【総受け,男前受け,冷血】

 ***81***


ハバードとの関係が劇的に変化するでもないまま、三度目の定例パーティを迎えていた。
方々から話しかけられるのは、ハバードもギエン同様で、特に今回は開始から中盤に至るまで、真横にミラノイが立っていることが周囲の関心を呼んでいた。

「あの野郎…」
素知らぬ振りをしながらも、苛立ちを深めていたギエンが小さく愚痴る。
それを聞き逃さなかったベギールクがすかさずギエンを揶揄っていた。
「大人の嫉妬は醜いものだね」
「嫉妬じゃない」
貰った果実酒を一気に飲み干して、給仕の持つ盆に雑な仕草で置く。
睨むような横目でハバードに視線を送るも、当の本人はそれに気付く気配もなく、談笑していた。
「あいつ、俺と寝ておいてミラノイと平然と関係を続けるってどうかしてるだろ」
「君たち随分と面白いことになってるね」
突然の告白にベギールクが愉快そうに瞳を輝かせる。一口サイズのデザートを摘まみながら、ギエンの口にも同じものを押し込んだ。
「ほら。甘い物でも食べて落ち着くといい」
「…」
言われるがまま大人しく咀嚼するギエンは、かなり酔っぱらっている状態で、顔には出ていないが行動には如実に現れていた。唇を押し開き、スイーツと共に強引に押し込まれたベギールクの指を特に気にもせず、指に付く生クリームを舐め取る。
その様に小さく笑って、
「ハバードは止めて、僕にしたらどう?」
ギエンの顔を覗き込んで訊ねるベギールクは完全に遊んでいた。
「…」
酔いで濡れた蒼い瞳が会場の華やかな照明を映し込み、甘い光を放ってベギールクの瞳を見つめ返す。その瞳の色は見る者を酷く惑わせるモノで、変な誤解をされても当然の色香を纏っていたが、
「冗談はやめろ。どいつもこいつも俺をからかって楽しんでやがる」
拒絶するギエンの言葉は甘さの微塵もなく、心底迷惑そうな口ぶりだった。
「どうだろう。実際のところ、ハバードより僕の方がいい男だと思わないかい?」
ギエンの唇に付くクリームを親指で拭い取って、舐める。
好奇心に満ちた顔で瞳を輝かせるベギールクは、小柄な体格もあり少年っぽさを未だに残す男だ。
目の下にはいつもクマをこしらえ、陰にこもった印象を与える。整えられていない白銀の髪が顔にかかって、余計に他の男には感じない独特の気配をさせていた。
ハバードとベギールクの二人は、正反対の見た目でどちらがより男らしく好ましいかといえば、大多数がハバードを指すだろう。
とはいえ、ベギールクの見た目自体が嫌悪感を呼び覚ますものでもなく、むしろベギールクが持つ特有の雰囲気は魅力の一つでもあった。
「…ルクはハバードと比較するような存在じゃねぇだろ」
比べようのないことのように言ったギエンの言葉は、ベギールクにとっては予想外のもので、珍しく驚きの表情を浮かべたあと、愉快そうに笑った。

突然、笑い出したベギールクにギエンが驚き肩を震わせる。
「何がそんなに、…」
「君、本当に無自覚で困る子だね」
ギエンの襟元を掴み、引き寄せる。
「ルク…?」
二人っきりの時のように、愛称で相手の名を呼ぶギエンは全くの無意識で、酒のせいもあって頭が上手く働いている状態とは言えなかった。
ギエンのそんな状態をよく把握しているベギールクだ。
間近にギエンの瞳を覗き込んで、
「僕を本気にさせない方がいい」
笑んだまま、そう警告した。
「君を堕とすのは至極、簡単なことだ」
赤褐色の瞳が面白がるような笑みを浮かべ、まっすぐにギエンの瞳の奥を見つめる。

「…!」
その感覚は、身に覚えのあるものだった。
魔術に長けているのはゼク家だけではない。

研究成果にばかり目がいくが、ベギールクの術力は相当高度なもので、国でも屈指の実力の持ち主であることは言うまでもないことだった。
「僕をその気にさせないように気を付け給えよ」
穏やかな笑みを浮かべたまま、掴んでいた襟を離す。それと同時に、間近にあった瞳が遠ざかっていった。
「そう思うなら、からかうな。いちいち、ハバードの名前を挙げるんじゃねぇ」
遠ざかるベギールクに詰め寄ろうとしたギエンの肩を誰かが背後から引き寄せる。それと共に、
「密談か?私も混ぜて貰おうか」
低い美声が酔いの回るギエンの耳に響き、途端に心地よさが全身に広がっていった。背中に当たる温もりと胸元に置かれた手からほんのりと暖かさが伝わり、ギエンの口元に笑みが乗る。
「ふふ…。なんだ、ゾリドも揶揄りにでも来たか」
甘い声で笑うギエンは、完全に酔っぱらっていた。
ベギールクの時と同じように、日頃は敬称を付けるギエンが名を呼び捨てにする。

「ギエンに酒を飲ませるなと言っただろう?」
目の前でひっそりと笑いを堪えるベギールクを見て言うゾリド王の口調は咎めるもので、
「…」
それからすぐに何かに気が付いたように、ギエンの胸元に当てていた手から薄っすらと白い光が溢れ出した。
「碌でもない」
ギエンに掛けられた精神魔術の僅かな痕跡をかき消して、ギエンの首元に手を滑らせて背後から守るように抱き寄せた。
「ベギールク。こういう悪戯は感心しないな」
「ゾリドが何を言おうと知ったこっちゃないよ。僕を挑発したギエンに文句を言い給え」
二人が僅かな時間、無言のまま見つめ合う。

ギエンを間に挟んだまま繰り広げる牽制に、ギエンが唐突に笑い出し、
「お前ら、何を喧嘩してんだ」
肩に掛かるゾリドの赤い髪を引いて、相手の顔を窺い見た。
その表情には、ねだるような甘さが混ざり、触れ合った箇所が熱を帯びるのを自覚するゾリド王だ。
「ふむ…。やはり酒を提供するのは止めにするか?」
「ははっ!」
何が可笑しいのか、ギエンが笑いを零す。

今、自分がいる場所が公共の場だということすら忘れているのではないかと思うくらい、まっすぐにゾリド王の瞳を仰ぎ見ていた。
「ギエンに飲ませるなというゾリドの気持ちも分からなくもないけどね、僕が飲ませたんじゃなく、ギエンが勝手に飲んだんだから僕のせいにはしないで欲しいものだ」
フルーツの乗った皿を手に取ったベギールクが、ゾリドに背中を預ける形で立つギエンの口元に差し出す。されるがままのギエンが、フォークに刺さった白い果実を舌と歯で挟みこんで、器用に抜き取った。
酔い覚ましに効くと言われるそのフルーツは一般的に、酸味と苦味が強くてあまり好まれる味のものではなかったが、ギエンは表情も変えずに咀嚼していた。
「少しは頭が冴えたか?」
ゾリドの言葉に蒼い瞳が煌めく。
「これ、意外に美味いよな。俺は結構好きだ」
「もっとお食べよ」
雛鳥に餌でもあげている気分になってくるベギールクだ。実際のところ、幼い頃のギエンを知っているということもあって、いくつになろうが昔のギエンの面影や思い出は変わるものでもない。
懐かしい想いも相まって、瞳を細めて唇を開くギエンの口内に瑞々しい果実をいくつか放り込めば、
「んー…」
味わうようにゆっくりと咀嚼して小さく呻いた。
ギエンの深い藍色の髪が目に掛かり、煌びやかな明かりの中で端正な顔立ちに影を落とす。褐色の肌に美しい蒼い瞳が異国の風情を醸し、装飾の施された優美な衣装が殊更、ギエンの高貴さを強調していた。
それでいて、その仕草は色気に溢れ、酒で潤む瞳が妖しい気配を強くする。

「ベギールク。程々にしろ」
見兼ねたゾリド王が苦言を吐けば、彼が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ギエンの唇に付く果汁を拭い取る。
「君ともあろう者が妬いてるのかい?」
挑戦的な言葉に、
「そうではなく、場を弁えろという意味だ」
ばっさりと切り捨てるようにゾリド王が言った後、視線を僅かに動かす。釣られたように周囲を見回したベギールクが何人かと目が合って、慌てて逸らされた視線に納得の顔をした。
「そういうゾリドも大概だろう?」
ギエンを片手で抱きしめるような恰好のままの彼に言えば、
「私は問題ない」
自分のことは棚上げして平然と言い切った。
「全く。その独占欲、本当に君らしいよ」
呆れたように両手を広げ、降参のポーズを白々しく返すベギールクだ。
当の本人は二人のやり取りなど我関せずで、
「王城で出るフルーツはどれも美味いな」
皿に残る他のフルーツを手で摘み、美味しそうに舌鼓を打っていた。

そんなことをしていると、
「ギエンを部屋に連れていきましょうか?」
いつの間にか近くまで来たダエンがそう進言する。彼らの傍には勿論パシェもいたが、上の者からの指示がない限り、口を挟まないのが礼儀だ。
ダエンの言葉に僅かに歩み寄ったパシェだったが、ダエンに止められる。
「そうしてくれ。これ以上ここにいたらギエンが酔い潰れる」
ダエンの方へと背中を押し出すようにしてギエンを預け、
「パシェ。ギエンにやけ酒はするなとしっかりと伝えておいてくれ」
ギエンが煽るように酒を呑んでいたことを把握しているゾリド王だ。視線を僅かに動かし、ハバードの方をちらりと見て、
「後でハバードに行くように伝えておこう」
妙な気を遣って言った。
「変なことを言うね、君は」
ベギールクの心底可笑しそうな笑い声に、
「ハバードはどうでもいい」
ギエンの拒絶の言葉が被る。
肩に手を回すダエンの手を払って、
「っち。また腹が立ってきやがった。あの野郎、マジで許さねぇ」
舌打ちをして、隣に立つパシェのタイを強く引いた。
「パシェ。行くぞ」
「かしこまりました」
慌ててギエンに付いていく。
「ギエン。今日お前に会いたいと言っていた行商人が何人かいたが、後で書面を送っておくから見ておいてくれ」
背中に掛かる言葉に軽く手をあげて答えるギエンは、聞いてるようでほとんど聞いていない。
パシェが代わりに深々とお辞儀をして会場を去っていく。

ギエンがその場からいなくなると、途端に熱量が下がる。
「次回から酒は無しの方がいいかもしれん」
「それは難しいだろうね」
ゾリド王の言葉に、ギエンが去っていった扉を見つめたままのベギールクが真面目な言葉を返す。
「ギエンの為だけにそうする訳にはいかない。乾杯の挨拶も撤廃したばかりで、君が余りにもギエンばかり構っていると、足元を掬われることになるよ」
ベギールクの言葉に、無言を返すゾリド王だ。
言わんとすることが分からないでもない。
「最近はシュザード国の動向も怪しいしね」
その単語で彼の目つきががらりと変わり、人々が噂する冷血な王の顔になった。
赤い瞳からは暖かさが消え、人々を震え上がらせる血の色へと変貌する。
「獣人族が大人しいのも気になる所だ」
唐突に政治的な話へとなっていく二人の会話に、ダエンがそっとその場を抜け出し、サシェルの元へと戻っていく。

ギエンが何故、あそこまでハバードを意識しているのか気になっていた。
ゾリド王がハバードを行かせると言った言葉も疑問の一つで、胸の内に訳の分からない焦りのようなものが広がっていく。
ギエンの親友は自分だと言い聞かせても、その焦りが落ち着くということはなかった。


2022.03.11
まぁ…以前、宣言したかと思うんですが、ギエンは姫ポジです(*'-'*)笑!
偶には逆のパターンでギエンがモヤモヤ焼きもち妬くのも個人的にはツボです(笑)ハハ♪

いつも拍手、訪問ありがとうございます!(,,>᎑<,,)
気が付いたらいつの間にかサイト全体の総拍手数4000突破しててビックリ…!何か思いついたら短編書く、かもです(笑)←いい加減( '-' ;)。

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 ***82***


入浴後、水を一杯貰ったギエンはタオルを腰に巻いただけの格好でパシェのマッサージを受けていた。
苛立ちを宿すギエンの気持ちを和らげるように筋肉を解していくパシェの手は暖かく、華やかな香りがより気持ちを落ち着かせる。
「ハバードの奴…、ふざけてやがる…」
俯せのまま、両手を枕の下に入れて横を向くギエンが愚痴る。
伸びのいいクリームが肌を滑り、冷たい感触とパシェの指圧に小さく声を洩らしながら、ハバードの文句を続けていた。
ギエンの苦情も尤もだと思うパシェだ。とはいえ、ハバードほどの家柄の、ましてや嫡男なら尚更、状況を変えることは簡単ではないだろうと思っていると、
「あいつとは二度と寝ねぇ…」
ギエンが不貞腐れたような恨み声を出す。

子どもっぽい言動がギエンらしくなく、それが逆に好ましくて小さく笑った。
出会ったばかりの頃に比べ、随分と気を許されていると感じるパシェだ。我関せずで、全てがどうでもよさそうにしていたギエンを思い返すと、愚痴を零しながらも最近のギエンは随分と明るくなったと思う。
「あの方にもあの方の事情がありますから」
フォローするように答えると、小さなノックがパシェの耳に届く。
ドアを開けるまでもなく、なんとなく相手が誰か推測が立っていた。

ギエンの上から降りて、ドアを開けば想像通りの人物がいて、彼が、薄暗い照明の中でベッドに寝そべるギエンを見て僅かに苦笑を浮かべていた。
安心してギエンを任せられる相手だ。
そのまま、バトンタッチするように入れ替わり外へ出る。

先ほどまであったギエンの体温を名残惜しそうに手のひらを見つめた後、明日の準備をするために、その場を去るパシェだった。


一方、ギエンはというと、酔っぱらっているせいもあって来訪にも気が付いておらず、瞳を閉じたまま、相変わらずハバードの愚痴を続けていた。
軽くなった背中に、再び人の重みを感じて、
「お前はハバードを庇うかもしんねぇけど、あいつはマジで昔から女誑しだからな。気を許した俺が馬鹿だった。俺のことをその辺の一夜限りの女と一緒だと思ってやがる」
パシェとハバードが入れ替わっていることにも気づかず、文句を言っていた。
指の関節で肩甲骨の凝りを解す力強さに、
「…」
僅かな違和感を覚えるのも一瞬で、相手がパシェではないとは微塵も疑っていないギエンだ。
「大体、結婚する気もねぇなら、すんなって思うだろ?意味が分かんね。普通、結婚っていうのは互いに好き同士がするものだろうが…!」
怒りを思い出したように語尾を強め、次いで背中に掛かる小さな忍び笑いに、
「何を笑ってんだ」
更に苛立ちを強めて咎めた。

