11





「さっさと起きろ」
散々文句を言った挙句にベッドまで占領して寝入るシュウの肩を蹴りつけて叩き起こした。しがみつくように抱かかえる布団を強引に引き剥がしたハルトが、
「お前、今日デートだろ。支度しろって!」
寝ぼける男に怒鳴って嫌味のようにカーテンを全開にした。

眩しい光が寝ぼけた目に突き刺さり、頭を鷲掴みにするような強烈な刺激が襲い掛かる。
目を眇めたままハルトを睨みつけ、
「す…っげぇ、性格わりぃ」
小さく洩らした文句は当人には聞こえなかったようで、そのままどかどかとベランダへ向かって布団を干し始めていた。
もそもそと着替え始めるシュウを意に介せず、荷物のように敷布団を引っ張って強制的にベッドから追い出す。それから、
「パンでいいだろ?それしかねーけど」
着替えるシュウを振り返って唐突にそう訊ねた。そして返事も待たずに部屋を出て行った。
ハルトの身支度の早さに呆気に取られるシュウだ。文句を言う隙さえ与えず消えていった男に恨めしい一人言を洩らす。

とはいえ。文句ばかり言えないのも確かで。
恐らく、パンにはしっかりとバターが塗られサラダも付いた状態でテーブルに用意されているのだろう。容易にそこまで推測が出来て、
「良妻賢母かよ」
一人で突っ込みを入れる。
床に転がる猫のぬいぐるみを蹴り上げてベッドの脇に乗せた。
まるで女子の部屋だ。ふわふわしたぬいぐるみが何個も置かれ、カーテンの色はパステルカラー、絨毯は柔らかな猫っ毛のハート型、唯一男らしい部分といえば部屋の片隅にある重厚なスピーカーとパソコン周辺機器の存在だ。それ以外はメルヘンで実に可愛らしい小物に溢れていた。

本人が否定するように、決してハルトの趣味ではない。
嫌いではないが好きでもなく正に興味がないというのが正しい表現だが、それでもプレゼントされれば毛嫌いする事なく全て使用するのだから、どちらかと言えば好き寄りの興味無しといえるのかもしれない。
ハルトのこんな現状を知ったら女子によっては気持ち悪いと思う人がいてもおかしくない筈なのに、不思議なものでハルトに贈られるプレゼントはみな日用品ばかりだった。それも揃いも揃ってメルヘンチックな柄である。
まるでハルトの部屋を知っているかのように、統一感のある小物達だった。


「あいつのお人良しもどうにかした方がいいと思うけど…」
一人ごちてダイニングへと向かう。
シュウの予想通りにサラダとバターの乗ったパン、そしてコーヒーが淹れられていた。
「お前な!」
思わず文句を言いそうになって飲み込む。
コーヒーに砂糖とミルクまで添えられているのを見て、今まで気付かなかっただけでとうの昔から餌付けされている錯覚に陥る。こんなに出来た男が身近にいるのだから、彼女と上手くいかなくても当然な気さえしていた。

「甲斐甲斐し過ぎ…」
「胃袋掴めって言うだろ」
シュウの嫌味もさらっと流し、むしろ爽やかな微笑みさえ浮かべていた。
「お前、いい奥さんになれるよ」
やや呆れ気味に答えれば、
「お前がなれよ」
笑みのまま速攻でそう答えるハルトは上機嫌だ。

余程いい事でもあったのかと言いたい所だが、その原因は自分にあるのだから突っ込む訳にもいかず妙に気恥ずかしい思いで押し黙る嵌めになる。
恨めしい視線を向けるシュウに気が付いて、
「さっさと彼女と別れろよ」
フォークを軽く揺すりながら催促した。
「デートに行けと言ったり別れろって言ったり、忙しい奴だな」
パンに被り付いて詰れば、
「当たり前だろ」
ハルトの中では何一つ矛盾していないらしく、当然のように答えを返した。

冗談を言っていた目が本気になってシュウを見つめる。
「約束したならちゃんと行け。それがサヤへの礼儀だ」
横槍入れて別れろと催促する男の台詞かと突っ込みを入れたくなる。それを堪えて、
「はいはい。王子様の仰せのままに」
投げ遣りに答えた。
「王子様でも何とでも。勝手に言ってろ」
どうでも良さそうに短く答えて、そのまま黙々と食事を再開した。


お互いに話す事も無く静かな時を過ごす事も珍しくはない。
それが負担になる訳でもなく、むしろ心地よい時さえあった。それは他の誰でもなく互いにとって互いだけの特別な空間だった。


「俺は先出るから戸締り頼むな」
先に食べ終わったハルトが声を掛けて席を立つ。床に転がるバックを拾い上げ思い出したように、
「今日はお前ん家行かねーから。明日、空いてたら行くわ」
素っ気無く言ってバックを背負った。

ハルトは今日も練習試合だ。ほぼ毎週のように入っていて、部活が無い曜日の方が少ない。サッカーをやりたいのにそれ程試合の機会も無いシュウにしてみれば、メンバーも練習熱心なバスケ部はある種、羨望の対象だった。
僅かなもやもやを胸の内に抱く。

「空いてたらって、空いてるだろ」
そんな思いを悟られまいと平静を装って訊ね返した。
「いや、わかんね。親が帰ってくるかもしんね」
「今回は泊まってくって?」
こないだ来た時に慌しく帰っていったのはまだ記憶に新しい。それを訊ねればハルトが記憶を探るように虚空を見つめた後、軽く肩を掠めた。
「さぁ?今回も早く帰ると思うけどな、まぁ連絡する」
特に気にしていないようで最後には小さく笑んで余韻もなく出て行く。


こういう所がハルトらしい。
物事に割り切りがありあっさりした性格で、そこがいいと思う反面、昨日のあれは何だったのかと不思議になる。

何気なく出て行ったドアを見つめたまま、物思いに耽る。
もっともシュウが考え事をしていたのは僅か数分で、すぐに後を追うように家を出たのだった。



comment 2015.05.12
あまりラブラブでなくノーマルな日常を(笑)。次々回くらいにはラブラブさせたいです。
というか驚きでもう11話…。そろそろ小説ページにちゃんと載せるべきですよねorz。

拍手をありがとうございます!!!お礼がいつも遅くなってしまってすみません(´・ω・`;)!
ほんっと嬉しいです(*´Д`*)更新がんばりますぅー!!


12





ハルトがシュウに会ったのは月曜だったが、シュウに会うよりもサヤに会ったのが先だった。


始業時間前にサヤがハルトの教室まで来て、一時騒然となった。
サヤとシュウが恋人同士である事は既に全学年で知れ渡っており、それが何故ハルトに会いに来たのかという疑問でクラスメートたちが興味津々の顔を二人に向ける。
ハルトもその視線を感じつつも邪険に追い払う訳にもいかず、細い肩を押すようにして場所を変えた。

恐らく。
すぐに下らない噂が立つだろう。

ハルトにしてみれば大した事でもない。シュウの恋人が会いに来る事も初めてではなく、幼馴染のハルトという立場に色んな期待をして要望してくる。
ただ暗い表情を浮かべて呼び出した彼女に、クラスメートの好奇な視線は痛いだろう。

人の少ない校舎の裏庭まで引っ張って、大人しいままの彼女を太い木の幹に隠すように押し込んだ。

「あまり目立つ行動はしない方がいい。学年俺らより下なんだろ?」
「どうしたら、シュウ先輩を私のモノに出来ますか?」
ハルトの助言は一切無視して、切羽詰まった声でそう質問してくる。
それだけ余裕が無いのだろう。


頭の中でシュウを呪いたい気分だ。
一体、どういう話をしたのか。
休日に二人の間に何があったのか。


何故、その尻拭いをさせられるのか。


慎重に言葉を選んだ。
その逡巡を感じ取ったのか彼女が泣き笑いを浮かべた。
「最近、シュウ先輩ずっとぼうっとしちゃって練習中もあまり身が入ってないみたいだし…、昨日折角ご両親がいなくて初めておうちに行ったのに…」
語尾は途切れ小さく消えていく。俯いてしまった彼女が思い出したように涙を一粒零した。

勝気に満ちた彼女が気弱な言葉を吐き、それ程親しくもないハルトに涙を見せる。
それだけシュウを好きなのかと知り罪悪感に襲われた。

シュウをけしかけたのは他でもないハルトだ。
思わず自分の胸を押さえ、彼女から視線を逸らす。

「…泣かれても…困る」
そう返すしかない。
「だって、…せんぱ、…っ」
一度溢れた涙は中々止められないようで、はらはらと泣き出す彼女にいよいよ困惑して、
「頼むから…」
珍しいくらい弱った声しか出なかった。

姉妹も兄弟もいないハルトには、同じ年頃でシュウ以外に密な関係はいない。
ましてや女子を今まで泣かすという経験は無かっただけに余計に参っていた。

木の幹に手を付いて、考え込む。

それから顔を覗き込むように近づけて、
「泣かれると、本当に困るから…」
頬を伝う涙を掬ってサヤに笑いかけた。涙でぐちゃぐちゃの顔を整えるように摩って頬に掛かる髪の毛を正す。
涙を懸命に止めようとして余計に嗚咽を洩らす羽目になった。
「何があったかしらねーけど…、」
子どものように泣く彼女に弱った笑みを向けて、
「な?俺はお前の笑ってる顔の方が好きだよ」
優しく囁いた。
「シュウだって同じだ。泣いてうじうじしてる女より笑ってやり過ごす女の方が魅力的だよ」

日頃はしかめっ面で気性の荒さが全身から滲み出る様な風体のハルトだが、こういう時はまるで表情が違う。困ったように眉を下げてサヤの顔を覗き込む顔は優しさに満ち、愚痴でも何でも受け止めてくれるような空気を纏っていた。
「っ…、う…、ハル…せんぱ、い」
嗚咽が小さくなって涙が落ち着いてくる。
頬に添えるハルトの手に手を乗せて、
「そ、ですよね…私ってば…」
鼻を啜りながら泣き笑いをした。


益々ハルトの胸が痛む。
サヤが嫌な女だったら何とも思わないかもしれない。

こんなに良い子でシュウを大事に思っているというのに、シュウに対し別れろと言った自分の言葉を猛烈に責めたい気分になった。
かといって、シュウを好きなのは自分も同じだ。
どうしても手に入れたいという想いは自分にもある。



「悪かった…」
思わず謝罪の言葉が口を付いて出る。
サヤがハルトをじっと見た後、濡れた目を擦って諦めの笑いを浮かべた。
「ハルト先輩はいいですよね。ずっとシュウ先輩といられるんだもん」
羨ましそうにぽつりと零す。
一瞬、驚きの表情を浮かべたハルトに、
「ハルト先輩を傷つけたら、シュウ先輩は私を見てくれるかな?」
にっこりと笑みを浮かべてそんな言葉を吐いた。
「私の事恨んで、絶対忘れたりしない…そうでしょ?」
可愛い顔に残酷な想いを乗せてハルトにぶつけた。

こういう時にどういう顔をすべきか分からない。

呆然と相手を見つめたまま固まってしまったハルトに、サヤが僅かに驚いた。
「冗談、…に決まってじゃないですか」
動揺を感じ取ったサヤが軽く胸を叩く。
それでも戸惑いを露わにしているハルトに、
「先輩を好きになれば良かったなぁ」
大きく深呼吸をして溜息交じりに本音を零す。
「私、もう少し頑張ってみます。先輩!ありがとうございますっ!」
「…あぁ」


返事をしながらも、二人が拗れた原因が自分にあるとはとても言えそうにない。
言うべき事なのかも分からなかった。

そもそもシュウが彼女に何を言ったのかも分からず憶測で判断するしかない。
これだけ滅入っているのだから別れ話でもしたかと思いつつ、もう少し穏便にどうにか出来なかったのかと責めたい気分でもあった。


去っていく華奢な後姿を見つめたまま、悶々と考えを巡らせるハルトだった。



comment 2015.06.08
うーむ…やばい事にこの話、30話とかいくかもしれない…。
いったら困るよね。むしろ迷惑だよね…(´-ω-`;)。
何とかせねば、と思いつつ。いった時は仕方ないという事で(笑)。

拍手をありがとうございます!週1更新はキープ出来るよう頑張りますっ!

