【総受け,男前受け,冷血】

 ***91***

深い眠りが妨げられる。
柔らかな心地よさを塗り替えるように、強く痺れるような疼きを覚え、
「…っ…、ぁ…、…?」
薄っすらとギエンの瞳が開いた。
「?…っぅ…、…ン…」
俯せの格好で腰だけ上げた身体が揺らぎ、頬に滑らかなシーツが当たる。
後ろを押し開いて出入りするモノをぼんやりと感じながら、何をされているのかすぐには理解できず、
「ハバー…、ド…?」
無意識に彼の名前を呼んでいた。

「ぅ…っ!」
突如、荒々しい勢いで奥まで突かれ脳が覚醒すると共に、その荒々しさに相手がハバードでは無いと悟る。それとほぼ同時に、
「やっぱりそういう関係なんだ?」
聞き慣れた声が、欲に滲んだ声で言った。
「ッ…?!…うァ…ッ…、っぅ!」
起き上がろうとするギエンの背中を強い力で押さえつけ、乱暴に腰を振る男はよく知る男とは別人で、
「て、めぇ…っ…!」
「君はそういう男だろ?」
辛辣な言葉と共にギエンの弱い所を刺激して、強引に昂らせる。抵抗を試みる身体は快楽に弱く、たとえそれが荒々しいものでも突く度に後ろを締め付け、ギエンの意思とは無関係にびくびくと身体を震わせていた。
「ァ…、やめ、ろ…!…俺は…ッぁ…!」
ダエンにとっては抗う姿すら嗜虐心を煽るもので、上から力任せに押さえつけ強引に組み敷きながら、無意識に唇を舐める。

ギエンは男にしては体が柔らかく、筋肉質な全身からは想像も付かないほどしなやかな肢体の持ち主で、特に後ろから抱いた時に背を反らせて善がる様は、非常に煽情的で情欲を誘うものだった。
褐色の肌に走る傷がより男らしく、そして酷く劣情を呼び覚ます。
ダエンも例外ではなく、見下ろす黒い瞳には野蛮な感情が宿り、
「お前、は、…ッっぁ…、親友だろ!?」
快楽に震えながら問うギエンの余裕の無い声にさえ、強い支配欲が湧き上がっていた。

ギエンへの感情を自覚してからは以前のような躊躇いは一切なく、抵抗するギエンの背中を押さえつけたまま、
「誰とだって寝る癖に。別に親友と寝たって減るもんじゃないだろ?」
悪びれもせず欲望を叩きつけた。
「はァ…っ?!…何、言…ッっぁ、…?」
甘く全身を震わせながらも、なお抵抗を試みるギエンに対し、ダエンは欲に溺れながらも冷静で、
「親友相手にこんなに感じてる君も同罪だろ?」
事実を突きつけるように、濡れるギエンのモノに触れる。驚くギエンをよそに、何の躊躇いもなく指を滑らせ、ギエンの動揺を煽った。

ハバードが恋人だとは言えないギエンだ。公言していいものなのかという躊躇いと、ダエンの対抗心に余計な火を付けるという懸念があったからだ。
それだけでなく、既に受け入れてしまったモノを今更拒んだところで大した意味は無いということも経験上、よく知っていた。

ギエンの抵抗が僅かに緩むのを見て、ダエンが歪んだ笑みを浮かべる。
しどけなく濡れる指を見て勝ち誇ったような顔をし、根元に手を滑らせた。
「ッ...!」
「僕は簡単にいかせたりはしない」
そのままきゅっと掴んで快楽を塞き止めるダエンは容赦が無く、
「っ…ふざ、け…ッ…!」
焦るギエンをよそに、ギエンの嫌がる言葉を放つ。
「親友に突っ込まれてこんなに濡らしてる君は、そういう男だもんね」
「ンんッ…!?ぁ…ッ!」
事実、その言葉の通りで、圧し掛かるように奥深くまで突かれ全身を痙攣させていた。

繰り返される激しい抜き差しに前立腺を絶え間なく刺激され、抑えられない声をあげる。
動揺と欲情が混在する蒼い瞳が熱を宿して潤み、日頃の高圧的なギエンからは想像も付かないほど浅ましく淫らな姿態を晒していた。ダエンのモノが良い所を突く度に、甘い声を上げ、淫らに薄く開いた唇からは透明の雫が零れシーツに染みを作っていた。
「ふ…ぅ…、本当に君は…、相手が誰でもこんなになっちゃうんだ…、うッ…!」
熱の宿る嘲りに、ギエンが緩い抵抗を試みる。
腕を突っ張り上体を起こそうとして腰ごと引き寄せられ、
「っ…、ンァ…ッ!」
より深く挿入されていた。
途端、全身を駆け巡った甘い痺れにギエンの身体が力なく崩れ落ちる。
激しい動きに首元のネックレスが揺すられ、音を立てながら柔らかなシーツの上を滑っていた。

頬をシーツに押さえつけられるような体勢のまま、薄っすらと瞳を開いて快楽に耐えるギエンは、顔の前でシーツを握りしめ懸命に声を抑えようとしていたが、
「そろそろイきたい?」
「んぅ…、ァっ…!」
指先で先端をなぞられ、甘い声が漏れる。
「ッ…、くそ、が、ッ!」
咄嗟に出た声を恥じるように罵り言葉を吐くギエンの羞恥を更に煽るように、
「僕のモノを中に欲しいって言いなよ。そしたらイかせてあげるよ」
恥じらいもなくそんな台詞を吐き、ギエンを仰天させた。
「頭が、…沸い、てんの…かッ…!」
「君は男だから妊娠しないだろ?一回、言ってみたかったんだよね」
つらっとそんな言葉を吐いて、更にギエンを驚愕させていた。親友だと思っている男のそんな面を知りたくもないギエンだ。
だが、そんな心情とは逆に身体は思うようにはいかない。
「っ...!…この、…変態がっ…!」
「親友に突っ込まれて、こんなに喜んでる君に言われたくないよ」
腰を引き寄せ、乱暴な仕草で叩きつけられ、
「ぃ、…うっぁ…、…や、ァ、…く…」
背を大きく反らせて、こらえ切れない声をあげていた。


静かな夜に濡れた音が響く。
ギエンの理性は擦り切れる寸前で、身体以上に瞳は甘く蕩けて惚けていた。

「…」
「聞こえないよ」
小さく呟く声にダエンが意地悪く問い返す。
ギエンが観念したように唸ったあと、
「ん…、俺の中に、…を、よこ、せ…」
甘く震えた声で高飛車に強請る。プライドの残るその言葉に小さく笑って、腰を引き寄せた。
「分かった、ろ?…っ、…君が僕を求めたんだから。…は、ァ…」
言いながら中に吐き出すと共に塞き止めていたモノを解放すれば、いつになく身体を大きく震わせたギエンが声もなく果てていた。
長く続く絶頂感に唇は甘く震え、健康的なピンク色の舌が歯列の間から覗き唇を濡らす。
「っ…ぁ…、…ぅ…ァ、…」
柔らかで甘そうなソレがやけに魅力的に映って、好奇心が抑えられなくなるダエンだ。
「…」
力の抜ける身体を無理やり自分の方へと向かせ、
「ンん…、む…」
舌を貪る。
ギエンの驚きも一瞬のことで、後頭部を押さえ付けられ口づけが深まれば深まるほどに、快楽に流されて欲情に溺れていた。
濡れた音と共に心地よさそうな低音ボイスが耳に響き、不思議と親友の、それも男の声に嫌悪感も何も沸いてはこない。

それ以上に。
「っふ、…ァ…」
想像より遥かに柔らかな唇は延々と食んでいたくなり、熱くて蕩けそうな舌は甘い味がするような気さえしていた。


下半身が再び熱を帯びるのと同時に、同じようにキスだけでギエンが感じていることに気が付いて、見たことか、と内心でほくそ笑む。
イったばかりのギエンのモノに触れれば簡単に手を濡らし、親友とするキスですら、この有様だ。ギエンが乱れるのは誰が相手だろうと同じことで、ハバードだけが特別じゃない。
そう思うと、異常なまでの高揚感と共に、かつて感じたことがないほどの優越感を得ていた。

無理やり身体の向きを正面へと変えさせられたギエンが、恥じるように片腕で顔を隠す。
引き締まった傷だらけの身体は立派な体躯で、筋肉の形に沿った美しい影が浮かび全身のラインをより艶めかしくする。盛り上がった胸筋には、その男らしさとは不釣り合いの綺麗な色の乳首がぷくりと立ち上がり、甘く誘っていた。

ダエンの欲は留まるところを知らず、その甘い色に喉が鳴る。
「っぅ…、ン、…ッ…」
太ももを抱きかかえるようにして押し開き、内腿の肌を強く吸った。
見慣れた褐色の肌に、これほど欲情を感じるとは思いもしなかったが、ゼレルが痕を残す理由が、今となってはよく分かるダエンだ。
赤く痕の残る褐色の肌が、余計にいやらしく淫らな肢体へ変わり、それが今この瞬間は自分のモノだという支配欲が満たされる。
夜の相手の一人であろうハバードが、気が付くようにと際どい部分にいくつもの痕を残した。
抵抗するのを諦めたギエンの中へ、再び侵入すれば簡単に淫らな顔を覗かせ、腰を揺らす度に背を反らす。
二度目ともなれば、奥を突くだけで先端から白濁としたモノがトロトロと溢れ出し、その光景は同性のものであるというのに異常な興奮を覚えていた。

ギエンのいつもの姿からは想像も付かないほど甘く淫らな表情に目を奪われ、先ほど中に出したモノが淫らな音を立て、耳を侵す。
「っァ、う…っ、…!」
欲に溺れた低い声がダエンの感情を狂わせ、彼の筋肉質な身体に心を縛られる。

「っ…、ギエン…」
苦し気に名前を呼ぶ声は熱に浮かされ掠れたものだった。

抱けば抱くほど後戻りができなくなることに気が付く。
それでも、この感情を抑えることはできず、
「親友ならこのくらい許されるだろ?」
甘く戦慄く身体に優しくキスをした。
「っ…、ン、ぁ…」
ギエンが答えるように震えるのを見て、親友としての自信を取り戻す。


淫らな身体を少しでも長く楽しみたくて、ゆっくりと焦らしながら、ギエンを更に快楽の底へと落としていくのだった。


2022.05.28
さてと、割と計画的犯行なダエン(笑)。私は寝取られ大好物です(*^-^*)。
ダメな人って結構いるんだよね…。私のサイトに来ている方は恐らく…大丈夫でしょう(;;⚆⌓⚆)ということでふつーに寝取ります(笑)。
ちなみに勘違いダエンが図々しくてスキ(*^-^*)!ギエンはハバード相手だともっと陥落早いんだけど、まぁダエンはそんなの知らんので、しょーがない(笑)。で、ギエンはあくまでも快楽堕ちキャラなので、誰だろうと、それが嫌いな相手だろうとこうなっちゃうんで、しょーがない(*'-'*)笑!
まぁ親友って言葉でギエンは割と許してくれると思う(笑)。一度親友として信用しちゃったからね、もうギエンは『親友』って言葉に弱い。魔法の言葉やね(♡°ω°♡)ハハ!

あぁ、そういえば変態チックな言葉を入れてみました(笑)。単語入れると色々アレなので、誤魔化しました(笑)。ダエンってこういうやつだと思う(笑)←酷い(;^ω^)

コメントありがとうございます!!(*^-^*)!!!
お仕事ホント大変ですよね…(^-^;無理し過ぎずに…💦。少しでも癒しになれているならホント嬉しい限りです(*^-^*)!
週1更新も維持できるよう頑張りますね!(*^-^*)ノ
応援する!
    