瞳を閉じたまま、柔らかな枕に頬をこすりつけて、
「眠くなってきた…。お前、ハバードが来たら出禁にしろ。部屋に入れたら許さねぇからな」
今、自分をマッサージしているのが当の本人だとは気づきもしないで、そう宣言していた。

笑いを堪えるのに必死になるハバードだ。
ここまで鈍い相手を見ていると、どこまで気づかれないのか気になるのが人間というもので、好奇心と悪戯心が猛烈に湧き上がる。

肩甲骨から脇腹へと手が降りていき、背筋をマッサージしていった。
心地よさそうにするギエンは全く気付く気配もなく、動きは更に大胆になっていく。マッサージクリームを背中に大量に垂らし、臀部を隠すタオルを取って、太ももから形の良い膨らみを撫でれば、
「…」
返ってくるのは無反応だ。寝てるのかと思うほど反応がないギエンの危機感の無さに驚き、パシェとの距離の近さを感じて、僅かに妬ける。

柔らかな筋肉は弾力があり、褐色の肌がより健康的に見せていた。見るからに男の臀部は女性のような豊満さはなく、小ぶりでいて綺麗な丸い形をしている。男のものだというのにその膨らみが描くフォルムは、やけにそそられるもので、太ももから手を滑らせれば、均整の取れた臀部がぷるりと揺れて、その先にある筋肉質な背中が余計に情欲を搔き立てていた。

滑りのいいクリームを両手に付けて、内腿からお尻、背筋まで血流を流すように下から上へと手を滑らせれば、
「ぅっ…」
小さく喘ぎにも似た声を出す。
パシェと日頃、どんな付き合い方をしているのか疑問になるハバードだ。こんな際どい行為まで平然とさせているのかと思うと、驚きを通り越し感心すらしてしまう。


マッサージをしばらく続けるハバードだったが、気付きそうにないギエンに痺れを切らし、クリームで濡れた指を臀部の狭間に挿入した。
「っ…!?…何、…っだ!」
ようやく反応らしい反応をして、瞳を見開く。驚いて上体を起こそうとするギエンの背中を押さえつけ、強引に指を2本、3本と増やして中を押し開いた。
「ッ…!」
背中を押すがっちりとした強い手に、そして中を探り的確な刺激を与えてくる指に、
「ハバー、…!てめぇ…、いつからっ…!」
相手の正体に気が付くギエンだ。
「何、っ…してん、だ…!」
怒りの声を出すギエンに、ハバードが愉快そうに笑い声を返す。
「鈍いな?俺の文句をたらたらと零すお前は中々見物だったが」
「っ…性格の悪いことをしてんじゃねぇぞ!」
「そうか?俺と一夜限りは不満なんだろう?」
指がより深くまで押し入り、
「っは…、ゥ…!」
瞬間的に息を止める。
突然の事態に混乱した頭は容易には復帰できずにいた。中をかき回し、前立腺を刺激してくる指に為す術もなく、自分の意思とは無関係に身体は昂っていく。
「ギエン。腰をあげろ」
命令口調で言う言葉に、
「くそ、ふざけんな…」
悪態を付きながらも従うギエンは、まだ酔いも抜けていない。身体は既にメロメロ状態で、触れてもいないのに、前からは透明の液体が滴り落ちていた。
「てめぇとは、寝ねぇ…」
言葉とは裏腹の行動に、ハバードが笑っていた。

緩く前を扱きながら、後ろを拡げていく。
一度寝たとはいえ、随分と慣れた仕草で事を進めるハバードに、男と寝た経験でもあるのかとぼんやりと考え、何故か胸がチリッと焼ける。
そのことに疑問を抱くよりも前に、ベルトを引き抜く音が耳に届き、思考を中断させた。
「ハバー、ド!」
止める間もなく、臀部を掴み秘部を押し広げたハバードがいきり立ったモノをねじ込む。
「うッ…、っ!」
ギエンが息を飲むのも一瞬で、それはすぐに甘い声へと変わっていった。
「…っぁ、ぅ…お前、との行為は、…嫌いだ」
浅い所で抜き差しすれば、喘ぎながらそんな言葉を言う。
敢えて焦らして、いかせないようにするハバードが息を吐いて、ギエンの太ももを優しく撫でた。
「感じすぎてか?」
笑みが混じる揶揄の言葉にギエンが反論の声を挙げるも、事実その言葉の通りで、
「く…、っぅ…」
奥深くまで一気に挿入されれば、それだけで全身を震わせて熱に浮かされた掠れ声をあげていた。
落ち着かせるように小さく呼吸を繰り返した後、たどたどしい声で文句を呟く。
「く、そ、なんでお前が相手だと…、こうも…、」
ずるずると引き抜かれたモノが再び、奥深くまで入っていき言葉も途切れて、快楽に震える。
「俺を好きだからだろう?」
ハバードの自信に満ちた言葉に苛立ちを募らせながらも、弱い所を刺激しまくって何度も突いてくる熱いモノに耐えられず、
「っ…ぁ、ア…、ぅ!」
前を扱かれれば、簡単にいかされていた。
甘い声を洩らし痙攣するギエンの身体を引き寄せ、容赦なく挿入を続けるハバードだ。
「待、…っ、ぁ、…ァ、ハバード!待、て、…ッぁ」
イっている最中だというのに、ガンガンと突きまくる相手に泣きが入る。
「ぅぁ…、はっ…、ぁ、…おかしく、なる…っ…!」
「っふ…、それは見物だな」
ハバードが鼻で笑って、逃げるギエンの腰を引き寄せ更に激しく抱けば、簡単にギエンは快楽の波に飲まれて堕ちていった。

呆気なく後ろでいかされ、思考がまとまらなくなる。
脱力した身体が荒い呼吸を繰り返し、その瞳は甘く揺れて、快楽で潤んでいた。
「っ…、だから、嫌い、だ…」
悪態をつきながらも、その姿は淫らな気配に満ち、煽情的でより劣情を誘う。
「好きの間違いだろう?」
「うっ…ぁ」
背中の筋を撫でながら笑うハバードの声に、半ば朦朧としてるギエンが小さく喘ぎを返す。
「好きじゃ、…ねぇ…」
強制的に乱されながらも、辛うじて保つ理性で言葉を紡げば、
「強情な所も俺は好きだけどな」
ハバードがさらりとそんな言葉を放って、ギエンの意識が僅かに覚醒すると共に、後ろを締め付けていた。
「っ…締めるな、ギエン」
「お前が、突然、…っぅ…」
ハバードの触れる手が異様な熱さを宿し、ギエンを更に深みへと堕としていく。
熱量を保ったままのハバードのモノが容赦なくギエンの身体だけでなく、心の中まで侵していった。
「っぅ…、く、そ…」
ハバードの体温に、訳もなく高揚感を覚え鼓動が早まっていた。
甘い痺れが全身を駆け巡って、頭が真っ白になっていく。そこからは何を口走ったかも覚えていないギエンだった。


*******************



翌朝のパシェは、万が一に備え、二人分の朝食を用意してギエンの部屋へと出向いていた。
そしてドアをノックした後、入室を促す声がして僅かに驚く。
いつもは起こさない限り、起きてもいないギエンが珍しく目覚めていて、ベッドに腰掛けるハバードと会話をしていた。
「おはようございます」
二度目ともなれば慣れたもので、いつもと変わらない表情のパシェが二人に挨拶をし、お盆をテーブルに置く。
「ハバード様の分もお持ちしましたが、いかがされますか?」
パシェの気遣いに、ギエンが歩み寄って皿を覗き込む。穀物の加工食品にフルーツが乗せられた朝食はギエンのいつもの朝食だが、特にハバードが嫌いな物でもないことを確認した後、
「お前も食っていけば?」
そう誘った。
「折角だから貰うか」
ギエンの誘いに僅かに驚いたあと、言って立ち上がるハバードの格好は、ギエンのシャツを拝借している状態で、ボタンを2,3箇所留めただけという非常に乱れた格好のままだ。

ハバード・ハンといったら、質素な服装が多くあまり洋服に頓着するイメージはないが、こういう乱れた格好をするイメージもない。
パシェが見てはいけないものを見てしまった気分になって、さりげなく視線を外していた。

一方のギエンはというと、既に朝の入浴後で、妙に爽やかな気配で立っていた。光沢感のある袖の長いシャツに、タイトな黒ズボンはいつでも外出できる格好で、首元には緩くタイが結ばれていた。気品のある姿に、いつも以上の色香を潜ませて席に着く。
ギエンの気怠さの混じる色気に目を奪われていると、歩み寄ってきたハバードがさり気ない動作で、ギエンの顎を持ち上げてキスを落とした。

隠す気配もない二人に、二度目とはいえ、驚きを禁じ得ない。
それからすぐに冷静を取り戻し、少しは遠慮して欲しいものだと思いながら、世話役だから仕方がないと諦めにも似た気持ちを抱いていた。
「お前、恋人でもねぇ癖に、恋人みたいなことをすんな」
口元を拭ったギエンの文句がなぜか微笑ましく聞こえるパシェだ。
ハバードが心底可笑しそうに笑って、ギエンの文句を軽くあしらう。
「いい加減、認めろ」
「…っ、お前がな!」
二人の軽い言い争いを背中に聞きながら、食後の飲み物を用意しに部屋を出る。嫉妬よりも暖かな気持ちにさせられて、ハバード・ハンの好物である黒茶を出すかと貯蔵室の在庫を思い返すのだった。


2022.03.17
イチャイチャすぎる…。こんなにイチャイチャで大丈夫かしら…(;;⚆⌓⚆)?!
拍手・訪問ありがとうございます!
以前、書いてほしいなーと仰っていた方がいたゾリド王xギエンの若かりし頃を書いてたりしますので、完成したら番外に載せておきます〜(^_-)-♪
中々進みは遅いです(笑)。早めに完成させたい、とは思っています(;^ω^)グフォ!

コメントもありがとうございますm(_ _"m)♡
少しでも癒されてくれると嬉しいです(,,>᎑<,,)!イチャイチャモードで頑張ります(笑)!
ハバードは結構、達観しつつ、煽るのが上手いかもしれないですね(笑)。ギエンより恋愛は上手な気がする〜(*´ч`*)。ギエンは何も考えてない(笑)。
ダエンのポジションは実は大好物ポジションだったり…(♡°ω°♡)ノダエンみたいなタイプは、何か一線超えるとヤバイタイプだよねェとか思ってます(笑)。
自己弁護しながら監禁とか、〇〇とか普通にしてそう(笑)。←イメージひどい(笑)

あ。そういえば、アルファポリスの方でお気に入りに入れて下さる方ありがとうございます!あっちで更新お知らせとかした方が便利とかあったりするのかなとか気になってはいます(笑)。
私は使ってないため、仕様がいまいちわからないっていう…(笑)ハハ!

あと、旧サイトの方が9月まで閲覧はできる筈なんですが、3月でデータを自分で触れなくなるみたいなので、3月中にデータ削除するかもです(;^ω^)一応お知らせ!(笑)
今も旧サイトから来ている方がもしいらっしゃったら、早めに新サイトの方でお気に入りを入れて下さると嬉しいです(,,>᎑<,,)♪

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 ***83***

ハバードはミラノイと結婚すべきだと、ギエンは本気で考えていた。
それが、ハン家のためであり、本人のためにも、そして国のためにもそうすべきだろうと真剣に思っていた。

だから、どんなに寝た所で身体だけの関係に過ぎず、それはゾリド王やゼレルと寝るのと異なるものでもない。
むしろ、身分に自由があるゼレルと寝ることの方がまだ発展性のある関係だろう。

そう思いながらも、ミラノイと結婚するハバードを想像すると無性に苛々させられて、この妙な独占欲は何なのかと、自分の感情を理解できずにいた。

ハバードが言うような恋愛感情は持っていない筈だ。それは昔から知っている間柄というのもあって、今更、男のハバードにそんな感情を抱くわけがないと思っていた。ダエンが『親友』という枠にあり、恋愛対象にならないのと同じことだ。
男としか寝れなくなった身体だとしても、ザゼルに惹かれた時のような特殊な環境にいる訳でもない。
相手がルギルならいざ知らず、どんなに信頼できて感謝をしている相手でも、ハバードに対しては無いだろうと強く思う。

意外な面を見てしまったせいかもしれないと思い、欲情を宿した顔を思い出し、その熱まで思い出しそうになって慌てて頭から追い払う。完全に身体の相性が良すぎるせいかと、訳の分からない疼きを結論付けていた。

黒い瞳が浮かべる強い眼差しは、確かに女にモテそうだと納得していた。
ミラノイの意思の強そうな自信に満ちた美貌とハバードはお似合いで、強大な家柄同士の繋がりは国を更に強くするだろう。

とうに失った筈の愛国心と共に、心のどこかでハバードには幸せな家族というものを築いて貰いたいという気持ちもあった。立派な血を次代へと残し、いつまでも輝かしいハン家を維持して欲しいとありきたりな願いを思う。

やや感傷的になっていると、
「ギエン」
ベギールクの声が掛かり、考えを中断させられる。
「少し不安定だけど平気かい?」
以前、紹介された大きな透明の球体の前に座り、黒魔術を放出するギエンの肩に手を置いて心配そうに訊ねてくる。
球体の両サイドにはガラス管で繋がった精霊培養容器があり、強固な入れ物の中で稲妻が走り駆け巡っていた。トラスが知ったら相当怒るであろう装置が、そのままギエンの黒魔術の燃料になって消費されていく。
「問題ない」
言われてみれば、身体の芯の冷えを感じる。それでもまだまだ平気だろうと思っていた。
実際、ギエンは黒魔術を限界まで使った経験は無かった。

獣人族の奴隷であった期間、人に対する絶望感と、精霊に対する失望が黒魔術を生み出したが、精霊が寄り付かない場所ではそもそも使用出来ない。ギエンの力を警戒した彼らがすぐにしたことは精霊封じで、黒魔術を発現した後は、今まで以上に拘束具が頑強になり、ギエンの周りに精霊が集まることが無いように特殊な鉱石で周囲を囲まれていた。
そうした環境もあり、黒魔術に関しては自分の限界を知らないでいる。

球体の中で、大きな黒い炎が凝縮されていくのを何気なく眺めたまま、魔術を強めていく。
中断させていた思考を再開しながら、ハバードの行動の意味を考えていた。
家のために結婚するような男だ。愛国心で男と寝ることも彼にとっては大した問題ではないのだろう。
ハバードは昔からそういう奴だったと思い出していた。口では否定しながらも、家名に対する誇りは他の貴族よりも遥かに強く、その愛国心は底を知らない。この国の未来のためなら、何だってするだろう。
それが虚しい気持ちにさせる。

