【総受け,男前受け,冷血】

 ***101***

城内へと戻ってきたギエンは、書物館近辺で珍しい面子に巡り合っていた。
あまり城にいることは少ない第一王子のジェッジと、今朝会ったばかりのザンだ。大木の前で指を差しながら熱心に話し合っていた二人が、ギエンに気が付き視線を寄越す。
「ギエン…殿」
目が合った途端に顔を緩めて頬を染めるジェッジの表情は、言葉にせずとも分かるほど憧憬の念を浮かべていた。
「君はギエンが好きなのか?」
彼の表情を見たザンが何の遠慮もなく、ずげずげと問う。ジェッジがギエンを見て、慌てて首を緩く振った。
「誤解ですから。ギエン殿」
「分かってます」
短い言葉を返しながら、気弱そうな青年の赤い瞳を見つめる。
ゾリド王とはよく話すギエンだが、二人の息子とはほとんど接点が無い。突然のことに、会話が思い浮かばず、無言が続く。
ゾリド王とは似ても似つかない柔らかな雰囲気を見て、シュザード国の帝王と二人きりで会話をさせることに危惧感を覚えていた。
「何の話ですか?」
二人の会話に混ざれば、ザンが何故か小さく笑みを零し、それを隠すように俯く。
「この木の品種に付いてです。シューザード国では見かけない木のようなので…」
ギエンに説明するジェッジはザンのそんな行動には気が付きもせず、丁寧にその木の詳細を語っていた。

昔からある大木だ。
気にしたこともないが、言われてみると偉大な木のような気がして、ギエンが空高くまで伸びるその木のてっぺんを見上げる。

その日は晴天で、雲一つない真っ青な空と真っすぐに伸びた太い幹、力強く空に広がる緑に意識を取られる。
その一瞬、
「っ!」
ザンが背後からギエンの首を鷲掴みにし、声を上げそうになるギエンだ。
「何しやがる!」
振り返ると同時に強く払い除け、敬語も忘れて真意を問えば、ギエンの態度を可笑しそうに眺め笑うザンがいた。
「君、警戒心は帰還してみんな捨ててしまったのか?今の一瞬で、首を取られてるよ」
不穏な言葉を言う彼の瞳は柔らかなままで、敵意がある訳でもない。
眉間に皺を寄せるギエンを見つめたまま、
「ルギルはそういう抜けてる所に惹かれるのかな?」
独り言のように呟く。
益々、眉間に皺を寄せて嫌悪を露わにしたギエンに、白々しい驚きの表情を浮かべ、
「ルギルの気持ちは迷惑?」
「当たり前だ」
至極当然の質問をした。
「冷たいね?ルギルの兄が死んだあと、君とルギルは夜を共にする関係だったんだろう?兄は君のせいで死んだというのに、国に帰ったらそれっきりとは随分と情がない」
「っ…!」
内部の事情をどこまで話してるんだとその場にいないルギルを恨めしく思う。何故、こんな男に何もかも話してるのか理解できず、まさかあのルギルがそれほどこの男を信頼しているのかと混乱していた。
「ルギルから何を聞いたか知らないが、俺があいつと喜んで夜を共にしたとでも思ってんのか?同情はするが、迷惑なものは迷惑だ」
「ハバード・ハンと恋仲だからか?」
唐突に言われ言葉に詰まるギエンを愉快そうに見たあと、二人の言い合いを不安げに見守っていたジェッジに視線を向けた。
「随分と男たらしだと思わないか?君はギエン・オールのどこが好きなんだ?」
「え?私ですか?」
唐突に振られ、困った視線をギエンに向ければ、ギエンが不機嫌そうに目を眇めるのを見て、口ごもる。
空気を読んだジェッジが首を振り、
「そういう感情は持っていません。国を救ってくださった英雄として憧れていますし、尊敬はしていますが、それだけです」
毅然とした態度で答えるジェッジは、ギエンの予想を上回る冷静さで、それを意外に思うギエンだ。
気弱な雰囲気は、見た目だけだったのかもしれないと彼を見直す。

将来、国を背負う身分だ。
それに安堵して、その場を離れようとしたところで、
「君にはルギルのことで少し話があるんだ」
呼び止められていた。

ルギルに協力して、わざわざここまで訪問しにきた男だ。
何かしらの魂胆があるに決まっている。

ギエンの警戒心が宿る瞳を見て彼はおどけてみせ、
「ルギルの言葉を全て信じている訳じゃないが、彼の気持ちも慮って欲しいと思っている。彼は君のために生きてきた」
態度とは裏腹に紫の瞳は真っすぐにギエンを見つめていた。
言葉の意味に動揺し僅かに驚きを浮かべるギエンを見つめたまま、
「少しは歩み寄ってもいいのでは?」
そんな言葉を言って、ギエンを苛立たせた。
「その言葉、ルギルに返せ。俺は3年間もあいつに拘束されてたんだ。あいつの何を思いやればいいって言うんだ。ザゼルの分だと言うなら、十分、尽くした」
「そうせざるを得なかった」
間髪入れずに否定され、強く肩を掴んだザンの手によって動きを止める。
「ルギルが君に話すことは一生無いだろうから僕が教えてあげるが、族長ザゼルという強力な後ろ盾がいなくなった君はとっくに殺されていただろう。君があそこで生き永らえることが出来たのは、彼が族長を自ら殺したことにして、君を『戦利品』として拘束したからだ。君には、族長を殺したがっていた層がどういう層か、分かってる筈だ」
「…!」
「獣人族が人間と慣れ合うことなど認められない。そんな層が、君を仲間として受け入れる訳がない。『人間の奴隷』を族長の弟でもある現族長が所有する、この構図の重要性が分かるだろう?」
「っ…」
反論しようとして、それは意味のないものだと知り口を噤む。

彼の言葉もある意味、尤もなものだった。
ザゼルの死の原因が何か分からない以上、自分は全く無関係だとも言えず、今となってはルギルの行いを一方的に責める立場に無いことも分かっていた。
だからといって、
「俺とルギルの問題だ」
部外者が横からしゃしゃり出てくる問題じゃない。
口を出すなと視線で伝えれば、彼が小さな声でへぇと呟いた。それから肩を掴む手を緩め、
「余計なお世話をした。僕には関係ないことだしね」
あっさりと退く。

二人のやり取りを黙って聞いていたジェッジが、気を遣うようにザンを庭園へと誘うのをどこか遠くで聞きながら、二人に別れの挨拶をしてその場を去る。


客室へと戻りながら、ザンの言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
ルギルの立場が複雑なものだっただろうことは想像が付く。
許す許さないでいうなら、あの日、二人でザゼルの思い出話をした時に許していた。

彼の想いもあの時に痛いほど理解していた。
だからこそ、突っ撥ねる必要があった。
そうでなければ、互いに先へは進めないだろう。


ザゼルの顔を思い出し、死の間際に誰がいたのだろうと考える。
ルギルも自分と同じで、冷たくなった身体に凍り付いたのだろうかと思い、寂寥感に包まれていた。


*******************************



その夜、ギエンは悪夢にうなされていた。
昼間の影響か、夢の中のザンが魅惑的な声で囁く。

息を乱して飛び起きたギエンは、酷くリアルで生々しい夢に眩暈がして、飛び起きた勢いでそのまま後ろへ倒れこみ呻いた。
「ぅ…、…なんて最悪な、夢…」
鼓動が激しく脈を打つ。
身体が火照り、夢のリアルさを物語っていた。
「…」
静まり返った暗い室内は、まだ時刻が深夜であることを示す。
しばらくじっとした後、のそりと起き上がり、緩慢とした動作で寝台から降りたギエンは、そのまま明かりも付けずに浴室へと向かっていった。

昼間、鷲掴みされた首の後ろを摩り、ハバードから貰った首飾りの香りを嗅ぐ。
僅かに鼓動が落ち着くのを感じ、大きく溜息を吐いた。


アメジスト色の瞳がやけに脳裏に焼き付き、思考を鈍らせる。
頭を冷やすように真水に顔を浸し、その冷たさに大きく身震いをした。何度か繰り返し、ようやく頭が冴えてくるも、昂った身体の熱は冷めそうになく、仕方なく自身のモノに手を伸ばすギエンだ。
「く、そ…、欲求不満か…?」
そういえばと、ここ数日間、忙しそうなハバードに遠慮したまま彼と寝ていないことを思い出す。
だからといって、あの夢は無いだろうと自分の見境の無さに辟易して、再び思い出しそうになる紫色を脳裏から無理やり追いやり、ハバードの憎たらしい顔にすり替えた。
「あの野郎…」
そもそも勝手に決闘の話を付け、挙句恋人を放置するハバードが悪いと矛先を変えれば、僅かに冷静さが戻ってくる。
苛々を持て余しながら、彼の手や瞳を思い出し、
「ッ…、ァ…ぁ」
容易に果てるギエンだったが、身の内の熱はより酷くなり、口元を手の甲で覆って荒い息を付いていた。
「っち…、あいつ、許さね…」
ハバードの余裕顔を乱してやりたくなって、寝込みを襲いに行く決心をする。

タオルで濡れた顔を拭き、寝着に上着を持って部屋を出るギエンだった。



2022.09.24
いつも拍手、訪問ありがとうございます!更新遅くなりつつある中、嬉しいです(*^-^*)!
まさかの名前が初登場(;;⚆⌓⚆)の第一王子(笑)。ちなみに絡みません(笑)。
ザンがどう絡むかは、まぁ未定です(*^w^*)

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 ***102***

突然やってきたギエンを出迎えたハバードは完全に寝起きであったが、特に不平を洩らすことなく、
「こんな夜中に、危ない奴だな」
薄着に上着だけを羽織ったギエンを見て眉を潜めて言った。
「寝ぼけてんのか。男だぞ、俺は」
その言葉に呆れた表情を返しながら、厚い胸板を押し込むようにして簡易宿所に入る。
ハバードのシャツ一枚に、ラフなズボンを履いただけの格好は意外なものでもないが、触れる肌の熱に欲情して、押し込む勢いでそのままキスをすれば、ハバードが驚きの余り動きを止めていた。
両手を宙に浮かせ、為すがまま数秒間の後、密着した身体でようやく相手の意図を悟る。
「ギエン。まさかやるためにこんな時間に来たのか?」
「その気になってきただろ?付き合え」
離れた唇の合間から熱い息を吐き出しながら、ギエンが強気の笑みで誘えば満更でもなさそうに笑い、背中を抱き寄せる。ギエンの耳元で大きく息を吸いながら、
「お前には本当に驚かされる」
強く抱き締めながら、寝起きのせいかやけに熱の籠った口調で言った。

いつにないハバードの態度に珍しくドキリとさせられ、それを誤魔化すように彼の首筋にキスを落とす。
「こういうの好きだろ?」
そう訊ねれば、背骨の狭間からズボンの中へと手を差し入れてすんなりと相槌で答えた。
ハバードの率直な言葉を聞きながら、寝起きのせいかと疑問符を浮かべるギエンだったが、性急な仕草でズボンを脱がしにきたハバードに太ももを持ち上げられ、小さく声を上げて彼の身体にしがみついていた。
「っ、あぶねーな」
「誘いに来たのはお前だ」
鼻で笑い、ギエンを壁に押し付けたハバードがキスをしながら、後ろを解す。今すぐにでも入れられそうなほど柔らかなそこに苦笑して、
「相変わらず綺麗好きか」
そのことを茶化せばギエンが言い訳のように、
「お前のために決まってるだろ」
小さな声で静かに答えていた。
一瞬の無言のあと、ハバードが弱ったように小さく溜息を吐く。何かと耳を澄ませるギエンの耳元で、
「…お前の奉仕っぷりには舌を巻く」
静まり返った夜でなければ聞き取れないのではないかと思うほど、小さな声でひっそりと呟いた。
「惚れたか?」
すかさず返す言葉に、あぁと真面目な声で答えが返ってきて、二度目の驚きを抱くギエンだ。

ハバードがいつもと僅かに違う。
寝起きのせいかと、そのことに密かに興奮を覚え、首筋に顔を埋めるハバードの顔を引き起こして間近に見れば、
「っ…」
蝋燭の灯りに照らされた黒い瞳が、滅多にないほど欲情を宿していて、
「…やめろ。抑えが利かなくなる」
ハバードより先に音を上げていた。
「お前の抑えが利かないのはいつもだろう?」
表情とは裏腹に口調は落ち着いたもので、
「入れるぞ」
動作も乱暴なものではなく丁寧で、それが余計にじれったく感じて小さく呻く。
「ハバー、ド。いいから早く、しろ」
急かすギエンを可笑しそうに笑って、
「折角、こんな夜更けに誘いに来たんだからな、期待に答えないと悪い」
そんな言葉で甘く煽った。

その後もとことん焦らされるギエンだ。
ハバードの所に来たことを後悔するくらい、焦らされ、最後には前後不覚で酩酊状態のように、ハバードの優しいキスに溺れていた。

蝋燭が燃え尽きて灯りが不要の時刻になり、ようやく意識が戻ってくる。

濡れたタオルでギエン身体を拭くハバードはけろりとしていて、その鋭い瞳はすっかりといつも通りに戻っていた。
「…、ぅ」
小さく呻くギエンに水を差し出して、
「満足したか?」
口角を上げて問うハバードは嫌味かと言いたくなるほど清々しい顔だ。
指一本動かすのすら怠いギエンとは対照的に朝から活力に溢れていて、愚痴の一つも言いたくなる。
「満足ってより…、不満つーか…」
身体を起こしながら絞り出すように呟く言葉をキスで塞ぎ、
「満足だな?」
強引に結論付けた。
「…っち」
舌打ちを返しながらも、無意識にハバードを引き寄せ深いキスを返す。
返事をするように優しいキスが返ってきて、キスを繰り返すほど絆が深まる気がしていた。

別れを惜しむように何度かキスをしたあと、城へと戻る。


朝一番に戻れば夜中に抜け出したことが、パシェにバレることもない。そんな思惑も虚しく、朝食を持ってきたパシェはすでに起きてるギエンを見て、すぐに悟っていた。
「夜中に出歩くのは危ないですよ。そんなに会いたかったなら泊まればよろしかったのに」
お盆をテーブルの上に置きながらいったセリフにギエンが険しい表情を返し、
「会いたいわけじゃねぇ」
ぶっきらぼうに見栄を張って言った言葉に、思わず笑みを零すパシェだ。
へぇーそうですか、と空返事をして、テキパキと飲み物を用意する。
それから思い出したように、
「訪問中のルギル様から面会の要望が来てます」
重要なことをさらりと言った。
「…」
遠方からはるばる来たザンは折角だからと10日ほど滞在予定で、あちらこちらを観光しながら要人に会う予定だった。一方のルギルは公には獣人族の立場をある程度は確立したとはいえ、まだ自由に行き来できるほど体制が整ってはいないため、ほとんどを客室で過ごす日程になっていた。
とはいえ、獣人族の定住の地となる国は距離的には近いが海を挟んだ向こう側であり、今、対談の機会を逃すと次はいつになるかもわからない。
「いつだって?」
『獣人族』ではなく、『俺』を選べと言ったルギルの言葉を忘れたわけではなかった。
あの時の不安定な心境とは違い、今は明確な思いの元、ハバードといる。決闘をしようが、ザゼルの件があろうが、変わることのない思いだ。そのことをルギルに伝え、けじめをつけようと思っていた。

