてるのか。ということは無事に解呪できたんだな」
すぐに事態を察したガラルシアは満面の笑みを浮かべていた。
「さすが、ギアリス!やっぱお前の力は大陸一だぜ!」
歩み寄ってきたガラルシアはそう言ってギアリスの肩を力強く叩き、誇らしげに笑っていた。
弟の恋情を知っているだけに、気まずいギアリスだ。何があろうと昨夜の出来事など絶対に悟られる訳にはいかない。
そんなことを知る由もないガラルシアはジラクの肩に手を回し、
「折角だ。一緒に朝食でも取るか?」
にやけた笑みでそう誘いかけていた。
「王子に頼み事があったから、助かる」
敬語もなく答える様に一瞬、驚き、
「お前、そのくらいがいいぜ。その無表情で敬語とか取って付けたようでイラっとするからな」
特に気にすることもなく受け入れていた。
それから肩に回した手に目をやって、ジラクの首筋に親指を滑らせる。昨日まで無かった刻印に気が付き、ギアリスと視線を合わせた後、
「呪いの力が強まってるのは自覚あるんだろうな?」
真剣な顔でジラクに問い掛けた。
「さぁ?」
曖昧な言葉で答える顔には何の動揺もなく、むしろ挑発的な目をしていた。
自覚もなにも、目が覚めた瞬間に酷い飢餓を覚え、以前よりも全てが淀みなく澄んで見えた。霞掛かっていた思考はクリアで、何の悩みも躊躇いもない。
「やけに頭がスッキリしてる」
『目を覚ませ』と夢現な世界で語り掛けていた声が誰のモノなのかも、今では明確に特定できていた。
それが自覚というなら、そうなんだろう。
「何。国の将来が心配にでも?」
仰ぎ見るようにして訊ね返すジラクは斜め下から窺い見る流し目で、今までしたことのない目つきにガラルシアが一瞬の沈黙のあと、笑いを浮かべた。
「冗談が言えるなら、大丈夫だな」
バシバシと肩を叩き、
「頼み事、何でも聞いてやるよ」
そう安請け合いしていた。

ジラクの中で最も大きな変化と言えば、フィローゼントに対する明確な答えだろう。
警告として花を送ったのは失敗だったなと心の中で嘲笑う。市場に露店を出せば足も付きやすい。ましてやガラルシアの力を借りれば追跡はより容易く、花の出所に辿り着くのもそう遠くない未来だと確信していた。
彼らを潰すという非常にシンプルなそれは特に何の躊躇いもなく導き出した結論で、たとえそれが最悪の結果に繋がったとしても、何の痛みも生じていなかった。


2023.12.16
タイトル付けるならまさしく『変化』あるいは『変貌』かな?😋ウマ!私は割とこういう変化しちゃうキャラは好きです😊
でも大丈夫!ジラクは主人公なので安心です😂(??!)

48話は47話とセットですね!本当は1話で上げたかったですが、分量的に無理でした(笑)。ギアリスとガラルシアの仲を拗らせたいけど、多分拗れないです(笑)。拗らせが下手くそな私…😶あと、この兄弟は仲がいいからな…💔