ギエンの全身から溢れ出す黒い揺らぎがガラス管を通って球体の中へと吸い込まれ、大きな爆発音が鳴り響いていた。白い光が方々へと走る眩い光の中心で、禍々しいエネルギーを放ちながら圧縮されていく黒い物を吸い寄せられるように見つめていると、唐突に大きな何かが身体から抜けていく。

途端に、ハバードの持つ愛国心を憎らしく感じていた。
強い憎しみは制御を失い、様々な感情と呼応してより深くなっていく。

自分にはない未来への嫉妬か、それとも、挫折の無い人生に対する僻みか。
それとも…。

熱い手を思い出して、それが自分ではなく別の誰かに向けられることに強い苛立ちを覚え、
「っ…、ル、ク」
突如、全身の力が抜けていた。
「ギエン!」
試験管を覗き込み実験していたベギールクがギエンの様子に気が付き、素早い動作で肩を押さえる。脱力した重い身体が椅子から転がり落ちるのを支え、
「君、とっくに限界じゃないか!何をやってるんだ!」
呆れた声をあげた。

触れる肩は服の上からでも分かるほど凍えきっていて、支える身体はまるで死体のように重たい。
「ペル!ペル!」
大声で助手1号を呼ぶ。上の階から降りてきた彼に、ギエンを運ぶように伝えて、ぐったりとしたギエンをベッドに寝かしつけた。

虚空を見つめる蒼い瞳は完全に無気力状態で、気力を使い果たした状態にあった。
魔術を使用し過ぎると陥る症状で、まだ魔術を習いたての者や経験が浅い者が起こしやすいものだったが、主な症状は指を動かすことも間々ならなくなり、考える力すら失う。
2〜3日もすれば回復するのが常だが、その間の精神状態は非常に不安定で外部からの影響を特に受けやすい状態といえた。
「まったく。無理をし過ぎるのは君の悪いところだ」
瞳を閉じさせた後、ベギールクが手を宙に翳す。小さな魔術陣が浮かび、すぐに空中で炎が燃え上がった。
「ペル、毛布をたくさん持ってきて」
冷え切ったギエンの身体を暖めるように彼の周りに敷き詰め、
「僕はしばらくギエンの看病をするから、君はそれをゾリドと彼の世話役に伝えて頂戴」
言ってペルを追い出してドアを固く閉ざす。

それから先ほどまでギエンが黒魔術を放出していた球体を何気なく振り返り、息を呑んでいた。

透明の球体の中には宙に浮く黒い結晶と共に黒い靄が漂い、禍々しい稲妻が音を立てて駆け巡って、凄まじいエネルギーを放出していた。ちょっとした刺激で大爆発を起こしそうな黒い物体を見て、とんでもない物を作り上げてしまったと珍しく戦慄する。
ギエンが知ったら怒るだろう。
触れることすら躊躇う強い光に魅入られ、視界から隠すようにカーテンを引く。

ベギールクやゼク家の一員がどんなに黒魔術を使ってもここまでのエネルギー量を生み出すことは出来ない。それはおそらく、強制的に精霊の命を奪うのと、協力関係にある者との違いだろう。
ギエンの持つ凄まじい強制力は常軌を逸したエネルギーで、精霊の声が聞こえるとしたらおぞましいほどの悲鳴の筈だ。
もし悪用されたら大変なことになる。

ベギールクの研究魂に火が付く。
ギエンの黒魔術の原動は昏い感情からくるものであることは推測が付いていた。
彼のその感情を増幅させたら、どうなるだろう。もっと凄まじいエネルギーを生み出すことが出来るのではないだろうか。

ギエンの額に手をおいて、そんな愚かな思考に囚われる。
無気力状態の今の彼なら、それが可能だ。そしてそれをするだけの術力がベギールクにはあった。
「…何を考えているんだ、僕は」
ふかふかの毛布を首回りに巻きつけて、幼い子にするように胸を軽く叩く。
注意を欠いていた自分を少し悔いた後、ギエンの未熟なせいかと責任転嫁して頭を切り替えていた。



******************************


その日の夜にはすぐに見舞いの品が届けられ、ベギールクの研究室は花束で一杯になった。
一番最初に訪問に来たのはダエンだったが、門前払いされる。
ギエンの精神に余計な影響を受けないようにと一切の出入りが禁止されていた。

ギエンが次に意識を取り戻したのは、ベギールクの予測より早く2日後のことだったが、
「…頭が痛ぇ」
呻き声と共に目を開いたギエンは、重い無気症に苦しんでいた。起き上がろうとして、体が上手く動かず、力尽きたようにごろりと横を向く。
「あぁ、ギエン。おはよう。もう昼過ぎだけど」
昼食を取っていたベギールクがギエンに気が付いて、歩み寄る。額に手を当てて、体温を測るような仕草をした。
看病するベギールクを見て、すぐに自分の状態を知るギエンだ。
無気症は若い頃に何度かやらかしたことがあり、初めての経験でもない。
「ルク…、迷惑を…」
「いいよ。僕も君に無理をさせ過ぎたかもね」
寝かしつけるようにベッドに押し付けたベギールクに、申し訳なさそうに謝罪するギエンだ。
大人になって無気症に陥るのはだいぶ情けない事態で、
「ちょっとムキになり過ぎた」
「…」
ぽつりと言った言葉に、彼の生み出した成果を口にするのも憚れて、無言を返す。
あれをどうしたものかと、と頭の中で考えていた。まだ状態は安定しておらず、球体の中で変わらず凄まじいエネルギーを放っている。安定するまではしばらく掛かるだろう。それまでは取り出すことも触れることも出来ない。
ギエンにはまた無理をしてでも、もう一度あれを作って欲しいと心のどこかで思い、あれの存在を知ったら怒るだろうとも思っていた。
「誰か人を呼んでほしければ、呼ぶよ?」
気を遣うベギールクの言葉に、ギエンが咄嗟に頭に思い浮かべたのはハバードだったが、すぐに頭を切り替えて、
「夜には起き上がれると思うから平気だ」
応えながら部屋に飾られた花束に気が付いて、呆れていた。
「どいつも大げさな…」
「あ、ダエンが何度も会いに来てたよ。礼をするといい」
「…相変わらず…」
昔からダエンはギエンが体調を崩すといつも、用事を放り投げてでも駆けつけてくる。かつての想いを思い出して、些細なことで喧嘩していた自分を阿保らしいと感じていた。
心配してくれるダエンの気持ちは本物だろう。
ミガッドのことも、真剣に考え思ってくれているからこそで、それに感謝をしなければと思い直す。

「ルク…、悪いが寝る…」
精彩さを欠いたギエンが小さな声で言うと同時に、寝息を立て始める。気力が僅かに回復しただけで、まだまだ本調子ではない。
彼の髪を撫で、思案するベギールクだった。


2022.03.22
ベギールクが悪いことをしようと思えばいつでも出来ちゃうというポジションが最高に好き(*´△`*)!

いつも拍手・訪問ありがとうございます〜!
TOPページの拍手とギエンの拍手に新しいのを追加しておきました☆ギエンの方はちょっと暗めカナ(笑)
近いうちにセインも番外か、拍手の更新しようかなーとは思ってます(笑)。続きは結構出来上がってるんだけど、例のごとくスプラッター小説なので(←笑?)、アップの頃合い図ってます(;'∀')ヒョ…

応援する!
    


 ***84***

ギエンの宣言通り、夜には起き上がれるようになっていて、まだ寝ていた方がいいと心配するベギールクを断って、その足で自室へと戻っていた。ギエンを見るや安堵を浮かべたパシェが、すぐにハーブティーを淹れて労わる。
久しぶりに会うギエンにクロノコが大喜びで飛び跳ね、声を上げながらギエンの胸に顔をこすり付けていた。
それを抱き締めながらパシェの淹れたハーブティを飲んでいると、遠慮がちなノックが鳴り、ダエンが顔を覗かせていた。特に予想外でもない。

「あぁ、良かった。ギエン。体調はどう?君の気分が少しでも晴れればと思って、お菓子も買ってきたけど…、ミガッドを連れてきた方が良かった?」
矢継ぎ早に言って、落ち着きなくギエンの顔をペタペタと触れて、状態を確認する。
「子どもじゃねぇんだから、大丈夫だ」
苦笑して答えれば、いつもと変わらないギエンに安堵の笑みを浮かべていた。
「心配したよ。君がいきなり無気症って聞いて、眠ったまま目覚めなかったらどうしようかと」
「そんな訳ないだろ?」
可笑しそうに返すギエンの手を強く握って、
「ギエン。僕は15年前の、あんな想いは二度としたくないんだ。心配させないでくれ」
真剣な眼差しで言った。
握られた手が痛みを伴う。その痛みよりもダエンの浮かべる視線の強さに驚いていた。
茶化す気が無くなり、素直に謝罪を返す。
「分かってくれたならいいよ。ギエンは自分のことを軽く見過ぎだよ」
僅かに怒った口調で言うダエンだったが、心配の余り感情が昂っているのだけだ。それはギエンにも伝わっていて、穿った見方をしているのは自分かもしれないと、考えを改めていた。
王都に戻ってきてからダエンとは衝突ばかりで、口論も度々あり、ダエンに疑心を抱くことも少なくない。

一度芽生えた人間不信はそう簡単に消えはしない。
それでも、これだけ心配してくれる相手を疑う理由などどこにもないだろう。

「ダエン。色々と…悪かったな」
真剣な声で謝罪するギエンの言葉に驚きを浮かべた後、ダエンがしんみりとした表情で静かになる。ギエンの手を両手で握り、
「僕らは『親友』だろ。気にするなよ」
静かな声でそっと言った。

『親友』

いつもは胡散臭いその言葉も、何故かその時ばかりは深く染み込んでいく。

どんなに必死になったところで過去は戻ってはこない。
それでも、昔に戻ったような気がして無気力感が僅かに浮上していた。


しばらくダエンと話をした後、沈み込むように眠りへと落ちるギエンは未だ本調子ではなく、翌日も不調を引きずっていた。
惰眠を貪り続け、次に意識が明確になったのは、昼過ぎのことだ。
ノックの音に頭を振って起き上がる。クロノコがベッドの上で短く鳴いた。それをぼんやりと聞きながら、
「パシェ」
気配のないパシェを呼ぶ。

沈黙が返ってくる部屋から自分しかいないことを知り、仕方なく緩慢な動作でドアへと向かう。
鍵を外し、扉を開けば、
「…ハバード」
久しぶりに見る顔に懐かしさを感じていた。
「体調は戻ったか?」
シャツを重ねるようにして着るギエンを見て、体温を確認するように首筋に手を置く。
「まだ冷えてるな。何をしたらそんなに気力を使い果たす結果になるんだか」
手に持っていた上着をギエンに羽織らせた。温熱効果のあるそれは、じんわりと両肩を暖めて、触れるハバードの手が余計に暖かく感じていた。
「お前、見舞いが遅いぞ」
ギエンの片笑いを浮かべた苦情に、
「悪い。ニト区の魔獣狩りに参加してた。今朝方、戻ってきた所でな」
真剣な言葉が返ってきて、小さく笑いを返す。
「ハバード。お前の愛国心、…まじで苛々する」
笑いながら無気力に言ったギエンの言葉に、ハバードが真剣な表情を返していた。常とは違うギエンの陰鬱な気配から、相手の精神状態を知るのは容易なことだ。
「まだ本調子じゃないな?ちゃんと療養を…」
「お前に関係ねぇだろ」
強い口調でハバードの言葉をぶった切って、首筋に触れる手を振り払う。
「お前の愛国心も、ぶっ壊れちまえばいい。クソうぜぇよ」
ハバードの胸を強く手のひらで押し、追い払うようにドアへと押いやった。
その剣幕に、
「っふ…、拗らせてんな」
ギエンを引き寄せたハバードが鼻で笑った。
腰に手を回し、素早い動作で向きを変えてドアに押し付け、
「…!」
「愛国心にまで嫉妬か。中々熱烈だな」
口元には笑みを浮かべて、ギエンの瞳を覗き込むようにして言った。
「お前、茶化すんじゃねぇぞっ!」
暴れるギエンを易々と抑え込めるのは、まだギエンの体調が元に戻っていないせいでもあり、殴りかかった手は簡単に捕えられ、顔の横に縫い付けられていた。
「くっ…」
「俺が」
一度、言葉を切ったハバードが間近で視線を合わせる。身体を密着させて動きを封じた後、
「お前を好きだって言えば、お前も認めるのか?」
「何…!」
「そんな言葉じゃ、どうせ納得しやしないんだろ?」
真剣な目でそう訊ね、ギエンを閉じ込めるように壁に肘から下を付く。
ハバードが言うように、納得なんて出来やしないだろう。好きなんて言葉はいくらでも吐くことが出来る。その気になれば、嫌いな人間に対してだろうと容易なことだ。
黙るギエンを見つめたまま、ハバードがぶれない視線を向け、
「それとも、俺の愛国心をお前に捧げるっていえば、少しは納得でもすんのか?」
そう続けた。
「っ…!」
ハバードにとっての愛国心は、何よりも大きな感情の筈で行動原理の根幹にあると言っても過言ではない。そこまでするハバードの行動理由が分からず、掴まれた腕を振り払おうと力をこめて暴れる。
「理解、…っ出来ねぇ!何を考えてやがる!」
「お前が、愛国心に拘ってるからだ!」
ギエンの抵抗を抑え込んだハバードが苦しい息で、吐き捨てるように怒鳴った。
「俺は大事な者を守りたい、それだけだ。愛国心でも何でもどうでもいい。魔獣が近くに出りゃ討伐する。お前が危ない目に遭うなら助けたい。それの何がいけない?お前だって守りたいものくらいあるだろう!?」
「っ…お前と俺じゃ」
「同じだ!ギエン!」
強い言葉に反論を封じられ、息を飲む。
間近にある黒い瞳が刺すような鋭さでギエンをじっと見つめていた。言葉よりも強い眼差しに、しばらく無言で見つめ合う。

