【総受,クーデレ,冷血,無表情,呪われ】

 ***51***

サーベルの部屋は窓が一つも無く、薄暗い室内であった。壁には本棚が置かれ、意味の無い金属製のインテリアがいくつも飾られている。朝に起き出してそのままと推測されるベッドの乱れ方で、質素ながら生活感の溢れる部屋は意外な一面であった。
柔らかなベッドに身を預けながら、そういえばと今までのサーベルを思い起こし、彼の家から女性が出てきた所を見かけたことが無いなと気が付く。もしかしたら、自分が初めて室内に入った人間かもしれないと思うと、何故かぞわぞわと高揚感が湧き上がり、大きく深呼吸をするように息を吸い込む。
サーベルの気配は非常に心地よく、飢餓感を我慢していた今までの自分が馬鹿らしくなるほどであった。あれほど強い生命力の持ち主は珍しい。腹が満たされるまで食べ尽くしたいという欲求があり、その行為が魔物染みた行為だという自覚はありつつも、抑える気は無くなっていた。
今までの傾向から見ても、死ぬわけでもないし別にいいだろうという楽観視が強く、まして相手はあれだけの強さを持つサーベルだ。影響はないと勝手に判断する。

相手がザキよりはマシだと思い、あの時のことを思い出すように唇に手を当てていると、片付けの終わったサーベルがやってきて、後ろ手にドアを閉めた。
「本当に、どういうつもりなんです?まさか、身体が寂しいとか言わないですよね?」
ベッドで寝転がるジラクに覆い被さり、首筋に手を置いて訊ねながら、胸元にキスを落とす。ジラクの白い肌は見慣れたもので、その淡いピンク色の突起もよく見知っているモノだ。今更、目の前にあるそれに恥じたり動揺したりはしないサーベルだが、散々拒絶していた相手がいきなり手のひらを返したように急変したことはやはり気になることで、
「さぁ?なんだと思う?」
唇に手の甲を当てたままのジラクが試すように訊ね返す。
「んー…?」
ちゅうっと胸のモノを口に含み、びくっと反応するジラクを窺い見て、
「見当も付かないな」
答えながら、舌先でピンクのモノを転がした。
ジラクの反応の良さは、サーベルにとって予想外でもない。寝ている状態ですら反応するジラクなのだから、目が覚めていれば、なおのこと感度が良くて当然だ。
ただ、すっかりと調教され尽くしたあとかのように敏感な身体に苛立ちを覚えるのは確かで、
「…ンっぅ…!」
歯を立ててれば、それすら甘い声を洩らしていた。
「誰に教わったんだか…。あ、因みに俺は男の抱き方は知らないから教えてください」
白々しく伝えれば、だろうなという答えが返ってきて、
「お前は黙って、腰を振ってればいい」
ジラクが驚くほど直接的な物言いをした。
「本当に…、誰でもいいんだな」
ひやりとした苛立ちを感じ取りながらも、ジラクが迷うのは一瞬のことで、あぁと冷たい相槌を返していた。
生命エネルギーという意味ではサーベルほど最適な男もいない。その意味では敢えてのサーベルであったが、それを一々伝える必要も無く、また、そう思われるのも嫌で事実を隠す。
それだけでなく、目的はもう一つ別にあった。寝てしまえばこっちのものだとほくそ笑む。

苛立ちながらも行為を中断するつもりもないサーベルがちゅっと音を立てて鳩尾にキスを落とす。
背中側から黒い下着に手を差し入れ、柔らかな臀部の形を確認するように片手で掴んだ。横を向いたままびくっと身体を震わせたジラクの姿を見下ろしながら、
「初めての相手って誰?俺の知ってる奴?」
静かに問う。小ぶりの臀部は筋張ったものではなく、男のものとは思えないほどふっくらとしていて柔らかく、掌に吸い付いてくる。
「関係、ないだろ」
「まぁ、そう言うと思ってたけど…」
撫で心地の良いそれを摩りながら焦らすように下着をずらし、明かりの下でジラクの裸体を晒した。

今までにジラクの裸を見たことがない訳ではない。
ただ、完全に立ち上がった状態のモノは初めてで、その淡い色の淫らさに喉が鳴る。やり慣れている筈の男のモノがあまりに清楚で美しく、濡れて震えるものが甘く誘いかけてくる様は手折られたがる可憐な花のようで、
「っ…、ジロジロ、見るな…って」
頬が染まっていくジラクの表情に異常なほどの興奮を覚え、自分を落ち着かせるように緩く息を吐いていた。
「そういう初心な反応はさ、わざと?散々、俺のモノを舐め回しておいて清純ぶるなよ」
「お、前、…ッ!」
震えるモノを掴んで軽く扱けば、ジラクが昂るのは早く、
「うァ…、っぁ…ァ!」
背を仰け反らせて大きく反応をしていた。
甘い声を上げる様に愉悦感を覚え、意図的に緩い刺激しかしないサーベルは中々の腹黒で、手の甲で顔の下半分を隠したまま睨むジラクを欲情塗れの目で眺めていた。
ズボンのチャックを下ろしながら興奮したように唇を舐め、乱れるジラクの様子をただひたすら注視する。その熱の宿る瞳の色に、ジラクは更に煽られていて、漏れ出る声を抑えられずにいた。
「ンんっ、…サーベ、…ッ!いか、…、せろ…ッて」
「ホント、エロいなぁ。誰に仕込まれたんだかね」
息を乱すジラクを見ながらぼそりと呟き、懇願は聞き入れずに自分の太ももに乗せる形でジラクの足を開く。
「っ!」
「な。誘ったのはそっちだから、15分って言わず、俺が満足するまで付き合うべきだよな」
言うと同時にするりとウェストから脇腹、胸へと手を伸ばし、下の刺激は中断したまま焦れったい刺激を繰り返していた。
「うァ、…、ッいい加減に…っしろ、…ッぁ、サーベ、ルッ」
永遠と続くような甘い快感に、睨んでいた瞳は甘く乱れて力を失っていく。金の瞳は快楽で緩々になって、欲情の波に溺れたように濡れていた。
「イきたいだろ?後ろ向いて」
「ん、…っぁ、最低だな、ッ、…」
悪態を付きながら、のそりと緩慢な動作で背を向けるジラクの腰を浮かせ、
「う…ッ!?」
柔らかな臀部の狭間に自身のモノを擦り付けた。
両手で開き、ピンク色の秘部に宛がった後、そこには入れずに前へと滑らせる。意図的な行為に他ならない筈なのに、
「悪いな、ジラクさん。俺は男とのやり方は知らねぇからさ」
ずるりとジラクのモノと擦り合わせながら、白々しく嘯いた。
「く、…っぁ、アッ、う…!…ッお前、ふざける、なッ、…!」
互いのモノがぶつかる度にいきそうになるのに上手くイけず、挙句、いつでも入れられるように解してある後ろは、早くサーベルのモノが欲しくて疼いていた。熱く滾るモノが当たる度にゾクゾクと身を震わせるジラクは入れられてもいないのに快楽に蕩け、擦られる度に舌足らずな悪態を付く。
「は、…、入れてほしいって言えよ」
ジラクの柔らかな臀部を摩り揉みしだきながら、サーベルが熱い吐息を洩らす。
「ッ、…っぁ、っぅ、…ァ」
軽く意識が飛びそうなほど焦れったい刺激の連続で、判断力はまともではなく、
「は、やく…、ッぁア、…いれろっ、て、…ッ」
懇願を口にするジラクであったが、返ってくるのは鼻で笑った声で、
「やだね」
「ッ!」
素っ気ない一蹴であった。
「ふー…、まだまだ時間はあるからな」
ジラクのモノを手で掴み、親指で先端を刺激すれば呆気なく果てる。
「──ッ…っぁ…」
力の抜けていく身体は快楽に滅法弱く、ドロドロに溶かされていた。乱れた呼吸を繰り返しながら小さく震える身体はまだまだ物足らないと相手を無自覚に誘う。
サーベルの瞳に獰猛な色が宿るのは一瞬で、ピンク色に引くつく場所を親指で押し開いて、まだいっていない自分のモノを宛がい、
「っ…!」
息を飲むジラクを他所に、挿入することなく熱を放出した。
「ンッ、っアぁ…!ッ…ぅ」
ビクっと身体を震わせたジラクの瞳に変化が表れるのは直ぐで、より一層、金色の輝きは増し甘い煌めきを宿す。震える唇はしどけなく戦慄き、抑えられない声を洩らしていた。
快楽に甘く溺れる身体は、好きな相手との行為に溺れている姿としか思えなくて、
「っ…はぁ、ジラクさんさ…、俺のこと、本当は好きなんじゃなくて?」
零れる白濁としたモノを指で掬い取って中指で押し込んだサーベルが、ふいに訊ねる。
「ン、っぁ…、っな、訳ある、か…!」
指を中で動かされ喘ぎながら返すジラクは、上気した頬に潤んだ瞳の蕩け顔で、
「お前は嫌いだって、言ってんだろ、ッうァ…、ッぁ!」
言葉とは裏腹に、淫らな身体は僅かな刺激でも簡単に昂りを取り戻していた。
「ふーん、嫌いな相手でも、こんなに乱れちゃう訳か…」
ゴリゴリっと前立腺を刺激され、ジラクの身体が跳ねる。
「あー…ここ?そんなイイ?」
「ンっ、…ッ!…うぁ…、…!やめ、ッ…、サーベ、…!」
逃れようとする身体を強引に引き戻すサーベルは相当の鬼畜で、ジラクのモノが面白いほど容易に反応するのを見つめながら、一点集中でそこを責め続けていた。
しつこいくらいの刺激に頭は完全に溺れきっていて、サーベルのことしか考えられなくなっていた。腹が満たされるほど味わいたいという欲求と、熱い体温をもっと感じたいという想いが全身を支配し、せり上がってくる熱に抗えなくなって、指だけでいとも簡単にイかされていた。
「っ…、ぁ…、ァ…ッ」
快楽には滅法弱いジラクだが、他の人と寝たときに同様の事態に陥るかと言ったらそうでもなく、自我は常に残っていた。頭が朦朧とするほどの快楽に流されるということはない。
それなのに、押し寄せる黄金色のエネルギーとサーベルの気配に翻弄され、身体は別物のように勝手に声が漏れ出てしまう。
「はぁ…、まじか…。参ったな」
眉間に皺を寄せ余裕のない顔で呟くサーベルであったが、それでも挿入するつもりは毛頭なく、ただの手頃な相手になる気も無かった。ジラクの身体を仰向けにして、余韻に震える唇にキスを落とす。
身体の冷たさとは対照的に唇は熱く絡みつき、首に手を回してキスをすんなりと受け入れるジラクは、どこからどう見ても好意を寄せられているとしか思えない仕草で、やるせない想いに駆られていた。
「…好きって、言えよ」
耳たぶを食みながら囁けば、
「嫌いだ、…って、…」
熱に浮かされた声が乱れた呼吸の合間に呟く。
キスをする度に金の瞳は輝きを増して甘く蕩けていくのに、紡ぐ言葉は欲しい言葉ではなく、
「っち…」
意地でも後には引けないサーベルだ。
快楽に蕩けて言いなりになる身体を更に煽り立て、欲情に溺れさせる。