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 ***49***

シヴァラーサ家と言ったら、悪評高くどこにいっても厄介者扱いという認識が強いだけに、ボロラ国での待遇が想像以上に良くて、兄弟たちは面食らっていた。
客室のみならずブッフェスタイルの朝食まで用意され、至れり尽くせりの状態だ。ミラは大はしゃぎになって、料理をてんこ盛りにして、見たこともないような煌びやかな飾り付けに目を輝かせる。
「くそ兄貴…。贅沢してやがるな…」
「毎回こんな接待を受けたら、病みつきになっちゃいますね」
ちゃっかりと大量のフルーツを取っておきながら苦言を吐くザキに、ラーズルが苦笑をして答えていた。
「なんだかな。そんなに封魔士っていう地位が大事か?」
冷めた口調で答えるサーベルはどこか苛々した様子であったが、
「…兄貴から封魔士を取ったら何も残らなくない?」
ミラの正直すぎる言葉に目を丸くして視線を合わせていた。
全員がその言葉を否定できず、沈黙を返す。
「確かにそうだけど、随分、厳しいな」
「だってそうじゃん」
辛辣な言葉を聞いて、一緒に観光できなかったことをまだ怒ってるのかと窺うサーベルだ。ただ、全く理解できない訳ではなかった。ジラクといえば、町から外に出ることもなく閉鎖的な人間関係の持ち主というイメージが強い。それが予想外にも他国の人と親密な関係を見せ付けられて、兄弟として面白くないと思うのは普通かと納得していた。
正面に座るザキを盗み見して、皿の上の料理に手を付ける。
ザキの隣に腰を下ろすサラは心なしか元気がなく、皿の上も控え目でパンと野菜が少しという状態であった。親密そうに耳打ちで会話をする二人を見て、昨日の様子を思い出し、少し奇妙だなという違和感を覚えていた。
そんなことを考えていると、唐突に室内の扉が開く。ドアを挟んだ向こう側から聞き慣れた声が誰かと会話をして、
「まだ朝食中だったんだな」
一人だけ中へと入ってきた人物を見て、全員が驚き顔でジラクを見つめていた。

まだ朝と言うべき時間帯だ。この時間にジラクが自力で起きてきたことは今までないことを知っているだけに、誰かに起こされたのだと推測し、
「兄貴…、どうしたの?」
ミラの質問は全員の疑問に等しく、共通する想いは困惑であった。
「そんなに朝から食べれるのか?」
歩み寄ってきたジラクが、ミラの皿を覗き込んで問う言葉はいつもと同じ冷静な声だ。寝起きという感じでもなく尚更、よくわからなくなっていた。
肩に手を置く状態で顔を近づけるジラクからは爽やかな香りが漂い、混乱するミラの鼻腔に届く。それがいつもの花の香りではないことに気が付いて、
「…あれ?…石鹸の匂いだ…朝風呂?え、なんで?」
思ったことが口を突いて出ていた。
尚更、どうしたのかと全員がジラクを見つめる。軽い運動後に汗を流すなら分かるが、わざわざ観光先のボロラで朝風呂する意味が分からない。
「あぁ。朝まで王、」
対するジラクは何も考えずに真実を言おうとして、
「いや、暑くて汗をかいたから」
言葉の途中で無理やり語尾を切り替えていた。それがギアリスにとって都合が悪いことを思い出しての判断だったが、妙な回答は余計に不信を招き、なんだなんだと聞いている彼らの混乱を極める。
その動揺を読み取ったジラクが話題を避けるようにミラの後ろを通り過ぎて行き、
「朝、風呂に入ったって別にいいだろ」
言いながら空いている席に腰を下ろしていた。

事はそれに終わらず、
「…兄貴。首の、後ろ…」
通り過ぎる時に見てしまったからには追及せずにはいられない。背を向ければ誰でも分かるレベルの刻印に気が付いたのはミラだけではなく、隣に座っていたサーベルもその存在に気が付き目を瞠っていた。
首の後ろに手を回したジラクが確認するように撫で、あぁと呟く。
「俺からは見えないけど、呪いが強くなってるって王子が言ってたな」
特に気にした風もなく答えるジラクは、いつもと同じようで、
「気になるか?」
訊ねる様は、いつもとはまるで異なるものであった。

視線の強さにドキっと心臓が跳ね上がり、金の瞳に魅入られる。金縛りにあったように固まるミラは返答できず、いつもならフォローを入れそうなラーズルやザキは呪いという言葉にぎょっとして視線を向けたままであった。
サラが不安そうにジラクを見つめる中、
「ジラクさんはジラクさんだろ」
一人だけ平然とした調子で答えるのはサーベルだけで、視線を動かしたジラクの目を真っすぐに見つめ返していた。
僅かな沈黙のあと、顎に手を付いたジラクは思案するように金の瞳を眇めて、小さく口を開く。唇を親指で撫でながら煽る目つきでサーベルを見つめ、
「お前が気にしないことは聞くまでもない。口を挟むな」
はっきりとそう告げるのを見て、さすがに以前とは少し違うと認識せざるを得ない面々だ。
ジラクの冷たさはいつも通りでありながら、そこには今までにない迫力が滲み出る。だからといって、彼が言うようにジラクはジラクだろう。ただ、サーベルの言葉の何かがジラクの地雷を踏んだと知る兄弟たちだ。
ヒリつく空気が場を支配して、食事の手は止まり沈黙が宿っていた。