ハバードが一呼吸をして、
「俺が…」
意を決したように小さな声で言葉を紡ぐ。
「お前と寝たのは、お前を殺したくないからだ」
「っ…!」
驚くギエンから視線を外し、諦めたように溜息をついた。
「獣人族を選べば、容赦しないと言っただろ?お前を身体の関係で繋ぎ止めることが出来るとは思っちゃいないけどな…」
ハバードの手が大事なモノに触れるようにそっと頬に触り、その僅かな感触にギエンが肩を揺らす。
「…最初に俺を引き留めたのはお前だ。獣人族から救い出した夜、自我の無いお前が言ったんだぞ。ずっと傍にいろって」
「…ルギルに匂い付けされた夜のことか?」
「そうだ。獣の匂いを消せってお前にせがまれて、初めて寝た日だ。俺にとって男は初めてだが、お前は覚えちゃいないんだろう?」
「…」
その衝撃は尋常じゃなかった筈だ。
ハバードの言葉に混乱し、抗おうと張っていた腕の力が抜ける。
「俺に好意を抱いてるんじゃないかと思ったのはそれからだ」
「俺は、ハバードに恋愛感情なんか持ってねぇ」
ギエンの反論に、ハバードが可笑しそうに目を見開いて鼻で笑った。
「これだから自我の無いお前は嫌いなんだ。何も覚えちゃいない」
「っ…!」
「じゃあ、お前が俺の愛国心に苛々するのはなんでだ。言ってみろよ」
強く追及され、言葉に窮するギエンだ。何故と聞かれると明確な答えなど出て来やしない。ハバードがどうしようがギエンには関係ないことだ。
腹が立つのは、愛国心のために、男と寝ようとするハバードだ。そして、愛国心のためにミラノイと結婚しようとするハバードだ。
「…」
答えを出さないギエンに、
「愛国心で、俺が男と寝る訳無いだろう?何を考えてんだ。お前を失いたくないからだと言っただろうに」
呆れた声で言った後、
「それとも…」
唇が触れそうなほどの距離で、ハバードが静かに問う。
「お前は俺に殺されたいのか」
吐き出された言葉に、ギエンの蒼い瞳が大きく揺れた。
「俺はお前が結婚しようが、男と寝ようが、生きてりゃ何だっていい。けどな、お前が獣人族の元へ行くのだけは絶対に許さない。俺にとってそれはお前の『死』と同じだ」
「ッ…ハバー…」
唇の端にハバードの乾いた唇が僅かに触れ、小さな溜息と共に熱い吐息が掛かる。
「ギエン。俺に、…失わせるな」
低い声で小さく呟く。そこに込められた強い想いに、掴まれた手が熱を宿し、触れる身体が異様に熱く感じていた。
日頃は本音を見せないハバードの言葉に酷く感情を揺さぶられ、下らない見栄や意地がどうでもよくなっていく。


ただひたすら。
ハバードの想いに応えたいと思っていた。


無意識の内に、ハバードの首の後ろへと片手を回し、
「…」
引き寄せる。
そっと触れた唇の狭間から、驚きを宿すハバードの舌に触れ、
「っ…」
躊躇うハバードを更に引き寄せて、答えのように深くキスを返していた。

柔らかな唇に、触れる身体に安心感を得るギエンだ。まるで自分の居場所を見つけた時のように、心が穏やかで安らかになっていく。
ハバードほど、ギエンを安堵に導く存在はいなかった。それはゾリド王の白魔術よりも強く明確に、ギエンの精神に作用する。

ハバードの手がギエンの背中に回り、強く抱き寄せる。
濡れた音がしばらく続いた後、唇を離し息を乱したギエンが、
「なら、俺を苛々させるな…」
小さく呟いた。濡れた唇を舐め、荒い息を吐きながらハバードの首に回した手で襟を強く握りしめていた。
「ハバード。お前を好きなことを認めてやる。だから、お前の目には俺だけを映せ。他を見んじゃねぇ」
強い光を宿す瞳が真っすぐにハバードを見つめ、そう強要する。
一瞬の驚きの後、
「…お前らしい」
唇を押し付け、再度ギエンの唇を押し開いたハバードが、触れる舌の合間から笑って言った。
「っ…、」
何度しても深い優しさに満ちたキスは、ギエンの頭の中を芯から痺れさせるもので、ハバードに対する信頼や親近感、嫉妬、苛立ち、憧憬など様々な感情が混ざり、消える事の無い想いが唐突に胸の奥深くへと静かに染み込み、根付いていった。

触れる身体が安心感に満たされ、身体の芯に居座る寒気がどこかへと遠のいていくのを感じて、
「…ハバード」
キスの合間に名を呼べば、応じるように熱い舌が絡まり、優しく引き寄せられる。
「こんなにキスをしたいと思うのは、お前が初めてだぞ」
諦めたような苦笑交じりの声で呟くハバードの言葉に、小さく笑いを返す。

何度かキスをして、ようやく気持ちが落ち着いてくる二人だ。
「ふ…、髭が…」
頬にキスを落とすハバードの髭が当たって、ギエンが笑い声を出す。わざと擦り付け、
「こんな関係になるとは思いもしなかったが、まぁ、…悪くない」
笑いながら嫌がるギエンを見て、優しい声で言った。
「お前、俺を捨てたら殺すからな」
ギエンの脅しに声を立てて笑ったハバードが、両手でギエンの背中を抱き締め、瞳を覗き込む。
「俺のしつこさを知ってるだろ、ギエン。俺は一度執着したら二度と手放さない」
「っ…」
ハバードの瞳は、気高き獣のような鋭さと強さを持つ漆黒色だ。真剣な色を浮かべる真っすぐな瞳に目を奪われ、自分の想いを再度、自覚させられる。
「くそ…。お前の目、やっぱ、すげぇ好き…」
見つめ合っていると食われるような気がして、そっと目を反らすギエンに対し、
「…こないだも行為の最中に言ってたな」
ハバードがぽつりと言った。
自我の無い時にそんなことまで言ったのかと羞恥で自分を呪いたい気分になる。

それでも、触れ合ったままの身体は安心感に満たされ、
「…眠い」
猛烈な眠気に襲われるギエンだ。
「寝たらいい。今日は休みだから添い寝してやろうか」
「そんなもん、いるか」
ハバードの言葉に笑いを返すギエンの髪の毛を乱暴な仕草で撫で、寝台へと向かう。それから柔らかなシーツの上で二人を見守っていたクロノコをすくいあげた。

寝台に上がると同時に、ギエンの意識は急速に閉じられていった。無気症の症状は未だ強く、全身の虚脱感には抗えない。倒れこむように眠りに入り、肩に触れるハバードの手に安心したように緩やかな寝息を立てていた。
横を向いて寝るギエンの前髪をすくうハバードの口元には小さな笑みが浮かんでいた。クロノコをギエンの肩に置き、上着を脱ぐ。
それから静かに寝台に潜り込み、ギエンを抱きこむようにして宣言通り、添い寝をするのだった。


2022.03.25
(;;⚆⌓⚆)!!!
私の小説にしては珍しく相思相愛でラブラブ過ぎる…( '-' ;)大丈夫カナ?(笑)
まぁちょっとこの辺でメインCPちゃんと引っ付けないと永遠に完結しないです(笑)。

ちなみにいつもの私なら、ベギールクによる闇落ち敢行後、ハバードが白馬の騎士如くギエンの目を覚まさせる的な展開も 美味しいですが(♡°ω°♡)笑、ギエンの人間不信が復帰できなくなるので無し(笑)。あと話数がやばいことになりそうなので、無しにしました(笑)。
もう90話なのよね…(;^ω^)。色々焦る…。何焦りなのか…(笑)

いつか、ハバード視点の番外書きたいところ(笑)。

応援する!
    


 ***85***

ハバードの行動は早く、翌々日には婚約破棄の噂が出回っていた。
原因はハバードがリョクザ家に送った詫びの品の数々と、すぐにハン家へやってきたミラノイとのやり取りにあったが、相当の大騒動だったらしく、それがギエンの耳に届いたのも同日のことだった。

「大丈夫なのか?」
行動の早さに、心配になるギエンだ。
つい先日会った時には婚約の宴があるんだと喜んでいたミラノイの姿を知っているだけに、ハバードのこの対応の早さは色々と心配させられる。
「ギエン。引き延ばしたところで仕方がないだろ?余計にややこしくなる」
それもそうかと納得し、それがハバードの誠意の見せ方だと感じていた。それと共に、その割り切りの良さがハバードらしいと思うと、敢えて首を突っ込む必要もなかろう。

「労ってやろうか」
簡易宿所でいつもの定位置に腰を下ろして座っていたギエンが立ち上がる。
ベッドに腰掛けて書類を読むハバードの元へと歩み寄って、ニヤリとあくどい笑みを浮かべた。
「どういう風の吹き回しだ?」
笑みで応じたハバードが見ていた書類を脇に置く。
「俺の為にしてくれたんだからな、お返しだ」
目の前まで来たギエンが、両肩に手を置き片膝をベッドについて、ハバードの首筋にキスをした。
ギエンの予想外の行動にハバードが僅かに驚く。それを満足そうに見つめ、ゆっくりと肩から手を滑らせたギエンが、シャツのボタンを外していった。
「ふ。意外に積極的だな」
ハバードの笑いに、
「恋人同士になってから初だろ?お前がどれだけ俺のことを好きなのか、良く分かったしな。奉仕してやるよ」
笑いを返して甘く誘う。

シャツのボタンを外し終わった後、ズボンのボタンをゆっくりと外す。
ギエンにキスしようとするハバードの唇を手のひらで押し止め、
「キスは無し。お前は何もすんな」
蒼い瞳を輝かせて言った。背中に触れるハバードの手を叩いて、
「お前は何もせず見てろって」
愉快そうに笑った後、躊躇いもなくズボンの中へと手を差し入れた。緩く扱きながら、ハバードの屈強な身体にキスを落としていく。
首筋から喉仏、鎖骨から肩へ、それから自身のシャツのボタンを外し、片方の肩だけ晒す。
「中々、そそられる誘い方だな」
ハバードの笑いを含んだ余裕に、
「俺は惚れた奴には、尽くす性質だ。お前が今までどんな奴と付き合ってきたか知んねぇが、甘く見んなよ?」
ニッと笑みを浮かべ、ハバードを楽しませる。

ハバードの身体に口づけをしながら、ギエンの唇は下へと降りていった。
足の間にしゃがみ込み、ハバードの太ももに手を置いて臍にキスをすれば、
「…ギエン」
髪を撫でていたハバードの手が、焦れたように頬に触れる。
チャックを下ろし、反応を示すハバードのモノを見つめた後、ちらりと視線をあげて、
「っ…本気か…」
躊躇いもせずキスをした。
ハバードの驚きの声に、
「言っただろ?俺は好きな奴には奉仕するって」
舌を出して、濡れる先端を舐める。見つめるハバードに見せつけるように舌を絡め、
「っ…!」
一気に喉奥まで含み、咥えた。
強気な蒼い瞳が、ハバードを見遣り、笑みを浮かべる。挑発的なその表情は、今まで見てきたギエンの表情の中でも一番、ハバードの欲を刺激する顔で、無意識の内にハバードの手がギエンの髪を掴んでいた。

濡れた音が響く中、熱を宿す呼吸音がギエンの耳に届いていた。
「く…、巧いな…」
「む…、ン…当たり前だろ?俺は奴隷だった時に散々、男のモノを咥えてきたんだぞ。どこがいいかなんて知り尽くしてる」
口を離して何気なく言ったギエンの言葉に、ハバードの手に力が籠っていた。
「それは随分と腹の立つ話だな」
「とうの昔のことだ」
鼻で笑った後、再度、奥まで含んで舌と喉で敏感な部分を巧みに刺激した。
「…ぅ…、ギエン…」
ハバードの呻き声を満足げに聞いて、
「ほら。出せよ。飲んでやる」
浅く咥えて口を開き、舌を先端に這わせる。
「っ…、お前、想像以上にエロい奴だな」
ハバードの苦笑に、
「そりゃどうも」
軽い口調で答えるギエンだ。

ハバードの手がギエンの後頭部を押さえる。それに応じるように、口に含み先端を刺激すれば、
「ぅ…」
ハバードの小さな呻き声と共に口内にドクドクと熱いモノが吐き出され、ギエンは謎の満足感を得ていた。
小さく眉間に皺を寄せ、目を細めてそれを飲み込む。
「ん…、む…っ、ン」
苦し気な表情で咽喉を震わせ懸命に飲み込む顔は、ハバードの目を奪うに十分で、
「っふー…」
一息付くギエンに、容易に火を付けられていた。
「さて。やるか」
濡れた唇を拭った後、ギエンがあっけらかんと言った誘い文句は、更にハバードを驚かせるもので、
「お前には、本当に参る…」
圧し掛かるギエンに苦笑を返すしか無い。

ハバードをベッドに押し倒してシャツを脱いだギエンが、ハバードに跨ったまま意外そうに目を丸くして、誇らしそうな片笑いを浮かべていた。
「馬鹿言え。今日はお前の為に準備もしてきてる」
ズボンと共に下着を僅かにずらし、後ろを自身の指で拡げ、
「ハバード。いつでも入れられるぞ。我慢することは無い。俺と今すぐやりてぇだろ?」
わざとらしく下半身に擦り付け、笑みを浮かべてそう誘った。
ギエンの予想外の誘い文句に、簡単に煽られるハバードだ。
「お前…。やり過ぎだって後で文句言うんじゃないぞ?」
ギエンの首に手を回して引き寄せ、
「ッ…!」
思わぬ勢いで体勢を逆転させられていた。
「ハバードっ!お前は何もすんなって…、っ!」
「本当に淫乱だな。俺のを咥えてただけで、こんなにしてんのか」
服の下で主張するモノを握られ、息を止めるギエンだ。
「うるっせぇ」
首筋に当たるハバードの唇に、小さく身体を震わせながら悪態を付くギエンは、ただの照れ隠しで、
「恋人になってから初だもんな。お前が二度とこんな誘い方をしなくなるくらい、熱烈に抱いてやるから安心しろ」
満面の笑顔と共に獰猛な目で応えるハバードに、悪戯を仕掛けたことを後悔する。
「限度を知れ!」
一応の忠告をするも、
「大丈夫だ。満足させてやるから安心しろ」
笑みを深める黒い瞳を見て、無意味に終わるだろうことを悟っていた。

ハバードの触れる手が、首筋から胸元へと滑っていく。
それだけで簡単に昂っていくギエンだったが、それはハバードも同じで、黒い瞳には明確な欲情が宿る。


これは今日中には帰れそうにないと思い、パシェとクロノコに心の中で詫びを入れるギエンだった。


*************************



翌日の朝早くに、簡易宿所の前で話をする二人の姿を、訓練生の一人が目撃していた。
まだ肌寒い朝の空気の中、薄着のギエンに上着を掛けるハバードは特に周囲の目を気にしてはおらず、ギエンに至っては早朝というのもあって油断していた。
遠目でも分かる二人の距離の近さに、目撃した彼が疑問を抱くのも普通のことで、訓練長の予想外の場面を目撃してしまったのではないかと内心で焦っていた。