「今日の夕方か3日後の昼過ぎはどうかとのことです」
先延ばしにしても意味はないだろう。
「今日で返答を頼む」
特に悩むことなく答えればパシェが一瞬、驚きを浮かべたあと特に何も言わずに了承した。
「伝えてきます」
二人が滞在する客室はギエンが住む客室とは反対の別棟にあり、そこは離れのような仕様になっていた。
入口は1箇所のみとなっており、城の門番とは別に兵が見張りに立つ。塀の中は庭園となっており、西の庭園に比べ遥かに小さいものではあったが、蓮の花が咲く池の上には随所随所に洒落た橋が掛かり、静かな木々の合間からは木漏れ日が差し込む静かな空間で、小ぶりでありながら完成された美があった。

西の庭園が花の咲き乱れる迷宮庭園であるのに対し、こちらは虫の鳴き声が静かな空間に響く落ち着いた庭園だ。
そのど真ん中に独立した客室が何棟かあり、その内の2棟を使用していた。


部屋を出ていくパシェを見送りながら、鼻の利くルギルに何か言われるのも面倒だと思い、入浴の準備をする。

いつの日か、ルギルから真相を聞ける日が来るのだろうかと考え、一緒に来ないなら言うつもりはないと言った強い言葉を思い出し、それは難しそうだと溜息を洩らす。
だが、それもまた一つの贖罪なのかもしれないと思い、理由を知ってどうしたいのかと自問していた。理由を知った所で、謝罪すればいいという問題でもなく、ルギルの無力感もそんなことでは癒せないことも分かっていた。
死んだ事実は変わりない。理由を知ることで自分がすっきりしたいだけだと身勝手な想いを否定した。

深い溜息をつきながら、全身を綺麗に洗い流していく。
ハバードの触れた箇所を意識して、安堵と共に罪悪感に苛まれるのであった。



2022.10.02
いつも訪問ありがとうございます(*^-^*)!!
今日は更新難しいかなと思ったんですが、無事に更新できてよかったです(笑)
早いものでもう10月…。色々恐怖を覚える今日この頃…(^-^;。
私も別棟の客室に住みたいです…(;^ω^)。なんというか究極の現実逃避をしたい(笑)

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 ***103***

指定時刻に、応接間に向かえば既に相手は座った状態で待っていた。
ルギル一人かと思いきや室内にはザンが立っていて興味深そうに調度品を手に取り光に翳す。部屋の入口には兵が二人と、後ろにはパシェが付き従う状態で、
「…待たせた」
詫びを入れながら、こんな状態で一体何の話が出来るのかと疑問を抱いていた。

顔を上げたルギルが真っすぐにギエンを見つめる。
深い金色の瞳が一層、清々しく何の躊躇いも無くて、そのことに僅かに目を見開くギエンだ。

「ギエン。返事をよこせ」
開口一番にそんな言葉を言ってギエンを惑わせる。
こんな場所で、こんなに人目の付く場所でする話かと目を剥くギエンに対し、ルギルは周りなど全く眼中に無いかのようにひたすらギエンを見つめていた。
「…答えなくとも分かるだろ」
ルギルの尊厳を無暗に傷つける訳にもいかず、妙な所で気を使う羽目になったと返答を濁せば、ルギルが自身の鼻に指先で触れ、思案するように瞳を細め静かになる。
僅かな沈黙の後、
「石鹸で誤魔化そうとしても無駄に決まってんだろうが」
低い声で唸るように声を荒げ、
「兄貴の代わりが見つかって満足かよ?」
卑屈な笑みで激しい非難の言葉をぶつけた。
無言を返すギエンを見つめたまま彼の暴言は続き、
「懲りもせずにまた人間か。理解できねェな!てめぇの頭をかち割って見てみてぇよ」
握った拳の力で、持っていた茶器が粉々に砕け散る。手のひらに破片が刺さることすら気にせず言葉を続け、
「あっさりと兄貴を捨てて鞍替えか!」
激しいその言葉に、
「俺はッ…、」
反論しようとして、強い力で拳を握るルギルを見て途中で止まった。

手首を伝い赤い血が流れ落ちていく。
睨み合うように見つめること数秒間、
「…やれやれ。君らはしょうもない」
二人の睨み合いに割り込むように呆れた声が呟いて、ルギルの元へと歩み寄って行った。

ザンが胸元からハンカチを取り出し、拳を作るルギルの手を包み込む。
それから、落ちつかせるように肩を何度か叩いたあと、拳を開き手のひらに刺さった破片を摘み取っていった。
傷を負った手にザンが手のひらを翳すと、見たこともない黒い魔術陣が浮かび上がる。それは瞬く間にルギルの傷を癒していった。
「…!」
間近にそれを目撃したギエンは、初めて見る魔術に目を瞠っていた。分類としてはゾリド王が使う白魔術に近いが、中身は黒魔術の筈だ。だが、黒魔術のそんな使い方は見たことが無く、その技術に意識を奪われる。
彼の手元を食い入るように見つめるギエンに、
「噂によると君も黒魔術を使うんだって?興味が出たか?」
面白がるように訊ねるザンに、別にと素っ気なく返して興味も無い体で視線を逸らす。
「黒魔術は奥が深い。知ればギエンも興味が出るだろう」
ギエンの反応を他所に確信を得た笑みで言って、落ち着きを取り戻したルギルの両肩を叩いて、その場を離れた。
含みのある言葉に思わず彼の姿を視線で追う、それからルギルに視線を移せば、予想外に強い眼差しと見つめ合う羽目になっていた。

折れそうにないルギルの様子を見て、諦めの溜息をつき、
「場所を変えよう。ここじゃ話しにくい」
ギエンがルギルを誘えば、
「お言葉ですが、それは承知できかねます」
部屋の入口に立つ兵の一人が言った。
鋭い視線を向ければ、たじろぐのは一瞬で、
「ギエン殿の為だとお思い下さい。陛下からそのように、と仰せつかっております」
主の命令に絶対服従する彼が強い声で言い切った。

何かあった時に命令違反で罰せられるのは彼らの方だ。
それでなくとも、ルギルに関してはいくども迷惑をかけている自覚はあった。
「ゾリドは君のお父さんなのか」
押し黙ったギエンをザンが揶揄る。それを意図的に無視して、
「ルギル。俺はあの時も言ったが、お前と一緒に行く気はない」
今度はハッキリと言葉にした。
「獣人族か人かでもなく、ザゼルを忘れた訳でもない。俺はここで生きたい。それだけだ」
強く言い切るギエンの言葉を聞いても動じないまま、俺は諦めないと言う。
「ルギル!」
諦めろと言外に伝えれば、部外者のザンが唐突に笑い声をあげた。
手に持っていた飾りを棚に置き、二人の元へと歩み寄って、
「ルギル。日はまだあるから今日は諦めたらいい」
埒が明かない二人の言い合いに口を挟んでそう勧めた。
「俺の考えは何度来ても変わらないぞ」
ギエンの返答を聞いた彼が笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
座るギエンの目の前まで来て、
「ルギルは決闘を望んでいるが、君は彼が傷つくのを見たいのか?」
静かに問う。
「なんだと!」
はなから負けることを前提にされたルギルが牙を剥くのを見向きもせず、
「君の考えは分かる。なら、僕が言わんとすることも分かるよな?」
見上げるギエンの肩に手を置いて、有無を言わせぬ口調で訊ねた。答えを求めている訳ではないアメジスト色の瞳が残忍な笑みを浮かべる。
「ッ…!」
唐突に昨夜の夢を思い出し、肩に圧し掛かる手を強く振り払うギエンだ。
相手にその動揺を悟られないように視線を逸らしながら、
「…分かった」
短く同意を示せば満足そうに笑って、
「また改めて僕の方から日にちを設定する。それでいいよな?」
半ば強引に話を付けた。
ルギルが窮屈そうに首元の襟を広げ、席を立つ。
ギエンの横を通り過ぎる際に、
「俺の考えは何を言おうと変わんねぇ!お前を連れ帰る!」
喧嘩口調で言い放ち、応接間を去っていった。

残っていた紅茶を一息に飲み干しながら、これ以上ルギルの名誉を傷つけるなというザンの遠回しの言葉を考える。それから、どうしたものかと溜息を付いて席を立った。

既に誰もいないつもりで応接間を出れば、
「ザゼルは僕も会ったことがあるが、ルギルとは似てないな」
壁に寄りかかり、ギエンが出てくるのを待っていたザンに声を掛けられ、驚きの余り肩を震わせた。
鼓動が跳ねる中、
「あの堅物を落とすとは中々のやり手だよ、君は」
そう言って、ギエンの動揺を誘う。そのまま、
「ッ…!」
心臓に手を置かれ息を詰めるギエンだ。

ドクドクと煩い音が全身を流れ、相手の瞳に意識が吸い込まれていく。突如、紫色が世界を染め、彼の声が耳を木霊した。
唐突の違和感によって瞳を見開くギエンの耳に、
「…だと思うよ。ルギルも君も、丸く収まるといい」
ザンの凛とした声が響き、先ほどまであった違和感が突如消えて、ふっと身体が軽くなった。
「…」
一瞬の奇妙な感覚に、自分の身体を確認するように指先を動かしていると、
「では、また後日に」
何の異変も無かったようにザンが別れの挨拶をして背を向けた。

離れていく彼の後ろ姿を見送りながら、なんだったんだと深い混乱を抱く。
煩い音を立てる心臓に指先が震え、紫色がいつまでも脳裏に纏わりついていた。
「ギエン様。どうかなさいましたか?」
突っ立ったままのギエンを心配したパシェが、応接間の鍵を閉めながら訊ねた言葉にハッとして緩く首を振る。
「行こう」
不思議そうな顔をするパシェに答えながら、努めて冷静を装うのであった。


2022.10.09
いつも拍手ありがとうございます(*^-^*)!嬉しいです!
拍手お礼に何か変わった企画をやりたいなーと思いつつ、定番のありきたりなものしか思い浮かばないちっぽけな脳みそです(笑)
こういう企画して欲しいとかありましたらどうぞ(笑)!(そもそも企画とは?ですね?(笑))

ルギルは尽くし攻めな気がしてます(笑)。
強引で自己中な感じだけど、実は超絶尽くしタイプじゃない??(;;⚆⌓⚆)??
ギエンの為に、もう全部捨ててきてる(笑)

応援する!
    


 ***104***

ザンを信用しているかといったらそんなことはなく、まだ続いているロスとの朝の訓練でそれとなく精神魔術の痕跡が無いか聞く程度には警戒心があった。
それでもロスの回答は納得のいくものではなく、昨日の違和感は謎のままだった。
「あれじゃまるで…」
脳裏に浮かぶ一つの可能性を否定して、もやもやした気持ちを抱えたまま午前を過ごすことになる。
書物館から借りてきた本を開いてはページを送り、全く集中できないまま昼食を迎えていた。
気晴らしをするにも暇を持て余しているギエンだ。ザンが訪問するにあたって、ベギールクは彼に会うのが面倒くさいというたった一つの理由で、故郷にとんずらしていた。
研究内容に関して色々と質問を受けるであろうことが目に見えているからか、声が掛かる前に早々に首都からいなくなっていて、当然、それによりギエンの仕事も無く手持ち無沙汰の状態であった。

ハバードもダエンも日中は普通に仕事をしていて、パシェはパシェで王城での持ち場があり、一日中暇つぶしの相手をさせる訳にはいかない。
昼食を運んできたあと、食器を手に部屋を出ていく後ろ姿を見送って、クロノコの頭を撫でながら午後はどうしようかと考えていると、唐突に窓ガラスがノックされ、驚きに息を潜めた。

ギエンの仮住まいとなっている客室は壁一面がガラス窓になっていて、窓の向こう側は森林浴が出来るような風景が広がっており、人が立ち入ってくるような場所ではない。
日中のこの時間はレースのカーテンで目隠ししているだけの室内だが、今まで誰かがそこを通ったことは一度も無く、ましてやそこからノックされるという経験は無かった。

レース越しに見える人影の大きさと、そのあり得ない行動をする人物に該当する男が一人だけいて、いるのが分かっていてノックする男を無下に無視する訳にもいかず、カーテンを開く。

そこにはギエンの推測通りの男が明るい陽射しを背に立ち、ジェスチャーで入れてと伝え、手に持つ紙袋を掲げた。
ため息交じりに鍵を外し、窓を開く。
中へと迎え入れれば、
「君、ここに住んでるんだって?不便そうだね」
興味深そうに中を見回したザンが、何の遠慮もなく近くにあった椅子に腰掛けた。
テーブルの上に紙袋を置き、
「お近づきの印にお菓子でもどう?」
にっこりと笑みを浮かべて誘う。
それを一瞥したギエンが、パシェを呼ぼうとするところで、
「君と内密な話をしたくてね、ちょっといいか?」
人を呼ぶなと止められ、真意を探るようにザンの顔を振り返った。
アメジストの瞳はいつ見ても目を瞠る美しさで、その輝きの下に冷酷な色が映る。
「何を企んでる?」
ギエンの警戒心の宿る声に、ザンが明るい顔でいいねと笑った。
「僕は一人で結構自由に動けるんだが、ルギルが一緒だと警備が常に付いて回るから、本音で話しにくいだろう?」
無言を返すギエンに、
「率直に言うと、君にはルギルの為に彼と行ってほしいと思ってる」
真顔でそう言って、
「はぁ?」
ギエンを心底呆れさせた。
「下らねぇな。そんなことを言いに来たなら、さっさと出てけ」
席に着きもせず、窓を視線で指し示すギエンの態度を気にもせず、
「君、強い男が好みだろう?」
「…っ」
唐突にそんな質問をし、動揺するギエンに笑みを返して、
「ザゼルに惹かれたのは、そこだな?ルギルに惹かれないのは、ハバード・ハンの方が強いからか」
不躾に言って、苛立ちを露わにして歩み寄ってくるギエンを見つめていた。
「強いとかそんなことは関係ねぇ。ルギルに決闘させたくないなら、お前が説得すればいいことだ。あいつが自分でハバードとやりたがってるならやらせりゃいい」
「君の為なのに?」
「俺は望んじゃいねぇ」
「どうかな。君は偶々、この場で受け入れられた。もしそうでなかったら同じ言葉が言えるか?」
「ッ…、」
するりと脇腹を撫でられる。
来客を想定していないギエンの格好は薄手のシャツ一枚で、いつもは羽織っているベストも着用しておらず、傷だらけの上半身が白いシャツから透けて見えていた。
「獣人族の奴隷だった君が受け入れられたのは、偶々だろう?」
「触る、…な!」
傷跡に纏わりつく手を払おうとして手首を捕まれ、下から顔を覗き込まれる。
捕まれた手の熱さに反比例するように、冷たいアメジスト色の瞳が刺すような強さで見つめてきて、振り払うことを忘れるギエンだ。