「ふーん?俺のこと良く分かってますね。随分と信頼してるみたいだ」
心配するミラをよそにサーベルは平然と煽り返す。ジラクの煽りなど痛くもない痒くもないかの如く受け流し、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「お前…」
じっと視線を返すジラクは、唇を撫でていた親指を止めて軽く歯で挟む。そのまま目を細めて見下す表情は、今までの無表情からは想像も付かないほど感情豊かであり、見たことのない表情であった。
「本当に腹が立つな。どうでもいいだけだろ。だから嫌いなんだ」
ぼそりと呟き、感情を持て余したように前髪を斜めにかきあげながら視線を外す。その動きに合わせて耳朶にぶら下がる金属製のピアスが擦れ合って小さな音を立てる様子は目を瞠るほどの色気に満ちていて、他の者には醸しだせないような独特の気配を放っていた。
「お褒めの言葉をどうも」
「最低な奴」
さらりと答えるサーベルは、ジラクの『嫌い』という言葉も気にしておらず、むしろそれを待っていたかのように口角を上げていて、
「…」
二人の間にある謎の信頼関係にミラが悪心を抱く。
悪態を付きながらもジラクがもっとも気を許しているのはサーベルであろうことは以前から推測がついていた。どちらにやきもちを焼いているのかも分からず、止まっていた手を再開させる。
「兄貴に変わりねぇならいいよ。それより今日はどうする?」
二人の仲を裂くようにザキが口を挟み、その話題を終了させるように話を切り出した。
「そうだな。今日帰る予定だけど、寄りたい所があれば、行こう」
ミラに視線を投げながら答えるジラクに先程の剣呑さはなく、いつも通りであった。
突然、人間に襲い掛かるような魔物染みた狂気もなく、特別におかしい点が見られる訳でもない。

先日の不可解なできごとを思い出したザキは、フルーツにナイフを入れながらジラクを窺い見ていた。
普通の食事では満足できないと本人の口から告げられたくらいだ。少しずつ何かが変わってきているのだと実感する。これから先、ジラクがさらに人間味を喪っていくとしても、それは受け入れるしかないと覚悟を決める。

振り払われた手は、また以前と同じように振り払われるのだろうかと思いながら、口内に広がる果物の酸味を飲み込むのだった。


2023.12.24
メリークリスマスイブ!😊🎉クリスマス記念小説は、無くなりました!というか間に合わなかったです(😂笑)。
通常運転でジラクを更新しておきます😋
いつも拍手・訪問ありがとうございます😊💕嬉しい!

来年の干支をどうしようかなぁと悩み中です…😶!本来なら今年の辰受けの続編なんだけど、辰年支配者の年なので兎との決着をつけないといけないんですが、辰受けの最大の魅力は快楽堕ち、強制孕み、複数交配かと思うので、そこ飛ばして兎とイチャラブ(?)だと、ちょっとオヤ?ってなるので(笑)、むー…という感じです🤔💦あとイチャラブが書けない私(笑)。イチャラブ苦手っぽい。受けが攻めのこと無茶苦茶大好きで、メロメロなの凄い好きなんだけど、自キャラだと何故か書けないです😢そこで終わっちゃうからかなぁ?😅?モブレの快楽堕ちの楽しみもなくなっちゃうしな〜とか…?(笑)
発言がヤバい人ですみません…💔(笑)
そんなで今ネタ切れ中…😂