そうして、キスと焦らしのテクニックで数時間も身体を重ねれば、さすがのジラクも陥落していて、サーベルの強引な溺愛に飢餓は強制的に満たされ、心を満タンにされていた。
「っは、…っぁ、…」
指先が震え身動き一つ取れずにぐったりとした様態のジラクは、トロンとした瞳で天井をぼんやりと見つめる。白い肌は仄かに赤く染まり、互いの吐き出したモノで淫らに濡れていた。
「ふー…」
起き上がったサーベルがズボンを履き直して室内を出ていき、再び戻ってきた時には濡れタオルを片手に持っていて、
「大丈夫ですか?」
ジラクの頬に冷たいそれを付ければ、唐突に意識が覚醒したようにビクっと身体を震わせた。
「っ…、」
力なく手の甲を口元に押し当てて、
「く、そ…、入れろって言ったのに…ッ」
出てくる言葉は悪態であった。
「満足させられなくてすみませんね」
どこからどう見ても満足しきってる相手にそう返すサーベルは大概、人が悪く、
「ッ…、最低だな、っ…」
目元を染めながらの罵り言葉を鼻で笑っていた。

「あー…俺の首にキスマーク残したでしょ」
鏡を見ながら呟く相手にジラクが返した言葉はしてやったりで、
「ミラに顔向けできないだろ」
突然、出てきた名前にサーベルは目を見開き、やたらと入れろと言っていたジラクに合点が行っていた。
「はー。なるほど。あわよくば、ミラと別れさせたい策略だった訳か」
問えば、当たり前だろというシンプルな答えが返ってくる。
「俺とこういうことを平気でする男だと知れば、ミラも目を覚ますだろうさ」
「ふーん?誘ってきたのはジラクさんだけどな」
ずいっと未だ寝転がるジラクに覆い被さって、
「ッ…!」
まだ身動き取れずにいる首に強く噛みつく。そのままきつく吸われて、色濃いキスマークを残されていた。
「っ、サーベルっ…」
「お揃いになったけど、どう言い訳する気ですか?」
にやりと笑みを浮かべ、面白がるように肌を撫でていた。

一筋縄ではいかない相手だということは分かっているつもりではあった。
意味の分からない甘い感情に支配され、満腹感に心が満ち足りる。
「…っ」
かぁっと赤く染まる顔を隠したジラクが顔を背けたまま起き上がって、
「風呂を貸せ。これじゃあ、帰れない」
高飛車に言えば、そんな心情を理解しているかのようにサーベルがやんわりと笑んでいた。
「なんなら服も貸しましょうか?」
笑いながら嫌味を言って風呂場を指差すのを見て、次こそはという謎の闘争心に駆られるジラクであった。


2024.01.01
新年ですね!いつも訪問ありがとうございます😍今年も無事に更新できて良かった良かった(笑)。気まま更新ですが、本年もよろしくお願いします😋
短編は諦めました(笑)。龍繋がりで黒龍石との過去ネタ(出会い編)も有かなと思ったけど、まだ早い?気がして普通に本編、更新しておきます😊新年早々、煩悩塗れやな、って感じですみません(笑😂)。特に隠すつもりもないのでぶっちゃけますが、ジラクはサーベルにホの字です😋💕

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 ***52***

小さな町だと些細なことまで噂になるもので、ジラクがサーベルの家を訪問した事は、翌日の夕方には多くの町民に知れ渡る事態となっていた。珍しいジラクの行動は好奇心を掻き立てるもので、どういう接点だと噂する。
ジラクの立襟姿は最近では見慣れたスタイルであり、付けられたキスマークこそバレていないものの、兄弟から下手な追及を受ける前に、逃げるように首都へと出掛けていた。サーベルなら適当に対処できるだろうという安心感もあって、嫌がらせのように全てを彼に丸投げする。
サーベルがろくでもない男だということをミラに知らしめたいという思いはあれど、相手が自分では傷つくだろうことは想像が付き、今回に関しては浅はかだったと僅かながらの反省もしていた。
とはいえ、食欲に関しては自制できずどうにもできない問題で、彼をろくでもない男だと罵りつつもお蔭で助かっている部分もあり、何とも形容しがたい矛盾を抱く。
中でもサーベルのモノは一番、欲する色で、腹の底まで満たされた高揚感が未だ持続する。何度だって味わいたいというのが率直な感想ではあったが、それを認めたら完全に人間離れした存在だと自覚するようで、昨日の出来事を頭から無理やり追い払う。これからすべきことをさっさと片付けようと頭を切り替えて、首都の中心部へと向かった。

以前から視野にあった封魔士業の再開を本稼働させるつもりで再登録の申請をすれば、受付担当者がぎょっとしたようにジラクを見つめ、本当にいいのかと再確認をする。突然のことに驚きを隠せない人々は、何の冗談かと全員が食い入るように視線を向けていた。
手短な説明を受けたあと書類にサインをすれば、あっという間に手続きは終了し、正式な封魔士として活動できる立場を得られる。拍子抜けするほど簡単な事務処理に実感すら沸かないほどであった。
活動期間に空白があるにも関わらず、容易に再開できるのはひとえにシヴァラーサ家の専属守祭がその地位を守ってきたことに他ならない。そのことに多少の感謝はするジラクだ。その足で、そのまま彼らの拠点へと向かえば、快く迎え入れたゼンバは、ジラクの独断に珍しく険しい表情を浮かべて沈黙していた。
「不服そうだ」
「我々を巻き込む事柄なんだから事前に相談くらいしたらどうだ」
ジラクの言葉に、ミノが尤もな苦言を吐く。
腕組みをしてソファに座る彼は、ジラクの本質を見定めるように鋭い目を向けていた。
「今更、怖気づいてるのか。ミノらしくない。散々、封魔士をしろと急かしたのはそっちなのに」
唇を親指で触れながら、小さく嘲りを浮かべる。
ジラクが浮かべるその表情は、かつての彼からは想像も付かないほどの鋭さで、まるで研ぎ澄まされたナイフのように危うい気配を放っていた。
「…」
ジラクの変化を見て、沈黙を返す二人だ。呪いの紋章が広がったという噂は彼らの耳にまで届いていた。実際に会ったジラクから魔物の気配を強く感じるようになった訳ではないが、醸す雰囲気は以前とは異なるもので、妙な自信に満ちる。
「守祭との接点が増えますよ。いいんですか?」
「また封魔士を辞めるとか、次はそう簡単にはできない」
二人の忠告に耳を傾けるジラクはソファに身を預けたまま足を組む余裕の態度で、
「総本家のことは気にしてない。あの時。俺がされたことも」
「っ…!」
そう告げた。ハッとして視線を合わせるゼンバとミノは、当時に何があったのかを知っていたのだろう。ミノはともかく、古くから専属守祭としてシヴァラーサ家に仕えていたゼンバが知らない筈はなく、
「記憶が、戻ったんですか?」
その言葉に、やはりそうかと確信するジラクだ。当時を思い出したように顔を歪めるゼンバを見て、彼は何も関与していないのだと知るのは容易なことで、すべてが彼らの独断かと推測していた。
「もっと早くに、我々が気が付いていれば…」
「起きたことはどうでもいい。それよりも、今のままじゃ兄弟たちの肩身が狭いだろ」
その言葉を聞いたミノが珍しく驚きを浮かべ、ジラクをまじまじと見つめる。
「俺だってそのくらい分かってる。ずっと兄弟でいられるかはわからないけど、シヴァラーサ家の名声が少しでも上がれば足しにはなるだろ?」
5年近く廃人状態だった男から出てきた言葉とは思えず、ゼンバは涙ぐんでいた。あの頃を思うと今でも胸が張り裂けんばかりの辛さで、自我を無くしたジラクの痛々しさは今でも鮮明に思い出せるくらいだ。
大戦での傷だけでなく、父親を亡くし、すべての損害をシヴァラーサ家が丸被りしたような状態で、既に精神はズタズタであった。そんな中、本来なら彼を守るべき存在である守祭による集団暴行だ。
彼らを専属守祭という地位から追放したのはゼンバだ。どれだけの期間、どれだけの回数、彼らに嬲られてきたのかわからないほどジラクは朦朧状態で、なぜもっと前に気が付かなかったのかといくら自責しても足りないくらいであった。
ただ当時を覚えていないジラクに謝罪したところで意味はなく、今まで口にもできなかったが、
「本当に、…」
目頭を押さえ謝罪を口にしようとするところで、
「ゼンバ」
ジラクの凛とした声がそれを押し止めた。
「どうでもいいって言っただろ」
目を眇めて見つめる表情は獲物に食らいつく強者の顔で、あの当時、父親の死に傷つき、世間に怯えていた少年はそこには存在しない。何者にも屈しない気高さを持つ金色の瞳が、強い光を宿していた。
「総本家がどう出るかは分からない。ただ封魔士をする以上、露わに敵対関係になるということはないだろう。俺がこの先、ますます魔物じみたとしても、結果さえ残せば手を出せない筈だ」
ハッキリと言い切ったジラクの覚悟を読み取り、ゼンバが小さく頷きを返す。
「まぁいい。君が決めたことだ。我々は付いていくだけだ」
襟を正したミノが賛同して、ところでと話題を切り替えた。
「解呪師に依頼して紋章が広がるっていうのはどういうことなんだ。成功なのか、失敗なのか。だから解呪師など俺は最初から認めていなかったんだ」
事情を何も知らないその言葉は尤もなもので、
「背中を見せてみろ」
追及するミノに言われるがまま、服を脱ぎ、背を向ける。
背中から首筋まで広がる紋章に、彼らは一様に目を瞠り、押し黙っていた。背骨を中心として左右対称に広がる赤い模様は幾何学的でありながら、両肩には翼のような線が描かれ、首筋には際立つ菱形模様が浮かぶ。まるで一つの完成された絵のように、全てが絶妙なバランスで形作られていた。
実際、それが完成しているのかどうかは分かりようがないが、あの男の目論み通りに進んでいると認識せざるを得ない二人だ。どんなに抗ったところで、やはり魔物の手には敵わないのかという失望が宿る。
「呪いが広がってるのは、解呪の失敗って訳じゃない。呪いとは全く別の術を掛けられていたらしく、それを解呪した影響らしい。それが守祭の術なのか何なのかは断言できないけど、頭がスッキリしたのは確かだ」
「…なんだと?」
当然、二人は知らないだろう。知っていたらずっと前に、何らかの手を打っていた筈だ。突然出てきた守祭の術という言葉に衝撃を受けていた。
「記憶を思い出せなかったことも、そのせいじゃないかと思う。呪いが強まったことは悪い面だけじゃない」
迷いもせずに呪いを受け入れるジラクの言葉に、そんなわけないと否定することも出来ず、言うべき言葉を飲み込むように紅茶を飲み干すゼンバだ。呪いに好意的なのか、闇王に好意的なのか、そもそもそれ自体が呪いのせいなのかも分からず、返すべき言葉が見つからない。
ただ、ジラクが魔物に友好的であることは昔からの性質だ。特にシヴァラーサ家は人型の魔物を封魔獣として受け継いできたという歴史もあり、他の封魔士に比べ、魔物への敵対心は低い。魔物を殺す職業でありながらも、別の側面では魔物を尊重し、研究を重ねてきた。
そうしたこともあり、幼少期から人語を操る封魔獣と密に接してきたジラクが魔物に敵意を持たないのはある意味で当然のことであった。
人に害を為すから殺す、ジラクの原動力は純粋にその一点のみで、魔物が憎いからでも何でもない。
「…」
言いたい事は山のようにあったが、今は止そうと口を噤む。
「何であろうと…我々はシヴァラーサ家に仕える守祭です。貴方の判断に付いていきますから、安心してください」
全てを飲み込んで一番大切な想いを伝えれば、ジラクからは以前のような拒絶はなく、
「あぁ。だから、伝えに来たんだ」
真っすぐに突き刺さるような視線が返ってきていた。