 ***92***

朝、ギエンを起こしたのはダエンだったが、正確にはそのままその部屋で寝ていた。
あまりよく寝ていないこともあり不機嫌を露わにしたまま、肩を揺するダエンの手を払いのける。避けるように上体を起こし、鋭い目を送った。
「…昨日のことを説明しろ。何考えてんだ」
「…ごめん、なんて言ったらいいか…。僕、昨日は酔っぱらってて」
咎める低い声を聞いて、唐突にしおらしい顔をする。それから寝台の上で正座して、頭を下げた。
「…そんなんで許されると思ってんのか?こんな、…サシェルもミガッドもいる家で、…酔ってたじゃ許されねぇぞ!」
「誘ったのは君だ」
「は…?!」
突然の言葉に面食らうギエンに、にじり寄って、
「僕は誘われただけだ」
太ももに手を置いて、躊躇いもせずに言い切った。

ダエンのぶれない瞳を見て動揺するのはギエンの方だった。心当たりは無い。無いがそこまではっきりと言い切られると、自分に自信が持てなくなる。
それでなくても、昨夜は酒に酔っていた自覚はあった。男と寝ることに抵抗のない自分が無意識にそうしたのかもしれないと、ありもしないことを考える。
「…馬鹿を言うな」
否定する言葉は弱々しく、太ももに置かれた手を払うことすら忘れていた。
「お互いに酔ってたし、酒の過ちってことで流そう?別に君は誰とでも寝るし、問題ないだろ?それに…君だって、あんなに楽しんでた癖に僕だけ責めるのはおかしいだろ?」
「っ…!その、言いぐさは何だ…」
するりと太ももを撫でられ、強く払いのける。昨日の醜態を思い出して耳元を染めるギエンに対し、ダエンは割り切ったかのように冷静なままで、いつもの態度からは考えられないほど堂々としていた。
悪いことをしたという意識すら感じられない。

ダエンの中では、親友と一夜を共にすることくらい大した問題ではないのかと頭が混乱する。男と寝ることは浮気にすら当たらないのかと疑問が生じていた。
大体、男と寝るような趣味は無い筈だ。

混乱するギエンを他所に、
「親友だろ?許してくれよ」
いつもの穏やかな笑みを浮かべ、間近に迫って問うダエンは一枚上手で、ギエンの心の隙に容易に入り込んだ。
邪気の無いダエンの態度に、何となく有耶無耶にせざるを得ないギエンだ。
「…お前とは二度と酒を飲まないからな」
苦虫を潰したような顔をして、渋々と相手の暴挙を許す。
ダエンの視線を気にすることなく着替え始めるギエンは、ダエンを性の対象として意識しておらず、昨夜のこともダエンの言葉の通り、水に流すことにしていた。

その後ろ姿を、ダエンが舐めるような視線で見ているとは思いもしない。


その後、朝食の席では至っていつも通りで、サシェルは全く気付く素振りもなかった。
それに対し、ミガッドはギエンの雰囲気が普段とは違うことに気が付いていた。さりげなく視線をダエンに向けたあと、二人を密かに観察する。

父親であるダエンがギエンにどんな感情を抱いているのかは察していた。
それでも、ネックレスの送り主がダエンでないことは分かる。やはりギエンの相手はあの訓練長なのかと思って、意外ではあるが不思議とダエンよりはしっくりきて妙な気持ちになっていた。
自分に認める権利などない。それでも納得がいくのは訓練長だった。
あの何事にも動じない強さはギエンに必要なものだろう。10年もすれば自分もあんな風になれるのかなと羨望にも近い想いを抱き、静かに食事を進めるギエンを見つめた。

その頃の関係性など想像も付かないでいる。
今よりもっとギエンが身近になっているのか、それとも自分とは全く関わりのない人生を送っているのか。
ふと浮かんだ嫌な将来像に寒気を覚え、すぐに考えを止める。

色々と見なかったことにして頭を真っ新に切り替えるのだった。



************************



生徒たちの訓練が終わり日が沈んだ頃に、ギエンが向かった先はハバードが寝泊まりする簡易宿所だった。
ギエンのやや申し訳なさそうな顔を見たハバードは、彼が何かを言うよりも前に、その訳を推測できていた。

というのも、日中に警備から戻ってきたダエンが、珍しくも訓練場の近くにやってきて、わざわざ視線を絡めてきたからである。らしくもなく勝ち誇ったような表情で小さく笑みを浮かべて去って行ったダエンが、そんなことをする原因はギエン絡みだと察していた。

それでなくとも、先日、キスしているところを目撃されている。その時の表情は明らかに嫉妬の宿るもので、今まで謎だったダエンの行動にようやくの合点がいっていた。

とはいえ、ハバードはダエンのそんな態度を気にしてはいなかった。
むしろ、ダエンのそれを見て、随分と安い感情だと冷めた思いすら抱く。

ハバードにとってのギエンは、もっと崇高なもので、精神の深い部分で繋がりあうような存在だ。誰かにひけらかしたり、自尊心を保つためのものではない。
自分を高めるためにもいる半身でもあり、上辺だけの恋人関係など興味もなかった。
身体の関係がどんなにあろうと中身が空なら、無いのも同然だろう。

「ハバード」
簡易宿所に入ると同時に、ギエンが小さく名を呼ぶ。
ハバードの服を脱がしながら、機嫌を取るように首筋にキスを落としていった。
「なんだ。疚しいことでもあるのか?」
苦笑するハバードに対し、ギエンは珍しく素直に相槌を打った後、上着をするりと脱ぐ。
「お前に謝罪しねぇと…」
言いにくそうな表情で口ごもるギエンはらしくもなく殊勝な態度で、自らシャツのボタンを取りながらハバードの唇に軽くキスをした。
肩を剥き出しにして誘うようにハバードを引き寄せた後、
「酒の勢いでダエンと寝た」
真っすぐに事実を告げる。

予想通りの言葉を聞いて、ハバードの中では驚きは無かったが、
「…俺は、そんなつもりは、無かったぞ」
反応の無いハバードを見て、ギエンが言い訳じみた言葉を呟いた。
ハバードを引き留めるように腰に回した手に力が入り、更に引き寄せる。黒い瞳を覗き込むようにして見つめる目には弱気な色が浮かんでいた。
ギエンの無意識の行動に、内心で小さく笑うハバードだ。

滅多にない弱気なギエンをからかうのも一興だと思いつつ、
「…いや、俺が悪いよな…」
自分の行いを悔いるギエンを見ていると、そんな気も失せるハバードだ。
ギエンを引き寄せ、抱き締めるように密着する。
「で?お前はダエンとしている間、何を考えてた?」
特に怒った気配もなく問うハバードに驚きつつ、ギエンが気まずそうに視線を逸らす。
「…お前のことを考えてた」
短い無言のあと、耳元を染めながら小さく返ってきた言葉はハバードを満足させるには十分で、許しを与えるようにギエンの頬にキスを返していた。
ギエンの強張っていた身体からは力が抜け、安堵したように詰めていた呼吸をゆっくりと吐き出す。ハバードの背中を大切そうに摩り、キスに応じていた。
「後半の方は正直、記憶に無いが、…お前だったらって、何度も思った。本当だからな。俺はお前以外とはもう寝るつもりはない」
断言するギエンの言葉を否定するつもりもなく、
「ならいい。許す」
小さく笑いながらそう答えたハバードの態度は、随分と余裕のあるもので、そこに深い信頼を感じるギエンだ。

いつものように、何度も繰り返される軽いキスを受け、底なし沼のようにハバードに堕ちていく。それは不安なものではなく、深い安心感を齎すもので、何もかもがハバードの色に染められていくようだと笑った。

しばらくの間、安堵しながら相手のキスを受け入れていたギエンだったが、一向に簡単なキスしかしてこないハバードに焦れ、
「やるなら、…ちゃんと、やれ」
文句を零せば、相手から返ってくるのは愉快そうな笑い声だった。
「浮気したんだから、俺をその気にくらいさせてみろ」
「っ…、浮気じゃ、…!」
笑うハバードの唇が首筋に軽く当たる。
そのまますぐに離れる唇に、本気で何もしない気だと知る。

「っ…!くそ…、浮気じゃねぇ、って…。俺が本気なのはお前だけだって分かってんだろ!」
「まぁな」
焦らす唇が、ギエンの首筋や鎖骨をくすぐっては離れる。すんなりとギエンの言葉に同意しながらも、
「それとこれとは別の話だろう?他の奴に簡単に身体を許した罰くらい受けろ」
にっと笑みを浮かべる顔は獰猛な笑みで、不覚にもゾクゾクとさせられる。
「…っ、性質が悪ぃ…」
悪態を付きながらも、ギエンの瞳は欲を孕むもので、
「ん…」
ハバードを引き寄せて、唇に甘いキスをしていた。

ゆっくりと舌を絡めながら、ハバードのズボンを脱がし、中へと手を入れる。全く反応しないハバードに内心で苛立ちにも似た焦りを覚えるギエンだ。
自分のキスが下手だとは思っていないが、ハバードとのキスが良すぎるせいで、自分のキスに自信が持てなくなっていた。
「っ…、む…」
「ふっ…、へたくそめ」
懸命に頑張るギエンをしばらく見つめた後、ハバードが鼻で笑う。それから突如、向きを変えてギエンを扉に押し付けた。
蒼い瞳を間近に見て、強い笑みを浮かべる。
「ハン家公認って言っただろう?」
「?」
突然の言葉を不思議に思っていると、
「お前との仲を公表することにしたから、もう二度と浮気するな」
「ッ…?!お前っ…、ンぅ!」
ギエンの驚愕はハバードの口内へと吸い込まれ、言葉にならずに終わる。

様々な疑問が浮かんでは消えていった。
ハバードがすることだ。何も心配する必要は無いのだろう。


先程までとは熱量の違うキスに、簡単に溶かされていく。
唇が離れる頃にはすっかりとメロメロ状態で、
「っ、…ァ、…」
惚けた表情でハバードを見つめていた。
それでも、
「その気になった、…だろ?」
蕩けた目をしながらも強気に問うギエンのプライドの高さは大したもので、
「少しはな」
素っ気ない口調ながら、ハバードを大いに喜ばせるものであった。


2022.06.05
いつも拍手・訪問ありがとうございます(*'-'*)!!
この二人は、私の小説の中ではピカ一なくらいラブラブな気がします(*^-^*)♡フフ!
多分ね、ハバード派よりね、ダエン派が多いんじゃないかなぁとは思ってる(笑)。ダエンとは果たして2度目があるのでしょうか(笑)。

コメントもありがとうございます(..>᎑<..)ウレチ♡
ギエンの身体を前にしたらどんなノーマル男もイチコロだと思います( *´艸`)!とにかくエロボディです(♡°ω°♡)笑
褐色肌はやっぱり美味しいですなぁ〜☆これ、完結したらどうしようかなぁとは思ってます(笑)。褐色肌は悩ましいけど、次も褐色肌だといい加減にしろって言われそう…(;^ω^)ウゥ!

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 ***93***

ギエンの今までにないほど落ち着いた雰囲気は、ロスを苛立たせつつも安心させていた。
帰還したばかりの頃の刺々しく、無関心で冷徹な気配は既になく、年相応の穏やかさがあった。

それが誰のおかげであろうと、喜ばしいことだろう。
冷静を装いながらギエンの手を取り、精神魔術を解くことに集中するギエンの姿を見つめる。

ハバードとの関係は続いている筈だ。
今までの男とは違い、その痕跡を残さないハバードは大したものだと感心すらさせられていた。

指一本から始まり、最近は片腕まではほぼ確実に解くことが出来るようになっていた。
日々の繰り返しを行い、その感覚を定着させる。目に見えて成果が出てきているのを感じ、心の底から良かったと思っていた。
それと共に、この訓練が終わったらこうして毎日のように会うことも無くなるのだろうと思うと寂しい思いを抱く。

もっとも、そんなことは口が裂けても言うつもりもないが、ついつい朝の訓練後に長居してしまうロスだ。
時計を気にしながら、あと1分、あと1分と、出された紅茶をゆっくりと飲みながら少しでも一緒にいられるように引き延ばす。
そんなロスに気が付く訳もないギエンは、いつも通り呑気にハバードの昔の話をしていた。
完全に惚気状態であったが、それも既に諦めつつある。

むしろ、こんなギエンも悪くない。
あの硬派な印象を与えるギエンが、ふんわりと笑みを浮かべてハバードの武術の素晴らしさや体幹の凄さを語っているのを見ると、役得な気もしていた。

またここ15年のハバードを良く知っているのは自分だろう。そのことで共通の話題ができたことも許せる要因の一つで、ギエンの惚気を軽く受け流しながら、嬉しそうに笑うギエンを見つめる。
今、この瞬間だけは先のことを考えるのはやめようと思うロスだ。

他愛無い会話をしながら、最後の一口を飲み干し、その場を後にするのであった。



***************************



前回とは逆に、昼時に戻ってきたダエンを発見したハバードは訓練中の指導を抜け出し、彼の元へと向かって行った。

訓練長の珍しい行動に生徒たちがざわりとしたのは言うまでもない。
ミガッドもその一人で、特に身近な存在のダエンが絡むことにドキリとしていた。


一方、ハバードの姿に気が付いたダエンが浮かべた感情は不機嫌なもので、以前とは違い悪感情を露わに示していた。
「…何?」
素っ気ない口調に、ハバードが返した言葉は端的なもので、
「ギエンを抱いて満足か?」
特に何の感情も籠らない声で訊ねた。周囲に仲間の隊員がいないことが幸いだろう。僅かに周囲を見回したダエンが苛立ったようにハバードに視線を返す。
「まさかさ、…牽制のつもり?」
「あぁ」
揶揄り言葉もすんなりと同意され、驚いて返答に詰まった。
ハバードがこうもあっさりとそのことを認めるとは思いもせず、それだけ彼に本気なのかと知る。

ただの夜の相手の一人だとしか思っていないダエンだ。
僅かに口角が上がり、それを隠すように手の甲で口元を覆い隠す。

「ハバードはそういう事に興味無さそうなのに、まさかギエンと寝て惚れたとか言うつもりなのかな?生憎、ギエンは誰とだって寝るよ」
「まぁ、何でもいいがな、言っておくべきかと思ってな」
嘲りの言葉を軽く流され、やや苛立ちを抱く。何がハバードをそんなに余裕にさせるんだろうと不思議に思っていると、
「ギエンと俺は恋人関係だ」
ハバードが視線を逸らすこともなくはっきりと告げた。
「っ!!」
その言葉に、一瞬で我を忘れる。

胸倉を掴むダエンの剣幕に、ハバードが示した感情は『無』で、掴む拳を捻りあげるようにして無理やり引き剥がし、相手を圧倒していた。
「意外かもしれんが、ちゃんと公表するつもりだ。だからな、次に手を出したら承知しない」
鋭い瞳のまま、淀みなく宣言した。

その力強さにハバードの覚悟を知り、言葉を失うダエンだ。

ハン家の地位と、その名声を考えたら相当の覚悟の筈だ。
いや、ハバードのことだ。何を考えているのかすら理解できない。

「っ…!」
掴まれた腕が軋みを上げる。物凄い力で掴んでくる相手に気圧され、無意識に唾を飲み込んでいた。
しばらくの沈黙のあと、
「…ギエンが、本当にそれを認めてるわけ?君の思い上がりじゃなく?」
俯き加減で問う言葉に、ハバードが鼻で笑った。
「当たり前だ」
「随分…自信があるんだね。ハバードらしい」
答えながら、ダエンの目つきが変わっていった。掴まれていた腕を払い、乱れた襟を正す。
それから、ギエンを一番理解しているのは自分だという態度で、ハバードを高圧的に見上げた。
「…ギエンが、君一人で満足できるとは思えないけどね」
ダエンの嫌味を受けても、ハバードの表情が変化するということはなく、余裕顔で思案するように顎髭を触る。