13





タイミングが悪い時は不思議なくらいタイミングが合わない。
授業合間の休憩時間に行けばシュウが見つからず、昼休みも捕まえる事が出来ず、ようやく本人に会えたのは部活が始まる前の放課後だった。

それも何か隠し事があるのかハルトに気が付いた一瞬、焦った顔を浮かべていた。
笑みを浮かべて歩み寄ってくるシュウを見つめるハルトの視線は険しい。

まだ教室に残っていたクラスメートが二人を見て三角関係のもつれかと小声で囁き合うのがハルトの耳まで届いた。朝の出来事は既にここまで届いているらしく、何かを期待している顔でちらちらと二人を窺う好奇な視線が刺さる。

そんな彼らに眼中もなくハルトの目は真っ直ぐにシュウを見つめていた。
「お前、何を言ったんだ」
その一言で充分に通じるだろう。
シュウが小さな動揺を宿す。横目に背後を振り返って、注目しているクラスメートを気にしたかのようにハルトを押し出し教室から廊下の隅へと連れ出す。身を寄せたまま、
「何って…、別に」
小声で小さく返した。
「…」
その素っ気無い返答にハルトの目が細まった。
「別にっつーのはどういう意味だよ?」
シュウの襟を引き顔を近づけて睨む。


女が絡むと禄でもないのはシュウだが、女の涙が絡むと更に面倒臭いのはハルトだ。
シュウは友人も多く人に好かれるタイプだが、人間関係は比較的さっぱりとした性格であり裏を返せば冷たい。それは根底にある人間不信からくる冷たさであるが、ハルトはその間逆だった。
基本的には無関心で冷たく見えるが、弱い者は放っておけない性質で特に女性に対しては尋常ではなかった。プレゼントを受け取るのもその為であり、貰った物を使うのもそこからくる。
女にモテるハルトが今まで特定の誰かと付き合ったり、遊びの関係を持たない原因の一つもそこであった。

ハルトの中での女性は絶対の保護対象であり、傷付けてはいけない存在なのだ。
それは物心が付いた頃から、彼が女手一つで育てられたせいもある。活発な彼女は出張がちで家にいない事も多かったが、その分、父親の収入を当てにせずとも暮らせるだけの稼ぎがあった。
今でこそ余裕の姿を見せる母親だが、父が出て行った直後は隠れて涙する日々が続いていた。当時は生活に余裕もなく、その姿を見るたびに胸を痛めてきたハルトだ。

母親がそうであるように。
女性は強かであり、そしてとても繊細な生き物だという刷り込みが彼にはあった。


「泣かしてんじゃねーぞ」
「…」
目の前で凄むハルトを見てシュウの顔に冷静さが宿る。
黒い目が探るようにハルトを見て、すぐに呆れた色を浮かべた。
「まーた面倒くせー事を言ってやがる…。ハルは俺に何を求めてんだ。
付き合うっつーのはそういう事だよ!誰も傷つかねー別れもねぇし、衝突だってするんだよっ。何もかも俺のせいにすんな」
掴む手を払って、ハルトを押し出す。
周囲に聞こえないように声を潜めて、
「お前の想いは、その程度なのかよ?」
耳元で問い掛けた。
「毎回毎回、女に相談される度に俺に文句を言いに来るお前は一体何なんだ。全然理解できねぇよ!」

ハルトにシュウの顔は見えない。
だが、声の調子で相手の感情を推測するのは容易い。

悲しみや怒りでなく。
呆れた声だ。

「お前が怒るかと思って黙ってるつもりだったけど、俺はサヤに別れるなんて言ってねぇ。いくらなんでも付き合ったばかりでそんな事言えねぇしな。
俺が好きならお前がサヤに言えって。俺より女を選んでんな!」
「…お前の、問題だろ…!」
返すハルトの言葉に棘が混じる。

ひそひそと言葉を交わす二人は傍目には親密な光景だった。
険悪なやり取りをしているとは到底思えない程、密着した状態でやり合っていた。

「好きなら奪い取るくらいやってみろよ」
シュウがハルトの胸を突く。身を離してハルトを一瞥した後、去って行った。
言われた言葉を半ば呆然と頭の中で繰り返すハルトだ。
奪い取れる訳が無い事を承知で言っているのだから、苛立ちが増す。
かといって怒る権利が無い事も分かっていた。

言葉で好きだと言った所で、実行しないのでは言っていないのと同じだろう。
サヤの泣き笑いを思い出して、色々な想いがせめぎ合う。


それでも。


「出来ねーっ、…て」
搾り出すような声で小さく呟いた。



「いい男っすねー。相変わらず」
「ぅッ…!!」
シュウの背中を見送っていたハルトの背後から唐突に声が掛かる。ぎょっとして小さい呻き声を上げて振り返った。
にやにやと片笑いを浮かべるトーヤが一部始終を見ていたようで、
「俺もあんな爽やかイケメン彼氏が欲しいっすよ」
冗談を零した。
一瞬で仏頂面になるハルトだ。
「何か険悪っすね。怒らんで下さい。部活こねーから呼びに来たんすよ」
それを見て急に取り繕ったように真面目な顔に切り替える。
それでもニヤニヤは抑えられないようで目が笑いを浮かべたままだった。
「気持ちわりー。笑ってんな!」
「すんませんっす。
シュウ先輩、マジでいつ見ても爽やかっすね。んで怒ってても爽やかで迫力あるんすよねー」
形だけの謝罪をして、さらっと流すトーヤはある意味で物凄くマイペースだ。
「…」
ハルトの呆れた視線をものともせず、廊下に人がいようが何だろうがお構いなしだった。
自身の見かけと同様に彼の中には人目という概念が無いのかもしれない。

「あー、自分もあの顔で壁ドンされたいっす」
マニアックな感想を言って体を捩らせる。
まるで恋する乙女のような反応をしてすぐに、
「冗談っすけどね」
八重歯を剥き出して笑みの形を作った。

トーヤが笑うと印象が変わる。
日頃の姿勢の悪さと柄の悪さと見た目の下品さと、反比例するような少年らしさが浮かぶ。猫背で実際よりも低く見える身長もあって余計に少年っぽく映った。

「気持ちわりー事を言ってンじゃねー」
僅かに怒った声を出して咎めれば、
「いいじゃねぇっすか!先輩は間近にいつも見てんから麻痺してんっすよ!あんなイケメン早々いないじゃねぇっすか!」
視線を返すハルトをじっと見つめ、
「って先輩に言っても無意味っすね。鏡見りゃ充分っすね。
でも先輩じゃ何かちげーんだな。かっけーって感じじゃねーんスよね」
本人を前にとんでもない事を平然と言った。
「…うるせー。どうせ俺は爽やかじゃねーよ。おめーだってそうだろーが!」
「拗ねないで下さいよ。部活の先輩はかっけーっすよ」
慰めになっていない慰めをして、呼びに来た男がスタスタと先を行く。
「彼氏だろーが彼女だろーが別にいいっすけど、部活に支障出したら許さねーっすよ。先輩だろうと容赦せずボコりますから」
後ろを振り返って刺すような目付きで唐突に言った。喧嘩を吹っ掛けるような言動と鋭さはトーヤの外見によく似合うモノで彼がそれをした所で意外なものでもない。
先輩を先輩とも思っていない態度にも慣れきっていて腹すら立たないハルトだ。むしろ尤もだと頷いて、
「混同しねーよ」
小さな声でそう返した。


「どうだか…」


トーヤが更に小さな声で呟く。
その言葉はハルトには届かなかった。


comment 2015.06.15
ふー。6月後少しで終わりかぁ。
この話も週に3話くらいアップできれば丁度いいなーと思うんだけども、まぁ仕方ないよね(笑)。
さて、やや対等でないバランス感覚ですが、シュウもきっと同じくらいハルトを好き…。
だと思う(笑)。



14





部活が終わった後、ハルトが一直線に向かったのはシュウの家だった。
既に帰宅しているシュウと一緒にいつも通り夕飯を食べて、そのまま風呂に入って、いつものようにシュウの部屋で雑誌を捲る。
それから同じように雑誌を見ていたシュウに視線を送って、
「マジで別れてねーんだな?」
唐突にサヤの事を持ち出した。
「いいだろ、別に」
シュウがハルトに視線を返すという事もなかった。
他愛もない世間話をしているかのような無関心さで短い返事をする。

それを見たハルトが怒ったように目を眇めた。
仰向けに寝転がって雑誌を読むシュウから、本を取り上げて上に圧し掛かる。呆気に取られるシュウに、
「理由は?付き合ったばかりだからとか抜かしやがったら本気で怒るぞ。サヤは何で泣いてたんだよ?」
畳み掛けるように質問した。
「しつこいって!理由も何もそれしかねぇよっ!今振ったらもっとサヤを悲しめるだろうが!サヤを泣かしたくねぇと思うならお前が我慢してろって!」
シュウの言葉を受けて咄嗟に胸倉を握り締めていた。ハルトが感情を抑えるように尖った視線のまま無言になる。
切れ長の目が激しい怒りを宿して真っ直ぐにシュウを見下ろしていた。

実際の所、ハルトにもどうしたいのか分からない部分はある。
シュウとどうなりたいのか、シュウをどうしたいのか、それともサヤとの関係を祝福したいのか。自分の感情を真っ直ぐに割り切れたらそもそも苦労はしない。
サヤの涙を見たばかりで、シュウをこうやって煽るのさえ、どうかしている。
それでも。


「重てぇよ、どけ」
足を軽くばたつかせるシュウに。



本気で苛立ちを抱いていた。


シュウの首を締めるように片手を置いて喉元を圧迫する。
驚くシュウに、
「いい加減にしろ」
掠れた低い声が動きを封じるように囁いた。
「この際、サヤと付き合ってようがどうでもいい。
けどな。お前はいつもそうやって逃げてばっかいるから、いい加減ムカつくんだよ」
「ハ…」
名前を呼ぼうとして。
首に掛かる手に力が篭るのを感じて息を呑む。


激しい怒りを宿し鋭い目付きで見下ろしてくるハルトは、全く知らない男のようだった。
でかい手が首を締め上げていく。そこにあるのは愛情や嫉妬でなく、ただの憎しみと殺意のように感じ、シュウの中で得体の知れない感情が湧き上がり取り巻いていった。

「ハルトッ!」
その手から逃れようと焦ってもがく。そんな様を見てもハルトの怒りが収まるという事はなかった。
感情の起伏が激しいシュウとは違い、ハルトは比較的大らかで冷静な性格だ。その一方で、一度切れると収集が付かなくなるのはハルトの方かもしれない。

首に掛けた手を緩めることなくシュウの唇を強引に塞ぎ言葉を封じる。
暴れるシュウの歯が当たり唇を切ろうがお構いなしに、口内を蹂躙し舌を絡め取って強引に体を抑え付けた。何度も肩を押す手を逆に掴み取り、圧し掛かるように身体を密着させる。
そうして完全に抵抗を封じ込められたシュウが諦めたようにふっと力を抜いた。

静寂の中で濡れた音がしばらく続いた後、荒い息と共に唐突にキスを解く。
シュウを睨むように見下ろしたハルトが唇に付く血を肩で拭って、同じく汚れたシュウの唇を手の甲で擦った。
ぐったりとしたシュウが文句を言いたそうに睨み付けているのを見て、目を細めるハルトだ。

シュウが口を開くよりも先に。
「ッ…、文句を言いてーのは俺だ」
ハルトが返す。

息を切らして睨む視線が余計にハルトを煽っているとは知る由もない。
ぞくぞくと背中を駆け抜ける衝動に小さく身震いして、
「いつまで経ってもおめーは煮え切らね。ハッキリさせるには一線越えるしかねーだろっ!」
明確にこれからやろうとしている事を宣言してシュウの着ているシャツのボタンを力任せに引き千切った。
「ッ…!ハルッ!!何っ、する気だッ!」
両手をばたつかせて抗議するシュウの手を掴んで顔の横に縫い付ける。
その強引さと比例するような激しい目付きでシュウを見下ろしたまま、
「何ってやるに決まってんだろーがっ!」
剥き出しの肌に唇を付けて、軽く舌を押し当てる。
動揺して震える身体に勢い付いたようにハルトの唇の動きが大胆になっていった。
首筋から鎖骨へ流れ、意図的に跡を残すように肌を小さく吸う。
「男に抱かれたとあっちゃー、さすがのお前も女を抱く気になんねーだろ?」
ふっと嫌味の笑いを浮かべて、
「ふざけ…ッつ、ぁ…!」
首に思いっきり噛み付いた。歯を擦って軽い傷を作り歯型を刻み込んでいく。
その刺激に思わず鳥肌を立てるシュウだ。

「ハルッ!ふざけんなよッ!こんな事して意味があんのかよっ!」
シュウから怒鳴り声が上がる。親の寝ている下階に聞こえるのではないかという危惧さえ吹き飛んでいた。
その剣幕さえ意にせず、顔を離したハルトが満足気な視線を投げてよこした。
「意味はあるさ」
予想外の冷静な声が即答してシュウをぎょっとさせる。それ以上に、
「明日、サヤに宣言してやるよ。お前と寝たってな。それが望みだろ?なんならクラス中に言ってやるよ。お前の逃げ場、全部奪って俺以外どこにも行けなくしてやる」
凶悪な台詞を言って更にシュウを驚愕させた。
卑屈な片笑いで脅すハルトの目は本気だ。冗談でも勢いの言葉でもなく、本気でやる気だと知り寒気が走る。

昼間に言った言葉がそれほど堪えているとは思いもしない。
余程、触れてはいけない琴線に触れてしまったのだろう。
「ハルトッ!」
思い留まらせるように名前を強く呼ぶ。

それでもハルトが留まる気配は微塵も無かった。
そればかりか軽く唇を舐めて獰猛な笑みを浮かべた。抵抗して浮き上がる手首を抑え付けて、頭上で一纏めにする。体重を乗せれば完全にシュウの両手は封じられる格好になった。

「っ…」
手がするりと臍を撫で、更に下へと降りて行く。
驚愕して目を大きくするシュウを見つめたままハルトは躊躇いもせずズボンの中へと手を入れた。
「ハ、…ル…」
掠れた声を出すシュウを無視して緩くシュウのモノを扱き出す。
「っ…、マジ、かよ…!」
「うるせー。黙ってろ」
小さく悪態を付くシュウを見つめたまま返す声は熱を宿したもので、シュウの焦りを更に倍増させた。体を捩って足をばたつかせる。
膝で背中を蹴られようと、ハルトの手は止まる事無く慣れた動作で愛撫を続けていた。


ハルトと体の関係になってもいいかという思いは大分前からあった。ハルトを受け入れるだけの事なのだから、ハルトが言うように今までの友情関係が壊れるものでは無いのかも知れない。
だが実際問題として体の相性というものがある。
戯れでキスやお触りをするのとは訳が違う。