脇腹からあばらへと手が流れ、触れる手の熱さが火を灯すように妙な熱を宿していった。
「放…せッ!」
昼間に浮かんだ可能性の一つが脳裏を過り、そんな訳が無いと否定していると、
「言ったじゃないか。君は強い男が好みだって」
「ッ…!」
まるで心を読まれたかのように、言われた言葉に驚愕していた。

混乱する隙に、背中に回った手が背骨をなぞり、ギエンを追い立てる。
視線を絡めたまま弱い部分を責め立てられ、漏れそうになった声を抑えるように目に力を込めたギエンだったが、その強気な瞳は僅かに揺らぎ甘い顔を覗かせていた。
瞬きなく見つめてくるアメジスト色の瞳と見つめ合っている内に、まるで濃厚なキスをしているかのように思考が鈍くなって、
「っ…、ァ…、」
抑えられずに上半身を反らせて、敏感な反応を返す。
「よ、ッせ!」
ハッとして拳で殴りかかるのを難なく避けたザンが、屈託ない笑みで笑いを零した。
「背中を触るだけでそんなに感じるとは、随分と調教されたんだなぁ」
「っざ、けん…」
目元を染めたギエンは珍しいほどの羞恥を示し、唇を噛みしめ最後まで反論できずに終わっていた。
握り拳で顔の半分を隠し、ザンの視線を避けるように目を反らす。気持ちを落ち着かせるようにしばらくじっとした後、
「話がそんな下らない仮定の話なら、さっさと出てけ。俺はハバードを信じてる。強さは関係ねぇ」
はっきりと強い口調で拒絶した。
明確な拒絶にも関わらず、ザンが浮かべた表情は笑みで、
「彼は、君に言ってないことがあると思うけどな」
「…!」
「気が付いてないだろう?君」
戯言だと切り捨てるにはあまりに自信に満ちた言葉で、動揺を誘ってくる。
「まぁ、僕は今回ルギルの為に遠方から来た訳だ。ルギルに肩入れしたくなっても普通だよな」
席を立ち、視線を合わせないギエンの肩を叩く。
「次回は、僕の客室に君を招待するよ。もう少し落ち着いた環境で話が出来るだろ?
ルギルは君のために必死なんだ。いい答えを期待してる」
答えないギエンに肩を竦め、持ってきた菓子には口を付けずに窓から去って行った。

開け放たれた窓から涼しい風が流れ込み、部屋の空気を入れ替えていく。
握りこぶしを作ったまま立ち尽くすギエンの肩に止まったクロノコが心配そうに顔を覗き込んでいた。


22.10.16
訪問、拍手ありがとうございます!♡月日が早すぎてビビってます(笑)
かき回すのが得意なザンです(*^-^*)♪ハバードは何をしてるのかなー?しっかり首輪をつけておかないから…!

応援する!
    


 ***105***

夕食を取った後、いつものようにハバードの元へと向かうギエンだったが、いつもと変わらない彼の顔を見て、問い詰めようと意気込んでいた気持ちが引っ込んでいた。

隠し事が、一つや二つあっても普通だろう。
そもそも馬鹿正直にあの男の言葉を信じる方がどうかしている。
そう思いつつ、ザンはハバードの何を見てそう思ったのか気になっていた。自分には気付けない何かをザンは気が付くことが出来る、そういうことなのかと思うと、無性に自分の能力が劣っている気がして、もしかしたら他の面々も気が付いていて、知らないのは自分だけなのかとすら思い、気が滅入っていた。

一緒に連れて行ったクロノコがハバードを批判するように、彼の手を小さな手で叩く。
流れるような動作でギエンにキスをしようとするハバードに対し、クロノコが間に入って威嚇した。
「なんだ?」
予想外の行動に目を丸くして首を傾げるハバードだ。
「お前が全然会いに来ねぇから拗ねてるんだろ?」
クロノコを引き寄せ、あぐらをかくようにして座る太ももの間に置けば、彼が嬉しそうに目を輝かせて鳴いた。
「俺は元々、お前の住む客室には滅多に行かないだろうが」
「…まぁな」
そのせいで散々な目にあったとは言えず、そもそも来てても同じかと八つ当たりしそうになる気持ちを制御すれば、
「ギエン。いい加減、王城を出たらどうだ?」
唐突に掛けられた苦言に、
「お前に関係ねぇだろ!」
思わず苛立った言葉を返していた。
実際のところ、王城の客室に住み続けることは甘えであることは自覚していた。居住地を探すのもそう簡単ではない。ずっと居てもいいというゾリド王の言葉に甘えたまま住み続けているが、体裁が悪いのは事実だろう。
騎士団が王城に居住を構えるのとは訳が違う。ベギールクの元で働いているとはいえ、客室を占領することへの根拠としては弱いものだった。
「…」
無言になるハバードを見ても謝罪する気にもなれず、静かな沈黙が続く中、ハバードが茶を啜る音が響く。

しばらくのあと、
「一緒に住むか?俺も簡易宿所をそろそろ出ようかと思ってる所だ」
唐突にそんな誘いをした。
「何?」
「手軽だからそのまま簡易宿所で寝泊まりしてるが、別に俺の物でもないし人のことは言えない」
突然過ぎて呆気に取られるギエンに対し、ハバードの口調は淡々としたものでまるで事務対応でもしているかのようだ。
「うちの本宅の傍で敷地に空きがあるから、そこに家を建てようかと思ってるが…」
「…」
ギエンの表情を見て、ハバードが思案するように言葉を止める。それから手に持っていた茶を啜り、
「パシェを連れていきたいなら、一緒に連れてくればいい」
ギエンの沈黙を別の方向で受け取って、そう付け加えた。

黒い瞳が真っすぐに見つめ、ギエンの答えを待つ。
予想外過ぎるハバードの言葉に、ギエンの頭は真っ白になっていた。

何故か、ふいに紫色が脳裏に蘇る。
ハバードが何かを隠しているという疑念が頭を過り、
「…今すぐは答えられない」
さり気なく視線を外しながらそう返していた。落ち着かない気持ちを誤魔化すようにクロノコを撫でながら、この違和感は何だと自問する。

ギエンの返答を聞いてもハバードは特に驚いた様子もなく、落ち着いた口調で、
「そうか。突然過ぎたな。時間はあるからゆっくり考えればいい」
そのまま寝転がり天井を見上げた。

そういえばとミガッドの話をし始める。
それに相槌を打ちながら、平常心を取り繕うギエンだった。


******************************



もやもやを抱えたまま日が経ち、ギエンが次にザンと会ったのはその2日後のことであった。
彼に誘われるまま赴いた先は別棟にある客室で、単身で向かった行為は無防備な行動ではあったが、彼らが滞在する客室は警備されたエリアで城内だ。ギエンの警戒心がかなり緩んでいたのも仕方がない部分もあり、
「君、面白いな」
対面したザンが開口一番に言った台詞はそれだった。
扉が開いた瞬間、視界に飛び込む紫色に目を奪われ、心臓の上に置かれた手を払うのが一瞬、遅れる。
その手を払う頃には既に遅く、
「…っ、…?」
ギエンの意識は急速に閉ざされていった。

そのまま、彼を室内へと招き入れたザンが静かに客室の扉を閉める。
通路に立ち警備している兵たちはそんな彼らを特に気にした様子もなく、毅然と立ったままだ。だが、その瞳はどこか虚ろなもので怪しい気配を漂わせるものであった。

そうして、ルギルがその部屋に招かれた時、頭の中はギエンのことしかなかったが、
「ッ…!」
扉を開いた瞬間に威嚇を発したのはそれだけ防衛本能が高い証拠で、咄嗟に繰り出す攻撃魔術も、
「静かにしろ」
片手を掲げたザンが命じるだけで不発に終わっていた。
瞬時に黒い魔術陣が浮かび上がり空間を支配する。それは何重もの複雑な円を描いて部屋を占領していた。
「ギエンに…、何を…ッ」
「君が求めたものだよ。僕はお膳立てをしてあげただけ」
寝台の上で座るザンの上に半裸のギエンが跨る。やってきたルギルを見向きもせず、ザンの首筋に手を置きキスを強請っていた。
「やりたかったんだろう?ほら。入れてやれよ」
「ん、…ァ…っ」
既に柔らかく解れ、いつでも受け入れられる状態の秘部を指で押し開いてルギルを誘う目は残忍な色で怪しい輝きを宿していた。
「貴、ッ様…!ギエンを返せッ!」
淫らな姿を晒すギエンに欲情するよりも怒りの方が遥かに強く、唸り交じりの怒鳴り声でザンに飛び掛かろうとすれば、
「無駄だ」
すぐに四方を防御魔術で塞がれていた。
「ッ…!」
そこから抜け出そうと拳でいくら激しく叩こうとそれは破壊できず、ルギルの怒りが増せば増すほど、どうしようもない焦燥感ばかりが募る。
拳から血が滲むのも気にせず抵抗するルギルを見て、
「君が抱く気がないなら、僕が抱くよ?男を狂わせる身体には興味がある」
そう言って何の抵抗もなくギエンの腰を引き寄せた。
「ッ!ザンッ!」
いくら声を張り上げようと彼の行為は止められず、
「っぅ…ァ…ぁ!」
ゆっくりと挿入されて甘い声を上げるギエンを、ただ目の前で見ているしかできずに終わる。
「…ッ!」
悔しさから激しく歯ぎしりするルギルが声にならない唸りを上げていた。 怒りの余り涙目で強くザンを睨む瞳は強い殺意の宿るものだったが、ザンからしてみれば、所詮は囲いに閉じ込められた獣で、
「精神魔術で彼をこんなに無防備にしたのは君じゃないのか?自業自得だ」
「何、だと!」
跨るギエンをそのまま寝台に押し倒し、緩く腰を振りながら世間話のように話し始める。
「黒魔術は諸刃の剣だ。触ればすぐに分かるが、彼のように精霊と絆を絶った者は守護が無くなり周りからの干渉に弱くなる。精神魔術に慣らされた心に加え、僕のように大精霊の加護を受けている相手ではね、無防備な彼の心血に入るのはそう難しいことでもない」
「そんなことはどうでもいいッ!今すぐギエンを離せ!」
激昂するルギルを残忍な笑みで見つめた後、ギエンに視線を落とす。
鮮やかな蒼い瞳が甘い色を宿して真っすぐにザンを見つめていた。筋肉質な身体は滑らかで、触れるだけで過敏な反応を返す。ザンの僅かな動きに反応して小さく声を洩らす様は、どんな女よりも淫らで高潔な姿だった。
「確かに癖になりそうな身体だ。君が執着するのも分かる」
胸元から首筋まで指で撫で上げ、唇に人差し指を置く。

ルギルの見ている前で、
「ン…ぅ、…」
見せつけるように濃厚なキスをした。

「ザンッ!や、めろッ!やめろッ−!」
声が枯れそうなほど大きな声で怒鳴り、魔術で出来た障壁を拳で闇雲に叩く。拳がどんなに傷つこうと暴れ続けるルギルに対し、ザンはチラ見しただけで平然とキスを続けていた。

深いキスでギエンが簡単に果てると同時に、その瞳は益々甘く淫らに、そして偽物の愛欲に塗れていった。
「何が狙いだ…!」
快楽に溺れるギエンを見て、諦めたようにルギルが問う。
獣同然の荒い呼吸を繰り返し、怒りを抑えるように牙を剥き出しにして抑えられない唸り声を上げていた。
それを受けたザンは明るい声で笑い、不釣り合いの冷酷な瞳で答える。
「この世で一番、脆い絆はなんだと思う?愛だよ。
ハバード・ハンとギエン・オールの絆を壊したら、この国はどうなるかな。君が望むものだろう?」
「ッ!冗談じゃ、ねェ!ギエンの幸せは俺が守るッ!」
「君には無理だ。止められない」
ルギルの言葉を聞いたザンが、腰を振りながら残忍に切り捨てた。
ギエンの甘い声が響く中、見せつけるようにギエンの太ももにキスをして、その瞳を覗き込む。
「ギエン・オール。その心に僕を刻んで」
「よせッ!やめろッ!」
ルギルの悲痛な叫びが、虚しく室内に響き渡っていた。

どんなに叫んだところで何一つ止めることは出来ず、
「…ザ、ン…」
ギエンが甘ったるい声で愛おしい者を呼ぶように名を呟いた。

強い無力感がルギルを襲う。
それは、兄であるザゼルの冷たい体に触れたときと同じように、深く昏い、どうしようもないほどの無力感だった。

「いい子だ。君はそうでなくちゃ」
首筋に手を添え、ギエンに追い打ちをかけるように見えない黒魔術を注ぎ込む。
蒼い瞳の奥が僅かに黒く淀み、それは奥深くへと吸い込まれるように消えていった。
「…っ」
それと共に美しい瞳が愛に蕩けて、紫色を柔らかに映し込む。
完全に陥落したギエンが濡れた吐息を洩らしながら小さく震え、甘いキスに答えていた。
「…」
ザンがギエンの有様を見て、甘さも微塵もない笑みを浮かべる。
ルギルの嗚咽交じりの苦悶の声は防御魔法で消え、残るは、二人が絡まる濡れた音ばかりなのであった。


2022.10.22
励ましの拍手をありがとうございます(*^-^*)もりっとやる気を出して更新してます(笑)。
やる気を出して絶賛闇落ち中です(笑)。私は何度も書いてますが闇落ち大大大、大好物です(*^-^*)。サイコーに好きです(*^-^*)
エ?落とし過ぎ…?(;;⚆⌓⚆)?
そんな言葉は、き・こ・え・な・いー(^^♪

闇落ちギエン、楽しいなー(*^-^*)ムフ!あと不憫なルギル、サイコー!←酷い(笑)
応援する!
    