「ミガッド。お前の父親って、噂のあの人だよな?」
訓練の合間に、小さな声でミガッドに問い掛ける。
ギエン・オールとは似ても似つかないミガッドの顔は、毎回、彼を不思議な気分にさせていた。
「うん?そうらしいけど、なんで?」
「いや…、うん。別に」
純粋な目で見られて、訓練長と出来てるのかとは到底、聞けない。
「なんだよ。はっきり言えよ」
せつくミガッドに、首を振って何でもないと繰り返す。
その場を逃げようとする彼の首根っこを捕えて、
「言いかけたんだから、最後まで言えよ!」
強い口調で要求するミガッドを見て、観念したように顔を寄せた。
「朝早くに訓練長と随分親密に話してたのを見たから…。ほら、男とも寝るって噂あるじゃん?丁度さ、訓練長の婚約破棄の噂もあったから、気になってさ…」
「…訓練長と?まさか〜」
答えながら、ギエンの首元に光るネックレスを思い出していた。
ギエンが上着を着ていない時に、度々ネックレスを大事そうに触っている姿を思い出す。それを見る度に誰からの贈り物だろうとは思っていた。
頭の中で、そんな訳がないと否定する。
「いや、でも訓練長は…、全然、男には興味ないじゃん。女にも無さそうだけど…」
小さな声で返すミガッドに釣られたように小声で彼が相槌を打って、
「だよなぁ…。婚約破棄も初めてじゃないしなぁ…。
悪い。朝だったし、俺の目がおかしかったかも。気にしないでくれ」
肩を叩いて、訓練に戻っていく。

訓練生に個別で指導しているハバードをちらりと見るミガッドだ。
ギエンに対しては、何かと世話を焼いている印象はあった。ギエンが帰ってきたばかりの頃も、しょっちゅう連れていかれてギエンに引き合わされていた。
食事会もそうだ。
ハン家は名高い家柄で、人を招いて食事会となると相応の地位が要求されるが、その中でも身内感のようにギエンの親しい者たちを招いて、仲を取り持っていた。
その対応が、不思議だとは思っていた。

ギエンが誰と寝ていたとしても、それは然程驚きのものではない。
本人が自分で噂を認めるくらいなのだから、ギエンにとって男と寝ること自体は大した問題じゃないのだろう。
また、ギエンのあの気配なら、気の迷いを起こすのも十分ありえる話で、事実、ミガッド自身がギエンには何度となくその気にさせられていた。
だから、そのこと自体は何とも思わないが、
「…」
相手が訓練長というのは、意外過ぎる内容で、
「無い無い」
そう小さく呟いて否定しつつも、モヤモヤと胸の内に何かが広がっていた。

今度、ギエンに会ったら聞いてみようとハバードの顔を見て思う。
あの、ネックレスの贈り主が誰なのか。

それで全てが分かる気がしていた。


2022.03.30
さてと。ラブラブモード突入です(*'-'*)ポッ!吹っ切れたギエンは割とノリノリだと思います(笑)
いつも拍手を沢山ありがとうございますm(_ _"m)!すごく嬉しいです♡ギエン受けを共感して頂けて舞い上がってます(笑)

皆さん、コメントもありがとうございます!(*^-^*)♡
バイブルだなんて、大変光栄なお言葉(*ノωノ)↑ちょっとエロに突っ走り過ぎず(笑)、総受け推し進めていきますね〜(笑)!拍手のザゼルもお気に召してくれてうれしいです(笑)。ちょっと暗いかなーと思ったけど、よかったです(^^)
私も何気に総受けスキーなので、攻めは結構どれも好きなんですよね(^-^;。収拾付かなくなるから気を付けてます(笑)

そうですそうです(笑)。実は二人の初はもっと前っていう…(笑)フフフ(*^-^*)♪上手く騙せましたね?(笑)ナンチャッテ!また来てくださいね〜!(笑)

suiさん、こんにちは(*^-^*)!ほっこり?して頂けて良かったです♡ラブラブで一安心だと思います(笑)!ギエンもこれで結構、しっかりと地に足が付くというか…(笑)、フラフラ放浪しちゃう訳にはいかなくなるかなーと思います(笑)!ベギールクの闇落ち、面白そうですよね☆共感頂けて嬉しいです(*^-^*)!なるほど!クロノコがザゼルの生まれ変わりか〜全く盲点でした(笑)!そういうのも面白そうですね!!私はまだまだですね(笑)想像力を精進します(*´ч`*)♡
あ!TOPの拍手、気になってくれて嬉しいです(*'-'*)ポッ。ギエン完結後、書く候補の一つです(笑)。なんの設定も決まってません(笑)!半分ネタ帳的拍手になっていますが、続きも近い内に書けたらまた更新しますね☆ぜひ読んで頂けると嬉しいです(,,>᎑<,,)!!

あ。一応お知らせ…(^-^;。前にちらっと言いましたが、転職して新しい会社になるので、更新頻度が、恐らく早くて週一(多分、日曜夜かなぁ?)、遅くて月1〜2回、状況でしばらく無更新もあり得るかもです(笑)。残業がどの程度なのかと、私が個人的に勉強する必要があるかにもよってきます(;'∀')ヒャ!なるべく更新開かないよう頑張りますね('◇')ゞもし更新無かったら、新しい会社で必死なのね、と思ってください(笑)。
一応、セインはあと1,2話なので今のシリーズは早期に完結させる予定でーす(^_-)-☆

いつも訪問、本当にありがとうございますm(_ _"m)♡

応援する!
    


 ***86***

実際のところ、ハバードの婚約破棄が与えた衝撃はそれなりに各方面に影響を与えていた。
今までも縁談が持ち込まれては破棄という流れは幾度かあったが、女性側からのものが多く、今回のようにハバード側から、それも良家の御令嬢に対してともなると、何があったのかとそれなりに憶測も走る。
尤も当の本人は全く気にもしておらず平然としていたが、
「…ハバードの婚約破棄の理由知ってる?」
ほぼ連日のように来るダエンがギエンにそう訊ねたのも、さほど意外な質問でもなかった。
「ん?…あぁ…、その件な…」
訊かれたギエンはバツが悪そうに視線をそらせた後、淀んだ口調で回答を濁す。

事実を言ったら、またダエンの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。大体どこから説明すべきかすら迷うもので、親友としてダエンに感謝していても、中々言いづらい事柄ではあった。
それでなくとも、以前に恋心でもいだいているのかと馬鹿にされたばかりだ。
「…」
無言で圧力をかけてくるダエンに、
「俺じゃなく本人に訊け。理由を知ってても俺が勝手に言っていいものか分からないしな」
軽くあしらって飲みかけの紅茶を飲み干す。

ハバードの名誉の為にも、勝手に言う訳にはいかないだろう。
自分と付き合っていると知った時の周りの反応は目に見える。噂が益々エスカレートして、ハバードにも飛び火がいくだろうことは容易に推測できた。
本人は気にもしないと思いつつ、何となく申し訳ない気分になっていた。

今更、自分がどう思われようが気にならないが、ハバードの家名に傷がつくようなことは避けたい。そんな一般認識が自分にもまだ有ったのかと、そのことを意外に思ってひっそりと笑う。

出された紅茶のカップに口を付けたままギエンの表情を窺っていたダエンだったが、その僅かな変化に気が付いていた。
見る見るうちに不機嫌な表情になって、
「ハバードが結婚しても僕には関係ないしどうでもいいけど、何でどの女性とも上手くいかないんだろう?」
辛辣な言葉を吐く。
「…俺が知るか」
「ふーん。やっぱり理由知ってるんだ?昔と違って君たち、何だか親しそうだね」
ギエンの返しに更に不機嫌な声になって、遠回しに嫌味を言った。
「…お前、本当にハバードの事になると突っ掛かるな?お前が嫌ってるって言うのは分かったが、いちいち過去を持ち出して俺にまでそれを強要すんな」
対応が面倒臭くなったギエンが強めの口調で返せば、ダエンの表情は露わにむっとしていて、不満を抱いているのがよくわかる。
感情を隠すことが下手なダエンはある意味、素直な性格だろう。
「君だって嫌ってたのに、何で今更って思うじゃないか」
「あれから何年経ってると思ってんだ。大体、この歳にもなって、あいつが嫌いとかそんなのどうでもいい事だろうが」
「そうかな。僕はそう思わないけど…。正直に言うと、君の親友は僕なのに何だか悔しい訳」
「…」
思わずダエンの顔を見遣るギエンだ。

言葉の意味が分からず、表情から真意を読み取ろうとするも、見つめてくる目からは苛立ちの感情が読み取れるだけで、
「お前は一体、何に妬いてるんだ」
率直に訊ねれば、
「そんなの僕だって分からないよ」
そんな言葉が返ってくる始末だった。

言葉を吟味すればするほどあまりに子どもっぽい言い分で、呆れを通り越して思わず笑いが洩れる。
「何笑ってるんだよ、ギエン!」
怒るダエンを見ていると余計に可笑しくなって、
「いや、別に」
笑いながら答える。
「ギエン!僕は真剣に」
「お前がガキっぽいからだ」
ダエンの言葉を奪って、柔らかな笑みを浮かべたままのギエンが言った。
「…!」
その表情は、ダエンを黙らせるに十分で、
「よく分かんねぇけど、お前が俺をそんだけ親友として見てるってことは分かった」
頬杖を付いて片笑いで言うギエンの口調は表情と同じく柔らかで、余裕のある顔だ。
笑みを浮かべる瞳が蒼く煌めき、穏やかな陽の光の中、優雅に足を組むギエンの姿は高貴な気配に満ちていた。
「前も言ったが、『親友』はお前だけだから安心しろ」
端正な顔が笑ったまま、そう言った姿に惹かれない者はいないだろう。特別なのはお前だけだと、まるで甘い睦言を囁くかのように、相手を錯覚させる瞳が真っすぐにダエンを見つめていた。

ギエンの表情から視線を外せなくなって、無意識に見つめ合う。
時間にして、僅か数瞬の出来事だったが、
「カップを下げますね」
パシェの言葉にはっとして、慌てて視線を下げていた。
「なら、いいけど…」
見惚れた自分を誤魔化すように小さく言葉を返し、外していた手袋を付け直す。
一瞬の動揺を無かったことにするダエンだ。
「あ、ギエン。今晩は食事に来る約束だよね?サシェルがデザートを作るって言ってたから、必ず来てくれよ?」
唐突に話題を変えて急いだ動作で席を立ち、そそくさと帰り支度を始めた。
「あぁ、クロノコも連れていくからミガッドによろしく」
ダエンの行動を特に気にしていないギエンの言葉に、テーブルで寝転んでいたクロノコが飛び跳ねて喜び、ギエンの手に纏わりついてモチモチの肌を擦り付けていた。
それをすくい取って肩に乗せるギエンの表情は柔らかなモノで、
「じゃあ、また夜にな」
穏やかな口調で別れの挨拶をしていた。

今までのギエンはどちらかといえば、どうでもよさそうな対応のことが多い。

まるで『親友』だった頃のように穏やかなギエンは、それはそれで喜ばしいことだが、何故か違和感を覚え、それが自分ではなく別の誰かのおかげなのではと変な感繰りをしていた。
それから、そんなことはどうでもいいことだろうと咄嗟の考えを否定する。


ギエンの態度に不満がある訳じゃないのに、どうしてか無性に落ち着きがないままギエンの部屋を後にするのであった。


***********************


ハバードが唐突にした婚約破棄で、最も苛立ちを深めているのはロスだった。
まさかという思いよりも、やはりという確信の方が強く、あれだけ言ったにも関わらず平然と想いを踏みにじったハバードに尊敬の念がある分だけ、殺意にも似た苛立ちを抱く。

ハバードに怒った所でどうしようもないことは分かっていたが、怒りの感情ばかりはそう易々と抑え込めるものでもなく、二人のことを考えては深呼吸を繰り返していた。
それから、朝の精神魔術訓練で少しずつ改善を見せているギエンにも、何とも形容しがたい感情を抱いていた。
ハバードが重要な鍵になるとは思っていたが、それがまさかこういう形になるとは思いもしない。ハバードはそもそも男に興味もなければ、色恋の気配も感じさせない存在で、ギエンの信頼を得ていても、それは恋愛感情では無いだろうと思っていた。

記憶の中にあるギエンは、人々を数々の脅威から救った『英雄』の通り名に相応しく、誰にでも平等で正義感に満ちた存在だった。清廉で明るく優しい性格に、それを表したような笑みは陽の光が良く似合い、目に焼きつく鮮やかな蒼い瞳は、澄んだ海のように濁りが無く綺麗な色で、いつでも希望に溢れる光を宿していた。
彼が穏やかに笑えば一気に周りが華やぐような存在で、その力強い背中は安心感を抱くものだった。
噂にあるような、夜な夜な男と寝ては淫らな気配で人を堕落させるような男ではない。

その反面、ギエンが時折曝すどうしようもない程の色気は、何なんだろうかと思っていた。
ごく普通の仕草ですら、いやに様になっていて、それがまたロスを動揺させる。身の内から滲み出るような独特の気配は、半ば強制的に心の裡の欲を引きずり出すようで、そんなギエンに劣情を抱いてしまう自分を恥じる。
当の本人は、手に触れられることすら嫌がるような性格だ。噂のような、誰彼構わず男を誘って平気で寝るような性格では無いことは知っていた。

ギエンと寝たければ寝ればいいと表情すら変えず言い切ったハバードを思い出して、強い苛立ちが蘇る。
魔術訓練の最中、彼がいかに無防備であるか知っての言葉なのかと問い詰めたいくらいだった。
そんなハバードに苛立つ反面、ギエンに対しても同様の苛立ちを持っていた。そんなつもりもないのに邪な想いを抱かせるギエンに、逆恨みにも似た感情を抱き、そんな自分に戸惑う。

ハバードが言うように、ギエンと寝るのは簡単だろう。
そしてギエンの精神魔術への耐性の無さを考えれば、精神へと入っていくことは容易なことで、その気になれば寝た事実ですら、ギエンの意識から消し去ることも可能だ。

当然、そんなことは自分の矜持が許さないが、それでもふとするとそんな妄想を抱く自分に嫌気がしていた。

「…ギエン殿が悪い…」
思わず一人ごちる。
訓練中に触れる手はがっしりとした男の手で、どう見ても女性のものとは違い、華奢でもなけば、弱々しいものでもない。丈夫そうな関節に、血管の浮き出た手は強い印象を受けるもので、それでいて形の綺麗な手だ。手の平に大きく広がる傷跡が余計に痛々しく見えて、思わず指を絡めたくなる。
そのまま辿れば、手首の枷の痕が目を引き、彼の身体もこの手のひらと同様なのだろうと推測していた。筋肉の付いた傷だらけの身体は勇ましい印象と共に庇護欲を掻き立て、そして妙な気分にさせる。


