【総受,クーデレ,冷血,無表情,呪われ】

 ***11***


周りにいた人々がマストーラの誘い言葉を聞いて一斉に視線を寄越す。
好奇心の視線が刺さる中、
「悪いが、やらない」
冷めた声でばっさり断って、握手の手を振り解くジラクだ。
「…そう言うと思ってました。あなたは封魔士業してないですもんね。家柄に見合う自信が無くても当然です。別に恥じることじゃないですよ」
ふう、と白々しく溜息を吐き、気の毒にと肩を竦める。

多くの封魔士がそうであるように、マストーラもシヴァラーサ家の名声にはうんざりしていた。
どんなに実績を積もうと、シヴァラーサ家の評価は変わらない。いつでも『大陸一』と謳われ、それは封魔士業をしていない現当主であっても、変わらなかった。

封魔士業をしていない男がなぜいつまで経っても大陸一として名を馳せるのか理解できないマストーラだ。
機会さえあれば、そんな幻想を抱く世間の認識をぶち壊したいと常々思っていた。
その類の感情は多くの封魔士が抱くもので、マストーラ特有の思考でもない。

「あなたがそうやっていつも逃げるから家柄の重圧が付いて回るんですよ。一層、完敗でもしてみればどうですか?そうすれば、あなたもシヴァラーサ家に囚われずに済んでスッキリすると思いますけど」
尤もらしい甘言でジラクを誘い、
「ね、ガラルシア王子!王子もそう思いますよね?」
ほぼ強制とも言うべき口調で同意を求めた。
「まぁ、な…」
ちらりとジラクを見て歯切れが悪く同意する。
「実はもうミザリア王の許可は取ってるんですよ!王女も興味あるみたいで、祝い席の余興にどうですか!」
「お前な…成婚パーティですべきことじゃないだろ」
準備万端というべきか、ノリ気満々で身を乗り出して目を輝かせるマストーラに対し、ガラルシアは呆れ顔だ。
黙って成り行きを見守っていたラグナスだったが、
「マストーラの言葉も一理ある。シヴァース。やれない理由なんて特に無いだろう?こういう余興も交流の一つだ」
「…!」
ドンと強い力で背中を叩かれて、ジラクが反動で前に押し出されていた。
交流を求めてここにいる訳ではないのに何故かそういう体にされて、意味を問うように視線を送る。それをウィンクで流して場を取り仕切るラグナスは手慣れたもので、演奏を止め簡易的な余興の場を作り上げていた。

模擬戦といっても、それにはいくつかの種類があった。
まず封魔士の基本的能力として魔物征服力というものがあるが、これは生まれ持った素質によるものと鍛錬による習得、そして知識による技術的な制圧があった。
この魔物征服力を競い合う模擬戦と、それよりも一歩進み、魔物を使役する能力を見る操作力、そして、もっとも危険が伴うのが実戦想定の対人戦となるが、対人戦は正式な会場でしか認められず、封魔士同士が手軽に申し込みを行う模擬戦とは基本的に魔物征服力を指す。
血を見ることもなく見世物としても盛り上がり、仮に負けたとしても実戦とは異なるものという扱いがあってか、互いの名誉を大きく傷つけることはない。
封魔士同士の力量を知っておくことにも意味があり、交流を深める目的で模擬戦が申し込まれることも珍しいことではなかった。

通常、模擬戦では公平を期すために第三者が同一種の封魔獣を提供し勝負を行うが、
「ガラルシア。貸してやれ」
丁度おあつらえ向きのように適任者がいた。
「相変わらず強引ですね。どういう意図ですか」
やれやれと呆れながら両手を広げ、呼び出しの言葉を唱えれば光り輝く円陣が足元に現れる。
自分が契約している封魔獣を呼ぶには一定条件が必要だが、魔物のランクや信頼関係のレベルによっては契約の印を唱えるだけで呼び出すことができ、
「おぉ!」
何もない空間に突如として現れた2頭の魔物に周囲から歓声が上がっていた。
それはよく使われるありきたりな四足獣で、戦闘用として高く評価されている種だ。鋭い爪に頑丈な骨格、大きな牙を持つ恐ろしい見た目だ。
それに反し、ひとたび服従すれば主には従順で、それが封魔獣として好まれる理由の一つでもあった。

魔物に対する人々の認識は複雑なもので、討伐すべき天敵であると同時に、封魔獣は好意的なものとして受け入れられている。それは魔物の存在が強大過ぎることにあり、結局、人の力だけでは討伐できず、強大な力に対抗するには同じ魔物の力を借りるしかなかったという歴史があるからだ。

契約者であるガラルシアの指示を大人しく待つ姿はしっかりと調教された獣そのもので、彼の力量を窺わせるものであった。
生まれ持った才能が絶対の守祭とは違い、努力でいかようにもなるのが封魔士で、ぽっと出の新人が名を轟かせることも珍しいことではない。地位や家名がなくても己の力さえあれば、のし上がることが出来る、ある意味、それだけ夢のある職業でもあった。

ガラルシアが出した一頭の魔物に服従の言葉を掛ければ、難なく獣が彼に従う。
大人しくマストーラの足元でお座りをするのを見て、周囲から大きな歓声が挙がっていた。

一方、ジラクはといえば心底どうでもよさげに冷めた表情を浮かべ、まだ年若いマストーラの顔を見つめていた。
実際、負けて名声が下がろうと、父の実績に傷がつく訳でもなく、どうでもいいというのが本音だが、
「ジラク。お前も服従の印をしろよ。始まらない」
ガラルシアに催促されて、逃れられないことを知ったように軽く息を吐いた。
「まさかそれすら分からないとか、」
「先に言いますが、俺のせいじゃないですよ」
「…?」
一応の忠告をする。
残った一頭に視線を送れば呼ばれてもいないのに、獰猛なそれが大型犬の如くジラクの元へとすり寄って行った。

服従の印は人により異なるが、魔物との距離感を表す。
あくまでも使役道具としか見ていない封魔士もいれば、同じ目的を目指す同志同然の扱いで接する者もいる。
それらと比較してもジラクの行為はかなり特殊なもので、何のためらいもなく魔物の眉間にキスをしていた。

途端、悲鳴のようなどよめきが巻き起こっていた。

どんなに封魔士として名を挙げていようと、本来、敵である魔物を制圧するにはそれなりに気合がいるもので、魔物が強ければ強いほど潜在的な恐怖心も同時に揺り動かされる。たとえ今はガラルシアに従順な獣とはいえ、額にキスをするという行為は一見、簡単そうで実は非常に難易度が高く、魔物に食い殺される危険を内包するものであった。
それを何の躊躇いもなく行ったジラクのあり得ない行動に絶句して、いや、彼ほどの男ならそれもあり得るのかと意味の分からない納得をする。
そんな人々の驚愕も、続く更なる事態に軽く吹き飛ばされ、自分が見ているのはイリュージョンかと勘違いする者もいるくらいで、
「…そんな、馬鹿な…」
ジラクが魔物から離れると同時に、獣の全身が煌びやかな光に満ちていく様を食い入るように魅入っていた。

茶色の体毛が見る見るうちに黄金色へと変化し、肉体は一回りも二回りも大きくなって一段階上の別種へと変貌する。
そうして、ジラクを守るように彼の前に立ち、威風堂々とした姿で力強く大理石の床を踏みしめた。

封魔士は努力次第でいくらでも強くなれる。
その定説も残念なことに圧倒的な素質の前では何の意味もなく、ジラクという男は正にその象徴であった。
生まれた瞬間から魔物との親和性が高く、どんな凶暴な獣ですら手懐けてしまう。それがジラクの封魔士としての才能であり、誰の追従も許さない絶対的な素質であった。
「何か、…ズルをしただろ!あり得ない!こんなの、あり得ない筈だ!」
マストーラが顔を歪めて叫ぶ。彼の足元で座っていた獣が後ずさり、辛うじて威嚇するように牙を剥き出しにしていた。

勝負は始める前から既に決まってしまっていた。
服従の印だけでこれほどの実力差が出るのは珍しく、それは素人目で見ても、埋まることは無いものだとわかる。

実際のところ、ジラクがその気になれば相手の封魔獣すら従えることができた。
広く一般的に使役される類の魔物であれば、まるで灯りに吸い寄せられる夜虫の如く、彼に吸い寄せられるというもので、ジラクほど封魔士に最適な男もいない。
敵対すれば魔物は弱体化し、味方にすれば力を増す。彼が封魔士であったなら相当の戦力になる筈で、『大陸一』と称されるのも名ばかりではないことが明白であった。

こうなると模擬戦として勝負にならず、明確な勝敗は宣言されないまま即座に中止となっていた。
「こんなのは認めない…!」
マストーラの絞り出すような苦い声に、ジラクが視線を返す。
「完敗できるならしてる。俺は封魔士業をやるつもりも無いからな」
自分の意志ではないと告げるその様すら嫌味でしかなく、そんな言葉を平然と吐けるのも、それだけの自信があるからだ。
すっかりと懐く黄金の獣を撫でながら、そう伝えたジラクはただ事実を言っているだけではあったが、癪な言葉であることには変わりない。マストーラを煽ってるつもりもなく、歯ぎしりする彼をしばらく見つめていた。

手に頬ずりをする獣をガラルシアに返そうと背中を叩くも、嫌々をするように足を突っ張って微動だにしない獣を見て諦める。
そうして特に断りもなく、ジラクは慣れた仕草で契約を結び直していた。
「まじか…」
ガラルシアが小さく呻く。
こうした事態はごく稀ではあるが、まったく発生しない訳でもなく模擬戦で魔物を貸し出すということは、一定のリスクも承知の上で行うことになっていて、所有権の強奪は規約違反ではない。それだけ征服力が高いというだけのことだ。

ジラクが自身の唇に人差し指と中指の二本で触れたあと、獣の瞼に触れ、命を吹きかけるように自分の名前を呟く。途端に淡い光が指先から溢れ、獣の瞳に吸い込まれていった。
金色は浄化の色と言われるが、まさに身を洗われるような神々しさで、金の光がジラクと封魔獣を取り巻いていく。光が大気に溶けるように消えていくと共に、獰猛な獣も姿を消していった。
その光景は非常に優雅で美しく、成婚パーティの余興に相応しい荘厳さに拍手が巻き起こっていた。

「俺の…」
闘技用とはいえ一頭の封魔獣を失うことになり、がっくりと肩を落とすガラルシアに、
「伝えたでしょう?俺の意思とは無関係です」
冷めた無表情で答えるジラクは、事の成り行きすら無関心に元の場所へと戻っていく。

ジラクを見下げた発言はすっかりと消え失せていた。
シヴァラーサ家の名はやはり伊達ではないという賛美が増え、マストーラの手前、大きな声では言えないが素晴らしいモノを見たと気を良くする。
どんなにジラクが冷酷で笑み一つ浮かべなかろうと、封魔士としての実力は本物だ。
それだけは事実だろう。

マストーラが額に青筋を入れながら、怒りを懸命に堪えていた。
あわよくば大衆の目前で彼の落伍者ぶりを晒し、名声をどん底に落とそうと目論んでいたが、それが全て水の泡になる。
これではむしろ自分の評判が下がるのではと思い、酷く焦っていた。

そもそも、ジラクの前ではよほどの人物でない限り目立たず、たとえばそれは王族であったり、ジラクの後を何故か付いてくるラグナスであったりと、地位や名声を持つ人物がそれに当たる。
特にラグナスは高身長に加え、人間には珍しい褐色肌の持ち主で、ジラク同様遠くからでも目立つ容姿だ。身にまとうものはどれも高級品で、ジラクの隣に立っても品の良さが目立つ。それこそ似合いの二人で、どこからともなく恍惚の溜息が聞こえてくるほどであった。

「これで満足ですか?」
傍で寛ぐラグナスに問えば、彼が意外そうに目を広げて笑った。
「…」
企みを疑うように見つめるジラクに対し、
「外の世界も偶にはいい刺激だろう?」
自分の町からはほとんど出ないジラクを揶揄して笑う姿は不躾で遠慮が無い。
まるで保護者かのような台詞に付き合うジラクでもなく無言のまま、言うなればシカトして飲み物を口にしていた。
特に気にした様子もなく隣で話す相手に適当な相槌を打ちながら、なぜこんな無意味な時間を過ごしているのだろうと心の中で思うジラクだ。

ラグナスが言うように、こうすることで何かが変わるのなら、それもいいのかもしれない。
だが、実際は何一つ変えられやしないと思っていた。

決まり切った未来を歩むだけだ。

呪いを受けた身で、自分が何者かも分からない。
そんな状態では、どんな賛辞であろうと右から左へとすり抜けていくというもので、
「…」
唇にグラスを付けたまま、考え込んでいた。


2023.03.09
ジラク至上主義でございます💛この世界はジラクが中心に回っております(^^)/
コメント凄く嬉しいです!(*´꒳`*)ありがとうございます!
是非一緒にジラクに嵌って下さい〜〜〜(..>᎑<..)くー💛!!!!
ジラク闇落ち希望もありがとうございます('◇'*)ゞまさかの…(笑)!
ギエンの所で盛大なネタバレぶちかましてますが(笑)、目下、頑張ってハピエン目指し中(*^-^*)。
とはいえ、…希望されると展開運びに悩みますな。ハピエンな闇落ちとか…?
闇落ちも定義がかなり広いので悩ましい所…('q')…。

そういえばプチネタですが、大理石の床だと足が滑ると思います( *´艸`)まぁ魔物なので肉球が吸盤仕様なんじゃん?と思って下さい(笑)

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 ***12***

ジラクがこうした社交会で人気があるかというと評価は難しく、女性陣が寄ってくることは滅多にない。
噂のせいもあるが、一番の理由はあまりにも神々しすぎて遠巻きで見ているしかできないというのが本音であった。
女性がそうであるのに対し、男性の反応は異なっていて、公の場には滅多に姿を表さないジラクを逃すまいという思惑が強い。
地位ある御令嬢がパートナー探しに参加した時の如く、高職位の著名人ばかりが群がっていて、それこそ順番待ちの人だかりが出来ていた。

生身の彼を目前にした時、噂のイメージとは違う印象を受ける者は多くいて、拒絶の気配とは裏腹にすんなりと挨拶を受け入れるジラクを見て新鮮な感情を抱いていた。
それはある意味、衝撃的な光景でもあり、
「お会い出来て光栄です」
唐突に、一人の男が敬うようにジラクの手の甲にキスを落とした。

