21





翌日、登校したハルトはシュウが言っていた大変さを身をもって実感することになった。
シュウほど友人がいる訳でもないのに、やたらと心配の声を掛けられ、ワンパターンな言葉を返していく羽目になった。

それが一段落した頃、
「先輩。具合大丈夫っすか」
授業の合間にわざわざ来て声を掛けてきた後輩に、僅かに驚く。
ポケットに手を入れたままハルトの目を覗き込んだ。
「先輩いねーから皆、覇気が無かったっすよ。昨日みてーに突然休むのは勘弁して欲しいっす。連絡先、しらねー訳でもねーのに」
じっと。
瞬き一つしない目が見つめて訴えた。

軽い冗談を返そうとして相手の真剣な眼差しに気が付き、茶々を入れる訳にもいかなくなるハルトだ。
「悪い。キャプテンの自覚が足らなかった」
謝罪すれば、トーヤが納得のいかない顔のまま無言になった。

ハルトが言葉を発するか悩んでいると、気を取り直すようにポケットから手を出し後ろに仰け反る。背中に手を当て伸びをして、珍しく背筋を伸ばした。
「怪我はもういいんっすか?
シュウ先輩に聞いたんっすけど、バスケ部に言って欲しかったっす。俺ら、チームっすよね?」
そう言われてトーヤが何に拘っていたのか気が付く。
教室でする内容でもないと思い席を立ち、トーヤの肩を軽く叩いて場所を変えるよう促した。


教室を出て人気の少ない屋上手前の踊り場まで着く。
そこで、既にシュウに聞いて知っているだろう事を改めて自分の口から説明した。
むくれた顔で黙って聞いていたトーヤの表情が僅かに柔らかくなり、最後には軽い溜息に変わるのを見て、相手の機嫌が少し直ったのを知る。

「喧嘩相手…、誰なんっすか?」
静かな声で問うトーヤの顔を見て一瞬、返事が止まる。思案してすぐに、
「ナタ高の応援団。前からうちと張り合ってたろ?こないだ試合に負けてキリキリきたみてーだな」
シュウには言わなかった事実を素直に答えた。

シュウに言うと厄介だが、トーヤはそうでもない。切れやすそうな外見に反し、意外に冷静で辛抱強い。バスケ部の不利になる事はしないし、応酬するような性格でもない。
「あいつらかっ!ふざけやかって…!
先輩、余裕こいてるってことはケリは付いてんっすよね?二度目があったら俺、暴れるっすよ?」
トーヤの眦が釣り上がって苛立ちを露わにする。そのでこを人差し指で突いて、
「まぁ大丈夫だろ」
世間話するような軽さで曖昧な答えをした。
そこに納得がいかないトーヤだが、ハルトに噛み付いても意味がない。

「人からそういうの伝え聞くなんて最悪っす。隠すなら隠すでちゃんと隠し通して下さいよ」
またいつもの猫背で俯いて呟く。視線を足元に落としたままそう批難するトーヤが不機嫌な理由が分からない程、人の気持ちに無頓着なハルトでもない。
「悪かった。喧嘩がばれて面倒事になったらお前だって困るだろ」
荒んだ金髪を強引にかき混ぜ、ぐちゃぐちゃに乱す。手で払おうとしたトーヤの手首を掴んで、犬にするように力任せに撫でた。
「お前みてーな後輩、嬉しいよ。信用してない訳じゃねーし、もう怒んな」
にっと笑って自分よりも下にある顔を窺い見る。
その邪気の無い笑みに、ぐっと言葉に詰まるトーヤだ。

心の中で訳の分からない感情が嵐のように渦巻いて、言いたい文句やら何やらを懸命に堪える羽目になる。
握りこぶしを作ってその荒波を耐え、子ども扱いした男を睨むように見上げた。
その批難も、
「ははっ」
軽い笑い声でいなされて、やはり敵わないと実感することになり余計に自尊心をくすぐった。
「勝手に笑ってて下さいよ」
張り合うだけ無駄だと諦めて、話を切り上げる。

それから唐突に、
「シュウ先輩って、あー見えて結構獰猛っすね。昨日すっげぇ険悪でビビったっす」
くるりと背を向け教室へと向かいながら言えば、ハルトが然程驚いた様子もなく相槌打った。
「あいつに余計な事いうなよ?切れるとやべーから」

丁度、授業の開始を知らせる鐘が鳴り始める。
意外な返答に振り返れば、
「あいつ、——だから」
部活では見た事もないような柔らかな表情で微笑んでそう言った。

「えっ…?」
チャイムの音でかき消され、肝心な部分を聞き逃す。
慌しく駆けていく生徒の声が余計にハルトの言葉をかき消して、音が届かずに終わった。


「なんでもねー」
笑みを深めたハルトが僅かに恥じらいの表情で口元を擦って、誤魔化す。
その一連の仕草がやけに婀娜やかで、つい視線を奪われるトーヤだ。女子にも絶大の人気を誇るシュウを落としただけの事はあって、いや、この場合、どっちが落ちたのかは分からないが、同性であるという葛藤を軽く飛び越すくらいには、衝撃的な気配を醸す相手に、どぎまぎとさせられる。