どっちが挿入するかは互いの関係を大きく揺るがす大問題とも言えた。
そして。
シュウにとって受ける側というのは絶対にあり得ない一線だ。
それはハルトも同じ筈だ。
そこまで考えると、どうしても先へと進めなくなる。
だからといって、いつまでもハルトを放っておく訳にもいかないのだろう。
そのツケがこの暴挙なのだから、いい加減決着を付けるべきなのかもしれなかった。


ハルトがいうように。
『逃げている』自覚は充分にあるシュウだ。



強引なやり方に出たハルトに激しい怒りを覚えると同時に、自業自得な自分を感じ急速に頭が冷えていく。
その冷静さはシュウから焦りや動揺と言った心の隙を奪い取っていった。


そうして、数分後。

ハルトが軽く舌打ちを零した。
「お前も俺と同じくらい俺を好きかと思ってたけど、俺の自惚れかよ?」
シュウの頬に唇を寄せて参ったように呟く。
全然反応しない下半身に痺れを切らして小さな溜息を吐いた。
「馬鹿言うな。この状況で勃つ訳ねぇだろうがっ!」
怒り気味の声にハルトが緩く目を見開いて、すぐに恨めしい視線に変わる。
「あぁ、そうかよ」
シュウの呆れた視線を閉ざさせるように目蓋にキスをして、ついで鼻から唇へとおりていく。
「ん…、っ」
啄ばむような口付けは先ほどのような乱暴なものではなく、柔らかで優しいキスだった。
ハルトから激しさが消えるのと同時に、唇を薄く開いて舌を迎え入れたシュウが怒りの感情を解いていく。

力づくで物にする事を諦めたハルトが手を解けば、今度は逆にシュウの手がハルトのモノへと触れた。驚いてキスを解くハルトにシュウが申し訳なさそうな目を向けていた。
「…なぁ、昼間さ、…奪い取れって言ったのを、謝るよ」
自虐の笑みを浮かべていたハルトを思い出したように顔を顰めて謝罪する。
「……」
無言を返すハルトの首を掴んで引き寄せる。
「よく聞けよ…」
小さな声が秘密事を言うように囁いた。
何かと動きを止め耳を澄ますハルトの耳元で、
「…俺もさ、お前が好きだよ。この言葉で、充分だろ?」
さらりと。
今まで一度も口にしなかった言葉を言った。


途端。
「ッ…、シ…っ」
シュウが触れていたモノが言葉以上の反応を返す。
「っ……、このタイミングで、それを言うか…?」
小さく息を呑んだハルトが肘を突き、シュウを睨みつけて苦情を洩らす。
その動揺が珍しくて直に触れれば、既に濡れて立ち上がっていた。

「お前、すっげぇ素直…」
過剰な反応を返したハルトを意外に思って緩く手を動かせば、
「ぅ、っぁ…」
体をしならせて声を上げる始末だ。シュウを睨んだまま背中を震わせて刺激に耐える。
その反応の良さが予想外でシュウの鼓動が一気に高まっていった。


それは今まで一度も女には感じた事の無い衝動で、非常に危ういものだ。
そんな危険な想いが自分の中にあったのかと疑問になるくらい、ハルトへの想いを急速に自覚する。
そしてそれはシュウを躊躇わせる事無くすんなりと胸の内へと落ちて、初めからそこにあったかのように収まった。


「もう一度、言おうか?」
息を止めてやり過ごすハルトのモノが熱く高ぶっていく。
「……」
睨む目が緩く揺らぎ、物欲しそうに濡れて無自覚にシュウを誘う。
薄い唇が開き、小さく息を吐いて呼吸を整えようとした。

そのタイミングで、
「お前をぶっ壊してぇくらい好きだよ」
意図的に囁けば、完全にハルトのリズムが乱れて狂った。
「くッ…、ぁ…!」
力が抜けて崩れ落ちる。

肩にもたれる頭から清潔なシャンプーの香りが漂ってシュウの鼻をくすぐった。顔を伏せたまま息を殺すハルトを追い詰めたくなって、手の中でビクビクと震えるモノを更に強く扱いて追いやっていく。
「お、まえ…っ、最、ッ悪だ…ッ、…ァ」
その虚勢に小さく笑みを零した。
先ほどまで全く無反応だったシュウのモノが、ハルトの反応を見ていただけで立ち上がり始める。
「俺はやっぱ…、お前がすっげぇ…好みだわ」
「っ…、…」
囁くよりも小さな声で返ってきたハルトの言葉に笑って、
「恋人、なるか」
気恥ずかしそうに呟いた。
「っ!」
驚いて顔を上げたハルトがシュウの真意を探るようにじっと見つめ、動きを止める。
しばらくそうした後、唐突に視線を逸らした。


それから、
「っ…すげー、腹立つ…」
短い言葉と共に。


シュウの唇にそっとキスを落とす。



それは恋人としてした初めてのキスだった。


comment 2015.06.22
うーん…(*´Д`*)イチャイチャ過ぎてヤバイ…。こんなにラブラブしてていいのかなぁ?
砂吐きそうだゎ…うふ。
というか…砂吐くって今の人は使うんだろうか(´-ω-`)?死語かな?(笑)

とりあえず、とにかく、ものっすごいラブラブしておりますが、まぁお許しを。
サヤはどうしたんだ、サヤはという声がしそうですが(笑)、BLサイトなのだから良し良し。
サヤが超性格悪いっていう設定も何気に楽しいですよねぇ。良からぬ妄想が捗るわぃ(笑)。




15





結局、一線を越せる事無く朝を迎えた二人の空気は友人だった頃と何ら変化は無かった。とは言え、関係性に変化が生じたのは確実で、
「ハルトくん、唇どうしたの?」
ミエがご飯を食べながら唐突に放った言葉に、飲んでいたお茶を噴出しそうになるシュウだ。ハルトの顔を窺えば、唇に傷が出来て赤く腫れあがっていた。
昨日切った傷が結構深かったのか喧嘩でもしたかのような唇で、ミエがそれに気が付くのも不思議ではない。

シュウの動揺を他所に当の本人は冷静なまま、
「シュウとプロレスしてたら拳が当たって切ったみたいで…、喧嘩じゃないので心配しないで下さい」
すらすらと出任せを言った。
「仲がいいのはいいけど、気を付けてね」
ハルトの答えに違和感はなかったようで、特に突っ込まれる事なくその話題が終わる。
ひっそりと胸を撫で下ろすシュウに、ハルトが小さな笑みを送った。揶揄いの色を宿す目と目が合って思わずムッとするシュウだ。

掻きこむようにご飯を食べて先に行こうとすれば、ハルトの方が食べ終わるのが先で、
「ごちそうさまです。行って来ます」
またしても勝ち誇った笑みを向けられる羽目になった。
「ムカつく…」
シュウから洩れた言葉に声を立ててハルトが笑う。
「早く支度して来いよ。外で待ってる」
食器を台所へ片付けて、睨むシュウを気にもせずさっさと行ってしまった。


「唇の事を聞かれた時、ひやひやしたなー。お前、よく咄嗟にあんな答えが出たよ」
学校に行くまでの道中で、自転車に乗りながら隣を走るハルトに訊ねれば意味が分からなかったようで不思議そうな視線が返ってきた。
「いや…俺らの関係を疑われねぇように気をつけないといけないと思って」
目を泳がせて言葉を探ったシュウの言葉に小さくハルトが頷き、納得の声を出した。

母親に恋人だという訳にもいかない。
あまり下手な事も家では出来ないだろう。

シュウの考えを読んだように、
「ミエさん、知ってるけどな」
ハルトが短く返した言葉は、ブレーキを掛けさせるほどシュウを動転させた。
「ッ…知ってるって、な、何を?!何で?どういう事だよっ?」
合わせて止まったハルトが焦るシュウを面白そうに眺めて笑い出す。
「お前、どういう事?」
よほど酷い焦り方をしたのか、ハルトの笑いが止まりそうに無く腹を抱えて抑えられない声を立てていた。これだけ爆笑するハルトも珍しい。
それが余計にシュウを動揺させていた。
「ハルッ!笑ってねーで説明しろって!」
声を荒げれば息も絶え絶えのハルトが目尻を拭って、深呼吸し呼吸を整える。
「いや、前に俺がお前を好きだって事をミエさんに言ったんだよ。息子を好きな奴が家に入り浸ってたら気持ちわりぃかと思って。そしたらミエさん、その日は何も言わなかったんだけど、翌日にお前を大事に想ってくれてありがとうって言ってくれたんだよな。だから俺がお前を好きな事はとっくに知ってる」
「…何だ、それ…」
呆れて胡乱な目を向けるしかない。
「じゃ、あれか。母さんの前でお前とキスしようが驚かないって事か」
「さぁな。ミエさんが認めてくれるかは知らねーけど」
ふーん、と鼻で小さく返事をして、
「じゃあ、やるか。ってなるか、ボケっ!」
ノリ突っ込みして、ハルトの自転車のタイヤを蹴った。
「お前が良くても俺が嫌に決まってんだろっ!ぜってー付き合ってるのバレねーようにしろよっ!冗談じぇねぇ!」
怒鳴るように言ったシュウの言葉にハルトの目が探るように細まり、すぐに悪巧みの笑みを浮かべた。
「へぇ…。
お前は母親だもんな。照れがあるかもな」
言ってる言葉は真っ当だが、その目が嫌らしく笑っている。
「ハルト…。ふざけた事するなよ?」
念のために釘を刺して止まった足を動かせば、
「安心しろって」
全然、安心できない笑いでそう返してくる始末だった。

何でこんなに性格の悪い奴と付き合う事にしたのか疑問になってくるシュウだ。
自分の判断が浅はかだった気がして僅かに後悔の念が起こる。

それでも。
楽しそうに笑っているハルトを見ると、どうでもいいかと思ってしまうのだから不思議なもので、やはり惚れているのだろうと自覚する羽目になる。
何でも許してしまいそうな気分になるのだから、恋とは厄介なものだった。


「今日、負けたらキス一つな」
ニッと笑ったハルトが言うと同時に先を取る。
「お、い!なんだよ、それっ!」
物思いに耽っていたシュウが遅れを取って、ハルトを追い掛ける形となった。

必死に追って、唐突に気が付く。
「恋人同士でキスって…、それ罰ゲームにならねぇんじゃ…」
シュウの呟きは風に乗って消えてゆき、前を走るハルトには届かなかった。
とはいえハルトに負けたくないという思いがあり、前回も負けているだけに今回は勝ちを譲る訳にもいかない。
むくむくと対抗心が湧き上がって、漕ぐ足に力が入る。
坂を登って行くハルトを懸命に追いかけるのだった。


*****************************************


昼に起きた出来事は瞬く間に噂になって広がるほど大騒動だった。

2日連続でサヤがハルトの教室にやってきただけでも人々の注目を集めるというのに、更にハルトが平手打ちを食らった事は教室中から悲鳴が上がるほどだった。
それまでも何度か女子と噂になった事もあったが、こういったトラブルは一度もないハルトだ。女子から批難の声が上がり一時騒然となる。

それに対してのハルトは至って冷静で紳士だった。
ざわめく教室を落ち着かせるように片手を軽く上げる。唇を押さえたまま、睨むサヤに小さな声で謝罪した。それでもサヤの怒りは解けそうになく、今にも泣き出しそうな顔で握り拳でハルトを見上げたままだ。

それを見て途方に暮れるハルトだ。
シュウならこういう事態も上手く対処するのだろうかと頭の片隅で考えながら、どうすべきか悩む。人の目が無ければまだしもここは教室だ。何か下手な事を言えば、あっという間にしょうもない噂になるだろう。
かといって。
シュウの彼女がやって来て平手打ちをした時点で、既におかしな噂が立っても不思議ではない状況だった。


実際の所、ハルトにしてみれば妙な噂が立とうが大した問題ではない。
今までにも何度か根も葉も無い噂を立てられた事はある。

とはいえ意味も無く余計な噂に晒されるのも面倒な事であり、出来れば避けたい事態だ。
だというのに、元凶が廊下の向こうから慌てたようにやって来るのが視界に入って更にげんなりとした。

「サヤっ!」
シュウが大声で呼ぶと同時に教室がざわめく。
これは一体どういう関係の拗れなのかと好奇の視線が一斉に3人に注がれる。それを一番に感じたのはハルトだ。シュウやサヤはそれどころでは無いらしく、必死で宥めるシュウに縋るようなサヤが傍目にはとても恋人らしく、ハルトはある意味で蚊帳の外だった。
二人で痴話喧嘩のように言い合うのをしばらく眺めていたハルトだったが、次第にあほらしくなってその場を去ろうとした。
そこに、サヤの手が素早く伸びてハルトの袖を引いた。
「先輩。元凶なんだから居て下さい!」
強い口調で言って掴んだハルトの服を離さない。
「…元凶は俺じゃなくて…」
短い文句も、シュウの視線で制止され最後まで出る事なく終わる。
大人しくサヤの文句を一緒に聞けという事らしい。


『お前の問題だろ!』
口をパクパクしてシュウに言えば、それを見咎めたサヤが肩を力強く叩いた。
「ハルト先輩っ!私、怒ってるんですっ!目の前でいちゃつくの止めて下さいっ!」
いきなり矛先が自分へと向かって小さな驚きの顔をした。それから困惑を宿した目がシュウに助けを求めて更にサヤを怒らせた。