弱点でもある後頭部を相手に見せることで敵意が無いことを示すそれは、挨拶の一つとして珍しいものではない。
ただ、この場合、一人がそういう行為を始めると他の者も後を従い、うんさりするほど手を掴まれてキスをされる羽目になる。
機械的な挨拶を返す姿は噂通りの冷たい対応であったが、手の甲を拭うでもなく、かといって噂にあるような高飛車なものでもなかった。彼らが悪感情を抱くということはなく、むしろ彼のために何か食べ物を取ってこようかと提案する者もいるくらいであった。
そんな彼らを見ても平然としているジラクは、慣れきった光景を冷めた目で見つめていて、俗な言い方をすれば男を侍らすことに慣れていた。

「さすがにモテるな。シヴァース」
挨拶が一通り終わって人だかりが無くなると、その場に残ったラグナスが揶揄る口調で言う。
「…嫌味ですか?」
「いや。褒めてる」
さらりと返された言葉に、疑問しか沸いてこない。一体、どこが誉め言葉なのか、その苦情を飲み込み、幸せそうな顔で婚約者と談笑する王女を見つめていた。
政略結婚と思いきや二人は恋人同士のようで、誰が見ても羨むほどの仲睦まじさで微笑み合う。

『恋人』
それは、ジラクにとっては遠い世界の出来事で、誰もが普通にしていることが理解できずにいた。
恋人とは何だろうと思い、すぐに身近な存在の女たらしを思い出す。最近こそ落ち着いているが、昔は町で見かける度に複数の女性を連れ歩き、その相手は見る度に変わっていたくらいで、酒場ではいつもサーベルの恋愛遍歴が話題になっていた。
『恋人とは何か』を一番理解しているのは彼ではないかと思い、それと同時に不信感が湧く。

なぜ最近は女性が取り巻いていないのだろうと疑問を抱き、無理矢理キスをしたあの日を思い出していた。
吐息を感じるほど濃厚な距離感と熱の絡む瞳が脳裏に過り、
「…」
無意識に唇に触れながら、愚かなことをしたと珍しく苛立ちを覚える。

人間の命の奔流を感じ取るのは普通じゃない。
二度と無いようにしなければと自分を戒めるも、あの衝動は抑えられるものではないという自覚はあった。
背筋がぞくりと震え、サーベルの熱をもう一度味わいたいと身体が求める。

耐えがたい飢餓感を伴う変調は、やはり自分に必要なモノなんだろうかと思うと憂鬱な気分になり、短い息を吐く。
今は落ち着いているものの、またいつ同じ状態になるか分かったものではなく、自制できる自信は皆無であった。
それだけでなく、一人ならともかく、その時に傍にいる人物が誰なのかは重要な問題で、誰彼構わずキスする訳にもいかないだろう。
いくらジラクでもそのくらいの常識は併せ持っていた。

ただ、サーベルだけは駄目だと心が告げる。
抑えられない何かを隠すように唇を手の甲で拭い、
「シヴァース」
「…!」
唐突に声を掛けられて、意識を引き戻す。
「どうかしたか?」
拭う手を取って引き寄せながら問う顔は精悍な顔付きで、年上の余裕があるものだ。
その表情は何故かサーベルと被り、
「ラグナス様は同性に突然、キスされたらどう思います?」
愚かにもそんな質問をしていた。
ジラクからされた唐突の投げ掛けはラグナスを大いに驚かせるもので、僅かな沈黙のあと、にやりと嫌らしい笑みを浮かべる。
「いえ、今のは無かったことに、」
「俺に惚れたなら好きなだけ惚れていいぞ」
「何を」
「キスしたいならいつでも来いという話だ」
揶揄る気満々で迫る相手を見て、やはり馬鹿な質問だったと後悔していた。何故そんな事を問い掛けてしまったのかと今更、悔やんでも遅く、
「ほら」
くいっと顎を持ち上げられて、唇に親指が当てられる。

なるほど、確かにこの男なら気にしないだろうと頭の片隅で思っていた。
困った時はこの男に縋ればいい、そんな馬鹿な誘惑を心の中で笑って、男の手を払いのければ、
「まぁ、普通の感覚なら自分に気があると勘違いするだろうな」
不思議そうに目を覗き込んだラグナスから予想外の、真面目な回答が返ってくる。
「…」
サーベルの事後の態度を思い起こし、それは無いと否定していた。いつもと全く変わらない態度で何も無かったように接する姿は、サーベルという男そのものだ。
やはり、相手は気にもしていないことを確信し、手頃な相手として丁度いいじゃないかという投げやりな思いと並行して、矛盾した苛立ちが募っていた。


やたらと琴線に触れるあの男だけは何があろうと駄目だと否定して、
「気があると勘違いされて困ることは無いですよね」
更に問えば、可笑しそうに彼が声を立てて笑った。
「まず前提を間違えてるぞ」
ジラクに迫ると同時に肩を抑えて、壁へと押し付ける。
耳元に唇を寄せ小声で、
「唇へのキスは愛情を示すもので恋人同士がするものだ。そうでなければ普通はしない」
その事実に小さく肩を震わせたジラクを見て、笑いを含んだ声が先を続ける。
「愛情もなく誰彼構わずキスをするとしたら、それは随分と破廉恥な行為だ」
「俺は別に」
「ほお。実体験か」
「…!」
ラグナスの言葉を止めるように胸に両手を置けば、やけに密着した格好で見つめ合う形になっていた。
「っ…、」
否定しようとしても、否定できない事実がある。
不可抗力とはいえ、サーベルに対し無理矢理キスを奪ったのは確かだ。愛情も何もない、あれはただの本能でしかない。
「キスでしか、…解決できないことがあるとしても?」
小さな声で問えば、
「キスはキスだろう?可笑しなことを」
ばっさりと否定され、目の前に解決できない壁を積み上げられた気分になっていた。
「…」
四方を透明な箱に囲まれた気がして、ラグナスの服を無意識に掴む。

唐突に。
魔物である男の名前が脳裏に浮かび、一瞬、胸に宿った灯を即座に否定した。


考え込むジラクの俯き顔をしばらく見つめていたラグナスだったが、そっと服を掴む手を剥がし、視線を上げるジラクの胸を中指で軽く叩く。
「たかがキスだ。深刻に考えすぎるな」
「っ…!」
ちゅっと軽くキスを落とし、僅かに目を開くジラクを見て笑む。
「破廉恥?だから何だ。気にする問題でもなかろう」
豪快に笑う態度は自信に満ち溢れ、彼の言葉が正であるかのような錯覚を起こすもので、
「したくなったらすればいい。今みたいに」
強い口調の断言に、考え込んでいたのが馬鹿らしくなっていた。
「それも、…そうですね」
意外にも。出会えてよかった存在なのかもしれない。
それがどんな意味を持つのかも分からないが、先ほどまでの閉塞感が薄れ、感じていた何かを飲み込むように酒を煽る。


二人の一瞬の行為を目撃してしまった数人が、卒倒せん勢いで目を見開き固まっていたことなど知る由もないジラクであった。


2023.03.20
思った以上に日が開いてしまいました…(^-^;ビックリ!いつもの記憶喪失です(笑)


コメントありがとうございます!(>Д<*)感・涙!
ラグナスは無茶苦茶金持ちの美男子でございます💛
女性にも大人気キャラで、男には慕われているタイプです(笑)。面倒見もよいのでジラクとの相性は抜群です(笑)

ジラクは、浮世離れしてるタイプ(*^-^*)💛。因みに本当はキスも誰彼構わず、するタイプ(*´꒳`*)ハハ!無自覚!分かってるようでわかってないのがジラクなんだなー('_')💔

拍手する💛
    


 ***13***

ラグナスの宣言通り、滞在中のジラクは連日のようにあちこちへと連れ回されていた。
実際のところ、一人で出掛けようとすれば門番に止められ、代わりのように護衛を付けることが条件とされ、時間の拘束だけでなく場所も指定区域内のみという制限っぷりで、一人優雅に観光という訳にもいかない状態に陥っていた。
それを考えると、ラグナスと出掛ける場合は、彼の地位が盾代わりとなり、簡単に外出が許可される。格好は目立たないように取り繕った姿であったが、露わな見張りの目も無く、その自由度は比べものにならない。

更に言えば、入った店は貸し切りにされ、完全にプライベートが確保されていた。
「俺にこんなに大金を使う、その見返りは何ですか?」
本来なら、大賑わいの筈だ。
歴史を感じる内装の喫茶店は、首都でも人気の茶葉専門店で、ここに来たら一度は訪れたい百名店に入る。取り扱い品種の数は随一で、拘り抜いた淹れ方も人気の理由にあった。
席に付けば、品のいい給仕がやってきて注文を取る。手慣れた動作で頼むラグナスを見つめながら、ジラクが発した言葉は随分と失礼な言動であったが、相手の好意はさすがに引くレベルですらあって、真意を疑っても普通であった。
「大陸一の封魔士を持て成すのに、特別な理由が必要か?元々、国賓級の接待を受ける立場だろう?」
「…それは俺じゃないと何度言えば…」
「謙遜が上手いな。知らないとでも思ってるのか」
即座に返された言葉に、ジラクが口を噤む。

事実、先代の名で世に出された著書や魔物理論はジラクが当時生み出したものも多くあり、父に同行して討伐した案件も数えきれないほどあった。
シヴァラーサ家は元々、封魔士の名家として知られるが、その名声を更に押し上げたのはジラクだといっても過言ではない。
「どんなに接待しようと俺は二度と封魔士はしない」
僅かな沈黙のあと、ラグナスを見つめたままはっきりと告げる。
それは深い決意を感じさせる言葉であると同時に、
「なぜ?」
追及された途端に、脆くも崩れる張りぼてであった。
「なぜって…」
問われても、明確な理由を答えられないジラクだ。

静かに見つめてくる瞳には怒りの感情も焦りも期待もなく、ただ純粋に訊ねているだけで、今までジラクに封魔士をしろと強要してきた連中とは違う。
その真摯な疑問は、ジラクを大いに惑わせた。

魔物との大戦で父親を亡くした過去を思えば、仇を取ろうと思うのが普通だろう。
もしくは魔物を全く信用できなくなって、封魔士を事実上できなくなった、と言うのが通常だ。

魔物に対する憎しみも、正義感も義務感もなく。
「理由が、…無いから」
魔物を殺す、その理由を見つけられない。
その思考は酷く危ういモノで、この世界においては自身の立場を揺るがすものであった。
「…別に、誰もが封魔士になる訳でもないでしょう?」
静かにそう答えるジラクを、ラグナスが真剣な眼差しで見つめる。
しばらくの間、無言が続いていた。
合わさっていた視線を外し、外の風景へと目を移す。
明るい陽射しに照らされた石畳の上を、元気な子どもたちが笑い声を上げながら駆け抜けていった。観光に来たカップルに、和気あいあいとしたグループが通り過ぎ、屋根に止まる鳥の囀りが静かな店内にも届く。
室内から首都の賑わいはよく見えても、外からは見えない構造になっていて、店が貸し切りであることを残念がって去って行く人がちらほらといた。


封魔士は誰かのためにする職業だろう。
魔物を殺すのも人を守るためにするのであって、何かしらの主義主張が必要だ。
そうでなければ、あんなに血だらけになって命を奪う意味が分からない。

ふと昔を思い出して感傷に浸るジラクに、
「本当のことか…」
ラグナスが落胆の混じる声で小さく呟いた。
何のことかと視線を戻すジラクに、彼の真剣な眼差しが突き刺さる。
「総本家から聞いた話だが、何も覚えてないんだな」
静かに伝えられた言葉はあり過ぎるほど自覚のある内容で、大戦のことだとすぐに分かる。それだけでなく、それからの5年間もジラクの記憶からはすっぽ抜けていた。

誰かが大戦の話をする度に、父の話をする度に、胸がざわつき頭痛が酷くなる。
当時、本当に覚えていないのかという質問は専属守祭からも嫌というほど受けていて、思い出したくても思い出せないというのが本音だ。
「覚えてない」
隠すことでもなく、素直にそう答えていた。
「仮に…、覚えていたら何か変わっていたとでも?」
逆に問えば、ラグナスが僅かに驚きを浮かべたあと、未来は分からんと回答を濁す。

大戦の時のことで守祭から批判されることは多い。
ラグナスの回答を濁す姿を見て、覚えていたとしても碌でもない記憶なんだろうと推測を立てる。
前々から、薄々というよりは確信に近い思いで感付いてはいた。
守祭が背を向けた理由も、シヴァラーサ家に問題があったのは確かな事実で、大戦で何か大罪をやらかした、それが父ではなく自分だということも気が付いていた。

魔物の気配を漂わせる背中の刻印が何よりも物語る。
それは普通ではない『何か』だ。

「ラグナス様はどこまで知ってるんですか?記憶に無いことを知っているなら、教えてくれてもいいでしょう?
覚えているか聞かれることはあっても、誰も答えは教えてくれない」
「俺は又聞きだしな、総本家が隠したがっていることを言う訳にはいかんだろう」
「…言う気も無いなら何故、そんな」
ジラクが批判しようとしたところで注文した品が届けられ、話を中断させられる。

無言が続く中、カチャカチャと食器が置かれる音が響き、それと共に茶葉の華やかな香りが二人の空間を支配した。
焼き立てのパンとバターの香ばしい匂いが、昂る神経を癒して冷静さを呼び覚ます。
給仕がお辞儀をして去って行く頃には、ジラクの中に巣食うざわめきは影を潜め、胸を刺す痛みは消えていた。

「俺は、…魔物に復讐したいと思ったことはない」
ぽつりと独り言のように呟いた。
「封魔士を再びやることがあるとしたら、それは誰かのためであって魔物を殺したいからじゃない。彼らも生き物だ」
「全人類が、魔物に殺されることになってもか?」
「それが自然の理なら、仕方ないのでは?」
極論に極論を返せば、ラグナスが押し黙る。人間にとって害悪なら全て滅ぼせというのは利己的な理論ではあるが、自然の理で片づけることも強引な理論であろう。

パンを齧り、大きく溜息を付いたラグナスが、
「…俺が悪かった。意地悪な言葉を言ってすまん」
二人の間の空気を入れ替えるようにそう謝罪した。
悪い人間ではないことはジラクにも伝わっていた。恐らく、事実を知っているであろう中では相当、好意的な部類に入る。
「いえ…」
出された飲み物を口に含み、考えを巡らせるジラクだ。

思うこと全てを打ち明けられる相手がいるとしたら、随分と気が楽になるだろう。
身体の異変も、呪いも、そして恐らく『今後』起こりうることも。

背中の刻印が想いに反応するように熱を持ち、思考を焦がす。
何をしても無駄だという否定的な考えがジラクを支配し、投げやりな気持ちになっていた。

この先、自分を受け入れる相手がいるとしたら、それは西大陸の王しかいない。
こんな身体にした張本人に救いを求めることほど愚かなこともないだろう。
それでも、
「っ…」
彼との古い思い出が、彼を憎むことを拒絶していた。
金の瞳に一瞬の痛みが宿り、それはすぐにいつもの無感情に隠される。