「…」
忠言しようと口を開いて、幸せそうな笑みを浮かべるハルトを見て口を閉ざす。
まぁいいやと思って、背を向けた。


こういう先輩の顔も悪くない。


そう思って、思った事は言わずにおいておくトーヤだった。


comment 2016.02.07
あ。ラブラブ…(*´艸`)。

ところで、対等はシュウとのラブラブを期待してる人の割合が圧倒的に多いんでしょうかね?他の人との身体の関係とか絶対いやーって人も読んでいらっしゃる感じかしら…。
(^^;)結構、1対1のラブラブが好きな人って多いから素朴に疑問になったのです(笑)。

私はそういうの気にしない方だけど、基本が同人脳だからなぁ…(笑)。

22





「昨日、風邪って?」
その日の部活はハルトの体調に配慮してか緩やかな練習に終わった。
着替えをせずに部室の掃除をしていると、一人だけ残っていた同じ学年のセトが疑わしそうに声を掛けていた。
僅かに笑った顔は他に含みのある笑みで、
「ハルトが風邪なんて引くのな?」
疑問系で言った言葉は暗にズル休みを示唆していたが、軽く受け流すハルトだ。

「そういや、シュウとセットじゃないと眼福半減ーとか女子が騒いでたなぁ。ハルトも大変な?」
ベンチに座ったまま、着替えもせず世間話を始める。
「いいからさっさとシャワー浴びて帰れって」
それを咎めるようにモップで足を突いてセトを追い出せば、ふと真面目な顔でハルトの目を下から覗き込んだ。

思わず、真正面から視線がかち合う。
セトの大きな茶色の目が試合の時のように見開いたまま瞬きせず見つめてくる。それに疑問を抱いて、動きを止めたまま相手の思惑を探った。

「お前らってさ」

のっそりとした動作でセトが立ち上がれば、ハルトの視線は自然と上にあがった。
頭一つは上をいく身長だけでなく横幅も厚く、同世代では体格のいい方であるハルトでも敵わないほどセトは全体的に一回り大柄だった。上背だけでなく根本的な骨格の違いもあり恵まれた身体の持ち主といえる。
そんな男から間近に迫られ、思わず背中を逸らして仰け反った。
「何、」
「マジで出来てるの?」
そう訊ねる男の言葉に驚くと同時に、言葉に詰まった。


それはあまりに質問が直球で、唐突過ぎたせいもある。


「何、言って、…。んな訳、っ」
否定の言葉が上手く繋げず、らしくない動揺で答えれば当然のこと誤魔化し切れなくなる。
「へぇー…そう」
セトの目の色が変わり、真剣な眼差しから面白がるような笑みへと変わっていった。
それを見て、即座に否定しようと頭をフル回転させるよりも前に、
「マジなのかぁ」
セトがそう確信の言葉を放った時には、変な汗が背中を流れ落ちていった。


「っ…」
これで否定すればするほど可笑しいが、かといってこの状況は既に肯定したようなもので開き直る以外どうにも出来なくなる。

さして驚いた様子でもないセトが、無言のまま視線を逸らすハルトを数瞬見つめた後、口角を持ち上げて一人笑った。馬鹿にするでもないその笑いのまま、
「っ…!」
ハルトの首をでかい手で掴む。
「丁度良かった。俺、ゲイなんだよね。言ってなかったけど、実はシュウを前から狙っててさ。そうなら話がはえーじゃん?」
突然、首を掴まれ怒るよりも先に、まず掛かる手を剥がそうとして、相手の衝撃的な発言に手が止まる。
すぐに言葉の意味を理解して、首を拘束する手の甲に爪を立てた。
「…っセト!ふざけるな」
前のめりになって静かに怒るハルトの顔を間近で見つめた後、嫌がらせのようにふっと吐息を唇に吐いた。それでも引かないハルトだ。
きりきりと怒って、間近にある顔を睨みつけていた。

普通の男なら逃げ出すようなハルトの怒りもセトには効果がなく、
「この場で冗談なんて言わねーっしょ。あの顔、好みなんだ」
ぐっと首を絞める手に力が篭った。そのまま叩きつけるようにロッカーの扉に押し付けられ、
「うっ…!」
背中から思いっきりぶつかり低い呻き声があがる。


バスケットボールを軽々と片手で持てる馬鹿でかい手は握力も強く、背中をロッカーに押し付けられた状態では簡単には抜け出せない。
喉仏を圧迫されたまま締め付ける力が強くなっていき、
「お、め…ッ、…シュウは、…ふ…っ、」
吐き出す言葉は苦しい息へと変わった。
「シュウは自分のもの?」
笑った顔で訊ねるセトの真意が分からなくなる。
ただその目は笑ってはおらず、首に掛かる手の力は本気のものだ。
どういうつもりか分からないセトの行動に危惧感を抱き、持っていたモップを放り投げ両手で手を剥がそうともがいた。
「セ…ッ、ト!」
だが、馬鹿力は簡単には外れず、本気で殺す気かと疑念が首をもたげてくる。


「ハル。俺に力で敵うと思ってんの?」
あくまで口調は柔らかい。
抗う片手を捉え頭上で固定した男は余裕の笑みだ。


混乱と息苦しさで頭が働かなくなり、どうしてそうなったのかも曖昧になっていく。
意識がその場から抜け出す事だけになり、闇雲に単調な抵抗を繰り返していた。

「ッ、…はっ…!」
苦しさから自然と唇が開き目を強く瞑る。


その隙に。


「ッ…!?」
ぬるっとしたモノが口内へと侵入し喘ぐ舌と絡まった。
「ぅっ!ッ…うッー!」
拒絶の言葉は全て飲み込まれ、更に深く相手を受け入れる結果となって終わる。