年の差もあってか、まるで歯牙にもかけないのはギエンもハバードと同様で、ハバードが絶対的な自信で余裕を浮かべるのに対し、ギエンに至っては土俵にすら上がっていない気がして、彼にとって年齢差というのは大きな意味合いを持つのだと感じていた。
ハバードの話をしている時のギエンの信頼に満ちた顔は、同年代だからこそのものだろうかと思うと、どうにもできない年齢差にやきもちする。

ハバードに勝てたら、ギエンが自分を見る目も変わるのだろうかと思い、そんな未来を思い描けないことも自信を無くす要因の一つで、何となく腹いせをしたい気分になるのも当然だと自分を正当化していた。

大きく息を吸って、吐き出す。
しばらくは二人に会わないようにしようと心に決め、雑念を払うように強く頭を振った。
それから、色々なことに気を取られる自分の精神を鍛えるために、ゼク家の敷地内にある魔術訓練の部屋、『白の間』へと向かうロスだった。


2022.04.10
ふぅー…。およそ10日ぶりになりました…(^-^;。やはり平日に書き進めるのは当分は無理そうです(笑)。
今日も朝からだるいです(笑)。この時期は本当に皆さんも体調管理に気を付けて下さいね(*^-^*)

訪問・拍手ありがとうございます♡
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 ***87***

その日の夜、ギエンは予定通りダエンの家へと来ていたが、夕食をごちそうになった後、サシェルと二人っきりで会話をしていた。
ギエンは意識もしていないが、客観的に見て、あまり好ましい状況とは言えないだろう。
「今日のフルーツタルト覚えてますか?」
泊ることになり、客室までやってきたサシェルが嬉しそうな笑みで訊ねた質問に、当然のようにギエンが頷きを返す。
「あれはサシェルが初めて手作りしたスイーツだよな。確か俺の誕生日で、それから毎年、作ってくれて…」
「覚えてくれてて嬉しいです。今日はギエンの誕生日ではないですけど」
両手を前に組んでにっこりと笑みを浮かべるサシェルは昔と変わらず美人のままで、儚く繊細な笑みは、人妻だろうと恋心を抱いてもおかしくないほど綺麗なものだ。
「ダエンの好物も作ったりするのか?あいつ、意外にスイーツが好物でもないから作り甲斐無いだろ?」
「…そうですね。いつも美味しいと言って食べてくれますけど、ミガッドの方が喜びます」
「はは。だろうな」
サシェルの言葉に軽く笑うギエンは、かつての妻だとかそんなことは気にしていない態度で、旧知の友人のように接していた。
「ダエン、子どもっぽいし苦労してないか?」
冗談交じりの言葉に、サシェルが笑いながら否定する。
「ダエンは凄く優しいですよ。怒ったところは見たこと無いです」
「あいつがねぇ、やっぱり女相手だと態度が違うのか?
まぁ困ったことがあったらいつでも言えよ。あいつに言ってやるから」
いつもの習慣で、
「…」
ギエンがサシェルの髪をそっと耳に掛ける。その手つきは優しく、笑みを浮かべる瞳は慈愛に満ちていた。サシェルの笑みが相手を勘違いさせるような優しさを宿すのに対し、ギエンの動作は、恋人にする行為そのもので、
「ギエン」
サシェルが戸惑いの声をあげるのも無理は無い。

それだけでなく、何気ない動作でネックレスのチェーンに指を滑らせ、ペンダントトップを撫でる姿は、男の色気に満ちていて、サシェルが見てはいけない物を見たように、視線を落としていた。
白い面が赤く染まり、落ち着きを無くす。
そんな様子に気が付きもせず、
「お前が幸せそうで良かったよ。色々と悪かったな」
そう言って笑みを浮かべるギエンは根っからのタラシで、その表情は愛に満ちたものだった。
「っ…、私は今でも、」
言ってはいけない言葉を口走りそうになって、その先を慌てて飲み込む。
言葉を止めたサシェルを不思議そうに見つめていたギエンが、思案するように宙を仰いだ後、俯くサシェルの頬を指で軽く撫でる。
「俺もお前らのことは今でも大事に思ってる。お前がダエンと結婚してもそれは変わらない気持ちだ。一度は家族だったんだから、別におかしな事じゃないだろう?」
最後まで言わずに終わったサシェルの言葉を勘違いし、気を遣ってそう言った。
その言葉に小さく笑みを返し、
「昔みたいに…、抱きついてもいいですか?」
そう訊けば、ギエンが僅かに躊躇ったあと、両手を広げて招く。


若い頃、まだギエンと恋人ではなかった時に、何度も焦がれた胸だった。
それは恋人になってからも変わらない。
いつになっても、いつでも、恋しい胸だった。

おずおずとギエンの胸に顔を付ければ、小さな苦笑が上から降ってくる。
がっしりとした手がサシェルの肩を引き寄せて、そっと抱擁した。

ゆったりとした鼓動がどこか懐かしくて、暖かさに安心感を得る。
ギエンの背中に手を回し、しばらくそうした後、
「…好き」
心の中で溢れる想いが、何気なく口をついて零れていた。

驚き身体を震わせたギエンが僅かな時間、身体を強張らせる。
それを感じながらも言ってしまった言葉は取り戻せないと思い、何故か心は落ち着いていた。

しばらくの間、無言が続く。
ギエンの答えを期待しているわけでもなんでもない。
想いを届けたい訳でもない。
ただ他の誰にも感じえない温もりに、懐かしさを噛み締めていた。

ギエンが一度、強く抱き締めたあと触れ合う身体をそっと引き離す。
「今日だけだからな。お前にはもう家族がいるんだから、次はダエンに甘えろ」
サシェルの顔にかかる髪をすくって、後ろへと流す。僅かに乱れた服の襟を正して、珍しくもやや弱った笑みで言った。
「分かってます。貴方が帰ってきた時に出来なかったから…、一度こうしたいと思っていたんです」
ミガッドと同じ琥珀色の瞳が躊躇いがちにギエンを見上げる。潤んだ瞳が余計に、庇護欲を掻き立て、ギエンを戸惑わせていた。
「…ごめんな」
小さな声で謝罪をして、視線を避けるように目を反らす。軽くため息をついて、
「辛い思いをさせたよな…」
そっと呟いた。そこからギエンの優しさを感じ取るサシェルだ。

想いが強くなる。
それでも、これ以上は相手を困らせるだけだと分かっていた。
「気にしないで下さい。そろそろ行きますね」
サシェルが空気を切り替えるように努めて明るい声で言って、パッと背を向ける。
長い髪が室内の暖かな照明に照らされ、光を零す様をギエンが眩しそうに見つめていた。

「サシェル。おやすみ」
無意識に握りこぶしを作ったギエンが、華奢な背中に声をかける。
振り返ることなくサシェルが小さく言葉を返した。



*******************************



サシェルの行動はギエンを考え込ませるものだった。
やはり他人の家庭に、ましてや元旦那が行くことは間違っているのではないかと思う。どんなにダエンが気にしないといったところで、サシェルにとってあまりいい環境とは言えないだろう。
小さな声で好きと言ったサシェルの態度は身に覚えがあるもので、昔サシェルがギエンに告白してきた時も同様のシチュエーションだった。
気弱なサシェルが、思い余って気持ちを伝えてくる、そんな態度にあの時を思い出させ、動揺していた。
あの『好き』は、ただの家族愛ではない気がしてしまうギエンだ。

入浴後の爽やかな身体とは対照的に、気分は落ち着き無く、何気なく足はミガッドの部屋へと向かう。
ノックの後、迷惑そうな顔で扉を開いたミガッドを見た途端に、ギエンの中に訳の分からない寂寥感が生じ、衝動的にミガッドを抱き締めていた。
「っ…?!…ギエン…?」
サシェルにした時とは違い、遠慮のない抱き方は痛いくらいで、ミガッドが呻き声をあげて暴れる。それでも体格差には勝てず、強く抱きしめられればすっぽりとギエンの身体に包み込まれ、身動きが取れなくなっていた。
「っ…、どうし、…」
溜息を付くギエンの唇が耳朶に触れ、鼓動が跳ねる。これだけの密着度だ。鼓動すら伝わる距離で、それを意識した途端に益々心臓が煩い音を立てていた。
「しばらくこうさせろ」
決して甘くもない低い声が、命令口調で言う。
それが何故か甘えに感じ、背中に手を回して慰めるように摩っていた。

柔らかな香りがギエンから漂い、がっしりとした男の身体が熱くて、女性を抱きしめる時よりも動揺させられていた。 離れる気配のない身体に、どうしようかと思考をめぐらせる。
ドクドクとうるさい音を立てる心臓を感じていると、
「…すげー音」
ギエンが小さく笑って言った。
「っ...! 気づいてんなら言えよ!」
一気に羞恥に襲われて、ギエンを引き剥がす。
「いや、…そんなに驚く事か?お前の心音聞いてたらしんみりした気分も吹き飛んだ」
あろう事がそんな言葉を言って笑い声を立てるギエンに、羞恥が強くなっていた。
「甘やかすんじゃなかった!」
根本を勘違いしてるギエンにいちいち訂正する気も無いが、すっかりといつもの調子に戻ったギエンが笑い飛ばすのを見て、顔が一気に熱くなっていた。

文句を零すミガッドを気にもせず脇を通り過ぎたギエンが、我が物顔でソファに腰を下ろす。それから畳んであったブランケットを引っ張って寝転がった。
「ちょっと...! ここで寝る気かよ!」
「別にいいだろう?」
ギエンの言葉に喜ぶのはクロノコだ。ギエンの元へと飛んで行って、ソファの背に座る。黒く大きな瞳が嬉しそうにギエンを見つめていた。
「…」
クロノコを借りて一緒に寝た所で、どうせ朝早くに叩き起こされるのだから、ギエンがこのままここで寝ても同じかと思い、
「…寝るなら、ベッドで寝たら。ソファじゃ寝にくいだろうし」
そう勧めた途端にギエンが目を輝かせたのを見て、咄嗟に言ってしまった言葉を取り消したくなるミガッドだった。
「お前と寝るのなんて、15年ぶりか?」
ブランケットを羽織ったまま、遠慮もなく寝台へと腰掛ける。履いていた履物を脱いで、それからもぞもぞと整えられた上掛けを剥ぎ、中へと潜り込んだ。
「枕はお前にやる」
横向きのまま肘を付いて言うギエンの顔には、はにかんだ笑みが浮かんでいた。照れた自分を誤魔化すように腕で顔を隠し、甘く笑う。

その姿に、不覚にも胸がときめいていた。
ブランケットの狭間からは褐色の肌と、大きめのシャツがチラ見えする。どこからどう見ても男らしい年上の男が、何故か可愛く見えて、自分の末期レベルを自覚していた。

「…こんなんで…、ムカつく…」
額に手を置いてミガッドが小さく唸る。
ギエンの訳の分からない可愛さに、大きな声で唐突に叫びたくなって、その馬鹿らしい衝動を抑えるのに必死だった。

寝台の上でゴロゴロするギエンに対し、素知らぬ顔でデスクに向かい、勉強を再開する。
他愛無い会話をした後、就寝に付くミガッドだったが、更なる試練が待ち受けているとはこの時は思いもしないのであった。


2022.04.17
拍手、訪問ありがとうございます〜(*ノωノ)!
コメントもありがとうございます(*^-^*)!
更新待っててくれて嬉しいです(*^-^*)!週一キープ出来るよう頑張ります(^_-)-♡
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 ***88***

翌朝のミガッドは非常に不機嫌であった。それというのも昨夜ほとんど寝ることが出来ずに終わり、その原因のほとんどがギエンにあったが、当の本人は心地よさそうにぐっすりと眠っていたことにあった。
寝相が悪いだろうことは予想していてもあそこまで酷いとは想定外で、僅かな物音でも目が覚めるミガッドにとって最も相性が悪い相手で、朝早くからギエンを叩き起こしたあと、
「二度とあんたとは寝ないからな!」
挨拶もそっちのけで、ギエンに指を突き付けて宣言していた。
「何を、そんなに…怒って」
眠り目のギエンが欠伸をしながら小さく呟く。腕を伸ばして仰向けになった後、再び瞳を閉じるギエンは、ミガッドの不機嫌など気にもしていない。
ボタンは全て外れ、服も肌蹴けて裸の上半身が剥き出しになっていた。無防備にも乱れた格好のまま再び寝ようとするギエンに、ミガッドの苛立ちは限界に達していた。
「ギエン!朝だってば!」
自分だけ快適に寝るとはどういうことだとギエンの肩を強く揺すり、眠りを妨げる。
「まだ、…早い…」
半分眠ったような掠れた声で言いながら、手を伸ばしてミガッドの背中を捉える。そのまま、
「ぅ、わ…っ!」
予想外の力で抱き寄せられ、ミガッドは短い悲鳴を上げてギエンの上半身に倒れ込んでいた。
頬に触れるのは、ギエンの温かい肌だ。
抱き枕代わりにするように抱き締められていた昨夜を思い出したミガッドが、肌の熱を意識するのも無理は無い。一瞬で大人しくなり、無言となっていたミガッドだったが、ハッとしたように声を張り上げて文句を言う。
「ギエン、ふざけんなよ!」
「はは。もう少し筋肉を付けろ」
笑ったギエンが、引き寄せたミガッドの頭にキスをしたあと、勢いを付けて身体を反転させる。意識する間もなく簡単に組み敷かれ、頭上で片手を固定されていた。
「っ…!」
「無理やり起こしやがって」
跨ったギエンが上からミガッドの顔を見下ろし、明るい笑みを浮かべていた。
その明るさは思わず見惚れるほど清々しいもので、蒼い瞳にはスッキリとした明るい光が宿る。見惚れるほどいい男だったが、
「もう朝だからいいだろ!」
寝不足のミガッドの心境は焦りよりも苛立ちの方が強い。
ギエンの無駄に色気溢れる裸体に殺意すら覚えるくらいだ。重力で垂れ下がるネックレスがギエンの色気を倍増し、余計に相手に噛みつきたい気分になっていた。
「大体、誰のせいで寝不足だと!」
「なら、子守歌でも歌ってやろうか?」
片笑いで冗談を言うギエンは自分の影響力というものをまるで理解しておらず、無邪気にミガッドの瞳を覗き込んでいた。
「あんたな!」
見つめ合う内に、ギエンの表情が別のものへと変わっていくことに気が付く。
「…!」
子どもにするように首筋をそっと撫でる手には慈愛が宿り、顔を近づける瞳は真剣なものであった。
深い藍色の髪がミガッドの額に掛かり、目前に蒼い瞳が迫る。
「っ...!…無自覚やめろって!」
文句を言うと同時に、無防備な体に蹴りを食らわす。
呻くギエンを押しやって、警戒するように身を起こしていた。それでなくとも、昨夜のあの状態を思い出したくなくて、言葉の代わりに肩を叩けば、寝台に倒れ込んだギエンが愉快そうに声を立てる。
「なんだ?無自覚って。お前、どういう目で俺を見てんだ?」
丁度、クロノコがギエンの元へとやってきて、まるで定位置のように胸元へと収まっていった。それを引き寄せたギエンが、
「寝不足のお前、面白いな」
言いながら、クロノコのモチモチ肌にキスをする。ギエンのキス攻撃に、クロノコがポプポプと鳴いて楽しそうに逃げ惑う。
見せつけるように目の前でイチャイチャする彼らに、益々、苛々が募り頭の中の血管が切れそうになっていた。
「大体、誰のせいで…!」
「寝相に関しては自覚がある。悪かったな」
特に反省もしてない態度で謝罪して、小さく笑いながらネックレスを指先で弄った。
「っ…!」
無意識の仕草だからこそ分かる。
そこに秘められたギエンの想いに寂寥感がこみ上げてきて、苛立ちを上回っていた。急速に熱が冷め、顔を背けて別にとそっけなく返す。
やはりそうなんだと妙な納得をさせられていた。

