【総受,クーデレ,冷血,無表情,呪われ】

 ***31***

翌日の朝は、ちょっとした騒ぎになっていた。
ガラルシアの元へ駆け込んできた従者が血相を変えて、客人が目覚めないと訴える。既に仕事をしていた彼は持っていたペンを置いて、大げさなと呟いていた。
ガラルシアが起きてから既に2時間は経っていたが、余りに慌てた様子の彼を見て仕方なくジラクの元へと向かった。

用意した部屋はそのまま住めるほど基本的な設備が付いていて寝室は個室になっていたが、ノックしてもうんともすんとも言わない様子に、仕方なく鍵を利用して中に入る。
そこで、昨日の発言は失言だったと気が付いた。

ガウンの合間から覗き見える真っ赤な紋章は噂にある通りで、『呪われている』というのは比喩ではなく、紛れも無い事実だと思い知る。
肩をいくら揺すってもピクリともせず、従者が慌てるのも無理はない。
さすがに寝ているだけだと思いつつ、客人に何かがあっては取返しの付かないことになると思い、
「兄を呼んで来い。この時間なら花園にいる筈だ」
最も適した男を呼びに行かせる。
ガラルシアは封魔士の才能もあり剣術、武術に長けた万能な男であったが、特筆した能力を持つ訳ではない。それに対し、兄である第一王子は構築術に長け解呪師として特異な才能を有していた。
ガラルシアの男らしい見た目とは違い、兄のギアリスは物静かで冷静沈着な男だ。従者に引っ張られるようにやってきて、不安げな顔を浮かべるガラルシアを見て、小さく溜息をついていた。
「また面倒な拾い物を…。彼、シヴァラーサ家のご当主ですよね?どうして貴方は厄介ごとに首を突っ込むのが好きなんですか」
弟にも敬語を使う彼は掛けていた眼鏡を押し上げて、手に持つ観察日記を傍らに置く。
それから、ジラクの額に手を翳し、
「…寝ているだけですね」
彼の状態を視診して、そう評価した。
目に見えて安堵の溜息をつくガラルシアを一瞥して、心配することは無いと付け加え、
「ただ…」
眉間を寄せ、言葉を選ぶように僅かに沈黙する。
「眠りは心臓に根付く呪いとは別の術で、脳に強く作用してますね。
…これは酷い」
最後の言葉は半ば独り言で、何を見たのか翳していた手を引っ込めて、赤褐色の瞳を何度か瞬いた。
「ギアリス!脅すのは止めろ」
兄の態度にガラルシアが肩を摩る。
「気の毒に。この状態でよく耐えていますよ」
ジラクの顔に掛かる前髪をサラリと払いのけ、寝息を立てる彼の額に手の甲を置く。
「それじゃ全然、分かんねぇぞ」
「…」
説明を求める言葉を聞いて、ちらりと側に控える従者を見たあと、置いていた観察日記を再び手に取って、
「放っておけば目を覚まします。二人で話しましょう」
薄暗い寝室から出ていくように促した。ジラクの状態は内密にしたいものだと分かり、相槌を返しながら嫌な予感しかしない。

ギアリスは優秀な解呪師だ。
詳細までは分からなくとも、短時間で相手の状態を把握できる。その彼が手短かに告げた内容の重さに、言葉を失うガラルシアだ。
ソファにぐったりと身を預けたまま、やはり聞くべきではなかったと呻いていた。

全く予想していなかった訳ではない。
王族という地位がゆえに、大戦にまつわる噂もジラクに関することも色々な内容が耳に入ってくる。それは大衆に出回っている噂よりも具体的なもので、より核心に迫ったものだ。
ただ、本人がその気になれば、どうにか出来る類のものだと思っていた。

ギアリスが客室を去った後もその場に居続けて、ジラクが目覚めるのを待つ。
それから2時間ほど後になって漸く目を覚ましたジラクは、寝ぼけた頭のまま寝台を抜け出し、リビングで寛ぐガラルシアを見て思考停止状態になっていた。
「やっと起きた、…か」
気配を感じて視線を上げたガラルシアが相手の姿を視認した途端、言葉を止める。ジラクの乱れた格好に目を瞠り、すぐに何も見なかったように視線をテーブルへと戻した。
ドア口で固まったままのジラクは、ほぼ裸に近い格好で肩からだらしがなくガウンを羽織っただけという乱れっぷりで、まだ夢の中にいるかのように目を瞬いたあと、手の甲で顔を擦っていた。
「すみません、王子…。何で貴方が?」
自分が寝ていた部屋が用意された客室かどうかを確認して、ソファで寛ぐ彼に視線を戻す。そのまま置いてあるティーポットから紅茶を注いで、ガラルシアのはす向かいに腰を下ろせば、予想外の謝罪を受けていた。
「…?」
何のことか分からず視線を返すジラクに、
「呪いの事をよく知りもしないで酷いことを言ったよな。本当に悪かった」
昨日の失言を再度、謝罪していた。

ジラクにとっては記憶にも残っていないどうでもいい話だ。
謝罪された所で、何かが変わる訳でもない。
「そういえば。王子は赤い花が群生する観光地とかご存じですか?」
どうでもいい謝罪よりも目下の気になる事柄を訊けば、ガラルシアが唐突に話題を変えたジラクに驚きつつも、首を傾げ記憶を探った。
「知らないな。…赤い花だけじゃ情報が少なすぎるぞ」
否定した後、苦情を言いつつも知りたいなら調べておこうかと提案する親身さで、
「俺も真っ赤な花ってくらいしか知らないんですよね」
ジラクの答えを聞いて不思議そうな顔をしていた。
「真っ赤な花か。キキ地方で赤い物を供える祭りごとがあるが、花の群生は聞いたことがない」
「赤い物…」
「何でだ?」
突然の質問に疑問を抱くのも当然であったが、
「…王子には関係ないことです」
一瞬の思案のあと、きっぱりと答えるジラクを見ても今更、落胆したりはしなかった。
むしろ、そうだろうなと思うくらいで、
「…身体は…、大丈夫なのか?」
ギアリスに言われた言葉が引っ掛かっていた。

呪いの力と眠りの力は相反する呪いであり、どちらも非常に強く作用していて、反発し合うそれがジラクの心身に影響を及ぼしているとのことだった。
それこそ廃人になってもおかしくないほどの強烈さで、冷静を保てることが既に普通ではないと言い切ったギアリスの真剣な顔を思い出し、目の前で平然としているジラクを見つめる。
対するジラクは本当に何も感じていないかのように冷静そのもので、不安も何も宿らない金の瞳はその言葉に動揺すら浮かべていなかった。
「…偶に王族の方が似たような言葉を言いますけど、俺が知らない情報でも持ってるんですか?」
会う度に謝罪をする王に、痛ましい畏れを向けてくる視線はどれも似たようなもので、
「理解できない。一体、『何を』、そんなに不安視してるのか」
唇を小さく開いて、そう呟く。
「背中の呪いがそんなに重要なことですか?」
ジラクの表情は他人事かのように無関心であった。
「まるで俺が国を滅ぼすとでも思ってるみたいだ。呪いが完成しようものなら、こぞって殺しに来そうですね」
「っ!馬鹿を言うな!」
ガラルシアの怒鳴り声を聞いても、ジラクの表情は無表情のままで、
「王子が心配するのは俺なのか、それとも先の未来なのか、どっちなんですか?」
何の飾り気もなく聞いた。
その言い草に呆れ果てるガラルシアだ。例え知り合ってから短い期間しか経ってなかろうと、相手を心配するのに理由など要らないだろう。
「お前に決まってんだろうが!」
当たり前の答えを怒鳴り返すように伝えれば、僅かに沈黙したジラクが何の感情も見せずにそうですかと呟いた。
「なら無駄ですよ。どんなに足掻いたって呪いは完成する。それが遅いか早いかだけだ」
断言に驚くガラルシアと見つめ合う。自分の唇に手を当てたジラクがソファの背に全身を預け、
「…そんなに驚くことでもないでしょう?」
緩く長い息を吐き出した。
脱ぎかけのガウンが肘まで垂れ下がり、気だるい気配でガラルシアを見る。
「王子は俺なんか気にしてないで、国の将来でも考えたらどうですか?その時にどうすべきか、」
「あー!うぜぇっ!!」
ジラクの言葉は、ガラルシアの大声で中断させられる。
「いい加減にしろッ。お前、俺より2つ下だよな?斜に構えてんじゃねぇぞ!」
苛立ったようにソファから立ち上がり、ジラクの元まで来た彼が乱れた服を強引に正す。下着姿でだらける格好に苦言を吐いて、肌蹴けることの無いように腰元の紐をきつく結んだ。
「将来も周りの事も、どうでもいい。お前がどうしたいかだけだろ!聖人ぶるんじゃねぇ!」
「っ…」
両肩を掴んで叫ぶ説教は、確かにジラクに響いていて、
「…何の利にもならないのに」
小さく呟いた言葉は儚げであった。
「…」
俯いたまま、しばらく無言になって耳元のピアスを弄る。

それから小さく息を吸って、真っすぐにガラルシアを見上げた。
その瞳の美しさは、誰にも穢せない強さをもっていて、
「俺は兄弟を守りたい」
ぽつりと吐き出された言葉は嘘偽りない真意であった。
虚栄でも偽善でもなく、紛れもないジラクの本心に、ガラルシアは安堵していた。

まだ。本音を言うことができるということに。
そしてその想いに。

「ならいいじゃねぇか。俺はお前を支援する。呪いが完成しようが関係ない。だから。
お前も自分のことを『なんか』なんて言ってねぇで、人の気持ちを少しは受け入れろ」
小さな子どもにするように、強引にジラクの髪をかき乱して、
「出かけるぞ。さっさと着替えてしゃきっとしろよ!」
突然の行動に呆けるジラクを急かした。

彼の言葉の通りだと思い、その気持ちを素直に受け入れる。
視野が狭い自分を再確認していた。ガラルシアにしろ、ラグナスにしろ、訴えかける言葉の本質はどれも同じ感情だ。


目を覚ませという言葉が脳裏に木霊して、胸内にストンと落ちて静かに収まる。


いそいそと出かける仕度をするのであった。


2023.08.11
昔書いた小説に拍手をありがとうございます(*ノωノ)。今でも楽しめるモノになっていると嬉しいです💛
ジラクは進みが遅くてすみません(^-^;週2くらいで更新できるといいんですが、なんせ仕事が1日中PCと睨めっこなので、中々ダウン気味(笑)。
ぼちぼち進めていきまーす(*^-^*)ノ
ちょっとずつ前向きになってるジラク。ただそれが必ずしもいい方向とは限らない(;;⚆⌓⚆)。なんちゃってね(笑)。

拍手する💛
    


 ***32***



街を歩けば、封魔士の施設が点々としていて、いかに街の人々にとって身近な職業かよく分かる。色々な店や場所を案内された後、昼食は郷土料理をご馳走になっていた。
ガラルシアとは年齢が近いこともあり、予想以上に会話が弾む。
封魔士同士で共通の話題にも困らず、ガラルシアの実直な性格が案外にジラクの気質に合っていて、城へ戻る頃にはかなり打ち解けた雰囲気となっていた。

兄弟とも同じように気兼ねなく話せれば。
「…」
特に意識して会話を避けている訳ではないが、するべき会話も思いつかないジラクだ。

今まで父親とはどういう会話をしていたかと記憶を探っても、思い出せる話題は魔物や封魔士のことばかりで、それ以外は何を話していたのかも思い出せない。せいぜい、遠征で地方に行った時の食事がどうだったとか、その程度であった。
その拍子に。
朝晩といわず、気が向けばされていたキスを唐突に思い出していた。

唇に触れ、あれも親愛の証なのかと首を傾げ、当時は何とも思わなかった行為に疑問を抱く。家族ならキスくらい普通だろうと頭の片隅で思いながら、キスは恋人同士がするものだという一般論が脳裏を過って分からなくなる。
昔は何をするにも二人だけの世界であった。
封魔獣や守祭が身近な存在とはいえ、それは外側の出来事で内には入ってこれない。

その特殊な世界観を考えるとキスも普通のことに思えて、やはり父親の行為に意味を持たせること自体が間違っていると結論付けていた。
そもそも精通を教えたのも彼だ。キスがNGならそれはもっとNGだろう。
家族の定義など深く考えるものでもないと頭を切り替えて、
「旅行か…」
と小さく呟いた。
兄弟との共通の思い出がないことにハタと気が付き、帰ったら早速プランを練ろうと思い立つ。そんなことで心の距離が縮まるとは思っていないが、兄弟らしいことをしたいという気持ちが強くあり、それは家長としての自覚の芽生えであった。
ぼんやりと客室の壁を見つめ、やらなければならないことを脳裏に描く。