しばらく暴れた後、首を絞める力が唐突に緩くなり全身が虚脱するのを見計らったように身体ごと抱き込まれていた。
「んっぅ…」
首の拘束が無くなって安堵で緩んだ意識は容易に相手の唇を受け入れた。濡れた舌が心地よく脳に響き、簡単に熱を呼び覚ましていく。
相手が誰か認識するよりも先に、苦しさから解放された身体が快楽へと逃げ込んでいった。シャツをたくし上げながら指が背筋を撫で性感帯を刺激する。されるがまま下半身を擦り合わされ、ぞくぞくと肌が粟立った。
そこで、ようやく意識が明確になるハルトだ。

「…!!」
セトの身体を押し返そうとして、
「ぃッ」
服の上から乳首を噛まれて短い声があがった。
仰け反った所で背中を撫でられ噛まれた箇所に痺れが走る。尾てい骨から背骨の窪み、肩甲骨まで柔らかなタッチでくすぐられ、抵抗する力が弱くなる。
服の上からでも分かるほど立ち上がった乳首を舌で突かれて、知らず息を止めていた。

自分の状況にやばいと危機感を抱いた時には既に遅く。
「ふっ…ッ」
服を捲られ背中を摩る手に期待するように、ふるふると身体が勝手に震えだしていた。

きゅっと胸の突起を摘まみながら、
「トロトロじゃん」
そんな屈辱的な言葉を吐く相手を睨むしかなくなる。
「よ、…せっ!」
強い口調で咎めても身体の熱は止めようもなく。

セトが太ももを押し付け屹立したモノを緩く刺激し、更に煽った。
「ふざ、け…」
「自分の身体に言いなよ?俺はゲイだっつったろ?んな姿、見せつけられたら欲情するわ」
言いながらキスしようと近づく唇から顔を背けて逃れる。その代わりのように剥き出しになった首筋をきつく吸った。

跡を付けられたら非常に困るハルトだ。
シュウに隠し事はしたくないが、知られたくない事も当然あり隠し通せるならそうした方が無難だ。ましてやこんな状況は。

それを看過したように、
「隠し事、出来ちゃった?」
笑いながら訊ねて耳朶を甘噛みした。
「ッ…!」
文句を言おうとして、下半身から這い上がってくる刺激に耐えられず言葉に出来ずに終わる。口を開けば更にやばい状態になりそうで空いた手でセトの肩を押すしか出来なくなり一気に焦りが増した。
「っ…、は…」
そんなハルトの心情など気にもせず、セトが太ももで緩い刺激を繰り返す。
もどかしい動きに僅かに腰が浮いた途端、片手で太ももを持ち上げられセトの熱を宿したモノが臀部に当たった。
その質量にぎょっとして、
「セ、ット…ッ!」
思わず声があがる。
突然の行動にバランスを崩して背中がずり下がり、益々セトを受け入れる体勢になって力任せの抵抗をした。
「って…」
手の甲がセトの顎に当たり鈍い音を立てる。その仕返しのように屹立したモノを握られ、
「ぅ、ッ…」
息が止まった。
「…ット…、よせって…ッ!」
「なんで?」
貞操観念のまるでないセトの質問に、焦燥感を抱いて胸を押し返す。その間にも手は服の中へと忍び込み、濡れたモノに触れた。
それまでの曖昧でもどかしかった刺激がダイレクトに伝わって腰がくだけそうになる。

「おま、え…、シュウが、好きなんだろ…っ、これはおか…」
抵抗の無くなった身体を組み伏せるのは容易な事で、
「ッん…っぅ」
簡単に唇を許し言葉を奪い取った。

キスをしながら、セトが自身のモノを取り出しハルトのモノと擦り合わせて片手で刺激する。
「ふ、っ…ぁ」
顔をよじらせ小さな抵抗を繰り返すハルトを逃すまいと容赦ない刺激を繰り返し、更に煽っていった。まるで恋人同士のようなその行為に、頭で拒絶しながら身体は全く言うとおりにはならず、ずぶずぶと堕ちていく感覚に陥るハルトだ。

元々キスが好きというのもあり、それは相手が誰であろうと抗えない部分さえある。
シュウのキスとは違うセトのキスに。

脳を麻痺させる甘い刺激に。



二人の唇が離れた頃には完全に快楽に溺れた状態で、日頃は強い意思を宿す目もトロリと蕩けて無意識で強請っていた。
「っ…、やばい顔やめなって」
飄々としていたセトが苦い表情をして余裕を喪う。
二人のモノを扱く手が荒くなり、
「ッ…!」
同時に達した。


事が終わると一息ついたセトが気分を入れ替えるように長めの髪をかきあげ、乱れた髪を整えた。それから汚れた手をティッシュで拭いてぐったりしたハルトに軽いキスを落とす。

「秘密ごと、出来ちゃったな。シュウに言えんの?」
強引にイかされて怒り露わに睨み付けるハルトだ。
「誰かれ構わず襲ってんじゃねー!」
脱がされたズボンを引き上げて、まくれたシャツを降ろす。まだ甘い疼きを宿す身体を意図的に気付かなかった事にしてセトとの距離を取った。
「ハルがシュウと溝が出来れば、俺にとっては美味い事しかないっしょ?ハルの身体も中々好みだしな」
「っ!」
言って突如、ユニフォームを脱いだセトにぎょっとする。思わず身体が後ずさったハルトを見て、小さく笑った。
「んな警戒しなくたってやらねーって。着替えて帰るだけ」
さっさと着替えを始めて帰り支度を整えたセトが、部室の隅で固まったままのハルトを振り返り、
「じゃまた明日な」
面白いものでも見たように笑って、何事も無かったように手を振った。