精悍な顔は鋭く野性味のある顔で、日頃は彼の周りに女性が群がるということはないが、憧れる者は多くいた。だから婚約の話が出た時には、女性陣から多くの悲鳴が上がったものだ。
顎髭を摩る姿も人気の仕草の一つで、ハバードがするそれはやけに男臭く、それでいて力強く底なしの包容力を感じさせる。

本当は密かに女性の注目を集めていることを知っているダエンは、何の気もなく魅せるハバードの男臭さに苛立ちを深めていた。
そんな感情を逆なでするように、
「親友面をしたいというなら、別にそれでも構わないがな」
「!」
無感情に吐き出された言葉は、頭の血管が切れそうなほど憎たらしいもので、
「勘違いしてるぞ。どれだけ身体が満足しようと、ギエンの心を満たせるのは俺だけだ。
まるで分かってないんだな」
「ハバードッ!」
続く言葉に拳を振り上げ、殺意に近い目で睨み返していた。

それを間近に受けても怯むような相手ではなく、むしろ自ら歩み寄り、睨むダエンの頭に頭突きをする勢いで額をぶつけた。
「ギエンと寝たからって何が分かる?何も理解してないだろう?」
「…っ!」
「あいつが、身体の相手を欲してるとでも思ってるのか?
馬鹿なことを言うな。そんな訳ない。親友だと思ってるなら、あいつを裏切るな」
ハバードの獰猛な気配に圧倒されて知らず、後ずさる。それから強く歯を噛みしめ、無理やり荒れ狂う感情を飲み込んだ。
「…君が、…、本気なのは、分かったよ。
まさかハバードがね、日頃、恋もしないような奴が恋に狂うと、とんだことを仕出かす訳だ。ハン家の名誉なんてどうでもいい訳か」
乾いた笑いを吐き出し、苦し紛れの言葉を返す。ハバードを見れば、やはり変わらぬ表情のまま視線を返していた。
「ハン家はその程度でぐらつきもしないが、親切心と思って受け取っておくことにするぞ。
よほど、俺らしい選択だと思うがな」
「っ…!」
ハバードの自信は憎たらしいほどで、どんなに揶揄ってもびくともしない。
言葉の端々にギエンとの信頼の高さが窺え、余計に鼻につくものだった。

「…僕は、認めない」

絞り出すような低い声で呟くダエンの言葉を聞いて、彼を一瞥したハバードが小さく呆れたように笑った。
「だから何だ?俺に言っても意味がないだろう?親友として見れないなら、親友を止めるんだな」
「…ハバードに関係ないだろ!ギエンには親友が必要だ。それは僕だけだ」
「…」
ハバードが唐突に背を向ける。それから小さく振り返って、
「俺は別にお前が嫌いな訳じゃない。認めなかろうが何だろうがどうでもいいが、『親友』を違えるな」
告げる言葉は辛辣で、深い部分を突くそれは、ダエンを強く動揺させるものだった。

反論も出来ず、拳を強く握り締めて去って行く後ろ姿を見つめるしか出来なくなる。


信頼を裏切ったつもりもないし、今後も裏切るつもりもない。
『親友』として、これから先もずっと隣にいるつもりだった。


ハバードの言葉に絡め取られ、気持ちとは裏腹ににっちもさっちもいかなくなる。
自由な立場のハバードが酷く恨めしく感じ、何故自分にはそれが許されないのかと逆恨みにも似た感情を抱く。

ふと、遠くの方でこちらを見ているミガッドに気が付き、
「っ…」
慌てて平静を装い、彼に手を振った。

「ふー…」
深呼吸をして苛立ちを落ち着かせる。
いつもの自分を取り戻すように、ゆっくりと息を吸って、食堂へと向かうのだった。


2022.06.12
競い合ってきました〜( ^)o(^ )ダエンが一方的に(笑)。
ふと思ったけどファイル名がor01-10なんで、or01-99〜or99-99まで作れます(笑)。それが10話ずつ入るので、…(◎_◎;)オ…スゴイ…(笑)
まぁそんなに続かないですけどね(笑)!我ながら凄い先を見越してる!なんちゃって(笑)

そういえばちょっと悩んでる所があって、ギエンが完結したら次はどうしようかなという。以前に『世界は〜』っていう小説の再掲希望を頂いたのでそちらをちょっとずつ載せていくのもありかなーと思ったりはするんですが、系統的にセインと同種で、それ一本だと私の男前受け大好物熱が多分変な影響を与える…気がしてます(笑(;^ω^))。
ジラクはまぁ美形系なので、男臭い部分がマジで皆無なのだ。それこそ人外レベルの美形設定なので、性格は男前かもしれんが、まぁクール受け最頂点で、男前受けではない…と思ってる(笑)
そうなると男前候補としては短編で書いてる白森王かなと思うけど、これまた『陽』しかない超ポジティブキャラで、闇もなきゃ恋愛も無いと思う(笑)。
そうすると中々、次どうしようっかなぁというね…(笑)。
あと若干、書いてみたいのが3P友情モノのお馬鹿な天然モブキャラ的なやつなんだけど、3P書いて終わりそうなんで、これまたうぅーむって感じです(笑)。マジで悩ましい…。

語りが長くなりましたが、コメントありがとうございますm(_ _"m)💕
ハバード派って言って下さる方も、決められないと言って下さる方も嬉しいです(笑)。かわゆすの言葉もありがとうです💕男前受けでありつつ、可愛い部分があるの大好物です(#^.^#)むっちゃ嬉しい☆彡

ハバードはほんとスパダリかな(´ω`*)💕結構隙がなくて完璧な攻めだと思う(笑)。ダエンはね、ちょっと一見まともっぽく見えて何気に強引で自己中な所が私は好きです(笑)。あとはロスね('ω')。総受けは本当は全員と絡めたいけど、そうすると食傷気味になってしまうと思うので、自分の中で禁止してます(笑)。

まぁさておき。次回候補、全く目処立ってないです(笑)。ちなみに今の所、ギエンの過去編は書く予定はあまり無いです(笑)。なぜなら長くなりそうだからデス(笑)フフ!

応援する!
    


 ***94***

ハバードがすることはいつであろうと躊躇がない。
一度決断すると、それが当然のことかのように実行に移し、不思議とそのことに対し、誰も批判したりはしなかった。

今回のことも同様で、むしろ、よりハバードの、そしてハン家の評判を高めるものとなっていた。
今まで前例がない同性との恋人関係を事実として公表した豪胆さと、そして今後一切の縁談は受け付けないとした明確な意思表示はハバードの人柄を強く印象付けるもので、大きな噂にもなったが、逆にその大胆な公表は高く評価された。


ミラノイに同情する声も当然の如く上がってはいたが、ハン家ともなれば同様の縁談は今までも度々話に上がり、ミラノイの件も家柄同士の政略結婚という見方が多かった。そのため、ハバードがした公の発表の前では、それも致し方ないという捉え方が圧倒的多数で、特に、相手があの英雄とまで言われた男とあっては、誰も文句の言いようが無かった。

彼が街を歩けば人々の注目を浴び、一日は話題に困らない。
それだけ、ギエン・オールという男は魅力的な人間であり、例え同性であろうと目に焼き付く存在だった。
かつての名声や業績だけでもハバードと肩を並べるに相応しく、そして、今現在の彼が醸す独特な気配はハバードの公表を納得させるに十分なものであった。

非常に男らしく勇ましい部分と、やけに目を引く色気は、あのハン家の長男ですら惑わせるものかと人々は唸りながらも頷く。
不思議なほどすんなりと、その衝撃的な公表は受け入れられ、ハバードが公表した2日後には、街を歩けば祝福の声が掛かるほどであった。
その時のギエンは、冷静を装いつつも弱ったようなはにかみを浮かべ、それが余計に眼福だと噂になったのは本人の知る由ではないが、そのギャップもまた大きな話題の一つであった。

そんなこともあり、ギエンは人目を気にする必要もなくなり、今まで以上にハバードの元へ足を運ぶ機会が増えていた。


***************************


「お前には本当に驚かされる」
いつも通り、簡易宿所で夕食を取りながら言ったギエンの言葉に、ハバードが笑い声を上げる。
フルーツ皿に顔を突っ込んで食べていたクロノコが顔をあげて、二人を見上げた。
口の周りには果汁が飛び散り、歯の無い口をまん丸に開けて見上げる姿に、ギエンが小さく笑む。クロノコの口周りを拭って、柔らかな頭を撫でていた。
「正直、俺はお前の評価を見くびってた。俺と付き合ってるなんて言ったら、さすがにハン家もまずいんじゃないかと思ったけどな」
「惚れ直したか?」
「茶化すな」
大きな肉の塊を口に放り込んで、
「お前が培ってきたモノはまじで大したもんだと思う」
真剣な声でそう褒める。ギエンのその言葉に気をよくした訳ではないが、ハバードが食事の手を止めて、ふっと笑った。
何かと視線を送るギエンをちらりと見て口角を上げる姿は自信に満ちたもので、それでいてハバードの言葉のように惚れ直すような笑みだ。
「…」
思わず無言になるギエンに対し、
「男の恋人がいるくらいでハン家がどうにかなる訳ないだろう?」
さも可笑しそうに言った。
スープの中身をスプーンでかき混ぜて、乱雑に切られた野菜を掬い取る。何度も息を吹きかけて食べる猫舌の姿は、ギエンにとって見慣れたものではあるが、見る度に微笑ましいもので、
「ハバードは、俺によほど熱心なんだな?好きだって言ってみろ」
揶揄りたい気分になっていた。
ギエンのあくどい笑みにハバードが返すのは同じくあくどい笑みで、口内に野菜を頬張りながらのものだ。
「そんな陳腐な台詞でお前は満足なのか?」
「あぁ。お前から、そう言う言葉を聞いてないと思ってな」
冗談を返せば、ハバードが鼻で笑った。
ギエンの顎に手を添えて、顔を自分に向けさせる。
「?」
シャリシャリと音を立てる野菜を同じように食べていたギエンが何事かと思っていると、
「好きだ」
「…!」
黒い瞳が笑みを浮かべたまま、躊躇いもせずに言う。
そのことに驚いていると、
「愛してる、の方がいいか?」
間近に瞳が迫り、笑みを象る瞳に鋭さが宿る。孤高の獣を思わせる漆黒の瞳が瞬きもせず迫るのを見て、魅入られたように動きを止めるギエンだ。
「ハバ…、」
「言葉じゃ表しきれないと思うがな。俺がお前に対して抱くものは」
「っ…」
唇が僅かに触れ、途端にそれを意識する。見つめてくる鋭い瞳に射貫かれて、無意識に呼吸を止めていた。
「この思いに相応しい言葉を俺は知らない」
「っ…!ぅ…」
避けることも出来ず重なり合う唇と、ぬるりとした感触に文句も返せず、そんな自分に動揺するギエンだ。

ハバードの予想外の言葉に、そしてその表情にどうしようもないほどの高揚感を覚え、らしくもなく困惑する。
そして言葉よりも雄弁に感情を伝えてくるキスは、いつでも深い優しさに満ちたもので簡単に絆されてしまう。

唇が離れる頃には、すっかりと文句を言うことも忘れて惚けていた。
「伝わったようで何よりだ」
淫らな表情で惚けるギエンの唇を拭い、笑った。
はっとしたギエンが袖で唇を擦って、
「…食事中だ…。最悪だぞ」
自分が食べていない物の味を感じ、思い出したように文句を吐く。
「くそ、…ジャガイモの味がしやがる…。
お前、ほんと最悪だな。食事中だぞ。ふざけんな。そういうのが許されるのは十代までだ!」
口直しするようにスープを飲んで、何度も唇を拭う。その行動を見たハバードが同様に口内を舌で探って、
「俺は全然分からん」
平然と呟いた。
「て、め…!」
「今すぐやりてぇって顔しておきながら、よく言う」
ハバードの返しに、耳元を染めたギエンが肩をどつく。
呑気にフルーツを頬張るクロノコを両手で鷲掴み、
「ッポ??!」
驚く彼を揉み潰した。
「ポポッポプ???」
ポプポプ言うのを楽器のようにして、八つ当たりするギエンだ。
「くっそ、最悪」
手荒な扱いに喜ぶクロノコに対し、俯いて表情を隠すギエンの頬は赤く染まっていく。

ギエンの照れ隠しなど見透かしているハバードが再度、口に野菜を放り込み、
「後で満足させてやるから、安心しろ」
笑って揶揄るのを黙って聞いているギエンでもない。
「っ…、偉そうに言っておいて、お前がへばんじゃねぇぞ」
ギエンの強がりを聞いて、ハバードはあり得ないと言わんばかりに大笑いをしていた。
「っち…。お前に女が出来ない訳だ。そもそも体力が付いていけねぇだろ…」
ギエンの小さなぼやきも聞き逃さず、
「お前にしかやらんから大丈夫だ」
すかさず答える言葉はギエンを無言にさせるもので、何かと視線を送ったハバードが、彼の表情を見て小さく笑った。
「…」
器を置き、ハバードの襟首を持って引き寄せる。
言葉よりも先にギエンの心情を読み取って笑う相手に、
「俺を煽るな、ハバード。まじでやりたくなる」
真剣な目で言えば、黒い瞳が突如、気配を変える。
「っ…」
「食事はお預けだな」
「お前もやりてぇの、露わだぞ」
余裕を取り戻したギエンが軽く笑いながら言う言葉に、何が悪いと開き直った言葉を返すハバードは張るべき見栄など無いかのように堂々としていて、その強く獰猛な瞳に、絡めとられるギエンだ。
「くそ…、お前の目、本当に、参る…」
キスを受けながら弱った声で呟くのを苦笑して聞くハバードだった。