瞬き一つしない金の瞳の強さに、ジラクの決意を感じ取る二人だった。


2024.01.13
振り切ってしまったジラクです😋封魔士としてのジラクはかなり強者ですよ〜😊あとちょっとネジ飛んでて、白黒明確というか、割り切りが凄いかも。人と魔物を天秤掛けて、人を選んだ故の割切感かなー🤔?

コメントもありがとうございます!!お気づきかもですが、お返事<こちら>です😍💕いつもありがとう😊💕

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 ***53***

封魔士業を再開したという噂は瞬く間に広がっていった。
ジラクは翌日の夕方過ぎに町へと戻っていたが、その頃にはサーベルの家を訪問したことはすっかりとかき消されていて、
「封魔士を再開って本気かよ」
「信じらんない!なんで相談もなくそういうことを決めるの」
屋敷の玄関扉を開くと同時に、待ち構えるように帰りを待っていた兄弟たちの追及を受けていた。
「二人とも落ち着いて、お茶でも飲みながら話しましょう」
宥めるラーズルがリビングから顔を覗かせて言うも、穏やかな口調で告げる顔には隠しきれない怒りが滲んでいて、独断で全てを決めてしまうジラクに対する不満が如実に表れる。
「話も何も、前に言っただろ」
素っ気なく答えながら、なぜ彼らがそんなに怒っているのか見当も付かないジラクだ。
「封魔士をやるってことは留守だって増えるだろうが!人の行き来も多くなるし、俺らに無関係だと思ってんのかよ」
ジラクが手を洗う時間すら待てない様子で文句を言うザキは立腹状態で、逃げることのないように退路を塞ぐ形で後を付いてくる。
リビングまで誘導されるように追いやられたジラクは、大人しくテーブルに着いて茶が出てくるのを待っていた。
「最初のうちは大した依頼も入らないと思うし、基本的には専属守祭が取りまとめてくれるから影響は無い。留守は増えるだろうが、いなくても別に困らないだろ?」
ちらりと視線を上げてザキとミラを見れば、二人は目を見合わせて返答に詰まっていた。
困る困らないで言えば、困ることはないだろう。
そして、敢えて困ると答えるには理由がなく、兄弟であることを理由にするには恥があった。
「…そういうことじゃ」
反論するように言いかけたザキの小さな声は、
「そうだ、ミラ」
ジラクの呼び声と重なって、運悪くも掻き消されていた。
「首都に封魔士の学校があるだろ。あそこはどうだ。あの時は話が途中で終わってたし、ミラの意見を聞いてないから、どうしたいのかと思って」
唐突に話を振られ、目を丸くしたまま戸惑いを露わに固まる。ジラクの行動を追及していた筈なのに、いきなり自分に飛び火して、そんな話があったこともすっかりと忘れていたくらいだ。
仮に首都の学校に行くとなれば、どこかに寄宿して通うことになる。そうなれば益々、ジラクと会う機会は減るだろう。
突然、突きつけられた内容に言葉を失っていると、
「金銭的なことは気にしなくていい」
別の心配と勘違いしたジラクが、戸惑うミラの背中を押す。そうして続く言葉にミラは更なる衝撃を受けていた。
「いずれシヴァラーサ家を出ていってもいいように、首都で人脈を作った方がいい。兄弟といってもここに居る義理もないだろ。色んな道があるんだから」
「は、ぁ?!…っ、…何なのそれ!」
衝撃は瞬間的な怒りに変わり、その勢いのまま激しい動作で席を立っていた。
びくっとしたジラクが立ち上がったミラを見つめ、
「封魔士に、なりたいんだろ?」
冷静な声で続ける。金の瞳はいつもと同じ無感情で、強い失望感がミラを襲っていた。
ジラクの腹積もりなど分かる訳もなく、封魔士になるためにはそうするしかないと告げられた気がして、
「ッ…!」
怒りなのか悲しみなのか分からないまま、両手でテーブルを強く叩きつけていた。
まるで、要らない存在だと宣言されたかのような惨めさが湧き上がり、その感覚はミラを支配するかの如く頭の中に居座る。
「あっ、そッ!兄貴なんか知らない!封魔士でも何でも勝手にやればっ?!」
「ミラ」
叫ぶように怒鳴ったあと、ジラクの呼び止める声に答えることもなく、リビングのドアを叩きつけるように閉めて部屋を出ていった。
「…」
残った三人の間には一瞬の沈黙が生まれる。

盛大な溜息を吐き出しながら、額に手を置くザキだ。
「今のはどう考えても兄貴が悪い」
「…そうですね」
珍しくラーズルが同意してミラが出ていった扉を見遣る。
「封魔士をしたいなら、そうするのがベストだろ?シヴァラーサ家に俺がいる以上、どんな実力者でも名を上げることは出来ない」
断言したジラクは自信に満ちた発言で、それはただ事実を言っているに過ぎないものではあったが、それでもその言葉に二人は驚きを浮かべ、秀麗な顔を見つめていた。
「ミラだって、自分の力で這いあがった方が自信になる。ここじゃ、いつだって家名のお陰と言われるだけだ」
尤もな言葉ではあったが、到底、その気持ちがミラに伝わっているとは思えない二人だ。言葉足らずなジラクを今さら責めたところで、どうしようもないと諦めつつ、
「まぁ、兄貴がどう考えてようがいいけどよ、謝っておけよ。あの言い方はない」
助言すれば、ん、と気乗りしない返答があるだけで、ジラクにとっては迷いの無い発言だと分かる。
「大体、ジラクは何でも自己完結し過ぎです。少しは頼って下さい。今回のことも、なんで先に言ってくれないんですか。そう思った理由だって聞いてないし、それじゃあ、賛成も反対も何も出来ないです」
ザキが口を挟む間もなくラーズルの小言が始まり、気のない返事をするジラクを気にもせず、カップに注がれた紅茶が空になるまで続いていた。終いには、
「分かった。次回は気を付ける」
頷くだけであったジラクが無理やり話を終了させるくらいであった。
「ザキが俺に言いたいことも同じようなことだろ?
呪いが強まっていく中で俺ができることは少ない。そのことをお前らに説明したところで意味ないだろ?」
席を立って二人を見つめ、そうして、
「否定も肯定も、関係ない」
強い口調で言い切った。
ジラクの態度に苛立ちを覚えるザキに対し、ラーズルは慣れたもので、分かりましたと軽い溜息と共に呟いた。
「ジラクがどんな判断をしようと、僕はシヴァラーサ家の一員として今まで通り、支えます。ジラクが怪我をしたり、そういう可能性を考えたくもないから封魔士なんて大反対ですけど…、それがジラクにとって最善なら、もう文句は言わないです」
ただ、と続け、
「否定でも肯定でも。他人から聞かされる前に一言、ジラクから言葉が欲しかった、それだけです」
静かな声で告げた言葉は強い哀愁を滲ませ、今にも涙が浮かびそうなほど傷ついた目をしていた。
ラーズルの真っすぐな瞳に、ジラクが小さく瞬きをする。彼に歩み寄り、悪かったと謝罪しながら慰めるように髪の毛をかき混ぜた。
「今後は気を付ける」
「…絶対ですよ」
期待できない言葉でも、ラーズルにとっての慰めにはなっていて、張り詰めた空気は静かで穏やかなものに変わっていった。
柔らかな髪をすくうようにして離れていく指は名残惜しく、何かを言いたげでありながら、何の言葉も発することはなく脇を通り過ぎていく。
撫でられた髪を触りながら納得するラーズルとは違い、ザキは去って行くジラクの背中を真剣な目でじっと見つめていた。


2024.01.31
眠いですね〜🥱💦
イチャラブにはちょっとまだ遠いかもですね(笑)🤔というか、イチャラブあるのか、この話は…?!😂

拍手、沢山ありがとうございます😍💕無茶苦茶嬉しいです💛
そういえば、ギエンの番外とか最後の更新、ハロウィンですね😶日が経つのがあまりに早すぎて、もうあれから2カ月も経ってるとは実感が無さすぎですよ〜😂もしかしてギエンの完結から2年くらい経ってたりします??えー、コワイ…🫨(笑)

昔はwebに絵文字とか入れれなかったけど、今、無茶苦茶便利ですね💕絵文字一杯あるし可愛い🤗
拍手する👏
    


 *** 54 ***

何が一番安全で、彼らを確実に守れるか。
そんなことはジラクにも分からないことで、良かれと思ってすることが逆の結果を招くこともあるだろう。


その日の夕食は、一言も口を訊かないミラと、そのことに気を使って饒舌となるラーズル、素っ気ない態度のザキという構図で、やや重苦しい夕食となっていた。
ミラがどうしたいのかも分からないままでは推薦の話も先へと進まない。ザキの助言の通り、後で謝罪がてら話をするかと彼の顔を窺う。ただ何と言うべきかが分からず、余計に相手を怒らせそうだと思うジラクだ。
そうこうしている間にもミラはさっさと食事を済ませ、リビングから出ていった。
部屋へ入ることすら拒絶されそうだと思いながら、食事の手を進める。ラーズルとザキの会話を聞きながら、頭の片隅では封魔士をするなら準備が必要だと思い、ふと、長年にわたり手付かずだった書斎の状態を思い出して、片づけることを考えていた。
いつまでも、父親の思い出にしがみついている訳にはいかないだろう。