ドアが閉まり、部屋に一人っきりになる。


された行為を悶々と思い出し、ふつふつと腸が煮えくり返った。
唇を何度も擦って、穢れを払う。
それから乱暴にユニフォームを脱いで、制服を身に付けた。跡を付けられた首筋を手で擦って、鏡を確認する。

ワイシャツから見えるか見えないかのギリギリの場所ではっきりと色づく首筋を見て、どうしたものかと悩んですぐに開き直った。

なるようにしかならない。
素直に打ち明けるというのもありだろう。


そう思って、少し時間を置いてから部室を後にした。



comment 2016.04.23
もしかして…?ものっすごく更新空いてしまいましたか…?(゚ω゚;A)
あ、あぁぅ…。

セト、ちょっと凶暴です(笑)。こんな高校生いやだー。
冗談でも首しめちゃ駄目です。ちょっとこれはセインの方に引っ張られてますorz(笑)。

そんなで総受け展開、やってまいりました☆ 
収拾、付かない気がします(*´∀`)いいぞぉーって方のみ付いてきて下さい(笑)。
拍手をありがとうございます!!

23





唇を親指で擦る。
対面式キッチンのスツールに片膝を立てて物思いに耽っていると、ハルトの予想通りにチャイムが鳴った。
いつもなら合鍵で勝手に中へと入ってくる男が珍しくも呼び鈴を鳴らして、ハルトが出てくるのを待っている。待っても来ない男の遠慮を感じて、重い腰を上げた。

「面倒くせーことさせるな」
ドアを開けて相手を確認もせずに言えば、案の定の男がむっとした顔で目の前にスーパーの袋を掲げた。
「メシ。食ってねーんだろ?」
断言したシュウの言葉に答えるように、ハルトの腹がタイミングよく鳴る。時刻は既に8時を回っていた。
「今日、連絡してねーのに何で分かるんだ?」
率直な疑問はそのまま心の内に留まらずに、声になって問いかけていた。
ハルトを押しこむようにして中へと入ったシュウが小さく笑う。
「何か今日は来なそうだなって思って。案の定、来ねーから来ちまったよ」
乱暴に靴を脱いで我が家のように廊下を進むシュウの背中を見つめたまま、そんなマメな男かよと心の中で突っ込みを入れる。
少なくとも女と付き合っている時に、そんな事をしているシュウを見たことがない。
どういう心境の変化かと思って小さな笑みが浮かんだ。

「良かった。丁度お前に話があってさ」
「ん?試験範囲の事?それとも進路?」
シュウの暢気な言葉を聞いて、小さく唸り曖昧に否定する。

夕方あった出来事など、この先の進路を考えたら大した問題でもない気がして一瞬の躊躇いが浮かんだ。
だが、今言わなければ恐らく一生言わずに終わるだろう。
そして、万が一シュウに今日の出来事がばれた時は更に気まずい想いを抱く羽目になる。そう思って意を決した。


先ほど座っていた椅子に腰を下ろして、食事の支度をしようとしたシュウの腕を引く。
きょとんとして視線を投げるシュウに首元を晒して、
「セトと揉めてさ…。あいつお前が好きなんだって」
鬱血した部分を見せれば、何があったのかをすぐに悟ったシュウの目に怒りの感情が浮かんだ。
「ハル…」
低い声で問い質すシュウの唇に人差し指を立てて言葉を封じる。
「ヤってねーからな?あいつ曰く、俺がお前に秘密事して俺らの仲に亀裂を入れたかったみてーだけど…、お前に今日の出来事を言っておこうと思って」
くいっとシュウを引き付け軽くキスを落とした。それからニッと笑って、
「なぁ」
間近にあるハルトの目が恥じらいを宿して僅かに揺らぐ。


「お前が上書きしてくれるだろ?」
そう誘うハルトに。
「っ…」

胸を打ち抜かれたような衝撃を覚えてぐらりと傾ぐシュウだ。
むくむくと何かが身体の中で育ち荒波のように渦巻く。身体が急速に熱を宿して、思わずハルトを抱きしめていた。

「っ…!」
驚くハルトを更に強く抱きしめて、丸ごと包み込む。
「すっげぇ、…可愛い」
シュウの小さな声が耳をくすぐる。
感激したようにふるふると震えて力一杯、抱きしめてくるシュウに大きな笑いを零した。
「お前…、馬っ鹿じゃねーの?」
シュウの行動があまりに可笑しくて身体が揺れる。
当の本人は笑われた事を気にもせず、鬱血した首筋に唇を当てて上書きするように強く吸った。

それだけでなく、
「っつ…」
歯が柔肌に食い込み軽い傷を付ける。
「ふざけた真似、しやがって…」
怒りの感情を抑えようともせず声低く呟いて、乱雑にハルトの服を脱がしに掛かった。背筋から下へ手が滑り、腰で履くゆったりとしたジャージを脱がす。シュウの行為を特に止めもせず、腰を浮かせてそれに応じるハルトだ。
顔を寄せてキスを求め、セトとした以上に深い口付けを交わす。
強引にセトにされたものとはまるで違う。気持ちが良くて心が満たされる行為だ。