「せ・ん・ぱ・いッ!今言ったじゃないですかっ!何で私が怒ってるか分かりますか?!」
大人しく文句を聞くハルトの胸を両拳で叩く。女子の手では大した衝撃も無く軽い振動が胸に走った程度だ。それでもハルトが益々参った顔を浮かべるのを見て、
「サ、サヤ…、落ち着けって」
シュウが止めに入ってハルトから引き剥がした。
「ハルトはホント悪くねーから…。なっ。落ち着いて」
「シュウ先輩っ!先輩がそんなだからハルト先輩はぼけっとしてるんですよっ!大体、本気なのかどうかさえ分からない!私を励まして頑張れって言うような人ですよっ!」
「サヤッ!」
唇の前で指を立てて声を抑えろとジェスチャーする。
慌てるシュウに対し、やや諦めの溜息を付くのはハルトだ。ざわつく教室を横目に見て、小声でやり合うシュウとサヤを見つめた。

「…シュウ」
指でくいっと手招きしてシュウの関心を引く。

サヤと話し合っていたシュウがふとハルトに目を向けて、
「っ…」
軽いキスをされて動きを止めた。


「サヤ。ちゃんと言わなくて悪かったよ。本気だよ」
騒がしいどころか静まり返る教室にハルトの穏やかな声が響く。
「お、前…っ!」
シュウから恨めしい声が洩れると同時に、女子の間から驚きの声が上がって一気に騒がしくなった。女子だけでなくその場にいた男からも悲鳴のような叫びが聞こえる。
それを満足げに見たハルトが、
「丁度いいだろ?」
シュウに向かって告げる。
口角を上げてにっこりと笑う顔は見た事もない柔らかな笑みだった。
それがまた更に衝撃を生んで教室をざわめかせる。

二人の仲を見てわなわなと震え出したサヤが、
「っお幸せにッ!」
捨て台詞を吐いて泣きながら走り去っていった。
それを肩を竦めて見送るシュウだ。それから騒がしい教室を見回して、
「うるっせぇッ!黙れよ!」
大声で怒鳴れば囃し声が大きくなった。
祝福するように口笛がどこからか聞こえ、結婚式のような高々とした大拍手が巻き起こる。
「お前な…。どうする気だ」
隣で動揺一つしていない男に小さな声で問い質せば、
「悪い虫が付かなくていいじゃねーか」
笑い声を立ててシュウの肩を叩く始末だ。
たったそれだけの動作で再び黄色い歓声が上がって騒々しくなる。隣のクラスの生徒が何事かと幾人か覗きに来た所で、切り上げるようにシュウの背中を押して教室から追い出した。
「部活終わったらお前んち行く」
わざわざ言わなくてもいいような台詞を言って、更にクラスメートを煽り立てたハルトは、どうやら完全にこの状況を楽しむつもりらしい。
その切り替えの早さはハルトらしいといえばらしいが、納得がいかないシュウだ。
「…」
無言で睨むシュウに。
首を傾げて小さく笑ったハルトが甘い視線を返す。

昔から無意識に女子のハートを落としてきたハルトだ。日頃は険しい表情を浮かべるハルトだが、その容貌は非常に整った顔であり、スッキリとした綺麗な目が柔らかな笑みを浮かべるだけでドキリとするような男前の顔だ。その表情に甘い色を乗せればそれだけで気配に艶が乗る。
その彼が意図的に甘い表情でシュウを煽る。

いや。
この場合、シュウを煽ったのではなくクラスメートに対してだった。
ハルトの意外な表情に悲鳴が激しくなり騒然となった教室を抜け出す。
「性格わりぃな」
シュウのひっそりとした言葉に、
「このくらいはやらないとな」
吹っ切ったハルトが可笑しそうに返した。


連れ立って廊下を歩きながら、シュウがちらりと後ろを振り返る。
「お前のクラス、ノリがいいよな。まだ悲鳴が聞こえる」
「楽しんでんだろ」
既に興味を失ったように答えるハルトが全くいつもと同じで頼もしく思う、その感情をすぐに否定して、
「あーあ。明日から何言われるか分かったもんじゃねぇな」
頭の後ろで腕を組んで愚痴を零した。
「お前の女除けとしか思われねーから平気だろ。サヤはどうか知らねーけど」
「…あいつに思わず言っちまったんだよな。流れっつーか、ノリっつーか…」
「お前のせいで飛んだトバッチリだ」
首元を広げるように襟の隙間に手を入れてネクタイを緩める。
「シュウ…、ありがとな」
先ほど教室で見せたのと同じように。

それよりも、甘い笑みが真っ直ぐにシュウに向けられる。僅かに照れの混じったはにかんだ視線が余計にシュウをその気にさせた。
「っ…不意打ちは止めろって」
思わず胸を押さえて零せば、ハルトが視線を外して小さく笑った。


「ばーか」
日頃は腹の立つその台詞さえ。
甘い台詞のように聞こえるのだから、相当重症なのかもしれなかった。


comment 2015.07.08
更新遅くなってしまって非常に申し訳ないですorz。
前回ラブラブ過ぎてまったりモードでいたらあっという間に2週間、経ってしまったようです(笑)。
さてさて、クラス公認(?!)にもなったし、これでいつでもイチャイチャできます(?)。
頑張って二人の仲を進展させていきたいです(笑)




16





翌日の昼にはすっかりと昨日の出来事が学年中に回った後のようで、シュウが廊下を歩く度に顔見知りから声を掛けられる有様だった。
ハルトが言うようにほとんどの生徒が女除けの冗談と受け取ったようで、深刻な噂にもならず、からかいの種になったに過ぎなかった。その事に一安心しつつ、未だに怒っているサヤともう一度話し合いをする必要を感じていた。


「お前、気を付けた方がいいと思うぞ」
昼食を一緒に取っていたコウが昼休みにそっとシュウに警告する。
ハルトが昼練に行ったのを見計らったようなタイミングで言われて、何事かと動きを止めた。
「お前らの冗談はいつもの事だけど今回は度を越してるからさ。お前、何だかんだ結構男にもモテるし、マジで受け取る奴もいるから」
当たり前のように吐き出された言葉に、食べていた物を噴出しそうになって無理やり飲み込む。
「っなん、だ、それ」
胸を叩いて冷静を装うシュウを呆れた目で見つめるコウは決して冗談を言った訳ではないらしく、
「鈍いな〜。今までとっかえひっかえ女と付き合ってたから諦めてた奴もいるって事。その内可愛い男の後輩が『先輩!抱いて下さい!』とか来るんじゃね?」
笑いもせずに平然と恐ろしい事を言った。
「あの、な…。んな訳あるか!」
思いっきり否定して、馬鹿な事を言っているコウの脛を蹴る。

しばらく痛みに呻いていたコウが、唐突に鞄を探って一枚の写真を目に前に翳した。
「何だよ」
冷たい声で言いながらそれを見て、目を見開くシュウだ。
コウの手からそれを奪い取ってマジマジと見つめれば、写真に写っているのは間違いなく自分で、部活の合間の写真だと分かる。
「お前の写真、結構男も買ってるって聞くけどな」
更に鞄から2,3枚放り投げてシュウによこす。どれも違う写真でハルトと一緒に歩いている下校風景や弁当を食べている姿もあった。
「お前な!何なんだよ、これ!」
コウの目の前で引き千切ろうとして、奪い返される。
「止めろって。幾らしたと思ってんだ」
皺の入った写真を指で直して、再び鞄に仕舞い込む。それから、
「誤解の無いよう言っておくけど、これは妹がお前のファンだからであって俺のじゃないから」
胡乱な目を向けるシュウに言う。


そこでハタとある事に気が付くシュウだ。
「な、な。もしかして」
知らず小声になり猫撫で声になる。
僅かに身を乗り出し、
「ハルトの写真も売られてる訳?」
コウに顔を寄せて訊ねた。

「…」
一瞬の空白が開き、
「お前らラブラブだな」
吐き捨てるような呆れた台詞が返ってくる。
「そうじゃねぇよっ!気になっただけに決まってんだろっ!」
即座に否定して催促するように足を蹴るが、余計に白々しい行動になり肯定しているようなものだ。
蹴られた足を摩りながらその様を見つめていたコウが軽い溜息を付いて、
「売ってるに決まっってんだろ。バスケ部の試合は毎回応援団もすげーじゃん。広報部も参加してるし、カメラ部が行かない訳ないだろ」
当たり前のように言った。
「…あいつ知ってんのかな?」
独り言のように呟いたあと唐突に。
「なぁ、お前ハルトのは持ってねーの?」
目を輝かせて訊ねる姿はどこからどう見ても期待している様子で、まるで子どものようなテンションの上がり具合だ。

その表情を女子が見ていたら大騒ぎになるだろう。
それくらい生き生きとした顔でコウを見つめる。
幸い、昼休みとあってクラスに人も少なく二人に注目している者もいなかった。

「…ま。俺はお前らが出来てようが、どうでもいいけどさ…」
呆れを通り越し、参ったように髪を掻くコウが身を乗り出すシュウの肩を押して遠ざける。
それから、
「何で俺がハルトの写真を持ってんだ。持ってたらおかしいだろ。クラスが一緒でもお前繋がりでしか接点が無いんだから」
突き放すように冷たく答える。
「そりゃ、…そうだけど」
コウの返答を聞いて、先ほどの勢いはどこへ消えたのかというくらい目に見えてがっくりと肩を落とし、頬杖を付いて窓の外へと視線をやった。
「ちぇ。折角だからどんな写真か見たかったな」
残念そうな口調で愚痴るシュウが気の毒になった訳ではないが、
「しょうがねぇから、これやるよ」
先ほど見せた写真の内の一枚をシュウへと放り投げた。

それに目を向ければ、一緒に下校している写真だった。
「結構、貴重な写真だぜ?女子が目の保養だって大騒ぎしてたやつ。俺はツテがあるから買えたけど…、あっ。この話、内緒でよろしくな」
「…お前、マジでなんなんだ…」
とんでもない事をさらりと言ったコウをじろりと睨んで、写真をマジマジと見つめる。
特に変わった様子もなく、どこが貴重なのかシュウには分からない。

「いつものハルトじゃねぇか」
写真を返そうとして、押し戻される。
「やるって。妹が見たら嫉妬しそうだからさ」
強引に手の中へと押し込んで、訳のわからない事を言う。
首を傾げるシュウを可笑しそうに見て、
「はいはい。惚気は分かったって」
鼻で笑うコウだ。


その態度にムッとするも文句の返しようがない。
とりあえず押し付けられた写真を鞄に仕舞って、有難く頂くことにするシュウだった。



*****************************************



「コウ!…ちょっといいか」
部活終わりの片づけ中に意外な人物に呼び止められてコウが目を丸くした。
お昼を一緒に食べる事はあっても二人っきりで話す機会はあまりない。
タオルを片手に汗を拭き取りながらやってきたハルトが僅かに気まずそうな表情で立ち止まったコウを見つめていた。
「…どうしたんだ?」
何かシュウにトラブルでも起きたかと不安になって声に焦りが混じる。持っていたバトミントンのラケットを壁に立てかけて聞く態勢を取った。
「あ、いや…。大した事じゃねーんだけど。シュウから俺らの写真が売られてるって聞いたから…」
気のせいかハルトの視線が落ち着き無く泳ぐ。
一端言葉を切って、次に出た言葉はコウの予想通りの言葉で思わず噴出しそうになるくらいだった。
「シュウの写真、持ってねーかと思って」
「持ってるけど高いよ?」
即答して相手の出方を待つ。
真面目な顔で逡巡するハルトは、これはこれで面白い見物だった。

短い沈黙の後、
「いくら?」
小さな声で訊ねる言葉は本気らしくその目には迷い一つ無い。
「一枚600円」
さり気に盛って答えれば、
「いい写真あれば買う」
大した躊躇いも無く承諾した。

そのあまりの即断に笑ってしまうコウだ。
「お前ら本当にラブラブだな」
「まぁな」
笑いながらの台詞は冗談として受け取られたが、それでもはっきり照れも無く言い切ったハルトはやはりシュウとは正反対の反応でコウの関心を擽る。
「お前ら二人、見てて飽きねーわ。後でアルバム見せてやるから片付けの後、部室に来いよ」
置いたラケットを手に取ってシャトルを下から掬い上げ、空中で掴み取る。
「アルバムって、そんなにあんのか?」
驚くハルトに悪戯な笑みを向けて、それには返答せずに片付けへと戻っていった。


「忘れんなよ」
ハルトの言葉に軽く手を上げて答える。


冗談だと思っていた二人の関係だが、本当に付き合っているのかもしれないという疑惑がコウの中に芽生える。だからといってその事に特に意味も無く、二人に対する見る目が変わる訳でもない。

それ以上に、今後もっと面白いモノが見れるかもしれないという期待の方が大きいのであった。


comment 2015.07.19
久しぶりになってしまって申し訳ない…。
ちょっと転職活動やら何やらで忙しかったです。そして恐らくしばらくは土日が忙しいのでちょっーと更新が空きがちになるやもしれない…orz。目下、頑張って退職の意思を伝えたいです。労力いる…(笑)。え?こないだ入社したばっかって意見は聞こえないっす(´-ω-`)。

さてさて、盗撮はいけませんよー(笑)。昔はこういうの結構許される部分があったと思うんだけど、最近は悪質な犯罪が増えたせいかすぐに肖像権侵害になりそうだよね(笑)。最近はもう色々な事がすぐに重大問題になりがちで、その内法律でガチガチの時代を迎えるのかもしれないねぇ…。使う人のモラル低下と、技術進歩に伴う意識教育の欠如なのかなぁ。とか偉そうなことを書いてみる(笑)。