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 ***50***

旅行から帰ってきたジラクの項を見て、町の人々が戸惑ったのは僅かな間で、半日後にはすっかりといつも通りの平穏に戻っていた。
ジンネの町民はこれまでにも様々な変化に対応してきたという歴がある。古い過去を紐解けば、魔物との小競り合いから始まり、シヴァラーサ家と共に成長してきた町とすら言えた。先代の全盛期時代にも、そして大戦直後の大騒動の時にも、彼らは彼らなりに小さな町を支え、守ってきた。
ジンネと言えばシヴァラーサ家、シヴァラーサ家と言えばジンネと言えるほど近い関係にあり、その現当主が呪われていようが何だろうが、彼らの本音を言えば何があろうとシヴァラーサ家に付くというのが本当の所だ。それだけ町民の心に深く根付いている家名には違いなく、目に付く首筋の刻印にはぎょっとしつつも、若干のジラクの変化くらいどうってことないものであった。更に言えば、年配者にとっては少年期の愛くるしいジラクを知っているだけに、廃人化していた時のジラクの方がギャップが酷いもので、むしろ改善したのか、というくらいの感想だ。
そうしたこともあり、兄弟たちが危惧するようなことは何もなく、呪いの深まったジラクは容易に受け入れられていた。
それから1週間も経てば、まるで最初から首筋にも紋章があったかのように見慣れたものとなる。


ただ、以前とは違う部分があるのは確かで、
「サーベル。いるんだろ?」
昼食時間帯を少し過ぎた頃に店の裏口にある呼び鈴がけたたましく鳴っていた。
声だけで相手が誰か分かり、珍しい訪問者に首を傾げながらサーベルが扉を開けば、不遜な態度のジラクが立っていて、
「入るぞ」
問答無用に足を踏み入れてくる。そうして調理台に広がるパン生地を一瞥したあとに振り返り、トンとサーベルの胸に手のひらを置いた。
「お前の身体、貸せ」
「?」
言われた言葉の意味が分からず、肉体労働として人の手が欲しいという意味かと瞬時に判断し、いいですよと気軽に即答すれば、何故か異様に距離が縮まって、
「っ…?!」
ふいに胸倉を掴む手によって引き寄せられていた。

ジラクとサーベルの背丈は大体同じくらいで、若干、サーベルの方が高い。それでも、引き寄せられた先には丁度ジラクの唇があって、吸い寄せられるようにキスをする。瞳を閉じて受け入れるジラクに驚きつつ、身体を貸せとはそういう意味かと気が付いて、その分かりにくい表現に今更になって合点がいっていた。
疑問が渦巻き、どういう心境だと頭をフル回転させる。そうこうしている間にも、触れ合う唇は緩く開いていき、ぬるりとしたモノがサーベルの口の中を探るように入っていった。歯に触れ、反応を確認するようにおずおずと触れる熱い舌は馴染あるもので、その柔らかさを堪能しつつも冷静に考え込んでいた。
ボロラ国に行ってから、何らかの変化があったのは確かだ。
あの一夜でがらりと様相を変えたジラクは、妙に積極的で物事に対する躊躇いが無い。この行動もその一環かと思いつつ、ならどういう意味だと首を傾げる。