制服のままのシュウのシャツを脱がし、下半身に手を伸ばした。既に熱を宿すモノをゆっくりと扱きながらキスを返す。

その合間、
「シュウ。…好きだ」
小さな声で。

聞き取れるかどうか分からない程、小さな声でそう囁く。
どくりと反応を返す下半身にハルトが笑うと、その仕返しのように唇を貪られ呼吸が苦しくなった。

「煽んなよ、ハル」
余裕の無い表情で獣のようにがっつくシュウが珍しくて、想いを言葉にはしないシュウだが、どれだけ大事に思われているのか再確認するハルトだ。

これならセトがシュウにちょっかいを出そうと心配する必要も無いだろう。
安堵して、下へと下りていくシュウの頭を優しく撫でた。指の間を流れる柔らかな黒髪を心地よさそうに梳いて、されるがままになる。


「挿れるなよ?」
念のためにそう告げれば、
「昨日の今日でやるか、バカ」
ハッキリとした口調でそう返ってくる。

その答えに安心して快楽に身を委ねた。
先ほどまで抱いていた不快感や苛立ちが消え、シュウの温もりだけが身体に残っていく。セトが辿った箇所を追うようにシュウが熱を残し、完全にセトの跡を消し去っていったのだった。


*****************************************


「ねみ…」
欠伸をしながら目を擦るも眠気は一向に消えない。
傍らで半裸状態で寝る男を起こして朝なのを告げれば、同じように眠そうに目を擦った。


昨日はあの後、ゲームに興じた二人だ。
決着が付くまで止めるに止められず、結局どちらが勝ったのか覚えていないくらいの熱狂ぶりで気付いたら寝ていた始末だ。

「誰だよ、あんな時間に勝負しようなんて言い出したバカは…」
シュウの苦情に、
「お前だろーが!」
ハルトがすかさず突っ込みを入れる。
手早く身支度をして、ベッドの上でくだを巻くシュウを見向きもせずに朝食の支度へと向かった。
「お前も遅れるから早くしろ!」
母親のようにドアの向こうから叫んで、シュウを急かした。


昨日の殊勝さはどこへいったのか、シュウが苦笑を零す。
それでも、昨日のハルトは鮮明に思い起こせた。あんなハルトもたまにはいいが、口煩く小言を言ってるくらいが丁度いい。
素直にやらせてやるなんていうハルトは、ハルトでは無いだろう。

思わず連動してセトを思い出して苛立ちを抱いた。
だが、それも馬鹿らしい事だとすぐに打ち消してハルトの元へと急いだ。




翌日、ハルトと会ったセトが浮かべた表情は驚きの顔だった。
ユニフォームの首元から覗く赤い傷口がセトの付けたキスマークを完全に打ち消している。それだけでなく、
「随分、大胆…」
首元を仰ぐ拍子に見えるいくつかの赤い跡に、ついそう呟いたセトだ。
ハルトも意図的である。
隠そうともせず、セトに見せ付けるようにして牽制した。

「お前がどんなに茶々入れようと無理だから諦めな」
こんな事で壊れはしない二人の仲を暗に示して、そう告げた。

その言葉に口角を上げるセトは一筋縄ではいかない男だった。
余裕の笑みを浮かべる男の腰に軽く足蹴りして、
「おめー、いい加減にしろ」
笑う男を諫める。
本気で怒っている訳ではないハルトに、セトが以前と変わらない笑い声を零した。

「好きなモノは仕方が無いだろ。想う位いいっしょ?」
何の悪気もない言葉を拒絶することは出来ない。

セトが言うように、想うのは自由だ。
昨日のように襲うとなると大問題だが、心の中で何を描こうとそれは誰に咎められるようなものでもない。
自分も同じように。
ずっとシュウを想ってきた。それだけにセトの言葉が深く染み込む。
「好きにしろ。けど。
シュウになんかしたらゆるさねーから」
語尾を強めて昨日の行為を咎める。
真面目な顔でセトが小さく了解したのを鵜呑みする訳ではなかったが、
「そんな事しないから安心しなよ」
ハッキリ告げたその言葉を聞いて、一先ず安心した。


セトとハルトはずっとバスケ部であり、同じクラスだった事もあるが、セトとシュウはそこまで接点が無い。自分にならともかく、シュウに対していきなりそんな暴挙はしないだろう事は、それまでの付き合いでそれなりの確証があった。

「ほら。部活行くぞ」
突っ立ったままのセトを指で招いて急かす。
何だかんだといってチームメイトとしては信頼しているハルトだ。バスケ部員としての腕も買っている。
昨日の事は水に流し今まで通りに接しようと思うくらいにはセトとの人間関係も出来ていた。

「了解」
軽快な声でそう答えるセトに昨日のような棘は無い。
それに安堵して背中を向けるハルトだった。




comment 2016.05.05
GW更新しようと思いつつ、別の事に熱中してました(゚ω゚;A) 。うぉーい。
そして会社からの課題をやっていないという…。やばい…(笑)。
まぁ、今日、電車で…。うん。。。

ちょっとラブラブをはさんでみました(*^▽^*)ノ。
この二人なら何かあっても乗り越えられそう(笑)。
そろそろ番外編とかもちょいちょい書いていこうかなーと思ってます(*´∀`)
そして毎度の事ながら予定は未定。。。(笑)