 ***106***

触れる金属の冷たさで、眠りから覚めたように意識が明確になっていった。見慣れた客室のドアノブに手を掛けたまま、自分が何をしていたのか分からなくなり一瞬、考え込む。
「ッ…」
体の奥に宿る熱さに、ハバードと寝たんだったかと曖昧に思い出していた。

時刻は夕方だ。仕事中であるハバードとそんな訳が無いのに、その矛盾にも気づかず溜息交じりに扉を開けば、
「お戻りになられたんですね。今すぐ紅茶を淹れてきます」
室内を清掃していたパシェが快く出迎えたあと、入れ違うように部屋を出ていった。

カーテンの隙間から夕日が差し込んできて、室内を中途半端に赤く照らしていた。
いつもの定位置に腰掛け、ぼんやりとそれを眺めながら首元がやけに重い気がしてネックレスを弄る。それから何の躊躇いもなく外していた。
大きく息を抜けば、肩に重く圧し掛かっていたものから解放された気がして、気分が晴れやかになる。
何故か高揚感に満たされ、不思議なほどの幸福感を味わっていた。

何気ない動作でテーブルの上に置かれたペンダントトップを指先で弄りながら、先日、何か大事なことを言われた気がしたが、ド忘れして思い出せずにいた。
心のどこかで引っ掛かりを覚えるも、
「失礼いたしますね」
ノックと共に入ってきたパシェの静かな声でそんな違和感は簡単にどこかへ消えていった。

「お話は出来ましたか?」
茶器をテーブルの上に整えながら尋ねるパシェの言葉が何のことか分からないギエンだ。
「まぁな」
ハバードとは寝ただけだとは言えず適当に相槌を返して紅茶を口に含めば、味わったことのない深い味がして、
「どこ産だ?」
訊ねれば、パシェの口から出た予想外の名前に息を呑む。
「シュザード国の帝王が持参された茶葉ですよ。ギエン様にとのことで初めて淹れましたが…、お口に合いませんか?」
「ッ…、ん…、いや…別に…」
驚きを隠して素っ気ない態度で答えるギエンだったが、その表情は見る見る内に変化していき、褐色の肌でも分かるほど耳元が赤く染まっていった。
「…」
唐突の変化にパシェが目を瞠る。

瞳を細めて静かに紅茶を啜る姿はいつもと同様に優雅なものだったが、まるで大事なモノかのように両手でカップを持って、茶色い中身を見つめる瞳は昂る感情で甘く潤んでいた。

様々な表情のギエンを見てきたが、この表情は初めて見る顔でひたすら驚くパシェだ。
強い光を宿す眼差しが今は甘い色に占領され、蒼い瞳がいつになく感情を如実に表す。
親愛だけでなく戸惑いと苦さが宿るそれは、まるで初めて恋を覚えたかのような顔で、
「…どうか、されましたか?」
そんな馬鹿なと否定しながらも、ギエンの表情に目を奪われていた。
「…え?」
ぼんやりと返すギエンはどこか上の空で、事実、頭の中はザンで一杯になっていた。

耳だけでなく目元まで赤く染まっていく。
「…ザンが…」
小さく呟く口元は無自覚の微笑みを浮かべていて、喜びの感情が全身から溢れ出る。言葉以上に感情を表す瞳には明確な恋心が宿っていた。

ギエンの激しい変化に強い戸惑いを覚え、動きを止めたまま見つめること数秒間、
「実は具合が悪いとか、ですか?」
認めたくなくて、思わず頓珍漢なことを訊いていた。
「?…何を言ってんだ?紅茶が美味いって話だ」
先ほど見せた隙を取り繕ったギエンが、いつもの冷静さでそう答える。
それから唐突に、
「お前、今日暇か?一緒にメシを食いに行こう」
「…突然ですね」
パシェを食事に誘い、ドキリとさせた。
最近の夜は大体、ハバードの元へ行っていることが多く、久しぶりにギエンと二人っきりで外出かとそわそわしながら、ふと視線を落とせばテーブルの上には、いつも大切そうに触っていたネックレスが置かれていた。

大切なモノの筈だ。ギエンをちらりと見て、
「…、ネックレス…仕舞っておきます」
全力で脳裏に宿る疑惑を否定すれば、視線を寄越したギエンがさほどの興味も示さず、
「頼む。首が凝る」
手に持つティーカップをゆらゆらと揺らしていた。
「…」
ここまで唐突に心変わりをすることがあり得るのだろうかとギエンの動向をひっそりと覗う。
パシェの視界には、カップの中で揺れる液体をぼんやりと眺めるギエンの姿があった。優雅な仕草で香りを嗅いだあと、
「…」
そっと縁に口づける。
柔らかそうな唇が薄く開き、静かに嚥下した。

その様がやけに目を引く色気を伴っていて、まるでキスシーンを目撃してしまったような動揺を抱く。
それを見透かしたように、流し目でパシェを見たギエンが笑みを深めた。
「いい茶葉だ」
唇を親指で拭いながら言う台詞からはザンへの好意が読み取れて、それが不思議でならない。
「…随分と…、帝王に気を許されてるんですね?」
疑問を口にすれば、
「何言ってんだ。そんな訳ないだろ?」
バッサリと否定する。
「茶葉が気に入っただけだ、特に深い、意図は、…」
そう言いながら瞳は甘く蕩け、ギエン自身が理解できないかのように戸惑いに揺れる。
夢現の表情で鼓動を確かめるように胸に手を当てていた。

結局、その夜、よく分からないモノを抱きながらギエンと食事に行くパシェだ。
その日は、ハバードの惚気を一切聞くこともなく、かといってザンの話題になる訳でもなかった。

ただ。
どこか上の空のギエンが心ここにあらずで、時折見せるその表情は周囲の視線を引き付けるものだった。
ギエンにこんな表情をさせる男が仮にいたとしてもハバード以外にはいないと思っていたが、本当にそうなのかと自問していた。
今までのギエンを知っている訳でもない。あまり想像は出来ないが、元から恋の多い男なのかもしれないと思い、よくわからない気持ちを無理やり納得させる。

胸元を大きく開けた格好のギエンを見ながら、邪な想いと共に一抹の不安を覚えるのだった。



******************************



鈍感なギエンといえど、さすがに自分の身体が少し変だと自覚していた。
寝ても覚めても、ザンのことで頭が一杯になる。
気が付くと彼のことを考え、その瞳や顔を思い出していた。そうして彼と、もっと話をしたいという思いがこみ上げて、触れる指を思い出す度に鼓動が激しく脈打っていた。
「っ…、」
その強い感覚は翌日になっても抜けることなく、
「どうかしてる…」
朝の入浴が終わり、頭がすっきりしてくる時分になっても、変わることは無かった。
「…」
ザンはいつまで滞在予定なんだろうかと頭の片隅で考え、自分の思考にハッとさせられて考えを否定する。

「そういえばルギルはあれから何か言ってきたか?」
思考を無理やり切り替えるように訊ねれば、寝台を片づけていたパシェが緩く首を振って否定した。
「何かお話があるようでしたら、こちらからお伝えしておきましょうか?」
「っ、いや、いい」
瞬時に頷きそうになって、慌てて否定する。

ルギルに会えば、ザンにも会えるだろう。
無性にそうしたい気がして、邪念を払うように頭を軽く振った。
「…」
定位置の椅子に腰掛け、以前借りたまま進んでいない本を開く。
「今日はロス様との訓練も無い日ですよね。何か御用があればお呼び下さい」
ギエンの時間を邪魔しないように、パシェがそう声を掛けて部屋を出て行った。

広い部屋に一人、残されたギエンだ。

静寂に包まれれば包まれるほどに、思考はザンに占領されていく。
唇に触れ、夢の中の彼がした行為を指で何気なく辿ると、
「ン…、」
酷くリアルな夢がまるで現実の出来事のように感じられ、触れた部位が熱を伴って脳を痺れさせる。

彼に触りたいという想いが激しくなり、
「っ!」
唐突に窓をノックされ、大きく肩を震わせた。

「…は、…、っ…ぁ」
荒い呼吸を繰り返すギエンの心拍数は跳ね上がり、強い動揺で瞳が揺らぐ。

前回と同じように、そこにいる人物が誰かは見るまでもなく分かっていて、
「…」
抗えない力によって、身体が勝手に窓へと向かっていた。
カーテンを開ければ、何度も脳裏に描いた男が笑みを浮かべて立っていて、その顔を見た途端に今まで経験した事のないような強い感情に揺り動かされていた。
「…何の、用だ」
窓を開けながら努めて冷静に訊ねるギエンだったが、その表情は如実なもので目元を赤く染め、恥じらいに満ちる。
視線を交わすのを避けるように目を逸らし、
「ルギルの件なら、話し合って…」
突っ撥ねようとして話をしていないことに気が付き、ふと違和感を覚える。
その隙に、
「ンっ…、」
するりとザンがギエンの首筋を撫でた。
「ネックレスを外したんだね」
「関係、ねぇ…だ、ろ」
心臓が激しい音で高鳴る。自制できない身体の反応は抑えようが無く、ビクビクと身体を震わせ、弱々しい態度で手を押し退けた。

初恋の乙女のような自分の反応に驚き、顔半分を手の甲で覆い隠す。
顔がかぁっと熱くなるのを自覚し、昂る感情の強さに涙が勝手に滲んでいた。

他のことなどどうでもよくなるほどの高揚感に混乱するギエンだ。潤んだ瞳が動揺で揺れ、日の光を反射する淡い光が宝石のような煌めきを零していた。

「初心な反応をするなァ」
ザンが面白がるように言って、更に距離を詰める。
後ろ手で窓を閉め、魔術で部屋の鍵を閉めた。それから、不思議な顔をするクロノコに視線をやり、指先一つで簡単に彼を眠らせる。
俯くギエンはザンの行動に気が付きもせず、歩み寄る彼に合わせ、後ずさっていた。
「っ…、俺に、何か、…」
「何でそう思う?」
「…いや、…」
歯切れ悪く答えながら、目前に迫るザンを拒絶できず、その顔は強請るような甘い表情でザンに見惚れていた。

ザンという男は、感情を切り捨てて生きてきた男で、たとえそれが親族の死であろうと、長年付き従った配下の裏切りであろうと、感情が揺れ動くということはない。
目的のためならどんな感情だろうと切り離して考えることが出来る、そういう特殊な性質を持った男であったが、
「…へぇ」
この時ばかりは、珍しくもギエンの魅せる表情に心を引かれていた。

まるでヴェールを脱ぐように、日頃は勇ましい態度のギエンが、恋に溺れて身を守る鎧を脱ぐ。感情をかき乱され混乱する様は酷く嗜虐心をそそるもので、
「ンっ…、ぁッ」
軽く触るだけで反応を返す敏感な身体は、淫らさの塊だった。
「触、ん、…」
ぼんやりと拒絶するギエンの瞳には欲情が宿り、ザンへの愛に惚ける。
腰へと手を回したザンが、
「なるほど。確かに大した男だ」
ギエンの瞳を間近に見つめて言った。

間近で見るザンの顔に、感情が抑えられなくなるギエンだ。
「っ…」
引き寄せるザンの手を拒めず、
「や…、め」
表情とは裏腹の拒絶を口にしながら、誘うように相手の胸へ手を置く。

どうしようもないほど彼を好きだと自覚していた。
僅かに頭の片隅に残る冷静な部分が自制しろと警告するも、
「…ヤりたい」
勝手に口を付いて出る言葉は止められず、
「ド直球だね」
ザンが笑いながら唇を寄せるのを迎え入れるように、薄く唇を開く。舌を見せてザンを引き寄せていた。

軽く、僅かに唇が触れるだけで心が歓喜に震え出す。舌を絡めれば絡めるほど、心が浸食されていくように身体中が熱く火照り、ザンの全てが欲しくなる。
何故、こんなに好きなのか分からない、分からないが抑えられない強い感情に、ギエンの表情は甘く乱れ、しどけなく欲情に濡れていた。

「僕の国に来なよ」
「っふ…、ぁ、行、…く、…」
服を脱がしながら誘うザンの言葉に、ギエンが即答する。
キスだけで昂ぶるギエンが簡単に自分の元へと落ちてくるのを見て、ザンが満更でもなさそうに小さく笑う。
「男もそう悪くないな」
肌ざわりのいいギエンの素肌に触れ、柔らかな臀部を引き寄せながら呟くのだった。


2022.10.29
いつも訪問、拍手をありがとうございますm(_ _"m)💕
コメントもありがとうございます💕結構、落ちる系になると心配される方もいらっしゃるので、闇落ちウマウマコメントは嬉しいです(笑)
ギエンは明るい闇落ちなので安心して見れる…(よね?!👀)

多分、ギエンってそんなにドップリ恋をしたことないんじゃないかなぁ?💕初めての感情にどうにも出来ず、植え付けられた感情にメロメロになっちゃう訳ですよ(#^.^#)オトメ!彼氏が言う言葉は何でもyesマン状態です(笑)。
初恋状態のギエンはむちゃんこ可愛いゾ( *´艸`)!

そういえばハロウィンなんですね(^^♪
ぐろくて救いが全く皆無な本気の闇落ち話が唐突に書きたい気分(#^q^#)。プライドズタボロの快楽堕ちは必須(#^q^#)。まさに鬼畜が為せる技や…!('ω')!笑

応援する!
    


 ***107***

昼食を届けに来たパシェはギエンの変化に敏感で、彼の上の空が更に酷くなっていることに気が付いた。
「…」
午前中に何かあったのだろうかと思うまでもなく、醸す気配から事後であると悟る。
何食わぬ顔で、テーブルの上に食事を置き、
「来訪者でもあったんですか?何もご用意せず、失礼を」
それとなく探りを入れれば、気にすんなと軽い口調で返された。

追及されたくない相手なんだろう。
とはいえ、聞くまでもなくギエンの相手が誰か容易に推測出来ていた。
「そんなに、…」
うっかりと嫌味の言葉を口走りそうになり、言葉を止める。
ギエンがどうしようが、ましてどのような感情を抱こうが彼の自由であって、誰かがとやかくいうものでも無い。

ぼんやりとしたまま料理に手を伸ばすギエンを見つめながら、ハバードにこの事実を伝えるべきか迷っていた。
いくら何でもおかしいと思いつつ、一時的な気の迷いかもしれないと思うと動けずにいた。
今なら見なかったことに出来る。
下手に事を大きくすれば、二人の仲が取返しのつかないことになるのではないかと思うと、もう少し様子を見てからでも遅くないと思っていた。

実際、酷い上の空ではあるが、ギエンの様子がおかしい訳でもなく、純粋に一時的な恋に陥っているだけだとも言えた。

ハバードがここに来ることは少ない。
ギエンが自分から簡易宿所に行かない限り、会うことは無いだろう。

ギエンに何かあれば頼みの綱にしていたハバードに相談できず、明日には元に戻っていることを期待するパシェだ。


そんなパシェの思惑はものの見事に外れ、その日の夜、ハバードの方から訪問があった。
平然としているギエンに対し、出迎えるパシェはまるで浮気を咎められた気分になって、ハバードと視線を合わせられなくなる。
「飲み物をすぐお持ちいたします」
部屋を抜け出す言い訳が出来て安堵すらしていた。