目の前にいる男でもなく、ジラクの帰りを待っているであろう兄弟たちでもなく、種族も違えば敵対関係ですらある彼だけが、本当の意味で理解できると『知って』いた。
憂鬱な溜息を静かに吐き出す。
美味しい筈の食事は砂を噛んでいるようで、ただ機械的に咀嚼して無理矢理それを飲み込む。

無言が続く中、ジラクの様子を見つめていたラグナスが次に言った言葉は、ジラクを更に苛立たせるもので、
「話しても分かる訳がないと思ってるだろう?」
「えぇ」
分かった風な言葉に冷たい拒絶を返す。
「理解できる訳がない」
断言するジラクに、ラグナスが小さく笑い、意外にも当たり前だと答えた。
「!」
「何故か分かるか?知り合って日が浅いからな」
相手の言葉に呆気に取られるジラクの目を見つめたまま、やんわりと微笑む。
「血族ですら相手のことなんぞ理解できない。だから対話が必要なんだろう?話さなきゃ何も伝わらんぞ。甘えるな」
「っ…」
「俺は冷やかしでお前に接してる訳ではない」
嫌というほど真っすぐに見つめてくる目は逃げることを許さないかのように強く、
「そろそろ、目を覚ませ」
深い声音から発せられた言葉はやけに心の奥深くへと染み渡った。


その強烈な言葉に、頭から冷水を浴びせられた気分になり、意識が明確になる。
唐突に目の前の靄が晴れたような気がして、ジラクの指が僅かに震えた。
失った感覚が蘇って、
「…っ、」
華やかな香りが心を癒す。


『目を覚ませ』とは言い得て妙なもので、
「守りたいものが無い訳じゃなかろう?」
続くラグナスの言葉に、血の繋がりもない兄弟たちを思い出していた。
テーラは別にしても、他の兄弟は守祭が勝手に連れて来て、勝手に決めた存在だ。何かを語り合ったことも無ければ、身の内を話したこともない。それでも一緒に過ごしてきた時間は長く、彼らの兄としての自覚は持っていた。
「周りを見ろ。未来を決めるのは環境じゃなく、自分自身だ。
俺はお前に封魔士になれと言ってるんじゃない。諦めたまま、何もかも受け入れるなという話をしてる。呪いのことも、それがどうなるかは誰も分からないが、お前が諦めたら誰にもどうすることも出来ないぞ」
淀みなく告げられた言葉はラグナスの嘘偽りない真心が籠った言葉で、その瞳は一切のぶれもなく瞬きすらしないほど真剣なものであった。

ラグナスの十分すぎるほどの熱意に、ジラクが視線を返す。
その表情はいつもと同じ無表情のままであったが、静かで落ち着きに満ちたものであった。
穢れない美しさを宿す瞳が強い光を抱いたまま、
「ラグナス様は、もっとちゃらけたお方かと思っていました」
率直な感想を言う。
ジラクの笑みもない冗談に、ラグナスが口角を上げ、
「言っただろう?話をしなきゃ相手のことなんて分からないと」
カップに残る液体を一息で飲み干して、綺麗に片付いた皿をテーブルの端へとずらす。
彼の律儀な性格も行動から読み取れ、話が出来て良かったと感じていた。

早く帰って彼らの顔を見たい。
珍しくも、そんなことを思う。

耳元のピアスに触れながら、兄弟たちに思いを馳せるのであった。


2023.03.26
いつも訪問、拍手ありがとうございます〜!
(*^-^*)兄弟は良きかな〜💛ジラクの家族愛はちょっと狂ってるから、まぁ早くイチャイチャして欲しいな(笑)

コメントもありがとうございます(#^.^#)!!!
さりりさん、お久しぶりです〜💛
変わらず訪問していただけて嬉しいです(..>᎑<..)キャ!
ラグナスとザキ推しありがたやー('人'*)!二人がどう絡むか…覚えていらっしゃるかもですが(笑)、改変するかもなので乞うご期待(笑)!
ジラクが癒しと言ってくれるとホント感激です(*´꒳`*)!まだまだ序章感なので更新、頑張りますね〜♪
またぜひ遊びに来てください('ω'*)ノ

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 ***14***

ジラクが不在の間、ミラは言ってみれば調子に乗っていた。日頃は保護者同然の如く付いて回る監視の目が一週間も無いとあれば、思う存分、遊び回れるというものだ。
とはいえ、肝心のサーベルがそれを良しとはしなかったが、それでも兄の目が無いというのは大きなもので、その日も少し遠出して、夜遅い時間に家に帰ってきていた。

サーベルとは恋人同士とはいえキスしたことも無い関係で、年頃のミラからしてみればいつでもウェルカムではあったが、のらりくらりと交わされていた。
友人以上恋人未満のような関係自体に大きな不満は無いが、今日こそはといった類の意気込みは持っていた。
とはいえ、サーベルという男は中々の難攻不落な男で、手を握ることはあってもそういう雰囲気にはならず、その日もいつも同様、友人同士の如く部屋で他愛無い話をしたあと、そろそろ寝るかの流れで二人揃って浴室へと向かっていた。

ミラは今まで誰かと付き合ったこともなければ、キスをしたことも無い。
彼にとってのキスとは、恋人同士がする純粋な愛の証明であり、初めては大切にしたいと思っていた。
憧れのつまった大事なモノが最初にあり、その先の行為、ましてや男同士の行為など想像したことも無かった。そういうこともあり、サーベルと一緒に風呂に入ることも特に気にしたことは無かったが、何の気無しに風呂場へと入れば、湯気で視界が白く染まる中、
「あっ…」
既に先客がいることに気が付き、声を上げる。

椅子に座った状態のジラクが丁度、頭からシャワーを浴びながら髪をかきあげている最中で、ミラの存在に気が付き、流し目を寄越す。
その濡れた瞳と目が合った途端に、
「…!」
訳の分からない衝動を覚え、思わず後ずさっていた。
後ろに立つサーベルの胸板に肩がぶつかり、逃げ場を失ったように棒立ちになるミラに対し、
「あれ?帰ってたんですか?」
サーベルは全くといっていいほど、いつも通りだ。
冷静な声を頭上で聞きながら、頭の中はジラクの白い肌で染まっていた。
「お前らこそ、こんな時間まで何やってんだ」
答えるジラクは腰にタオルを巻いただけの心許ない姿であったが、二人の闖入を気にすることなく、両手で洗剤をつけ始める。
「あ、俺らまたあとで‥」
ミラの焦り声に、
「広いんだから入ればいいだろ」
ジラクが髪の毛を洗いながらそう答えた。
「…」

事実、シヴァラーサ家の浴室は浴場に等しい。かつては専属守祭も利用するとあって、一般的に想像する浴室とは違い、中央には大きな湯船があり、洗い場は広いスペースが設けられていた。
ここで、出ていったらそれこそおかしいだろう。サーベルとの関係を怪しまれるかもしれない。
そんな思惑もあり、ジラクを横目にしずしずと四隅の方へと向かう。
視線を向けないようにしているにも関わらず、まるで吸い寄せられるかのように視界の端に赤い紋章が映り込み、目を奪われていた。

赤いそれは何度見ても、見慣れるということは無い。
見る度に初めて見たかのような驚きと動揺を覚え、ちらりとサーベルを見れば同じようにジラクの背中に視線を送り、滅多にない険しい表情を浮かべていた。

「サーベル」
見ていることを咎めるような唐突の呼び掛けに、ドキッとする二人に対し、
「こんな時間までミラを連れ回したわけじゃないよな?」
湯を被り髪を洗い流しながらの詰問は、視線に気がついたものではなかった。
「違うよ!話してただけ!」
ミラが咄嗟に誤魔化す。帰ってきたのが遅い時間だったのは事実だが、嘘は付いてない。

疑うように視線を寄越すジラクの表情は刺すような冷たさがありながら、水に濡れたその瞳は酷く心をざわつかせるもので、サーベルとのことを追及された動揺もあって半パニックに陥るミラだ。
一方のサーベルは至って冷静なままで、
「ジラクさんが気にするようなことは無いです」
濁しつつも、不安を払拭するように静かに返していた。
食い入るような視線を向けるジラクに負けじと視線を返せば、さすがのジラクも納得したのか目を逸らす。 
「なら、いい」
その言葉に、ようやく肩の力を抜いてやれやれと呟き視線を外すサーベルに反し、ミラはジラクの挙動から目を離せずにいた。

日頃、浴室でジラクに会うことは無い。大概、ジラクは一番最後の入浴でそれも夜分遅くであることが多く、体を洗うシーンは初めて見るくらいだ。
手に泡を立て、首から鎖骨、肩から二の腕へと手を滑らせていく様は妙に艶かしく、男の上半身など見慣れている筈なのに、見てはいけないものを見てしまったような背徳感を味わう。
それだけでなく、筋肉のついた胸には桜色のモノが綺麗な形を主張するように付いていて、プクリと立ち上がるその淫らさに喉が鳴っていた。

それを見たら、恐らく誰もが同じ思いを抱くだろう。
触れたくなるほど甘い色はジラクの白い肌によく似合い、触れたらどうなるのかという好奇心も手伝って尚更、欲求を酷くした。
猛烈に触ってみたいという酷く生々しい想像を抱き、かぁっと体が熱くなる。
強い欲求に襲われ、それを誤魔化すように無理やり視線を引き剥がして冷静を取り繕う。

ジラクが見えない位置に座れば、ようやく一息付けるというもので、
「…」
ひっそり溜息交じりにサーベルの様子を窺った。
いつもと変わらない様子でさっさと身体を洗い始める姿を見て安堵すると共に、こんな風に思う自分が変なのかと不安になっていた。
ジラクの裸体が頭の中を丸々と占領し、サーベルとキスをしたいという想いは完全に吹き飛んでいた。
身体を洗い終わったジラクが湯舟に浸かる音を背後に感じながら、煩悩を振り払うように強い力で肌を擦る。
どんなに肌を擦ったところで、頭の中に浮かんだ妄想は簡単に消えることはなく、いつまでも居座り続けるのであった。


*******


翌朝、珍しいことがあり、兄弟たちはジラクが買って帰ってきた土産の前で一様に固まっていた。
何かを買ってくるなど想像もしていなかった彼らは、喜びよりも戸惑いの方が強く、特に感情も見せず各々に土産を渡すジラクを呆然と見つめ、
「まさか、…兄貴が買った訳ねぇよな」
ザキに至ってはそんな質問を繰り出すくらいであった。
視線を返すジラクが無言のまま、ザキに渡した小箱の包装紙を剥がしていく。
そうしてザキの背後に回り、箱から取り出した無骨な革紐デザインのチョーカーを首へと付けながら、
「シルバーアクセサリー、好きだろ?」
否を言わせない口調で言った。
「あー、まぁ…な」
確かに好き好んでシルバーを付けているが、ジラクがそんなことに関心があるとは思いもせず、対応に困ってチョーカーを意味もなく触る。そうして箱のロゴを見て、有名ブランドだと今更気が付くザキだ。
まじまじとジラクの顔と箱を見比べ、内心ではまじかと妙な感想を抱いていた。
ザキの戸惑いを他所に、ラーズルは嬉々とした表情で貰った箱を開け、中から出てきた香水に不思議そうに目を丸くしていた。
「あのー、ザキはまだ分かりますけど、僕はなんで香水なんです?」
そんな洒落たものは想定していない。あってもキッチン雑貨を想定していただけに、ジラクの意外な選定に頭が付いていけない。
「…洗濯物の匂いをいつも嗅いでるから、香りが好きなのかと思ったが、違うのか?」
ジラクの真っ当な問い掛けに二人が白い目でラーズルを見る。彼が言わなくとも、対象は洗濯物ではなくジラクの匂いだということは察していたが、当人を前に暴露する訳にもいかない。
「香り物、好きです。ありがとうございます」
ラーズルが赤面しながら答えれば、
「だろ?」
全く気が付いていないジラクが満足そうに即答した。
ミラが心の中でジラクに対し、目の前にいるのは変態だと突っ込みを入れる。ただ、気持ちが分からないでもない。

ジラクは、とにかくいい香りのする男で、同性ですら何の香水を使っているのか気になるレベルだ。
さり気なく香るそれは何とも形容しがたい香りで、街角で出会えば香りに誘われて付いていきたくなるほどのものであった。
ミラも前々から何の香水だろうと気になってはいたが、実際のところ、ジラクが香水を使っているのは見たことが無かった。
生活用品は同じ物を使っているにも関わらず、ジラクだけに感じる香りの元はずっと疑問を感じていた部分だ。

香水の瓶を開ければ、大人の香りが広がる。
いい匂いではあるが、やはりそれはジラクの香りとは違うもので、僅かに落胆を覚えるミラだ。ただラーズルはプレゼントがよほど嬉しかったのか、歳も考えずにはしゃいだ様子でいた。

手のひらに置かれた土産にミラの鼓動が期待で高まる。
予想外にセンスの良い土産の数々に自分への土産は何だろうと蓋を開けば、
「兄貴!なんで俺だけっ!」
中から出てくるのは、知恵の輪で完全に玩具であった。
「?」
ザキが笑いを堪えるのが視界の端に映る。
「俺だけ子ども扱いってどういうことだよ!」
怒るミラに対し、意味を問うように視線を返すジラクだ。目の前に知恵の輪を掲げれば、
「…意外に難しいぞ」
手を差し出したジラクが知恵の輪に触れ、ミラの指とぶつかり合う。
「っ…」
冷たい指の感触に驚き、次いで輪に人差し指をくぐらせる仕草の艶めかしさにドキっとさせられる。
「ほら。外れそうで外れない」
指を引っ掛け何度も試す形良い指に目を奪われ、触れる冷たさばかりに意識がいく。
「これを店で見たときに、お前の顔が浮かんだから買ってきた」
さらりとそんな言葉を言われれば、妙な気恥ずかしさに満たされて、ジラクの手から強引に奪い返していた。
「分かったよ!外せばいいんでしょ」
唇を尖らせながら、照れ隠しのようにそう返す。

ジラクの考えていることは相変わらずよく分からない兄弟たちだったが、それでも、こうして土産を買ってきた事に、僅かに感動していた。


2023.04.02
もう四月かぁ…(;^ω^)ああぁ〜〜〜…!
ジラクは基本的にタラシです(*´꒳`*)💛ミラみたいに免疫ないタイプは、もう瞬殺ですよ…(笑)