そうしたこともあり入浴後のジラクは父親の書斎に居たが、
「っ…!」
ソレは予想外にも唐突に起こり、そして防ぐ間は全く無かった。
血を思わせる紋章が壁一面を埋め尽くしていく。部屋が真紅の光に包まれる中、ジラクが咄嗟に取った行動は書斎の引き出しから小刀を取り出すことで、
「漸く目が覚めたようだな。ジラク」
空間の歪みから彼が出現すると同時に、男の胸目掛けて刃を振りかざしていた。
愛おしそうに両手を広げてみせた彼は驚きもせず、予測していたように易々とジラクの右手を掴み取り引き寄せる。
「うッ…!」
「やはり、そちらの道を選んだか」
胸に飛び込むような形でぶつかり、一瞬の遅れを取るジラクだ。小刀を握る手は捻り上げられるように背中側へと回され、そのまま強い力で抱き締められる。手に握っていた唯一の武器は柔らかな絨毯の上へと吸い込まれるように落ちていった。
「…黒龍、石…!」
封魔獣を呼び出したところで何の意味もないことはよく知っていた。
絞り出すような声で懐かしい名を口にする。白銀の髪に赤い瞳は記憶にある姿と同じで、言いようのない寂寥感を呼び起こすものであった。
強い力から逃れようと仰け反るジラクの首筋に彼の唇が当たり、
「っ…!?」
するするっと背筋から沿うように、指がズボンの中へと入っていく。
その手慣れた動作に抵抗する間もなく、尻の柔らかな膨らみに手を掛けた男が片足を持ち上げながらズボンを脱がしにかかる。強引に体勢を崩される形となったジラクは、空いた左手で相手の胸倉にしがみつく状態とさせられていた。
太腿を抱えられ、否が応でも密着する相手の身体を意識せざるを得ない。
「く…!」
「なんだ?すっかり人の味でも覚えたか?」
首筋をくすぐるように鼻を擦り付けて、ジラクの気配を探る黒龍石が揶揄るように呟く。触れる肌の熱は、意識を逸らそうとすればするほどより濃厚に感じ取れるもので、
「腹は満たされたか?所詮、そんなものは一時的だろう?お前の身体は俺だけのモノだからな」
耳元で囁く熱い声で鼓動は勝手に高鳴り、忘れていた『熱』が、息を吹き返す。
猛烈な熱さと欲が身体の芯から湧き上がり、それは瞬く間にナカから外側へと広がっていった。急激な血の巡りを感じると共に、指先まで痺れるような甘さが伝わっていき、
「う…ッ、ンぁ、…!?」
強制的に欲情させられていた。
突然の変化にジラクの頭は理解が追いついていかない。自分自身に何が起こっているのかが分からずに混乱して、ただ、どうしようもないほど目の前の男を欲していることだけは確かであった。
「身体は覚えてるだろう?」
「ぅ、…っ」
深みのある優しい声が、渇きを覚えた身体に染み渡っていく。首筋に触れる唇がまどろっこくて、ジラクの唇からは意図せず濡れた吐息が零れていた。
「やめ、…ろ!」
黒龍石との力の差は歴然としており、緩い抵抗は容易に封じられソファに押し倒される。体格差もあるせいで、ジラクの反撃はまるで功を奏せず、呆気なく唇を塞がれていた。
覚えのあるキスは思考を鈍くし、舌先は痺れて甘く満たされていく。

なぜ、黒龍石を殺さなければならないのか。
それすら朧げになり、服を脱がされて夢現の中へと堕落していく。彼が触れれば触れるほどに心臓は強く鼓動して、命の脈動を感じる。自分の鼓動に酔うジラクは何をされているのかも実感できない内に、気が付いた時には男のモノを易々と受け入れる体勢で、
「ぅ…、ァあ…ッ、…!」
身を委ねるように背中を預け、後ろから抱きかかえられていた。挿入だけで蕩けるジラクの身体は、黒龍石にとって意外でもなんでもなく、
「父親を殺すように仕向けた男にイかされる気分はどんなだ?ジラク」
あられもない姿を晒すジラクを試すかのように揶揄った。
残忍な問いに、
「自惚れッ…、ッっぁア…、ぅ…」
深く挿入されて、反論の言葉は途切れて止まる。歯を噛みしめて快楽をやり過ごそうとする身体は、骨の髄まで彼のモノを覚えていて、簡単に浮かされる。
事実を思い出しても、彼に殺されたことを思い出しても、こんな仕打ちを受けても。
どうしても嫌いにはなれないジラクだ。
揶揄り、辛辣な言葉を吐きながら、その赤い瞳に宿る哀愁のせいかもしれなかった。苦しいほどの切なさに揺さぶられ、彼を愛おしいと脳が勘違いする。
奥深くを突かれる度に声が勝手に漏れ、噛みしめる口は緩み、しどけなく開く。
「っ…、ぅ…」
「抵抗したければ好きなだけしろ。できるものならな」
黒龍石が笑みを浮かべながら言い、ジラクの唇を塞いだ。息が止まりそうなほど長いキスに魂まで食われそうな気になって、酸欠に陥る。

身体も思考も、何もかもがドロドロの状態になる頃に、
「っ!」
唐突に、部屋のドアを叩くノックの音が鳴り響き、
「兄貴。ここにいるんだろ?今ちょっといいか?」
急速に意識を取り戻したジラクの耳に馴染みのある声が届く。
黒龍石が邪悪な笑みで、扉に視線を向ける。赤い瞳は獣の如く鋭いモノで、その瞳孔は探るように縦に細長く伸びていた。
獲物を狩る寸前のような獰猛な顔を見て、ジラクが息を止める。
「ぅッ…!」
居留守を使っても意味は無いだろう。だが、こんな状態を見られる訳にもいかない。
「どうする?ジラク?」
白々しく問いながら、黒龍石がずるりと自身のモノを引き抜いて、
「見せ付けるのも悪くない」
「ンッっぁ…!?…アぁ…ッ!」
一気に最奥まで突き立てる。ビクビクと震える身体を面白がるように揺さぶって、声を堪えるジラクを楽しむ。
「…っ、ふ、…ッ!」
黒龍石にしてみれば、見られたところでどうってことない。そればかりか、下手したらザキが殺されるかもしれないという恐怖を覚え、何としてでも追い払わなければと決意を固める。
「っは、…、今は、無理だ!明日にしろ」
扉の向こうにいる相手に怒鳴るように返せば、一瞬の沈黙のあとに、
「俺に手伝えることでもあれば、…って思って」
いつもならすぐに諦めそうなものなのに、その日に限っては、やけに冷静なザキが殊勝な態度で言葉を続ける。どうにかしなければというジラクの焦りに反し、黒龍石は容赦なく動きを止める気配もなかった。
「――ッ…っぁ!」
快楽に舌は痺れ、より一層、ジラクは乱されていた。瞳は甘く揺らぎ、何がどうなろうとどうでもいい気になり、擦り切れんばかりの理性で辛うじて自制心を保つ。
「っ…、お前の、助けは要らないって言っただろ…!」
言葉の選択を考えるだけの余裕は既に無かった。
「兄貴、けど、…」
言い淀みつつも、ザキが無断で書斎に入ってくるということはない。その場所がジラクにとって聖域に等しいことを兄弟たちは知っているからだ。気にせずに入ってくるのはテーラかサーベルくらいで、
「ザキ!いい加減にしろッ、邪魔だ!」
ジラクから強烈な拒絶を食らえば、
「っ…、あー、そうかよッ!」
ドンと拳で扉を叩くと共に、ドアを開けることなくその場を去っていった。

濡れた音が響く中で、黒龍石が面白いモノでも見たように笑みを深める。
「見せてやれば良かろうに。いずれ知れることだ」
深く繋がったまま首筋にキスを落とし、低い声が告げる。
「俺と寝るのは久しぶりだから腹が減っただろう?何度もイこうな」
「…ッ、ぅ…ァ…」
黒龍石の残忍な笑みに抗う術はなく、その言葉どおりに再びナカでいかされて、満たされる充足感と快楽で頭が蕩け切っていた。
室内を照らす赤い紋章が目の裏でチカチカと根付き、まるで二人っきりの別世界に居るかのような錯覚を起こす。黒龍石の気配は酷く馴染のあるモノで、彼の強い生命エネルギーに安堵していた。
いかされる度にジラクの身体は体温を取り戻し、欠けていた何かが埋められていくかのように脈動を打つ。
「ジラク。お前は俺なしでは生きられない」
彼の低く聞き馴染みのある声が、遅効性の毒のようにじわじわと心の奥深くへ染み渡っていった。


2024.02.03
いつも拍手をありがとうございます🤗
ようやく黒龍石登場です😋睡姦も最高ですが(🫨)、意識のある時に無理やりされちゃうのも最高です(ゲス万歳😂)!

そういえば、閑話のTOP頁作りました。便利便利言ってたけど、よくよく考えたら20話とか30話になった時、かなり不便じゃない?って思って慌てて構造を修正してみました(笑)。
そしたらTOP頁で壮大なネタバレしてて、慌てて文言削除😂まぁ、いつも通りの展開っちゃ展開です(笑)
そんなで、ちょっと閑話頁が便利になったかな🤗?