17





二度ある事は三度あるもので、サヤから三度目の呼び出しを食らった時にはさすがに何も感じなくなっていた。

「どうした?」
放課後の部活が始まった時刻の校舎裏では人目も少ない。前回に比べ落ち着いて話せる環境はハルトをホッとさせた。何をするにも目立つ自覚はある。これ以上よからぬ噂に余計な噂を重ねる事もない。

そんな懸念を読み取った訳でもないが、その日のサヤは始終落ち着いた様子で先日の怒りも治まっているようだった。
とはいえ、彼女の吐き出した言葉はハルトを仰天させるには充分だった。

「先輩、無理にとは言いませんけど、一度で良いからデートして貰いませんか?」
こういう突飛な部分がシュウの惹かれた要因なのだろうか。
頭の中でハテナを描いたまま視線で意図を問う。
その疑問を察した彼女が慌てたように首を振って、
「誤解しないで下さい!シュウ先輩はハルト先輩のどこが好きなんだろうって思っただけなんです。先輩の事、全然知らないし…」
最後には尻すぼみになって俯く。

自分で言った言葉に落ち込んでしまったのを見て、無性に頭を撫でてやりたくなるハルトだ。
華奢な肩に小さな体は日頃見慣れたシュウとはまるで別物で、怒ったり泣いたりと様々な表情を見せるサヤが妹のような気さえしてくる。
思わず手を上げかけて、自分を抑えるように握り拳を作った。

「シュウも知ってんならいいよ」
敢えて軽く答えればハッとしたように顔を上げて大きく頷く相手だ。
「今週の土曜日!大丈夫ですか?!」
意気込んで訊ねる彼女に短い思案の後、頷きを返せばパッと花開いたように明るい笑顔になった。
日曜日は練習試合があったが、大きな試合前でもない限り前日は午前練習のみで、午後はしっかりと休養を取るというのがバスケ部の方針となっていた。
「忘れないで下さいね!」
こないだの怒りは何だったのかと疑問になる笑みで、サヤという存在がよく分からなくなる。
とりあえずこれで関係修復できるならいいかと楽観的に思うハルトは相当のお人よしでもあった。



*****************************************


「お前とデートしたいって本当に変わってるよなぁ。元々お前が好きなんじゃねぇの?」
「それはねーよ。サヤはお前にぞっこん」
すっぱりと言い切ったハルトが頭からお湯を被った。
その日の出来事をお互いに報告し合うのは昔からで、授業の内容といった些細な事から進路の事など多岐に渡る。一緒に風呂に入りながらという状況も、恋人同士になったからしている訳でもなく昔からの事で珍しい行動でもない。

「そうかぁ?何かこういうパターン多いからさ。最初からお前に気があるのかと思っちまう」
湯船の縁に顔を乗せたシュウが疑わしそうに呟くのを笑ってしまうハルトだ。シャンプーを手にとって乱暴に短い髪を掻き混ぜながら、
「人間不信にも程があんだろ。どう見たってサヤはお前が好きだろうが。
俺なんか殴られてんだぞ。あれで俺を好きだとしたら余程の変わりもん」
鼻で笑って可笑しそうに言い放った。
「殴られるお前が見たいとかあるかもしんねぇじゃん」
「…そんな奴がいたらこえーけど?」
すかさず返すシュウに笑いながら言い返す。

ハルトの返答は至極真っ当な言葉であったが、
「でもお前ってさ。加虐心そそる顔してっから、ムラッと来る奴いてもおかしくねぇし」
平然と仰天するような台詞を言ってハルトの動きを止めさせた。
「加虐心そそる顔ってどんな顔だよ。怖がられる事はあっても苛めにあった事なんかねーぞ」
じゃばじゃばと乱暴に湯をすくって頭から被る。泡を洗い流して鋭い目で問う顔は精悍で男らしい顔だ。弱々しい顔でもなく、きりっとした眉に意思の強そうな目はどう見ても軟弱には見えない。
「うーん…。俺はお前を見てるとすっげぇ泣かしたくなるけどなぁ」
「…!」
シュウの放った言葉を聞いて一瞬動きを止めたハルトが次に取った行動は手桶の中身をシュウにぶち撒く事だった。
「っうぁ!」
激しい勢いでお湯を被ったシュウが顔を覆う。目を擦るシュウに怒りの視線を向けて、
「女扱いすんな。おめーを泣かすぞ」
低い声で脅した。

もっともそれが通じる相手でもなく。

「出来るもんならどうぞ」
けろりとした声で返されてハルトが返答に詰まった。
更に追い討ちを掛けるように、
「俺が嫌がる事をハルトがするとは思えねーしな」
ニヤリと笑みを浮かべてそう付け加えるシュウは相当性格が悪い。
とはいえ、事実その通りでぐうの音も出ないほど的確な言葉でもあった。
「お前すっげぇ腹立つ…!マジで泣かせたくなる!」
肌が赤くなりそうな勢いで体を洗って乱暴に湯船から湯を掬った。飛んでくる飛沫を避けるシュウの迷惑そうな顔などお構いなしに、湯をじゃばじゃばと掬う。
泡が切れると同時に立ち上がって、
「俺は先に出んから!土曜はデートだしなっ!」
デートをわざと強調してシュウに当て付ける。
「はいはい、初デート楽しめ」
笑ったまま余裕の返しをして更にハルトを苛立たせた。
立ったままジッとシュウの顔を恨めしそうに見つめていたハルトがふと視線を外す。
それから戸を開けて。

意趣返しでも無いが、暢気に湯船に浸かるシュウの唇に素早いキスを落とした。

突然の行動に呆気に取られるシュウにもう一度キスをして、
「間抜け面」
短い一言を放った。

シュウの呆けた顔を見て多少の溜飲も下がったようで、足取り軽く風呂場を出て行った。


「…腹立つのはお前だっつーの」
小さな声で洩らす言葉は勿論ハルトに届く訳もない。
唇を摩りながら気を静めるように顔を湯船に浸けるシュウだった。


comment 2015.08.31
お馴染みの言葉ですが、更新が凄く空いてしまって本当にすみません…orzorz。
色々ありまして忙しかったです(^_^;)。なんと車に追突されたの。大した事なくて良かったけども、皆さんも本当に気をつけてorz。
そんなで今後の更新予定なんだけども、そう転職しまして、新しい職場が今まで比で言うと通勤に+1時間近く余分に掛かるので(片道。笑)、ちょーっと更新がスムーズには出来なくなる気がします。今まで週1キープでやってきたんだけど、うーん、難しい気がします(´-ω-`;)。そんなで一応お知らせを。予定では月1は必ずキープするつもりなんだけども、結構残業続きだから何ともいえないかもしれない(笑)。今の所はそんな感じでーす(^▽^)ノ

ちゃんと完結させるのでご安心を☆
次々回くらいはラブラブモードかなぁ。次回はデート。女の子が絡むのが嫌いな人は18話目は飛ばすが吉です(笑)。ちなみにもうどっちが受けか明白なんですかね?(*^3^*)?
もうタイトルだけ攻め攻めで中身は普通に丸分かりなのかな〜☆



18





ハルトは男にしては非常にマメな性格であり、今まで特定の彼女がいない事が不思議なくらい女子の扱いが巧みな男だった。下手したら彼女を頻繁に取り替えるシュウよりも扱いが上手い。

サヤが待ち合わせ場所に到着したのは約束の時間の15分前だったが、既にハルトがそこにいたことはサヤを少なからず驚かせた。
すぐにサヤに気が付いて足早に歩み寄る。僅かに笑みを浮かべてサヤの格好を褒めたハルトに思わずぐらりと傾きそうになるほど衝撃を覚えていた。

日頃のふてぶてしさは何かの魔よけかと思うほど、学校外でのハルトは印象が違う。
派手すぎず地味すぎず、それでいて洒落た服にモデルのようなスタイル、その顔だ。通る人が振り返るのも当然の事で、つい自分の格好を見直す羽目になる。

僅かに戸惑っているとそれを感じ取ったように、
「行きたい所は?」
手を差し出してきた。
まるで恋人にするかのような態度に一瞬、驚いて、それがハルトの描くデートなのだと気が付く。
実際の所、デートとは恋人同士がするものなのだから、手を繋ぐのは普通の事なのかもしれない。自分でデートを申し込んでおいて、相手の行動に驚くのも失礼な話である。
素直にそれを受け入れることにした。


繋いだ手はシュウよりも大きかった。
手入れされた爪に形のいい手、長い指が男らしい。
シュウとも手を繋ぐのだろうかと思い何気なく見つめていると、ハルトがふっと鼻で笑った。

「シュウと比べただろ?」
共通の話題はお互いの距離感を取り払うには丁度いいもので、僅かに緊張の面持ちだったサヤに笑みが浮かんだ。
「比べてませんっ!」
相手の冗談にむくれた振りで返せば、ハルトの笑いが深まる。
「絶対比べたって」
きゅっと手に力を入れてサヤの手を握り返す。それから緩めて軽く引いた。
「俺よりあいつのが手ちいせーだろ。足はあいつのがでけーんだけど」

「…」

何気ない言葉が、二人の親密さを何よりも物語る。
サッカー部のマネージャーだからシュウの足のサイズは知っていた。
だが、それをシュウから聞いたわけでもない。手の大きさも二人で手比べしたわけでもない。

知り合って1年も経っていない自分とは比べ物にならないくらい二人の時間は長いのだと突きつけられた気がした。
「私、諦めませんからっ!」
サヤが強い口調で宣言する。
目を丸くしたハルトがすぐに笑い声を上げた。

「シュウが何て言ったのか知んねーけど…」
一度、言葉を切って横を歩くサヤを振り返る。
「俺も腹括ったからさ、あいつに関しては誰にも譲る気はねーんだよ。ごめんな」
笑みのままそう告げる。その声音の静かさがハルトの本気を窺わせた。
それを感じ取って、
「…先輩、最初にそう言ってくれればいいのに…」
寂しそうに呟くサヤの言葉は消え入りそうなほど小さな声だった。
かろうじてハルトに届くくらいで、ハルトの足が思わず止まる。
視線を逸らして俯くサヤの頬を軽く撫でて、
「そんな事言えるわけねーだろ」
流れてない涙を拭うように摩った。

「飯くってねーだろ?洋食好きって聞いたからいい店探しといた」
手を引いて、気まずさを払うように軽快な足取りで先を行く。
その軽さに驚いて、
「先輩ってよく分かんない…」
困惑したようにサヤが呟く。手を引かれたまま付いていった。



*****************************************



シュウがハルトに会ったのは、次の週の月曜だった。
二人のデートがどうだったかは知らない。


だが。


「ハル…」
廊下で会った瞬間に違和感に気が付いた。
ハルトがシュウに気が付いて視線を一瞬、外す。その直後にすぐ視線を戻した。その仕草が今まで見た事もないような態度で、二人の間に何かがあったのかと邪推するには十分だ。
そんな疑いをおくびにも出さずに歩み寄れば、
「…シュウ、昨日行かなくてわりー」
同じように近づいてきたハルトが何かを誤魔化すように髪を掻いた。
「別にかまわねーけど、試合どうだった?」
敢えてデートを聞かずにそちらを訊ねてみれば、これまた微妙な間が空いた。
「…」
「負けた?」
意外な沈黙で思わずそう訊ねてしまう。それが気に障ったようで、シュウを睨んだ。
「負けるわけねーだろっ…!」
「じゃあ何だよ、その沈黙は!」
相手の剣幕に釣られ、怒鳴り返す。
「…いや、ただの八つ当たり。悪かった」
両手を挙げて大きく息を吐く。床をジッと見つめた後、ポケットに手を突っ込んで廊下の壁に寄り掛かった。
「調子悪くて、最悪だったんだよ。試合。お前、見に来いよ!」
吐き捨てるように言った後、再び溜息を付いた。

俯く顔を覗き込む。
「…なんだ?」
機嫌が相当悪いようで、いつも以上に目つきがきつい。よくよく見れば唇の端が切れて、かさぶたになっていた。
「どうしたんだよ、これ」
顎を掴んで上を向かせる。それを強引に振り払うハルトだ。
「監督に気が弛んでるってはたかれたんだよ。そんくらい最悪な試合だったからな」
「ふーん…お前が珍しいね。そんなにデート楽しかった訳?」
つい。
嫌味の一つでも言いたくなる。

デートの翌日に気が弛んで試合がぼろぼろだったとは珍しすぎる事態で、というより記憶にある限り試合でそのようなことは今まで一度もない。
シュウが腹を立てるのも当然といえば当然であった。

その嫌味を聞いてハルトの目付きもきつくなる。
シュウの胸を指で突き、
「勝手に言ってろ」
付き合っていられないように、もたれていた身体を起こす。
「お陰で楽しいデートだったって言やー満足か?お前の彼女は最高だよって言やーいいのか?」
肩でシュウにぶつかりながら通り過ぎ、
「今日はお前んち、行かねーから」
目を合わせずにそう宣言した。
「…ハル!」
過ぎて行こうとするハルトの手首を掴んで引き留める。