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 ***15***

ジラクの得体の知れなさは今に始まったことではないが、考えれば考えるほどよくわからず、以前から思っていた疑問が頭の中を回っていた。
「サラは昔の兄貴がどんなか知ってる?」
酒場でそれとなく知っていそうな人物に尋ねれば、一瞬目を丸くしたあと、小さく笑みを浮かべる。
「ザキがジラクさんの話題なんて珍しいね。気になっちゃったの?」
「ちげーよ!」
間髪入れずの否定にサラが面白がるように笑みを深めていた。
それから記憶を探るように顎に手を置いて、分かんないと答える。
「私が知ってるのは今のジラクさんだよ」
何が不満なのかと言わんばかりの笑みで首を傾げる様を見て、年齢差を考えたらそりゃそうかと思いつつ、知りたい事を知れないもどかしさを抱く。
「兄貴の子供時代とか想像できねーよな…」
ポツリと呟けば、
「あの家は変わってるからなぁ」
予想外のところから返答があり、カウンター向こうでグラスを拭いていた馴染みのマスターが苦笑を零していた。古い記憶を掘り起こすように目を細めて、
「ジラクは昔から謎に満ちた少年だったぞ」
そう語り出す。
「突然、屋敷に金髪金眼の幼子が現れたってなって町中が大騒ぎになってたな。でもこっちには滅多に来ないで、常に父親と一緒だったな」
多くの人はジラクに対し敬称を付けるが、町の人でもこうして呼び捨てにする人は幾人かいて、そのほとんどは昔から町に住んでいる年齢が上の層だ。マスターも同様で、父親の代を継いで酒場を経営しており、昔からこの地に居付く町民であった。
「そんな噂聞いたことねぇ…」
ザキの言葉に、
「昔からこの町に住んでる人なら誰だって知ってるよ」
あっさりとそう答え、
「ジラクはあの容姿だし、先代の過保護っぷりは尋常じゃないもんだったな」
当時をそう振り返る彼に同調する相槌が、ザキの隣から重なった。
横から会話に参加してきた男もマスターと同年代くらいで、したり顔で頷いた後に、
「なんせ、ジラクがしてるピアスも父親とシェアだろ?中々ぶっ飛んでる」
酒を口に含みながらの言葉に、マスターがあれな、と同調した。
「封魔士にしては片耳ピアスで随分と派手な出で立ちだと思ってたが、息子とお揃いとはなぁ。ひとり親だと愛情が重くなっちまうのかね?」
会話の内容を聞きながら密かに驚くザキを他所に、二人は昔話に夢中になっていた。

アクセサリーに興味もなさそうなジラクが片耳ピアスをしていることは初めて会った時から気になっていた。
あのジラクが父親とシェアピアスをする事実も想像できず、当然ながら子供時代があったことすら真新しい気持ちで聞いていると、
「まぁ、普通の人はシヴァラーサ家に関わるべきじゃねぇな。代々、魔物との境界線を守ってきた一族だ。町としては有り難くはあるが、普通の感性とは違ぇよな」
「それ、義兄弟の俺を前にして言う台詞かよ?」
ザキの突っ込みに、マスターが慌てて口だけの謝罪を返す。
「兄貴は何考えてんのか分かんねぇけど、そんな変じゃねぇし、普通の男だよ」
珍しくも大人なフォローも、
「でも、呪いは事実だろ?」
「っ…!」
鋭い切り返しを受け、返す言葉に詰まっていた。
「あれねぇ…。ちょっと目を引くよなァ…」
どこから聞いていたのか、会話に別の男が新たに参加してきて、思い出したように赤面しながら呟く。彼らよりも年若い彼はジラクと同世代の男で、結婚もしている立派な妻帯者だったが、赤面する様子は十分に挙動不審な態度だ。
何を見たんだと胡乱な目を向けるザキに、
「いや、誤解しないでくれよ。郵便物を届けに行ったりすると、外庭とか小川とか敷地内が見えちゃう訳」
慌てて言い訳の言葉を付け加える。
「つまり?」
「だからな、上半身裸のジラクさんが悪い訳で覗きをしてるんじゃあないよ」
「ハァ?」
飛び出てくる言葉に嫌悪を露わにすれば、彼が慌てたように覗きじゃないと声を潜めて同じ言葉を繰り返す。
「いやいやいや、有名な話だよ。ジラクさんって、天気がいい日とか暑い日は水浴びしてるじゃん?それに男だし上半身くらい見られたっていいよな?」
「よくねぇよ!」
「それを言うなら敷地内を観光客だってうろついてんじゃん」
彼の意味のわからない言い訳に、
「…マジかよ、無防備すぎだろ…」
唸るようにして頭を抱えるザキだ。
「柵立てるわ。お前らみたいな変態が蔓延るといけねぇ」
思い立ったら吉日と言わんばかりの勢いで席を立つ所で、
「おい!俺は覗いてないぞ。変態はこっち」
マスターが慌てて否定する。知りながら止めないのも同罪だと鋭い目を向けるザキに答えるように両手を掲げて、
「俺は呪いが何なのか分からないから、近寄りたくもないね」
ハッキリと拒絶反応を示した。
「大体、魔物の呪いだろ?恐ろしいわ」
正体の分からないモノを怖いと思うのは正常な反応だ。
それでも、失礼な発言だと眦を釣り上げれば、
「噂は知ってるけど、私も見てみたいな〜」
サラが呑気にもそんな感想を言って、ザキをぎょっとさせていた。
見上げてくる瞳は無垢な好奇心で満たされ、清楚な美貌と相まってキラキラと輝いて見える。
「赤い翼が生えてるみたいって感想をよく聞くよね。そうなの?」
差別意識もない純粋な発言に、まるで女神のようだと感じると共に、
「俺と付き合ってるのに、何で兄貴の背中が気になるんだよ。他の男の背中を見たいとか言ってんじゃねぇよ」
何故か兄貴に負けた気がしてプライドが刺激されていた。
「…まぁ、身長差か?ジラクの方が体格はいいよな。封魔士だったからか?」
心情を察したようにフォローするマスターに対し、
「いやー、そうは言ってもジラクさんの背中は何というか本当に…、こう、腰が引き締まってて、やたらとエロい身体だよ。弟のお前を前にして言うのもどうかと思うけど、同性でもドキっとする後ろ姿だよな?」
覗き発言した彼が視線を宙に泳がせた後、ジラクの体形をなぞる様に手を上から下へ動かす。
「てめぇ…、邪な目で見てんじゃねぇ!」
「眼福というかねー、実際、屋敷には日参してる奴もいると思うよ〜?」
「ハァ?!もうホント、ふざけんなよ、お前ら!」
瞬間的に怒りが沸点に達したザキが、カウンターを手のひらで叩く。
「カリカリすんなって。ジラクは昔からそうだろ?本人が気にしてないんだから、いいじゃないか」
「そもそもあの金髪がエロいよな」
宥めるマスターに被せるように続く発言にもはや付いていけず、額に抑えて意味を考える。それでも、何を言っているのかよくわからず、
「金髪がエロいってどういうことだよ…」
呆れた呟きしか出てこない。
「あぁ、分かる。年甲斐もなくムラムラさせる感じ?」
「そう!そうじゃん!俺だけかと思ったよ」
軽蔑の目で見つめるザキを尻目に、年齢差を越えて盛り上がる二人だ。マスターがザキに対し面白がるような同情の視線を送っていた。
そうして更に、盛り上がる二人の声に混ざるように町の男ら数人が加わって、
「あの態度さえなきゃ可愛げもあるんだけどねぇ」
「こないださ、珍しく会釈されたぞ」
「はぁ?気のせいだろ」
「でも最近、態度が軟化したと思わね?」
「ないない。ジラクさんはずっと何年も前からアレだぞ」
唐突に、ジラク談義が始まっていた。

「…」
輪の外に放り出される形で彼らの盛り上がりを聞くこと数分後、
「!」
唐突に響き渡った扉が開く音に、驚くほど一斉に静まり返っていた。

複数の視線がざっと入口に向けられ、その数の多さにジラクが何事かと動きを止める。
扉を中途半端に開いた状態で足を止めたジラクはいつもと同じ無表情であったが、噂の金髪が突然現れたことに酒場にいたほぼ全員が動揺していた。
それだけでなく、
「…、っち…!」
ザキが苛ついたように舌打ちをして、ずかずかとジラクに歩み寄り、
「一人かよ?ラーズルは?」
今にも肩が見えそうなほどずり下がった薄手のカーディガンを引き上げる。

中に着るのは胸元が深く開いた白のノースリーブで、首筋から肩、鎖骨から胸筋への流れがよく分かる格好であった。男らしさを感じさせる体格の良さに反し、袖が余る大きめのカーディガンは淡いパステルカラーで柔らかな印象を与える。そのギャップがジラクの端正な容貌と合わさり、妙な甘さを演出していた。

よりによって何故このタイミングでそういう格好なんだよという突っ込みを飲み込み、腕を引いてカウンターへと誘導すれば、
「天気がいいからって大量に洗濯してた。ミラはサーベルと出掛けるって言ってたな」
未だに張り付く周囲の視線に気が付きもしていないジラクが平然としたまま、カウンター席に腰を下ろす。
視線に気が付かないというよりは、日常的に刺さる視線の多さに慣れてしまって感じないというのが正しいかもしれない。
「兄貴がそういう羽織ものを着るって珍しいな…。どうしたんだ?」
いつもはTシャツ一枚の出で立ちが多い。見えそうで見えない肩をちらりと見て問えば、
「貰ったからには着ないと悪いだろ」
ジラクから返ってきた予想外の言葉に目を丸くする。
贈り物?兄貴が?
その疑問はそのまま、口を付いて出て、
「誰に?いつ?」
まるで束縛の激しい彼氏のように追及するザキだ。
特にそれを気にするジラクでもないが、
「ミザリア国に行った時、ラ…、知り合った男に買って貰った。俺の服のセンスが致命的だとか何とか…」
さすがに資産家として有名であるラグナスの名を出すのはまずいと思ったのか、名を濁して答えれば、別の意味でザキが驚愕する。
それは、耳ダンボにして会話を聞いていた周囲も同じで、服を贈った相手は『男』かと、妙な動揺を抱いていた。
つい先ほどまで、ジラクのエロさで盛り上がっていた面々だ。思考が奇妙な方向にいったとしてもおかしくない。
そして更に拍車を掛けるように、
「確かにこういう服は暑い時に脱げば済むから楽だな」
肩に掛かる柔らかな布をするりと落とし、無防備にも生肌を見せていた。
「っ…!」
無自覚過ぎるジラクの仕草を見たザキの反応は早く、邪な目から隠すように素早い動作で元の位置へと戻す。
その慌てぶりを、サラが面白がるように見つめていることにも気が付かず、
「用がねぇなら帰れよ。特に新しい情報もねぇぞ」
勝手に決めつけてジラクを酒場から追い出す算段をすれば、丁度タイミング悪くマスターがジラクの目の前に料理を置いた。
それは軽食セットで、ジラクが酒場に来る目的の一つは食事でもあり、
「いつものでいいんでしょう?」
「あぁ」
二人のやり取りを見て、最初から引っ張りこまずに酒場の外へと出るべきだったと後悔するザキだ。
心の中で悪態をつきながら、諦めて椅子に座り直す。

食事をし始めるジラクの横顔を見つめながら、金髪がエロいという謎の言葉を思い出していた。
耳に掛かる繊細な髪が白い肌と相俟って中性的な雰囲気を醸し、咀嚼の度に動く首筋は男のものでありながら、色気を宿す。
フォークを持つ手は余った袖で半ば隠され、形の綺麗な指先がチラ見えしていた。
ジラクの神秘的な気配は、男らしくも整った容貌と女性的な印象を与える片耳ピアスのせいか、非常にアンバランスな危うさがあり、彼らの言わんとする『エロさ』というものを何となく悟る。

だからといってどうこうでもないが、
「…」
余計な印象を与えやがってと町の人々に対し逆恨みに似た感情を抱いていた。
ジラクを一人で置いていくのも忍び難くなって、他の兄弟が来るまで我慢するかと腹を括る。


そうしてその後、ミラと共にやってきたサーベルが、自分と全く同じ質問をするのをうんざりした気持ちで聞くのであった。


2023.04.12
いつも拍手、訪問ありがとうございます(*^-^*)☆彡
そろそろ無自覚ジラク全開気味でいきたいです(笑)。因みにジラクは食べ方もエロいです(*´꒳`*)勿論、無自覚です💛(笑)
そういえばね、世界専用の拍手を作るみたいな話を前にしたんだけど(笑)、なんかFC2がいまいち上手く設定できずちゃんと機能する拍手ページが作成できなくなりました('_';)笑。そんなで、TOPページ共通拍手を使うしかないので、そちらで運用していこうかと思います…(-_-;)いつも押して下さる方々、すみません…💦ホントありがとうございますm(_ _"m)。

あと、Wordpressも移行止めました('_')。こちらは簡単な理由で、広告が画像広告なので煩わしいという理由です(笑)。小説サイトで画像広告は無いよねぇ…(^-^;ひじょうーに目障り感(笑)。
以上、報告でございます…('〜')ノ

拍手する💛
    


 ***16***

脱ぎ着が楽という理由で羽織ものをすっかりと気に入ってしまったジラクは、それからというものそのスタイルでいることが多く、しばし話題になっていた。
実際、酒場にいる時はまだしも家で寛いでいる時はかなりの肌蹴け具合で、ラーズルに至っては落ち着きもなく、視線も碌に合わせられないという事態になっていて、
「兄貴のあの格好、禁止してよ!」
ミラが朝食を取りながら、我慢の限界のようにザキにクレームを入れる始末であった。
ほとんどの家事はラーズルの担当だが、今日は朝から山のようなトマトが皿の上に乗っているだけで、他の食材は一切ない。赤一色で染まる朝食に、
「ラーズルが使い物にならねぇのは、俺だって気になってる」
手で2,3粒掴んで口に放り込んだザキが同意しながら、
「さすがにそのうち元に戻るだろ」
葉物が並んでいた昨日の朝食と比較して、今日はマシだと付け加えた。
「もう、…どんだけ兄貴が好きなんだよー…」
「あんだけアピールされて気付かねぇ兄貴もすげぇよな」
「ほんとそれ。どうなってんだろ?」
フルーツ好きのザキが、トマトをフルーツ代わりのように口に運び、その甘酸っぱさに顔を顰める。それから、ふと思い出したように、
「そういえば、町の人が言ってたな。兄貴ってあれで父親にはべったりだったみたいだ」
こないだ仕入れた情報を伝えれば、
「ぶっ…!」
飲んでいた水を吹き出しそうになったミラが慌てて口元を抑えて無理矢理、飲み込んだ。
「何、…、ザキ兄!突然、爆弾発言やめて。もうそれ、記憶違いだよ。んな訳ないじゃん」
「いや、他の人も言ってたぞ。ピアスも父親とお揃いらしいし、そんな生活に慣れてんだとしたら、ラーズルの熱視線にも気付かねぇのも納得…?」
「えー?関係あるとは思えない。というか兄貴が絶対、そんなのないない。兄弟なんて要らないっていう口だよ?今更、家族愛なんて兄貴には無いでしょ」
確かにと思うザキだ。