ボロラに来た目的は彼らのアジトを探ることにあった。様々な文献と、言動の端々から発祥はボロラではないかとあたりをつけていた。
この国の辺境には大きな風穴があり、魔物がどこからともなく湧き出る危険地帯がいくつか存在する。三大魔物が封じられている場所も辺境より南にある山間部の一帯で、古くから魔物と密接な関係にあったフィローゼントの歴史を考えると、この事実は無視できない気がしていた。

彼らとは会う度に寝はすれど、信頼はされていない。そして回を重ねるごとに彼らの言う血の結束というものをなんとなく理解していた。
どこか懐かしさの感じる香りに愛着が湧くとでもいうべきか、同郷のよしみを感じ、不思議な一体感を覚えていた。

そして、彼らの言い分も一理あると同調する。
やろうとしていることは悪そのものだが、迫害の歴史が本当に真実であれば積年の恨みも納得できるというもので、その同情が余計に一体感を強め、思考を鈍らせる。
とはいえ、三大魔物の解放など絶対に許されないことには変わりなく、どんな事情だろうと無関係の人を傷つけていい理由にはならない。
わざわざボロラまで来たというのにじっとしている訳にも行かなくなって席を立つ。
一先ず、目標であった南の地区まで行ってみようと服装もそのままに客室を後にすれば、国柄のせいか拍子抜けするほどすんなりと抜け出すことに成功していた。

刺さる視線はどの国だろうが、どこの都市だろうがそう大差はない。今更、人々の視線など気にもならないが目立つことは避けたい。ただそれはどうにもならない問題であった。
「シヴァラーサ家だ…」
歩を進める度にざわりと喧騒が増す。

これだけ目立つ存在でありながら、ジラクが妙な連中に絡まれない理由は彼を取り巻く噂ともう一つ、封魔士としての圧倒的な知名度が大きい。
腕力でも家柄でもなく、彼が持つ封魔獣が何なのかわからない、そして、その能力も実力も不明で、言ってみれば得体が知れず絡むことが出来ない。
それが幸いしてか、特にトラブルもなく南の山間部まで辿り着いていた。
山間にある廃村は当時のままで、土地は荒れて木々は朽ち果てていた。かつては緑が豊かであっただろう場所も今や川も枯れた地になっていて、乾いた風が吹き付ける。
道中は進むほどに独特な気配に満たされ、いくつもの守の術が重ねられていた。それから山間へと進むこと10分ほどで、手入れのされていない石柱が立ち並ぶ開けた場所へと着く。
ジラクの予測通り、封印現場は視界隠しの結界が施され、遮断聖言の術によって関係者しか入れないようになっていた。侵入者を知らせる結界のせいか周囲を守る守祭が、やってきた突然の来訪者に驚きもせず歩み寄ってくる。
一目見れば素性が分かる姿に名を問うまでもない。
露わな敵意は守祭らしい感情で、
「封魔士もしていない貴様が何用だ?」
発する言葉は更に敵意の溢れるものであった。
その敵意に返すべき答えなど決まり切っていて、例えそれがどんなに誠意のある言葉だろうと相手の憎悪は変わらない。
「封印現場を見に来ただけだ。別に禁域でも無いし構わない筈だが?」
「その気も無い男が抜け抜けと。立場も分かっていない裏切り者が!」
続く単語に返す言葉もなく、ただ相手の目を見つめ返す。それが事実であることは確かで、だからといって謝罪する気もない。
二人が見つめ合った時間は僅かであった。
ジラクの視線の強さに男が目を逸らし、追い払うようなジェシチャーをする。
「とっとと帰れ。誰が来ようと許可証がない限り中に入れることは出来ない」
無理やり押し入った所で意味はなく、
「封印は安定してるのか?」
「当たり前だろう!封魔士業もしていない貴様の出る幕じゃない!」
取り付く島も無かった。
通報せんばかりの勢いで警戒され、それ以上留まることも適わなくなり、封魔士としての肩書きがあればまた違うのかと思いながら踵を返す。

密かにため息をついていた。
多くの人が封魔士であることを望み、そして反面、そうであったことを疎む。


自分が兄弟のためにできることはなんだろうと考えたとき、出てくる答えは少ない。
その選択肢の一つは封魔士業の再開だ。
シヴァラーサ家としての権力が弱すぎるという現実があり、今のままでは駄目だと感じていた。世間を黙らせるくらいの力が無ければ、守りたいものもあっという間に手からこぼれ落ちてしまう。

一番確実なことは封魔士として名を挙げて、信頼を取り戻すことだろう。ただ、そのためには多くの時間が必要で一朝一夕でできることではなかった。
もう一つはあまり考えたくはないが、兄弟関係の解消だ。そもそも関係さえなければ害が及ぶことすら無い。

ふと。
胸にぽっかりと穴が空いた気がして、緩く頭を振る。
いずれにしろどうにかしないといけない問題だ。後ろを振り返り、結界で隠された全容を見つめ、状況を頭に入れる。
フィローゼントが事を起こすとしたら間違いなくこの場所だろう。三大魔物が封じられている他のエリアは大国のエリアだったり、地理的な部分で失敗のリスクが高く、行動を起こす前に捕まる可能性のほうが強い。
守りの結界を肌に感じながら、そこを抜け出した時、
「ッ…!」
唐突に何かに呼ばれた気がして、後ろを振り返った。

背筋がゾクゾクして総毛立つ。
叫びとも懇願とも知れない微かな『音』に心が震え、衝撃を受けていた。
「っ…、何のためにっ…」
胸元の服を握りしめ、何の力もない自分を悔やむ。

正義とは何かとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、どうしようもないほどの憤りがこみ上げていた。
どす黒い怒りを無理やり飲み込み、唐突にフラッシュバックした過去に歯を強く噛みしめる。
ふらつきそうになった足に力を入れ、大きな呼吸を何度か繰り返した数秒後には、いつもの冷静な気配へと戻っていた。
「…」
どんなに憤り、どんなに嘆いたところで、為すべきことは同じだ。そう割り切って怒りを噛み砕く。


無断で自分の町に帰るわけにも行かず、再び王城へと戻れば待ち構えていたようにガラルシアに捕まり、昼に続き夜まで地元料理と銘酒を浴びるようにご馳走になっていた。
人の気持ちを受け入れろと言った彼の言葉通り、見る目を変えると相手の好意というのもそう悪いものではなくて、日中の出来事が僅かに緩和されていた。

食事を味わい、提供された郷土酒を口に含む。
トロリとした独特の食感のそれは何とも言えない甘みがあり、特有の味わいがある酒であったが、思いのほかジラクの口に合って、酒を飲む手が進む。
「王子。ありがとうございます」
ほろ酔い状態で礼を口にするジラクをガラルシアがハッとしたように見つめていた。
瞬きもしない金の瞳にたじろいだ後、はにかみの笑みを返す。
薄暗い照明の中で見せるジラクの無表情な顔は芸術品の如く整った造形で、光る金の瞳が余計にこの世のモノとは思えない美貌を浮き彫りにする。相手が男だろうと容赦なく惑わし、魅了させる顔は彼が人外だと言われれば納得するほどの引力を持っていた。
「またボロラに来ます。街も気に入ったし、ボロラ酒も美味しいから」
何の気なしに言った言葉は甘い誘い文句かと誤解させるもので、
「…ん、…あぁ、そうしろよ。今度は観光地に連れて行ってやるよ」
頬杖を付いて上目遣いをするジラクに、ガラルシアは平静を装いつつも動揺していた。

ジラクに女性的な部分はない。態度は横柄で、冷たい表情は可愛げもなく、差し伸べた手すら平気で払いのけるような男だ。そんな男が、ふいに見せた甘さは妙に胸に突き刺さり、ざわめきを呼び覚ましていた。

一言で言えば、愛でたい。
それに尽きる。
甘やかして、あの美しい瞳が自分だけを映したら。
そんな妄想が一瞬にして脳裏を駆け巡り、何だ、この馬鹿らしい感情は。と自分の心を否定し酒のせいだと決めつける。
ガラルシアの心中など知る由もないジラクが、酒を口に含み、味わうように小さく相槌を打っていた。
「そうだ。もし…、解呪に興味があれば俺の兄を推薦するが…」
どうせ興味無いだろうと思いながら告げれば、予想外にジラクが食いついて、
「それは助かります」
真剣な眼差しで話に乗ってきた。
「どこに行っても手に負えないという理由で断られてて、諦めてた所です」
手に負えない。
その理由に納得して、兄の態度を思い出す。ギアリスは大陸でも指折りの解呪師だ。ジラクの背中を見た所で動じることはなく、平然としていた。
「伝えておく。ただ呪いの方は難しいだろう。心臓と複雑に絡み合ってるって言ってたからな。抑えることは可能だとしても、無理に解呪すれば命に関わる」
さらりと放たれた言葉に諦めの頷きを返した後、再度、
「呪いの方?」
不思議そうに訊き返していた。
その反応はガラルシアにとって予想内のもので、やはり本人も知らないのかと思っていた。
「夜、眠りが深いだろ?自覚あると思うが」
「…まぁ」
「そっちは何の為かは知らないが、背中の印とは別物だな」
何のためかと言われ、淫夢を思い出す。
黒龍石が記憶に残さないために掛けた術なのかと思い、そうする理由が分からずにいた。今更、嫌われることを怖がるような性格ではないだろう。いや、そもそもただの推測で事実かも分からないことに理由を求めても仕方がなく、彼のことを脳裏から追い払う。
「呪いが抑えられれば十分です」
答えるジラクに躊躇いは微塵も無かった。
真っすぐな瞳は決意の強さを窺わせる。

それを見つめながら、こないだミザリアで会った時とは随分と変わったと感じていた。
あの時は流されるまま無気力に生きている気配を垂れ流していたが、今は言葉に芯があり人間らしさを感じる。
それが余計に煌めいて見えて、呪い関係なしに支援したくなっていた。
「困ったことがあったら…、俺に相談しろよ。多少は力になれるだろ?」
言葉を選びつつ伝えた想いに、ジラクが僅かに顔を傾けて瞳を細くする。
「変な言い方だ。多少ってことは無いでしょう?」
「…お前な。誤解するぞ」
深読みしたくなる言葉を受けて相手を見つめる。その先で、ジラクが誘うように親指で唇を撫でながら小さく瞬きをした。無自覚にする仕草のエロさはジラクの特徴の一つでもあり、それは秀麗な容貌と相俟って目の毒になる。
「俺に関わると碌でもないのに。その気持ちで十分ですよ」
そう言って、
「…っ」
金の目が僅かに笑ったような気がして、その表情に目を奪われるガラルシアだ。
雷に打たれたかのように身体が震え、思わずテーブルの上に置かれたジラクの手を握りしめそうになっていた。それを慌てて自制すれば、
「王子の言葉通り、俺にできることをするだけです」
ジラクにしては驚くほどの前向きな台詞を言って、ガラルシアを仰天させる。
「…まぁ、お前が…、俺の言葉でプラス思考になれたなら、良かったよ」
しどろもどろに返せば、酒瓶を傾けたジラクがガラルシアの空いているグラスに中身を注ぎ、相槌を返す。
金髪が照明の灯りで煌めくのを見つめながら、二度目の奇妙な感情に襲われていた。

「…」
さすがに酒のせいにはできず、認めざるを得ない。
ジラクにまつわる悪い噂と、もう一つまことしやかに出回る噂を思い出す。
その噂もあながち間違いではなくて、魔物に例えるなら魔眼とも言うべき瞳だと感じていた。
光を宿して気配を変える様は神秘的で、ずっと見つめていると幻想の世界に迷い込んだかのような錯覚に溺れる。彼の静かな美声はより一層、現実感を失わせるもので一挙一動に魅了されていた。

だが、関わったことを後悔してはいない。
差し伸べた手を引っ込めるなどという愚かな行動をする男でもなく、高嶺の花ほど燃えるというもので、
「また、いつでも来い」
豪快にグラスの酒を飲み干すのであった。


2023.08.26
眠い…( 'q' ;)…。歳のせいか目の疲労がヤバイ…。
いつも色々と拍手をありがとうございます!無茶苦茶励みにカキカキしてます〜(*´꒳`*)ノまぁ睡魔に負けてたりもしますが…(笑)

そう。今更だけどこの話、再掲希望で書き始めた小説ですが、すでに全く別物です(;;⚆⌓⚆)ギャ?!…まぁ新しく書き始めた小説だと思って楽しんでくださると嬉しいです(^-^;!
当時は美形→ギャップ萌え(?)前面だったと思うんだけど、今作は男らしさ前面でいこうかと思う…('_')。当初設定だと、クール受け→トラウマ発動凌辱的な設定があったんだけど、今作のジラクはトラウマなんて感じないし、権力には負けないのだ…( '-' ;)多分…(笑)。とか言いながらトラウマ大好きだから発動させちゃうかもしれないけど…(;^ω^)笑〜。
    