恋愛未経験者でもないサーベルは、キス一つで理性を失うというようなこともなく、舌と舌を合わせながら相手の背中に片手を回し、一先ず疑問を投げ捨てて、気が済むまで付き合うかと楽観的に切り替えていた。
もう片方の手で持っていたボールを調理台に置き、代わりにジラクの柔らかな髪の毛に指を差し入れながら、更に抱き寄せる。
「ン…、…っぅ」
サーベルの胸倉を掴んでいた手は行き場を無くしたように彼の首の後ろへと回り、自然と抱き合う形となっていた。
完全に受け入れ態勢のジラクに戸惑うのは一瞬のことで、ゆっくりと熱を宿していく舌はより深く絡まり合って、ただひたすら心地よい時間が流れていく。
唇の合間から濡れた音が響く中、
「っぁ、は…、ぁ…」
名残惜しく離れる頃には、息を軽く乱して目元をほんのりと上気させるジラクがいた。睦言でも囁きそうなほど淫らな気配を宿す唇は、互いの唾液が混ざり合って濡れて光る。その甘い色の唇をもう一度貪りたいと思いながら、サーベルは気持ちを落ち着かせるように一息付いていた。
「はぁ…、どういう風の吹き回しですか?」
「お前は何も気にしないだろ。手頃な相手ってだけ」
甘い表情から出る言葉は辛辣なそれで、サーベルが口角を上げていた。
面白がる口調で相槌を打った後、
「じゃ、気が済んだでしょ。俺はこれから隣町に…、っ!」
背中に回していた手をするりと外しながらジラクの元から離れようとして、再び引き寄せられる。強い眼差しが間近に迫って、
「身体を貸せって言っただろ」
拒絶を許さない口調でそう言った。
「ん?…んんん?」
意味が分からず目を丸くするサーベルに対して、ジラクの取った行動は素早く、歯がぶつからん勢いで唇を奪っていた。躊躇いもなく手は脇腹をなぞり、ズボンの上で止まる。
「!」
そうして漸く、本当の意味に気が付いていた。
手頃な相手か。なるほどなと嫉妬にも似た想いを抱き、素直に身体を貸すのも癪になって、
「んー、…っ、う…、ストップ、ストップ!」
ジラクの身体を無理やり引き剥がす。中断させられ睨むような上目遣いをするジラクに欲情しつつも、
「今、俺は仕事中、な。隣町にこれから販売に行くんだよ。仕込みもしなきゃだし」
据え膳何たらやらは惜しいが、ここで言いなりになったら惚れた弱み過ぎるだろう。手頃と思われているのも腹立たしく、大勢いる相手の一人とあっては堪らない。
冷静に対処するサーベルであったが、あろうことかジラクは、
「15分くらい、どうってことないだろ」
そんな暴言を吐き、
「ヤリ慣れたビッチみたいな台詞は止めろ」
本気の突っ込みを受けていた。