いつでもジラクの口調は淡々としていて、涙一つ見せたことはない。
目の前で家族が魔物に食い殺されたとしても、絶命するその瞬間まで、無表情で見つめていそうだと冷めた美貌を思い出す。
それからふと時間が気になって、
「お前、そろそろ兄貴を起こす時間じゃね?出掛けるんだろ?」
ミラに訊ねれば、慌てて時計を仰ぎ見て席を立った。
「もう…、サーベルと出掛けるくらい許可なしでもいいと思うんだけどなー!兄貴なんて昼まで寝かしておけばいいんじゃないのかな〜」
ジラクの寝起きの悪さは兄弟なら誰もが知っていた。だから、その担当は極力やりたがらないというもので、今までは用がなければテーラが担当していた。
テーラが不在の今となっては必然的にミラが起こす機会が増えていて、叩いても揺すっても起きないジラクを起こすのは毎回、一苦労であった。
「頑張れ」
他人事のザキが手をひらひらさせて見送る。
「…!」
一睨みを返し、ジラクの部屋へと向かうミラだ。

慣れない。
一言でいえばそれに尽きる。

意図的に大きな音を立ててドアを開き、兄貴と呼び掛けても、当たり前のようにベッドの上の人物はピクリともせず、死んでいるのかと思うくらい静かだ。
陽光が差し込める中で感心するほど爆睡するジラクの顔は驚くほど整った容貌で、微動だにしない姿はまるで人形がベットの上に横たわっているかのようだった。
「朝だよー!」
ジラクがくるまる布団を剥ぎ取って、強い力で肩を揺さぶる。ベッドに乗り上げて、体重で弾みを付けるようにしてマットレスを揺すってもジラクは無反応で、何をどうしたらここまで深い眠りに落ちることができるのか不思議であった。
テーラは今までどうやってジラクを起こしていたのかと頭を悩ませる。

再び肩を掴んで揺すれば、ごろりと仰向けになって拍子にシャツが捲れる。
「…」
唐突に、2週間ほど前の出来事を思い出していた。
浴室で出会ったジラクの裸体は今でも鮮明に思い出せるほど衝撃的なものだったが、この白いシャツの下に同じものが隠されているのかと思うと、今更のように気になりだす。
それは強い好奇心で、自分の意思とは無関係に手が勝手にジラクの胸板へと伸びていた。
服の上から手のひらを乗せれば、先ほどまでは人形のように感じていたジラクから確かな鼓動を感じて、それを奇妙だと思いながら胸の筋肉に沿って手を滑らせる。
そうして、唐突に指先に引っかかった突起に驚くと共に、ジラクにも同じものが付いているのが俄かに信じがたく、純粋な出来心でそれを指で触れた。
今、自分の手にあるモノはあの夜に目撃してしまった綺麗な桜色のモノと同じものかと思うと、指先にもつい力が入るというもので、
「…!」
途端、ジラクが声も無く肩を震わせたことに驚き、思わず息を止めていた。

疚しいことをしている自覚が、突如として芽生える。
起きる気配の無いジラクの秀麗な顔を見つめながら抑えられない好奇心のまま恐る恐る胸の突起に触れれば、今度は明確な反応を示していた。
先ほどまでは揺すってもピクリともしなかったジラクが、こうもあっさりと反応を返すことが新鮮で、行為はより大胆に、そして過激なモノへと成り代わる。
その度、過敏な反応で身体を震わせるジラクは、それにも関わらず表情は静かなままで、ただ身体だけは敏感に昂っていた。
服の上からでも形が分かるほど乳首は硬くなり、しどけなく寝入る肢体は男の身体であることを示す。

その光景はミラに異様な興奮を齎していた。
いつでも無表情で冷静なジラクが、自分の手でこうも簡単に乱れるという事実に痛いほど欲情し、それを自覚するよりも前に、本能のまま手をシャツの裾から中へと忍び込ませていた。

ジラクの肌は、驚くほどひんやりとしていて滑らかで病みつきになる触り心地だ。女性の肌に触ったことはないミラだったが、ジラクの肌が特別だということはすぐに分かった。男の肌とは思えないしっとりとした感触に興奮し、甘い桜色をもう一度見たくなって、肌をなぞりながらシャツを捲し上げる。
露わになるウェストは筋肉で引き締まった綺麗な形をしていて、ヘソから辿るように上に手を滑らせれば、
「…ん」
あと少しで見えると言う段階でジラクが小さく息を漏らした。
今まで無反応だったために、完全に油断していたミラだ。硬直したまま、ジラクの瞳がゆっくりと開いていく様を見つめるしかできず、それと共に美しすぎる神秘的な金色に目を奪われていた。
思わず顔を覗き込むような形で、
「あ、兄貴ッ…、これは、別に…、深い意味は…!」
なんと言い訳したらいいのか分からず、しどろもどろに意味の分からないことを口にすれば、するりとジラクの手が首の後ろへと回され、
「…?」
そうして引き寄せられたあと、何をされているのか理解するには数秒がかかっていた。
ぬるりとした熱い舌が歯の狭間から侵入し、舌を絡め取る。柔らかな唇がなんなのか理解できず、なすがままであった。濡れた音が耳元から聞こえ、突然、されていることの意味を悟る。
鼓動が爆音を立て、血が急速に下半身の方へと集まるのを意識した。
「あ、兄、ッ…、ンむ…、…!」
頭の中ではやばいという言葉がぐるぐると駆け巡り、自分が兄に欲情している事実にパニックを起こしていた。それでも快楽だけはダイレクトに脳みそを直撃し、その心地よさに力が抜け、ジラクの上に覆い被さる。触れる肌の冷たさに反し、舌は熱く濡れ、相手の存在を強く意識させられる。
惚ける頭でキスってこんなに気持ちがいいのかという感想と、相手が兄貴だということに訳が分からなくなって、思考も何もかも完全に快楽に流されていた。
そうして、唇が離れる頃にはすっかりとぐったりとした様子で涙目になっていたミラに対し、
「…」
ジラクはあろうことか、瞳を閉じて、再び眠りの世界へと落ちていた。
「っ!」
薄く開く唇は僅かに充血し、いつもの桜色に赤みが増す。濡れて光る半開きの唇は艶やかで、淫らに煽り立てるものであったが、いきなりキスをされ、それもあれほど大切にしていたファーストキスを奪われ、結果、ただ寝ぼけていただけとあってはミラの心中を推し量るのも容易であろう。
「あ、に、きッ!」
襟首を引っ掴んで盛大に揺すり、強引に叩き起こす。
微睡の中ということもあって、次にジラクが瞳を開いたのはすぐで、
「もう、さっさと起きてよッ!」
目覚めると共にミラの怒声を浴びて、ジラクの頭は急速に覚醒していた。
「なに、…どうし…」
目を2,3度、瞬いたあと、ふと自分の身体の状態に気が付き、
「…」
僅かに瞳を細めた。
ジラクの沈黙に、ミラが何かと視線を向ければ目が合って、頬がほんのりと染まる。
瞳を細めたまま、顔を横に背けて、
「ミラ。重い」
羞恥を宿す肌とは裏腹に冷めた口調で告げた。
「ぅ…ッ!」
そっぽを向く耳は赤く染まり、にも関わらず冷静を装うジラクの態度にミラが小さく呻く。
慌てて退けば、ジラクが一息つきながら上体を起こし、剥がされた掛け布団を引き寄せて身体を隠していた。
片膝を立て、膝に肘を置く。ぱさりと落ちる前髪をかきあげながら、
「サーベルと出掛けるのか?」
見つめたまま言葉を発しないミラを不思議がるように小首を傾げ、尋ねた。

物憂さを感じる瞳の美しさに、甘い色を宿す唇の艶やかさに。
そして、ジラクの全身から溢れる朝の気怠さに、
「う、うん…。隣町、行ってくる…、いいでしょ?」
全身が心臓になったように脈打つ。
小さく返事をするジラクを見て、色々とばれていないことに安堵すると共に、早くこの場を抜け出したくなって、いそいそとベッドから降りた後、ちらりとジラクを振り返れば、布団を身体に巻き付けた状態で考え事をするように唇に指を当てていた。
「…」
心臓が激しい音を立て、奪われたキスを思い出す。
そのままいてもいられずにトイレへと直行するミラだ。


鍵を掛け個室に閉じこもれば、ようやく安堵できるというもので、すっかりと反応してしまったモノを鎮めるために手を伸ばしながら、げんなりとしていた。
完全にジラクに欲情した形となり、
「…勘弁してよ」
頭の中は初めてのキスで占領される。
同じように反応していたジラクの身体が気になり、男だから当然かと思いつつ、寝ぼけてキスするのは普通なのかと今更のように疑問になっていた。

耳を赤くしたジラクを思い出して、背筋がゾクゾクと粟立つ。
浮かんだ妄想を瞬時に否定しながらも、一度、脳裏に刻み付いてしまった淫らな肢体を追い出すのは難しく、
「ン…ッ」
呆気なく手の中に熱を吐き出していた。

ジラクで抜くというよく分からない事態に重い溜息を付きながら、奪われたキスも何もかも忘れようと何度も念じ、気分を入れ替えるように穢れた手を洗い流す。

その日、何度も唇に触れるミラに対し、夕食に会うジラクは至っていつも通りで、朝はどうしたのだろうと下世話な心配をするミラであった。



2023.04.16
はい(*^-^*)ノやってまいりました💛年下攻めは大好物です(*´꒳`*)涎垂れちゃう!むしろショタ攻め?大好物です💛
まぁ私の書く主人公なので、系統は大体どのキャラも同じですが、ジラクも貞操観念ぶっ壊れキャラです(笑)。対比でギエンは私の中では常識人かな(笑)。
因みに、過去ネタの異常さでいうと、白森王は悲惨レベルMAX、ネタ的に人外+洗脳っていうのが土台にあるので、ずば抜けてヤバイ過去持ち。だけど既に別種に成り果てたので、ある意味ハッピーエンドです( '-' )?
そして私の書く小説キャラの中では断トツに強キャラです(笑)。セインも強キャラ設定だけど、白森王は世界を司る魔山と繋がってるので、セインより上かな?一応名前に縛られるという裏設定があるんだけど、まぁ本編を書く機会があれば…という感じでしょうか(笑)。
とりあえず誰にも救えない。それが白森王です(笑)。本人に救われたい願望はそもそも無いんだけどね(^-^;。
ジラクはそこそこ悲惨レベルなのかな〜?まぁ追々にでも…?('ω')あまり書くとネタバレになりかねん…(笑)。

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 ***17***

ミラに起こされることが無いまま、昼過ぎまで寝入るという状態が1週間ほど続いていた。
さすがのジラクも、ミラが何かに怒っているということは察していたが、原因はまるで分からずにいて、その日も静まり返る屋敷に一人、取り残されるという状態になっていた。
「…」
慣れとは不思議なもので、日頃は何とも思わないのに、突然の静寂は不安にも似た寂寥感を呼び覚ます。
本当は兄弟なんて存在せず、今までのことは全て夢の世界の出来事なのではないかと思い、その愚かな思考を自嘲して否定した。

のそりと緩慢な動作で身を起こせば、久しぶりの強い渇望に身を震わせる。それと共に背中からチリチリと焼けるような痛みが全身を駆け巡った。
またその時期がやってきたのかとぼんやり思いながら、適当に服を着替え、下階へと向かう。

食事をしに出掛けるのも煩わしくなり、手軽に済ませようと思うところで、
「!」
唐突に鳴り響いた呼び鈴に驚き、肩を小さく震わせた。

屋敷の呼び鈴が鳴ることはゼロではない。
突然、来訪者が来ることもあり、大きな届け物がある日も同じように呼び鈴が鳴る。
冷血で知られるジラクだが、来訪に対しては居留守を使うことは無く、基本的には対応していた。その対応時の態度が噂を酷くしていたが、対応するだけマシである事に多くの人は気が付いておらず、無愛想という評価だけが先行していた。

来客に疑問も抱かず扉を開くジラクであったが、目の前にはフードを目深に被った怪しい二人組がいて、
「ようやく会えたな。セシリリアの息子」
「!」
対面した途端に誰も知らない筈の名前を口にして、白々しい挨拶をした。
瞬時に閉じられる扉を足で止めた男が、ドア縁に手を掛け強引に押し開く。顔には野蛮な笑みを浮かべ、
「随分な挨拶じゃないか。ジラク・シヴァース・ラーサ。まさかシヴァラーサ家にかの偉大な血が混ざるとはな」
ジラクの胸を押しやるようにして、室内へと押し入った。
「…ふざけたことを」
ずかずかと入ってくる男たちに諦めを覚えて、仕方なくリビングへと案内する。

用件を聞いて、さっさと帰って貰った方が無駄な押し問答をせずに済むという思惑もあり、形だけのもてなしで茶を出すジラクを見て、男らが意外そうに顔を見合わせる。
「俺は、ネセス。こっちはゼネだ。会いに来た理由は不要だな」
男たちの言葉の通り、理由は推測が立っていた。
名乗った男が被っていたフードを外せば、珍しい金髪が現れる。
精彩さに欠けるその色合いは、ジラクの金を知らなければ浄化の色と崇められるに十分な色味で、事実、男は思想家グループのリーダーであった。

「それで?」
来客用のリビングには全面窓があり、窓際に置かれたソファに腰を下ろすジラクは陽光を浴びて眩しいほどの美貌を持つ。
光を背に毅然とした口調で先を促すジラクの威圧的な態度に、ネセスが口角を上げた。
「せっかちだな。苦労したぞ。セシリリアの特徴は金髪だけだからな」
「シヴァラーサ家だけはあり得ないと思ってましたが、逆でしたね」
出された茶を飲みながら、ジラクの冷めた目を見つめ返すゼネはネセスの金髪から更に色を抜いたような髪色の持ち主で、
「最も魔物に近いのは貴方だった訳だ」
羨望やら嫉妬の入り混じる刺すような目で断言した。本来温かみを感じる筈の緑色の瞳が冷酷な印象を与える。
「母親のことは知ってるのか?我々はこの血筋をずっと守ってきた。セシリリアは本来、うちの家系で血を残す筈だったが、まさかこんな胡散臭い血筋と子を為してるとはな。だが、あの古の血が途切れることなく受け継がれたことだけは褒めた行動か。お前が我々の仲間になれば、」
「俺には関係ない」
続くネセスの言葉をジラクが強い声で否定し、相手の言葉を奪い取る。
「そんな話をして何を期待してるんだ。魔物を崇拝する奴らの仲間になる訳がない」
無関心の態度のジラクは生みの母親に関する記憶は無かった。ただ父親からその特殊な血に関しては聞いていて、その血を崇める危険思想の集団がいるということは知っていた。
彼らが魔物崇拝者であること、世界転覆を目論んでいること、血が濃いセシリリアを探していることは昔から知っていた。それでも、そんな昔話は今日、彼らに会うまで完全に忘れていたくらいで、自分に流れるその血に対しては何ら思うことは無かった。