 ***33***

ふらっといなくなるジラクは意外でもないが、突然、旅行の計画を持ち出したジラクは予想外過ぎて、呆気に取られるのは勿論のこと、ザキに至っては盛大に咽せていた。
夕食時にそんな話題を切り出すシーンは家族の穏やかな団らん風景そのものであったが、さすがのラーズルも冷静を装えず口元を拭う。
「突然、いなくなったと思ったら、…ど、どうしたんですか…」
「しばらくボロラに泊まるって連絡しただろ」
「事後に送ればいいってものでもないです」
通信手段として安価な手段は鳥を使った通信だが、シヴァラーサ家に対し、そういった通信方法を取る人物は少なく、庭に出たら青い鳥が2,3匹ほどけたたましく囀っていたことは驚きの出来事であった。
「ボロラって言えば、何しに行ったの?封魔士で有名な国だよね?俺も行ってみたいなー」
ミラの何気ない言葉を聞いて、ジラクが一瞥を返す。
一瞬の沈黙のあと、三大魔物の封印された所へ行ってきたことを告げた。
「え?なんで?」
驚くのも無理はないだろう。今までのジラクは非活動的で、仮に世界がどうなろうとどうでもよさそうな無関心さだ。
どういう風の吹き回しだとジラクを見つめていると、ミラを見つめ返していたジラクがふいに視線を外し、
「封魔士業を再開しようと思ってる」
これまた悲鳴があがりそうな言葉を平然と吐いた。


驚愕の視線と沈黙が続く。
その沈黙の長さに、
「…悪いか」
ジラクが問いかけると、彼らは慌てて首を横に振っていた。

ジラク自身、兄弟たちが喜ぶとは思っていない。戸惑うのも理解できる感情だ。
「ミラ、こないだ守祭に訊いたら書類が揃ったって言ってたから、封魔士の学校に通えばいい。元々そのためにシヴァラーサ家に入ったんだろ?」
話を振られて目を丸くしたミラは、ジラクがそのことを覚えていたことに驚きつつ、腑に落ちない感情を抱く。
当初の目的は間違いなくそうだが、今はそれだけのためにシヴァラーサ家の一員でいる訳ではなかった。町のことも、ラーズルやザキのことも気に入っていて、
「…」
そしてジラクのことも気にかけていた。

気にかけるというよりは、気掛かりだ。
特に最近のジラクに対しては、能動的になったことを嬉しく思う反面、本当に大丈夫なのかと不安になっていた。

先日、目撃した後ろ姿を思い出して憂鬱が強くなる。
ジラクの活動が活発になればなるほど、背中の呪いが広がっている気がしてならない。

ジラクの投げやりのような言葉に、なんと答えようか迷っていると、
「俺は行かねぇ。別に興味ねぇし」
突然、話を戻したザキが冷めた声でそう答えた。
思わずジラクの顔を伺い見る。視線の先にはいつもと変わらない無表情のジラクがいたが、その言葉に反応したのはジラクではなくラーズルで、
「じゃあ三人で行きましょう!僕は行きたいです!」
身を乗り出す勢いで旅行に賛成していた。
「なんならミラも行かなくても大丈夫ですよ」
付け加わる言葉を聞いて、ジラクと二人っきりで旅行したいという魂胆を見抜く。どこまでいってもラーズルはジラク一筋で、一番、兄弟と縁遠いのは彼かもしれないと思うくらいだ。特に意識もしていなかったミラだが、そう言われると意地でも引き下がりたくなくなり、
「俺も行くに決まってるじゃん!旅行なんてしたこともないし!」
ムキになって返せば、ラーズルが途端に冷たい目を向けていた。
「ミラも興味ないでしょう?」
「なんでラーズ兄が勝手に決めんの!」
「気を使う必要ないですから」
怒鳴り返せば、ラーズルの応酬を食らい、切りがない。
沈黙を守っていたジラクが、興味を無くしたように食事の再開をして、
「行きたい所があれば言ってくれ。日程は1週間後くらいでいいか?」
彼らの口喧嘩を気にすることなく、目の前の料理をナイフで切り分ける。
二人の喧嘩は更にヒートアップして、今度は訪問地でもめ始め、ザキだけが我関せずでいた。
「…」
兄弟全員で旅行をしたいというのがジラクの想いだ。ザキの『興味ない』発言は意外だったが、黙々と食事を進めるザキを見ながらどうにか説得できないかと考えあぐねる。

そうして、その夜、ジラクはザキの部屋に来ていた。
旅行に興味ない男に強要することは考えていなかったが、それでも再考して欲しいというのが本音で、
「サラを連れてくればいいだろ。別に俺と二人で旅行に行こうって言ってる訳じゃない」
不機嫌丸出しの相手に言えば、途端に視線を尖らせて、ジラクの胸倉に掴みかかっていた。
「サラ、サラって…!サラにちょっかい出すのやめろよっ!」
ザキから怒鳴られ、何事かと見つめ返す。ジラクには何のことだかさっぱり分からないが、機嫌が悪いのはどうやらそのせいで、為すがまま壁に押し付けられていた。
「何のことだか分からないけど、旅行は、」
「旅行旅行うるせーな!いきなり何だよ。今更、旅行なんか行って意味あんのかよっ!」
「…っ!」
ジラクの肩が小さく震えていた。
その言葉は酷く傷つく言葉であると同時に、言い返せない言葉でもあった。
今までの自身の行いのせいもある。
兄弟らしいことは何一つせず、漫然と同じ家で暮らしてきただけだ。
そしてザキが言うように、意味などない。

「…今後…、行ける機会はもう無いと思うから」
ジラクの歯切れの悪い言葉に、ザキが驚きを浮かべたあと、掴んでいた手を静かに外す。それから盛大に溜息を吐きながら、
「そういう言い方、やめろ。気持ちわりー」
背を向けて吐き捨てた。
「兄弟なんて望んでねぇ癖に」
ぽつりと呟いた声はジラクの耳には届かず、
「行きゃいいんだろ。その代わり、俺はサラと別行動させて貰うからな」
突っ撥ねる言葉だけが室内に響き渡った。
「…」
ザキの態度は昔からこうだ。いまに始まったことでもない。
互いの関係性で言ったらいつも通りのことで、
「分かった」
そう返しながら、これも自業自得なのかと自問する。

兄弟らしいことをしたいという想いすら、今更の身勝手な願いなのかもしれないと思っていた。
背を向けたままのザキから視線を外し、そっと部屋から出ていく。

胸元がざわつき、焦燥感に囚われた。
早く、しなければ。

急き立てられるようにその想いが強くなる。
残された時間は、どのくらいなのだろうかと思っていた。


*******************************


定期的にシヴァラーサ家の専属守祭の所に通うことにしていたジラクだったが、会う度に小言を吐くミノはいつもとは違い、眉間に皺を寄せて訪ねてきたジラクを見つめた。
「…何か変わったことでもあったか?」
ジラクの背後に周り、刻印に変化がないことを確認すると不思議そうに首を傾げる。
「魔物の気配が薄くなってるな。いつもなら嫌というほどあの男の気配を感じるのに」
そう言われても、特に身に覚えは無いジラクだ。
それが喜ぶべき状態なのか分からず視線を返せば、彼がまぁいい、と呟き入室を促す。
最初は穏やかに話ながらも、ジラクが解呪師を依頼した話になるにつれ、ミノの機嫌はあからさまに悪くなっていき、
「君は本当に俺を信用してないな」
終いには刺々しい口調でそう言った。
何と言われようとそれは事実で、
「守祭は信じてない」
ジラクの変わらない回答にミノが呆れた溜息を深々と吐き出した。
「そう言いながら、君は今日も聖言を受けに来た訳か」
「…」
「信用してもいないのに?」
カップに口を付け、鋭い目を向ける。煽るような眼差しと視線を絡めながら、
「何回、言わせる気だ。信用してない」
ハッキリと告げたジラクの言葉は、溜息で流された。
「君の信用なんて関係ない。理由がどうであれ、あの男の気配が少しでも無くなればいい」
「…」
黒龍石の気配が薄くなったかどうかは自身では感じない部分だ。
それだけでもこうして守祭の元に来た意味があるというもので、何が成果に結びつくかは分からないがやれることは全てやろうと決める。
「服を脱いで横になれ。治療を開始する」
ミノの聖言は非常に苦痛を伴うものだが、躊躇いもなく指示通りにした。そのためにここに来ているのだから、怖気づいて逃げるのはナンセンスなことで、どんなに信用してなくても藁にも縋る想いであった。

背中を見つめるミノの目が鋭くなる。赤い紋章は、まるで触れたら動き出すのではないかと思うほど色鮮やかに息づいていた。
「…」
魔物の気配は薄まれど、それが本当にいい方向に進んでいるのかすら判断できない。
ただ、何かしら意味がある筈だと信じるしかなくて、
「ジラク。耐えろ」
そう告げるしかなかった。
「ッ…!」
時間にして、そう長くはない。

いつもと同じ痛み。同じ苦痛。同じ無力感。
そうして、いつもとは異なり、
「ぅア…、っ」
神経が逆撫でされて、ざわざわと嫌な感覚が全身を巡っていた。
体の中を探られるような感触に記憶が揺さぶられる。中身をかき混ぜられるこの感覚は身に覚えがあるもので、
「…」
そうだと唐突に気が付いた。
痛みが激しくなり息が止まる。


あの時。あの場所で。
確かに。

黒龍石に、…殺さ、れ…。


「ジラク!」
頬を張られ、
「!」
ミノの焦ったような大声で意識が覚醒していた。
「っ…気が付いたか。随分、軟弱になったな。気を失うとは」
額の汗を拭いながら放った言葉に罪悪感はなく、呆れたような冷たい眼差しだ。
「…」
起き上がろうとした所で、
「寝ていろ。水を持ってくる」
両肩を強く押されて、ベッドに戻されていた。

逸る鼓動を宥めるように深呼吸を繰り返す。
天井をぼんやりと見つめ、どこか空虚な心で事実を受け入れていた。
「そうか…」
乾いた声が、他人事のように小さく呟く。
受け入れてしまえばどうってことない真実で、
「俺は殺されたのか…」
心臓を一握りで押し潰された気がして、今動いているこの臓器は一体なんなんだろうと思い、大きな声で笑いたい心境だった。何とも奇妙なことだと思い、彼の執着が理解できない。

殺して、生かして、何がしたいんだとここにいない男の気配を追えば、頭の芯が冴え渡るようで、どこか遠くの気配まで追えそうな気がしていた。
「…ジラク」
ノックの後、ミノが水の入ったグラスと濡れたタオルを片手にやってくる。
寝転がったまま考え込むジラクを見て、一瞬、動揺を宿し、すぐに気を取り直したようにベッドの傍らに座った。
「あれしきで気を失うとは、家名に胡坐をかいて怠けてるからだ」
言葉のキツさとは裏腹に、ジラクの肩を支えるようにして起き上がらせて水を手渡す。
濡れたタオルを首筋に当てて、神妙な顔をしていた。
「…」
黒龍石に殺された記憶を思い出したせいだとは口が裂けても言えないだろう。
とはいえ、彼らもその事実は知っている筈で、あの場にいた全員が知りながらひた隠しした事実だ。

王が謝罪するのも、事実を知る守祭が嫌悪するのも当然かと冷めた感想を抱く。
あの頃から既に混ざりモノなのだから、彼らが恐怖するのも無理はない。大戦の直後に処分されなかっただけマシなのかもしれないと思い、
「…」
やはり、笑いがこみ上げそうだった。

特に気にもせず触れるミノを見て、怖くないのかと今更の疑問を抱く。
殺された筈の人間が魔物と混ざり合って生きているなんて、どう考えても気持ち悪い筈だが、
「具合は?」
そう訊ねる声には気遣いが宿っていた。
ミノの手を払いのけてタオルを顔に当てれば、冷たい感触が心地良く広がっていき、ざわついていた神経が落ち着きを取り戻していった。

変わっていく自分に恐怖が無かったかといえば、それは嘘になる。
それも今となっては、既にそうだったのだから何も恐れることは無かったのかと思い直していた。

「もう平気だ」
グラスの水に口を付けて冷たさを味わいながら、その事実を刻みつけるように、そうかと呟くのであった。


2023.09.10
いつも訪問ありがとうございますm(_ _"m)!!!
コメントお返事が遅くなってしまってごめんなさいー💦先週アップしようと思ったんですが、色々間に合わなかったです…(-_-;)!
過去ネタ、ウマウマと食して頂いて嬉しいです(*´꒳`*)!今のジラクからは想像も付かないくらい父親とはラブラブです(*^-^*)💛