額に手を置いて呆れるサーベルを見て、ジラクがずいっと顔を近づける。その表情は斜め下から窺い見るような流し目で、
「なんだ?その気にさせて欲しいのか」
ふっと瞳を和らげ、誘う顔をして見せた。
ジラクの変化を見たサーベルに、一瞬の隙が生まれる。惑わされない男がいるなら見てみたいと思うほど誘惑的な表情は見惚れるもので、虚を突かれた形で壁に押し付けられていた。
流れるような動作で首筋にキスをしながら、僅かに反応していたサーベルの下半身に触れたジラクがズボンの上から焦らすように摩り、耳元で甘く囁く。
「咥えてやるよ」
「っ…!」
ジラクの口から飛び出た言葉に眩暈がしそうなほど衝撃を受け、それはダイレクトに下半身を直撃していた。
「まじか…」
その気にさせてやるという言葉の通り、そんなジラクを見てみたいという欲情がムクムクと湧き上がり、嫌でもその気にさせられる。
ちゅうっと首筋に痕を付けたあと、サーベルのシャツを脱がしながら胸から脇腹、臍へ、波打つ筋肉に沿うように唇を滑らせていく。膝立ちになってベルトを外したあと、盛り上がる下着にキスを落とす様は視界の毒でしかなく、さすがのサーベルといえど媚薬でも盛られたように頭がクラクラとしていた。
甘いキスに心拍数は上がり、血流が下に集まっていく。勝手に反応してしまう生理現象は隠しようもなく、
「ふ。やる気満々の癖に」
ジラクが鼻で笑って貶し言葉も吐いた。
そんな言葉も目の前の光景を前にすれば気にもならないほどで、
「っ…ジラクさん、俺のことを誑しとか言える立場にないでしょ」
下着からモノを取り出したジラクが迷いもなく手で触れる様を見て、あきれ果てていた。そんな心情とは裏腹に、その整った顔を今すぐにでも穢したい願望が目を覚ます。緩く扱かれる度に大きく立ち上がるモノは並みの男よりも遥かに立派なもので、
「っ、は…、」
ジラクが興奮したように小さく息を洩らした。
「ふ…、男の手で立たせてるお前も同類だろ」
熱の宿る声で罵りながら手を濡らしていき、そして何の抵抗もなく、
「ぅっ…!」
サーベルのモノに唇を付けていた。ちゅ、ちゅっと何度か繰り返して煽る様は手慣れた娼婦さながらで、横から舌を這わせながら先端へ舌を滑らしていく。様子を窺うように上目遣いをして、驚きを浮かべるサーベルと視線が合えば、挑発するように瞳を眇めた。
先端へと辿り着いた唇は愛おしそうにそこにキスをして、勿体振るように濡れた場所に舌を当てる。視線を絡めたまま見せつけるように舐め、舌先で先端を刺激していた。どうすれば男を悦ばせられるかを知っているかのように巧みな舌技で煽ってくるジラクの手慣れた口淫に、
「…、ッぅ…、っ!」
思わず歯ぎしりをするサーベルだ。予想以上に、いや、想像を遥かに超える巧みさで、そして誘う目つきのエロさに今すぐに口内にぶち込みたくなって、その凶暴な思考を抑えつけるのに必死であった。血が巡り、首筋の太い血管が浮き上がる。
「っ…、…!」
眉間に皺を寄せて耐えるサーベルの酷く男臭い表情に煽られたように、
「ん、む…、っぅ…」
舌で支えるようにして、先端からモノを飲み込んでいった。
「ンう…。ふっ…」
全部を口に収めることはできなくて、苦しい息を吐きながらも上目遣いを止めないジラクだ。舌を使って刺激しながら口内で締め付ければ、身を震わせる相手がいて、
「く…、ッ…」
薄茶色の瞳が欲情と苛立ちで揺れ動く。
相手に煽られているのはサーベルだけではない。触れてもいないのに、ジラクのモノはズボンの下で強調するように膨らみ、瞳には欲情の色が宿る。
淫らに濡れた音が室内で続いていた。息を殺した吐息が一層、荒くなり、
「ジ、ラクさ、…ッ、もう出る…から、」
金髪を掴み、引き剥がそうとするサーベルに対し、絡めたままであった金の瞳が小さな笑みを浮かべる。そうして、ぐっと腰を引き寄せて更に奥へと咥えこんでいた。
「っ!待、ッ…、ぐっ、…!」
驚き、押し留めようとするサーベルの拒絶も虚しく、
「うっ、…ぅ!」
ドクドクと相手の口内へ欲望の塊を吐き出していた。
しまったと思うサーベルだったが、ジラクは何の躊躇いもなく喉を鳴らして飲み込む。驚くサーベルの視界には恍惚の表情を浮かべるジラクがいて、まるで甘い蜂蜜でも舐めているように蕩けた目をして余韻を味わうかの如く舌で絡め取っていた。その凄まじいギャップとあまりの淫らさに、欲情は収まるところを知らず、
「っち…」
額で握りこぶしを作って舌打ちを零す。

唇を拭ったジラクが、
「サーベル。どうする?」
勝ち誇った口調で上目遣いのまま問うのを見て、苦い敗北感を味わっていた。
「…、くそ…」
悪態をつきながら寝室を指差し、
「…片付けたら行くから、俺の部屋で待っててくださいよ」
ジラクの誘いにまんまと乗せられる。ここまでされて、その気にならないわけがない。ましてや、長年好意を寄せてきた相手だ。ジラクの秘めた顔を更に見たくなって、今日の予定を頭の中で塗り潰す。
「お前の部屋か…初めて入る」
呟きながら隣部屋に向かうジラクは躊躇いなくシャツを脱ぎ、紋章で覆われた背中を剥き出しにしていた。

その背中はひたすら美しく、そして、魔性な色気に溢れるモノで、
「手頃な相手か…」
口内で呟きながら、自分の掌中にはない背中を見つめていた。


2023.12.29
やってまいりました😋サーベルのターン😊意外?意外なのかな??どうなのでしょうか(笑)。
私の中ではメインキャラなんだけど、メインっぽくない(?)のかな?🤔

年明けまであと正味2日です…💦辰年テーマのネタが相変わらず浮かんでません😂全く新しい短編書くと、いい加減にせぇと言われそうなので既存キャラで何か書きたいんですが、辰か…ぐぬぬ状態…😅(笑)。下手に龍とか出すとストーリーに影響を及ぼしかねんので、ホントどうしようかなと思ってます。毎年書いてた気がするけど、今年は諦めるか…?!😢(笑)

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*** 51〜 ***