ジラクの真っ当な拒絶に男らは顔を見合わせ、さも可笑しそうに口を開けて笑う。
「妙なことを言う」
「魔物に一番、愛されているのは貴方だというのに」
「なぁ。ゼネ。羨ましいもんだ」
心の内を見透かされた気がして、ジラクが拳を握る。
表情は無表情のままであったが、様々な感情が荒波のようにない混ぜになっていた。
魔物を毛嫌いしているかといったら否で、どちらかといえばそれは好意の感情だ。これも一種の危険思想だと言われれば、その通りだろう。あまり表に出していい感情ではない。
「これだけの悪評の中、よく人間側に留まってるな。フィローゼントの血筋がそうであるように、お前も本来の場所へ帰ったらどうだ?」
甘んじて人々の評価を受け入れるジラクを信じられないように見つめ、古の血を受け継いだことを誇りに思えと言う。

古来の時代、魔物の王と対であったフィローゼントの王女は、彼に永遠の愛を誓ったという。そうして魔物と交わり、子孫を為した。
特別な存在となったフィローゼントは人々に崇められ、数代に渡って栄華を極めたとされていて、今でもひっそりとその子孫が生き続けている、というのが一部の人々の間でまことしやかに囁かれる伝承であった。
だからといって、そんなことはジラクにとってはどうでもいいことで、
「馬鹿馬鹿しい」
取り付く島もない答えに、
「お前がフィローゼントの血を持つのは確かだ。花の香りがするもんな」
「!」
ハッとしたように視線を交えるジラクを見て、ネセスがしたり顔を浮かべた。
そうして胸ポケットから香水瓶を取り出して、ローテーブルの上で一拭きすれば、咽そうなほどの花の香りが辺りを満たし、一瞬の眩暈を引き起こした。
「我々は代々、この血を守ってきたと言っただろう?言い伝えによると、王女の死後、彼女の眠る地は赤い花で満たされたという。今でもこの花は残っていてな、そこが我々の聖地な訳だ」
「興味が出ましたか?ミザリアですれ違った時、すぐに分かりましたよ。
これは運命の出会いだ。貴方ほどの美しい金髪に、その香り、正にフィローゼントの直系の証でしょう?」
「人間に未練なんか無いだろう?」
ネセスの赤褐色の目がジラクの瞳を覗き込み、甘い囁きを発した。

人間である筈の男が、まるで人間でないかのように振舞う。その愚かさを心の中で笑い、人間でなくなることへの恐怖を感じたこともない癖にと虚しい想いを抱いていた。

鼻の奥に残る華やかな香りが思考を鈍くして、男の言葉が刺さる。
守祭には異質なモノを見る目で見られ、常に人々の噂が後を付いてくる。兄弟とは仲が良くない自覚もあった。彼らが真実を知れば、きっと気味悪がって去って行くだろう。

父が死んだ日から、味方はどこにもいないことは分かり切っていた。
それでも。
「下らない」
ジラクの口から出るのは否定で、男らの誘いを強い眼差しで拒絶していた。
香りを振り払うように席を立ち、
「話がそれだけならさっさと帰れ。俺を巻き込むな」
彼らを追い立てるように退席を促す。

ネセスとゼネが顔を見合わせ、予想していた反応のように肩を竦めた。
つかつかとジラクの近くへと来て、
「お前はそうだろうな」
ドンっと強い力で肩を突き飛ばす。
「ッ…、なっ、に…!」
後ろへと押し倒される弾みでソファに座り込んだジラクに対し、彼らが取った行動は早く、ジラクが立て直すよりも前に上へと圧し掛かっていた。
向かい合わせで跨り、体重で太ももを抑えつけて、
「!」
拳を握るジラクの両手首を掴み取る。
「意外か?」
そう問うネセスの顔には狡猾な笑みが乗っていた。
掴まれた手を振り解こうにも座り込んだ状態では力が上手く伝わらず抗いようがなくなる。足は自由にならず、身動き一つ取れない状態になっていた。
その状況に僅かに目を瞠るジラクであったが、それでも声すら荒げない。

その姿を見て、ゼネが小さく笑った。
「思った以上に冷静ですね」
ソファの後ろへと回り込み、背後からするりとジラクの首筋に手を沿わせた。


ふわりと、花の香りが鼻をくすぐる。
それが、先ほどの香水瓶のモノなのか、彼らから匂うのか、自分の香りなのか分からなくなるジラクだ。
「いい香りだ」
首筋に唇を落としたゼネが息を大きく鼻から吸い込み、うっとりとした口調で呟いた。
「我々は血の結束が強固でな。この香りを嗅ぐと、嫌でも脳が反応する」
シャツのボタンが外されていき、そこでようやく彼らが何をしようとしているのか悟る。
「…く、…っ」
掴まれた腕に一層、力を込めても男の強い力はびくともせず、ネセスを無駄に喜ばせるだけであった。
「さすがの冷血漢もこの状況には焦るか。その無表情がどうなるかは非常にそそるぞ」
「っ…、こんなことをして、俺が仲間になるとでも思ってるのか」
ジラクの言葉を聞いた彼らは同時に声を立てて笑った。
「昔、フィローゼントの体制に批判的な少年王がいたそうだ。彼をどうやって従わせたと思う?」
頭突きをしようとしたジラクの額に自分の額をぶつけ、背もたれの縁に押し付ける。視線を絡めたまま、
「血筋の力だ」
自信に満ちた笑みで告げた。
「この香りは同じ血族からすると依存性のある香りらしくてな。交わるほど、自分の香りだけでは満足できなくなる。純血に近ければ近いほど、同じ仲間の香りを欲するようになるさ」
「な、に…、っう…!?」
噛みつくようなキスに、言葉を飲み込む。
ゼネがジラクの顎を持ち上げて、ネセスの深いキスから逃れられない状態になっていた。

掴まれた腕が小刻みに震え、敵わない抵抗を続けていた。
数秒間と長く続くディープキスの合間に、シャツのボタンは全て外されて白い肌が眼前に晒される。
「ぅ…、ッ!」
ジラクの抵抗も虚しく、身体はキスだけで簡単に反応していて、
「触れてもいないのに、こんなに尖らせて随分といやらしい身体ですね」
「っ…!」
胸筋を辿り、甘い色で刺激を待つモノを指先で摘まんだゼネが耳元で囁いた。
「っぁ…、は、…っ、野蛮人が。何が偉大な血だ」
解放された唇からは乱れた息と共に、罵り言葉が吐き出される。ゼネの指から齎される刺激に身体を震わせながら、強い眼差しが男を睨むように見つめていた。
それが余計にネセスを煽るものとは思いもしないジラクで、
「プライドの高い男が、男にヤられると相当、堪えるらしくてな。散々、吠えてた奴もヤられた後は、大人しくなる。そいつも今となっちゃ、忠実な部下だ」
赤褐色の目を残忍に光らせて、ゼネに顎をしゃくった。

既に反応している身体はゼネの愛撫に簡単に靡き、合間にされるネセスのキスに呼吸を乱されていた。
拒絶するジラクの心に反し、身体は非常に敏感で、優しく撫でるだけのような愛撫でも全身が昂り、尖る胸の先に触れるだけで過敏な反応で身体を震わせた。
「…」
それでも声は洩らさず、強い眼差しで目の前にいるネセスを批難の目で見つめていた。
その美しい金色も、
「っ…」
次第に光を宿して揺らぎ、執拗に続くキスと胸元への攻撃に、気配を変えていく。


花の香りが一層、濃厚になり室内を満たしていった。


「本当にいい香りだ。今までで一番の豊かさだな」
抵抗の緩くなった身体にキスをしながら、ネセスが感嘆の声で呟く。
ジラクから放たれる香りが強まれば強まるほど、快楽も増していき、
「──ンッ…、ぁ!」
一際、大きく身体を震わせたジラクが、下半身に触れてもいないのに果てる。睫毛を震わせて甘い吐息を漏らす表情は先程とはがらりと表情を変え、彼らの見ている目の前で、退廃的な淫らさが顔を覗かせていた。
強い眼差しで拒絶を宿していた冷たい美貌が、今や甘く火照り、快楽で潤む金の瞳をより際立たせる。憂いを帯びるその表情は人を野蛮な獣に変えるに十分過ぎるほど魔性のもので、
「大した誑しだなァ、オイ」
ネセスが唇を舐め、ジラクを乱暴な仕草で押し倒していた。
「や、めろ…!」
俯せ状態で緩い抵抗を試みるジラクの肩をゼネが両手で抑えつけ、
「こんなに欲しがってる身体でやめろとは笑止。胸に触れただけでイってしまう癖に」
興奮した様子で嘲る言葉に反論も出来ないまま、下着の中へと無骨な手が侵入していた。
「…!」
既に濡れるモノを直に刺激されれば簡単に熱を取り戻し、
「っ…、」
息を殺してやり過ごそうとするジラクであったが、抑えられない声が僅かに洩れ出る。
「ふっ…、…ッ」
肩を震わせ、くぐもった声を上げる姿は酷く劣情を呼び覚ますもので、二人の目からは揶揄が消え、明確な欲情が宿っていた。
ジラクの背中を隠すシャツを捲り、現れた刻印に口笛を吹く。
「しかし感心するほど美しい身体だな。予想外の収穫だ」
片手でジラクのモノを扱きながら、背筋から脇腹を撫で、筋肉の形を確かめるように太ももを撫で摩り呟く声は、うっとりとしたもので、
「ンぅ…、っ、離、せ…、ッ…」
碌な抵抗もできず快楽に喜ぶ身体を見て、愉悦の笑みを深めた。
「随分と乱れた過去をお持ちのようですね」
ゼネの言葉に、そんな訳ないだろうと否定しようとして、
「っ、…!」
秘部を押し開く指の感触に、全身が総毛立って言葉も止まる。
そして何より、
「や、…うァッ…!」
易々と中へと侵入した指に快楽を覚え、その事実に愕然としていた。


なぜ。
一体、いつ。


記憶にない筈の行為に全身が震え、腹の奥底がもっと欲しいと疼く。
「っ、…!」
無意識に男の指を締め付け、誘うように淫らな仕草をしていた。
「…本当に経験済みか。こんなにやらしい身体で、何人の男を銜え込んだんだ?その清楚な顔に、この身体じゃあ、さぞかし相手も喜んだろ?」
大してならす必要も無いなと呟いた後、容赦なく挿入する。
その強引なモノを簡単に飲み込んだそこは、ずぶずぶと奥へと入っていくことへの嫌悪感すらなく、
「はっ…、ンっ、…ッぁ」
ひたすら身に覚えのある快感で染まり、一体、いつだと自問していた。


そんな疑問も、ネセスが動く度に脳みそがかき混ぜられるような快楽に襲われて、目先の欲に染まっていった。
濡れた音が室内に響く度、乱れた呼吸音が唇から洩れる。
ゼネにキスをされながら、いかされて、抵抗しなければと思う頭は快楽に溺れ、いつの間にかゼネにも抱かれていた。
「ん、ァ…っ、…、や、めろっ…!」
淫らに誘う表情で唇を開いて、拒絶を口にする。
「っ…、エロい奴」
ゼネと繋がりながらネセスと深いキスを交わしていた。


全身を支配する快感に身体中の渇望が癒え、ようやく腹が満ち足りていく。
行為の後、ソファに横たわり呼吸を整えるジラクの格好は、乱れたシャツを中途半端に羽織った状態で、白い肌はキスマークと精液に塗れていた。それは酷く妖しい淫蕩とした雰囲気で、けだるく瞬きをする金の瞳がよりその気配を強くする。
顔に掛かる金髪は汗で濡れて光り、呆然とした様は初めてを奪われた後かのように儚げでもあった。

幾度か深呼吸を繰り返したあと、唐突に立ち上がる。それから脱ぎかけのズボンを引き上げ、開けたシャツで胸元に付く白濁としたモノを拭い取って、
「気が済んだんなら、さっさと帰れ」
まるで何も無かったかのように毅然とした態度で言った。
ジラクのタフな態度に、ネセスが乱れた金髪をかき上げ、驚嘆のような呆れた溜息を付いていた。
「…見上げた根性だ。予想外の展開だが、まぁ今日の所は良しとしよう」
脱いだ上着を羽織ってフードで顔を隠した後、ゼネを顎でしゃくって呼び、
「自分を取り巻く噂をよく考えろ。魔物を崇拝して生きた方が遥かに楽だぞ」
そう告げた。
「俺はフィローゼントにも、魔物崇拝にも興味はない」
ジラクの淫蕩とした気配とは裏腹の凛とした冷めた声音に、ネセスが片笑いを浮かべる。
「俺は俄然、興味が湧いた。直系に近いお前を何としても仲間に引き入れる。呪いも本物のようだしな。長年の夢がようやく叶う訳だ」
僅かに目を眇めたジラクに投げキスをして、満足そうに背を向けた。
「ゼネ。行くぞ」
「また来ます」
声をかけられたゼネがジラクの身体に流し目を送り、冷酷な笑みを浮かべる。
それを無表情のまま、鋭く見つめ返すジラクだ。

彼らが屋敷から出ていくのを確認した後、ジラクが取った行動は、兄弟が帰ってくる前に痕跡を消すことだった。
見られたくない、知られたくないという感情ではなく、ただ一つ、『巻き込みたくない』という心配であった。

考えるまでもなく碌でもない連中だ。
ネセスが凶器を隠し持っていたことにも気が付いていた。もしあの場に兄弟が帰ってきていたら。
「…」
そう考えるとゾッとして、らしくもなく肩を摩る。


血に塗れた両手が脳裏に過って、すぐに頭から消えたその残像は忘れていた過去のモノだと気が付いた。
「どうして、こうも厄介なことばかり」
ジラクが愚痴りたくなるのも当然で、かたや魔物の呪いに、かたや母親の血、そして一番面倒くさいのはシヴァラーサ家の血筋であった。
シヴァラーサ家として生きていなければ、ここまで名を知られることもなく、行動に制約が掛かることもなかっただろう。そうすれば、彼らのことも容易に対処できた筈で、そして魔物の呪いが完成しようが、個人の問題で終わった筈だ。

シヴァラーサ家である以上、目立つことは出来ず、品行方正に振舞わなければならない。
人々の期待に反すること、社会に反することはできないのだ。
「…」


一体。何のために。


その虚しさを抱きながらも、代々シヴァラーサ家を築いてきた先人に、そして、最愛の父の為に。
そうするしかないと空虚な心を奮い立たせる。


身体の奥が疼き、連動するように背中の刻印が熱を伴う。
いつもより赤みが増し、脈動するかのように赤い光を帯びていることには気が付かないジラクであった。


2023.05.03
随分日があいてしまいました〜💦遅くなってスミマセン…(^-^;
前もちらーっと書いたんですが、構想練り直しとかしてて、従来の設定を生かしつつ、中身を変えていくのが中々骨折りです(笑)
以前、アップしてた流れのまま行こうかと思ったんですが、中々に難しい…(^-^;というか既に出来てない(笑)。
まぁ、そこそこ端折りモードで本筋追う形でしょうか…(^-^;???