翌朝、些かのハバードもやり過ぎたと自覚していた。
「ギエン」
水で濡らしたタオルを額に当てて、惚けたままの相手に呼びかける。自我を飛ばすような抱き方はしていない筈だと思いつつ、
「…ハバ、…ド…」
掠れた声で名前を呼ぶギエンの意識はどこか夢心地で、まだ現実に戻ってきていない。
蒼く濡れた瞳が蕩けたまま、ハバードにキスを求めていた。
「…」
やはりやり過ぎたと、ギエンの瞳にタオルを被せる。
頬を軽く叩いて、
「朝飯だ。しっかりしろ」
再度、声を掛ければ僅かにうめき声をあげた。
「…朝…?」
「あぁ、朝だ」
既に身支度も終わっているハバードに対し、ギエンは全裸に上掛けをかけただけの状態で、
「ぅ…?」
瞳を覆うタオルを取り払ったギエンが浮かべた表情は混乱だった。
「…」
緩慢な動作で横向きになったあと、もそもそと上体を起こす。
それから中途半端に上掛けを羽織って、
「キスしろ。…ハバード」
唇を開いて命じた。
「…」
まだ意識がはっきりしていないらしい。
淫らな気配のまま舌を僅かに見せて誘うギエンに、苦笑を浮かべて応じるハバードだ。
「んむ…、っ、ン」
するりと手をハバードの首に回して更に深く強請るギエンに対し、
「っ、ぅ、落ち付け、朝だ、ギエン」
無理やり引き剥がすハバードは頭の切り替えが出来ていた。目を覚まさせるようにギエンの髪を乱暴にかき混ぜ、強く後ろへ押す。
「っ痛…、ぅ」
衝撃で僅かに目を開いたギエンが欲情を宿す瞳のまま、ぼんやりとハバードを見遣った。
「朝か…」
呟きながら、器を受け取り片膝を立てる。
気だるい気配で髪をかきあげ、
「あさ…」
再度掠れた声で呟いて、じとりとハバードを見つめた。
「おまえ…、限度を考えろって、…」
ようやく覚醒してきたようで、文句を言う。

口調とは裏腹に、瞳は淫らに甘く蕩けたままで、思わず眉間に皺を寄せるハバードだ。
やり過ぎを自覚するなんてものではなく、
「あー…」
珍しく後悔するように、短い髪を掻いて呻き声を洩らしていた。
返答を待つギエンが膝に肘を置いて頬杖を付く。前髪がはらりと目に掛かり、蒼い瞳がきらりと光って、より魅力的な色合いでじっと見つめていた。
「お前、後でパシェを迎えに来させるから今日は出かけるな」
ギエンの気配がいつも以上に、というよりも、いつもと比較にならないほど凄まじい色気を放っていて、さすがにこれはまずいと案じる。
心配するハバードを他所に、
「舐めんな。どういう意味だ」
全く自覚がないギエンは情事中のように濡れた欲を宿したまま、強気に言い返していた。
「大体お前が、」
「やり過ぎたのは謝る」
ギエンの苦情をキス一つで黙らせるハバードは手慣れたもので、
「…信じらんね…」
呆然として呟くギエンを宥めていた。
「悪かった」
「…」
謝罪の言葉を無言で聞いた後、ハバードを引き寄せて再度キスをするギエンはまだ頭の中が惚けた状態で、
「仕事、さぼれ。一日中こうしていようぜ」
甘く自堕落な誘いをしていた。
「ふ…」
その奔放な態度に小さく笑うハバードは満足そうな顔で、色仕掛けをするギエンを軽く押さえつけ、目を覚まさせるように濡れタオルを瞳に当てる。再度、器を強引に持たせ、
「俺は仕事に行くから早くメシを食え」
そう催促して受け流した。
「…っち」
ギエンの舌打ちに軽くキスを返して笑う。

ゆっくりとした動作で朝食を取り始めるギエンの瞳は、未だ甘く揺らぎ、
「…やっぱり、俺が城まで送って行こう」
放置できないと判断する。
「?」
不思議そうに視線をあげるギエンの仕草には何の意味も込められていなかったが、そんな動作ですら誘っているかのように、淫蕩な気配に満ち、いつもの高圧的な態度は見る影もない。

自分に責任があるとはいえ、朝から目の毒過ぎる艶やかさを人の目に晒す訳にはいかないだろう。
「…旨いな…お前の手料理、好きだ」
そんな心配に気が付きもしないギエンが呑気に言って甘く笑う。それに答えるようにクロノコが声高く相槌を打つのを、やれやれと諦めにも似た心境で聞くのであった。


2022.06.19
ラブラブ過ぎる…。もうダメだ…(♡°ω°♡)!!
拍手、訪問いつもありがとうございます☆m(_ _"m)!!完結向けて頑張ります(笑)

コメントもありがとうございます(*^-^*)ノ
suiさん、お久しぶりです♡訪問して頂けててホント嬉しいです!
ハバードにも嵌ってくれると、私のサイトは主人公至上主義ですが、攻めキャラにもちゃんと個性付け頑張っているつもり(笑)なので、嬉しい限りです(*´ч`*)ノ
ハバード視点の番外…(笑)。何か私、確かに書いてますね(;^ω^)。なんだろ状態で、多分、何かを書きたいとその時に思ったんですね??!(笑)ちょっと、頑張って思い出してみます(^-^;笑!!あれかな?ハバードとの初夜かしら…???(;;⚆⌓⚆)??ロスが弟的は、激しく同感(笑)。

kofuurinさん、こんばんは〜☆むっちゃ、ハバードxギエンで喜んで貰えて大感激(...>᎑<...)♡。「ギエンは俺嫁」状態は今後も続くと思います(笑)。事実俺嫁です(^_-)-♡なんちゃって(笑)
色々と忙しい時期だったりとかありますので、無理せずまたお時間あるときに来ていただければと思います(*'-'*)!!

次回候補ねぇ、やっぱり白森王かなーとは思ったりはする〜…。けど洗脳系受けを書きたいような気も。どっぷり闇落ちなんだけど…(;;⚆⌓⚆)私大好物☆

応援する!
    


 ***95***

花の香りが部屋に満ちていた。

ハバードがした宣言で気分が落ち込んでいたダエンだったが、いつまでもそうは言っていられないと、久しぶりにギエンの所へと行けば、特に気にした風でもないギエンが快く迎え入れ、パシェにお茶を出すように指示する。
そのいつも通りの風景を何気なく眺めながら棚の上に飾られた豪奢な花束を見て、突如、現実感が出て虚しさが強くなっていた。

あれから1週間ほどが経つ。
その間、ダエンを取り巻く感情はただ一つで、『どうして』という疑問だった。

なぜ、自分じゃないのか。
仮にそうじゃないとしても、ハバードであることの意味が分からず、頭がどうにかなりそうだった。
何とか平静を保ちつつ、今日まで来たというのが正しい。

「僕も、おめでとうというべきなのかな…」
ギエンと視線を合わせることが出来ず、主張の激しい色とりどりの花を見つめたまま呟けば、軽い笑い声が返ってきた。
「目出度いと言えば、…」
言葉を切ったギエンが引き出しを開け、綺麗に包装された箱をダエンに投げて寄越す。
「誕生日だろ。ちょっと遅くなったが、おめでとう」
慌てて箱を受け取り、ギエンを見つめるダエンだ。
粗野な振る舞いでありながら、小さく笑みを浮かべるギエンの表情は親友だった頃を彷彿させ、あの頃の損得も何も無い純粋な関係が唐突に恋しくなる。

今では、こんなにも欲深く醜い感情で溢れ、もう二度と昔には戻れない喪失感で心を蝕まれていくようだ。

「開けてみろ。お前の好みかは知らねぇけど」
催促するギエンは少し誇らしげな表情で、落ち込む気持ちに拍車を掛けるものだった。
嬉しいという感情と、それを上回る喪失感が頭の中でぐるぐると回り、包装を解く手が勝手に震え出す。自分の意思とは無関係に小刻みに震える手を止めることは出来なかった。

ノックのあと、パシェが紅茶を持ってきてテーブルの上へと置く。
「立ち話もなんだ。お前も座って、…」
「…」
椅子に手を置き席に着くことを勧めようとして、相手の様子に気が付いたギエンが無言になる。
「パシェ。席を外してくれ」
すぐに指示し、小さく溜息を付いた。

何も言わずに出ていくパシェは世話役としてよく出来た男で、主人に余計な手間を取らせない。
扉がしっかりと閉まるのを見送ったあと、ギエンが弱ったように額に手を置き、
「何で泣く?」
床を見つめたまま、ぽろぽろと涙を零すダエンに歩み寄って言った。

ダエンの手に乗る箱の中には、外套留めが入っていた。
シンプルな作りにブランドのロゴが刻印され、洒落た代物だ。
「…好みじゃなかったか?」
ギエンが不安そうにダエンを覗き込む。
緩く首を横に振るダエンは、もちろん贈り物に不満がある訳じゃなかった。ギエンの思いやりが、優しさが酷く残酷で、溢れて止まらない疑問と共にダエンの苦悩を更に苛む。
「…泣くほど、嬉しいのか?」
ギエンには到底、理解できないだろう。

貰った贈り物をテーブルに置き、感情を整理するように視線を泳がせる。
一息ついたあと、同意するように嘘の言葉で頷きながら、すぐそばにいるギエンに対して感謝を装い、そっと抱き締める。
「…変な奴」
戸惑いながらも受け入れるギエンは、やはり優しい男なのだろう。
首筋に唇を付けてさりげなくキスをすればギエンが僅かに身体を震わせた。

抱き締める身体は硬く、どう考えても男のものだ。
ハバードも何故、ギエンなんだろうと思っていた。ハバードがもしギエンを選ばなければ、ギエンの感情は自分の方へ向いていた筈だと根拠もない事を考え、『親友』を手放したくないと強く腕の中の存在を抱き締める。
後頭部を引き寄せ腰を強く抱きこめば、ギエンが苦しそうな息で苦笑を零した。
「なんかあったのか?変だぞ」
ときに鈍感は鋭い刃の如く深く感情を抉る。
気付かれたくない想いと、気付かれたい想いがせめぎ合う。ハバードは許されて、なぜ自分は想いを伝えることすら許されないのかと、昏い感情が沸々と頭をもたげ、無自覚なギエンの問いに殺意が芽生えていた。
「やらせてよ」
「ッ…!やめろ!」
冗談のように軽く言えば、全身を強張らせたギエンが過剰な反応を返し、明らかな拒絶を示す。

たった、それだけで、
「っ…!」
大切な存在である筈の、この男を滅茶苦茶に壊したくなるほど強い衝動を覚えていた。

それがどんな状態であろうと、どうでもよかった。
美しく真っすぐな蒼い瞳が自分だけを映すのだとしたら、どんなに甘美だろうと歪んだ妄執を抱く。

猛烈な勢いで勢力を増す凶暴な思考が全身を支配し、暴れるギエンを力づくで抑えつけ腰から臀部の狭間へ手を滑らせる。
「うッ、ぁ!」
あり得ないと言わんばかりにギエンが呻くのを自暴自棄な思いでどこか遠くの出来事のように聞きながら首筋に貪るようなキスをし、シャツを捲ったところで、
「!!痛ッ…、」
ギエンの容赦ない反撃を食らい、後ろによろめいていた。
「…目を、覚ませ」
乱れた服を正して距離を置くギエンの表情は焦りよりも呆れが強く、本気を出せば力で抑えつけることなど出来やしないと知っている顔だ。
事実、その通りで、防ぐ間も無くギエンに踏みつけられた足と、殴られた腹がズキズキと痛み、身内に手を出さないギエンにしては強めの反撃を食らっていた。
「誕生日だからって甘えんな。
性欲処理をしたきゃ、自分の妻にしろ。俺を便利な相手みたいにすんな」
本気の拒否を感じれば感じるほどダエンの心は冷え込み、妙な冷静さに支配されていた。
「僕はサシェルと寝たことはない」
「!」
平然と告げられた言葉に動揺を隠せなくなるのはギエンの方で、
「君にその理由が分かるか?」
冷めた口調で問う顔は冷徹な表情で、つい先ほどまで涙を零していた男とは思えないほどの豹変ぶりだった。
「っ…」
ギエンに理由など分かる訳もない。
無言を返すしか出来ないギエンに呆れた溜息を深々として、君はいつでもそうだと小さく呟き俯く。
「…僕はサシェルを愛してる。そう、…間違いなく愛していた。それでも君を失った苦しみの方が辛くて、…とてもそんな気分にはなれなかった。君の大切なモノを守りたくて、ただただ支えることで必死だったんだ」
「…」
「それなのに、君ときたら…。何で、ハバードが特別なんだ。ずっと、君のために頑張ってきたのは僕だ」
拳を強く握り締め俯いたまま絞り出すような言葉はダエンの心の底からの想いで、その想いを邪険には出来なくなるギエンだ。
下手なことを言えば感情を刺激するだけだと黙っていると、
「ハバードと僕の違いは、どっちが先かってだけだろ。それともハバードとの行為はそんなにイイ訳?君、そういう男だもんね」
明らかな侮蔑言葉で煽り、
「…」
また泣きそうな表情で顔を歪めた。