拍手する💛
    


 ***34***

心の中は波紋も立たないくらい静まり返っていた。
今までの悩みは何だったんだと思うくらいで、ミノと別れたあとのジラクはその足で父親の墓に来ていた。
本来なら歴代の名高い封魔士同様に、立派な墓標が建てられてもおかしくない。にも関わらず、盛大な葬儀は執り行われず、遺体はシヴァラーサ家の裏手にある森の奥深くにひっそりと埋葬されていた。
その存在を知る者はごく一握りの人物で、通常なら命日には多くの人が参って個人を悼むものだが、その墓標はいつでも荘厳な静謐さに保ち、木の葉の揺れる音すらしない。

ジラク自身が頻繁にその場所を訪れるかと言ったら、そうでもない。
ここに来れば父親に会えるのではないかという期待は常に裏切られ、代わりに襲ってくるのは深い喪失感だ。当初は気が付けばここに居たが、次第にその回数は減り、今となっては月に数回、来る程度であった。

森の中の開けた一角に佇む墓標は、まるで自ら光を発しているかのようにその場所だけ明るくなっていて、それは陽の光の差し込まない月夜でも同様の光景であった。
腰丈ほどの石碑には緑のコケが斑に生え、根元には草が生い茂る。古びた石碑は不思議な存在感を放ち、荘厳な時の流れを感じさせた。
その墓標の傍らに座り込んで、寄りかかる。
誰もいない、小鳥の囀りすら聞こえない静かなその場所は、そこだけ異空間のように外界から隔離されていて非常に心の落ち着く場所であった。
父親の死因が自分にあることを思い出してからは初めての訪問となる。懐かしさの感じる墓標を見て思い返すものは、どれも暖かい思い出ばかりで如何に大切に想われていたかを改めて感じていた。
そして最後に告げられた、『生きろ』という言葉と力強い声が蘇る。責める言葉も、恨みの眼差しもなく、ただひたすら切実な願いでそう告げた父親の言葉に、胸が締め付けられるようだった。

ずっと。
何の目的もない中、ただ生きるしかないのだと思っていた。
傀儡のようにシヴァラーサ家の当主として、後ろ指を差されながらその時が来るまで耐えるしかないのだと。
だが、そうじゃないことに気が付き、活力を見出す。

父親がそうだったように。
自分も兄弟たちを全身全霊で守ろうと決意する。


瞳を閉じて澄んだ空気を肺一杯に吸い込む。
音のない世界はジラクに平穏を齎すと共に閉じられた世界を思い出させた。

断片的ではあるが忘れていた過去を取り戻しつつあって、それは思い出せば思い出すほど碌でもない記憶ばかりであったが、端から期待などしておらず、今更ショックを受けるということもない。一つの悲劇的なストーリーを見ているかのように、どこか他人事のままその事実を受け入れていた。

そして、もう一つ。
確信にも近い思いで感じていることがあった。

黒龍石は『呼ばれる』のを待っている。
心の底から彼を求めたとき、その時こそが本当の意味で呪いが完成する時なのではないかとぼんやり思う。

だが、彼を呼ぶことは絶対にない。
天変地異が起ころうと、魔物に希望を見出すことはあり得なかった。
それは感情とは別問題で、人と魔物は根本的に相容れない存在だ。
どんなに彼を憎めなくてもそんなことは関係なくて、次に彼に会った時に自分がすべきことは決まり切っていた。


*******************************


夕方過ぎに屋敷へと戻れば、例の如くちゃっかりとサーベルが夕食の席に居座っていて、
「ジラクさん、丁度良かった。旅行に行く話、ミラから聞いたんですけど、俺も一緒に行っていいですよね」
2週間ほど前の出来事などすっかり忘れた態度で、伺い立てていた。
冷めた目を向けるジラクなぞ気にもせず、
「俺はニンザに行きたいなー」
呑気にそんな言葉を吐いて、呆れさせる。
「お前の望みなんて聞く訳ないだろ」
ジラクの予想以上に冷たい拒絶に驚き目を剥くのはミラで、言われた当人は平然と笑ったままだ。
「ミラも行きたいよな。ニンザ」
「え…?!…う、うん」
唐突に話を振られ、思わず同意を返す。
実際、ニンザは旅行先ランキングでは常に上位に挙がるほど人気の場所で、バカンスにはピッタリの非日常感溢れる宿が多い。アクティビティも充実していて、海もあることから多くの観光客が訪れる。
それだけでなく、美男美女が多いことも人気の一つで、出会い目的に旅行する若者もいるくらいであった。
「…お前」
鋭い視線を向けるジラクを見て、
「ナンパ目的だと思ってるんだ?」
サーベルが面白がるように瞳を細め、問い返す。火花が散りそうな見つめ合いの中、
「ン…、?!」
突然、ジラクの目が誰かの手で覆われて、
「サーベルの希望なんかどうでもいいけど、ユゼは外せねぇからな。絶対に行く」
背後からザキの低い声が牽制するように言った。
興味ないと突っ撥ねていた癖にいざ行くと決まればちゃっかりと要望を伝えてくる有様で、睨み合っていた二人を物理的に遮断して、突っ立ったままであったジラクを強引に席へと座らせる。
「第一候補はユゼな。で、山が見たいからそのあとはネネに行こうぜ!」
「ザキ兄!なんで全部決めるの!」
「うるっせ!お前が行きてぇのはボロラだけだろ!いつでも行けるじゃねぇか!」
「はぁ?!俺は山なんか見たくないし!」
二人の言い争いはいつも通りの光景で、まるで本当の兄弟のように微笑ましい。
地図を脳裏に描き、訪問地をシミュレーションする。ユゼは守祭の発祥地とされていて、歴史的建造物が多い。名高い守祭の出生地でもあり、ザキらしい選択だ。
「ユゼもニンザも両方行けばいいだろ?
ユゼは俺が行くと白い目で見られると思うが」
ジラクが付け加えた言葉に、
「なんでそんなに守祭に嫌われるんだよ」
ザキが誰も口にしないことを呆れ声で言う。何の気なしに言った公然の疑問に一瞬の静寂が生まれ、ザキ自身が禁句だったと気が付いて、しかめっ面をした。
以前ならともかく今のジラクは、その疑問に対する答えを持っていた。
口を開き、
「…」
言葉は出ずに、再び口を閉じる。

理由を口にできなくて、無意識にピアスに触れれば、
「ニンザ、行ってくれるんですね。ありがとうございます」
サーベルがそう答え、しんみりとしてしまった空気を入れ替えた。
「あそこはまじで、最高って聞くから楽しみだな。ミラ、何する?」
すっかりと行く気満々でミラを誘う様に、意図せず助けられるジラクだ。
サーベルに対しては腹が立つことも多いが、こういう所が心の底から憎めない部分で、一層のこと嫌いになれたら楽なのにと悪態を付く。
ミラと親し気に話す姿を見ながら、大体、どういう意図で寝起きにキスしてきたんだとあの時のことを思い出して、たった今、感じていた感謝は吹き飛んでいた。

唐突に空腹を覚え、目の前に盛られた夕食に手を付け始める。
ユゼに対する拒否感が全くない訳ではない。
守祭が自分を嫌うのと同様に、ジラクも守祭を嫌っていた。特に総本家は虫唾が走るほど嫌悪の対象で、昔はよく訪問したユゼも今は耳にしたくないほど嫌いな地名だ。

大戦のあと、ジラクの元に届けられた箱を思い出す。
お前の罪だと言ったその冷たい声音はしっかりと耳の奥に焼き付いていて、そして、箱の中にあった死に顔もハッキリと思い出せた。
「…」
父親の首の前で更におぞましい冒涜行為があったが、今となっては数多の記憶に埋もれ、どうでもいいくらいだ。
守祭を信用できない訳だと自嘲して、ピアスに触れる。

強い嫌悪の感情とは別に、ただ、できることなら兄弟たちの行きたい場所に連れていこうと思う。
総本家に行ったテーラに想いを馳せて、会えることは無いだろうと思いつつ、今頃どうしているんだろうかと心配になるジラクであった。



2023.09.15
いつも訪問ありがとうございます(*^-^*)今週は更新、頑張った!(笑)
なんか毎回、地名とかぶっちゃけるとかなり適当に付けてるんですが(笑)、何故か他の小説と被ったりします…(^-^;。
今回も大丈夫かな?と不安になりつつ、新しい地名を登場させてみました…(;^ω^)。頭の中の発想が適当なのに固定化してるっぽい…?語尾に「ア」が付くのとか、何気によく使ってる気がします…( '-' ;)無意識コワイ…

ギエンの方で拍手ありがとうございます(*ノωノ)💛!実は1500拍手突破してて、1500超えたらリクエストでも要望しようかなーと思っていたんですが、ふつーに通り過ぎてます(*^-^*)アリガトウ!!ホント読んで下さった皆のおかげです(*^-^*)💛!!
私のサイトの最推し小説かな(笑)?!キリがいい所で何か要望受付しようかなと思いつつ、やるとしたら次の2000ですが、今更感でしょうか…( '-' ;)笑?!

とりあえずハロウィンネタはギエンで考えてます(^^)/ 忙しくて忘れてたらごめんなさい(笑)

拍手する👏
    


 ***35***


「ジラクさん。私まで参加することになっちゃって、ごめんなさい」
訪問地で揉めはすれど、時間は待ってはくれない。やってきた旅行の当日に、サラが申し訳なさそうに謝罪した。
スカート姿しか見たことが無いサラにしては珍しく、足元は動きやすそうな靴にズボンだ。長い髪の毛を一纏めにしばり、背中に旅行鞄を担ぐ。
ザキが睨んでいることに気が付いて、
「別にいい」
短く返して背を向ければ、
「一々、気にすんなって」
ザキがサラを気遣う声が耳に届く。

恋愛感情はよくわからないが、サラが自分と話すことが気に食わないらしいと知り、極力そうしないように気を付けるジラクだ。
よくよく考えれば、恋人同士というのはどうやらそうらしく、ミラを見ればサーベルと二人で親密そうに話をしていて、ザキもサラと顔を寄せ合って笑い合う。
今まで恋人同士が身近にいなかったジラクは、いまいち恋人というものの距離感が分からずにいたが、そういうものかと首を傾げつつ、偶然、目が合ったラーズルと横に並んで歩き出す。
「ラーズルは…、どこでも良かったのか?」
ジラクの言い淀んだ問い掛けに、彼が目を丸くしたあと、やんわりと微笑んだ。
「僕はジラクが行くところならどこでもいいです」
静かにそう答えるラーズルには恥じらいもなく、
「ジラクとの旅行楽しみです」
今にも手を繋ぎそうな甘い顔で言う。
ラーズルは一番最初に兄弟として暮らし始めた男だ。彼がまだ少年というべき年頃にシヴァラーサ家に引き取られ、それからはずっと居る。
とはいえ、当初のことはよく覚えていないジラクだ。
全体的にぼんやりとしていて、喪失の感情ばかりが鮮明に残り、他のことはいまいち記憶にない。

ただ、あまりいい兄ではなかった自覚は重々あって、どうして彼がこうも好意的なのかはよく分からずにいた。
文句も言わず、基本的な家事は全て彼が行い、いつも帰れば笑みで出迎える。

嫌われる要素はあっても、奉仕される理由はなくて、
「楽しみなら、良かった」
首を傾げながらそう返せば、ジラクの予想通りに彼が笑みを深めていた。
「…」
申し訳ないような、何とも言えない気持ちになって、口元を指先で覆う。
視線を逸らし、斜め下を見つめる仕草はジラクがふいに見せる戸惑いの表れで、ラーズルがそのことに気が付き頬を染めていた。
気まずい沈黙が僅かに続き、
「そういえば、定例の挨拶の時期ですけど、またいつもみたいに僕が適当に出しておけばいいですか?」
すぐにラーズルが話題を切り替える。
対外的なことも全て、彼に任せっきりで、
「あぁ。頼む」
「やっておきますね」
快く受け入れるラーズルに感謝していた。

首都に行くまでの間、あーだこーだと話題が尽きないラーズルは、ジラクの物静かな気配など気にもせず、喋り通す。それを心地よいと感じながら相槌を返すジラクは、ラーズルのそんな性格にも慣れていて、特に違和感もない。
一緒に暮らしてきた時間の流れというものは不思議なもので、共通の話題がなくとも何となく相手がどんな人間か分かり、親和の感情を生んでいた。
長年の間柄にある落ち着いた気配で会話をする二人の背中に、ミラがちらっと視線を向けてすぐに逸らす。もやもやしたモノを抱えるのはミラだけではなかった。


*********************


国外を訪問する場合、身分証を要する国もあるが、多くの国で不要となっていて自由に出入りできる。そして首都間を繋ぐ特急を使えば、候補となっている訪問国を上手く梯子することができて、辺鄙な町とはいえ、一度大都市に出てしまえば、そう苦労するものでもない。

最初に訪れることになったニンザに着いた時、長時間の移動に慣れていない面々はやや疲労を浮かべながらも、ターミナルに着いた時にはしゃいでいた。
そもそもはしゃがなくても、ジラクの存在がある限り、大いに目立つ。
特に大国でもなく、守祭や封魔士と縁の地でもないニンザはただの観光地であり、
「…え?」
「シヴァラーサ家?」
本来、来るはずもない名家の登場に、ざわっとした呟きはあっという間にどよめきに変わっていた。