「ハバードが来るなんて珍しいな。どうした?」
首の後ろをかきながら問うギエンは、全くいつも通りだった。特に悪気もなく、ネックレスをしていない鎖骨付近を摩る。
それに気付かないハバードでもなかったが、特に話題にはせず、
「昨日来なかっただろう?ちょっと気になってな…」
質問をすれば不思議そうな顔で聞き返すギエンだ。
「…昨日?そうだったか?」
記憶を探るように思案して、思い出したように瞳を和らげる。
「昨日って言えば、ザンから茶葉を貰ったんだよな。お前にそのことで言わなきゃいけねぇことがあって」
一度、言葉を切り長話をする予定かのように椅子を引きハバードを招く。
「お前のことを好きな気がしたが、勘違いだった」
「は…。また唐突だな。王城を出ろって言ったのを根に持ってんのか?」
ギエンの言葉を鼻で笑って問い返すハバードに、不思議なほど冷静な態度のギエンがやんわりと笑んだ。
「なんつーか…。お前への感情は愛とかそういうんじゃねぇって気が付いちまったっていうか、別にお前と生きたい訳じゃないんだよな」
ハッキリと躊躇いもなく告げた言葉に、無言を返す。
「…」
黒い瞳が、特に表情を変えることもなく探るようにギエンを見つめていた。
「まぁ、理由が気になるだろ」
刺すような視線を気にすることなく対面に座ったギエンが話を続ける。
「お前には色々と感謝してるから、ちゃんと伝えるべきだと思ってな、恥を忍んで言うが、ザンに惚れた。こんな感情初めてで、お前への感情は一時的なまやかしだったんじゃねぇかと思う。助けられて色々親切にされて、脳が恋だって勘違いしたんだろうな」
淡々と告げる言葉に嘘や見栄は感じられず、
「…本気か?」
ハバードの表情に、僅かな驚きが宿る。

いつもよりもふんわりとした空気を醸すギエンは、確かに変だった。
変ではあるが、その言葉通りに『ザンに惚れた』という状態であるなら、それほど不思議でもない。

怒ってその場の勢いで言っている訳じゃないと知り、ハバードが小さく溜息を付く。
考え込むように顎髭をさすり、ネックレスを外したギエンの首元を見つめていた。
「それで?お前は俺と別れたいとかそういう話か?」
冷静な口調で問うハバードに対し、
「そうだな。そうなる」
すんなりと頷きを返すギエンの顔は、申し訳なさそうでも何でもなく、むしろ早く別れてザンの元へ今すぐにでも飛んでいきたいかのような表情だ。
その様は、やはりどこかおかしくて、
「お前、本当に大丈夫か?」
眉根を寄せたハバードが顔を覗き込むように身を乗り出した。
「あいつに何かされたんじゃないだろうな?」
そのままストレートに訊けば、ギエンがおかしそうに笑いを返す。
「やめろ。俺も最初、精神魔術でも掛けられたのかと思ったけどな、特にそういうことをされた記憶もねぇし、ロスに聞いたら何も形跡はないらしい。なら考えられるのは、そういうことなんだろ」
「…」
「お前には悪いとは思ってるが、納得しろ。感情ばかりはどうにも出来ない」
一応の謝罪をするギエンを無言のまま見つめ、考え込む。

ロスが違うというならそうなんだろう。
国一の精神魔術の使い手だ。
見落とす訳がない。

しばらくの沈黙のあと、
「相手は遠くの国の人間だぞ。本気なのか?」
何度目とも知れぬ確認の言葉を口にするハバードに、ギエンが頬杖を付いて大した問題でもないと笑んだ。
「来いって誘われたから一緒に行くつもりだ」
「何を馬鹿なことを!」
ギエンの言葉は、存外にきつい口調で一蹴される。
「お前、もう少し冷静になれ。どうかしてるぞ。国を捨てる気か?」
ハバードの真剣な質問にあっさりと頷いて、更に驚愕させた。
その驚きようを見たギエンが片笑いを浮かべ、軽い口調で続ける。
「考えてみろよ。俺がこの国に固執する理由あるか?親もいなきゃ、ミガッドだってもう守ってやるような年じゃねぇ。俺がザンと一緒に行った所で別に困んねぇだろ?」
「…本当に変だぞ」
「変じゃねぇだろ。ザンに惚れてるって言っただろ?ずっといたい。あいつを守って、あいつの為に死にたい」
「はっ…。何を言ってんだ」
情熱の籠るギエンの言葉にハバードが盛大に溜息をついて、呆れたように額に手を置いた。
俯いて呻き、絞り出すような声で再度、冷静になれと口にする。
「俺は冷静だ。ザンのこと以外はどうでもいい」

途端、ハバードがテーブルを拳で強く叩いた。
「っ…!」
「いい加減にしろ」
低い声は本気の警告で、強い意思が宿る。
冷静なままの漆黒の瞳が真っすぐにギエンを見つめていた。

「俺は別にいいが、ミガッドや他の人のことを考えろ。お前のために皆が色々してくれた、その想いまで蔑ろにする気か」
「…それは、」
「恋をして舞い上がるのは結構だが、子どもじゃあるまいし、そのくらいの分別は持て」
ハバードが言う言葉は反論できないほどの正論で、ギエンが押し黙る。
「一晩、頭を冷やせ。それでも出ていくならちゃんと報告して段取りを踏む。それが真っ当な人間のすべきことだ。浮かれてんのか知らないが、本当にどうかしてるぞ」
「っ…!」
「あと、別れたいなら別れりゃいい。だがな、今のお前じゃ話にならん。
明日もう一度、話を付けよう。それでいいな?」
言って反論も待たずに席を立つ。

そのまま、躊躇うことなくドアへと向かうハバードの背中に向かって、
「お前は別にいいんだな?」
ザン以外はどうでもいい筈なのに、何故かそう問い掛けるギエンだ。
「ギエンが望むなら、そうするしかないだろう?獣人族の元に行くならまた違うが、そうじゃないなら仕方がない」
変わらない瞳が、強い眼差しのままそう告げた。
「…」
何かが喉元に引っ掛かっている気がして、上手く言葉を紡げない。

無言のギエンからあっさりと視線を外したハバードが扉を開く。
部屋に入りもせず、ドア口で茶器を持ったまま静かに控えていたパシェを一瞥して、そのまま去って行った。

「…」
ザンへの想いを上回る失望感に拳を握る。
「お前は、そういう奴だよな…」
小さく呟くギエンは酷く打ちのめされた表情で、ハバードの何がそうさせるのかよく分からないまま、強い喪失感に襲われていた。


パシェが室内に入ってきて、テーブルの上に用が無くなったカップを置く。
ギエンをちらりと見た後、気を使って特に声を掛けることなく部屋を出て行った。

クロノコだけがギエンの傍にあり続ける。
手のひらに纏わりついて変わらない愛を示す姿に、
「…人間関係なんてそんなもんだよな」
小さく笑んでそう囁く。落ち込むギエンを慰めるようにつるりとした肌を擦り付け甘く鳴くのだった。


2022.11.05
いつもながらですが、拍手訪問ありがとうございます(*^-^*)
コメントもありがとうございます(..>᎑<..)♡初恋ギエンとザンの絡みで1話くらい書きたかったんですが、ちょっとギエンがメロメロ過ぎて本気でヤバイと思うので、文章には書けません(笑ハハハ)。妄想で賄って下さい(*'-'*)ポッ←オイ!
多分、エロい格好とかふしだらなことを命じられるがまま何でもしてくれると思います←オイ(笑)

毎日読みに来て下さる方も本当にありがとうございます(*♥д♥*)!楽しんでいただけているなら何よりです(笑♡)。
過去編は、そうですね(笑)、要望も有難いことに多いので、随所随所ピックアップして書こうかな…??と思ったりも…??
ほぼ無理やりしかないかもだけど…(;;⚆⌓⚆)笑?

ピムさんこんばんは〜(^^)ノ。
ザンxギエン展開はかなり好みなのでコメント嬉しいです〜(*^-^*)。
一番のポイントはやっぱりギエンが相手にメロメロ過ぎるって所に尽きると思います(笑♡)

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 ***108***

「よく分かったか?」
客室から一歩も外へ出ることなく、文字通り魔術の檻に閉じ込められていたルギルは、1日ぶりに見るザンの顔に威嚇の声を上げた。

彼から漂うギエンの濃厚な気配に、彼の思惑通りに事が進んでいることを悟る。
「ギエン・オールはちょろいな。3年間もあって君がなぜ手籠めに出来なかったのか不思議なくらいだ」
椅子を引きずるように運び、魔術の壁で仕切られたルギルの目の前に座る。
「ギエンを戻せッ!」
一睡もしていない血走る目が鋭くザンを睨み、疲労を感じさせない力強さで拳を障壁に叩き付けた。
ずっと抵抗を続けていたのだろう。その手はボロボロでこびりついた血の跡が残っていた。

ルギルのその様を見ても我関せずの表情で、
「彼。抱き心地は最高だね」
むしろ薄情な笑みを浮かべた。
「ッ…!」
「君の為にしてるが、僕が本気で欲しくなったと言ったら、どうする?」
「貴、様ッ!何が俺の為だ!最初からっ、俺らを裏切る気かッ!」
ルギルの凄まじい剣幕に声を立てて笑い、冗談だよと嘯いた。
「ルギル。素直になれ。ギエンを取り戻すにはどうすべきか分かるだろう?」
「…!」
整った美貌が真剣な顔をして伝える。冷酷に見えるアメジスト色の瞳が珍しくも真摯な色で相手を真っすぐに見ていた。

言わんとすることは分かっていた。
どんなに足掻いたところでギエンを手にすることは出来ない。たとえ、ハバードを殺したところで、ギエンが一緒に来ることなどあり得ない。
ザンのような手段でまやかしのギエンを手に入れたところで、それは求めるものではなかった。

「…性格が、…捻じれてやがる…」
苦しい声で諦めたように呟くルギルの言葉に、ザンが軽く鼻で笑った。
「今更か。僕を誰だと思ってる。逆に君は予想以上に素直だな」
椅子に腰掛けたまま、彼が指を鳴らせば、途端に部屋を覆っていた圧迫感が消え、ルギルを閉じ込めていた障壁が消え失せた。
「君は連合国の一員だ。兄の意思を継いで僕に泣きついたんだろう?下らん色恋にふらふらして貰っちゃあ困る。獣人族のためにけじめを付けて、一国の主となれ」
諭すような口調でハッキリと告げた。

すぐ目の前にいるザンに飛び掛かろうと思えば容易だろう。
椅子に優雅に腰掛け、何の警戒もしていないように見えるその様は害悪にもならないという絶対の自信でもあった。
「…、兄貴は何故こんな奴に…」
心底うんざりした口調で呟くルギルに対し、
「そのお蔭で獣人族の未来が開かれるんだから、感謝して欲しい所だよ」
あっさりと受け流したザンがそう答え、
「ま、ギエン・オールが元に戻るかは知らないが、僕としてはどっちでも良い訳だ」
「ッ…!」
ルギルの不安を煽った。

笑みを浮かべる顔は冷酷な王の顔で計算高く、一切の感情が無い。
どちらに転んでも利益にしかならない案件に、冷笑を浮かべていた。
「ギエンは渡さねェ!」
「その馬鹿みたいな執着もいいが、いい加減それを捨てない限りギエンは戻らないよ。君には無理だと言っただろう?分かってるよな?」
笑みを深め、さり気なく圧力を掛けてくる。
すべきことは唯一つだと言われ、唸りながらも小さく頷くしかなかった。


*****************************


その日のハバードはいつも通り仕事をしていたが、終始ギエンの様子が気になっていた。
ロスの言葉を疑る訳ではないが、様子が変だという感覚が拭えず、ロスを連れて話をした方がいいかもしれないと思っていた。
そんな事を思いながら昼休憩に入る頃、使いの者がハバードの元にやってきて、伝えられた名前に目を瞠る。

話があるという短い言葉で用件はギエン絡みだと伝わっていた。
ここにきてまた厄介ごとかと指定された場所へ向かえば、存外に落ち着いた様子の相手が木に寄りかかったまま静かに待っていた。
応接間でも密室となる客室でもなく、客室エリアに入る手前にある開けた場所で、警戒するハバードの心を読んだように、何かがあってもすぐに対応できるような場所だった。

やってきたハバードに気が付いたルギルが、すぐに歩み寄ってきて視線を交えると共に、
「今までの非礼を詫びる」
驚くほど律儀な礼をして、頭を下げた。
「…!」
さすがのハバードも突然の相手の行動に驚き目を瞠る。てっきりギエン絡みの喧嘩腰なクレームかと思いきや、殊勝な態度の相手に何の企みかと逆に疑いをかけるほどだ。

そうして、
「頼む。俺には、…ギエンを救えない」
悔しさの滲み出るその一言で全てを悟っていた。

「…なるほど。あいつの様子がおかしいのはそういうことか」
通り過ぎ客室へ向かおうとするハバードの腕を強く掴み、無駄だと制止する。
「そんなことじゃギエンは元に戻らねぇ。あれは精神魔術とかじゃねぇ。もっと奥深い何かだ」
「何かって何だ」
相手の曖昧な返答に眉根を寄せ、足を止めたハバードに対し、
「俺が分かる訳ねぇだろッ!ただ、ザンに何かあればギエンが余計に酷くなることは分かる。ギエンと話をしたならそのヤバさが分かんだろっ!」
牙を剥き出しにして激昂する。声を抑えようとして抑えられず、怒りで震えるほど拳を強く握りしめ歯ぎしりした。
血で穢れた拳に視線を向け、何があったのか大方の推測が付くハバードだ。

「…ギエンの幸せを守りたい」
あれほど殺意を持っていた筈の相手が悔し涙を滲ませ、頭を垂れる。

敵である男に助けを乞うことほど惨めなものもないだろう。
それ以上に。
相手が抱くギエンへの深い想いを知り、彼に対する溜飲が下がる。

アッシュグレーの髪の毛を見下ろしながら、らしくない情熱を浮かべた昨夜のギエンを思い出していた。
何がギエンにとっての幸せなのか、実際の所は本人でなければ分からないだろう。

この国では誰もがギエンの過去を知っている。
その生きづらさもよく分かる。
シュザード国に行けば、今よりも心穏やかに暮らせるのではないかと頭の片隅で思い、そんな想いは、そのままポロリと口を付いて零れ落ち、
「まやかしでも、幸せならいいんじゃないのか?」
不躾に、頭まで垂れた相手に問い掛けていた。
顔を上げたルギルの瞳は驚愕を宿し、ハバードの言葉に殺意を滾らせて、
「ほざけッ!貴様の落ち度だぞッ!ギエンを無防備に放置して、つけ入る隙を与えたのは貴様だ!俺だったらギエンを離したりはしねェ!」
胸倉を掴み叫ぶ。

客室エリアの入口で見張りをしていた兵たちが、ただならぬ気配の二人に気が付き慌てて駆け寄ろうとするのを片手で制し、
「俺には随分と楽しそうに見える。あいつがあんなに嬉しそうなのも久しぶりに見た気がするがな」
そう言って火に油を注ぎ、ルギルを余計に怒らせた。
「冷静ぶってんじゃねぇッ!判断力鈍ってんのかっ!
あんなギエンが、っ幸せな訳、ねぇだろーがッ!」
頭突きしそうな程の勢いで凄み、目に涙を溜めて怒鳴った。どうにも出来ない無力感に声を詰まらせ、
「認めたく、…ねぇが、貴様といるギエンは、…満ち足りてる。あんな無理矢理の…、偽物の感情なんかじゃ、ねぇよ…!」
縋るようにハバードの服を掴んで、忌々し気に呟いた。
「…」
「頼む…。俺じゃ、…正気に戻せねぇ…」
襟を掴んだまま俯くルギルが両肩を震わせ、今にも消え入りそうな声で懇願していた。
その必死さは十分に伝わるもので、今まで確執があった相手であろうとハバードがそれ以上、追及するということはなかった。