「…お前は、…何がしたいんだ」
ダエンの感情が理解できないギエンだ。自分のせいで苦労してきたのは確かだろう。それは前々から何度も聞いてきたことで、度々意味の分からないことで衝突しながらも、親友として信頼出来るのは根底に感謝の気持ちがあるからだ。
だが、ハバードと恋人関係になったことはダエンには全く関係の無い話で、ただの身勝手な競争心にしか思えない。
「なぁ、『親友』の何が気に入らない?お前は恋人になりたい訳じゃないだろ?
俺がハバードを好きなのは、どっちが先とかじゃねぇのくらい分かんだろ?」
危機感もなく歩み寄ってきたギエンが俯くダエンの肩に手を置く。
言い聞かせるように強く握って、間近で視線を合わせた。
「あいつの傍は、…凄く安心する」
蒼い瞳の中に哀愁を浮かべ、小さく、らしくもなく弱々しく笑んだ。
「強いて理由を挙げるなら、俺の今までの境遇のせいだ。ずっと神経を張り詰めるような生活だったからな。『死』はいつでも隣だったし、信頼している仲間にも裏切られて、希望なんてどこにもない15年間だった。一時の平穏はあったが、そいつも死んじまったしな…」
当時を思い出したように深い嘆息をもらす。
「ずっと冷たい床で寝ているような気分だった。だからか、ハバードの強さを見てると、…堪らなくなる。それが理由じゃ、…納得、しないか?
お前には感謝してる。けどな、お前がどんなに反対しようと俺はあいつじゃないと駄目だ」
強いまなざしで訴えかけるギエンの本気を目の当たりにして、分かっていたことだと強く思う。

ギエンの信頼を得ても、ギエンを守れるだけの力はない。

本音を伝えてくれたギエンに『親友』として信頼されているのを感じ、乾いた笑いを返していた。
「困らせて、…ごめん」
肩に掛かるギエンの手をそっと振り解き、気持ちを落ち着かせるように深く息を吐いた。
「どうかしてたよ…。君が言うように欲求不満かもしれない」
泣き笑いの顔で冗談を言うダエンを引き寄せて抱き締めるギエンは、根本の問題を理解してはいないが、その優しさはダエンを落ち着かせるに十分なもので、先ほどまでは鼻を付く花々の香りが、深く頭の芯まで優しく染み込んでいった。
「俺のためにずっと頑張ってくれてたお前に何一つ説明しないで悪かった。ハバードは恋人として特別な相手だが、お前は唯一の『親友』だろ。俺にとっては十分、特別だ。馬鹿みたいな嫉妬はすんな」
淀みなく伝えられた言葉は本心だろう。
深い愛情に満ちた言葉に、多くは望むまいと自制する。

「僕は、親友としてこれからも君に甘える…そのくらいは、…、許されるだろ?」
消え入りそうなほど小さな呟きにギエンが軽い口調で笑った。
「変なことを言ってやがる。いつも通りだろうが」
暴言すら受け流して、相手を丸ごと受け入れるかのような懐の深さに、あぁ、ギエンだと感じていた。

昔と同じで変わらない。
愛おしさが蘇り、どんなギエンであろうと、『親友』として傍にいようと決意する。それが苦しいものであろうと、失うよりはよほどいい。

あやすように背中を叩くギエンの手をいつまでも感じていたくて、瞳を閉じて身を委ねていた。


2022.06.26
がっつりダエン回です(^_-)-☆
ダエンは若干、一手遅かった感はぬぐえない…(笑)
個人的に思うに、ダエンの恋愛感情はまぁ割と一般的なものかな?
ギエンのは、安心感8割と憧れ?(笑)
ちなみにハバードはぶっちゃけ、恋愛感情は無いと思う(;´・ω・)エ?
こういうこと言うなって感じですかね(笑)。ハバ-ドは愛国心と尊重って感じ?まぁやっぱり殺したくないから手に入れよう、的な。大切は大切だし愛情はあるけど、根本は恋愛感情じゃないというか…。(◎_◎?)。まぁでも人生を捧げてもいいくらい、無茶苦茶大切な存在ではあるんだな…。ハバードを象る一つでもあるというか。まぁ、結局、何を以って恋愛感情というのかっていう感じではあるので、どれも等しく恋愛感情ということになるのかな…??わからん…(笑)

応援する!
    


 ***96***

ミラノイの姿を久しぶりに見たギエンは、彼女の以前と変わらない様子を見て密かに安堵していた。
黒と赤でデザインされたシンプルな衣装に、頭上で一纏めにされた長い黒髪は彼女の気位の高さを思わせ、
「ギエン様。仰ってくだされば良かったのに…」
対面した時の言葉は、驚くほど落ち着いたものだった。

4度目となる定例パーティでは、集まった多くの者がハバードとミラノイの、そしてギエンの動向を窺っていたが、彼らの好奇心は早い段階で呆気なく砕かれる。
ミラノイの毅然とした対応は彼女らしくもあり、下賤な噂すら寄せ付けない名門の風格があった。

「うかうかしていらっしゃいますと、私が奪い返しますからね。しっかりと首根っこを捕まえておいて下さいな」
自信に溢れた笑みで忠告する言葉は、すぐに冗談だと分かるほど和やかなもので、隣に立っていたハバードが声を立てて笑った。
実際は思う所も色々あっただろう。少なくとも、ハバードに対し本気の想いを抱いていたのは確かで、そう簡単に受け入れられる話では無かった筈だ。
にも関わらず、そんな感情の揺れ動きなど微塵も感じさせないところは逆にハバードへの想いの深さを思わせるもので、ギエンを尚更申し訳ない思いにさせた。

とはいえ、それを謝罪するのもおかしな話だろう。
ハバードに対する独占欲は、自覚していた。今更、誰かに渡すつもりも毛頭なく、申し訳ないと思いつつ出来る事は何もないと思い直す。ミラノイは勿論、ギエンのそんな心の葛藤を知る由もないが、彼に謝罪を求めるつもりなど全くない。

しばらく3人で会話したあと、ハバードと二人っきりになった所で、相手の肩をどついていた。
「あんなに出来た女性は早々いないぞ。お前、後悔しても知らないからな」
テーブルの上に飾られた色鮮やかなデザートを摘みながら非難する声は冗談を言っているトーンでもない。
デザートを口に含むギエンを横目に見て、嬉しそうに髭を触るハバードだ。
「…よほど俺が心配らしい」
隠しきれない忍び笑いに気が付いたギエンが、苛立ったように二度目のどつきを入れれば、びくともしない身体で逆に押し返されていた。
「てめ…、っ!」
文句を言おうとし、手に持っていた食べかけのデザートを一口で奪われて言葉を失う。

ハバードは元々、周囲の目を気にするような性格ではない。
それでも、相手の突然の行動に驚いていると、
「お前の方が後悔するんじゃないか?」
笑みを浮かべたまま、僅かに真剣な声音でそんな言葉を言った。
「俺は一度執着したら、二度と手放さないって言っただろう?お前、もう逃げられないぞ」
冗談のような軽さで放たれた強い言葉に、何故か無性にプライドが刺激される。
相手の言葉を鼻で笑って、
「上等だ。俺がそんな言葉にビビるとでも思ってんのか」
ハバードのラフな服装の襟元を引っ張って引き寄せた。
「お前は永遠に俺だけ見てりゃいい」
間近にある黒い瞳にそう告げ、見つめ合う。

不思議とハバードの黒い瞳を見ていると、周りの喧騒が薄らいでいく。
まるで、二人っきりで話しているような気がして、
「熱烈だね」
「っ…?!」
突如、背後から笑い声がして、肩を震わせるギエンだった。
「ル、ク…!…、これはっ…」
焦るギエンに対し、ハバードはいつから気が付いていたのか、先ほどと同じように髭を摩りながら口元を隠し、ひっそりと小さく笑っていた。
視線でそれを咎め、ベギールクに苦しい言い訳を返す。
「誤解すんな。そんな意味じゃない」
「いや、別にいいんだよ。君らは恋人同士なんだろう?別にね。全然、構わないよ」
ギエンが装う冷静をにやついた笑みで見て、敢えて白々しい言葉を言うベギールクは人が悪く、ギエンの羞恥を意図的に煽ってくる。
「好きなんだもんね。仕方ない」
耳元を染めながら冷静の装いを続けるギエンを面白そうに眺めていた。
「別に恥じることは無いだろ?俺は公表も」
「お前は黙れ」
さも不思議そうに言うハバードの言葉をぶった切って、手に持つグラスを煽ろうとし、
「ギエンはこっちな」
ハバードのグラスとトレードされる。
「っ…、酒くらい飲ませろ!」
「酔ったら面倒だ。介抱する身にもなれ」
仄かに香るミント水を無理やり渡され、仕方なくそれで我慢するしかない。色々な感情を洗い流すように中身を飲み干せば、清涼感溢れるミントが爽やかで思いの外、すっきりとしていた。

「君らは本当にいいコンビだよ」
二人の様子を見ていたベギールクが感心したように言った言葉を受け流し、素知らぬ顔で他愛無い会話をしていると、
「花束は受け取ったか?」
相変わらず涼しい顔のゾリド王が彼らに混ざり、祝うかのようにさり気なくギエンを抱擁した。
「ゾリド陛下。今後、そういう行為はお控え下さい」
すかさず釘を刺すハバードの言葉は上辺だけのもので、大して気にしてもいない。
「出来過ぎた男はつまらんぞ」
ゾリドの言葉を笑みで流し、余裕顔で近くにあったフルーツタルトを口に含む。あまりにいつも通りの仕草に、
「少しは嫉妬しろ」
ギエンが煽るようにゾリド王の背中へと手を回して愚痴る程で、それすら声を立てて笑っていた。
「腹立つな」
「愉快なものだ。君たちの当て馬にされては堪らんから退散する」
ギエンの言葉に笑いを返し、回された手を外しながら言った。
「ギエン。好きに生きろ。それがどんなものだろうと応援する」
告げられた言葉に込められた想いを察するのは容易なことだった。

帰還してから、幾度となくゾリド王には支援されている。
相手の想いも、その真剣さも知っていた。

「…」
沈黙のまま視線を返すギエンの肩を強く掴み、そのまま通り過ぎていく。
侘しいような想いに駆られ、去って行く後ろ姿を何気なく見送るギエンだ。

「浮気したくなったか?」
ギエンから奪い取った酒を口に含み、そう訊ねるハバードは冗談半分、本気半分の声色で、
「馬鹿を言うな」
否定の言葉を聞き、何とも言えない表情で笑った。
「ゾリドは重すぎる男だと思うよ。君はハバードを選んで正解だよ」
パクパクとフルーツを咀嚼しながら空気感など気にもせず、ベギールクが言う。我知り顔で頷いたあと、
「うん。ゾリドは何があっても選んじゃ駄目だ。僕はゾリドほど、怖い男は見たことがない」
背筋が凍るような言葉を平然と言った。
「…それは不敬罪に当たるぞ」
「あれを理性的な男に留めているものは、自分が王だという自負だ。そうでなければ疾うに…」
考え込むように口を噤み、らしくなく言葉を止める。
「なんだ、言えよ」
ギエンの追及に視線を上げた後、呆れたように肩をすくめ、
「いや、別に。国が滅んでいてもおかしくないという話」
突飛な回答をした。
「んな訳ないだろ、何の話…」
「じゃあ、僕は挨拶があるから行くよ。あとはお二人でごゆっくりどうぞ」
引き留めるギエンの手をひらりと躱して、その場からあっという間にいなくなった。

意味深な言葉だけが残され、しこりが残るギエンだったが、
「何となく分からんでもない。確かにそういう雰囲気はあるな」
ぐいっとタイを引かれ、ベギールクを追っていた視線が強引に戻される。目の前にあるハバードを見れば、真剣な目でギエンの乱れたタイに視線を落としていた。
「お前の死が伝えられた時、それこそ国の守りなど二の次で、全勢力を西の山脈に投入しかねない勢いだった。魔術で大々的に山焼きするって話も出てたくらいだ。良かったな、無事で」
最後には冗談を言って笑わせようとするが、とても笑えるレベルではない。
「そんなに直情的か?」
「だから、王たる故の理性なんだろ?」
タイを解き、再び結び直していく。ハバードの無骨な指が不思議とこういう時はやけに繊細で、それでいて頼もしく見えるのが妙な気にさせる。
いつかと同じような状況に身体を強張らせるギエンに気が付いて、
「っ…」
持っていたタイを引き寄せ、無抵抗の唇に軽く口付けを落とした。
「おま、…こんな所で」
突然された行為に驚くギエンに対しハバードは、してやったりと笑みを浮かべていて、焦る自分が馬鹿らしくなるほどだ。
全く人目を気にしないハバードの性格に、何故か勇気づけられる。既に失った筈の何かを分け与えられたような、そんな感覚に胸が訳もなく熱くなって返す文句も小さく、
「…に、させんな」
小声で呟き、視線を逸らしていた。
本人に届いたかすら分からない小さな声に笑いを返したハバードが、ギエンの前髪を耳にかけ、
「俺は前から夢中だ。安心しろ」
平然と吐き出された言葉に、頭痛すら覚えそうになる。
「おま、え、本当に少しくらい、恥ってものを覚えろ…」
小声で文句を零して周囲をそっと見回す。誰にも聞こえている訳もないのに、やけにざわつきが気になり出すギエンだ。
「外野を気にしたところで意味がないだろう?」
尤もな言葉に、それもそうかと頷きながらも、ここまで気にしないのはお前だけだと気恥ずかしい想いを誤魔化すように心の中で悪態を付いていた。

事実、全く目撃されていないかと言ったらそうでもない。
何人かが二人をチラチラと見て、気まずそうに視線を逸らしていた。


ミラノイも気が付いた内の一人だったが、既に嫉妬心など通り過ぎ、呆れたように小さく笑みを浮かべ素知らぬ振りで談笑を続けていた。
ギエンに関わりのあるほとんどの者が同様の想いを抱いていたが、その中でも一番、心穏やかではないのがダエンだろう。サシェルと笑みを浮かべたまま会話をしながら、視界に映る二人を追う。
たとえどんなに親友として生きようと決意した所で、感情は思うようにはコントロールできない。
荒れ狂う心の中を押し殺すのに必死であった。


2022.07.17
ちょっと短めですが、お許しください…(◎_◎;)。というかupが遅くなりスミマセン(笑)💦
現実世界に没頭してました(笑)ウフフ…(;^ω^)。
変わらず、拍手、訪問ありがとうございますm(_ _"m)。なるべく更新できるよう頑張ります(笑)!