騒がれることには慣れているジラクは平然としていたが、兄弟たちはそうでもない。
ジラクを見慣れていて、その異質な存在感をすっかりと忘れていたが、町から一歩でも外に出ればジラクは注目の的であって、その整い過ぎた異次元の容貌は人々の目を奪っていた。

辺りは騒然となり、多くの視線が一斉に突き刺さる。
美男美女が多いと噂されるニンザも、ジラクの前では霞のように薄れ、美の基準はジラクか、それ以外かという究極レベルまで落ちる。
輝く金髪に冷たい色を浮かべる金の瞳は目も覚める鮮烈さで、切れ長の目が特有の気配を醸す。動いているのが信じられないほど完璧な見目は溜息が出るほどの美しさで、誰もがその『美』に納得させられる。
これほど完璧な風貌を見せつけられると、それ以外の美醜など些細なことで実に下らないものであった。

「海に行きたいって言ってただろ?近くの宿に予約を取っておいた」
意外に用意のいいジラクは、宿の予約は抜かりが無く、大抵どこかに訪問するたびに警備が飛んでくるが、毎回必ず予約は入れていた。
そして幸運なことにニンザでは、警備に掴まることもなく、早々にその場を後にする。
彼らが去った後、シヴァラーサ家一団を目撃した人々は呆けた嘆息と、興奮で大いに舞い上がっていた。


「やべぇな、兄貴」
ぼそりと呟くザキにミラが同意の相槌を返す。
身近過ぎて全く忘れていたが、ジラクの影響力の凄まじさに度肝を抜いていた。
ターミナルに着いた時点で、既に待遇の違いを実感する。
悪名高いシヴァラーサ家であったが、家柄はそこらの貴族よりもグレードが高い。どんなに悪評があろうとその地位は変わらず、そして何より封魔士としての知名度は抜群で、どこに行っても当時のままVIP待遇であった。
実際、シヴァラーサ家は金もあり、好待遇をした所で損はない相手だろう。

そうして、宿に辿りつく頃には時刻は既に夕方になっていたが、一面の白い砂浜にコバルトブルーの海が広がる光景に小さな感嘆が挙がっていた。
ジラクが取った宿は一帯が貸し切りとなる一室で、目の前に広がる海を堪能しながら食事もでき、優雅に寛げる宿であった。
観光地の喧騒とは隔絶された一棟丸ごと貸し切り宿に、ミラの視線が驚愕のあまりジラクの顔と風景を行き来する。
丁度、夕焼けの時刻もあって、陽が海に沈んでいく赤さと青々とした空の対比が絶景で、ジラクを除く全員が無言で見惚れていた。

色々な所に行ったことがあるジラクは、風景を見ても感動することはあまりない。
特に夕焼けは、嫌な記憶が刺激されるというものだ。

ただ。
喜ぶ彼らを見て、夕方に着くように計算しといて良かったと内心で思う。
ニンザといえば、夕焼けは見どころの一つで、いつでも見れるが天候次第では綺麗な夕焼けは見えない。今日は絶好の日で、特に美しい部類に入るだろう。

宿から伸びる桟橋は海上に繋がっていて、そこには屋根付きの大きな寛ぎ空間があった。海を眺めながら飲食が出来るようにソファやテーブルが設置されていて、
「すご…!俺、こんな場所、初めて!」
大興奮のまま、ソファに飛び込むミラだ。
「ガキっぽいな」
呆れつつもザキやラーズルも従って、風景を眺める。

こんな些細な一場面でも。
いつか語り合える思い出になるんだろうかと思い、はしゃぐ彼らの後ろ姿を見つめていると、
「ジラクさん。あまり一人で抱え込まないで」
するりと、サーベルが首の後ろに触れながら静かな声で囁いた。
内心で驚くジラクに、小さく微笑みを返す。
「俺はジラクさんに何があろうと、今さら驚いたりはしない」
夕日を浴びながら、そう告げたサーベルの顔はやたらといい男で、その甘い声と視線に目を奪われる。笑みを宿す薄茶色の瞳には慈愛が宿り、優し気な表情で真っすぐにジラクを見つめていた。

父親と同じ珍しい髪色が赤く染まり、今までに感じたことのない心の揺れを覚えて動揺する。
「っ…」
ジラクの頬がほんのり染まって見えるのは夕焼けのせいではなく。
俯いて視線を逸らす様は恥じらいの宿る仕草で、答えに窮したように口元を手の甲で覆っていた。

「さすがに男と寝てたのにはビビったけど」
小声で付け加えられた言葉を聞いて、我に返るジラクだ。
「サーベル!」
咎めるように名を呼べば、彼が声を立てて笑い、
「あ、ミラが呼んでるから俺は行きますね」
手を振るミラの元へと去って行った。

名残もなく遠ざかる背中に寂寥感を覚え、馬鹿馬鹿しいと心の動揺を否定していた。
サーベルのふいに見せる顔は、訳もなく、心を乱す。

本当に。どうしようもないほど。
ろくでもない男だと心の中で悪態を付きながらも、何とも形容しがたい甘い感情に囚われていた。


2023.09.18
今週、更新頑張ったワン(*^-^*)ノ
お気づきの方、いらっしゃるかもですが、モバイル用サイトをちょっと改良しました…!というかメインを変えました!
最近、ちょっと繋がりが悪い?感じで、とりあえず今の所安定してる方にしてみました…。
そしたらね、モバイル用の検索サイトで一部、パスワードが分からずURLを変更できないサイトがございます(笑)
完全移行したかったんだけど、またしても中途半端な感じになってます…(^-^;。分かりにくいサイトでホントごめんなさい状態です(笑)。

そんなでいつも拍手ありがとうございますm(_ _"m)💛
まぁ、今週も更新がんばる予定ではある…(笑)


拍手する💛
    


 ***36***

シヴァラーサ家で一番の早起きはザキであったが、この日も早朝に目が覚めて、そっとベッドから抜け出していた。
外に出れば澄んだ空気が心地よく、日頃は感じることのない潮の香りが異国の気配を漂わせる。
リゾート地特有の空気感は、どことなく哀愁の念を呼び覚ますもので、一面に広がる海の光景がなおさらその思いを強くさせた。

陽が昇り始める時間帯の海は、夕焼けに照らされた景色とはまた違った美しさがあり、それに見惚れながら桟橋へと行けば、
「…」
その場所を占領するように、一人の男がソファで寝そべっていた。

長い脚を投げ出す姿はだらしがない寝姿で、クッションを腹に抱え、乱れた服装で寝入る。こんな場所でよく器用に寝るものだと感心しながら歩み寄って、顔をしげしげと覗き込んだ。
爆睡するジラクは珍しいものでもない。
静かな寝息は深くゆったりとしていて、規則的な呼吸を繰り返していた。

ソファで空いている僅かなスペースに腰を下ろし、ジラクの顔に掛かる金髪を払いのける。
旅行を切り出したジラクにどういう心境の変化があったのだろうと考え、サラの首元で光るネックレスを思い出していた。
まるで恋人から貰った大切な物のように、ジラクからの贈り物を見せてきたサラの嬉しそうな顔を思い出す。その時は何とも思っていない顔で受け流したザキだったが、どうにも釈然としないものを感じていた。

そもそも。
恋人のいる女性にネックレスを贈る心理が理解できない。なぜ、ネックレスなのかと。何の意図も無いならそれはそれでいい。ただ、何の意図もないのだとすると、自分が貰ったアクセサリーもジラクにとっては大した意味が無いということになり、それはそれで矛盾した苛立ちを抱いていた。

それだけでなく、サラと二人で手を繋いで歩いていたという噂まで流れていて、本当に何を考えているのかさっぱり分からない。
ジラクにそんな意図はないと思いつつも、本当にそうなのかと疑う自分もいて、それはジラクの容貌も相俟って余計に疑念が深まっていた。
これだけ整った風貌だ。たとえジラクにその気がなくても、贈り物を貰って何とも思わない女性はいないだろう。
サラを信じているとはいえ、客観的に見れば一人の女性に過ぎず、もしもという仮定が脳裏に過る。

ジラクが本気で彼女を好きなのだとしたら、その時、どう対応すべきなのか。

二人のために身を引くべきか、それともそんな二人を罵るべきなのか。
あの冷血漢の塊のような男が本当に人を愛することができるのならそれは喜ばしいことで、応援したいと思うザキだ。ただ、理想論と感情は別物で何とも言えない破壊衝動が芽生える。
起きてもいないことを考えても仕方がないと頭を切り替えて、深く深呼吸をした。

大陸でも一人しかいないと言われる金の目は今や静かに閉じられ、そこにあるのは穏やかに寝入る一人の男の顔だ。
それでも目を引く容貌には変わりなく、額から鼻筋、そして、唇へと輪郭を辿るように触れる。
薄く開いた唇の狭間で指の背をやんわりと食まれ、その柔らかさに目を瞠っていた。艶やかな桜色は生まれたての赤子のように甘い色で、無意識にその感触を確かめる。
「ん…」
弾力のある唇に、無理やりの行為だと告げたジラクの無表情を思い出していた。
恐らく、身体だけでなく、この唇も穢されたんだろう。それを思うと、腸が煮えくり返るほどの瞬間的な怒りを覚えて、強く拳を握る。
今でも鬱血の痕があるのではないかとふいに心配になって、乱れたシャツを捲れば、そこには白い肌があるだけでホッと胸を撫でおろす。
あれから、どうなったのかといった類の話は一切、聞いていなかった。
「…なんで、…何も言わねぇんだよ…」
空が明るみを増すにつれ、煌めく金髪が美しくて、哀愁が強くなる。

兄弟が、不要なら。
「…、何ならいい?どうすれば、助けになれるんだ」
白い頬にそっと触れて、そう静かに問うザキに答える声はなく。

返ってくるのは規則的な呼吸音のみであった。


*********************


「信じらんね」
ザキの後、起きだしたのはサーベルだったが、ソファですやすやと寝入るジラクを見て放つ第一声はそれだった。
「普通、こんな所で寝る?まさか一晩、ここで寝たのかな」
「うわぁ。腰が痛くなりそう」
ブランケットが掛けられたジラクを見て、ミラが同意する。

そのまま、寝入るジラクを他所に朝食を取る彼らだったが、当然、ジラクが起きる気配は無く、
「マジでよく寝てるな」
朝一に、ザキが座っていた場所、つまりジラクが寝入るソファの僅かに空いた隙間だが、そこに腰を下ろしていたサーベルが顔を覗き込み、脈を確認するように首筋に手を当てていた。
そのまま、慣れた手つきでジラクの髪の毛をかき乱し、今度は乱れた髪を撫でる。柔らかな髪質を指に絡め、まるでペットにするように頭を撫でる様に、
「そっとしとけよ!」
思わず。
苛立つザキだ。

理由はない。

「この程度じゃ起きねぇから大丈夫だよ」
平然と返すサーベルは朝のジラクというものを良く知っていて、触れる手は大胆だ。
それが余計、癪に障る。
「そういう問題じゃねぇんだよ」
ザキの苦言を鼻で笑い、見せ付けるようにジラクの頬から耳朶に触れ、ピアスに刻まれた印をなぞった。
「何が気に食わねぇのか知んねぇけど、毎回、俺に突っかかるの止めろ」
言いながら、触れる手は止まることはなく、
「サーベル!いい加減にしろよ!」
ザキが声を張り上げれば、なおさら面白がるように眺めていた。
「っち!兄貴はてめぇのもんじゃねぇよ!」
舌打ちをしたザキの剣幕にがらりと表情を変え、真意を窺うようにじっと見据える。その顔はミラに見せるような優しいものではなく、戦で人を殺してきたかのような鋭い男の顔だ。
軍歴もあるサーベルは実戦経験もあり、時には非情な場面に出くわすこともあった。そんな経験からすれば、歴もないザキはそこらにいる子どもと大差なく、どんなに彼が怒ろうと恐れる要素は一ミリもない。
「へぇ?」
呟きながら、ザキの目の前でべたべたと無遠慮に触る手には一切の躊躇いがなく、むしろ更にエスカレートしそうな勢いだった。
「っ…!」
そのことに無性に苛立って、ただその手を追及する理由も特になくて、言葉に詰まる。
「すげぇ、怒るのな。何で?」
サーベルの問い掛けに、
「…寝てる所をベタベタ触られるのは誰だって嫌だと思うよ」
柔らかな声が至極、真っ当な突っ込みをする。それから、
「ジラクさんが朝、起きられないのは噂で知ってたけど、本当に爆睡なんだね」
二人の睨み合いの中、呑気にそう続けたサラはそんな感想を言って、にこっと花が開く笑みを浮かべていた。
「私もジラクさんには触りたいけど、そういうのは良くないと思うの」
サーベルよりも遥かに年下のサラが彼の行為を咎めて、ストローを口に銜えながら言った。
ブルー色の飲み物を啜るサラに面食らうサーベルだったが、
「そうだな…、ごめん」
すぐに謝罪して、額の上に置いていた手を引っ込めていた。