結局、贈り主が誰なのかは聞けずにいた。
それを聞くと決定打のようで、ギエンの顔を見ると問う言葉も止まっていた。

ギエンを手に入れるには、息子としての地位しか無いことは当初から分かり切っていた。
今も息子だからこそ無防備に接してくる訳で、無関係の人間だったらギエンの態度は全く別物であることも把握していた。
それが嬉しいのと同時に、決して塗り替えることの出来ないモノを自覚する。

「ミガッド」
静かな声が真剣な声音で名前を呼ぶ。
何かと振り返れば、いつの間にか近づいていたギエンの瞳が目の前にあって、
「っ…!」
頬に軽くキスを落とす。
驚くミガッドを見て、笑っていた。
「はは。可愛い奴」
「俺は、子供じゃない…」
「機嫌直せよ」
立膝に肘を置き、頬杖を付いたギエンが柔らかに笑む。

その表情は何度見ても落ち着きを無くさせるもので、
「無自覚やめろってば…」
頬を袖で擦りながら、照れ隠しのように文句を返していた。
ギエンの満足そうな明るい笑い声が耳をくすぐる。
逆に、この地位は誰も手にすることはできない。そう思えば、少しは気が晴れるというもので、
「寝相が直ったら、また寝てやってもいい」
ギエンが喜びそうな言葉を返す。
案の定、ギエンは驚いた表情を浮かべたあと、嬉しそうに笑っていた。


*******************



ダエン家からホル・ミレの店へのルートを敬遠していたギエンだったが、いつまでもそんなことを言ってはいられない。
久しぶりにホル・ミレの店へ立ち寄り、仕立てられた服装を身に着けたまま城へと戻っていた。

ギエンの格好を見たパシェが言った開口一番の言葉は、さりげなく目を逸らせながらの誉め言葉だった。
「お前、それ。からかって欲しいのか?」
あからさまな態度に、ギエンが詰め寄って問い質す。口元には揶揄の笑みが乗っていた。
「お止め下さい」
ギエンの追及を避けるように後ずさって、背を向ける。そそくさとその場から逃げ出すパシェだ。
ギエンの格好を見た街の人々もほぼ同様の反応であったが、それはギエンのあずかり知るところではない。

細身の黒いズボンに、身体のラインを強調する白のベルトが斜めに腰から太ももへ掛かり、片側だけストライプ柄の短い丈のデザイン布が付いていて、奇抜なデザインのズボンになっていた。上下が統一された色味の服装で、上着はウェストより高い位置で斜めカットされ首元をボタン一つで留めた状態だ。
中に着るシャツは同じく黒色の物で、身体に張り付きタイトなシルエットを描く。ボタン代わりに付くのは繊細な金属製のチェーンで、前の合わせを緩く留めていた。それは、肌蹴そうで肌蹴ない、絶妙な危うさを演出する。
それだけでなく、シャツの裾をズボンの中へと仕舞うスタイリッシュさは、胸元からウェストまでの身体の曲線がより目に付く格好になっていて、いってみればギエンの日頃の気配と相まって、洗練された姿であると共に非常に煽情的な姿でもあった。

パシェが目を逸らすのも無理はない。

ファッションに関しては、対価を貰っていることもあって、ほぼホル・ミレの言いなり状態のギエンだ。自分自身が無頓着ということもあり、自分のことをあまり把握していないというのもあった。
実際、ホル・ミレが仕立てる時に、全くそういう気配をさせないということも理由の一つにある。特に色っぽい会話がある訳でもなく、むしろ体が弛んだだのなんだのと、他愛無い世間話をしながら着させてもらっているだけあって、人から自分の姿がどう映るかなど考えもしないギエンだ。
ホル・ミレの奇抜なデザインが人々の目を引くだろうくらいの認識であった。

掃除も何もかも放ったらかして逃げるように部屋から出ていったパシェを静かに笑う。自分の姿を一度見下ろした後、物色するように本棚の前に立ち、背表紙を手で撫でた。

朝のミガッドの様子に、昔の小さくて柔らかかった手を思い出す。
今では立派な青年の手で、小さかったあの手はどこにいったんだと苦笑を浮かべ、その成長を見守ることが出来なかったことを悔やむ。それでもサシェルによく似た琥珀の瞳は、昔のミガッドと同じで、見ていると愛おしい想いがこみ上げる。
そんな年頃ではないのは分かっていたが、甘やかして撫で回して、抱き締めたい。
嫌がるミガッドを想像するのもそれはそれで楽しいもので、本棚に並ぶ本を眺めながら抑えられない笑みを浮かべていた。

ミガッドとの妄想に耽るギエンは、ドアが静かに開き、背後に忍び寄る影にも気付かずにいた。
唐突に後ろから抱きすくめられ、
「ッァ…ぅ?!」
「嬉しそうだな、ギエン」
驚くギエンの耳元で、聞き慣れた低音ボイスが囁く。
「ハ、バ…っ!」
ウェストから胸元へと手を滑らせ、上着の中へ侵入した手が迷わずに敏感な部分を刺激して、
「ぅッ…!」
身体を仰け反らせたギエンの首筋にキスを落とした。
「…随分とエロい格好だな。ホル・ミレの新作か?」
二度、三度と甘い口づけをしながら問うハバードの声は、苦笑を宿したもので、
「妬けるくらいお前の身体を把握してるが、まさかあれと寝たとか言わないよな?」
珍しく、嫉妬めいた言葉を吐いた。
首筋をくすぐるハバードの吐息と、何度もされる甘いキスに、そして身体を撫でる熱い手に、瞬間的にスイッチを入れられるギエンだ。
ハバードの嫉妬が心地よく、小さく笑う。
「アっ…、馬鹿、言ってんな…!」
ハバードの言葉を否定する合間にも、乳首を愛撫する手は止まらず、
「んぅ…ッ!…っ…」
顎を掴んだハバードが強引に唇を奪っていた。逃れようとする舌を捕え無理やり絡める荒々しさの中に、ギエンの抵抗が緩くなる。合わさる唇が深くなり、舌が絡まる度に脳天が蕩け、蒼い瞳が甘い色へと変化していった。
繰り返されるキスだけで腰が砕け、力が抜けていく。こんなにも容易くギエンをその気にさせるのはハバード唯一人だったが、
「その顔、俺以外に見せるな」
眉間に皺を寄せて言うハバードの言葉には熱が宿り、珍しい態度がギエンの優越感をくすぐっていた。
「ふっ、…当たり前、…だろ」
その答えに満足そうに笑ったハバードが、ギエンの身体を本棚に押し付け、身体を密着させる。あちこちを撫でながら頬や首筋に何度もキスを落とす情熱的な態度に、身体中が充足感で痺れ、ギエンの瞳が淫らにハバードを誘っていた。
「俺の自制心を試すのが上手いな?」
笑みを含んだハバードの深い声に、そして優しすぎるキスに、心の中がイかされる。
身体に触れるだけで敏感に反応を返すギエンは、いつも以上に過剰な反応で、
「はッ…、っァ…、」
ハバードの指先一つで簡単に乱されていた。

華奢なチェーンで留まっているだけのシャツの狭間から熱い手が素肌に触れる。
「ハバード…」
名前を呼ぶギエンの声は熱に浮かされ、恋人にしか見せないような甘えた気配をさせていた。

ギエンがハバードと恋人同士になって気が付いたことが一つある。
それはキスがやたらと多いことと長いことだ。
今まで恋人だったであろう見知らぬ誰かに嫉妬してしまいそうなほど、情熱的なキスは言葉以上に想いを伝えてくるもので、それだけで溺れそうになる。
事実、
「っぁ、も、う、止めろ…、ハバー、…ド!」
ギエンの制止も聞かず、キス攻めするハバードのテクニックにギエンは立っていられず、乱れた服装でハバードに支えられていた。
そのまま、
「…ンっぁ…ァ、…っぅ…」
乳首を弄られ、キスだけでいかされるという醜態をやらかしていた。
荒い呼吸を付いたあと、冷静さを取り戻したギエンは大層、腹立たしそうにハバードを睨んでいたが、余計にハバードを煽ったことはいうまでもなく、
「っくっそ、お前、…訓練、っ…時間…ッぁ…、」
服を脱がされ、ハバードの怒張したモノを受け入れざるを得ない状態になっていた。
「旨そうに飲み込んどいて、滅茶苦茶だな?…俺が大好きなのが良く伝わってくる」
「うるっ、せ…!さっさと、…っ、ぁ…、」
文句も途中で止まり、ハバードが言うように奥を突かれる度に全身が喜びに震え、喉が引き攣れていた。
「くそ、なんでこんな奴を好きに…」
小さな愚痴も甘い喘ぎに変わり、ハバードが楽しそうに笑い声を零す。ギエンの背骨を撫でながら、
「お前の誘惑に負けた俺の負けってことにしておいてやるか」
「ハバー…ッド!」
そう揶揄する声はまだ余裕を残したもので、余計に悔しい思いをさせられるギエンだ。

真昼間から簡単にいかされてギエンは恥辱に塗れていた。
ミガッドとの清らかな妄想が吹き飛ぶほどの快楽で、清々しい一日の始まりが淫らなものへと塗り替えられる。
「お前、ふざけんな、…ンっ」
ギエンの不機嫌をキス一つで抑えるハバードは、ギエンの性格をよく把握していた。
「っ…、ぅ」
行為の締めのようにする静かなキスにギエンの瞳は揺らぎ、強さを失っていく。
唇が離れる頃には、すっかりと大人しくなっていた。
「マジでせこいよな…」
蕩けた瞳で文句を言いながら、入浴の支度をするギエンは諦めモードだ。
「誘ってきたのはそっちだぞ」
ギエンの文句を笑って返すハバードを一瞥していた。
それも傍から見たらただのじゃれあいに過ぎず、終始甘い気配をさせている二人であった。


2022.05.08
楽しいGWが終わってしまう…(^-^;
6月は休みも少なくてショボンですね(笑)

本編は久々になってしまってすみませんぬ(笑)!イチャイチャでカバーする(*'-'*)ハハハ!
拍手もいつもありがとうございます(*ノωノ)!

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 ***89***

「今日は星が綺麗だ」
「っ…」
「獣人族の元へ行こうなんて気がまだあるとか言わないよな」
ハバードがいつも寝泊まりする簡易宿所で夕食をごちそうになっている時のことだ。まるで世間話のように言ったハバードの言葉に心の内を読まれたかと動揺していた。

夜空に浮かぶ星々の輝きが周期的に強くなる時期があり、今日はまさにその日で、ギエンが特に好きな青い星もいつも以上に強い色合いで輝き、王都からも容易に発見できるほどだった。
その輝きは、精霊たちの存在力を強くし、四元素の力が増すと言われている。

感傷的な気分になっていたのを見破られたかと相手の顔を見つめる。
「ハバード。勘違いすんな」
こないだ会いに行ったことを気にしているのだろう。確かに何の説明もしていないことに今更気が付き、
「そんなつもりは最初からねぇぞ。お前に誓っただろ?俺の居場所はここだ」
食事の手を止めて相手の目を見つめる。
「あの日、あそこに行ったのは真実を知りたかっただけだ。ザゼルが死んだのは俺のせいだと言われたから、話をしたくなった。それだけだ」
静かに話を聞くハバードを見つめたまま、話を続ける。

ルギルが孤独であること、責任を感じていること、思っていることを包み隠さずに話していた。
「俺はお前が思う以上に獣人族と長く居過ぎた。だから奴らの環境に同情もする。されてきた事に恨みもあるが、それは人間も同じだ。
あいつが居場所を作りたいっていうなら、獣人族の国があってもいいと思ってる。それがザゼルの希望でもあったし、あいつらに居場所があったって…そのくらい許されるだろう?」
驚きを浮かることもなく、されど瞬きもせず見つめ返してくる黒い瞳に、
「…俺を軽蔑するか?」
率直に問えば、ハバードからは何を考えているのか分からない沈黙が返ってきた。