応援する!
    


 ***97***

ギエンの警戒心が全くゼロかといったらそうでもなく、ダエンとの過ち以来、食事をすることはあっても泊まるということは無くなっていた。
サシェルのことも一定の距離を保つように気を配っている部分もあり、全くの無防備で話す相手といったら、ミガッドくらいだろう。

その日もミガッドと世間話をしたあと、ハバードの寝泊まりする簡易宿所に顔を出し、食事をご馳走になっていた。
ミガッドの話をするギエンは上機嫌で、ミガッドがあーだこーだと言った後、
「妬けるか?」
揶揄る笑みでハバードに問い掛ける顔は悪戯を思いついた子どもみたいに瞳を輝かせ、それを見たハバードが鼻で笑い返す。
適当に相槌を打ちながら、食器の片付けをし、汚れたかまどを掃除していた。

ハバードの見た目しか知らない者が見たら彼の几帳面な性格は意外に感じる部分だろう。
ギエンにとっては特に意外でも無いが、その昔と変わらない姿は好感の持てる姿で、ハバードの太々しさすら可愛く思える。
「お前、ほんと家庭的だよな」
「家庭的でも何でもないだろうが。普通に誰だって出来る」
「まぁな。俺はしねぇけど」
ははっと軽く笑い、出された黒茶を口に入れ眉間に皺を寄せた。

しばらく静かにお茶を飲んだ後、掃除を終えたハバードが隣に来るのを待って、神妙な顔をした。
「なぁ、今度、シュザード国の帝王が来るらしいな」
「その話か…」
予測通り、ハバードは当然のように知っている内容で、彼の反応を見たギエンが話が早いというように頷く。
「警備と規制が厳しくなるって街の人が騒いでるのを聞いたが、意味もなく来ないよな…?」
それとなく探りを入れれば、あっさりとハバードが頷きを返し、
「前に言っただろ?獣人族の国が出来るって話。あの話だろう。リッシュ国の裏側に航路を開くらしい。三角形に島を結ぶ形で交易所を作るようだな。獣人族は皮加工が得意だろう?色々な魔獣の処理にも詳しいし、その辺の技術の輸出と、文明の交換だな」
「そういうことか。…俺も同席を求められてるんだが、なんでだ?」
「…」
ハバードが無言のまま、ちらりと視線を投げ、すぐに興味を失ったように小さく欠伸をした。
「挨拶に来てるなら、獣人族も同席すると思うが、そいつがお前を諦めてないからだろ?」
「!」
特に意外なことでも無いかのように言った後、あぐらを掻いて、精神を集中させるように瞳を閉じた。
ハバードにとっては、何もかもがどうでもいい世間話のように軽いが、実際はそんなことは無い。警備含め、万が一に備えて様々な準備に追われていた。
「ルギルが…」
言葉の意味を噛みしめるように小さく呟くギエンの言葉を聞いて、片目を開き鋭い視線を送る。
「ギエン。今更、獣がいいとか言うんじゃないぞ?お前、どうなるか分かってるよな?」
「…当たり前だろ」
真剣な声音で言うハバードの言葉はとてもからかう雰囲気でもなく、素直に頷く。
「あいつ、まだ諦めてないんだな。言い訳じゃないが、俺はちゃんと本人に言ったぞ?」
「しつこそうだ。俺も同席を求められてる。何となく推測は付くが…」
「なんだ?」
「どうせギエンを返せとかそんな所だろう」
ハバードの言葉を聞き、ギエンが小馬鹿にした笑いを零した。
「下らねぇ。痴情のもつれか」
「案外、世の中、そんなモノかもしれんぞ。戦が起きるのも欲が原因な訳だからな」
「馬鹿らしい」
声を立てて笑うギエンに笑いを返す。

「俺がこうして、ハン家として責務を果たすのもお前の為な訳だ。欲は人を動かすに十分な理由になる」
「真面目な話か?」
意外そうに目を丸くするギエンに、ハバードが瞳を閉じたまま頷く。
精神を集中させている合間に放たれた言葉は、いまいち真剣味が感じられず、
「全く。お前はいい加減な奴だな」
笑って返せば、愉快そうな笑い声が返ってくる始末だった。

瞳を閉じたまま集中するハバードの元へと静かに、にじり寄って、
「お前を見てると無性にやりたくなるのも、意味がある欲って訳か?」
膝に手を置いて訊ねれば、
「何事にも無意味なものはない」
特に動揺した素振りもなく獰猛な黒い目が真っすぐにギエンを見て笑った。
「少なくとも、欲求は満たされるかもな」
首筋に唇を付けて囁くハバードの台詞に、
「お前は言うほど、性欲ねぇだろうが」
思わず否定するギエンだ。

昔から女性を追っ掛けているイメージも無ければ、帰還してからも女遊びが激しいとかそういうイメージは無い。モテるだろうとは思いつつ、女性の影を感じさせないハバードは、実際、色恋よりは自分の趣味に忙しいといった認識で、誘えば常に乗ってくるハバードを意外にすら思っていた。

「お前な。俺を何だと思ってんだ。性欲がなきゃお前を抱くわけ無いだろ」
「そうか?別に性欲なくても征服欲がありゃ抱けるだろ?」
ギエンのぶっ飛んだ回答に、彼の生き様を見せつけられて表情を曇らせる。
眉間に皺を寄せたハバードに気が付き、
「…悪い。馬鹿にしてるわけじゃ、」
誤解し、謝罪したギエンの言葉を封じるように、ハバードが唇を奪う。

やんわりと触れる唇は相手を気遣うような優しさで、反応を見るようにふんわりとしていた。次第に深くなる口づけの合間にも気遣いを感じる緩慢さがあり、自己中心的な欲の発散ではない。
ハバードの髭面の厳つい外見とは不釣り合いの柔らかなキスに調子を狂わせる。
唇がゆっくりと離れた後、欲を宿す訳でもない黒い瞳が真剣な色を浮かべ、ギエンを見つめていた。
「俺は征服欲で抱いたりはしない。お前は俺にとって唯一無二の存在で、互いに対等な関係だ。これから先もずっとそういう関係だ」
「…」
予想外に真剣な言葉に戸惑い、そこにハバードの本心を見る。

実際のところ、昔とは違いハバードより色々と劣っている自覚はあった。戦闘術にしろ、何にしろ、埋められない溝というものがあり、ハバードには敵わないと思う部分も多い。
それでも昔と変わらない想いでいるハバードに何よりも救われた気がして、
「…不意打ちやめろ」
小さく照れ隠しの言葉を返す。
そうしてすぐに、気恥ずかしさを払うように強気な笑みを浮かべ、
「俺はお前を征服したいと思ってるぞ」
ハバードを押し倒し上へ跨った。
ギエンの強気な態度を見て満更でもなさそうに笑ったあと、
「面白い。体力勝負といくか」
腰を引き寄せ誘いに乗る。
ハバードのその言葉に苦笑して、返事のようにキスを返していた。


ルギルを見て全く惑わされないかと言ったら嘘になる。
それは彼の姿がザゼルに酷似しているというのが一番の理由で、それだけザゼルの存在は大きなものだった。彼の死に際も、心の傷の一つであり、存在を忘れるということは出来ない。
それでも、次に彼に会った時にはそれほど心乱されるということは無いだろうと確信していた。
ハバードの揺るぎない言葉に、今まで得ることのできなかった安息を得る。


余裕顔で服を脱がされるハバードを見下ろして、前回はしてやられたが、今度こそ征服してやろうと、益々やる気が出てくるギエンだった。


2022.07.24
困ったことにラブラブ過ぎて誰も入る余地がありません( '-' ;)!
総受けは消滅しました(笑)!

いつも拍手を下さる方、ありがとうございます(*ノωノ)!
ついにギエンシリーズも、1000拍手突破しました(..>᎑<..)♡ビックリ♡
あれを読みたい、これを読みたいという要望に中々応えられずすみませぬ…💦どこかで書けたらなーと思いつつ、そこまで手が回らない(笑)

そういえば、セインの更新を全然してないですが、セインシリーズ見たいって方はいるんですかね?割とあっちは昔から私の気まぐれで適当に書いてる感あるので、あまり万人受けする話でも無いし、シリーズの一つも完結したので更新も気ままでいっか〜くらいの感覚ですが(笑)、そろそろ更新しろ的な所、あったりするんでしょうかね?!(^-^;?

応援する!
    


 ***98***

「ハバード様、いい加減にして下さい」
声を潜め、そう苦言を刺すパシェの声には珍しくも棘があり、真剣な怒気が混ざるものだった。
朝方、ハバードと一緒に城へ戻ってきたギエンが、そのまま寝台に直行するのを見送った後、部屋を出てからのことだ。前回同様、謝罪だけして去って行こうとするハバードを引き留めて、
「やり過ぎです」
強めの口調で告げる。それだけで言わんとすることが分かるハバードだ。苦笑して顎髭を摩り、視線を宙に泳がせた。
「勝負事には負けられないだろう?」
悪びれもせず言って、腕を組む。
「寝不足は俺も一緒だ」
続く言葉に呆れた顔を返すパシェだ。ギエンと違い、ハバードは常に変わらない表情のままだ。寝不足だろうが、何だろうが、それを全く感じさせないのがハバードという男だ。
それに対し、ギエンは朝だというのに完全に蕩けた表情で、二人が何をしていたのかすぐに分かる顔だった。

今までのギエンは、男の気配があっても取り繕うだけの余裕はあった。
ハバードが相手の時にはその余裕もなく、情事の跡すら無い身体からは、情事の気配が隠せないほどしどけない色気に満ちる。

取り繕えないほどギエンを淫らな顔にさせるのは、ハバード唯一人だろう。
ハバードがそのことに気が付いていない筈もない。
それを知りながら平然とギエンを預けて去って行くハバードは、他の誰よりも一番の曲者だと感じていた。

まるで試されているようだと感じるパシェだ。
自分の仕事に対する矜持にかけて、ギエンの魅力には絶対に屈しないと心に固く決める。


「分かっていらっしゃるでしょう!フォローする身にもなって下さい」
憤るパシェを、ハバードが屈託ない顔で笑い飛ばす。
「それだけ信頼してると思ってくれ」
さらりと放たれた言葉は毒以外の何者でもなく、
「っ…!」
「ギエンは意外に抜けてるだろう?昔からお人好しな所があるからな。そういう所があいつのいい所だが、…」
ハバードが言葉を止める。その先は言わなくても分かった。
「私はギエン様を裏切ったりはしません。これは私のプライドの問題です」
その言葉にハバードが小さく頷く。
「手を出したら、容赦はしないがな」
口角を上げ、笑いながら去って行った。

一見、冗談のように返された言葉は本気だろう。
黒い瞳に宿る獰猛な色に、ゾリド王と対面したときのような感覚が蘇っていた。ハバードが見せた一瞬の本気を見て背筋が凍る。

ただこの上なく信頼されているのだけは確かだと感じ、ギエンを訪れる来客にどう言い訳をするか考え始めるパシェだった。


結局、ギエンが目を覚ましたのは昼過ぎの事で、
「…いい匂いだ」
昼食のために用意したスープの香りに反応し、身を起こした。
「よく眠れましたか?」
締めていたカーテンを開けて光を入れれば、眩しそうに目をすがめたあと、記憶を探るようにパシェをじっと見る。それから、何かを思い出したように口元に拳を当て、短く謝罪した。

ギエンの気まずさや照れを感じ取って、一応の自覚はあるらしいと意外に思う。
「ハバードのあの異常な体力は何なんだ」
パシェを手招きして昼食を持ってこさせ、傍で寛ぐクロノコの頭を手のひらで押し潰すように撫でる。喜ぶクロノコが新しい技を身に付けたように、ぺったんこになってシーツに潰れる様を見て、多少は気が晴れたのかギエンの瞳が和らいだ。
「負け通しのようですね」
ギエンの愚痴に相槌を打てば、瞬間的にギエンが瞳を鋭くさせる。
「お前、…俺が負けてるっていうのか」
失言だったかと相手を窺うパシェに、
「まぁ事実、そうだけどな…。腹が立つ」
気を悪くした訳でもなくすんなりと認めていた。
肌蹴たシャツの合わせ目を引き寄せ、苛立ったように髪をかき乱す。蒼い瞳がぼんやりと虚空を見つめ、
「勝てる方法が見つかんねぇ」
独り言を呟いた。唇を親指で撫で、考え込むように摘まむ。