乱れた髪がジラクの閉じられた目に掛かる。
これだけ触られても微動だにせず、死んだように寝入っていた。

「まぁ、兄貴が何しても起きないのはいつものことだよ。揺すっても目が覚めないもん。多分、蹴り飛ばしても起きないと思う」
サーベルの行為を特に気にしてもいないミラがそう言って、サンドイッチを口いっぱいに頬張る。
「俺らだけで観光に行こー」
「それもそうだな」
ミラの声にザキが同意すれば、サラとサーベルもそれに同調する。
ラーズルだけが留まることを選択し、他のメンバーは観光に出かけることになった。わざわざここまで来たのだから、無為に時間を過ごすこともない。

もっとも、ラーズルにとってはジラクと過ごす時間の方がよほど有意義なことであった。
出かける彼らを見送って手を振る顔は満面の笑顔だ。広大な美しい海の風景と、ジラクの寝顔は最高の光景で、彼が目を覚ますまでずっとその寝顔を見つめているつもりであった。


それは、ラーズルの今までの人生の中でも、最高に幸せな時間となった。


2023.09.23
私の中では!今週も更新がんばった!つもりです( '-' ;)笑!
ベタベタ触りまくるサーベルが好きです(*´꒳`*)触らずにはいられない。無意識に触りまくると思います(笑)
人の目が無かったらチューもしてると思う(*'−'*)自制しない男、それがサーベルなのだ(笑)。

いつも拍手・訪問ありがとうございます(*ノωノ)嬉しいです💛

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 ***37***



ジラクが目覚めたのは昼前であったが、それは爽やかな目覚めというよりは不快感を伴うもので、
「…起きましたか?」
ラーズルの声と共に、じとりと汗をかくほどの気温の高さを自覚した。
額には温くなったタオルが乗せられていて、氷の解けた飲み物がテーブルに置かれている。
「…」
ぼんやりと昨夜の状況を脳裏に描き、いつの間にか寝てしまったことを思い出すジラクだ。のそりと起き上がり、辺りを見回せば、そこにいるのはラーズルただ一人で、陽は既に高い位置にあった。
どんなに心地よい風が吹こうが、屋外ではさすがに暑い時間帯だ。
汗を滲ませながら、目の前で何もせずに座っている姿を見て、内心で僅かに驚く。
「…暑くないのか?」
思わずそんなことを問えば、当然の如く、
「暑いです」
額を手の甲で拭って、そんな回答が返ってくる。

我ながら馬鹿なことを聞いたと思いながら、なぜ彼がここにいるのか不思議になる。周囲に誰もいない所を見ると他の兄弟たちはどこかに出掛けたあとで、彼だけ残ったことになるが、
「一緒に出かければ良かったのに」
ぼそりと本音を零せば、ラーズルが小さく笑った。
「僕はジラクと出かけたいので」
「俺と行っても、つまらないだろ」
間髪入れずにそう返したジラクは、彼の言葉を深く捉えてはいなかった。
「目立つし、何するにも窮屈だ」
思案するように宙を仰いだあと、気を使うなと告げる。
「…」
その視線の強さを見て、以前のジラクとは違うことを実感するラーズルだ。

今までなら、『気を使うな』という言葉は言わなかっただろう。
それを新鮮に感じると同時に、ジラク自身は昔から変わっていないのだと思う。思いを言葉にしなかっただけで、それを口にするようになっただけだ。
そのことが嬉しくて、
「気を使ってないです。僕がジラクと居たいだけ」
するりと想いが言葉になっていた。
「…」
僅かに無言になったあと、小さく相槌を打ったジラクが、
「変なやつ」
唇に手の甲を当てて、流し目で呟いた。

口元は隠されていて見えない。
ただ、その目が僅かに笑ったような気がして、ゆっくり瞬きをする様を思わずじっと見つめてしまう。

暑さも吹き飛ばすような凛とした気配が柔らかな光を帯びて、存在が輝いて見える。ソファの上で片膝を立て、だらしがなく座るジラクが余りにも神々しくて、いつになく目を奪われていた。
見慣れている姿すら胸をときめかせ、見つめてくる金の瞳は吸い込まれそうな引力を持つ。視線を外すことができずにいれば、訳もなく見つめ合う羽目になっていた。
「…折角だし、浜辺に行くか?海、入ったことがないだろ?」
「え、…?ぜひ…」
断言的な口調で言われて、ジラクにそんな話をしたっけと首を傾げる。
一方、ジラクには彼の経歴がしっかりと頭に入っていた。海とは無縁の出生地は貧しい地域で、魔物も度々出没するような場所だ。ただ学業だけは熱心で、そこの代表者として選ばれた結果、守祭の目に止まって今に至る。
ラーズルの最も秀でている部分はその頭脳にあって、特に財政面に関しては将来的にシヴァラーサ家を担っていく存在と言えた。

ジラクが知っている事に呆気に取られていると、立ち上がった彼が唐突にシャツを脱ぎ始める。
「っ…!」
ラーズルの目の前で平然と肌を晒すジラクは、彼の気持ちなどこれっぽっちも気が付いていない。
男らしい背中には鮮やかな赤い刻印が一面に広がり、白い肌との対比が芸術品を思わせる。脱いだシャツを肩に引っ掛けて桟橋を歩くジラクの後ろ姿は、その上背もあってか、神秘的な気配とは対照的な力強さがあった。

室内へと入れば、後ろを付いてきたラーズルを気にもせずに下着姿になって、ズボンを履き替える。
膝上丈のズボン姿になったジラクが、
「長ズボンじゃ海に入れないだろ?お前も着替えろよ」
何もせずに突っ立っているラーズルを不思議そうに見て、すっかりと準備万端の様子で言った。慌てて答えて、同じようなスタイルになる。

遊泳用のエリアは限られていて、たとえ一面が海であろうとどこでも泳いでいい訳ではない。
泳ぐためには観光客の賑わうエリアに行く必要があったが、特に躊躇う様子もなく遊泳エリアへと向かうジラクを見て、俄かに不安を覚えていた。

ジラクの背中は、誰が見ても『呪い』が事実だと確信させるものだ。それを隠す気すらない姿は清々しいものではあったが、世に出回る悪い噂を知っているだけに、これ以上、悪評が増えるのもまずいのではないかと懸念していた。
ジラクが敢えて人混みのあるエリアに行く理由は、ラーズルのためでしかない。
その事実にじんわりと胸が暖かくなって、起きてもいない心配をするよりも、ジラクの想いを素直に受け取るべきだと邪念を振り払う。
そんなラーズルの心配も、いざ観光客の賑わう場所へと辿り着けば、全てが吹き飛んでいた。


燦々と降り注ぐの陽の下で金髪は一段と輝き、とにかく目立つ。まずそこに目が行き、次いで整った容貌に視線が釘付けとなった。それだけでなく、均整の取れた肢体はその背丈に相応しく程良い筋肉が付いていて、スタイル良さを強調していた。
ジラクに気が付いた観光客の声にならない悲鳴は想像を絶するもので、みな一様に道を空けて距離を取る。悪評どころではない騒ぎで、チラチラと視線をよこしては逸らして、の繰り返しとなっていた。

「冷たくて気持ちがいいな」
じゃぶじゃぶと波を掻き分けて海へと入っていくジラクは、周囲のそんな動揺には無頓着で、膝下まで水に浸かって、ラーズルを振り返りながら言う。
「凄い…。魚が!…魚がいますよ!あっちにも!」
底砂まで見えるほど透き通った海は非常に穏やかで、浅瀬でもカラフルな魚たちが優雅に泳ぐ。
ラーズルが子どもみたいにはしゃいで、魚を追うように波を掻きわければ、ジラクがその後を付いていった。


水も滴るいい男とは言い得て妙で、ジラクという男は普通に立っているだけでも目が眩むほどの美貌だが、水に濡れて髪をかき上げる姿は垂涎もので、好奇の視線が熱を帯びる。
引き締まった体躯は肩のラインからウェスト、腰骨まで優美なシルエットを描き、男らしさの中に甘さが混在していて、それだけでなく、水に濡れた半ズボンは重力でずり落ちて、無防備にも黒い下着がチラ見えしていた。
白い肌と黒のコントラストが生み出す衝撃は凄まじい威力で、観光客の心を鷲掴む。それは男女問わず、見た者に背徳心を抱かせ、そこにただ居るだけで風紀を乱す存在といっても過言ではないほどだ。

それこそ、ジラクに纏わる悪評など吹き飛ばすほどの魅力で、呪いの証とも言うべき背中の刻印すら美しい。
そして、それだけの刻印を背負いながらも、平然としているジラクの精神力に息を飲んでいた。

事実、そこに居合わせた観光客はかなり幸運と言える。
わざわざシヴァラーサ家の屋敷まで観光に来る者もいるくらいなのだから、偶然にもジラクを、そして日頃はお目に掛かれないような姿を見れたことは相当、運がいい。

様々な感情が入り混じる視線の中、仲睦まじい様子で海の中を指さしたりする二人に、羨望の眼差しを送る観光客であった。


*********************


結局、二人が浜辺にいたのは数時間程度であった。時間が経つにつれて急激に人が増え始め、日没前には退散を余儀なくされていた。理由は言うまでも無くジラクの存在のせいだが、海とジラクを満喫できたラーズルは大いに満足していた。
「楽しかったか?」
ジラクの問い掛けに大きな頷きを返す。
観光客の煩わしい視線は多かったが、売店で串焼きを買って食べたり、浜辺で砂遊びをしたりと、今まで経験したことのない事をジラクと一緒にできて、幸せ一杯であった。
「沢山、思い出が作れました」
満面の笑みで答えるラーズルに、ジラクがそうかと呟きを返す。
それは、いつもの突き放すような冷たい声ではなく、どこか温かみのある声で、隣を歩くジラクの横顔を見つめた。

濡れた金髪は美しく煌めき、暑さで僅かに上気した頬がいつも以上の色気を醸す。
いつもは冷たいジラクの肌も、今は人並みなのではないかと思い、その肌に触れたくなっていた。

日に焼けて赤くなっているラーズルとは違い、ジラクの肌は白いままだ。この暑さの中でも涼感を保つ姿は心地よく、それとは正反対に、邪な妄想を駆り立てる。
素足にサンダルを履いただけの足元はこの上なく無防備で、長くすらりとした脚は、触れたくなるほど綺麗な形をしていた。
意識するまいと思っても時すでに遅く、露出した肌を急激に意識し始める。

そのまま悶々としたまま宿へと戻れば、他の兄弟たちは既に帰ってきていて、山盛りのフルーツを片手に盛り上がっていた。
「戻りました」
ラーズルの掛け声に顔をあげたザキは一瞬、真顔になり、それはすぐに片笑いにとって変わった。
「どこに行ったのかと思ったら、海に行ってたのかよ」
「え?ずるい」
咄嗟にそう零したのはミラで、言った当人ですら何がずるいのかよくわからず、首を傾げる。追求すると変な感情に行き付きそうで、考えるのを止めれば、
「魚が沢山いて凄かったですよ!ね、ジラク!大きいのもいましたよ!こんなの!」
珍しくテンションの高いラーズルが、手振りをしながら隣を仰ぎ見て、はしゃいでいた。それを意外に思っていると、
「ん…、だな」
ジラクが小さく相槌を返す。
「…」
いつもと同じ冷たさで、その瞳は澄んだ色を浮かべたままだ。
それなのに。

ふわりと花が開くような甘さを漂わせ、その露出の激しい恰好のせいか、
「っ!」
唐突に何度目か知れぬ劣情を自覚するミラだ。
思わず、なんで?と自分に問い掛ける。
そんなミラの気も知らず、売店で購入した大判タオルで顔を拭ったジラクは、濡れるのもお構いなしに隣に腰掛けて、
「潮でベタベタだな」
呑気にそう呟いていた。
「兄貴!濡れるし、そう思うならシャワー浴びてきてよ!」
八つ当たりに近い心情で苦情を言えば、ちらりと視線を投げたジラクが次いでラーズルを見て、先を譲る。
洒落たソファの上で膝を立て、ミラの皿に盛られたフルーツを手に取った。
「濡れたって別にいいだろ?そういう造りなんだから」
舌先に赤い粒を乗せて、苦情を聞き流す。
実際、リゾート地のそこは土足のまま好きに出入りが出来る構造になっていて、床は濡れても拭けば済む材質で作られており、絨毯は敷かれていない。そして備え付けの家具はいずれも防水加工の施された天然素材で、ソファも同様に植物から織り込まれた材質で作られていた。
「うわぁ!俺のっ!」
奪い取ったフルーツを咀嚼する様を見て、ミラが叫ぶ。
「夕飯。美味しいものを用意したから、それでいいだろ?」
そう答え、再度、ミラの皿に手を伸ばすジラクは意外にも持て成し上手で、既に特産品のフルコースを予約済みであった。
その準備の良さに全員が舌を巻く。
そのまま、タオルを中途半端に肩にかけた状態で、彼らの会話に参加するジラクだ。