最初に『八つ当たり』だというように、気分を害してる相手に嫌味をいう行為は大人気ない行動だった。
「悪かった。俺も八つ当たりだよ」
素直に謝れば、ようやく二人の視線がかち合う。
「デートはどうだったのかと思って。そっちが本命。気になるのは当然だろ?」
声のトーンを落としてそう訊ねる。
シュウの言葉に、小さく目を見開いた後ぼそぼそと返事を返した。
それが至って普通の回答で、態度の割には普通すぎる答えが余計に疑念を抱かせる結果に繋がる。
思わず掴んだままの手に力が篭って、ハルトから苦情の声が上がった。

「変な勘ぐりしてんじゃねーぞ!」
腕を振り払って手首を摩る。
「言ってんだろ?何で試合、見に来なかったんだよ。俺はそっちにムカついてんだよ」
手首を振りながらシュウに訊ね返す。詰問されて返答に困るシュウだ。
試合を見に行くことはそんなに無い。
毎回見に行くような習慣もないし、何故そこで責められるのか分からない。
無言を返すシュウを見て、ハルトが苛立ちを発散するように髪を2、3度かき上げた。

じっとシュウを見つめた後、そっと身を寄せる。
耳元で、
「見に来いなんて強要しねーけど…。暇だったなら来いよ。
けど、ただの八つ当たりだ。気にするな」
小さな声で意味の分からないことを囁く。
「じゃ今度は行くよ」
恋人として来て欲しいという意味なのかと思ってそう答えれば、それほど満足でもなさそうなハルトが小さな相槌を打って背を向ける。


いつもなら何を考えているのか明白に分かるのに、それがまるで分からなくなる。友人であれば気楽な関係が、恋人になった途端に面倒くさくなった気がするシュウだ。
変な気遣いや束縛はお互いが望む事ではない筈なのに、それをさせるハルトに、それをしてしまう自分に嫌気がするシュウだった。


comment 2015.11.03
うーん。凄い事実に気が付いたけど、なんと3ヶ月ぶりです(°_°;)!日が経つの早すぎる…!
もう一つのリクも同時並行で書いていった方がいいかもしれん…orz。
折角リクエストをもらったのに、更新遅くてすみませぬーヽ(TдT)ノあぁう。

さて、この話もいよいよ佳境…?まとまって最後までアップしたい気分ですが、中々進まないので、どうなることやら…(笑)。20話超えはちょっと長すぎちゃったかなぁ…(^_^;)むふふ。

そう、もしかしたらサイトをマルッと移転するかもしれないです(^▽^)ノ最近、広告が表示されない無料サーバで結構使いやすいのがあって、そちらに心揺れ動き中〜☆

19





何となく気まずいまま昼を迎え、授業終わりに会う事もなく下校時刻になる。
ハルトが気になるシュウは、そのまま自転車でハルトのマンションに向かった。いつものように何気なく室内に入れば相手はまだ戻っていないようで、待つ羽目になった。
ハルトがよく利用するマッサージチェアを一通り使って満足した後、冷蔵庫を漁った。

案の定、何も入っていない冷蔵庫だ。
空腹を紛らわせるように水を飲んで、ハルトの部屋へと向かった。

相も変わらずの部屋に、一瞬たじろいだ後ベッドに腰掛ける。
そのまま寝転がると、不思議なことに全く見知らぬ場所のような錯覚がした。白い天井に洒落た照明器具がぶら下がる。眠気に誘われてウトウトとし始めた頃、ようやくハルトの帰って来る音がした。

身を起こしてやってくるのを待つ。
シュウの予想に反せず、
「っ…、何で来たんだ」
ベッドを占領するのを見た第一声は案の定の台詞だった。
「話があっから」
答えるシュウの言葉に見向きもせず、ムッとした表情のまま荷物を乱暴に床に放り投げる。締めていたネクタイを解いてブレザーを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外して暑そうに袖を捲くった。
「飯くってねーだろ?」
ごそごそと鞄を漁って中から菓子パンを取り出し、シュウに向かって放り投げて寄越す。
「学校では悪かったって。深い意味はねーから気にすんな」
昼と同じ台詞を言ってテレビのスイッチを入れた。
「で?話って?」
すっ呆けてるのか、素なのか。

さすがに付き合いの長いシュウでも判断がつかない。
ハルトの顔はいつもと同じで、昼にあったような気まずさや戸惑いが無かった。
「…いや、お前がいつも通りなら別にいーけど…」
これ以上、追求するのも馬鹿らしい気がして言いよどむ。窺う視線に気が付いたハルトが軽く溜息を付いた。
「デートは普通だって言っただろ?いい加減、しつけーぞ」
パンの封を切って、一口齧る。無言のまま咀嚼しておもむろにシュウの元へと歩み寄った。そのままベッドに座るシュウの肩を押し倒した。
上に跨り胸元を手の平で押さえつけて、
「おめーさ、何度言わせりゃ気が済むんだ?」
かなり苛立った声でそう言った。
きょとんとするシュウを上から睨み付け無言の圧力を掛ける。
怒った声のまま、はっきりと。

「お前が好きだって何度も言ってんだろーが。俺の言葉くらい信じろ」
愛の告白とは思えない、告白をした。
「…」
素直すぎる言葉に返す言葉をなくして黙り込む。
それを勘違いしたハルトが、ため息を漏らした。
「人間不信もそこまでいくと重症だ。ずっと一緒にいる俺が信じられないんじゃ相当やばいって」
身を引くと同時に先ほどまであった圧迫感がふっと消える。それに違和感を覚えて寝転んだままでいると、背中を向けたままのハルトが腰に手を当てて深い溜息を付いた。

互いに一言も話さないまま、部屋に静寂が続く。

その静けさの中でようやく頭が冴えてくるシュウだ。それと同時に苛立ちが蘇ってくる。
有耶無耶にされて騙される所だったが、隠すような素振りをしているのはハルトの方で自分が人間不信のせいではないのではないか。
そこを無しにして、人の事だけ責めるのはいかにもハルトらしいとはいえ、好きだから信じろといくら言われても信じられる訳もない。

「じゃあ何を隠してんだよ!デートしてからのお前、おかしいよ」
半身を起こして詰問する。嫉妬なんて醜い感情だがオブラートに包まず、率直に訊ねれば僅かに驚きの顔でハルトが振り返った。
何か言おうと口を開いてすぐに閉じる。それからおもむろにワイシャツのボタンを外し前を広げて見せた。

「…喧嘩。お前うるせーだろ?」
至極、簡単な答えに、あぁ、なるほど。
そう納得するには。

あまりに酷い青あざで。
「…ぶっころす…ッ。相手、どいつだ?」
勢いでベッドから起き上がる。それを強引に引き止めるハルトだ。
「だから面倒くせーんだよ、おめーは。」
隠すように襟元を合わせボタンを留めて、ベッドに腰を下ろした。その隣を手のひらで2,3度軽く叩き座るよう誘う。
「お前がそこにいなくて良かったし、サヤにも危害が及ばなくて良かったと思ってる。それにやられた分はきっちりやり返したからな。お前が出る幕じゃねー」
「そんなんで…俺は納得いかねぇよ!てめぇの問題じゃねぇんだよっ!」
拳を震わせていきり立つシュウの手首を引いて強引に座らせた。
「お前だって喧嘩沙汰になったらヤベーだろ。俺は別に構わねー。一番大事なのはバスケじゃねーし」
「そんなの俺だって…!」
言いかけて、とんでもない言葉を口走りそうになり慌てて口を噤むが、既に遅くハルトが小さく片笑いを浮かべていた。
「へぇ?続きがききてーけど?」
ニヤニヤと笑うハルトはいつも通りだ。性格が悪くて嫌味で。普通の男が浮かべたらニヒルな笑いが不思議と様になって、目を奪われるほどいい男だ。
その輝きに当てられて、ムキになった自分が恥ずかしくなる。
「クッソ…」
どきりとした感情を誤魔化すように悪態を付けば、ハルトの笑いが濃くなった。その拍子にシャツが乱れ、鎖骨が露わになった。あまり焼けていない肌に誘われるように肩に手を掛け、顔を近づける。

「…っ」
唇に当たるのは硬い感触だ。
「盛んな」
キスしようとしたシュウを遮るように唇の前を手でガードしたハルトが拒絶した。
「キスくらい、いいだろ。恋人なんだから」
ムッとして頭を鷲づかみにし強引に顔を近づければ、相手も負けじとシュウの胸に拳を置いて抵抗を返す。
「ッ…よせって!そういう気分じゃねーッ」
「く…っ」
お互いに一歩も引かない力比べとなった。たかがキスで何故こんな意地の張り合いをしなきゃいけないのか疑問になるが、引くに引けない状況だ。勝負を持ちかけられたら負ける訳にはいかない。
「抵抗されると余計に崩したくなんのっ、知ってんだろッ!ハルッ!」
短い髪を掴んで下に引く。力任せの行動に、
「ぃ、ッて!」
ハルトから苦悶の声が上がった。一気に力が抜けてそのまま押し倒される。
柔らかなベッドに崩れ落ちて胸が上下する。痛みを堪えるように鳩尾を摩りながら緩い瞬きをした。
「痛てて…、おめーさぁ。女相手でもそんな強引なわけ?訴えられるぞ」
「んな訳あるかっ!」
抵抗する気が無くなったらしいハルトの台詞にシュウが怒鳴り返す。
大人しい身体に圧し掛かって勝ち誇った笑みを浮かべた。頬に手を滑らせキスをしようとする。その僅かな一瞬、逃げの姿勢を取ったハルトを見逃すシュウではない。


どう考えても奇妙な態度だ。
いつものハルトならここぞとばかりにキスしてくるのに、いくら気分が乗らないからといって、この態度はおかしい。

「…サヤとキスでもしたのかよ?」
先ほどまでの高揚感が一気に下がり、地の底まで落ちた。
「は?」
問い返すハルトの口を、
「うッ!ンッ…!」
強制的に封じる。

愛情の欠片もない乱暴なキスだ。暴れる両手を押え付けて、逃げる体ごと絡め取り深く口内隅々まで貪った。それでも抵抗を返してくる有様で、
「…っ」
噛まれこそしないが、シュウが焦れたように唇を解放した。
「なんでだよっ!」
視線を合わせれば、ハルトの恨めしそうな目が鋭く睨み返してくる。
「そんな気分じゃねーって…ッ言ってんだろっ!」
シュウの胸を思いっきり叩いて怒鳴り返してきた。圧し掛かる体を足蹴りしようとして足を浮かせる。
「あぁ、そう。サヤとキスしたんじゃねぇなら、まさか喧嘩相手にでもされた?」
腹が立つあまり、そんな嫌味を投げてしまう。
ただの嫌がらせの言葉だった筈だが。

ギクリとしたように体を硬直させたハルトに驚いた。
「…マジで?」
言うと同時にハルトの胸元を開いて体を確認した。
「おい…」
「キスだけ?…他は?」
「シュウ!」
ハルトの呼び掛けも聞かずに体をひっくり返し、隅々までチェックし始めた。仕舞いにはズボンまで脱がしにかかり、その行動に僅かに切れ気味のハルトだ。
「他ってなんだ?!気持ちわりーこと言ってんなっ!」
わき腹に掛かる手を振り払い、怒鳴って否定すれば更に上をいく怒気が返ってくる。
「心配すんに決まってんだろッ!俺はてっきりサヤだと思ったから仕方ねーと思ったけど!こんなにアザだらけでキスだけな訳ねーだろーがッ!」
「ッ…!」
こんなに分かり易い相手も早々いない。
ハルトの表情は長年付き合っているシュウには非常にシンプルだった。

「キス以外には?」
「…」
嘘を許さない鋭い目が真っ直ぐにハルトに突き刺さる。
無言状態だったハルトが観念したように口を開いて、小さく舌を出した。
「すっげぇ気持ちわりーの突っ込まれた」
自分の口を指差して思い出したように顔をしかめる。それから、
「だからお前とキスしたく無かったんだよ。お前を汚すみたいで気持ちわりーじゃん。当分は無しにしようぜ」
特に感情の篭らない声で言う。それが逆に痛くてシュウを深く抉った。
「そいつ…俺の知ってる奴?
なぁ。ハル。お前にそんな事して、俺がそいつを許すとでも思う?」
日頃は陽気でおちゃらけた雰囲気のシュウだが、こういう時の冷静さは非常に危うい気配を醸し出す。
シュウの目をジッと見つめていたハルトがシュウを頬を両手で包み込んだ。
「そういうのよせ。俺は好きじゃねー。だから言いたくなかったんだよ。
しゃしゃり出んな」
それはハルトの本心だ。だがそんな言葉でシュウの怒りが収まる訳もない。それは恋人云々ではなく人として許せない事だった。仮に友人であるハルトがそう告白したとしても同じ憤りを感じていただろう。

シュウの拳が顔の真横を殴りつけ、激しさでベッドが左右に揺れ動いた。その激情はいかにシュウの怒りが深いか知るには十分だ。
「落ち着けって。口に突っ込まれただけだ。別に愛がある行為でもねーし、たかが喧嘩の延長だろ?」
「…っ!喧嘩の延長なら、ヤられたって同じことを言うのかよ?突っ込まれたのがケツでも同じこと言うのか!あぁ?!」
シュウの手がハルトの胸元に圧し掛かって息が詰まり、痛んだ身体が悲鳴を上げる。呻くハルトに気づかないほどシュウの怒りは激しく、
「そんな、事っ言ってねーだろッ!」
ハルトの声も届かない。咄嗟に膝を立てて痛みのある上半身をガードする。その膝を空いている手が強引に横に開き、
「!シュ…ッ…、うぁ!」
体が滑り込んできた。シュウの太ももに足を乗せ、迎え入れるように左右に開いた無様な格好になる。
「っざ、けんなッ!シュウッ!」
「ハルは危機感が無さ過ぎなんだよ」
捕らえた膝裏を持ち上げて、くいっと腰を突き上げる。臀部に下半身が当たって、
「よせって!!」
珍しいくらい慌てた声が上がった。
「他人にヤられるくらいなら俺とやっておけよ。くだらねープライドなんか捨てろ!」
「ゥ…っあ、アホ言ってんなっ…!」
肩を押し返して抵抗を試みるも、腹部が圧迫させて殴られた箇所に痛みが走った。
「痛ッ…」
痛みで浮く背中に。