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 *** 55 ***

翌朝にはすっかりと彼の気配は消え失せていて、赤く燃えるような一夜は幻であったかのように静かな朝を迎える。
黒龍石を殺せなかったことは後々、火種になるだろうと思いながら、それほどショックを覚えているわけではなかった。ある意味、予測の範囲内で、どんなに決意したところでできないだろうことはわかりきっていた。
冷静な思考のまま、昨日の言葉を思い出して胸に手を当てる。
期待したような鼓動は感じ取れず、いつもと変わらず冷えた肌だ。奪われた命は言葉の通り、あの男の手に握られているのかもしれないと思い、その危うさとは真逆に褐色の肌が唐突に恋しくなる。寒気を感じるような気温ではないにも関わらず、今は無い温もりに身体が震え、小さく身震いしていた。

懐かしく。
そして、愛おしい。

黒龍石に対する感情を表現するとしたらそれに尽きる。敵意も憎悪もなく、ただひたすら、彼の姿に胸を締め付けられる思いをさせられた。なぜ彼が魔物なのかと思うくらい気を許している存在であることには違いなく、出会った頃を思い出して、感傷に浸る。
二人の出会いは、ジラクの記憶すら曖昧な幼い頃で最初に声をかけたのはジラクであった。屋敷の奥に広がる深域で、傷を負い蹲っていた彼を助けたのが始まりで、当時を知る者が存在するなら誰もが口を揃えて『愚かな行為』と批判するだろう。
ジラクは常に父親と居たが、彼が不在のときは目付け役としての封魔獣がそばにいるだけで、かなり自由気ままな行動を許されていた。そして、子どもの好奇心というものは留まるところを知らず、決して行ってはならない深域ですら独り歩きをしていた。
まだ思春期すら迎えていない子どもがそんな場所まで足を踏み入れているとは誰も思い付かないだろう。深域は陽の光すら届かないと思われるほど鬱蒼とした薄暗い森で、陽が見えているにも関わらず、重く息苦しい空気に包まれていた。成人した男ですら足を踏み入れたがらないその境界線は、幼子であれば恐怖で泣き叫んでもおかしくない雰囲気を持っていた。

生き物の気配すら無い死んだ森のようなその世界で、男が独り、呻き声を上げながら蹲る。地面は大量の黒い血でぬかるんだ沼が出来上がり、足を踏み入れれば沈み込むほどであった。
小さな気配を察した男が顔を上げる。薄暗い森の中で、彼の白銀の髪が一筋の光のように煌めいて、ジラクの瞳に宿った。
白銀の髪自体は珍しいものではない。守祭の髪色で白銀は多く、ジラクにとっても馴染みの色だ。ただ同じ白銀でも魔物には独特の気配があり、それを感知できる者なら相手が何者か容易に判別が付く。
それだけでなく、彼の赤い目は人ではあり得ない特有の虹彩を持っていて、獣じみた瞳孔の持ち主であった。たとえ魔物の気配を感知できないとしても、それだけの身体的特徴に加え、褐色の肌から黒い血を流す相手を見て人間だと思う者はいない。
そもそも、そんな場所に人が居る訳もない。それにも関わらず、ジラクは何の敵意も抱くことなく彼に救いの手を差し伸べていた。

そうしたこともあり、黒龍石は相手が人間だと知りながらも殺すでも、弄んで利用するでもなく、ただ静かに、ジラクの気ままな独り時間の話し相手になっていた。
目付け役の封魔獣は当然、難色を示していたが、当時の時点で既に封魔士としての才覚を発現させていたジラクの命令は無邪気でありながら絶対的なものになっていて、それは当主の命令にすら勝るものであった。正すべきときに正すことができないまま月日は流れ、大戦のその日を迎える結果となる。

閉鎖的な世界で生きていたジラクにとって彼は数少ない大切な存在であり、それは月日が経過した今でも変わりなかった。そのことを実感させられる羽目になり、今ですらこんなにも愛おしいのに果たして殺せるものなのかと自問して、できるわけがないと否定していた。第一に、殺せるだけの力も持っていない。

彼のことを考えるのは止めようと手短に着替えて部屋を出れば丁度、階段を下るザキが見えて、自分が放った言葉を思い出した。
今さら事情があったと伝えたところで言い訳にしかならず、言った言葉はどんなに悔やんでも取り消せはしない。後を追うように階段を下れば、気配に気が付いたザキが振り返り、静かな目を向けた。
「ザキ」
「昨日のことは別に気にしてねぇよ」
足を止めたザキが、手すりに手を置いたまま視線を合わせて告げる。
「実際、俺は何の役にも立たねぇしな。親がいねぇから偶々、この家に連れてこられただけだし、兄貴がどうしようが別にいい」
歩み寄るジラクを避けるように背を向けて、弁解など聞きたくもないという態度を示した。

適当な慰めをするのは簡単だ。
耳当たりの良い言葉を並べ立て、それっぽい家族を演出することもできるだろう。ただ、そんなことに意味はなく、兄弟たちを巻き込みたくないという思いが勝っていた。
「そうだな」
返すジラクの声は冷静なもので、いつも以上の強さが宿る。
「…」
ザキにとってのそれは何度目かも知れぬ拒絶の声で、既に数えることすら止めていた。


************************************


この一週間ほど、ジラクは様々な対応をさせられていた。
フィローゼントからの脅しに始まり、各方面からの招待状、そして贈り物攻撃だ。ようやくひと段落着いた頃にやってきた極めつけは、総本家の守祭による訪問であった。
白い法衣を着た彼らがやってきた時、酒場は騒然としていた。それでなくとも、開業の噂を聞きつけた観光客の訪問が増え、混雑しているというのに、そんな者までやって来ては町が混乱するというもので、酒場は即座に馴染客以外、退席を余儀なくされていた。
彼らに視線を向けるジラクは遅い朝食中で、席にはラーズルとザキが居る状態であった。ミラは、ジラクを避けるようにサーベルと出掛けていて不在であったが、
「兄弟お揃いでしたか。屋敷に人が居なかったのでこちらかと思い、ご挨拶に参りました」
そう口上を述べ恭しく法衣のフードを取った男は、ドド・ニラスという名の男で、ジラクの記憶にもある見知った顔であった。彼の背後には、まだ見習いと思しき年若い青年が立っていて、ジラクと目が合い軽く会釈をする。
「本来なら貴方が挨拶に伺うべきかと思いますけどね。彼も紹介しておきたいので」
白々しい敬語で言って、青年を前に押し出す。それから座ったまま視線を向けるジラクを見て、
「貴方も席を立つくらいの礼儀を見せたらどうですか?」
柔和な態度を装い、声低く告げた。
酒場中が突然の闖入者に静まり返り、ひやひやとした顔持ちでジラクと彼らの動向を見つめる。シヴァラーサ家が守祭と折り合いが悪いことくらいジンネに住む町民なら誰でも知っていて、ジラクが封魔士を始めれば遅かれ早かれ、想定される事態ではあったが、それでも一触即発の冷え切った空気に緊張感が走っていた。

ドド・ニラス。
黒髪に青い瞳の男はジラクよりも年上で、守祭としての地位も総本家である以上、おざなりにできるような地位ではなく、本来なら敬うべき存在だ。
「総本家がしゃしゃり出てくるような依頼は受けてない筈だが?」
ジラクの物怖じしない態度を見て、笑みを象っていた口元が引きつく。年若い青年の背中を押す手に力が入り、
「…いずれ、受けるでしょう?近い内に大々的な魔物殺しに参加してもらう予定です。貴方に拒否権は無い」
脅すように告げた言葉にも無表情を返すジラクを見て、苛立ちを深めていた。
「彼はラキア。将来的には重要ポジションを担う予定です。貴方には専属守祭がいますが、信用できないので彼も付けさせて貰います」
青年の背中を押して挨拶を促せば、彼はジラクの目を見つめ、圧倒されたように視線を下へ逸らしていた。
「初めまして。しばらくサポートとして入らせて貰います」
「あぁ」
否定もなく受け入れたジラクが右手を差し出して形だけの挨拶をする。その様に我慢ができなくなったように、
「ジラク、勘違いしないで下さい」
言葉に嫌悪を混ぜ、苛立ちを噛みしめるように声を絞り出した。
「貴方の地位はラキアよりも遥かに下ですよ。彼は総本家の次期、三星ともなるべき青年です。本来なら跪いて頭を垂れ、謁見の許可を取るべき存在だ。規律を守って貰わなければ、困りますよ」
昔のジラクを知っているドドは、その言葉で彼が怯えるだろうと思っていた。父親の死に傷つき、何もできない弱い少年はそのまま大人になり、当時のことなど何も覚えてはいない。身体だけは大きく成長し、見てくれだけ威圧感を増しただけだと。
そのため、ジラクが見せた余裕に驚愕して、目を見開いた。
「随分と。高尚な台詞を吐くんだな」
口角を上げて笑みを象ったジラクは、驚くほど冷たい薄情な笑みを浮かべていた。見ていた者をぎょっとさせるほど残忍な目は、獰猛な獣の如く力強い輝きを宿す。
「まだ15歳だった俺を散々、嬲り犯しておいて何が規律だ。それこそ専属守祭風情が、よくシヴァラーサ家の当主を無下に扱えたものだな」
ジラクの嘲りにざわりとしたのは言うまでもない。ぎょっとするのは言われた当人だけではなく、ジラクの口から唐突に飛び出た衝撃的な内容に、全員が目を剝いていた。
「な、何を言っているのか…、さすが、頭のいかれた男だ!」
周囲に弁解するように叫ぶも、軽蔑の視線が返ってくるばかりで、
「妄想もいい加減にしろッ!ジラク、だからお前は呪われているんだ!」
全てを呪いのせいにして無理やり片づけようと声を張り上げていた。
男の必死さなど眼中にないジラクだったが、するりと首筋を剥き出しにして、悪戯に彼の怒りを煽る。
「獣みたいに発情してやりまくった過去は忘れたのか。今でもやりたいと思ってる癖に白々しいな」
そう言って艶やかに誘う表情は夜の淫らさを連想させるモノで、笑みを浮かべる酷薄な唇は甘く濡れていた。唇を薄く開いて舌を見せるジラクの表情に、ドドの喉が鳴る。無意識の劣情を誤魔化すように、
「いかれてるぞ!我々に敵対して、どうなるのかわかってるのか?!」
大声で脅すことしかできなくなっていた。とんでもないことを暴露され、逃げ場を失ったように睨む彼に、ジラクが嘲りの表情を返す。
「脅迫は無駄だ。俺はもう二度とお前らには屈しない。それに。ただの事実だろ?」
「…!」
平然とした態度のジラクに言葉を失って、ひたすら歯を噛みしめるしかできなくなっていた。反論の言葉が思いつかなかったように、ラキアの名を呼び、
「この件はベルに報告するからな!全く、出鱈目ばかりをっ!」
そう吐き捨てて、逃げるようにその場を去って行った。

静まり返る中、ジラクが椅子に座り直す音が響く。食器の音すら聞こえない静寂を打ち破るように、
「俺らは、ジラクさんの味方だから」
誰かが、小さな声で言った。
それに同調するように、方々からそうだそうだと声が挙がり、
「勿論、僕もですよ」
正面に座るラーズルが微笑みを浮かべて言う。隣に座るザキも、苛々したように髪の毛をかき乱して、
「胸糞悪い会話だったな。あーいう守祭、マジでいるよな」
過去の嫌なできごとを思い出したように悪態をついていた。
「気にすんな。皆、兄貴を信じてるから」
そう呟き、ちらりとジラクを見る。
そうして、
「あぁ。ありがとう」
ふいに礼を口にしたジラクは瞳を和らげて、小さな笑みを浮かべていた。
「…!」
そのことに衝撃を覚える兄弟たちだ。いや、兄弟たちだけでなく、それを目撃した町民たちも同様に固まっていた。一瞬の沈黙のあと、照れた彼らは一様に視線を逸らして各々の会話に戻っていく。
惚けた目で見つめるラーズルの視線を気にもせず、何も無かったかのように食事を再開するジラクだ。その様を見つめながら、ザキは何とも言えぬ庇護欲を抱いていた。役に立たないと宣言されたにも関わらず、未だにそんな感情を抱く自分を愚かだと感じながら、それでも、ジラクが今みたいに笑えるようになればいいと願う。
衝撃的な発言も相俟って、その思いは余計に強くなっていた。