二人の間に無言の時が流れ、一風が吹き抜けていく。


「そうか」
大きく溜息を吐いたあと、ハバードが一言、そう呟いた。
「!」
顔を上げるルギルの目は涙に濡れ、深い金色の瞳には一筋の希望が宿る。
「俺はギエンが幸せを感じるなら何でもいいと思うが、…それが無理やりの感情なら」
言葉を切って、
「確かに許せない話だな」
三白眼の黒い瞳が滅多にないほど鋭く光り、静かな怒りを湛えていた。

相手の強い殺意に、咄嗟に身を守るようにルギルが全身を強張らせる。
「安心しろ。ギエンは元に戻す。帝王がなぜそんなことをしたのかは後日、追及させてもらう。お前らがどういう関係性なのかは知らんが、あいつに従わざるを得ないんだろう?」
「…」
無言を返すルギルに、
「二度とギエンを巻き込むな」
強く、そう告げた。


彼の黒い瞳は漆黒の闇のように何色にも染まらない色で、ただひたすら真っすぐにルギルを見つめていた。
憎悪も、軽蔑も、嫌悪もなく、何の不安も迷いも宿さない瞳は清々しいほどで、ギエンがこの男に惹かれたのも、僅かながらに理解できていた。

いや。
最初に対面したときから、何となくではあったがそうなる気がしていたルギルだ。

「…」
小さく失笑する。
それから、
「すまねぇ…」
謝罪して、安堵したように表情を和らげた。


「ギエンの選んだ男が殺しても死なねぇようなお前で、良かったと思う」
ぽつりと呟き、捨て台詞のように背を向ける。

その背に声をかけるか迷い、そのまま見送るハバードだ。
彼の覚悟を受け取り、ギエンに想いを馳せる。

実際のところ、何の手立ても浮かんではいなかった。
一先ず明日の仕事を休むことにして、訓練場へと戻っていく。

ネックレスの外された首元を思い出し、プレゼントした時のギエンの柔らかな表情を思い出す。無意識に強く拳を握りしめていた。



2022.11.12
いつも拍手沢山ありがとうございます!訪問も大変嬉しいです♡
そろそろ全体拍手が5000です(..>᎑<..)ま、幻?!
また何かワァとやりたい気分ではあります(*^-^*)ムフ!
前からちょくちょく昔書いてた小説の再掲希望をいただくので、それを載せていこうかなーとは思ってますが、どうなんでしょう?内容は大幅?に改変する気がします💦それって微妙?再掲ってことは当時のままのがいいのかなーと思ったりはする(^-^;。あと設定が白森王に似てるよね(笑)。男前verか、美形verか…。飽きちゃわないカナ?どうなんだろう?(笑)

コメントもありがとうございます(*'-'*)♡
長く続いてほしいという希望は最高の褒め言葉で有難いでございます(#^q^#)笑。語彙力死んでます(笑)。
私も好きな作品は最終巻買わないくらい終わって欲しくない派(←?!)なので、ホント嬉しいです!ぜひぜひ完結まで付き合って下さい〜〜(^^)/♪
ピムさん、こんばんは〜☆
ですよねぇ〜(笑)。やっぱりザンxギエンは読みたいですよねぇ〜(笑)。一応番外か、どこかで書こうかなと思ってます〜(^^)/あ。ルギルとの初ですね、そちらも番外でいけそうならチャレンジしますね(*^-^*)ノ(ムリヤリーですね…('q')♡)
そして修羅場は、やってくるのか…(*^-^*)ワクワク♪
次回の内容は大体、想像つきそうですね(笑)!(*^-^*)
そして今回は、和解回です(*^-^*)この辺は解決しておきたかった内容なので満足です(*^-^*)。

応援する!
    


 ***109***

その日の夜、ハバードがギエンの所へやってきた時刻は既に夜も更けた時間帯で、就寝前の一服をしている時だった。
パシェが室内に招き入れた男を見た途端にギエンが眉根を寄せて、不機嫌を露わにする。

今日、一度もザンに会うことができなかった苛立ちと、昨日の憂鬱を思い出し、
「てめぇと話すことなんかねぇぞ」
開口一番に刺々しく言った。
対するハバードはそんなギエンを気にすることなく担いでいた荷物を床に置き、中から瓶を2本取り出して棚の上に置く。
「…」
ハバードが持ち込んだ物に警戒心の宿る目を向けるギエンだ。
動向を見つめる中、
「パシェ。俺が呼ぶまで二人っきりにしてくれ」
寝台で寛ぐクロノコを掬い取って、パシェに手渡しながらそう頼んだ。
文句を言おうとするギエンを先回りし、大事な話だと告げる。
さすがのギエンも唇を引き結んで、文句を飲み込まざるを得なかった。

「かしこまりました」
ハバードをじっと見つめてから頭を下げ従ったパシェが、クロノコを抱きかかえ出て行く。


扉が閉まるのを見もせず、睨み合うように見つめる二人の間に重い空気が流れていた。


「お前との話なんてすぐに終わる。俺はザンと行く。すべき話はそれだけだ」
開いていた本を閉じたギエンが、横柄な態度で椅子に仰け反りながら口火を切る。明確な拒絶を受けてもハバードは静かな眼差しのままで、棚に置いた瓶を片手に持ち、ギエンの元へと歩み寄って行った。
ガラス瓶を見てぎょっとするギエンに、
「うちで取れる貴重な清木液だ。飲め」
そう勧め、僅かに残る紅茶にそのまま注ぎ足す。
「鎮静作用が強く、気持ちが落ち着く。ゆっくりと腹を割って話そう」
言いながら棚からグラスを取って自分の分も注いだ。それを一息で飲み込んで、
「毒じゃないから安心しろ」
安全なものであることを証明した。

そう言われても市場に出回っていないようなモノを唐突に差し出されて飲む気になる訳がない。
「…お前を信用してない訳じゃねぇけど、いらねぇ」
受け皿ごと押し返し拒否を示すギエンの姿を見ても、ハバードが表情を変えることはなく、
「俺がどんなに頼んでもザンを選ぶか?」
前触れもなく本筋に入った。
その言葉に、
「あぁ」
一瞬の躊躇いもなく断言するギエンだ。
その目は、全くぶれることなく真っすぐにハバードを見つめていた。

動揺も迷いもなく言い切ったその様に、ハバードが僅かに目を瞠る。
奥深い何かだと言ったルギルの言葉を思い出し、これは深刻だと感じていた。
「あいつのどこが好きなんだ?」
「わかんねぇけど、全部としか言えねぇ」
「どんな男かも知らない癖によく好きだなんて言えるな?」
「関係ねぇだろ。どう感じるかだ」
「顔に惚れたと言われた方がまだ納得する」
「はぁ?顔な訳ねぇだろ」
「性格も知らないのにか?」
問答を繰り返せば繰り返すほど、矛盾が深まる。そのことに全く気が付かないギエンは、
「いちいち、うるせぇな。とにかくあいつが好きだ。別にいいだろ」
下らないことのように言い捨てた。
「国を捨てるほどか?」
「ザンがいれば何もいらない」
盲目過ぎるほどの心酔に、さすがのハバードも僅かに揺らいでいた。

ギエンの瞳は美しい蒼のままだ。光を宿す目は純粋で嘘偽りなく想いを伝えてくる。
ルギルが言うように無理矢理の感情でここまで清々しく、感情を塗り替えられるものなのかと目を瞠る。とはいえ、ルギルが嘘をついている可能性は微塵もなく、それだけ相手が上手なのだと知った。

眉間を抑え、大きく溜息を吐くハバードだ。

「ハバード。諦めろ」
「…、そうだな」
珍しく弱ったように眉間に皺を寄せ、突如、
「ッ…!」
ギエンの顔に残っていた紅茶をぶっかけた。
「何ッ、しやがるッ!嫉妬でいかれたかっ!?」
「説得は無理そうだから、身体に思い出させてやる」
「は…、ッ!?」
咄嗟に席を立つギエンの行動は早く、飛んできたハバードの拳を間一髪で避けていた。頬を掠める風に息を飲み、冷めた目を浮かべる黒い瞳を見つめる。
「おま、…マジで、…」
「嫉妬で狂ったとでも思え」
続く二打に咄嗟の反応が出来ただけでも驚嘆に値する反応で、ハバードのこなれた足払いを避け飛びのくように後退すれば、
「殴り合いは久しぶりだろ?お前がユイを奪った時以来だな」
ハバードが獰猛な目をして、歯を見せて笑いながら言った。
「ッ…!」
その表情は今にも獲物を食い殺さんとする寸前のような野蛮さを宿し、滅多に見せないハバードの顔に目を見開く。

「てめ、マジでどうした?おかしいぞ」
「おかしいのはお前だ。ころっと洗脳されて、お前の気持ちっていうのはそれっぽっちか。随分とちゃちなモノだ」
「洗脳じゃ、…ッねぇっ…!」
以前、獣人族の件で茶化されたのと同じように、自分の感情を簡単に片づけられて青筋を立てる。怒りのままハバードに殴りかかれば、手慣れた動作で拳を払ったハバードが、
「武術で俺に勝てる訳がない」
容赦なく反撃の拳を打ち付ける。
「くッ…!」
身体を捩じって急所を守ったギエンに、余裕の笑いを零していた。
「手加減しないぞ、ギエン。怪我したらゾリド陛下に治してもらえ」
「は…?マジで、意味が、…わかんね、何で…、」
言葉の途中で殴りにくるハバードに冷や汗をかく。
今現在も現役で戦地に行くハバードと、のんびりと過ごしていたこの数カ月の差は大きく、早すぎる拳は目で追うのがやっとで、ギエンの身体は思考よりも反応が遅く、
「ぐ、っぁ…、ッ!」
捌ききれない拳を腹に食らっていた。

痛みで呻くギエンを見つめる黒目は冷静なままで、テーブルに置いた瓶から清木液を口に含み、距離を詰める。そのまま容赦なくギエンの髪を掴み、
「ッ…!」
無理矢理、唇をこじ開けるようなキスをした。
「…んう…ぁッ、…く!」
抗う腕を封じ込めるように抑えつけ、絡める舌と共に液体を強制的に喉の奥へと流し込む。驚きで激しく震える身体が、ハバードの胸を強く突き飛ばす頃には飲み込んだあとで、
「…ッは…、っ…てめぇ!」
唇から垂れる液体を拭って、ぎらつく目で睨む。

それも一瞬で、すぐに異変に気が付くギエンだ。
喉を押さえて身を屈めたギエンが、痛みで顔を歪める。
「何を…、飲ませ、た…!」
乱れた息で途切れ途切れに問えば、
「清木液は鎮静作用って言ったが、あれは嘘で、本当は浄化液だ。慣れない人間が飲むと激痛が走る」
呻くギエンを見下ろしながら、平然とそう答えた。
「俺は幼少期から毎日飲んでるからな、何ともないが。浄化作用が強すぎて一般人には無理らしい。御神木の大変貴重なエキスだぞ。有難く飲め」
「ッ…ぅ…、クソが…ッ」
憎しみすら宿る蒼い瞳を見つめ、テーブルに置いた瓶から液体をグラスに注ぐ。それを一口飲み、
「一杯で相当の価値だぞ。お前のために2瓶用意した。夜は長い」
つかつかと歩み寄り、まるで穢れでも払うように呻くギエンにグラスの中身をぶちまけた。
「っは、…ぅ、…」
ポタポタと髪から滴る水滴が絨毯に染みを作っていく。
怒りで震えるギエンが拳を強く握りしめ、屈辱に耐える。目に力を込めて立ち上がり、
「馬鹿にすんのもいい加減にしろッ!ハバード、男の嫉妬は醜いぞ!」
怒鳴るように言えば当の本人は鼻で笑って、
「本気出せよ。いくらでも抵抗しろ。お前の勝率は0だ」
「ッ…!」
ハッキリと断言し、更に自尊心を煽った。

昔から些細な事で度々、競い合ってきた二人だ。
簡単にギエンの自制心は外れていた。

バチバチと周囲が激しい音を立て火花を上げる。
黒い揺らめきが部屋を満たしていき、不穏な色へと染めていった。
「ハバードッ!後悔しても知らねぇぞッ!」
ギエンの真向からの怒りを受けてもハバードの表情は一ミリも動かず、常人なら恐怖で逃げ出してもおかしくない程の勢いで巻きあがる黒炎を見ても、
「分かってないぞ」
たった一言、それだけだった。


そして、実際のところ、
「ッ…!?」
それで十分だった。


ギエンの黒魔術は、あっさりと打ち消されて不発に終わる。
それは精霊封じの石の作用に近く、いや、それよりも遥かに強烈な作用で、突如燃料が無くなったかのように霧散した。

「知ってるだろう?俺に魔術は利かない。精霊を媒体にする以上、黒魔術も同じだ」
「っ…!ずりぃぞ…!」
「さぁな。喧嘩にズルもクソもあるか」
「っく…」
歩み寄るハバードに心許ない素手で殴りかかるも、それを捕えたハバードが拳を引き寄せ、目にも止まらぬ早さでギエンの身体を数か所、軽く突いた。

途端にぐるりと視界が揺らぎ、酷い眩暈で立っていられなくなって片膝をつく。
「…、っ…?」
全く容赦のないハバードの攻撃は続き、何のためらいもなくギエンを蹴り飛ばして、床にうつ伏せ状態で転がされていた。
起き上がる隙すら与えずハバードが背中に体重を乗せ、身体を制圧する。
「ぅ…ッ!」
「手加減しないって言っただろ?」
胸が圧迫されるほどの強い力で上から抑えつけられ、全く身動きが取れなくなっていた。
起き上がろうと藻掻く腕を難なく捻り上げ、
「大人しくしろ」
付けていたベルトを外し、手慣れた動作で両腕をがっちりと背中で固定した。
「ッ…!?…ふざ、けんな、解けッ!」
「お前の抵抗なんて予測済みだ。諦めろ」
ポケットから何かを取り出したハバードが口でキャップを開き、それを部屋へと飛ばす。足をばたつかせるギエンの尾てい骨に手を滑らせ、寝着の緩いズボンを捲り、
「…!」
一瞬、身体を強張らせたギエンの隙をつくようにハバードの指が秘部に触れる。それは躊躇うことなく中へと侵入した。
「なっ…、ん…!?」
やけに熱く、ぬるりとした感触に大きく肩を震わせるギエンだ。驚愕に目を見開く様に、
「どうせ抵抗するだろうからな。特殊な潤滑油を用意した。あまりこういう経験は無いだろう?」
音を響かせるようにハバードがわざと中をかき回し、白々しく尋ねる。