その姿は、海水浴から戻ってきた男がソファで寛いでいるだけの至って普通の姿で、取り分けおかしな格好でもない。
だが、相手はジラクだ。
観光客を惑わせるのと同様に、平常心を無駄にかき乱してくる。
サラは全くジラクを見ようとはせず、顔を赤くしたまま俯いていた。そんな様子に気が付かないザキでもないが、このジラクを前にしたらそれも致し方ないと諦めモードで、そうは思いつつも早くシャワーを浴びて着替えてくれないかと内心で願う。
対するサーベルは至っていつも通りで、露出の激しいジラクを前にしても平然としていた。

目のやり場に困った時間は僅か15分程で終わり、さっぱりした顔でリビングに戻ってきたラーズルがまるで天使のように思えたのはミラだけではない。
シャワーを浴びに行くジラクの背中を見送りながら、複雑な感情を抱く各々だった。



2023.09.30
今週も。中々更新がんばったんじゃないでしょうか(笑)。
露出は全く気にしないジラクです(*^-^*)💛
自分の容姿が目立つ自覚はあれど、それがどうだとかそんなことには無頓着なのだ〜♪

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 ***38***

宿では個室が用意されていたが、ジラクはその日も外のソファに寝そべっていた。夜空を身近に感じる静けさは、心が落ち着くもので、思考を整理するのに丁度良い。
頬を撫でていく風も心地よく、目を瞑りながら、久しぶりに覚える飢餓感をやり過ごしていた。

美味しそうに夕食を取っていた彼らを思い出して、心が満ちる。
腹も心も満ちているのに、体の奥底から突き上げるような飢餓だけは癒されず、疼く歯を宥めるように舌で触れる。
ふと。
黒龍石のことを思い出して、あの赤い瞳に会いたいと思っていた。
空に浮かぶ天体と同じように、彼の禍々しい赤はより美しいと思うくらいで、そんな自分の心を疑う。

今、どうしているのだろう。
そう思うと同時に、
「っ…」
貫かれた心臓が激しく脈打って、洩れそうになった声を辛うじて堪えていた。唇を引き結び、手の甲で強く抑えつける。全身がゾクゾクとざわめいて、得体の知れない何かが体内を駆け巡っていった。
痺れるような強い飢餓感に、太ももを擦り合わせていると、
「まさか、今日もここで寝るつもりですか?」
「ぅ、ぁ…ッ!」
唐突に声を掛けられて、飛び上がらん勢いで驚いていた。

全身が揺れているのではと思うほど激しく高鳴る心臓に呼吸が乱れ、頬が染まっていく。
「…別に、どこで寝ようと構わないだろ」
冷静を装いつつ返せば、サーベルが目を丸くした後、鼻で笑った。

見透かされたことに気が付きながら、それを敢えて追及するのも癪で、
「お前こそ、こんな時間に何してんだ?」
逆に問い返せば、予想外にも真面目な顔を浮かべていた。
「何となく?…眠れなくて」
言いながら対面のソファに腰掛けて、両膝に肘を乗せ身を乗り出すようにジラクを見つめる。

空に浮かぶ天体からは淡い光が放たれ、世界を優しく照らしていた。
静かな夜に響く波のさざめきが全身を包み込み、まるで、この世界にただ二人っきりで取り残されたかのような不思議な感覚に陥る。
淡茶色の瞳が夜の光を反射し透明感を増すのを見て、目を逸らせなくなっていた。

そうして。
見つめ合ったまま、長い静寂が続いていた。

ついには、一言も喋らずに見つめてくる男に耐えられなくなって、
「そんなに見られたら眠れなくなる…。用が無いなら戻れ」
強い視線を引き剝がすように、ふいっと顔を背けて伝えれば、サーベルが小さく笑っていた。
「何か意識されてるみたいで、照れるな」
「っ…!」
呟く言葉は冗談風で、されど声音は本気のトーンであった。
実際のところ、全く意識していないかと言ったら否で、そっぽを向いて顔を腕で隠すジラクの頬がほんのりと染まる。
「馬鹿なことを。お前と話すと本当に腹が立つ」
「ふーん?」
突き放すようなジラクの冷たい言葉に、サーベルは嬉しそうに相槌を打って、
「それは自惚れちゃうなぁ」
ははっと声を立てて鼻の下を指で軽くこすった。
口元を隠すように笑って、ソファの背もたれに両腕を回してふんぞり返る。
「今の会話のどこに自惚れる要素があるんだ。お前と話すと苛々するって言ってるんだぞ」
「ん?うん」
ジラクの苦言も軽い相槌で流し、波の音を聞くように目を閉じて耳を澄ましていた。

ゆりかごのように、寄せては返す波の音が心地よく、ざわめく神経を癒す。
再び続く静寂に、サーベルの様子が気になって、ジラクが視線を向ければ、
「昔を思い出しますね。ジラクさんは覚えてないかもしれないけど…」
空を仰ぐように天井を見つめていた彼が静かな声でそう呟いた。

懐かしむ声音から、切り出した話が冗談の類ではなく真面目な話だと分かる。
「…何時の話だ。俺はお前との思い出なんて持ってない」
「ははっ。随分な言いようだ」
「本当のことだろ。お前は大体、酒場でいつも女性を…、」
唐突に立ち上がる相手を見て、言葉を止める。
僅かに警戒したジラクが、上体を起こそうとした時には既に遅く、
「っ!」
「…妬いてるみたいな言葉。言うの止めてもらってもいいですか?」
ジラクの寝そべるソファに腰を下ろしたサーベルが、逃げ場を奪うかのように両手を顔の横に付いて、覆い被さっていた。
「俺に気があるんじゃあないかって、本当に自惚れる」
「は…、何、馬鹿なこと…」
「そういう顔も。ふいに見せて、」
するりと首筋を撫でられて、ゾクゾクと身体が震えた。
「そういう顔って、っ…、お前が、変なことをするからだろ!」
戸惑いを宿すジラクの目は僅かに揺れていた。瞳が小さく揺れ動く度に甘い光を宿して、色気を振りまく。そんな自分の状態は知りようもなく、
「サーベル!いい加減に、…しろ!こんな所で…」
肩を押し退けて突っ撥ねようと藻掻けば藻掻くほど、髪は乱れ、服が肌蹴けていく。
「こんな所で?…何を想像してるんですか?」
そう言って、小さく笑うサーベルの口元には嫌らしい笑みが乗っていた。目を眇めて問い返す顔は獰猛さを宿す男前で、町一の女誑しと評されるだけのことはあり、色恋に長けた者が醸す気配は途端に甘ったるいモノへと変貌する。
それを間近に受けて、良からぬ雰囲気に飲み込まれるジラクだ。
「…、っ…」
「そういえば」
ふと思い出したかのように言って、
「ジラクさんは男とも経験があるんだっけ」
脇腹から胸元まで一気にシャツを捲り上げた。
「な、っ…、!?」
肌を撫で上げる感覚に思わず背を反らしたジラクは、胸筋を突き出し、敏感な身体を持て余したかのように小さく身体を震わせる。それは意図せず誘う姿態で、淡く色づく胸の突起は上を向き、触られることを淫らに強請っていた。
「お前、まだその話…、ンぁ、…ッ!」
クレームの途中で胸元に刺激を受け、言葉を飲み込む。
サーベルの筋肉質で硬い身体はいくら押したところで効果も無く、むしろ。
「ほんっと。快楽に緩々だなァ…。なんか意外つーか…予想通りつーか…」
まるで正反対の言葉を言いながら片手首を掴み取ったサーベルが、更に体重を掛けるように圧し掛かれば、完全に抵抗の手を奪われていた。
「ッ…ンぐ…、っぅ…!」
本当に腹が立つ男だと心が荒波立つ。
掴まれた手を振り払おうと力を込めても、握りしめた拳が震えるだけで、完全に力負けしていた。そのことがこれほど腹立たしい男もいないだろう。サーベルにだけは負けたくないという思いがあり、
「んぅ…!…っ…、いい加減に、しろ!」
声を張り上げれば、
「ははっ。そいつにもそんな顔見せんの?」
ずいっと顔を近づけて、額をごつんとぶつけた。
「妬けるなァ。なぁ?パトロン?金の援助でもして貰ってんの?」
「ンっぁ、っゃ、…めろ!」
胸を刺激され、甘い痺れが馬鹿みたいに頭を支配する。他の相手には感じないもどかしさに、足先が震え、熱を孕む身体を自覚していた。
「っ…」
このままではまずいという意識ばかりが先行する。事実、まずいだろう。
どう考えても良くないことだと思いながら、
「なぁ?キスしていい?」
サーベルから飛び出たド直球の言葉に、鈍器で頭を殴られたかの如く、ぐらりとした。
「…!」

衝撃の余り、息が止まる。
飢餓が嬉々として全身を駆け巡り、甘い誘惑が思考を占領していった。
身体中を満たすサーベルの濃厚な生命力は今でも記憶に新しく、想像するだけで身体が芯から昂るほど欲するものであった。
「ッ…、っぅン…、っだ、めだ…!」
顔を背け、拒絶すれば、
「…」
僅かな無言が返ってくる。
そうして。
「そんなに欲情した顔されるとは、…予想外だけどな…?」
ぽつりと呟いたあと、唇ではなく首筋に下りてくるキスに、安堵と共に落胆していた。
それでも、触れるだけで感じ取れる生命力に心が震え、満ちる。
「っぁン、ぅ…、やめ、ろって!」
拒絶を返しながら背を反らせる身体は言葉とはまるで裏腹であった。
襲い来る甘言が、振り払っても振り払っても纏わりつき、期待が快楽に変わる。

欲しい。
サーベルの、何もかも。
ただ、ひたすらこの男が欲しくなって、身体が自制できなくなっていく。

「よせってッ…、ン、…、っぁ!」
喉仏を唇で吸われ、ビクビクと震える身体はまるで果てた後かのように全身が敏感になっていて、簡単に甘い声を洩らしていた。頭の中はサーベル一色で埋まっていき、抗っていた手はいつの間にか、首へと回される。
ちゅうっと鎖骨の下を吸われ、
「ぁっ…、──したい…」
ポロリと零れた言葉はジラクの意識外で、瞳はとろりと蕩け、いつもは冷たい色を浮かべる金色が淫らな甘さを宿していた。
唇を薄く開いて舌を覗かせる。
「…俺を女誑しって言うけど、ジラクさんは十分、男誑しだよな。…そうやって、いつも誘ってんの?」
「っ!」
サーベルのじとりとした欲の混じる声を聞いて、呆けた頭が僅かに冷静さを取り戻し、
「ど、け!」
油断する彼の腹を蹴り付ければ、逆に掴み取られて肩に担がれる始末で、
「サーベ、ル…」
それがどんなにやばい状態か、さすがのジラクでもよくわかっていて、警鐘が鳴っていた。
鼓動が高鳴り、間近で薄茶色の瞳と見つめ合う。

互いが互いの存在に煽られて、唇が近づいていく。
見つめ合ったまま混ざって溶け合うような感覚の中、僅か数センチの距離で、
「ッ…!」
唐突に点いた宿の灯りに、一瞬で現実に引き戻されていた。

サーベルの反応は早く、舌打ちをしながらジラクから離れる。
「…確かに、『こんな場所で』ですね」
大きく溜息を付いたあと、余裕のない笑みを浮かべて、そう言った。
「…は、っ、…。こんな場所じゃなくても、変なこと、するな…」
誰だか分からないが、助かった。というべきだろう。

乱れた服を正して、ジラクが身を起こす。
気を抜くと、再び飢餓が頭を焦がしそうで、サーベルから視線を逸らせていた。
荒い呼吸を気付かれないように口元を手の甲で覆い隠し、肩で息をするジラクは、誰がどう見ても欲情を持て余した姿で、
「…、部屋で寝た方がいいと思いますよ」
さすがのサーベルもこんな状態の彼を見て見ぬ振りは出来なくなって、そう助言していた。
「余計なお世話だ。お前に言われなくてもそうする」
返す言葉はいつもの通りの冷たさであったが、声音は熱を孕み、逸らされた瞳は潤んで甘い色を放っていた。
「じゃあ、俺は先に戻ります」
これ以上ここにいるのは目に毒だと判断して、あっさり背を向けるサーベルに対し、ジラクは無言を返す。

口を開くと、ろくでもない言葉を発しそうで、唇を引き結んだままであった。
「っ…」
しょうもない飢餓感に眩暈がするほど幻滅し、なぜ、サーベルにあんな言葉を言ってしまったのかと自責の念に駆られていた。幸いなことに、相手は本気にしていなかったが、それでも。
『キスしたい』なんてどうかしてると自覚して、頭を振る。

首筋に手を当てて、静かに潮風を感じれば、
「は…、…っ、…」
ほんの僅かに熱が治まったような気がして、吐息を洩らす。
唇を指先でなぞり、されなかったキスを想像して、ゾクゾクと身を震わせていた。


2023.10.08
いつも訪問ありがとうございます!