するっと何かが走る。
「ッぁ…!は…ッ!」
その刺激に。

甘い声が洩れた。
慌てて口元を抑えても遅い。
「気づいてねーと思った?」
「なに…が!」
今度は確信的に背中を柔らかく撫でる。背骨のくぼみから肩甲骨の間、そして臀部への狭間へ、たったそれだけの刺激で、
「−ふ…ァ…!」
全身の力が抜け、震えが走る。

「お前。背中がすっげぇ性感帯なんだよな」
「何、言っ…」
ソフトなタッチで摩られ、否定しようとした言葉が不自然に途切れてしまう。
腕で顔を隠し目を強く瞑って、視線から逃れた。指から逃げるように仰け反る背中を、容赦ない手が撫で回す。

口元を覆って声を出さないように懸命に堪える姿が逆に嗜虐的で非常に興奮する絵面だ。シュウのモノが熱を宿していく。
「ハル。やる気になったかよ?」
凶暴なそれに気付かずに、ハルトが目を眇めて睨んだ。
「なるわけ、ねーだろっ…!」
怒鳴って苦情を言うも。
虚しく。

「こんなで?」
ピンと屹立した乳首を指で弾かれ、大きく身体を震わせた。背中と連動して、まったく感じることのない部位まで敏感になって、過剰な反応を返していた。
「シュ…ウッ!ふざ、ッけん」
指で弄られ更に硬さを増していく。淡いピンクのそれが男のものだというのに、じりじりと焼けるような焦りがシュウの理性を奪っていった。
「よ…、っせ」
小さな声で呻くハルトが動く度に美しい筋肉が浮かび上がる。立ち上がり震える小さな突起を舌で軽く触れ、口内で転がせば抑えられない甘い吐息が部屋を満たしていった。
「ンっ…、最ぁっ…く…」
悪態を付きながらも、反応するモノはしっかりと反応していて。
「何とでも。俺が全部。お前の初めてになっちまえば何の心配もしないで済む」
ズボンのベルトを外しに掛かって、
「まっ…待てッ!」
さすがに理性くらいは残っているハルトがシュウの手を掴んで制止した。見つめる目がしっかり強い意思を宿して、留まるよう促がす。

その瞳が、余計にシュウを駆り立て制御を外した。
「ッ…。待てるわけ、…ねぇだろっ」
掴む手をベッドに押さえ付け、片手で乱暴にベルトを解く。慌てるハルトが足をばたつかせて空回りの抵抗をする。
「…ュウッ!シュウ!!聞けって!」
何とか脱がされるのを阻止しようとして、懸命に呼び掛ける。そのらしくない慌てぶりに、ふと動きを止めて、
「何だよ。やらせろよ」
訊ね返せば益々ハルトの目尻がきつく尖った。
「お…めぇ…!」
恨めしい声をあげて、瞳を一度閉ざす。

眉間に皺が寄って傍目にはかなり色っぽい表情だが、本人は真剣に怒りを抑えてる状態だ。それが面白くて思わず、黙ったまま次の挙動を待つシュウに、
「マジでやるなら風呂だ。とりあえず風呂に入って色々準備…するから待て」
予想外の言葉を言った。
呆気にとられるシュウに弁解のように手をばたつかせて、さり気なく下ろされたチャックを引き戻した。
「女じゃねーんだからいきなり入る訳ねーだろ?」
唐突に冷静な口ぶりで諭して、カチャカチャと中途半端に脱げたベルトを締め直そうと苦戦する。冷静な素振りを装って、
「それに。今日は気分じゃねー。体中がいてーし、最悪の初めてになっちまうだろ?」
さも尤もらしい意見を言った。
「お前の反応見る限り、とてもそうは思えねぇんだけど?」
「…黙れ。ならお前は初の彼女が嫌だっつってるのにやんのか?もしそうならマジで見損なう」
さすがのシュウもそこまで言われて、押し黙る。



ような男でもなく。
完全にハルトの見込みの甘さが露見した結果となった。


*****************************************


「ぅッ…ぁッ!」
背中を撫でられ続けてどれくらい経ったのか、既に頭は朦朧としており、何がどうなってそうなったのかも分からない状態で、腰を引き寄せられて軽く意識が覚める。
「シュ、ウ…」
両腕をベルトで縛られ碌な抵抗も出来ない状態にされたまま、
「ンっ…、ハル、それ誘ってやってんの?」
熱いモノが後ろに当たった。その感触にぞくりとして身体を震わせる。
「シュウ…」
焦れた声が名前を呼び、あられもない姿で誘う。衝動に駆られるシュウが抑えるように懸命に自制心を保った。
「くっ…」
衝動のまま乱暴に挿入する訳にはいかない。それが誰よりも大事な相手なら尚更だ。

横を向いたまま視線を合わせないハルトが息を抜く。
「おめ…、ッ覚えて、ろ…」
悪態を付くのだけは忘れていないようで、
「ぃ、ッぁ…っく、っそ」
挿っていく感触に思わず洩れた小さな声すら、罵り言葉になった。
どっちつかずのその強がりに笑いが込み上げるシュウだ。余裕が無いのに、それが更に笑いを誘った。
「笑う、なッ…!うァ…」
一気に奥まで入って息が詰まる。
「マジ、さいぁ…く」

「ッ…」
ふっと息を呑んだシュウの様子が気になってハルトの視線がそちらに向いた。余裕が無いのはお互い様らしい。汗が顎を伝って滴り落ちる。下から眺めるシュウというのも中々の見もので、
「っ…何だよ?」
視線に気が付いた男が目を細めて緩く腰を動かした。
「ふッ…、ン…別に」
「お前の場合、言葉よりっ…身体のが素直だよな」
ふるふると滴を零して震えるモノが先ほどよりも元気になっているのを見て、嫌味の笑みを浮かべた。
「たとえば、さ」
「っぁ…!」
角度を変えて突かれて、
「シュウッ!不意打ちは、…ッ!」
文句を言う、途中で言葉を飲み込む羽目になった。信じられないようにシュウの顔をまじまじと見つめる。その顔があまりに余裕が無くて、シュウが再び笑った。
「おま、え…、笑ってんじゃ、…んッ、ぁっ!」
強気な態度とは裏腹に、身体はプライドの欠片も無いくらい淫らに蕩けきっていた。あれほど拒絶していたというのに、身体はなし崩し的にシュウのモノを銜え込んで快楽に震える。
「はッ…、っ…」
そのあまりの乱れっぷりに、
「お前、ッ…ほんとに初めて?」
そんな失礼な問いを投げてしまうくらい非常にエロい身体であった。
男の身体ってこんなにえろいものだろうかと自問してしまうくらいシュウにとって衝撃的な肢体で、女のように柔らかな訳でもないのに、滑らかで躍動的で背筋がぞくぞくと震え出す。
「っ…」
そんな想いも知らずハルトが口をパクパクとさせて声にならない文句を返してきた。頑なに声を洩らさないようにしているハルトの姿が余計に煽り立てる。それも無自覚な所が更に性質が悪く、先にいかないようにセーブするのに苦労していた。

「さっさと、ッいけ…って」
「ふッ…、誰が…」
いくか。
それも声にならずに終わる。上がりそうになった嬌声を抑え込んで、ハルトが眉間に皺を寄せた。またしても頭を殴られたような衝撃に襲われるシュウだ。その表情があまりに色っぽくて、
「く…、やば…っ」
息を詰めて波をやり過ごそうとするも、既に遅く。

「ッ…は!」
「俺の、勝ち…だな」
息を切らすシュウに、ハルトが悪どい笑みを浮かべた。小さく喘ぎながら短い呼吸を繰り返す。とても余裕があるとは言えない笑みだ。
「へぇー。じゃあ第2ラウンドいく?俺は別にいいけど?」
一度出して気分の落ち着いたシュウが余裕の顔で腰を深く沈めて訪ねる。一気に抜いて再び深く挿入した。
「よ、…っせって、ッンぁ…シュ、ウ!」
全く触れていなかったハルトのモノに優しく触れて、焦らすように手を緩やかに動かし始める。
拘束した手を頭の上に固定して首筋にキスをし、それから耳へと唇が移動して、
「なぁ。ハル。すっげぇ…好き」
熱い声が耳朶を擽った。
「ッ!!…ぁ…ッ」
身体が2,3度跳ねて、シュウのものをきつく締め付けた。
手の中に白いモノを吐き出して小さく震える。間近にあるシュウの顔をきつく睨んで不意打ちの文句を言った。
「…そういうの、ずりーって、言ってんだろっ…、ッ…!さっさと、抜けっ!」
「ッん…、もうちょい、…っ待って」
シュウが絶好調にいい所を突きまくるせいで、触れてもいないのに節操も無い身体が勝手に反応していく。それに気が付いて、シュウがにやりと笑いを浮かべた。
「シュ、ウ…!」
ハルトの焦りの声も既に届かず。


結局、声が枯れるまでやり尽くされて、心の中で念仏のようにシュウへの恨みを連ねる。終わった頃にはぐったりとして指一本動かすのさえだるい有様だった。
すっきりとした顔のシュウが甲斐甲斐しく身体を拭いて綺麗に後始末をするのをぼーっとした顔で見つめる。


そうして。
気が付いたら翌朝になっていた。


記憶のぶっ飛び具合から夢だったかと思い、横を向いてぎょっとするハルトだ。
目の前にある整った顔に一瞬、思考が止まってすぐに昨日の出来事が現実だったと思い至った。
「…この、野郎…」
起き上がろうとして、
「っ…!」
腰に違和感を感じて息が止まる。
その痛みが行為を思い出させて、さぁっと血が上った。
「さい、あく…」
「おはよう」
「ッ…!」
先ほどまで寝ていた筈の男から突然、手首を掴まれ驚愕の声を上げた。朝から何をとち狂ったか、
「すげぇエロい顔してんけど、どうしたんだよ?」
無神経なシュウがさらりと腹立つ言葉を言って、ハルトの神経を逆撫でした。
「おめーに、ムカついてんに決まってんだろ」
怒鳴って返せば、ふっと勝ち誇った笑みを浮かべる相手だ。
ハルトが文句を言うよりも先に、
「良かったじゃん。前に進めて」
さらっと。
「っ…!」
進展しない二人の関係を言われて、言い返す言葉を失くした。まんまと先手を打たれて、この怒りの矛先をどこに持っていけばいいのか分からなくなるハルトだ。

「おめーが下になりゃいいだろうがっ!」
「機会があったらやってやるって。一生無いと思うけど」
のそりと起き上がり勝手知ったる我が家のようにクローゼットを開いて着替え始める。
それから、
「ハルトは危なっかしいから。初めてを他のやつに奪われたくねーし」
ハンガーに掛かったハルトのシャツを着て、昨日脱ぎ散らかした制服を拾い上げる。
「無理にやっちまったけど、お前が好きだからだよ。怒るなよ」
ブレザーに袖を通しながら真面目な顔で告白して、起き上がれずにいるハルトの唇にキスを落とした。
その言葉に、思わず納得しそうには到底ならないハルトだ。

ふるふると拳を震わせてシュウの唇を甘く噛む。
「次はおめーが下だからな!対等じゃなきゃ恋人にはならねーっ!二度目はねーぞっ!」
間近で睨んで来る視線の強さにシュウが可笑しそうに笑い出した。
「シュウッ!」
「分かったって。お前はやっぱそうじゃねーと」
腹をぽんぽんと叩いて目尻の涙をぬぐう。
「とりあえず今日は風邪ってことで休んどけよ。言っておくから」
まるで母親のように布団を掛け直して勝手に決め付けた。
「なん、…」
起き上がろうとする身体をシュウの力強い手が強引に押し留める。
「その怪我、ちゃんと直せよ。部活も結構だけど、どうせもうじき定期試験で部活休止だし、少し休んだくらい大した支障ないだろ?」
「…何か上から目線じゃね?」
「気のせい」
間髪入れず否定されて、ハルトの目が鋭く尖った。
「エッチした途端、彼氏が豹変するって言うけど、おめーか」
「馬鹿いうな!心配してんだろ!」
「無理やりやっておいて何を言ってんだ」
ふいっと顔を背けて布団の中に潜り込んだ。
その背中をじっと見つめるシュウだ。


こう言っては大変失礼な話ではあったが。
むくれるハルトというのも大いに可愛らしくて、本人にこんな事は口が避けても言えないが、非常にシュウのツボを突いてぞわぞわと嗜虐心が湧き上がる。
大体、本気で嫌だったらハルトの力ならもう少し抵抗らしい抵抗があっても普通だ。それもなく最終的にはすんなりと受け入れているのだから、無理やりでもない。
怒っている体の照れ隠しかと思うと、今すぐに服を剥ぎ取りたい衝動に駆られるが、そういう訳にもいかず、ぞくぞくする興奮をどうにか押し留めて鎮めるしかなかった。
「ま。行って来る。ちゃんと湿布しておけよ」
荒ぶる感情を抑えて、努めて冷静に。