濡れた音が繰り返され、粘り気のある液体が中を蠢く度に、じんじんとする熱さが腹に響き、
「ッ…、ぅ、く…!」
強制的に身体の奥の欲情を引きずり出されていた。
「や、めろ!」
淫らな音と共に2本、3本と容易に出入りする指が、中を押し開き、
「俺と寝てないにも関わらず、こんなに柔らかいってことは、…帝王と寝た後か」
「うる、せ…っァ…!」
揶揄りながら弱い部分をゴリゴリと刺激して、指だけでギエンを敏感にさせていく。
「くそが…ッ、あ…、」
文句も途中で途切れ、無意識に腰を浮かせたギエンが濡れた目でハバードを睨んだ。
その強気な反応を咎めるように、中を蠢く指は容赦がなく容易に抗いがたい快楽を呼び覚ましていった。

ギエンの呼吸が乱れていくとともに、抵抗も弱まっていく。
「は、…っぁ、…ァ、…」
唇を甘く震わせたギエンがぐったりとした様子で、意図的に寸止めするハバードに非難の目を向けていた。
指だけでいかせることが出来るにも関わらず、しどけなく濡れる身体には触れもしないで、
「その身体が俺を思い出すまで抱くから覚悟しろ。3日だろうが、1週間だろうが、容赦しないからな」
快楽で蕩けた蒼い目を見つめたまま、そんな言葉を言った。
「ッ…!」
ぞくりと欲望に火が付く。

圧倒的な存在に支配され、訳も分からない感情がギエンの中に灯り、身体が歓喜で震え出す。
「?!…」
理解できない自分の反応に驚き、ゾクゾクと背筋から脳天へと何かが駆け上がっていった。
ハバードの手を期待している自分に気が付き、そんな馬鹿なと首を振る。
それでも、シャツを脱ぐハバードの姿に鼓動が高まり、身体は更に淫らに昂っていくのを感じて、
「ンっぁ…、ぅウ…!?」
指が引き抜かれる刺激だけで果てそうになって、心と身体のちぐはぐさに混乱していた。

身体の向きを変えられ、ハバードと真正面から向き合う羽目になる。
腕を背中で固定され、胸を反った状態の苦しい姿勢に呻くギエンだったが、
「っ…!」
悪態よりも羞恥が強く、ハバードの視線を避けるように顔を逸らせていた。

ギエンの敏感な身体は、ハバードがシャツのボタンに触れるだけで過敏な反応を返し、期待に震える。
「お前ほど俺の欲情を刺激する奴もいないぞ」
熱の宿る声でハバードが言って、ギエンの身体を肩から下へなぞる。
腕を背中で拘束された姿勢は胸筋がより強調され、服の下から主張する胸の突起が露わに形を鮮明にしていた。
僅かな刺激でも果てそうなほど昂った身体は、どこもかしこも敏感で小さく震える。

余りにも淫らで煽情的なギエンの姿を見て、自制心を保てる者はそう多くはない。たとえそれが異性愛者の男であっても、抗いがたい色気と魅惑があった。
劣情をこれでもかというほど掻き立てる、それでありながら、ギエン自身は羞恥と高潔を併せ持っていた。淫らに震える身体に反し、その表情は甘くもありながら強気な顔を見せ、抗う。
その相反する姿に余計に魅せられ、深みに嵌る。

ハバードでさえ、それは同様で、理性に揺さぶりを掛けてくる姿態に自制心をフル稼働させていた。
「解、けッ…!」
弱々しく抗うギエンの足を捉え、押し開く。
「っ…!」
それでも、肌に触るだけで決して挿れようとはしないハバードだ。

上向きに立ち上がる胸の突起にも、下にも触れず、際どいところを責め立てる。
ギエンが強請るまで、そうするつもりで、
「ンッ…、ぁ…、ハバ、ァ…ード」
甘く名前を呼びながら、もどかしさと快楽で涙を浮かべるギエンを見つめていた。


2022.11.19
やってきました(*^-^*)イチャラブ回(*^-^*)♡ある意味修羅場?!でもあるのか?!(笑)
もっと痛めつけてもいいけど、いくらギエンが頑強でもハバードがDV男になってしまうので、程々に('v')笑!
ギエンはハバードの想い人を奪い取るというあくどい前科持ちです('w')♪この二人、昔からイチャラブだな!♡(笑)

拍手、コメントありがとうございます(*´ч`*)モエッ!
ドキドキ甘々展開(?!)、少しでも楽しんで頂けたら幸いです(笑♡)

応援する!
    


 ***110***

容赦しないと言ったハバードの宣言通り、ギエンはかつてないほど強引かつ執拗に抱かれていた。

ザンのことが頭から吹き飛ぶほどには激しい行為に意識が飛びそうになり、その度に清木液を顔にかけられては、意識を明確にさせられるという鬼畜ぶりで、そうして乱暴なまでの快楽にギエンの瞳は既に蕩け切ってハバードしか見えていなかった。

腕を拘束するベルトは解かれ、柔らかな寝台の上で身体を重ねる。
何時間経過したかも分からず、触られれば触られるほどに身体はいかれたようにハバードを求め、そこに自分の意識があるのかすら分からなくなっていた。

そんな中で、清木液を口に含んだハバードと何度目か知れぬキスをする。
身体中を駆け巡る痛みにも慣れ、それを上回る快感に朦朧とした顔で抑えられない声を漏らすギエンは、疾うに限界を超えていて、挿入を繰り返される度に意識が飛びそうなほど快楽の沼に落ちていた。
「っぅ…、ぁ、…ア」
ぼんやりとした視界に、孤高の獣を思わせる漆黒の瞳が映る。いつになく欲情を宿す顔は、珍しく息を乱して、愛おしそうにギエンの名を呼んでいた。

その精悍な顔を見つめていると、ふと唐突に、
「ッ…っ?!」
塗り替えられていたハバードへの想いを思い起こす。
今までの思い出が走馬灯のように駆け巡り、何があろうと絶対に裏切ることのないハバードとの強い信頼を取り戻して、
「!…ぅっ、ぁ…、ッ!」
こみ上げる熱い想いに驚くと共に、大きく震えドクドクと熱を吐き出していた。

唐突に失っていた記憶を取り戻し、やらかした事態を知るギエンだ。
「っ…!…は、…っ、…ハバ…、悪かっ、…」
快楽に震えながら荒い呼吸を繰り返し、謝罪しようとするところで、
「…本心か分からんな」
平然と呟いたハバードが更に清木液をギエンにかけて、イったばかりだというのに、追い打ちをかけるように濡れるモノを刺激した。
「待、…っ、ハバード、本当に、…っぁ!」
手加減なく奥深くまで挿入され、息が止まる。
想いを思い出し、より根底まで響く快楽に全身が痺れ、
「…ぁア…、ンぅ、…」
呂律が回らなくなっていた。
脳が痺れて何も分からなくなるギエンに、
「二度と他の男に惑わされないようにしっかりとその身体に覚え込ませる必要があるよな?」
そう言って足を抱えるハバードは正に獣の如く、荒々しい性欲で、
「ッ…、ハ、バっぁ、…!」
ギエンに珍しく泣きが入るほどだった。
それでも、その瞳は強い陶酔感で揺らぎ、安心感に甘く溺れていた。


*****************************



昼頃になっても二人の行為は続いていた。
カーテンを閉め切ったままの部屋は薄暗く、床には清木液が入っていた瓶が転がり淫蕩とした気配に満たされていた。

清潔感溢れる白いシーツの上で、力なくされるがままの褐色の肌は濡れて光り、目も当てられないほどの色気を放つ。
溺れるほどの溺愛と快楽で甘く蕩けた身体は、唇に触れれば緩く開き、太ももに触れれば誘うように足を開く有様で、その淫らな身体はすっかりとハバードの言いなりになっていた。

ギエンの唇にキスを落とすハバードの耳にノック音が響く。
相手がパシェでないことは分かっていても無視して、いる筈のギエンがいないということになっても面倒だと考え、邪魔された苛立ちを深々とした溜息で誤魔化す。

腰に上掛けを巻いて扉を開けば、
「っ…!」
扉の向こうにいた人物が驚愕に目を大きく見開き、言葉を失っていた。
「見て分かるように取り込み中だ」
日頃は何があっても淡々としているハバードだったが、この時ばかりは男の艶が強く滲み出ていて、ほぼ全裸に近い格好でなかったとしても、室内で何が為されているのか容易に推測できるものだった。
「っ、ご、ごめん。出直すよ」
ダエンが事態を想像して頬を染めるのを見て、獣を思わせる黒い瞳が牽制するように鋭くなる。さっさと行けと言わんばかりに目を眇めていた。

滅多にないハバードの態度を見て、ダエンが慌てて背を向け去って行く。

扉を閉めながら、
「興が削がれたな」
溜息交じりに呟き、短い髪をかき乱した。

夢現なギエンの髪をかき混ぜながら頬にキスを落として、
「ギエン、いい加減、俺を思い出したか?」
起こすように肩を揺すった。
「ン…」
「それとも、もっと必要か?」
唇を押し開き、舌を合わせる。そのまま味わうようにゆっくりと絡めれば、ギエンが僅かにみじろいで、軽く胸を押した。
「はっ、…、も、…勘弁、しろ、息が、…っ、…出来ね」
ぼんやりとしていた蒼い瞳が光を取り戻す。声にならないほど掠れた声で囁くように言った。

「…」
無言で見下ろすハバードに謝罪の意を込めて、好きだと口を動かして伝える。
言った後に、自分の挙動を恥じたように視線を逸らすギエンを見て、ハバードが抑えられない小さな笑みを浮かべた。ギエンの目を隠すように手のひらを乗せ、僅かに沈黙する。
「どうなるかと思ったぞ。ハラハラさせるな。俺はお前が思う以上にベタ惚れだ、嫉妬して何するか分からんぞ」
視線が合わないようにしたまま唇に軽いキスを落として、何もなかったように塞いでいた視界を解放する。

床に脱ぎ捨てられたシャツを拾い上げ、雑な仕草で着る背中は珍しく恥ずかしそうで、ギエンが声を立てて笑っていた。そうして、
「痛てて」
と呻いた。

指一本動かすのすら億劫なほど全身が怠く、痺れにも似た甘い熱を伴う身体に、日頃のハバードがいかに手加減をしていたかを思い知るギエンだ。
「化け物め…」
小さく揶揄れば、振り返ったハバードがあくどい笑みを深め、
「さすがに腹が減ったな。パシェを呼ぼう。三大欲求は十分に満たさないとな。食わせてやるから安心しろ」
中々、起き上がれずにいるギエンの目に掛かる髪をすくった。

浴室の水を出し、湯を溜める。
呼び鈴に応じてやってきたパシェは入室と同時に顔を顰め、カーテンを盛大に開けて窓から清らかな空気を入れ込んだ。
「昼食をすぐにお持ちいたします」
吐き捨てられた言葉には棘が混ざる。それでも頬を赤く染めて、視線が合わないように慌てて出ていく姿に、ハバードと顔を見合わせたギエンが小さく笑いを零す。
「お前、怒られるぞ」
掠れた声はほぼ声にならない。
甘い表情で笑うギエンは心を委ねるように信頼しきった表情で、ハバードが上半身を無理矢理引き起こすのを為すがまま受け入れていた。
後ろから抱きかかえるようにして座ったハバードがギエンの身体を濡れタオルで拭き、肩にシャツを羽織らせる。
そのまま、首筋にキスをして強く吸った。
「っ…、…ン」
キスマークを残して、唇にキスをする、
「お邪魔しますね」
そのタイミングでパシェがやってきて、唇が触れる僅か数センチの所を邪魔されたハバードが鋭い視線を向けていた。
「申し訳ありません。ですが、昼食を御所望だったかと思いますので」
変な所で動じないパシェだ。
仕事は仕事と割り切る所はさすがというべき性格で、ギエンが笑う。

手招きに応じてお盆ごと寝台に運ぶパシェは、二人のこれでもかというくらい濃厚な甘い雰囲気に眩暈がしそうなくらいだったが、それをおくびにも出さずに料理の説明をしながら、二人分を置いた。

シャツの隙間から覗くギエンの褐色の肌に、珍しく鬱血の跡がいくつも残る。
いつものハバードなら、跡を残すということはしない。

それだけで行為の激しさが推測でき、さながら発情期のフェロモンの如く異常な色気を放つギエンに本能を刺激される。傷跡がいくつも残る男らしい身体さえ、淫らなメスの身体のように、媚びて見える異常さだ。
「パシェ」
視線を咎めるようにハバードが名前を呼ぶ。

ハッとするパシェを、漆黒の瞳が冷静な眼差しのまま刺すように真っすぐ見つめていた。
「…失礼いたしました」
思わず不躾に見てしまったことを謝罪して背を向ける。

何はともあれ、ギエンが元に戻ったようで安心していた。
「御用があったらお呼びください」
声を掛けて、二人の邪魔をしないようにそっと扉を閉めるのだった。


パシェの視線には気が付いてすらいないギエンだ。
口を開いて、
「食べさせてくれるんだろ?」
ハバードの背中に寄りかかって甘える。日頃は牙を剥く獰猛な獣が信頼する人間の前では鋭い爪を隠してじゃれつくように、子猫さながらの愛らしさでギエンが柔らかな笑みを浮かべていた。
「…」
見下ろすハバードが思わず無言になって見つめる。

顔を上向かせ、
「…っ、う!」
覆いかぶさるようにギエンの唇を塞いでいた。身動き取れずにいるギエンが苦しい呻きをあげるのもお構いなしに、柔らかで熱い唇を堪能し尽くす。
ハバードが満足して解放する頃には、ぐったりとした有様でハバードの背中に体重を預けていた。
「…、お前っ、…、俺を、…殺す気か」
息も絶え絶えに文句を零すギエンの瞳は、強気な色を浮かべながらも熱を孕んで潤む。
「お前はそんな軟じゃないだろ」
バッサリとギエンの文句を否定して、契ったパンをギエンの唇に押し付けた。
「む…」
「宣言通り、食わせてやるから口を開けろ」
「お前が強引だから腕が痛ぇんだぞ。っていうかあちこち痛い。労われ」
だらりと両腕を寝台に垂らしたまま、口を開くギエンがハバードの手から銜え取って咀嚼する。
丁度、お腹も音を立てて、二人が笑い声を上げた。


口を開いて雛鳥さながらの食事をしておきながら、
「自堕落過ぎる」
皿が空になる頃、ギエンがひっそりと呟いた。
「たまには悪くない。風呂にも入れてやるからな。
今日は折角の休みだ。一日たっぷりと、お前の世話役になってやる」
ぎゅっと背後から抱き締められて、息が止まる。

強い抱擁とハバードの熱い体温が深い想いを伝えてくるようで、申し訳なさで一杯になっていた。
「…本当に悪かった」
随分と酷い言葉を言った気がして謝罪すれば、耳元でハバードが小さく笑う。
「二度と惑わせないから大丈夫だ」
妙な確信を持って言う台詞になんだそれと返せば、
「お前の身体はもう俺以外無理だろう?」
「ッ…!」
「俺が好きで堪らないもんな。誰と寝たって俺を思い出す」
「は?自惚れんな!」
触れる体温に鼓動が跳ねる。ハバードの言葉の通り、気持ち以上に身体が反応して、
「ぅ…、…っ」
首筋を這う唇にすら、ビクビクと身体を震わせた。
「−−−ッ…!」
恥ずかしいやら悔しいやら複雑な思いをさせられるギエンだ。事実、その通りだとは絶対に認められず、
「お前だろ、俺としか寝れねぇのは!」
唇を振り払うようにして答えれば、当たり前だろうと即答されて返す言葉に詰まっていた。

真っすぐに向けられた瞳が自信に満ち溢れ、それがあまりにも堂々とした態度でギエンの耳が赤く染まっていった。
「…くそ。不意打ち過ぎるだろ…」
ぼやくギエンにハバードが笑い声をあげる。

「さて。風呂にでも入りますか?ご主人様?」
密着していた身体を離したハバードが寝台から降りて、ギエンに手を差し出す。
全くもって主人を敬う態度ではない強い眼差しで言って、にやりと笑う。

明るい陽射しを背に手を差し出すハバードの上半身は、シャツをだらしがなく羽織っただけの乱れた格好だったが、さながらどこぞの騎士のような輝きと力強い生命力に溢れる。
筋肉の付いた太い腕と、節が浮き出る手はがっしりとした頼もしい男の手で、
「ははっ、お前に世話役は全く似合わねぇな」
差し出された手を受け取りながら大笑いするギエンだった。


2022.11.26
はぁ(*^-^*)=3 ヤバイ、ラブラブ過ぎる…=3
ふぅー(*^-^*)=3

いつも色々と読みに来て下さったり拍手やらありがとうございます!
ギエンも無事に再生(?)出来たので(笑)、多分(?)次回?次々回?くらいに完結予定ではあります(笑)。
ちょっとページ数的に微妙な話数になっちゃいそうですが(^-^;💦
ここまで続けてこれたのも、ほんと皆様のおかげでございます(*'-'*)アリガトウ♪
まぁ完結後も番外や過去編?書く予定ではあるのでしばらくギエンは続く…かな(*^-^*)??