というかいい加減、もう一つのリクを書き始めなければいかんですな…?!(○'ω'○)?
リクした方は覚えているのだろうか…。アップが遅くてすみませぬ。


24





「これ、うめーから食ってみ?」
コウの口元にぐいっとチーズで包まれた物体が突きつけられる。何故か誇らしげなシュウが唇に擦り付けて、強引に口を開けさせた。
「む…。」
シュウが強引なのは今に始まったことではない。
素直に口を開いて物を吟味する。チーズとボロネーゼ、ナスの調和が絶妙で小さく唸り声を返した。
「確かに美味いわ」
一言関心した後、自分の弁当から猫の耳を取ってシュウの口元に運んだ。
お返しのようなその行為を特に疑問にも思わず、ぱくっと口に入れて、
「…ただのチーズ?」
シンプルな感想を言うのを笑って聞き流す。
「あいつ、キャラ弁は上手いんだけど、味がな」
真っ二つに猫を千切って分解する。キャラ弁とは何かと疑問になる破壊ぶりで綺麗に彩られた弁当が見るも無残になっていった。
「お前の豪快さには呆れる」
ハルトの溜息交じりの嘆きなど右から左で、むしろその言葉を否定するかのように、細く切られたキュウリが刺さる卵を口元へずいっと押し当てた。
「…」
「食えよ。キャラ弁、好きなんだろ」
押し込められて口を開かざるを得なくなる。

「む、…んぅ」
淡い色の唇がゆっくり開いて、白い物を飲み込んでいく。卵を支えるように舌がちらりと覗いて口の中へと押し込む。
むぐむぐと頬張って食べるのを沈黙して見つめるコウだ。じっとりとした目は完全に感想待ちである。
「んんー、む」
ハルトが呻く。感想を言おうにも卵1個は余裕が無い。もぐもぐとひたすら口を動かすのをシュウがにやけた顔で眺めていた。
「まぁ食いにくいのは見てすぐ分かるわな」
「う、るへー」
しばらくの咀嚼の後、カリカリときゅうりを噛み砕く音が洩れた。唇を指で拭って、
「味だってそんな悪くねー」
コウの彼女を擁護するも、
「そりゃ中身はただの卵だから」
コウに一蹴されて、噎せそうになった。
「お前、マジでいつかその優しさが仇になるぞ」
手の甲で唇を押さえるハルトににやけたままのシュウが忠告をする。小さく呻いた後、睨むハルトの視線にぞくりとするのは何も惚れた弱みのせいではない。

「戦国時代でもあるめーし、なんで仇になんだ」
言い返して麦茶を口に含み卵で乾燥した口内を水分で潤して一息つけば、じっと注がれる二人の視線に気が付いた。
「なに…」
「いやぁー、豪快な飲みっぷりだなぁと思って」
コウの言葉に、
「お前のえろい食い方、どうにかならねーかな」
シュウの仰天な言葉が被さる。

怒りを通り越して呆れの感情しか出てこないハルトだ。
「おめーの脳みそ、どうなってんだか」
シュウの脛に蹴りを入れて黙らせる。呻く間に、彼の弁当からチーズに巻かれたナスを奪い取って口に入れた。
「おまっ、俺の…!」
一番のお気に入りを食べられて文句を言うシュウに、
「お前に食う権利はねぇ」
そう返すハルトだが、実は自分が作った弁当である。

シュウの為に作ったというのもあって、自分の料理を自分で食べるのでは訳が違い、シュウがベタ褒めする程上出来とも思えない。
大した感動も無く無言で咀嚼するハルトに、
「明日もそれ入れろよ」
催促する始末だ。
「俺のも作って」
コウの便乗に、
「言う程、美味しいか?普通じゃん。明日も同じじゃ俺が飽きるし」
自分の料理を客観的に評価して返した。
「俺はキャラ弁よりハルトの作った弁当が食いてーわ」
「コウまで何を言ってんだか。シュウに毒されてんぜ」
いつもの早食いで既に弁当の半分を腹に収めたハルトが特に嬉しくなさそうに残りを片付けていった。
これ以上、ここにいたら何を要求されるか分かったものではない。
「じゃ、俺は昼練に行くからな」
さっさと弁当を片付けて、シュウの肩を叩き去って行った。


「マジでハルトの手作り?」
いなくなったのを見計らったように小声で訊ねるコウの疑問に小さく頷く。
「あいつ、料理がうめぇからな。俺の好みも把握してるし」
「…すげぇ彼女っぷり。びっくりだわ」
一瞬の沈黙の後、口内で小さく呟く。
聞き逃さなかったシュウが明るく笑って頷いた。
「マジ、完璧だよ」
「ったく、惚気は勘弁」
否定する気ねーのかと心の中で突っ込みを入れて、やや焼ける二人を羨ましく思う。
同性には全く興味もないコウだが、仮に二人が友人の域を超えていたとしてもすんなりと認めてしまうくらい嫌悪感や偏見は持っていない。