それだけの動作だというのに、あまりに目の毒で視線を逸らしていた。
何故、この男はこうも無自覚なのかといつもながらの苛立ちを抱く。苛立ちの矛先は、当然の如くハバードにも向いていた。
紅茶を入れることに集中して、意図的にギエンの存在を視界の外へと追いやる。目が覚めるよう濃い目に淹れれば、その強い香りのおかげで、乱された心が平常心を取り戻していた。
寝台の上で行儀悪く食べるギエンの元へと持っていき、お盆の上にそっと置けば、ギエンが上目遣いで礼を言った。

蒼い瞳が柔らかな光を宿し、甘く煌めく。
乱れた髪が褐色の肌に掛かって整った容貌に影を落としていた。あぐらをかいて食事を取る姿は、男らしいものだ。それでいながら無防備に開いた胸元には、華奢なネックレスが揺れ、その危うさに鼓動が跳ねる。

筋肉質で引き締まった身体に反比例するように、淫らな気配で誘う身体は無自覚で、余りにも無防備なものだった。

ハバードに何度、苦情を言っても足らないくらいだろう。
むしろ、これだけの忍耐力を持つ自分を褒め称えたいくらいだった。

歯を噛みしめ平常心を装うパシェの気も知らず、口を開けてスプーンを口の中へと入れる。
美味しそうに相槌を打ち、
「お前もハバードに勝てる方法を一緒に考えようぜ」
呑気にそんな言葉を言った。
「私が一緒に考えてどうするんですか」
二人の惚気に付き合っていられないとばかりに冷たく返せば、ふっと片笑いを浮かべ、
「自尊心が満たされるだろ?」
本当はそんなことを気にしていないだろうに、面白そうに笑っていた。

こういう時のギエンは非常に男前でありながら、同時に子どもっぽいやんちゃさがあって無性に可愛く見えるから不思議なものだ。
勇ましい姿だけでなく、こういう所もギエンの魅力の一つだと重々過ぎるほど知っていた。
ハバードという特別な相手がいることを知っているのに、ギエンが見せる様々な表情をもっと見たくなって、諦めようとする心が無理やり引き戻される。

心の中で溜息をついて、
「ゼレル様では無いですが、甘いスイーツ責めにでもしてみたらどうですか?ハバード様は甘い食べ物はそれほど得意には見えません」
そう助言をすれば、分かった顔で小さく笑った。
「そう思うだろ?ハバードを見ると大抵、そう思う奴が多いけどな。あいつ全然、いける口だ。基本的に苦手な物が無い」
よくご存じで、と出かかった嫌味の言葉を飲み込む。
これ以上は精神衛生上、良くないと思い、
「何かいい方法が無いか考えておきます」
ギエンの惚気を断ち切るように言えば、
「頼りにしてるぞ」
何の邪気もない笑みでそんな言葉が返ってくる始末だった。

ギエンが人の気持ちに鈍感なのは今に始まったことではない。
既に諦めの境地で適当に相槌を打ちながら、ギエンの惚気を聞き流すパシェは慣れたものだった。


2022.08.07
いつも訪問、拍手ありがとうございます(*ノωノ)!
ハバードのガードがすごくて誰も手が出せません(笑)!
珍しいくらいラブラブCP完結しそうな勢いです(*^-^*)たまーにはいいよね!ウム(笑)!

応援する!
    


 ***99***

「久しぶりだな」
ゼレルの姿に気が付いた時のギエンは特に驚いた素振りもなく、待ち伏せにも慣れた様子で歩み寄っていった。
「お食事のお誘いに来ました。最近、貴殿とお会い出来なかったので」
その言葉を聞いて可笑しそうに小さく笑う。
俯き加減で見せる余裕の表情は落ち付いたもので、それがやけに魅力的な表情だった。
特に意識もせずに魅せるギエンの表情に目を奪われ、相手の顔をじっと見つめる。

そんな挙動にも気付かず彼の肩を軽く叩いて、
「いい加減に諦めろ。メシくらいは付き合うが、時間の無駄だぞ」
口角をあげて明るく笑って言った。
「…貴殿は、相変わらず…」
抱き締めたい衝動を抑えて、苦い笑いを返すゼレルだ。
「以前、お伝えしたでしょう?私の気持ちを軽んじないで貰いたいです」
「お前な…」
困った表情すら魅力的で、間違いなく本心からの言葉だった。
「俺は本当に気が変わったりしないぞ」
「ギエン殿の心変わりと、私の心変わり、どちらが先か勝負ですね」
特に気にしていない態度で爽やかに笑うゼレルに、これ以上は無駄だと悟ったようにギエンも笑う。
「結果は見えてるけどな」
「それで、ご一緒に出かけてくれますか?」
「メシを食うだけだ」
「えぇ、勿論」
すかさず触れようとするゼレルの手を叩き落とし、
「油断もねぇな」
行動を読み取ったように片笑いした。
「…」
その笑顔を見て、思春期の頃の少年のように胸が高鳴っていた。不思議な感覚に自分の胸に手を置いて確認する。
隣に立って歩き出すギエンの横顔を見ながら、肩に手を回して引き寄せたくなる。ギエンがどんなに諦めろと言おうと、こんなに情熱的に愛せる相手は今後現れはしないだろうと確信を抱き、それが誇らしくなっていた。
そう思える相手に巡り合えただけでも幸運なことだ。多くの者がこれほどの情熱を抱くことなく生涯を終えるのだから、ギエンに感謝したいくらいだった。

「貴殿に、証明して見せますよ。私の想いを」
何度伝えても足りない。
時間が許す限り何度でもこの想いを伝えたくて言葉にすれば、当の相手は特に意外な言葉でもないかのように小さく笑った。
「お前の言葉は十分、伝わってる。だから、諦めろって言ってるんだ。お前の大事な人生を無駄にするな」
はっきりと告げてくるギエンの優しさに、
「想いに無駄なことなんて無い」
間髪入れず答えを返す。
僅かに目を見開くギエンに無駄な杞憂だと笑みで伝え、
「貴殿はそうやって、無自覚に私を深みに陥らせる」
さり気なく苦言を呈せば、ギエンが呆れた表情で肩を竦める。
「意味のわかんねぇことを言ってやがる」
「そういう所ですよ」
「はぁ?」
本当に分かっていないギエンが愛おしくて、非常に愉快な気持ちになっていた。
声を立てて笑うゼレルの態度に、
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうな言葉を返すギエンの顔にも笑みが浮かんでいて、こんな関係が永遠と続くのならそれも悪くないと思うゼレルだった。


****************************



街の警備が日に日に高まっていく中、シュザード帝国の王がやって来たのは思ったよりも早い時期で、訪問前に出された声明に世間は揺れていた。
正式な声明前に、既に多くの国は悟っていたが、それでも獣人族の国を容認し連合国にするという発言は大きな話題になり、論争を巻き起こしていた。
そんな世間の風潮も何のそので、彼は至極身軽に、そして軽装で、ゾリド王の元へ訪問していた。

ギエンが『英雄』と慕われ騒がせたのと同様に、彼は『南を統べる覇者』と呼ばれ、若い頃から絶大の評価を受けてきた。
それは剣術や魔術だけに留まらず、有事における戦略から、統治の手腕に至るまで、まるで天が彼を祝福しているかのように、全てにおいて秀でた才があり、その容姿まで恵まれた男であった。

白い肌に漆黒を思わせる黒髪は目を瞠る艶やかさで、その瞳は黒髪によく映える深いアメジスト色だ。
年はギエンよりも若く、全てを難なく熟す彼は、目の前にたとえどんな苦難があろうと、全て己の力と頭脳で蹴散らして現在の地位に就いたような男で、多くの困難があったとしてもそれを苦と認識することも無いほど、活力に溢れた男だった。


彼を一目見ただけで、ルギルが彼を認めたことを理解する。
ゾリド王と握手をする彼の傍らで正装をして立つルギルは、彼らの挨拶などそっちのけに真っすぐにギエンを見つめていた。
薄汚れた放浪姿でないルギルの格好は身綺麗で、姿勢の良さも相まって背の高さが目立ち、見慣れた姿とは見違えるようだった。元々、整った容貌ではあったが、定着する場所を見つけたことで清潔感を身に着け、一層凛々しくなっていた。
「…」
見つめてくる視線を意図的に無視し、挨拶で差し出された帝王の白い手を握り返せば、
「…!」
強く握り返され、唐突に引き寄せられる。
「君が、かの有名なギエン・オールか。その目は確かに印象に残る。
僕はザン。今後、会う機会が増えるだろう。宜しく頼むよ」
簡単な愛称のみを名乗る相手に、
「…」
一瞬、なんと答えるべきか迷い言葉に詰まる。
シュザード国の帝王が自分の存在を知っているとも思わず、
「…お会いできて光栄です」
ありきたりなギエンの返しに、彼が白い歯を見せて笑った。

珍しいアメジストの瞳から視線を逸らし、何故、目で認識されるんだと隣に立つルギルを見れば、先ほどまで確かに熱心にこちらを見ていた筈の視線が、素知らぬ顔で逸らされていた。
ギエンの行動を観察するように見ていたザンが、意味深な笑みを浮かべ、握っていたギエンの手を撫でるようにして外す。
妙な触り方に苛立ちを露わにするギエンを面白そうに見て、ルギルを招くように視線を向けた。
「改めて紹介する必要は無いと思うが、彼は獣人族でも古い血筋の者でね、彼の血に敬意を表し、ル・ヴィニュリスの名を授けることにした。これにより、彼は獣人族が統べるル・ヴィニュリスの正統な王となり、我が連合国の一員となる。
今後、人間と獣人族の無益な争いは我々への挑発行為となる。この内容に異論は無いか?」
彼の血筋の正統性を主張し、強大国らしい言い分でゾリド王にそう迫る。
その表情は和やかな笑みを浮かべながらも瞳は鋭く光り、相手の出方に対しいつでも対処できるような計算高さを窺わせるものだった。

対するゾリド王は、そんな彼に慣れっこのように小さく吐息をついて頷いた。
「否と言ったところで、もう決定事項だろうに。相変わらず帝王は手回しが巧い」
「誉め言葉として受け取っておく。僕は寸分の狂いなく計画を進めないと気が済まないんでね」
ヴィニュリスは古の地を指し、その領有権はシュザード国の帝王が保有する。
既に周辺国の同意を得て、世界でも重要ポストになるような存在を掌握している彼だ。口角を上げ笑みを象る表情は、一度嚙みついたら二度と獲物を放さない獰猛な獣のように、凶悪かつ冷酷な印象でありながら、その冷たさが彼の整った容貌を引き立てる。
「…さて」
周囲を見回した後、ザンが話題を切り替えるように口火を切った。ルギルを見て小さく頷く。それを受けてルギルが一歩前へと踏み出すと共に、ハバードを鋭く睨んだ。
「早速、ル・ヴィニュリスの王として、一つ、償いを要求する」
「…俺に言ってるのか?」
ハバードの返答を聞いてギエンを一瞥したあと、そうだと頷いた。
何を言い出すつもりだと警戒するギエンに対し、至って冷静な態度で彼が手を差し出す。
「ギエン・オール。一緒に来るなら我らの族長ザゼルの死も不問とする。来ないならその罪、そいつに償ってもらう」
「何を、…ハバードは関係無い筈だ」
「おかしなことを。逆だろう?」
ギエンが身を乗り出す前にゾリド王が押し止め、呆れたように呟く。
「ギエンの15年間をどう償うつもりだ?身勝手なことを。帝王ともあろう者がこんな戯言を許すつもりなのか」
見守る男に矛先を向ければ、彼は何を言っているのか問うように小さく笑った。
「この国では、どんな内容だろうと決闘を申し込めるんだろう?そして勝者はそれを実行できる」
額に手を置いたゾリド王が、駄々っ子を相手にした時のように珍しく呻く。
「…馬鹿なことを。正当性が欠ける」
彼の言葉に、
「受けて立とう」
溜息を付いたハバードがギエンの肩に手を置いて気にするなと言った。
「大した問題じゃない」
特に何の意図もしない行動ではあったが、肩から首筋に、そして頬に手を滑らせギエンの瞳を覗き込む。真っすぐに視線を返すギエンと見つめ合う格好になり、目の前でそれを目撃したルギルが歯ぎしりをして二人を見つめていた。
「調子に乗るなよ…人間」
唸り声すら混じる小さな声に、
「また尻尾を巻いて逃げればいい」
挑発を返すハバードは珍しい態度で、一度、彼を視界に映したあと、どうでもよさそうに視線を外した。
牙を剥いて唸るルギルを押しとどめるように、ギエンが名乗り出る。
「俺が受ける。お前の問題じゃない。ハバードを巻き込むな」
「お前は黙ってろ、ギエン!俺はお前に傷を」
予想外の提案にルギルが焦ったように声をあげるのを、視線で黙らせるギエンだ。
「馬鹿にしてんのか。俺はザゼルの事に関しては責任を感じてる。お前がこの方法で区切りが付くなら、それで構わない」
「ッ…!」
そうじゃないと言おうとして、口を噤む。そういう体でギエンを取り戻したいだけだとは言えず、唸り声をあげていた。

傍で二人のやり取りを見守っていたザンが小さく笑う。対するゾリド王は静かに成り行きを見守っていた。
「ギエン。俺とこいつには確執がある。俺に勝てればギエンを取り戻せると思ってる辺り、幼稚な考えだ。だから受けてやろうって言ってるんだ」
「ハバード!」
「そうしろ!俺が勝ったら、ギエンは引き渡して貰うからな」
「…」
勝手に話を進められ、いくら言っても無駄だと悟ったようにギエンが呆れた溜息を付いた。
「お前が勝っても俺は行かねぇけどな。ザゼルの責任は取る。けど、それで終わりだ。ハバードとケリを付けたいなら勝手にしろ」
「ギエン、俺は」
「うるせぇ。用がそれだけなら俺は行くぞ。帝王の前だとかそんなことは知ったこっちゃない」
呆然とするルギルを一瞥もせず、そのまま挨拶も無く背を向けて去って行った。