2024.02.12
暴露回です😋ジラクはこんなことは気にしません😂
精神面で言うと、ギエンよりもジラクの方が男前な気がします(笑😊)!肝が据わっているというか、普通じゃない環境で育ってきたせいかもですね😂あとちょっと魔物化しちゃってるしね😋💕
拍手する👏
    


 *** 56 ***

酒場でのひと悶着は緘口令を敷いたかの如く、誰一人として口にする者はいなかった。
守祭が町にやってきたらしいという話は耳にしても、その時の詳細は話題にはならず、町にいなかったミラも当然、何があったかは知らないままで、ただ、他の兄弟たちがジラクに気を使っている気配だけは感じ取っていた。
理由を聞くに聞けず、かといってジラクはいつも通りで意味が分からないと思いながら、疎外感を強めていた。自分から突っ撥ねた意地もあってその日も逃げるように部屋へと閉じ籠る。心のどこかでジラクが折れて謝罪に来ないかとありもしない幻想を抱き、うんともすんとも言わない部屋の扉を見て勝手に失望していた。

ジラクにとってシヴァラーサ家が大切なものであることは聞くまでも無く分かることだ。ただ、それに付随する兄弟はあってもなくてもジラクにとってはどうでもいいことで、今この場にいること自体、偶然にも自分が選ばれただけだと実感していた。
義兄弟が不要だと判断すれば、その瞬間にも兄弟という関係は脆くも崩れ去る。こないだの話はそういうことなのかとネガティブな思考が取り巻いて、腹の底に居座る苛立ちは悲しみになっていた。

悶々とした日々を過ごす中、更に最悪なことに、
「ミラ。久しぶり…」
珍しく一人で首都に来ていたミラは一人の男に呼び止められていた。

茶髪に茶目の男はみすぼらしい格好で、ミラの記憶に残るあの時と同様の風貌であった。家出同然で逃げ出したミラに対して、彼が親しげな顔を装い歩み寄ってくる。後ずさるミラよりも早く歩み寄った男が腕を掴み、
「実の兄に会ったっていうのにそんなにビビることないだろ?」
無理やり作ったような悲しみの宿る笑みを浮かべて言った。
「っ、…何が、兄…」
腕を振り払おうと力を入れてもびくともせず、大通りから狭い脇道へと引きずりこまれる。男がミラの逃げ道を塞ぐように壁に押し付けて、悲しい表情で睨むミラを見つめていた。
「あの時は本当に悪かったよ…。お前が出て行ってからずっと後悔してて…。会ったら何て謝罪したらいいか、悩んでた」
両肩を掴み、本当にすまないと小さな声で繰り返す。後悔の念を宿す表情は憐みを抱かせるもので、肌は荒み、その茶目は落ちくぼんで疲れた目をしていた。
そんな彼を見ても許す気は無いミラだ。10歳上の兄は正真正銘ミラの実兄であり、そしてすぐに手を上げるろくでもない男であった。
「親父が死んだんだ。だからもう大丈夫だ」
震える声でそう告げる。
「俺もあーするしかなかったんだ…、分かるだろ?俺がお前を殴ってたからあの程度で済んでたんだ。じゃなかったら、お前も俺も…親父に殺されてた」
酒浸りの父親は怒鳴り散らさなければ気が済まない性格で、母親はとうの昔に子どもを捨てていなくなっていた。家庭内での暴力は日常茶飯事であり、ミラが稼ぐ僅かばかりのはした金ですら父親の手に奪われていた。そんな中でも犠牲者が一人いれば家族は幸せに回る。かつては兄も同じように犠牲者であった。それが月日の経過と共に自分になっただけだ。
昔と呼べるほどの過去にはなっていない当時の痛みを思い出して震える。
それを見た彼は真剣な目で、
「これからは安心して一緒に暮らせるんだ!ミラ!」
目を輝かせて訴えかける。そうして、
「どうせシヴァラーサ家じゃ大事になんかされてないだろ?」
今、もっとも聞きたくない毒の言葉を吐き出した。目を見開くミラを見て、彼は確信を得たように小さな笑みを浮かべる。
「噂を聞いたよ。当主は封魔士を始めるんだって?ミラには封魔士になりたいって夢があるのに。お前のことなんて何にも考えてないよな」
「そんな、…こと、」
「あるだろ。色んな話を聞くけど、シヴァラーサ家に必要なのは現当主だけで、ミラはそいつのために義兄弟になっただけのおまけだろ。ただの飾りだよ。お前だってもういい年なんだ。そのくらい分かるだろうが」
傷ついた目で見上げる情けない顔を見て、彼が首を振る。肩を掴んでいた手を緩め、慰めるように軽く両肩を叩いた。
「虐めたくて言ってるんじゃないよ。分かってくれ…。あんな所にいたって、ずっと当主の陰でお前の人生が滅茶苦茶になって終わるだけだ。目を覚ましてほしい」
切な目で訴えたあと、二度と傷つけたりしないから、と続けた。
「…」
否定して、ジラクを擁護することに意味を感じないミラだ。事実、その通りなんだろう。
言われた言葉はミラの中でずっと眠っていた気持ちを揺り起こし、自分は価値がないんだという虚しい想いを呼び覚ます。目の前にいるのは血の繋がった実の兄で、当然のことながらミラとは似た風貌の男であり、ジラクとは似ても似つかない男であった。一緒に並んで歩いても兄弟としか思われない容姿の持ち主だ。
ジラクと歩いた時のことが脳裏に過り、気分は更にどん底へと落ちていく。彼が言うように、シヴァラーサ家の兄弟は世間から見たら、当主に付随する単なるおまけ程度のもので、それはジラクにとっても同じなんだと思わせられた。
「ミラ…。辛い思いをさせてごめん。こんな現実、聞きたくなかったよな…」
その先の言葉は更に聞きたくないもので、
「また一緒に暮らそう。それがお前の為だよ」
諭すような口調の彼に、否定したい気持ちとは裏腹に言葉は出てこなかった。
いつもは活発な光を宿すミラの瞳が涙を浮かべて潤む。その様子を見た兄は小柄な身体を引き寄せ優しく抱き締める。
「久しぶりの再会だ。落ち着く場所でゆっくり話でもしよう」
その優しい声にミラが安堵するということはなく、ただ不安を煽るだけであった。実の兄に再会した喜びなど一ミリも感じていない。間近にある彼の身体から汗の匂いがして、ジラクの花の香りとは対照的なそれに胸の内で吐き気を覚える。それでも、家族なんだから一緒に暮らすべきだという彼の言葉に無理やり納得して、鼻を啜りながら小さく頷きを返していた。
「これからは俺が守る」
真剣な声で囁くその言葉は本心からの言葉のようで、かといって、嬉しさなど全く感じていない心のまま、礼を返す。それが一番いい方法なんだと思い、ジラクの冷たい表情を思い出しては、こみ上げてくる強い悲しみを飲み込むしかできずにいた。


2024.02.25
いつも拍手や訪問ありがとうございます🤗ギエンの方でも拍手を沢山ありがとう!嬉しいです😍
ミラね、実は兄がいるっていう…(笑)。しかもジラクとは違って血縁者です😋
今後の展開に乞うご期待(笑😂ウソウソ!)。

拍手する👏
    


 *** 57 ***

ミラが門限を過ぎても帰ってこないことでジラクが一番最初にしたことはサーベルを訪ねることだったが、一緒じゃないことを知り、穏やかな心境ではいられなくなっていた。サーベルのことをろくでもないと貶しながらも心のどこかではミラを安心して任せられる相手だと信頼している部分があり、最近のミラの動向を気にかけていなかった自分の落ち度を責める。

ザキの助言通りにちゃんと話し合っておくべきだったと今さら後悔しても遅く、脳裏に過る『家出』という可能性に気もそぞろになっていた。
仮にこれがザキであればそれほど心配はしない。家出は過去にも何度かあり、その度に探しに行ったという記憶はあるが、彼も今や立派な大人の男で一人でも生きていける。だがミラはまだ子どもだ。ジラクにとっては保護すべき対象に他ならず、変な奴らに絡まれでもしたらという不安に襲われていた。
ちょっと門限を過ぎただけで大げさだと不安を宥め、玄関と自室を行ったり来たりする。そうした中、見知った顔の町民が屋敷を訪れて、ミラが首都にいること、ジラクが来ない限り帰らないと駄々を捏ねているということを伝えられ、安堵に包まれていた。
「すみません、ジラクさん、俺が連れて帰ってこようと思ったんですが…」
汗だくの男が申し訳なさそうに謝罪するのを不思議な想いで聞いていた。
「いや、助かった。ありがとう」
彼は謝礼を言うジラクを驚いた顔で見つめた後、顔を背ける。てっきり冷たい視線で悪態をつかれるかと思っていただけに、ジラクの素直な反応に赤面していた。
何度も頭を下げて去って行く姿を見送り、迎えに行く準備をするジラクだ。

ミラは元々、家出していた所を保護された少年だ。経緯は守祭からも聞いていて、彼が兄弟になったのは本当に偶々のことであった。引き取り先の見つからなかったザキと同様にミラも、特筆した才能があって兄弟になった訳ではない。ただ、そんなことはジラクにとってはどうでもいいことで、一度芽生えた絆を喪いたくはなかった。