むしろ、この二人ならそれもありかと思う程度には、二人の見目の良さを把握していた。
何しろ立っているだけで女が寄ってくる二人だ。男が寄ってきた所で不思議でもない。

それに加え。


「…」
脳裏によぎる映像を振り払うように緩く頭を振って、口に含んでいた物を強く噛み砕く。

「コウ〜!お昼食べ終わったぁ?お話しようよぉ」
丁度、話題になっていた人物がドアから顔を覗かして、小さく手を振った。
フリルの付いたリボンが彼女の動きに合わせて頭の上で揺れる。左右二つに結んだツインテールの毛先は緩くカールが巻かれ、全体的にふわふわした印象の女子だ。腕にはリボンを使ったブレスレットをしており、メルヘンの世界から飛び出てきたかのような甘い声の女子だった。
スキップしそうな勢いで歩み寄ってきて、コウの弁当箱を覗き込む。
「今日も残してないっと。コウ、大好き!」
両手を背中で組んでにっこりと笑った。
その拍子に大きな胸がたぷんと揺れる。思わず視線を落とすシュウの足をさり気なく蹴って咎めるコウだ。

「じゃあ、シュウ、俺ら行くわ」
先ほどの文句は何だったのかと言う程の変わり身で、小柄な彼女の肩に手を回してそそくさと連れ出す様がおかしくてひっそりと笑いを零す。

ハルトの昼練でも見学に行くかとシュウも残っていた物をたいらげて腰を上げるのだった。





comment 2016.06.19
びっくり。まさかの1ヶ月ぶり?というか…1ヶ月半くらい経ってたり…しますか?
うそぉ…(^^;)信じられない…。部屋の片付けとかやってたからかしら…?
怖いくらい日が経つのが早いっす…(´-ω-`;) うぐぐ…。

ちょっとラブラブ絶好調で。今、二人は蜜月じゃない〜?!(*´∀`)
基本、蜜月ですが…(笑)。
さて。コウも中々いい男。おっぱい大好き。オイ。そしてノーマル!これ大事!
BLって言ったらノーマル男!(笑)大事!ちなみにトーヤも普通にノーマルです!これ大事!

まぁたわごとはさておき。次回はもう少し更新開かずに頑張ります…ヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ。。。
やりたい事が沢山あって、土日になるとぐたーっとして終わってしまうという…。
プチ会社ストレス…?ヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ
電車で小説書けるといいんだけど、中々ねぇ…難しいっす(笑)。orz



25





試験週間はハルトにとって退屈な1週間だが、シュウにとってはそうでもない。スポーツ推薦で大学を狙うハルトとは違い、シュウにとってテストの点は大きな意味を持つ。
点数のみで成績が決まる学校では1点すら大事で、落とす訳にもいかなかった。

実際、その期間はハルトと遊ぶ時間もほとんど無く、余裕をこくハルトの態度がむしろイラつく要因になるくらいだ。
まだ3年の前半とは言え、既に受験への準備は始まっている。

ハルトもそれを知っていて試験期間のシュウにはあまりちょっかいを掛けたりしなかった。家に行けばどうしても遊んでしまうというのもあって、いつも以上に距離を置く。それは互いに暗黙の了解であって、わざわざ言わなくても相手を思っての行動であることは通じ合っていた。


テレビのリモコンを闇雲に変えながら、時計を気にする。
広いマンションの一室に一人という環境には慣れているハルトだが、いつも隣にいるシュウがいないと退屈を感じ奇妙な違和感を覚え、どことなく落ち着かない時間を過ごしていた。
目の前には数学の教科書が広がる。スポーツ推薦とはいえ、勉強もそれなりにはやっているハルトだが、張り合う相手がいないとやる気が出ないのもあって先ほどから全然進んでいない状態である。
シャーペンをとっては下ろし、テレビを見ては消しの繰り返しで2時間は経過していた。


「あいつ、ちゃんと勉強してんのか?」
口内で呟く。
自分の手が進まないのと同じようにシュウも進んでないんじゃないかと思って焦っている顔を思い浮かべた。
想像であるのに、それがおかしくて小さく笑いを零す。それから唐突に、真剣な眼差しでキスを迫るシュウの顔を思い出し、僅かに興奮して知らず唇に触れていた。
益々会いたくなって緩く頭を振る。


妄想からシュウを追い出して目の前の教科書に視線を落とし、集中しようとして。


丁度、来客を知らせるチャイムが鳴った。


どきりと胸が高鳴るハルトだ。
シュウかと思っていそいそと玄関へと向かった。


「2ヶ月ぶりだね」
思ったよりも上にある目線に、思い描いた人物と違う事はすぐに気が付いた。柔らかな声に猫っ毛の淡い茶髪、眼鏡に掛かる前髪から覗く目は切れ長で美しい色だ。
「カナメさん…」
予想外の人物に驚いて声が掠れる。扉を開いたままの姿勢で固まるハルトを抱きしめて、外国風の挨拶で両頬に唇を落とした。それから慣れた動作で唇へと移行してきて、慌てて口元を手の平で覆う。
「ちょっと、…そういうのは…」
ハルトが言い淀むのも無理はない。唇同士の挨拶は外国でも早々しないだろう。
「どうして?」
その拒絶を柔らかな笑みのまま受け入れた男が、変わらぬ態度で問う。
「いや、…俺もいい年だし…そろそろ…」
相手の目があまりに純粋で拒絶の言葉も途切れて口ごもる。きっぱり拒絶できない理由はそれだけではない。
カナメと呼ばれた男が唐突にハルトの首根っこを掴み強引に目線を合わせた。間近にある目が淡いグレーだ。久しぶりに見るその色と美貌に僅かに見蕩れていると、ふわりと柔らかなモノが唇にぶつかった。