無茶苦茶イチャラブでもう完結目前なのでは…('_')?!(え?)
まぁあまりジラクのことを書くと、無意識にネタバレになるといけないので、この辺にして…(笑)

ゆいさん、お久しぶりです〜〜(*´꒳`*)ノコメント凄く嬉しいです💛
またまた読破ありがとうございます(笑)!あの量、結構大変じゃないかなぁと自分の小説だけど思います('w'*)笑!そんなに気に入って貰えると凄い嬉しいです(*'o'*)!!
完結まで2年くらい(?)掛かったので、中々大変でしたけど、楽しめるものになってて良かったです(..>᎑<..)!
他の小説もゆいさんのお気に入りになってて光栄です(#^.^#)ノ
中々、好みのドンピシャ作品って無かったりするので、ホント嬉しいですなー(*´꒳`*)💛
また是非、来てください〜〜♪
拍手する💛
    


 ***39***

翌日の午前も兄弟たちに置いていかれたジラクであったが、そのこと自体は気にしていなかった。一日中別行動でもなく午後には戻ってくることもあって、感情的には一緒に旅行に行ったという事実があれば十分であった。

実際、飢餓状態が深くなればなるほど接触は避けたいという思いもあり、全員で街を散策するとなった時には無意識にサラの傍にいた。
人間の生命力を読み取れるようになってから分かったことの一つとして、個人によりそのエネルギーは多種多様に存在するという事実だ。
流れ方や色、そして強さが違うことに気が付いて、意識せずとも観察してしまう。町民、酒場の人、すれ違う人々、そして兄弟たち、それはただの好奇心ではあったが、中でも特にサーベルのモノは『好み』の部類に入ると自覚していた。
色で言うなら黄金に近く、流れは非常にゆったりで力強い。
夜光に誘われる羽虫の如く、本能に訴えかけてくるその引力に抗うのは中々至難の業で、別のことで気を紛らわせるしか出来なくなっていた。
それに対し、ミラやラーズルの生命力は一般的であり、健康的な白い色をしていた。落ち着く色と言えば落ち着く色で、抗えないというほどの引力は無い。
そしてサラは、驚くほど非常に静かな生命力の持ち主で、色は無色に等しく、通常は僅かに発光しているように感じるそれも、彼女のものはそうでもなく、それがどういう意味を持つのかは分からないが、とにかくジラクにとって無害であった。

そうしたこともあり、サラの傍にいるジラクは自然と、土産市で商品を見ては何気ないことで彼女に話しかけていた。
ジラクとサラの年齢差で言えば、十近くは違う。ジラクにとってのサラは、同じ町に住む昔馴染の子どもと同義で恋愛対象というより守るべき対象だ。そしてサラにとっても、昔から町にいる格好いい頼れるお兄さんという感覚ではあったが、傍から見るとそう単純なものでもなく。
「…」
明らかに苛立っているザキをミラが心配そうにチラ見していた。

ジラクがテーラに対しての態度がとことん甘いのと同様に、サラに接するジラクの対応は、その他大勢の者と同じかと言ったら否で、甘い対応に入る。
実際、近しい距離でサラを見つめる金の瞳は柔らかな光を宿し、日頃の冷淡さは皆無であった。
今にも肩に手を回しそうな勢いで甘ったるい気配を垂れ流す二人に、彼氏としていい気がしないのは当然の感情だろう。
「何…。兄貴、どうしたの?」
小声でサーベルに問い掛けるミラの疑問も尤もで、
「さぁ?」
サーベルも同様に首を傾げていた。
二人の囁くような呟きがザキの耳に届き、より苛立ちを深める。

「サラ!いつまでそれを眺めてるんだよっ。こっち来い!」
彼女の手を掴んで強く引っ張れば、
「え…、でも…」
何が、でもなのか、気を使うようにジラクを見たサラの指を強引に絡め手を繋いだ。
突然のザキの行動に驚くジラクであったが、それは表情には出ない。それよりも。
サラを搔っ攫うように連れていく後ろ姿に、
「…っ」
喉が鳴っていた。

ザキの生命力の色は、黒だ。
まるで激しく燃え盛る炎のような黒いエネルギーは見たことがないモノで、サーベルとは別の意味で何かやばいものだと感じていた。
涎を垂らす空腹の獣さながら湧き上がってくる渇望に、声が洩れそうになる。
身震いを何とかやり過ごしてサラの気配を追えば、昂った身体が冷静さを取り戻すというもので、
「…」
誰にも悟られないように、静かに息を抜いていた。


2023.10.15
文字数500〜1000文字だとなんとなーく楽ですね(笑)。書きやすいというか…(*´꒳`*)。ショートストーリーだけにする予定だったけど、ふつーにアップする小説、500〜1000になりそう(;;⚆⌓⚆)!今まで一応、これでも一応ね、読み応えというか、そういうのを意識してはいたのです…。それで3000文字は書くようにしてたんだけど、意外に疲れてたりすると3000文字が行かないんだよね…(笑)
頭がぼんやりして進まないというか(;^ω^)ぐふ…。
まぁ言い訳は置いておいて…!

今回、文字サイズを変更する仕様にしてみました!ページの一番上に設置してあるので、良かったら使ってみてください☆彡
どうだろう?変な不具合起きてないですかね(;^ω^)?イマイチだったら撤去します(笑)
色々、時代に即したサイトになろうと頑張ってはいます(^^)/笑

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 ***40***

厄介ごとというのは続くもので、ニンザを出たあと、次の目的地ユゼへと向かったジラクらだったが、町は大騒動に見舞われていた。
丁度、特急が停車すると同時に閉鎖され、緊急のアラートが鳴り響く。
それは大陸でも共通のアラート音で、そのエリアが危険に晒された時に流されるものであったが、突然の事態に混乱した人々は逃げ惑い、ちょっとしたパニックになっていた。
警備兵が大声を張り上げながら避難エリアへと誘導し、落ち着くように声を張り上げる。
すぐに守祭がやってくるという言葉を繰り返し、人々を安心させようとしていた。


アラート音を初めて体験したミラは不安一杯の表情で周囲を見回したあと、どうすべきか指示を煽るようにジラクを見つめていた。
「俺らも皆に従って、…」
サーベルがそう言おうとした時、ジラクがすたすたと逃げ惑う人々とは正反対の方向へ進んでいく。
「っ…、ジラクさん!」
「お前らは避難してろ」
冷たい声でそう言う背中はいつもと全く同じであった。鳴り響くアラート音すら日常のものかのように至極、落ち着いた態度で、何の準備もせず進む足取りは微塵の恐怖も感じない。

ユゼの入口となるその町は、小さいながらも遺跡目当ての観光客も多く、寂れた土地の割には人が多い。そうであるのに、大都市のような設備がある訳でもなく、古びたターミナルは守祭が張り巡らせた結界に守られてはいたが、大々的なものではなかった。
そして。
その結界はいま正にバチバチと激しい音を立て、何者かによって破られようとしていた。

鋭く巨大な爪が結界の隙間から顔を覗かせる。誰がどう見ても、結界はまるで意味を為さず、紙屑同然にいとも簡単に引き裂かれていった。それだけ侵入しようとしている魔物の力が強大だということを示しているが、その恐怖と言ったら、言葉では言い尽くせないだろう。

この場に集まっている人々の多くが優雅な観光気分で来訪しているのであって、突然、降って沸いた災害に為す術もなく、忽ち大きな悲鳴が広がる。
それは魔物を助長する餌に過ぎず、尖った歯がびっしりと並ぶ口がにたりと残忍な笑みを浮かべ、ずしりと中へ足を一歩、踏み出す。頭頂部に一角を携えた二足歩行の巨体が大気を揺さぶる勢いで咆哮した。
周囲を数匹の四足獣が付き従い、ねばついた涎を垂れ流す。

守祭はどの地区にも点在していたが、緊急時にすぐに駆けつけられるかと言ったら、必ずしもそうでもない。
警備兵の声すら届かないほどの悲鳴で混乱を極める中、
「ッ…兄貴っ!やめろっ!」
ザキの呼び声も虚しく喧騒に消え、進む足を止めることはできなかった。
駆け寄ろうとするザキを無理やり抑え込むのはサーベルだ。
「お前が行ったって邪魔だ!」
「…!」
その言葉に、ハッとして動きを止めていた。そうこうしている間にも、ジラクと魔物の距離は迫っていて、
「騒がしい」
溜息交じりの小さな声で呟くと同時に、両手が発光し、魔物に向かって円を描くように一瞬の内に広がって行った。

魔物へと歩み寄っていくジラクの靴が音を立てる。
輝く金髪の存在に気が付いた人々が逃げ惑う足を止め、振り返っていた。

グルグルと唸る魔物が歯を噛み締め、何かに抗うかのようにガチガチと大きな音を立て歯ぎしりをしていた。瞳は真っ赤に血走って憎々しげにジラクを見つめながら、振り上げようと掲げた太い腕は宙に固定されたかのように止まったままで、
「自害しろ」
ジラクの冷めきった静かな声に、カッと目を見開き、低い唸り声を上げながら自らの手で血しぶきを上げた。
巨体が、ゆっくりと後ろへと倒れこんでいく。付き従うように周囲を取り巻いていた四足獣がキャンキャンと子犬のような悲鳴をあげて逃げていく。
それを見逃すジラクでもなく、素早い動作で印を結ぶと同時に彼らの頭上に光る輪が出現し、苦し気な断末魔をあげながら跡形もなく姿を消した。

後に残るのは耳が痛くなるほどの静寂であった。
沈黙する塊からは黒い血だまりが広がっていき、ジラクの靴を濡らしていく。
封魔獣を呼び出すこともなく、守祭の補助も必要とせず、そして身一つで魔物を制圧する姿に、誰もが息を飲んでいた。

黒く汚れた顔を袖で拭い、兄弟たちの元へと戻ってくる頃には人々の呪縛も解けたあとで、口々に謝礼を述べる。
放蕩息子やら、シヴァラーサ家は名ばかりやらと言った噂はよく聞けど、生身のジラクと会ったことのある者は少なく、ましてや封魔士としての実力など分かりもしない。
目前で、それもここまで圧倒的な力量を見せ付けられれば、シヴァラーサ家への心象もぐるりとひっくり返るというもので、誰もが尊敬の眼差しでジラクを見つめていた。その視線の強さは、一緒にいる兄弟たちが居心地悪くなるほどであった。
「行こう」
彼らの視線など意に介さずに平然としているジラクは、悪意の眼差しにも羨望の眼差しにも無頓着で、黒く濡れた服を気にしていた。
「なにしたの?」
ミラの素朴な疑問に、
「強制的に俺の封魔獣にした」
容易いことかのように答える。
それがいかに難しいことか、ミラですら分かっていた。

ましてや意思に反して自害させるとなれば、相当の征服力が必要になる。
それを息をするかの如く平然とやってのけたジラクに寒気を覚え、初めてジラクの封魔士としての側面を垣間見た気がしていた。
兄としてのジラクと、封魔士としてのジラク、それはどちらも同じなのに全く別人で、後者は頼もしくもあり畏怖の念を抱かせる。
そして黒い血で汚れたジラクを見て、無性に居たたまれない気分になっていると、ようやく到着した守祭の一団が慌ただしくやってきて、すぐにジラクの存在に気が付き嫌悪を浮かべた。
状況確認をした後、ツカツカと歩み寄ってきて、
「一応の謝礼と報奨は送っておきます」
統率者と思われる男が眉間に皺を寄せながら言った。
「別にいい」
返すジラクは素っ気ない態度で、これ以上時間の無駄をしていられないとでもいうかのように背を向ける。
呆然とする兄弟たちに、早く行こうと声をかけて、何かを言いたげにしている男を振り返りもしなかった。

シヴァラーサ家と守祭の間に確執があることは周知の事実だ。
ジラクの背を睨むようにじっと見つめる男にミラが頭を下げ、先を行くジラクの後を付いていく。
守祭の到着に安堵の顔を浮かべた人々が、彼がいて良かったと方々で呟くのを不思議な気持ちで聞いていた。


2023.10.21
40話かぁ…(;^ω^)うぐ…
というか恋愛…(^▽^;)?恋愛ってなんだっけ?
…BとL?…
なんだっけ、それ…(^-^;笑

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*** 41〜 ***