赤い天体が濃さを増していく空を見上げ、良かったと小さく呟く。
まだ取り戻すことができると大きく息を吐き出した。


**********************************


彼から聞いた場所に辿り着いた時、ジラクはその店名を見て珍しく不快感を示していた。
そこは本来ならミラとは無縁の場所で、そして推測通り、扉を開けば酒と香水の入り混じった強い匂い、そして喧しい音に包まれた。
店内に入ってきた相手を気にする客は少ない。ただ、それも一般人であればという前置きが付き、相手がジラクともなれば視線は一斉に集まって、ざわめきは強くなっていた。薄暗い店内でも目立つ金髪に、ホールで絡み合うように密着していた男女でさえ目を見開いて、動向を窺う。酔っ払いすら酔いが覚めたかの如くビックリ眼で見送り、店内は途端に色めき立っていた。
そんな中、周囲の喧騒など目もくれず、カウンターに頭を乗せて突っ伏す少年の姿を発見する。その髪色、背格好は顔を見るまでも無く探していた相手だと分かった。
ミラの間近まで歩み寄っていく。隣に腰を下ろして話しかけていた男に、
「俺の弟に何か用か?」
視線で威圧して訊ねれば、唐突に現れたジラクの存在にぎょっとして、しどろもどろに言い訳をしながら逃げるように去って行った。
透き通るような低い声の美声は特徴的で、いつでも凛とした声音であり、澄んだ響きを宿す。
その声に反応した肩を揺すって名前を呼べば、視線を向ける茶色の目は完全に酔っぱらった目で、まるで夢の中を彷徨っているようにぼんやりとジラクを映しこんだ。
その有様に、ジラクを取り巻く気配は凍り付くような冷たい殺気に覆われていた。バッと振り返って店主を見つめる目は射るような鋭さで、彼に対する批判がありありと浮かぶ。
「連れは?一人で入る店とは思えないが」
出会いバーのような酒場にミラが率先して入るということは考えにくいだろう。ジラクの詰問に店主はたじろいで視線を泳がせた。
「すみません。まさかシヴァラーサ家の方とは存ぜず…」
「そんなことはどうでもいい。連れがいたか?」
相手の言い訳を強い口調で遮って再度、問い直せば、ジラクの気迫に怖気づいたように畏まった。
「似た方がいらっしゃったので、ご兄弟かと思い…」
「そいつは?」
兄弟という単語に僅かに反応したジラクは周囲を見回して、それらしき男を探そうとする。そうして、
「いえ、彼は女性の方と出ていかれました」
衝撃的な言葉を耳にして、神経を逆立てていた。
「それで?まさか、弟が会計すると思って引き留めもしなかったのか?こんなに酒も飲ませて?止めもせずに?」
「いえ、あの…、その、戻ってくるのかと思って、…本当に申し訳ないです。酒を注文したのは、同席していた彼で…」
この国ではミラの年齢は成人とみなされ、酒を飲んでも許される歳ではあったが、ジラクはそれを良しとしてはいなかった。こんな出会いの場で酒を飲ませ、自分は浮かれて女と出ていく、それだけでどんな相手か推測できるというもので、無意識に握りこぶしを作り、苛立ちを堪えるように噛み砕く。
考え込むようにじっとミラを見つめたあと、懐から紙を取り出して自筆のサインをする。それを店主に手渡して、会計だと声低く告げれば、彼は本当に申し訳なさそうに謝罪を繰り返した。
「次に同じことがあったら、すぐに俺に知らせろ。謝礼はする」
二度とさせないが、と付け加えて、ミラを背負うようにして出て行く。

ジラクの威圧に、盛り上がっていた場の空気が冷え込んだのはいうまでもない。
それほど強烈な気配を放っていて、皆一様に肩の力が抜けたようにホッと胸を撫で下ろしていた。


一方、ミラを連れ帰ったジラクは今から町に帰る時刻でもないことから宿を取っていた。泥酔する身体をベッドに横たえたあと、傍らに腰を下ろして顔を見つめる。何があったんだと詰問したい気持ちもあったが、付け入る隙を与えたのは間違いなく己だという自覚もあって、そのことを悔いるように火照った頬をそっと撫でる。その冷たさに、ミラの瞼がビクっと震え、ぼんやりとした茶色の瞳がゆっくりと開いていった。
「大丈夫か?」
思わず覗き込むジラクだ。酔いを覚ますように首筋に手を当てれば、心地よさそうに顔を寄せたミラは、
「…、で」
小さな声で何かを呟いた。
夢か現実かも分かってなさそうな顔には明るい輝きはなく、悲しみに暮れていた。聞き取れなかったジラクがそっと耳を寄せる。
ミラの印象を訊かれたら誰もが『明るくて元気』と答えるだろう。感情豊かで陰の要素はなく、誰かを妬ましく憎んだりしないさっぱりとした性格だ。そして、まだ若いにも関わらず、自分の悩みや弱みを大っぴらに見せることも無かった。
そのミラが、ジラクの腕を掴んで捨てないでと縋りつく。その瞬間、ジラクは大きな感情に揺り動かされていた。

守りたいと思いながら、ミラを傷つけているのは自分じゃないかと己を罵る。涙に濡れた目は弱った小動物のように無力なもので、
「捨てたりしない」
酔った相手に届くか分からない言葉を口にすれば、嘘つきと涙を流していた。
「嘘じゃない」
「嘘だッ!」
声を張り上げる様は自制心を失った状態で、顔を歪めたまま涙をボロボロと零し、ジラクの両腕を強く掴んでいた。まるでそうしないと、相手がどこかにいってしまうかのような切迫感で、嗚咽混じりの言葉を紡ぐ。
「どうせ俺なんて、…っ、兄貴にとって価値なんか無いじゃん…っ、いなくなったって、何も、っ」
「ミラ」
「何も感じないくせに...。テーラと違って、どうだっていいくせにッ…!」
自分の言葉に傷ついたように声を上げて涙するミラだ。その言葉は言った当人だけでなくジラクをも傷つけるもので、衝撃を受けていた。どうでもいいなんてことは絶対にない。
「ミラ!」
「俺なんか、ッ…、出て行けって思ってるんでしょ!兄弟でいる価値ない、」
「話を、聞け!」
珍しく声を張り上げて、ミラの両頬に手を置き逃れることなど許さないとでも言うように顔を固定する。揺れる瞳と真っすぐに視線を合わせる金の瞳は瞬き一つしない真剣さで、強い光を宿していた。
「価値があるとか無いとか、それこそどうでもいいだろ!お前が俺の弟であることに、そんなこと関係あるのか。お前がどうでもいいわけ無いだろ!」
目の前にある瞳を覗き込む形で、ミラを宥める。言葉というのは厄介なもので、どんなに想いを込めても伝わらないときは伝わらない。
涙に濡れる茶色の目は変わらず悲しみに濡れ、信じていない瞳からは新たな涙が溢れ出た。
「じゃあ、…証明してよ…。兄貴にとって俺が大切だって言うなら、それを証明してみせてよ!」
グズグズと鼻を啜り、出来もしないくせにと泣く。どうせ俺を追い出すくせにと再び追及され、ジラクの思考は困惑で埋め尽くされていく。そもそも、そんなものをどうやって証明するというのか。

それでも、ジラクが迷ったのは一瞬のことで、手を濡らしていく涙に意を決する。
それが証明になるのかはジラクもよくわからなかったが、ただ、自分の場合はそうであった。
「わかった。証明すればいいんだな?」
そう答え、ゆっくりとミラに覆い被さっていく。涙に濡れる瞳がぼやけるほどの距離まで近づき、
「…」
そのまま無抵抗な唇にキスをした。
震える唇からは涙の味がして、辛い思いをさせてしまったことへの罪悪感に打ちのめされる。言葉では通じなかった想いを伝えるように優しく舌を絡めれば、緊張して強張っていた身体からは力が抜けていった。
たかがキス一つ、されど、そのキス一つで相手の温もりを、想いを感じ取ることができる。昔、ジラク自身が父親から愛情を感じていたのと同じように、ミラにもそれを伝えたいという一心であった。
唇を離す頃にはすっかりと落ち着きを取り戻していて、
「…なんで?」
問いかける声からは悲しみが薄らいでいた。止んだ涙に安堵して、
「俺にはこれしか思い付かない」
素直に答えれば、腕を掴んだままのミラがつぶらな瞳を向ける。それから、静かな声で、
「…兄貴に、触りたい」
そう囁いた。
相手の要求にとことん付き合おうと腹をくくる。
「好きなだけ触ればいい」
答えながら両手でシャツをたくし上げるようにして上半身裸になる。
そう言われれば、兄弟だというのに互いの体に触れたこともなければ、背中を流しあったこともない。一緒に寝たこともないのだから、まだ若いミラが不安に思う気持ちも理解できると納得していた。
眼前に晒されたジラクの身体にミラが驚くのは短い間で、おずおずと白い肌へ手を伸ばす。
「凄い…。綺麗…」
腹筋の割れ目から脇腹を撫で上げながら、均整の取れた肉体に見惚れたように呟いた。冷たい肌が心地良く、ミラの手は滑らかな感触を楽しむように行き来して、
「…ッ、ぅ…」
意図せず、ジラクの身体に火を灯していく。
身を捩り、筋肉に力が入るたびに震える身体は目を楽しませもので、そして、その手は次第に淫らなものへと変わり、
「んァ…、…っ!」
胸の上で存在を主張するピンク色のモノにいきついていた。
「ミ、ラ…っ、そこは、…、う、ァッ…!」
軽く摘むだけで過敏な反応をするジラクを前にして、欲情するなと言う方が無理というもので、
「兄貴の全部、見たい」
熱を帯びていく金の目を間近に見つめながら、興奮した口調で言った。酔った頭はまともに機能しておらず、ミラ自身、歯止めの効かない状態で欲望に忠実だ。
いつもは取り澄ました美貌が自分の手で乱れていく様は、秘密のベールを剥いでいくかのような愉悦をもたらし、特別な存在になったかのような気にさせた。
「ンッ…、ぅ!…それで、証明になるなら構わない…」
乱れた呼吸で答えるジラクの目は真剣で、一切の拒絶も含まれてはいなかった。
ジラクにとって恋人と家族の線引きは非常に曖昧で、兄弟で触れ合って互いの熱を発散する行為も家族なら普通のことなのかとぼんやり思う。実際、どこまでの行為が境界線なのかもよくわかっていないが、ただ、ミラが見たいというならその要望に応えようとズボンの後ろに手を差し入れて片手で引き下ろす。
その躊躇いのなさに、ミラはようやく心の底から安堵していた。
「俺、…弟でいて、いいんだよね?」
「…っ、…当たり、前だろ」
ビクビクと震えながら答えるジラクの表情に、ドクドクと熱が集まって思考を焦がす。
抱えていた悲しみはその熱に溶かされたように消えていき、熱を吐き出したあとに残るのは穏やかな安心感だけであった。

触れ合うジラクの冷たい身体が心地良く、安らかな眠りに落ちていく。
「おやすみ」
涙の跡を労るようにそっとキスを落とすジラクであった。


2024,03,03
今までで一番、イチャラブなんじゃ…😋?!
ミラは完全に酔っぱらってます(笑)。そうでもなきゃ本音なんてジラクに言えません!(笑😂)。

ジラクって何気に押せ押せに弱いタイプな気がしますね🫨元々庇護欲が強いっていうのもあって、性に関しては奔放な方だし、懇願したらやらせてくれそうなタイプだなぁ😶?←酷い(笑)
まぁ冗談です(笑😂)