振舞った。
「暇だから早く帰ってこい」
背を向けるシュウに、怒ってないハルトの声が掛かる。

それが尚更、嬉しくてつい返す声も弾むシュウだった。


comment 2015.11.24
さて。ひっじょうーにイチャイチャになった(笑)。そしてついに、ついに…。
あぁ。一安心…?(=゚ω゚=;) え!? いあ、だって、ほら。
実は二人が引っ付くの、だいぶ後の筈で喧嘩の件は秘めたまま終わる筈だったんだけど、この二人、放っておくと恐らく大学生になるまで何もしない気がしたので、ここは素直に襲わせました(-∀-`; )てへ。
後半の縛りプレイは個人的趣味です(笑)。だって縛らないとハルト、抵抗するからぁ。そしてシュウは無理やりじゃないとか思ってるけど、実際は結構抵抗してて、体が万全でないハルトが碌に抵抗できてないだけなのだが、そこはまぁ愛があるからOKOKなのだ(笑)。
さて!私は気兼ねなく!総受けモードへ進みます(笑)。
誰にも止められない(*゚Q゚*)ぐふふふふぅ。

そういえば、受けは当たってましたか?途中からは丸分かりかな〜☆(笑)
まぁ最大の問題は「攻め攻め」のテーマで書いたことかなぁ?完全リバ思考でないと、このテーマは難しいかもしれない?(´-ω-`;) もっとリバ寄り思考だと、攻めっぽい受けと攻めが成り立つ気がしました(笑)。
次回、リバありで(いや、やっぱ無し)、チャレンジした…したいです(笑)
リクエスト、本当にありがとうございました☆この話はもう少し続きマース(*^ー°)b
拍手の方もありがとうございます(^▽^*)!!!いつも励まされてます!
もうじき拍手文も1年経つので、切り替えたいです…(゚ω゚;A)。


20





一人で登校したシュウは他の生徒からの質問攻撃を避けるのに必死だった。
滅多に風邪を引かないハルトが休みな事が余程意外なようで、一々答えるのもうざったらしくなる勢いですれ違う人々に理由を尋ねられる。
昼ごろには落ち着いたとはいえ、方々で訊かれる有様にややげんなりとしていた。

「俺とあいつはセットじゃねぇつーの」
一人で愚痴る。
と言いつつも、いつも隣にいる男がいないというのは奇妙な感じで何となく寂しさを覚えていた。家で何してるのかと想いを馳せていると、突然肩を叩かれて驚きの余り妙な声が出そうになった。
「ハルト先輩、休みっすか?」
数え切れないくらいされたお馴染みの質問を繰り出すのは、心配してるとは到底思えない顔のトーヤだった。
「…何、怒ってんの?お前…」
相手の眉間に刻まれた皺に気付かない方がおかしい。
シュウの質問を受けて更に険しい顔をしたトーヤが唇を噛んで僅かに視線を泳がせた。

周囲にあまり人がいない事を確認して、射るような目つきでシュウを見る。
「部活に支障が出ないようにしろってハルト先輩に言ったんすけどね?」
ポケットに手を突っ込んだまま、下から詰問するようにシュウを斜めに見上げる。意図が分からずきょとんとしていると、
「二人が何しよーが、どうでもいいっすよ。けど翌日に残すなって言いてぇ訳っすよ」
今にも殴り掛かりそうな程ぎらついた目で、そう告げた。
「こないだの試合、マジで酷かったっスから。あんなのが続いたらいくら俺でもブチ切れるっすよ?そう思ってんの俺だけじゃねーから」
こないだの試合と言われて、ハッとするシュウだ。

どうやらトーヤは勘違いしているようで、
「俺がハルトに無理させたって言いてぇ訳?」
相手の苛立ちの正体を知って、その苛立ちが伝染するシュウだ。
「多少、無理させたとしてもバスケが出来ねー程、無理なんかさせねぇよ」
がらりとシュウの気配が変わる。

横に流す髪型にハッキリとした目鼻は爽やかな印象を与えるが、綺麗な黒瞳を眇めるだけで相手を射るような鋭さを宿す。
その変化に僅かに驚いたトーヤを追い込むように、首元を軽く押した。
温厚な雰囲気のシュウだが、トーヤとの体格さは歴然としている。高身長で上から見下ろし間近に迫る、たったそれだけの動作でも相手を威圧するだけの凄みがあった。
一瞬、たじろいだトーヤを気にもせず窓際へと追いやって、
「あいつの事を誰よりも大事にしてんのは俺だよ。喧嘩したってあんな怪我をさせる訳ねぇだろっ!」
牽制するように顔の横に手を付いて凄んだ。
日頃は眠たげなトーヤの目が驚きで僅かに開く。それからすぐに探るようにシュウの顔を見つめた。
「俺はてっきり…。
キスマーク付けて来てんから、お二人が前日まで盛ってんかと思ったんすけど…、ケンカって何すか?先輩、怪我でもしたんスか?」
「…」
問われて口ごもる羽目になる。
二人の関係には気が付いても、怪我の正体までは知らないらしい。
余計な事を言ったかと視線を泳がせるシュウに追及の手を止めないトーヤだ。
「今更誤魔化すのは無しっすよ。ケンカってバレたらやべーじゃねぇっすか。心当たりがねーっすけど…、何やってんだ、あの人…」
思案するように空を彷徨ってから、理由を尋ねるようにシュウの目を覗き込む。
「怪我は大したことねーよ。
俺も相手が誰かは知らねぇけど、お前の言葉でバスケ部じゃねぇ事は分かった」
シュウの答えを聞いて納得するところか、間近にあるトーヤの目が不快感を露わにしてシュウを睨み返した。
「バスケ部が、…んな事すんとでも思ってンっすか?」
バスケ部に疑いを掛けられていると知って、トーヤの口調が激しさを増す。シュウにしてみれば、その凄みも大した事ではなかった。
「俺はハルト以外は信じてねぇし、あいつが接点あるのバスケ部じゃん。そんな尖んなくったっていいだろ?」
笑みと共に余裕の返しをされて、
「っ…!」
珍しく。
トーヤが恨めしそうな視線でシュウをじっと見つめた。
目の前にある一回りも大きい身体を押しのけて、その場から抜け出す。
「とにかくあんたもケンカ相手が誰か分かってねぇって事っすね?何かあったら伝えますよ。シュウ先輩」
意図的に先輩を強調して、背を向ける。

「どいつだ、うちのキャプテンにふざけた真似しやがって…ぶっ殺す」
小さな声で文句を零しながら去っていくトーヤは頼もしい後輩ではあったが、やや傾倒し過ぎのようにも思えて警戒するシュウだ。

そもそも。
二人の関係がバレてる時点で、相当の観察力では無いかと疑念を抱いた。
バスケ馬鹿で人間関係はどうでもよさそうなトーヤにバレている事に違和感を抱いて、柄にもなく牽制してしまった自分を僅かに恥じる。
大体、トーヤとハルトでは体格が全然違う。どうこうされるようなハルトでもないし、それこそ余計な心配である。

だが、思わぬ収穫もあった。ハルトの喧嘩相手である。
当てにしていたバスケ部が何も知らないとなると全く接点の無い人間か、他校の人間しかいない。当の本人に聞くのが手っ取り早いがハルトが答える事は絶対に無いだろう。本人が解決したという話なのだから、蒸し返す話でも無いかと思った。


そう思って。


苛立ちが唐突に強くなる。
トーヤの言葉を思い出し、キスマークなんか付けてやがったのかと今すぐハルトを問い詰めたくなって、無意識に眉間に皺を寄せていた。
「あの野郎…」
具体的に何をどうされたのか、土曜の出来事を隅々まで聞かなければ気が済まない気分に陥って、自制するように自分に言い聞かせるのだった。




*****************************************




その日、シュウがハルトのマンションに帰ってきたのは夕方過ぎであったが、特にメールをした訳でもないのに見計らったように夕飯が用意されているのを見て驚いた。
「甲斐甲斐しすぎて怖いんだけど…?」
シュウの言葉に軽く膝蹴りを返して、ハルトが箸を手渡す。
「暇だったからな。お前のせいで腰は痛ぇし、散々な休みだった」
サラダに箸を突き刺し大口開けて頬張りながら文句を零した。
「そりゃ、悪かったね。こっちも何で休みなんだって追及されて大変だったけどな」
「…それはご苦労だったな」
にやりとハルトが笑う。
「お前が休めって言ったんだからな、自分の言葉を恨め」
言ってキャベツと一緒に肉を口の中に掻きこんだ。

今まで特に意識した事も無かったが、ハルトの食べ方は男らしく豪快だ。その癖やけに品があって、妙にそそられる食べ方だった。唇に付いたタレを軽く舌で舐め取って、親指で付いた米をすくう。
その仕草がやけに扇情的で、つい舌の行方を見つめてしまう。

シュウの視線に気が付いたハルトが一瞬、動きを止める。
「…お前のは目の前にあるだろ。ちゃんと平等に分けてるんだからがっついてんじゃねー」
山盛りのご飯に、豚肉とキャベツの炒め物、その横にほうれん草の卵和えがこんもりと皿に乗る。どんぶりのような入れ物に根菜だらけの味噌汁が入っており、それなりの量だ。
「お前のまで狙ってねぇよ!」
ご飯をすくって頬張りながら、誤魔化す。
豚肉に手を伸ばせて口に運べば、見た目通りの美味しさだった。


長年、一緒に食を共にしてきただけの事はある。
味の濃さや、微妙な歯ごたえなど、全てがシュウの好みで驚くくらいだ。
「お前、マジでいい奥さん…」
感心して頷きながら食すシュウの言葉に満更でもないハルトだ。

「彼女なんか欲しくなくなるだろ?お前の好み、全部把握してるからな」
誇らしげにそう宣言する。
男前の顔がにっこりと笑うとやけに可愛らしくて、
「っう…」
思わず咽喉に詰まらせそうになった。

それを勘違いして、
「本当にお前、意地汚ねーな。誰も奪ってお前の分まで食わねーって」
傍らに水を置いたハルトが呆れた声で言った。
「デブになった途端、捨てるなよ?」
相手の言葉に冗談で返す。
真顔になったハルトが、さも可笑しな事を聞いたように目を丸くして、
「そうならねーよう努力しろ」
声を立てて笑った。


それからふと気が付いたように、
「女避けには太ってるくらいが丁度いいか?」
小さな声で零し思案するように顎に手を置く。

餌付けだけでなく肥えさせる事も、ハルトなら本気で実行に移しそうで慌てて否定するシュウだ。
ペットのように扱われちゃ堪らない。
「馬鹿な事、言ってんなよっ!」
すかさず答えれば軽い笑い声が返ってきた。

その笑顔を見ていると唐突に昼間の事を思い出して、
「そういえば…トーヤが心配してたよ。お前、喧嘩の事、バスケ部にバレてねーんだな。今日、知ってるのかと思ってうっかり言っちまったからよろしく」
昼間の出来事を伝えておく。
きょとんとした後、ハルトが小さく頷いた。
「あの日はバレねーようにと思ってシャワー行くまでユニフォーム脱いでねーし…」
「…キスマーク付いてたって言ってたけど…?」
途端、噎せて胸を叩く。顔の前で手を左右に振ってシュウの言葉を否定した。
「あいつ、よく見てんな。
ところでさ、昨日から疑ってるけど、お前が思うような事件じゃねーから。普通に喧嘩しただけで嫌がらせだから変な勘違いするな」
やけに真面目な顔でそう告げた。


ハルトが言いたくない事を強要するつもりもない。
ただ口にナニを突っ込まれ、キスマークまで付けられて、未だに喧嘩の延長だと思っているハルトの危機感の無さがやや恐ろしくなるシュウだ。
確かにハルトが言うように本当に嫌がらせだったのかもしれない。それでも、普通の思考なら男にキスマークを付けたりはしないだろう。相手が無自覚なのか、それともハルトにそうさせる何かがあるのか分からないが、ハルトの能天気ぶりに頭を抱えたくなる。
トーヤに関してもそうだ。

よく見てる。
それで済ますには何かが違う気がしてしまう。
「…お前、トーヤと浮気したら許さねぇからな」
つい、そんな忠告をしてしまうくらいには疑っていた。

「っ!お前ッ…っははっ!すっげーウケるっ!」
シュウの恨めしい言葉を聞いて、ハルトが腹を抱え声を立てて笑った。
「んな馬鹿な事、ある訳ねーから」
何故か断言してシュウの肩をばしばし叩く。しばらく可笑しそうに笑った後、
「焼かれるのは悪い気分じゃねーけど」
甘い視線を投げて止まっていた食事を再開するハルトだ。

釈然としないシュウだが、ハルトが断言するのだからそうなのだろう。
一人で小さく笑いを零しながら咀嚼するハルトを見ていると、何故かしてやられた気がして、訳の分からない敗北感を味わうのだった。



comment 2016.1.12
あれぇ(´-ω-`;) 。もしかして結構久しぶりだったりします?!orz
おぉ、ごめんなさい〜。。。まぁちょっとラブラブでいってみます(笑)。
というか、付き合い始めなので、常にラブラブです(*´∀`)☆
そして21話目に突入…。いい加減、しめろって感じですかね…(゚ω゚;A)。
お許しを…(笑)。
トーヤ、何気にいいキャラですよね。実はコウも結構好きです(*´∀`)☆