ジラクはぶっちゃけ、凌〇キャラです(*^-^*)ん?
とにもかくにもあちこちで〇辱されちゃうキャラです(*^-^*)ン?
んでメス堕ちはしません( 'q' ;)残念〜(笑)。快楽激弱、だけど、堕ちない、攻めがジラクに溺れる系でしょうか(*´꒳`*)。安心設定💛

まぁ気が変わるかもしれません('◇'*)

拍手する💛
    


 ***18***

ジラクにとっての淫夢はさほど珍しいものではない。
ただ、そういう時の翌朝は酷く生々しい感覚が身体に残っていて、本当に夢なのか分からなくなるほどだった。
あれがもし夢でないとするなら、考えられる相手は一人しか存在せず、それを思うと今まで夜中に目覚めたことすら無いのも異常なことかもしれないと思い直す。
彼の考えていることがまるで理解できず、
「…き、兄貴!」
大きな声で呼ばれ、ハッとする。顔を上げれば、ザキが不思議そうな顔で見つめていた。
顎で指し示す先はティーカップで、
「零れてる」
茶色の液体が縁から溢れテーブルに広がっていた。
「っ…」
「どうしたんだよ。今日、変だぞ」
いつもの無表情はそのままに、様子だけがおかしいジラクに首を傾げるザキだ。
傍らに置かれた布巾で液体をふき取るジラクの格好は珍しくもハイネックの長袖姿で、ザキが屋敷に帰ってきた時も入浴後であった。夕方に差し掛かる時間帯に風呂に入るジラクに違和感を覚えたのはいうまでもない。
それだけならまだしも、ぼんやりと考え事をするジラクの顔はいつもと同じでありながら、どこか憂いを帯びて覇気が無い。
ザキの問い掛けに対しても、日頃は強く見つめ返す瞳も力なく逸らされ、別にという短い答えが返ってくるだけであった。

どこからどう見ても様子がおかしいのに、別にということはないだろう。
心の中で突っ込みを入れながらも声には出さず、ジラクの様子を窺う。ここにラーズルがいれば気の利いた言葉の一つでも掛けられたのかもしれないが、特に何も浮かばず、ただチラチラと視線を向けるしかなかった。

ジラクが自分のことを何も話さないのは今に始まったことでもなく、一緒に暮らしていればこんな日が1年に一度くらいはあってもおかしくはない。そう思うことにして深く追及はせず、そっとしておくことにすれば、ジラクが珍しく溜息を付いたあと、今にも零れんばかりに溢れるティーカップの中身を啜った。

それは心臓に悪い仕草で、妙な庇護欲を掻き立てる。両手でカップを持ち上げ虚空を見つめる姿を見て、本当に大丈夫なのかと心配になり見つめていると、唐突に目が合っていた。
「…」
いつもなら冷たい視線が返ってくる筈の状況にも関わらず、さり気なく俯いたジラクが視線を外す。
澄んだ色を浮かべる金の瞳だけが常と同じ美しさで、
「何かあったんなら、黙ってねぇで言えよ」
思わず、心配の声を掛けていた。
「別にって言ってるだろ」
間髪入れず返ってくるのは突き放すような冷めた声だ。
「けど、」
「ザキが気にするようなことじゃない」
これ以上の追及を避けるように、カップを片手に背を向けた。

ここまで明確な拒絶を示されて、心配する必要などないだろう。
ジラクの態度に苛立ちを抱き、勝手にしろと小さく返す。ティーポットに残った紅茶を自分のカップに注ぎながら、一体、何なんだと行き場の無くなった感情を持て余していた。


****************************


実際のところ、ジラクのハイネック姿はかなり珍しい。
例の如く、泊まりにきていたサーベルですら不思議がるくらいで、連日のように着ていたカーディガンを着ていないことも、彼らの疑問に拍車を掛けていた。

そしてサーベルの遠慮のなさは、ジラクの想定を遥かに超えるもので、夕食後に書斎に入り浸るジラクの一人時間をノックも無しに邪魔をする。
「本を借りてもいいですか?」
言いながらジラクの反応も待たずに室内へと入り、一見、興味も無さそうなタイトルの背表紙を手に取っていた。
非難の視線を向けるジラクを気にもせず、ペラペラと頁を捲り、何冊か物色する。
それから、ソファに座るジラクの後ろを通り、
「っ!」
ふいに、ハイネックを捲った。
「何、っ…、」
「珍しいですね。黒のハイネックなんて」
首に掛かる手を振り解こうとするジラクの肩を、体重を乗せ抑えつけてくる。
身体を捩って、サーベルの手から逃れる頃には遅く、
「隠したい訳だ。そんなにキスマークを付けて、相手は誰です?」
しっかりと見られた後であった。
ジラクが諦めの溜息を吐く。今更になって慌てたところで、しょうもないだろう。
「お前に関係ないだろ」
「町の奴?そんな訳ないか」
両肩にずしりと肘を乗せたサーベルが顔を覗き込み、素知らぬ顔をするジラクを観察していた。
長い睫毛は微動だにせず、追及を受けても動揺一つ表さない。
「ジラクさんのことを結構知ってるつもりだったけど、…何?隠れた愛人でもいるんですか?」
「ふざけるな」
重くのしかかるサーベルの身体を振り払おうとして不発に終わる。
「こないだ、ジラクさんに服を贈った相手?そういえば酒場で噂になってたな…」
「お前、いい加減にしろ」
相手にも失礼だと付け加えれば、サーベルが瞳を細め、へぇと呟いた。その表情はあまり目にすることのない冷たさを内包し、
「…」
仰ぎ見ていたジラクが動きを止める。
「ジラクさんにそんな気配りがあったとはね」
キスするくらいの近さで威圧するサーベルからいつにない怒気を感じ、身体が硬直していた。

怒る要素が分からない。
仮に誰かと寝ようとそれこそサーベルには一切、関係のない話で、
「サーベル!」
「まさかジラクさんが男とねぇ。信じらんねぇなぁ…」
するりと鳩尾まで手を滑らせた男の体温に、訳も分からず鼓動が跳ね上がっていた。間近にあるサーベルの唇が触れそうで触れず、昼間の行為を思い出す身体は意思に反して勝手に熱くなる。
「お前に、関係ないだろ」
サーベルの手を両手で掴んで引きはがせば、更に最悪なことにシャツが捲れて、白い肌に残る鬱血が露わになっていた。
どんなに否定したところで、そんな場所にまでキスマークを残していれば、決定打だろう。
「…」
無言になるサーベルに、これ以上の言い逃れも無駄だと悟り、
「俺が男と寝たら悪いか。別にいいだろ」
合意じゃない行為であったが、開き直っていた。
重い身体を振り解くようにしてソファから立ち上がり、サーベルの拘束から逃れる。相手を真正面から見据えれば、サーベルが腹の裡を探るような強い眼差しを返す。

しばらく無言のまま見つめ合っていた。
それは息が詰まるほど重い沈黙で、滅多にないサーベルの視線の強さから強烈な批判を受ける。
「…俺が何をしようが、関係ないだろ」
「そうですね」
唐突に興味が失せたように一息ついて、
「散々、俺を信用できないといった口で、自分は男と密会とは呆れて物も言えない」
本でソファの背を叩き、そう告げた。
「そりゃ、兄弟から隠したくなる訳だ。そんなにふしだらとは誰も思いもしないでしょうしね」
明らかな侮蔑を受けても、ジラクは表情一つ変えず、
「なんとでも言え。どうでもいい」
冷めた声で返していた。
事実、何人と寝たのかすら自分でも分からない。ただ、その行為に慣れていることだけは確実に言えることで、サーベルの言葉を否定できるだけの根拠もなかった。
「…この本、借ります」
それ以上の追及はせず、サーベルが部屋から出ていく。

「男と密会か…」
もしそうなら、気楽でいい。

何もかもがどうでもよくなるほどの憂鬱感に苛まれていた。


2023.05.07
理解者がいないジラクが不憫で好き(*^-^*)💛ごめんよ…(*'-'*)
いつも拍手・訪問ありがとうございますm(_ _"m)ペコ

コメントもありがとうございます〜(*^3^*)ノ💛ジラクは無自覚のエチエチキャラでお届け〜( *´艸`)笑。感想貰えると嬉しいです💛エチ度が伝わって良かった…(←?!)
個人的に本人には覚えが無い所もスキ💛
今後、更に沢山の人と絡ませたいです〜(..>᎑<..)!ジラクはまぁ、誰と寝ても然程、気にしない(笑)。モラル無いもん〜( '-' ;)💛

そういえば、サイトの設定が必要で全ページ、再アップロードしたんですが、もしかしたらどこか文字化けしているかもしれません…(笑)。文字コードの問題で「?」に変換されてる部分があるやもです…(^-^;。サクっとチェックはしたけど全部は見れてなくて、その時はお許し下さい〜(笑)。過去小説とかは割と前から、アレ?みたいな表記のものがあったりするんですが(笑)、読んでいる人は少ないと思うのでスルーしてます…( 'w' *)笑。

まぁHPも一本化した方がいいよなぁと思いつつ、小説を載せてるサーバーは私が死んだとき、3カ月以内に削除されると思うので、そういう意味で恥を晒さないで済むかなと思ってメインに使ってます(笑)。
モバイルで使ってる他の2か所に小説を移したいというのはあるけど、こっちは外国のサービスなので、ちょっと色々考えると一本化が難しい…(-_-;)。

何か創作系の面白いサービスがあればいいんだけど、最近、イマイチ進歩も無い感じで、何かおすすめあったら教えてくださると嬉しいです〜(*´꒳`*)☆彡

    


 ***19***


翌日のジラクは兄弟にも告げないまま、首都にある大図書館に来ていた。

いつものフード付きの衣装で身を隠した所で、司書にはすぐに正体がバレる。それでも、ミザリア国に行ったような騒ぎにはならず、閉館まで居座ることができていた。
とはいえ、目的の情報は得ることが出来ず、大国の大図書館や情報屋でないと扱いすらないのかもしれないと諦めに至っていた。
彼らからの接触を待つだけというのも、情けない話だろう。

向こうは自分の素性を知っているにも関わらず、こちらは相手の活動拠点も分からず、これほど不利なこともない。
せめて組織名だけでも聞いておけばよかったと今更になって後悔しても遅い。
もっとも、聞いたところで素直に答えるとも思えず、どちらにしろ接触を待つしかないかと苛立ちにも似たもどかしさを抱いていた。

外は暗闇に包まれる時刻になっていて、今から町へと戻る時間でもなく、そのまま宿を取ることにすれば居合わせた人々がジラクの名前を聞いてざわついていた。

ジラクが自国の首都に来ることは珍しい。
来たがらない理由の一つに、シヴァラーサ家の専属守祭が居住を構えているということがあるが、事実、彼らはジラクが来ていることを知ると同時に、会いに来る執拗さだ。
それは悪い意味ではなく、あくまでも心配の気持ちからであったが、ジラクにとってはいい迷惑に他ならず、
「首都に顔を出されたなら言って下さればいいのに」
宿を取ったことを聞きつけた彼らが、ジラクの元を訪問したのは僅か1時間後であった。

室内に入ってきた男らはジラクよりも年上で、全員が守祭の衣装を纏っていた。
街で守祭の格好を見かけることは珍しいものでもない。
全身を覆う白い衣装は魔除けが施され、いつ何時でも、そのまま魔物狩りに出かけられる特殊な材質のものになっていて、背面には所属を示す紋章が入る。
所属のある守祭で紋章無しは珍しいが、シヴァラーサ家の専属守祭はまるで無所属のように、紋章無しの真っ白な背面であった。
人々は密かにシヴァラーサ家を名乗るのが恥なんだと思っていた。
首都に住んでいる彼らの顔は割れていて、ジラクを取り巻く噂を考えれば、当然の思考でもある。

シヴァラーサ家専属とは言え、他家の依頼を受けてはいけないという決まりもなく、彼らの守祭としての能力は高く評価されていた。それだけに、シヴァラーサ家にいつまでも縛られて気の毒にといった類の噂もあるくらいであった。

「…」
やってきた男の苦言には答えず、無言で彼らを招き入れたジラクはラフな部屋着姿で、昨日付けられたキスマークは未だ赤く首筋に残っていた。
それに気が付かない彼らでもないが特に追及はせず、簡易的な小さな室内を見回す。それから小さな椅子を引っ張り出して座った。
「あまりいいようには見えないですが、背中の調子はどうですか?」
黒髪の男が物静かな声ながら遠慮なく訊ねる。無表情で返すジラクを見て、相変わらずですねと呟いた。
「君には本当に感謝ってものが無いな。いつ会ってもそうだが。誰が世話をしてやったと、」
「ミノ。いいじゃないですか。彼は記憶にないのだから」
「そうやって守祭長が甘やかすからこうなる」
白銀の髪に青い瞳の男はミノという名の男で、見目が良い割に態度は横柄で、ジラクに対しても苛立ちを露わにしていた。
それに対し、守祭長と呼ばれた男は、シヴァラーサ家専属守祭の筆頭で古くからシヴァラーサ家に仕えてきたベテランでもある。
「今日はこうして会ってしまったので、観念して背中を見せて下さい」
二コリと笑みを携えてジラクに座るように急かす男は、最年長特有の穏やかさを持ちながら、有無を言わせない強引さも併せ持っていて、昔からしつこくされるやり取りにジラクが大人しく上半身裸になった。
「…」
彼らの目前にあらわれる背中の刻印は燃え盛る炎のように鮮明な赤で、ジラクの白い肌に緻密な紋章を克明に刻む。
以前よりも範囲を広げるそれに、彼らは一様に息を飲んだ。
「神秘の石を集めても無駄だろ。俺でも分かる」
背中を見せた途端に無言になった彼らにジラクが冷めた声音で言えば、守祭長であるゼンバが小さく呻いていた。
「何でもっと前に、我々の所に来ないんですか」
珍しく詰問に近い問い掛けに、ジラクが返す言葉はシンプルで、
「信用してないから」
いつからか抱く不信感のまま、そう返していた。
「本当に理解に苦しむな。記憶も無いのに、どこから来るんだか」
「…」
白い背中に残るキスマークの跡を辿るゼンバが眉間に皺を寄せ、
「貴方のプライベートは詮索しませんが、お相手は背中のことをご存じなんですよね?」
躊躇いもなく刻印に跡を残す相手を訊ねる。
「…あぁ」
彼らのことを訊ねようか迷い、すぐにその考えを否定していた。
シヴァラーサ家の専属守祭とはいえ、極力関わりを持ちたくないジラクだ。守祭に対する不信感は強く、何故そう思うのかは分からないが、彼らがどんなに言葉を尽くそうとそれは拭えない感覚であった。