ギエンのその態度は、ハバードの心配などこれっぽっちもしていないもので、それが余計にルギルの嫉妬心に火を付ける。
「っ…人間に、惑わされやがってッ!」
「僕も人間だけどな」
ルギルの恨み節を聞いたザンが冷静な突っ込みを入れれば、じろりと彼を睨みつけていた。

以前よりも丸くなったのかもしれない。
獣風情の男が身なりを整え感情を自制しているのを見て、僅かに相手への悪感情が薄らぐハバードだ。

実際、決闘が行われようが何一つ心配してはいなかった。
力量は既に見切っている。仮に星の満ちる夜であろうと、その自信は変わるものではない。

それよりも、シュザード国の帝王の真意が分からず、探るように神経をとがらせていた。
この中で一番、強者たり得るのは彼だろう。
細身の全身から醸しだされる強者の気配を纏う男の存在に、全身で警戒する。
ハバードのその探りすら読み取っているかのように、緩い気配を出す彼に余計に警戒を強めていた。

ゾリド王とシュザード国の帝王は決して浅い交流でもない。大陸での集まりがあれば度々顔を合わせる間柄で、実際、ザンという男は子どものような天邪鬼さと、世の中の全てを知り尽くしたような狡猾さを持っていて、油断ならない彼の性格を知っていた。
「二人を客室に案内しろ」
傍で仕える者に指示を出す。
「ありがとう。感謝する」
謝礼を言いながら、ハバードの横を通り過ぎる際にザンがちらりと流し目で笑った。
揶揄っているだけだと思いつつも、その鋭い目つきがどうにも気になるハバードであった。


2022.09.02
大変遅くなりました…💦すみません…💦
拍手ありがとうございますm(_ _"m)!!100話にビビりつつ…こんな話数でも変わらず付いて来て下さる方がいて嬉しいです(*^-^*)
新規で読み始めてくれてる方っているんでしょうか?って感じの話数になってきました(笑)。
ザン。なんかどこかで同じ名前使ってません?ゼンじゃないのは分かってる(笑)!でもザンの響きが何か既視感…( '-' ;)?
あと、ザンが出てからギエン闇落ち方面まっしぐら感がやばい…('-';)その方向はヤバイだろうと自制中(笑)。頑張ってハバードとラブラブになるんだゾ('_')!!

応援する!
    


 ***100***

城内がいつもよりも慌ただしくなっていた。
部屋に戻ってきたギエンは軽い読書をした後、抜け出すように街へと出向き、ホル・ミレの店にいた。

「こないだ着ていただいた服、凄く評判がいいですよ」
ギエンの身体の隅々まで採寸しながら、ホル・ミレが思い出したように言う。
採寸は定期的に行われ、季節の移り変わりで僅かに変化する身体にもぴったりと合うように、ギエン専用の服を仕上げるホル・ミレの腕は確かなものだった。どうしたらギエンがより魅力的に映えるかを知り尽くしているかのように、狂いなく身体のラインに合わせてくる。それでいて着心地は負担がなく、ギエンの嫌う派手さは抑えられていた。

派手さが無いにも関わらず、ギエンが着るだけでシンプルなデザインのものですら目を引く服装になる。それはギエン自体のスタイルの良さもあったが、ホル・ミレのちょっとした工夫といった細かな技術にもあった。

「あぁ…、あれな…」
ふと、あの服でハバードと会った時のことを思い出し、僅かに口ごもる。
「いつも言うが、露出は抑えてくれ」
油断すると、すぐにとんでもない服を着せてこようとするホル・ミレに釘を刺せば彼が可笑しそうに口角をあげ、曖昧に頷く。その態度に、不安の眼差しを送るギエンだ。

薄着の季節になってからは、長袖のシャツにベストというのがギエンの定番の格好だったが、実際、暑いものは暑い。
それでも、ベストを脱ぐと露わに傷跡が透けて見え、好奇の視線にさらされることは目に見え、そうした理由もあって、ギエンは暑い時期でも長袖のスタイルは崩さずにいた。
それを気にして、ホル・ミレとしては気を遣った結果、薄手のデザインや露出が増えるといったことがあったが、ギエンにしてみれば余計なお世話で、
「隠そうとするから目立つんですよ。立派な傷跡じゃないですか」
全身に走る傷跡を褒めるホル・ミレの言葉を鼻で笑って受け流す。
「人に見られていいものでもない」
引き締まった身体に残る無数の傷跡は、猛者の勲章のようなものだ。ホル・ミレの感覚とは違い、ギエンにとっては過去の忌々しいものに過ぎなかった。
特に背中を斜めに走る大きな傷は、見た者を間違いなく動揺させる類のものだろう。
「美しいのに勿体ない」
何気なく言った彼の言葉に、男の身体に美しいも何もあるかと文句を返し、脱いでいた服を着ようとしたところで、
「あぁ、新作があるので着て帰って下さい」
動きを止めさせられる。
「こないだ、ギエン殿が着ていたベスト姿を見て、閃いたんですよ」
嬉々として服を持ってくる彼の手には黒シャツで、金属の留め具がいくつも付いている物が乗っていた。服を広げながら熱弁を振るう姿は、彼の服への情熱を表すもので、
「分かった分かった。着るからさっさとしろ」
その熱意に負けるギエンだ。
「黒い素材なので透けないですよ」
そう言いながら、いつもの着せ替え人形の如く、手慣れた動作でギエンに着せていく。
暑い時期の長袖を気にした彼らしく、肩には切れ込みがあり、袖口は捲れるようにゆったりとしていた。
全体的にゆとりのあるシルエットが、前開きのボタンを留めていくにつれ、引き締まった物へと変わっていく。ギエンの身体のラインに合わせ作られたそれに感心していると、
「肩紐を背中側でクロスに留められるようになっています。背筋が伸びて、腕の動きやすさを維持したまま、きっちりとした印象を残す物へと仕上げています。黒基調というのもありギエン殿の勇ましい雰囲気によく合うんじゃないかと思いまして…」
そう説明されるのを何気なく聞いていた彼だったが、肩口辺りから細長く垂れさがる肩紐を引かれた途端、小さく身体を震わせた。

思わず動きを止めるホル・ミレに、
「っ…、この服は無理かもしんね…」
歯切れ悪く呟く。
「…何故です?」
「…」
その質問には答えないギエンだ。

ホル・ミレの疑問も尤もなもので、今までギエンが無理だと言った服は無い。
今回の服も寸法は完璧な筈で、計算に狂いは無い筈だった。
余る裾をズボンの中へと仕舞い、ウェスト側の紐を引き締め、背中側で金具を固定する。
「苦しいですか?」
後ろに立つホル・ミレがギエンの顔を覗き込み、不安そうに訊ねた。
「いや…、別に…」
「一度、着てみてください、それからチェックしましょう」
特に気にせず、仕上げようとして、
「待っ、…」
ギエンの制止も訊かず肩口の紐を強く引いた。そのタイミングで、
「ンぅ…ぁッ、…!」
咄嗟にあがったギエンの甘い声に驚き、びくっとして動きを止めた。
無言で驚くホル・ミレに、
「服が擦れて、…な。悟れ」
ギエンが口元を手の甲で抑え、気まずそうに小さく言い訳をした。

褐色の肌が羞恥でほんのりと赤く染まっていく。

完璧な採寸によりギエンの身体にぴったりとフィットし過ぎて、胸筋のラインだけでなく、ぷくりと立ち上がる存在までありありと主張していた。
「…」
さすがにこの服は破廉恥過ぎると、彼の姿を見て釣られたように照れるホル・ミレだ。

普通の服を作った筈なのに、何故こうなったのかと頭を悩ませ、しばらく無言で考え込む。
それから、
「…身体を触られるのがお嫌いなのかなとは思ってましたが、…随分、敏感な身体のようで…」
原因はギエンにあると思い至った。
「…黙れ。身体に合わせ過ぎなんだ。俺の乳首分も考えて採寸しろ。こんなにタイトじゃ、服が擦れるに決まってるだろう?!」
「いいえ」
顔だけ振り返って逆切れ気味に文句を言うギエンを、強く否定する。ホル・ミレとて自分の技術には自信があった。完璧なものを作り上げた筈なのに、それが失敗とあっては許せない。
「貴方が敏感なせいで、私のミスでは無いです。大体、乳首分なんてどうやって測るって言うんですか」
「っ!」
背後から伸びた手が、臍から胸筋までするりと指を滑らせる。素材の材質もあって、簡単に乳首に辿り着いた指が、固く尖るものに触れた。
「ッ…っぁ、ミ、レ!」
「メジャーを持ってきて立ち上がり具合を測ればいいですか?」
きゅっと指先で摘み、
「どのくらいの刺激まで耐えられるのか、毎回、こうすればいいですか?」
抵抗しようとするギエンの首筋を抱え込むように片手で押さえ、仰け反る胸元を指で弄ぶ。
「!…ミレ…っ、…ァ…、ぅッ!」
「これでも、私のミスだと言うんですか?」
「悪かっ、…ッ!…ンっ、…悪かった、って!」
小刻みに身体を震わせ、簡単に昂るギエンが喘ぎ声で謝罪するのを聞いて、溜飲が下がったように、
「分かればよろしいです。貴方の敏感な身体のせいです」
言い切って、すんなりとギエンを解放する。
「っふ、…ぁ、…てめ、マジでふざけんな」
肩で呼吸しながら涙目で文句を言うギエンは珍しい表情で、屈辱に耐えているように目元を染める。
完全にその気になってしまった乳首を守るように腕で覆い、ホル・ミレから一歩遠ざかった。
「折角の新作、全部作り直しですよ。はぁ…」
「…俺のせいじゃ、」
「いいえ」
「っ…!」
全く無自覚かと言ったらそうでもないギエンだ。
自分の身体が人より、というより所謂普通の男に比べ感じやすい自覚はあった。特にハバードと付き合うようになって、それが顕著になった気がしているギエンだ。

誰のせいかと言ったら、ハバードのせいだろうと心の中で悪態を付く。
「とにかく…、お前はタイトに作り過ぎだ。いい教訓になっただろう?」
「へぇ」
空返事でギエンの苦情を聞き流したホル・ミレが彼の全身を上から下まで舐め回すように見た。
「もっと斬新に作りましょうか?これでも私は気を付けていますよ。貴方の性的な雰囲気を露骨にしないように、かつ、男らしく格好良く見えるように」
「っ…!お前な、モデル辞めるぞ!」
「冗談です。怒らないで。滅多に無い逸材なので、どうしたらもっと映えるかを考えてしまう職業病です」
はぁーと盛大な溜息をついて、心底残念そうにギエンを、というよりギエンが着る服を見つめていた。
その姿に憐みを感じ、
「悪かった。お前が一生懸命作ってくれた物に対して酷い事を言った。着こなせない俺が悪い」
「そうですね」
下手に出れば、ばっさりと肯定され、ムッとするギエンだ。
「脱がすんで来てください。はぁ。ハサミを入れないと…」
彼の言い分も分からなくもない。
丁寧に作りこんだ物を解体するのだから、ショックは大きいだろう。
言いたい文句は山のようにあったが、それを飲み込み大人しく歩み寄っていく。ホル・ミレがギエンの両脇に手を差し入れて抱きこむように腕を回し、背中で止めた金具に手を伸ばす。
「っ…」
少しの刺激で息を飲むギエンの吐息が耳に掛かり、それを意識するホル・ミレだったが、相手に悟らせない態度で、留めていた前のボタンを全て外し、
「これが悪い」
「ぅァ…っ!…止めろ!」
褐色の肌の上で甘く誘ってくる突起を弾いて嘆く。

睨む顔すら色気に満ちたもので、つくづく劣情を刺激する男だと実感していた。
筋肉質な褐色の肌は艶やかなもので、いくつも傷がある身体にも関わらず、触りたくなるような美しさだ。褐色の中、自己主張するように淫らな色合いで浮き上がるモノに悪戯をしたくなる。
胸の膨らみがある訳でもない同じ男のモノに目を奪われ、それを意図的に遮断するように作った新作を広げ、目の前で断ち切った。

「…次回作…、期待していて下さいね。乳首分、考慮しますので」
「てめ…!」
ホル・ミレの嫌味に、着替えていた手が止まる。
文句を言おうと口を開き、切った新作を見て溜息を付くホル・ミレを見て、諦めたように吐息をついた。
「また来る」
ベストを羽織り、ホル・ミレに短く告げる。
シャツをズボンの中に入れボタンを留めれば、すっかりといつも通りの勇ましいギエンの姿に戻っていた。
先ほどの甘い気配とは無縁のような男前の姿に惚れ惚れし、
「是非、お願いします。ぴったりの物を作っておきますよ」
本心からそう答えていた。

片笑いで頷くギエンの蒼い瞳は笑みを浮かべていて、その表情は脳裏に残る印象的なものだ。やはり、目を引くいい男だと同性ながら思う。

店先まで見送りをして、乳首分という難しい課題を残しつつ、次回作の構想を練るホル・ミレは、新たな楽しみを見出したように嬉々とした笑みを浮かべていた。


2022.09.11
ちょっとお遊び回です(*^-^*)。何てことないことに振り回されるギエン(*^-^*)。
ギエンの心と体は別人格です(*^-^*)ハハ☆彡
色々翻弄されるギエンは楽しいです(*^-^*)笑
拍手もありがとうございます(*'-'*)ポッ♡
次回、恐怖の101話…ひぃ!(笑)

応援する!
    


*** 101〜 ***