そうそう。全然別の話で(笑)、昔の小説の再掲の話(笑)。うん。こないだ読み返したんだけど結構サクサクっと進むのね(笑)。90話くらいあるんだけど、普通にさらーっと読める。あれはあれで読みやすくていいのかもしれない…(^-^;?と思いました(笑)。
あと、主人公が性格男前だと思ってたけど、普通ーにツンデレ繊細受けでした(*^-^*)ハハハ!アレ?!当時の心境的には男前なんですが、やっぱり年齢重ねるとね(笑)。図太くなるのですよ(笑)!
性格ね〜…ここをあまりに変えちゃうと再掲希望された方の求めるものでは無くなっちゃう気もしますが、今のままだとどっちかというと美形天然可愛い受けか?という感じで、もう少し男前度を上げていこうかと…('ω')エ?困る?💦??
というか…どうなんだろう。現状の段階まで再掲していこうと思うけど、そこで力尽きてしまう恐れもありです(笑)。
読み返して思ったんだけど、かなり設定は盛り沢山なんだけど色々端折ってて、補完しながら書いていったら多分3倍くらいに膨れそうな気が…笑(;;⚆⌓⚆)?!そこそこ現状維持のままアップする予定ではありますが、どうなるかなぁ…💔
まぁとりあえず試し的な感じで、1〜3話?くらい?アップしてみます(笑)。続きが気になるとかありましたら、拍手とかして下さると嬉しいです(笑)
応援する!
    


 ***111***

その日の夜は滞在期間も残り僅かということもあり食事会が開かれていたが、名目は食事会で実際はザンの行為に対する追及が行われていた。

運ばれてくる料理の数々に舌鼓を打ちながら、
「何が問題なんだ?」
全く悪びれもせず、追及されたザンが平然と薄情な笑みで答える。
「僕のお蔭で全て丸く収まっただろう?感謝して欲しいくらいだ」
ワイングラスを口に運び、警戒心からか視線も合わせないギエンをちらりと見た。

「油断も隙も無い。わざわざ訪問するというから、何か企んでいるだろうとは思ったが」
ゾリド王の呆れた言葉に、軽く笑い返し、
「人間観察が得意な僕に隙を見せるなよ」
脅すようにフォークを肉の塊に突き刺し、王族らしからぬ粗暴な仕草でナイフを入れた。
簡単に細切れにされていく肉を見つめながらも、ゾリド王の表情は一切の変化もなく、
「ザンギル。お遊びも程々にしろ」
愛称ではない名前を呼び、強い口調で相手を咎めた。それから、その気なら受けて立つがと付け加える。
その返答に、ザンがまさかと即答して肩を竦めた。
「そんな愚かなことはしないよ。僕は君のことをよく把握している」
切り分けた肉をひょいひょいと串刺しにして、口に入れる。味わうように咀嚼しながら相槌を打ち、料理を褒めた。
「僕に大精霊の加護があるとはいえ、ギエンに掛けた術は破られるだろうことは予測の範囲だよ。さすがに土の大精霊の浄化力には敵わないな。
僕が善人で良かったな。ギエン」
「っ…」
突然、話を振られたギエンが驚きで肩を震わせ、何のことだと問うようにザンを見た。
思わず視線がかち合って喧嘩を売るように視線を尖らせる。

寝た記憶を思い出したのだろう。
強気な目が言葉以上の怒りの感情を伝えてきて、ザンが愉快そうに笑いを零した。

敵意がないことを示すようにゾリドに視線を向ければ、
「土の大精霊とは何のことだ?」
意外な反応を示すゾリドの返答に、
「何って、」
言葉を返そうとして、その場にいる全員が不思議そうな顔をしていることに気が付き、言葉を止める。

当の本人ですら、分かっていない顔をしているのを見て、
「まさか、気が付いていない訳がないよな?ハン家には大精霊が居付いてるだろう?」
問うように訊ねた。

ハバードが驚き、ギエンと顔を見合わせる。お互いに首を振り合う姿を見て、その驚きの方がザンには意外なことで誰一人知らないのかと首を傾げていた。

いや、少なくとも精霊に関しては代々の名家であるゼク家の当主は知っている筈だ。あまりにも身近に存在するために、むしろ既知の事実として、誰も話題にしないのかと当の本人を見て思い至る。
本人すら知らないとは滑稽な話ではあるが、なるほど、と納得したように一人ごちる。

「何にしろ、よかったじゃないか。何もかも僕のお蔭だ。こうしてルギルも自覚が出来て、僕は仕事がやりやすい」
隣で性急な勢いで料理を口に運んでいたルギルの肩をバシバシと叩いて、不愉快そうな視線を向けられていた。
それすら歯牙にもかけず、
「ギエン。その男に飽きたらいつでも来るといい。意外かもしれないが、君のことは気に入っている」
あろうことかそんな誘い文句を吐いて、
「ふざけんな!」
「二度目は許さんぞ」
方々から非難の声があがった。

その声を心地よさそうに笑ったあと、
「それで今後のことだけど」
ゾリドに真面目な話を振った。
呆れた視線を返しながらも、二人が真剣に話し始める様は、対等な地位にいる者同士の特有な信頼関係のようなものが垣間見え、ゾリド王が事の顛末を聞いた時に激怒しなかった理由が分かるというものだ。

少なくとも、ザン自身が自分で言う程度には善人なのだろう。

振り回される結果となったギエンとハバードが視線を交わせて、苦笑を浮かべる。
それでも互いの絆は以前よりも深まり、そして彼がいうように、ルギルとの蟠りも無くなっていた。
常に荒々しい敵意を剥き出しにしていたルギルからは殺意が消え、目の前の食事に夢中になる。
時折、ゾリド王とザンの会話に口を挟み、獣人族の権利について確認を取っていた。


******************************


食事の後、室内を出るギエンをルギルが入口の所で待っていた。
ギエンの後からやってきたハバードが、彼に気が付き視線を交わしたあと、
「…先に行ってる」
気を遣って、ギエンの肩を軽く叩く。

ハバードのその態度に無言で顔を見合わせる二人だ。
「すっかりと余裕の彼氏面か」
片笑いを浮かべて言ったルギルの言葉には棘がなく、どこか安心したような表情で、
「ギエン。巻き込んですまねぇ」
続く言葉は今までのルギルからは考えられないほど、静かで誠意の籠った言葉であった。
「…」
無言で見つめる先で、ルギルの瞳が潤む。
「俺には結局、兄貴を越えられず、お前に安心を与えることも出来なかったな。
俺が兄貴だったら…」
続く言葉を顔を鷲掴みにして無理矢理、止める。
引き寄せ、彼の顔を間近で睨んで強く視線を交えた。
「ルギル。お前もいい加減、立ち直れ。ザゼルのことは今でも胸が痛くなる。でも、お前はザゼルじゃねぇし、あいつの死はお前のせいじゃないだろ」
「いや」
ギエンの強い言葉に、らしくもなくルギルが弱気な表情で言い淀む。
「俺が…、お前と兄貴の仲を素直に認めてれば、違ったんじゃねぇか。そうすれば、兄貴を殺そうなんて考える奴もいなかった筈だ。俺が兄貴に対抗してなければ、俺を長に祭り上げたいなんて思う奴も…、」
「ルギル!」
ギエンが声を荒げて彼の言葉を止めた。
「過ぎたことだ。たらればなんて言い出したら切りがねぇぞ。俺だってそうだ。いい加減にしろ!」
どんな苦難にあっても、変わらない色を浮かべる蒼い瞳が真っすぐに見つめていた。

眩しいほどの強さに、ルギルが目を細める。
兄の死も、何もかも。
ギエンの存在があったから、乗り越えられた。

仲間の未来のためにシュザード国まで出向き頭を下げたのも、人間と同じように身綺麗にし作法を学んだのも、ギエンが愛した兄貴ならそうするだろうと思ったからだ。
兄の遺志を継ぎ、仲間を守る。
それは、兄の想いであると共に、ギエンの願いでもあった。

「お前がいないと、生きていける気がしねぇ。ギエン。お前の為なら何でも出来る」
溢れる涙が頬を伝い、落ちていく。

ルギルが長い期間ずっと秘めてきた純粋な想いが、美しい涙と共にキラキラと零れ落ちていった。
卑屈な言葉も無く、見栄も何もない真っすぐな瞳は静かな色で、
「っ…」
ギエンへの深愛に溢れていた。

今までのルギルがいかに神経を張り詰めて生きてきたか分かるというものだ。
縋るようにギエンを見つめ、
「お前の幸せを一番に願ってる」
大切なものに触れるように頬に手を伸ばし、それは触れずに離れていった。

痛いほどの想いに、適切な言葉など見つからなかった。

「俺のために、プライドを捨てるな」
僅かな沈黙のあとにギエンが返した言葉はそれで、ルギルが一瞬、目を丸くしたあと小さく口角を上げる。
凄く、『らしい』ギエンの言葉に自然と笑みが浮かび、
「あぁ。最初で、最後だ」
笑う拍子に溢れた涙が一粒、二粒と、今までの苦い経験を洗い流すように、流れ落ちていく。二人の間にあった複雑な想いも、綺麗さっぱりと浄化されていくようで、
「兄貴の思い出を共有できて良かった」
自分の気持ちを素直に認めたルギルが、短い別れの言葉を言った。

その表情は肩の荷が下りたように穏やかな笑みで、思わず右手を差し出すギエンだ。
「また、思い出話でもしよう。互いに失ったものは多いが、痛み分けで一からやり直そう」
「お前は本当に、…」
最後まで言わずに、ギエンの右手を強く握り返す。
「じゃあな。あまり長くなるとまた番犬がすっ飛んでくるといけねぇ」
ふっと笑って、未練もなく背を向けた。
背筋を伸ばし堂々した態度の姿は、今までのことを思い出させ、胸が詰まる想いで去って行く背中を見送った。

無性に、ハバードに甘えたいような気分にさせられる。
足早に客室へと戻れば、ギエンの心を読んだかのようにハバードが椅子に腰掛け、帰りを待っていた。
クロノコの頬をくすぐりながら黒茶を啜り、ギエンに気が付いて小さく笑みを浮かべる。

まるで全て見透かされている気がして、
「しっかり捕まえてろ。俺が惑わされないように」
歩み寄り、ハバードの首筋に手を添える。
そのまま軽くキスをすれば、予想以上に強い力で引き寄せられ、
「もう逃げられないな」
手を腰に回したハバードが優しい笑みで冗談を言った。
「物理的にか」
ギエンの言葉を聞いて大きく笑う彼に、
「こないだの話な…、お前と、一緒に住みたい」
以前、問われた回答をする。

一瞬の驚きのあと、珍しく黒い瞳が和らぎ、
「益々逃げられないぞ」
はにかんだような笑みを浮かべた。
それに目を奪われ、触れる手を唐突に意識していた。

不思議なほど鼓動の音を感じ、世界がまるでゆっくりと進んでいるかのような錯覚に囚われる中、ハバードしか見えなくなっていく。
襟を引き寄せられ、近づく唇に答えるように口を開けば、いつでも優しいキスが返ってきて、ハバードという男の真髄を何よりも表していた。

他の誰よりも安堵する唇はギエンを何よりも安息へと導くものだった。
ハバードさえいれば恐れるものは何も無いのだという絶対の安堵が全身に広がっていく。

上でも、下でもない。
互いに対等な立場として、尊敬し合える唯一無二の存在だ。


座るハバードに覆い被さるようにキスをするギエンに、
「退席した方がよろしいですか?」
パシェの冷静な、されど恥じらいの混じる声が問い掛ける。
「っ!」
第三者の存在に全く気が付いていなかったギエンが肩を揺らして驚く様を見て、すみませんと謝罪していた。

今更になって白々しい咳払いをするパシェに、ハバードと顔を見合わせたギエンが明るい声で笑い出し、
「毎回、お前は損な役割だな。俺にも紅茶を頼む」
すっかりといつもの気配に戻って伝える。
そうしてハバードの向かいに腰を下ろし、頬を染めるパシェを笑みのまま見つめていた。

その表情は明るい信頼に満ち、見惚れるほど男前なもので、帰還した当初のような陰鬱さはない。
輝きすら感じられるギエンに、本来の姿を見た気がしてパシェが冷静さを取り戻す。


様々な顔を魅せるギエンの中でも、特に魅力的な表情だった。


End


2022.12.04
完結でございます(*´꒳`*)ほぼ丸2年ですかね?時間掛け過ぎ…?!(笑)
無事に円満エンドでよかった(笑)!
続いて欲しいと仰って下さった方、本当にありがとうございますm(_ _"m)。嬉しい限りです♡
ギエンを楽しく更新できたのも読みに来て下さる方や拍手下さる方のおかげでございます(*^-^*)ムフ!
エロい身体ばんざーい('-'*)ン?

ギエンの番外候補はいくつか考えてます〜!過去編はそこになるかな!?何かありましたらコメントをどうぞ(笑♡)

いつも10話でワンセットだけど、11話、いけるかな…?(;^ω^)?

応援する!
    


*** End ***