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 *** 58 ***

翌朝のミラは不思議なほどスッキリとした爽やかさで目を覚まし、眼前にある秀麗な寝顔を見て固まった。
昨日のことを朧げに思い出し、いやいや、あれは夢の筈だと念じた所で記憶は消えたりはせず、そればかりか動揺すればするほど、より鮮明に蘇って頭の中を占領した。
自分がやらかした失態のあまりの酷さに、顔から火が出そうなほどの羞恥を覚えて、声もなく悶絶していた。

身動きをしたらジラクが起きるのではという恐れから息を潜めたまま、シャツの隙間から見える肌を眺め、昨夜の滑らかな感触を思い出す。首筋を剥き出しにして眠るジラクの姿に強い欲求を覚え、もう一度触れたいという衝動に駆られていた。欲情を宿す秀麗な美貌が脳裏に蘇り、刺激が強すぎるその記憶に身体が勝手に反応して、もぞもぞと足を動かす。
抱き締めるような形で寝るジラクを起こさないようにして、どうにかこの状態から抜け出せないかと僅かに頭を動かせば、
「…起きたのか」
その反動に金の瞳がそっと静かに開いて、ミラをじっと見つめた。
「っ…!」
その瞬間と言ったら、ミラは赤くなったり青くなったりと面白いくらいの百面相で、
「何をそんなに慌ててるんだ」
髪の毛を撫でるように手を置いたジラクが、やんわりと口角を上げるほどであった。間近にある瞳は優しい光を浮かべ、美しい金色を際立たせる。
「っ…!」
唐突に見せたジラクの微笑に心を奪われ、その甘く清楚な表情に心臓はいかれたように早打ちをして息が苦しいほどであった。
今、この瞬間だけは、間違いなくジラクの心は自分のものだと感じて、顔がかぁっと熱くなる。
「昨日のことを、覚えてるか?」
そんなミラの様子もお構いなしに、引き寄せるようにして額にキスを落とすジラクに他意はなく、日常的な行動のように甘ったるい気配を醸していた。
「…、う、うん…」
そのことに戸惑いながらも素直に答えるミラに覆いかぶさって、
「…ん、…?!」
昨夜と同様、唇へキスをして何も無かったかのように離れていった。
そうして上体を起こしたジラクは着替えながら、
「お前の兄は俺でいいんだよな?」
呆然としたままのミラに問いかける。その言葉はミラが昨夜に発したものと対の言葉で、ハッとしたように自分がした質問の残酷さを認識した。
「当たり前じゃん!」
強く答えながら、実の兄のことを思い出して、なぜあんな男の言葉に動揺したんだろうと後悔していた。ジラクとは比べようもないほどろくでもない男で、既に決別した過去の存在だ。血が繋がっていようが、他人よりも遠い男を一瞬でも兄だと思おうとした自分を悔やむ。
「ごめん…。俺、兄に会って、…よく分かんない感じになっちゃってた。なんか突然過ぎて混乱して、…」
「ん…。いいよ」
静かに話を聞いてくれるジラクの姿を意外に感じながら、不思議とそれが違和感なく、すんなりと受け入れられる。今までとは異なり、言葉の少ない相手を見ても拒絶されることはないだろうという安心感が芽生えていた。
以前なら、ジラクの静かな態度を見ても何を考えているのかよくわからないというのがあって、怒られるのでは、とか嫌われたらという不安が心のどこかであった。それらは全て昨日のジラクの態度で払拭されていた。
相手のことをよく理解していなかったと今さらながらに感じて、考えを改めさせられる。
「折角だから、どこかに寄って帰るか?」
着替え終わったジラクが窓を開き、外の喧騒に耳を傾けながら訊ねる。
「行く!」
見慣れた後ろ姿は頼もしい背中で、いくらでも甘えさせてくれる背中だと既に知っていた。もそもそとベッドから抜け出して、振り返るジラクの胸に飛びつく。
「俺、どこにも行かないよ。シヴァラーサ家にずっといる。だから…。出ていけって言わないで!」
素直に言葉を紡げば、思った通りの反応が返ってきて、ジラクの片手が背中へと回された。
「言うわけないだろ。言葉足らずで悪かった。封魔士の学校に行きたくないなら行かなければいいし、ミラが嫌じゃないなら俺が教えたって別にいい」
顔を覗き込むようにして伝える顔は真剣なもので、頬に手を付いて見つめる様は恋人に接しているかのようであった。完全に距離感がおかしくなっているジラクに自覚はなく、それが普通のものだと信じて疑わない。
近すぎる距離に戸惑うミラを他所に、
「好きに生きて欲しい。そう思っただけなんだ」
切実な本音を零していた。そこには、ジラクが選び得ない自由への憧憬が入り混じる。
ジラクにとってのシヴァラーサ家がいかに大切なものかはよく分かっているつもりであった。ただその重さはミラには計り知れないもので、目元にキスを落とすジラクの哀愁を感じ取っていた。
「…うん」
静かに言葉を返せば、目元にあった唇は口元まで下りてきて、
「っ…!」
自然の流れのようにキスをするジラクに、何度目か知れぬ動揺をさせられる。
昨日の様子からも、ジラクの愛情表現が度を超していることには気が付いていた。昨夜は酔っぱらっていたこともあり、まだ納得できると異常な状況を正当化する。ただ素面でするには明らかにおかしい行動で、これは違うと心の中で叫びつつも、拒絶するのは気が引けて大人しく受け入れていた。

「仕度が終わったら、行くか」
唇を離したジラクが濡れた口元を指で拭う。その様は何の意図も含まれていないにも関わらず、淫らな色っぽさに満ちていて、
「う、うん…」
顔を隠しながら相槌を打つミラの顔は赤く染まっていた。下半身に熱が集まるのを感じて、いやいや、兄弟だからと欲情を振り払う。明らかに普通の行動ではないが、これは普通のことだと強く思い込み、高鳴る鼓動を鎮めるように息を大きく吸う。
ジラクの行動に意味をもたせてはいけないと念じていれば、開けた窓から数センチほどの物体が飛び込んできて、ジラクの肩に止まった。目を凝らせば、チチチと鳴く極小の白い鳥がいて、ジラクの耳元で囀り合う。
小さく相槌を打つジラクは彼らの言葉を理解しているようで、終いには、
「続けろ」
打って変わった気配で彼らに命じていた。競い合うように窓から飛び立っていくそれを、呆気に取られて見送るミラだ。
「偵察用封魔獣だ。お前の兄を自称する男を昨日から監視してる」
その様子に気が付いたジラクが、さらりと恐ろしい言葉を言い放った。
「元々、縁を切って、正式にシヴァラーサ家の兄弟として入ってきた筈だろ?向こうもそれに署名して、金銭的にもちゃんと片づけた筈なんだが、今頃になって接触してくるなんておかしいだろ?」
驚くミラに、
「…それとも、あの男と一緒に暮らしたいのか?」
再度の念押しをするジラクは、先程まで甘い気配をさせていた男と同一人物とは思えないほど鋭い気配を持っていて、
「そんな訳ないってば!」
間髪入れずに吐き出された言葉に安心したように、髪の毛を撫でた。
「二度と近寄らせないから、気にすることない」
そう告げたジラクの行動力には目を瞠るものがあり、昨日の今日で相手の所在まで掴んでいるとは思いもしない。
「さっきの鳥だけで見つけられるものなの?」
素朴な疑問を口にすれば、ジラクが不思議な問い掛けのように首を傾げた。
「百もいれば大抵は見つけられる。この街はそんなに大きくないし、あの男が行きそうな場所を特定すれば更に範囲は限られる。そう難しくない」
平然と口にした言葉に、さすがのミラも次元が違い過ぎて眩暈がしそうであった。

ジラクの怖いところはこういう所で、百という数字は封魔士を理解している者なら誰もが驚愕する数字であった。使役する封魔獣を百も制御できる者はいない。並列思考が必要となり、使役する封魔獣の種類や数が増えれば増えるほど、それは至難の業となるからだ。
多くの封魔士が数匹の封魔獣と共に前衛に立つのはそういった理由からでもあり、ジラクのように後方支援で指示を与える戦闘方式は相当の思考操作が求められるものであった。ジラクは正に采配の鬼才と言え、そこに封魔獣の絶対忠誠が加われば、更に采配力は高まる。
ジラクが封魔士として秀でている能力の一つだ。

「あぁ、ミラ。帰ったら、ザキにからかわれると思う」
「え?なんで?」
「迎えに行くって伝えたら、いい歳して反抗期かと大笑いしてたから」
その時のザキの様子が目に浮かぶようで、あまりに幼稚な自分の行動に顔から火が出そうになっていた。
「ち、違うってー!ザキ兄ってば、本当に困っちゃう…!」
手で火照った顔を仰げば、ジラクが頬に手を置く。冷えた手の心地よさにうっとりしていると、
「…無事で良かった」
さらりと安堵の言葉を吐き出した。
離れていく手にドキリとして、背を向ける姿を見つめる。

この感情は何だろうと自問していた。
ジラクの肌も触れていく手も、実の兄に感じた時のような嫌悪感は微塵もなく、それこそ普通はしないようなキスですら望むモノで、それはサーベルに対してですら感じたことのない甘い感情だ。胸の内を支配するそれらから、意図的に目を背けて出かける用意をする。

用意が終わって顔を上げれば、静かに待っていたジラクと目が合って、金の瞳がほんの僅かに和らいだ。
ジラクには愛なんて存在しないと思っていた過去の自分が馬鹿らしくなるほどの慈愛に、恥ずかしくなる。何故そう思ったんだろうと疑問になるほどの愛情に、昨日の憂鬱は嘘のように無くなっていて身体が軽く感じるほどであった。

もっと触れたいという欲望のままに、ジラクの横に並ぶ。
嗅ぎ慣れた花の香りに、胸は高鳴りっぱなしであった。


そうして、屋敷へと戻ってきたミラはジラクの言葉通り、ザキにからかわれていた。
それをどこか嬉しく感じ、いつの間にか、この場所が我が家になっていることを強く実感していた。何があろうと兄弟の、そしてジラクの味方であろうと心に決める。

これから先、どんな言葉を聞こうと、もう揺らぐことは無いと確信していた。


2024.03.24
いつも拍手・訪問ありがとうございます😍更新に間が空いてしまってすみません…💦
兄弟と思った以上にイチャラブしそうです💕総受けであれば全てOK主義なので、メインCPはぶっちゃけあんま気にしてないです(笑)。ミラとのエッチも有だなと思ってますが、どうしようかなー😋
あとストーリーね…💦ハッピーエンド目指してますが、当初…、いっちばん最初の当初の構想が中々いなくならず(笑)、いまだに抜け出せません…🫨このままだとヤバイぞーと思いつつ、とりあえず兄弟イチャラブまでは頑張ります😂。

拍手する👏
    


 *** 59 ***



    


*** 未定 ***