避けては通れない内容だろう。
互いに意見が平行する事柄をいつまでも見て見ぬふりは出来ない。

見つめ合うことが苦しくなるほど長い沈黙が続いていた。


「お前の考えは分かった」
視線を外したハバードの返答は短く、見つめていたギエンの瞳が小さく揺らぐ。
「…」
真意が分からず相手を見つめていると、
「ギエン、俺がそれくらいのことで軽蔑すると思ってるのか?」
不安を取り除くように笑って最後の一口を頬張った。
「お前は俺といるんだろう?それなら十分だ」
「…気障な奴」
安堵の声で返すギエンの頭を引き寄せ、軽くキスを落とす。その優しさに、今までハバードの何を見ていたんだろうと心の中で笑う。
「安心しろ。ギエン。お前が願うその想いも、叶うと思うぞ。
最近の動向を考えると、恐らくリッシュ国から船で行った所に離島があるだろう?そこに奴らの国が建つ」
「なんでお前が…」
「ハン家だぞ?俺の情報網をみくびるなよ。
シュザード国が後ろ盾になって、連合国の一つに入る算段だろう。他の国なら力不足だが、あの国なら他国も下手に干渉できないからな」
「…」
「満足したか?」
「別に、そういう訳じゃない」
頬にキスをされ食べていた手が止まる。知っていながら何もしないハバードに、何と言葉を返せばいいのか迷っていた。
「お前の為ではないぞ。ゾリド陛下には俺の考えも伝えてある。
これで長く続く獣人族との不毛な争いにも一旦、決着が付くって訳だ。シュザード国の下で建国宣言して、ようやく彼らも一民族として認められるって形だな」
「そうか…、変な方向に進まなければいいが」
「…帝王は斬新な思考の持ち主だと聞く。血を好む性格でもないし、自国の発展のために何でも取り入れる王だとか。黒魔術研究を最初に始めたのもあそこだしな。大きな火種にはならない筈だ。
それよりもよく人間と手を組む方向を選んだなと驚きを感じてはいるが…」
「…」
ちゅうっと首筋を吸われ、珍しく跡を残した。
「おい…俺は、まだメシを…」
「ギエンが獣人族を気に掛けるのと同じように。向こうも人間に対し何かしら思うところがあったのかもしれないな。お前の15年間の、…成果かもしれん」
「ッ…」
「こんな言い方をすると、怒るか?」
僅かに痛みを宿す目で問うハバードに、返す文句など浮かばない。
「俺の15年に、意味があったなら、…良かった」
持っていた食器を床に置き、ハバードを引き寄せる。
「辛いことが…、多すぎたからな…」
耳元でひっそりと呟くギエンの声は濡れ、苦しみに溢れたものだった。その言葉だけで、ギエンの今までの苦労が伝わってくる。
ギエンを抱き締めるハバードの手に力が入り、慰めるように強く全身を包み込む。しばらくそうしたあと、
「これからその分、楽しめ」
いつもと同じ強い声で、はっきりとそう宣言した。

ハバードの身体から伝わってくる鼓動は深くゆっくりしており、どんな時でも同じ速度だ。
ふわりと鼻腔をくすぐる香りに、走馬灯のように頭を駆け巡った辛い記憶が薄らいでいった。
「甘やかすのが、上手いよな…」
小さく笑いを零すギエンの髪の毛を撫で、大事そうに背中を摩る。
「俺と生きるんだろう?まだまだこれからだ」
「本当に、甘い奴…」
ハバードの落ち着いた笑い声に、笑って言葉を返す。

暖かな体温に、感傷的な気分が和らいでいた。
過去をどんなに考えたところで、変わることはない。

ハバードの言葉のように、これからを楽しめばいいのだと。
何故か許されたような気分になり、死んでいった仲間たちへ、そしてルギルへの罪悪感が薄らぐ。
「お前、本当に、…ずるいな」
「俺に思う存分、甘えればいい」
ハバードの言葉を茶化す気にもなれず、小さく笑いを返す。
目の前にある温もりを手放したくなくて、そんな独占欲に驚きながらも、ハバードを強く抱き締め返していた。



******************



ハバードとミラノイの間の話し合いが順調に進んでいるかと言ったらそうでもなく、ミラノイは幾度にも渡ってハン家に交渉に出向いていた。
その度に丁寧に対応し説得を試みるハバードだったが、そう簡単に納得するミラノイでもなく、婚約破棄は成立すれど、話し合いは平行線のままだ。
ハバードが婚約破棄の理由としてミラノイに告げた言葉は、『他に好きな奴がいるから結婚はできない』だったが、それを真実とは認めないミラノイだ。
言えないような何らかの事情があるから嘘を付いていると、ハバードに会う度に詰め寄っていた。
観念したハバードが相手はギエンだと告げたところで、そんな訳がないと一蹴されていた。
さすがのハバードも僅かに頭を悩ませる事態ではあったが、二人の間のもめ事はおくびにも出さず、いつもと変わらない態度であった。

そんなで、彼らのやり取りを知る由もないギエンは、その日もふらっと客室の方へとやってきたハバードを出迎えた後、一緒に夕飯を取り、チェスをやったりと軽いゲームをしながら会話を楽しんでいた。
そろそろ戻ると言うハバードを回廊まで見送る。
迂闊にも客室の外でキスをする二人だったが、目撃者がいるとは思いもしないギエンに対し、ハバードは違った。

人の気配に気が付き、ギエンとキスをしたまま目を開いたハバードは、回廊の向こうからやってくるダエンと目が合っていた。
驚きの余り動きを止めて真っすぐに見つめてくる顔に、威嚇するように鋭い視線を送る。それから、ギエンを隠すように向きを変え柱の陰へと身を隠した。

「っ…、ふ…」
油断しているギエンが鼻に掛かった声を上げる中、気配を探るハバードはギエンよりも遥かに優れた感覚の持ち主で、
「ッ…」
ギエンの唇を解放したのは、ダエンがいなくなってからだった。

実際、ギエンが人の気配に疎いことにはそれなりの理由があった。
騎士団をしていた当時はハバードと引けを取らないくらい鋭い感覚の持ち主であったが、獣人族に囚われてからは、それにより神経を削られる結果となり夜も眠れないことが多かった。寝ている時に人の気配に鈍いことも同様の理由であり、15年間で人の気配を察することを止めたというに等しい。
そうした経験もあり、ハバードの行動の意味にも全く気が付いていないギエンだ。

「…」
力が抜けるギエンを支えるようにして壁に押し付ける。
甘い色を浮かべる蒼い瞳を見て笑みを浮かべ、
「ちゃんと部屋の鍵を閉めて寝ろよ?」
そう告げてギエンを呆れさせる。
「お前な…」
「じゃあまたな」
瞼にキスをしてギエンを黙らせ、その場を後にする。


ミラノイのこと、そしてダエンに目撃されたこと、それらを考え、一つの決意がハバードの中に浮かんでいるのであった。


2022.05.15
週一更新ぎりせーふ?(笑)
イチャイチャ加速週間ですな(笑)
そろそろ完結向け、スパートです( ^)o(^ )

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 ***90***

「ギエン、僕に何か隠してることがあるだろ?」
ロスとの魔術訓練に一定の成果が見えてきていたギエンは、いつもよりも上機嫌気味だったが、その一言で一気に下降していた。
手の中で戯れるクロノコの頭を無理やり撫でつけ、瞬間的に沸いた苛立ちを誤魔化すように小さな手を握る。柔らかなモチモチ肌の滑らかな肌触りに冷静さを取り戻し、一つ、大きく息を吐いた。
「お前は親友だと何度言えば分かるんだ」
「でも、君、…」
「何から何まで、俺の食事内容まで報告でもすりゃ気が済むのか?」
「そういうことじゃないだろ!」
「じゃあ、何だ?」
ギエンの詰問を受けて、テーブルの上に置かれていたダエンの右拳が強く握られる。
今にもテーブルを叩き付ける勢いで小刻みに震え、強い怒りを表していた。
「…」
それに気が付かないギエンでもないが、
「俺はお前にサシェルとの生活はどうだとか、ミガッドは何してたかなんて訊いたりしねぇだろ」
興味が無さそうに素っ気ない態度で伝え、パシェに器を下げるように指示を出す。
無言で俯くダエンを一瞥した後、呆れた口調で言葉を続けた。
「お前の『親友像』は束縛が強すぎる。恋人同士でもそこまで束縛しないし、切りがない」
「っ…!」
ギエンの言葉は尤もな正論だったが、正論で感情が制御できればそもそもこんな言い争いにはならないだろう。

二人のキスを目撃してから2日後のことだった。
初めは気付かなかった振りをしようと無理やり気持ちを抑え込んでいたダエンだったが、やはり本人の口からどういうことか説明して貰わないと納得がいかない。
それが『親友』としてすべきことだろう。

そう思っていたが、ギエンの言葉にはたと気付く。

その事実に、しばらく無言になっていたダエンだったが、
「…本当に、…親友だと思ってるなら、…その証を見せてくれよ」
思いつめたような暗い表情で俯いたまま、小さく呟いた。
顔を上げ、驚くギエンを強い眼差しで見つめる。
「君からは、…空っぽの言葉しか、感じられない」
「…!」
互いに見つめ合う時間は、ほんの僅かな時間だった。
ギエンの手の中にいたクロノコが締め付けられ悲鳴をあげる。
「ッ…!」
慌てて、手の力を緩めるギエンだ。
ダエンと合わさっていた視線を外し、クロノコを労わるように撫で摩る。考え込むようにしばらくそうしたあと、
「証明はできない。気持ちっていうのはそういうものじゃないだろう?」
至極、当たり前の言葉を返した。

気持ちの大きさを証明できたら楽だろう。人間関係がこじれることもない筈だ。

ギエンのその真意も、ダエンには大して響くこともなく、
「僕はできるよ。君への想いを。君ができないのは、それほど重要視してないからだろ?」
むしろ、そんな言葉が返ってくる始末で返す言葉も無くしていた。
見つめる目は真剣そのものでその場の勢いで言っている訳でもなく、本気でそう思っている言葉だと分かる。
その強い想いに、何を考えているのか分からず、動揺していた。

「この話は終わりだ。埒が明かない」
「逃げる気?」
席を立つギエンに、ダエンが食い下がる。一向に立つ気配の無いダエンの腕を掴み強引に立たせ、
「お前、そろそろ行けよ。仕事だろ」
労わるように肩を叩く。
「疲れてるようだから早く寝ろ。悩みがあるならそれこそ、時間を取ってしっかりと話し合おう」
「…そうだね。僕はちょっと精神的に参ってるかもね」
背中を摩るギエンの手に、緊張を和らげたようにダエンの表情がいつものモノへと変わる。
「困らせてごめん」
別れ際に謝罪する様はいつも通りのダエンだ。

その様子に安堵しつつも、ギエンの中で訳の分からない不安が広がっていた。
背中を見送りながら、サシェルやミガッドとの関係を自分のせいで拗らせただろうかと、余計な心配をする。
家庭内の事情だ。首を突っ込むべきではないことも分かってはいたが、情緒不安定に見えるダエンの様子が心配になり、人のことを気にかける余裕が出来てきた自分自身にも驚いていた。

「パシェ。午後から仕事の予定だったが、一緒に出かけるぞ」
気が晴れるような贈り物でもすれば、少しは元気が出るかもしれないと思い、パシェを誘う。
片付けをしていたパシェが意外そうにギエンを見た後、すぐに了承する。

ギエンは、ダエンが身の内に抱える問題の本質を全く理解できていなかった。
一方のダエンは、自身がギエンに対し抱く強い執着心の本質に気が付きつつあった。


********************************


ハバードが婚約破棄をしてから2週間ほどが経過していた。
ダエン家での食事会へと赴きながら、つい先日の夜に、ハバードに言われた言葉の意味を探る。

いつもと同様に、世間話のように伝えてきた言葉はギエンを仰天させるに十分で、どういう意味合いなのかさっぱり分からずにいた。
いや、言葉の意味は理解していても、相手の行動が突飛過ぎて信じられずにいる。
意味合いが違うのかとさえ考えていた。

『ハン家公認』
何がハン家公認なのか。
聞き間違いかと頭の中で何度も反芻していた。

「まさか現当主に伝えたとか、認められたとか…そういう意味合いじゃないよな?
…いや、さすがに…、無い。…はは…」
自分の考えを馬鹿らしいと否定して、思わず一人ごち、乾いた笑いを零す。

ギエンの自問はダエン家に着いてからも続いていて、食事をしながらも頭の片隅ではそんなことを考えていた。
ダエンの誕生日が近いこともあり、ちょっとしたお祝いムードのようになっていて、考えごとに気を取られながら勧められるまま酒を口に含む。サシェルの出すデザードも美味で、明らかに飲み過ぎの状態でもあった。

入浴後に話があると言われ、ダエンと二人っきりになる頃には既に思考回路も鈍く、自分が如何に危うい気配をさせているかも気が付いていないギエンだ。
予め用意してあった贈り物を渡しながら、浮かれた気配で他愛無い話をする。酔いに酔いを重ねるように、ベルナ産の高級酒を片手に寝台の上で淫らに寛いでいた。

「で?お前の相談って…?」
眠そうな目で訊ね、片手に持っていたワイングラスを寝台脇のテーブルに置く。
枕を高くして寝転がるギエンは、どこぞの娼婦のようにしどけない格好で、これが異性であれば間違いなく夜の誘いだろう。
「ギエンが言った言葉を僕も考えてみたんだけど、…」
「?…あぁ」
相槌を打つギエンは眠りに落ちる寸前のような眼差しで、実際のところ、ダエンは全て承知の上だった。

「確かに僕は君を束縛し過ぎたね。親友は僕だけなんだろ?それは事実だよね?」
問いながら、ギエンの瞳に掛かる艶やかな髪を払って、目を覗き込む。酔った瞳が蒼く美しい色合いでぼうっと見つめていた。
問われた言葉を吟味するように短い間が空くのを見て、頭が回っていないのだとすぐに分かるダエンだ。

それはそうだろう。
あれだけ酒を飲んだのだから、ギエンが正気な訳がない。

頬に触れ、下唇の膨らみに指を沿わせる。
「…あぁ。安心、…しろ」
小さく笑って返すギエンはまるで無防備で、親友なら当然であろう態度ではあった。
ギエンの右手を手に取り、こないだギエンの為に買った天然オイルを取り出す。傷跡に塗りこんで、されるがままのギエンの手を優しく揉みほぐし始めた。

夜も遅い時刻にそんなことをすれば、酔ったギエンがどうなるかは当然のこと想定済みで、
「…ギエン。寝たの?」
そう問うも、全て思惑通りであった。
マッサージを心地よさそうに受けていたギエンの瞳は閉じられ、無言が返ってくる。

寝息を立てる彼の唇に触れ、それからハバードとキスをしていた姿を思い出し、その唇が果たして誰のモノなのかと考え込む。

首筋に手を滑らせながら、反応の無いギエンの服を脱がしていくダエンの手は、以前とは異なり、
「…」
何の躊躇いも無いものだった。


2022.05.22
ふと思ったけど、3Pが無いです…('ω')。私のサイト、よーく考えると総受けだけど、3P無い気がする…?
強制プレイの時はまぁ、いつもあると思うんだけど(オイ。笑)、普通に総受け的3P無いよね??
何かちょっと気になっちゃった…総受けって何だっけ?みたいな、唐突のゲシュタルト崩壊感(笑)

まぁ、それはともかく、いつも拍手を下さる方、ありがとうございますm(_ _"m)!!訪問も凄く嬉しいです💕
一応100話完結目指してますが、どうだろうなァ…(笑)

応援する!
    


*** 91〜 ***