それ以上の追及もせず、背中に聖言を唱え、魔封じの液体を塗りたくる。
昔から儀式のように行われる決まり切った行為は既に意味を為さないものだと知っていた。
微々たる効果はあるのかもしれない。ただ、この行為で進行を食い止めることは出来ず、もはや呪いを止めることは出来ないということも分かり切っていた。
「神秘の石は、魔物に対して効果があるというものでもないので、この刻印に関しては、解呪師を訪ねた方がいいかもしれません。もしかしたら…」
僅かな希望に縋るような呟きに、ジラクが無言のままシャツを着る。
「そういえば、ミラの推薦の話はどうなったんだ。元々、封魔士にしたくて連れてきたんだろ?ラーズルにはそっちの才能が無い。家長はラーズルが継ぐにしても、封魔士がいなきゃシヴァラーサ家が困るだろ?」
「何を仰ってるんですか。まるでシヴァラーサ家から抜けるかのような…」
「…」
前々から思っていたことを伝えれば懸念している事実を突かれて一瞬、言葉を失っていた。

この先、何がどうなるかジラク自身わからない。
シヴァラーサ家が自分の代で無くなってしまったら、父は悲しむだろう。そう思うと最善策はそれしか考えられず、
「…そのつもりかと思ってた」
専属守祭もその予定で兄弟を連れてきたのかと思っていた。

「…推薦の話は進んでいます。その話はまた書類などが出来たら次回にでも」
「君が一人では暮らせないから兄弟を見つけてきたんだろう?シヴァラーサ家の長は君だというのを忘れるな。本来なら、封魔士も再開して欲しい所だが」
ミノが突き放すような口調で言いながらも言葉は真逆なもので、封魔士としてのジラクを高く買っていた。
「替えは存在しない。君が何であろうと」
「…」

ミノのどんな言葉も。
ジラクの不信感を拭うことは出来ず、
「どうでもいい。もう寝るから帰ってくれ」
これ以上、彼らと話すことは無いというかのように席を立つ。
ゼンバが小さく溜息をつき、
「ミノ。行きましょう」
苛立ちを露わにしたミノの怒りを鎮めるように静かに呼びかける。それからジラクを振り返り、
「何か困りごとがあれば、いつでも来て下さい」
いつも必ず言う定番の言葉をかけて、室内から出ていった。
それを静かに見送るジラクだ。


大戦のあと、記憶にない5年間は彼らの世話になっていた。
それは事実だ。


感謝しろというミノの言葉は尤もな筈だが、頭では分かっていても感情は付いていかない。
守祭という単語を聞くだけで寒気がして、どうしようもない不信感に囚われる。

聖言をかけられた背中が、その力に反抗するように熱く痺れていた。
「…」
考えるのをよそうと頭を切り替える。
灯りを消し、質素なベッドに潜りこむジラクであった。


2023.05.15
そろそろ登場人物が多すぎて、誰が誰か分からなくなってくる状態でしょうか(^-^;
なんかいい感じにイメージ図とか用意できるといいんだけど…💔

そういえば、ゼルダ買っちゃいました(笑)。しばらく更新遅延気味になるかもしれません(笑)
更新無かったらゼルダに没頭してると思ってて下さい(*'-'*)テヘ💛

拍手する☆
    


 ***20***

その日、赤い包みに黒いリボンを巻いた贈り物が届いていた。
総本家から届けられたその贈り物を見た瞬間に、贈った相手の意図を知る。
贈り物に巻くリボンにはそれぞれ意味があり、純白は忠誠、赤は信頼、そして黒は憎悪を表していたが、まさに魔物の血と同色の真っ黒なリボンは、純粋な憎悪を意味し、鮮血の赤と忌み嫌う黒が混ざった贈り物は、強烈なメッセージ性を持っていた。

開けろと催促する守祭は中身を既に知っているかのようで、手にずっしりと来る重みを手渡しながら、淀んだ目で睨みつけていた。
リボンを紐解く指が震え、箱を開くまでに時間が掛かる。
背後に立つ男が覆いかぶさるように手を重ね、紐解くのを手伝っていた。

『魔物と通じていたとはね』
その場には守祭が5,6人ほど集まっていたが、その内の誰かが軽蔑の混じる声で言う。
呼吸が逸り、息苦しくなっていた。

赤い包みを解けば両面赤の包みがテーブルを染め、それは鮮血が広がっていくようであった。
視界が赤く染まる。手が血に塗れ、先の大戦の阿鼻叫喚が耳に強く蘇っていた。
『ぅ…』
鼻に残る魔物の血の匂いを思い出し、強い吐き気を催す。
『手が止まってますよ。ジラク』
柔らかな笑みを浮かべ、そう言った男の瞳は全く笑っておらず、
『お前への贈り物だ』
別の誰かが、冷たい声で促した。

開けば開くほど、赤い色が広がっていく。
中から出てくるのは質素な木箱で、保存聖言の術が掛けられていた。蓋には紋章が淡い光で浮かび上がり、ひんやりとした冷気と共に弔いの香りが漂う。
全身がガタガタと震え、蓋を開くことも出来なくなっていた。
背後にいた男が首筋に手を掛け、耳元に唇を寄せる。それから静かな声で、
『自分の手で中身を見ろ。それがお前の罪だ』
そう囁いた。


***********************


背中を激しい痛みが襲う。
「ッ…!」
その鋭い痛みに目が覚めると同時に、
「起きたか。ジラク」
聞き慣れた声が、背中の上に跨って首の後ろを上から抑えつけた。
見ていた夢に頭がぐらつく。
「ミ、…ノ、…!どうやって、…」
「どうせ君は一人では起きられないだろう?宿主から鍵を借りた。起こしてやるついでに、背中の浄化をしてやろうと思ってな」
「…ぐ…」
既に聖言を掛けられた後の背中は焼けつくような痛みを齎し、ジラクが僅かに眉間を寄せて呻く。それを気にもせず、彼は言葉を唱えながら指先で背中をなぞっていった。
「ゼンバ様は優しすぎる。あんなぬるい治療をするから、呪いが抑えられない」
ミノが得意とするのは磔の聖言で、魔物の動きを制圧する補助聖言は封魔士から絶大の人気を誇る類のものであったが、発動にはかなりの精神力と気力を必要とする。対象の能力にもよるが、長い詠唱も必要で技術的な難易度も高い。
それを呼吸するかのように操るミノはかなりの熟練者で、
「ミノ!やめろ!」
ジラクの制止を無視したミノが詠唱すると共に、聖言文字が彼を渦巻くように取り巻いて空中に小さな金色の楔をいくつか出現させていた。

本来、戦闘用の聖言は対魔物に行うのであって、人間には使用しない。
人への攻撃は守祭としての逸脱行為とみなされて処罰対象になるが、彼は何の躊躇いもなく、
「君の呪いは魔物との結合による。本当は君自身を破壊するのが一番だが…」
言って手を振り下ろせば、ジラクの両肩と背中の中心から尾てい骨までの3箇所に、光を帯びた半透明の楔を突き刺していた。
「──ッ…!」

肉体的な損傷を伴う訳ではないが、相当の痛みを伴う。
それでも、ジラクは呻き声一つ上げずに歯を食いしばり、表情を曇らせただけであった。
僅かに乱れた呼吸を繰り返すジラクを見て、
「磔は魔物の精神を強制的に抑えつける聖言だ。少し痛いが我慢しろ」
少しどころではない筈の行為を大した事はないと宣言して、更に聖言を唱え始めた。
背中の楔が共鳴し合い、紋章の上で光の線が浮かび上がる。強弱を付けて輝く楔に連動するように、呪いの刻印が赤い光を宿していた。
「う…っ、ぐ!」
上から押し潰されるような重圧が急激に強まって、ジラクの呼吸が封じられる。
楔から溢れる眩い光が室内を照らす中、苦し気な呻き声を聞きながらもミノは手を緩めず、背中の中心の楔に両掌を当てて守祭しか分からない聖言を口にし続けていた。

ミノが為す強制的な制圧は対魔物においてかなりの成功率で、守祭の中での評価はすこぶる高いものであった。
磔を解くには相当の力を要し、魔物であれば力で強引に振り解くことも可能ではあったが、対象が人間であれば、そして特にミノのように強力な聖言を前にすると抜け出すことは不可能になる。
完全に制圧された状態のジラクは、ミノの手のひらで容易に命を握られた形になって、これ以上にないくらい限界まで耐えることを強要されていた。

そうして1分以上、その状態が続いたあと唐突にミノが聖言を解き、圧迫感から解放する。
「ッ!かは、っ…、…は、…ぁ!ァ…っ!」
急激に喉へと流れる空気に咳き込み、その苦しさに喘ぐジラクは乱れた呼吸で、珍しくも瞳に涙を浮かべてミノを睨んでいた。
身体には力が入らず、起き上がることも間々ならない。

とはいえ、ミノ自身も相当の体力を消耗した状態で、額の汗を拭いながらジラクの上から退き、呼吸を整えていた。
「これほど年数の掛かる呪いをかけて、西大陸の王が何をしたいのかは不明だが、君を欲しているのは確かだ。誘うように魔物の気配をプンプンさせておくな。気持ち悪い」
「っぁ…」
光を失った刻印に触られ、ビクっと身体が勝手に反応する。
磔の効果なのか全身がやけに過敏になっていて、皮膚に触れる僅かな刺激でも電撃を食らったかのように痺れる感覚を齎していた。
「我々がなぜシヴァラーサ家に残ってると思ってるんだ。ジラク」
背中から尾てい骨まで指を滑らせ、薄っすらと残るキスマークの跡を辿っていく。緩いズボンの中へと手を差し入れて、
「誰かと現を抜かしてる場合じゃない筈だが?君は自分の立場を分かってるのか?」
柔らかな臀部の膨らみを片手で鷲掴み、全身を震わせたジラクを冷徹に見下ろしていた。
「ッ…、…そん、なんじゃ、…」
「それとも、記憶を取り戻したか」
「…?」
「あれだけのことがあったのだから」
するりと脇腹を撫でながら、
「っ…」
「男じゃないと満たされないだろう?」
容易に反応するジラクを特に意外でもなさそうに見つめて言った。
「何を、言って、…」
起き上がろうと両腕に力を込め、肩が震える。
反抗するジラクを見て、違ったかと呟いた。
「この際、相手は誰でもいいが、恋愛してる場合があったらさっさと封魔士をしろ。そうすれば我々も」
「ふざけるな!」
封魔士という言葉を強く否定するジラクに、ミノが射るような視線を返す。瞬き一つしないまま、探るように瞳を細めた。
「何を憎む?守祭か?それとも、封魔獣か?君が憎んでいるのは魔物ではないよな」
「…俺は、…っ」
上体を起こそうとするジラクの肩を押し戻して、
「あの時のことを考えれば、本来、憎むべきは西大陸の王の筈だが」
「!」
「どうして君がそのことに気が付かないのか不思議だ。こんな身体にした張本人は彼だろう?」
首の後ろから背骨に沿って撫でられ、ピリピリとした刺激が走る。その痺れは敏感な部分に伝わり、
「ン、っァ…!」
甘い声が勝手に洩れていた。
俯せた状態で力なく横たわる身体は程よく付いた筋肉で流美な線を描き、引き締まった腰からは色香が漂う。背骨の窪みから尾てい骨まで指を滑らせたくなる流れがあり、背中に刻まれた紋章がより一層、ジラクの繊細で優美な身体を強調していた。
「…相変わらず、男を惑わすのが巧い」
聞こえないくらいの小声で呟き、呼吸を整えるジラクをしばらく見下ろす。それから、腰掛けていたベッドから立ち上がり、
「とにかく。これ以上、魔物の気配を強くするな。総本家に付け入られる」
そう忠告した。

「今、君には家族がいるんだ。シヴァラーサ家の長うんぬん以前に、しっかりしろ」
「…、く、…」
ミノの言葉は尤もなもので、ぐうの音も出なかった。
勝手に決められた兄弟ではあったが、それを認め、印を押したのは自分自身だ。

ぽっかりと空いた喪失感に、何かを求めていたのは確かだ。
失うことのない確固たる何かを。
それが失われるようなモノなら欲しくはなかった。

それなのに。
いつの間にか彼らの存在が大きくなって、騒がしくない屋敷は味気ないものになっていた。


「…っ、…!」
何とか身を起こしたジラクが、強い眼差しを返す。
ミノが視線を絡めたあと、
「我々を信用しなくても別に構わない。ただ。彼らを守れるのは君だけだということを頭に入れておけ」
それだけの力と後ろ盾があるのだからと付け加え、静かに部屋を出て行った。

痛いところを突かれていた。
シヴァラーサ家はジラクの代になってから大きな功績を残している訳ではない。
生活するだけの財力はあるが、守祭や封魔士が一丸となってシヴァラーサ家を潰しに来たら、太刀打ちできるものでもなく、まるで断崖絶壁に立つ古びた屋敷のように、脆く危うい立場にあった。
自分一人だけの問題なら、どうとでもなる。それが兄弟も絡むとなると話は別物だ。

シヴァラーサ家に対する批判は、異兄弟とはいえ、そのまま彼らにも向く。
もし自分が行方を眩まそうものなら、被害を被るのは兄弟だろう。

彼らに自身を守るだけの地位も、力もないことをよく分かっていた。



痺れる手を確認するように幾度か動かし、強く拳を握りしめる。
真っすぐに前を見据える金の瞳は孤高の獣の如く、力強く決意の宿るものであった。


2023.05.20
やばいねー…(^-^;ラブが足らないねー…💔(笑)
ジラク。頑張れ。めげずに恋愛するんだぞ…( '-' ;)!!

いつも訪問・拍手ありがとうございます!
結構ギエンの続編(?過去編?)目当てで来てる方、いるのかなー?(^-^;💦
ちょっとね、私一点集中型(?)で、中々同時並行の更新が出来ないタイプのようです(笑)
そんなで一応、ご連絡でギエンは当分(?)更新予定は無いです(o*。_。)。拍手とか下さる方、ホントありがとう💛

    


*** 21〜 ***