「カ、ナッ…!」
それが余りにも慣れ親しんだ行動で、抵抗の手に遅れを取る。
ぬるりと熱いモノが口内をこじ開け歯列を割って侵入した。
「っ…!」

キスは二人にとって挨拶のようなものだった。
幼い頃から何度としてきたもので、今更恥じるものでもない。
ハルトに自慰を教えたのもこの男であり、昔から父親の代わりのように親身になって面倒を見てくれたのもこの男である。

とはいえ。
それが普通ではない事くらい自覚しているハルトだ。いくら昔から面倒を見てくれた叔父であろうとキスするような関係は異常だろう。
空いた手が服を引っ張る。抵抗しようとして、更に深くなった口付けに動きが止まった。

相手はキスの心地よさを教えた当人でもある。
誘う舌に応じてしまうのもある種、条件反射であった。

「カナメ…、さ…」
挨拶にしては長いキスが終わる頃には、完全に受け入れ態勢で唇を半開きのまま呆けていた。
小さく笑ったカナメがハルトの濡れた唇を親指で拭う。
「いい子だね」
子どもにするように頭を撫でて我が家のように靴を脱いで奥へと進んでいった。
「ご飯は食べた?僕は空港から一直線に帰ってきたからまだなんだ。ハルトもまだだったら一緒に食べよう?」
玄関に突っ立ったままのハルトにそう呼び掛ける。

ようやくハッとして後を追うハルトだ。悔しげに唇を袖で拭ってカナメの背中を押す。
「二度としないでくれ。恋人がいるからキスはしない」
ハッキリした口調でそう告げれば、振り返ったカナメの目が探るように細まった。
「へぇー。もうそんな年かぁ。その話は後でゆっくり聞かせて貰うよ」
余計な親心を出してにたりと嫌味な笑いを浮かべる。キッチンへと向かって、
「とにかくお腹がぺこぺこなんだ。何か作ってくれるだろう?」
優しい声でそう言われれば、断る訳にもいかない。

実の親でもないのに今まで育ててくれた男だ。恩義を感じているし、何より好意を抱いている。帰ってきた事は素直に嬉しく思っていた。
「俺もこれからだから出来るまで風呂でも入っててくれ」
帰ってきたばかりで疲れているであろう男を追い立てる。洗濯物からタオルを引っ張って男の胸に押し込んだ。そのまま追い出すように風呂場へと押し込めば、
「悪いね」
疲れを感じさせない笑みでカナメがひょこっとドアの隙間から顔を覗かせて礼を言う。

30後半とはいえ、まだまだ若々しい雰囲気の男だ。かつてはゲイビデオで引く手数多の人気男優だっただけの事はあり、ふとした拍子に艶やかさが宿る。整った美貌は今でも十分光るものがあり、女だけでなく男を落とすのも余裕だろう。
もっともそれが通じるハルトでもない。昔から見慣れた男に胸が高鳴るという事はなく、そもそも育ての親だ。そんな感情を抱く方が奇妙なことである。

「絶対、もうすんなよ」
釘を刺し相手が小さく頷くのを確認してから、夕飯の支度を始めるのだった。





comment 2016.06.26
わーい。来週は有休あります(*^ー°)b わーい!

今回は少し早めに更新できました☆そして気が付いたんですが、もうじき30話越す?
やばばですな…(^^;)。ふぉー。どうする気だぁ〜(^^;)。
さて、新人物カナメ。バリタチのいい男っす(笑)☆



26





試験期間であってもシュウがハルトの教室に来るのは変わりが無い。
一緒に食べる相手がいない訳でもなく一人で食べる事も苦で無いシュウだが、昼はクラスが違えどハルトと食べるのが慣わしになっていて、そうしないとどこか落ち着かない食事になっていた。
その日もいつもと同じようにハルトの教室で食事を取るシュウだが、最近はコウもセットというのが当たり前の光景になっていて、キャラ弁を容赦なく切り分けして食べる姿も見慣れたものだった。

「数学やべーわ…」
久しぶりに母親の作った弁当を突きながら、呟けばコウから同意が戻る。
対するハルトはまだ碌に手を付けていないのか無言だ。
「ここで75点以上はとらねーとやべーんだよな…」
綺麗に巻かれた出汁卵を口に入れたハルトがシュウに視線を投げる。
「勉強、進んでねー訳?」
さらりと放ったその言葉は、推薦組みではないシュウにとってはやや苛立つ台詞だ。
「お前、ほんっと気楽でいいよな。俺も推薦で行きたいわ」
「まぁ弱小のサッカー部じゃ仕方ねーだろ」
遠慮なく現実を突きつけて夢を打ち砕く。コウが小さく頷いた。
「数学なら俺、割と得意だから教えようか?」
「マジで?!」
コウの提案にシュウが目を輝かせて身を乗り出した。
「すっげぇ最初の方で既に突っ掛かってるんだよ。マジ最悪」
急に数学の話で盛り上がり始める二人を見て、置いて行かれた気分を抱くハルトだ。

黙々と食べていると、
「あ。今日お前んち行っていい?」
唐突に、本当に突然、思い出したようにシュウが言った。
「大丈夫なのかよ?」
試験中は勉強に専念が二人の鉄則だ。疑問に思って訊ねれば、
「一緒にやれば捗るかなぁとか思って…だめ?」
やや甘えた声で訴えてくる。それを無下に断れないハルトだ。実際、ハルトもそう思ってた矢先である。遊んで終わってしまう予感が無いといったら嘘になるが、一日くらいはいいかと思った。
「かまわねーけど…」
弾んだ心とは裏腹の態度で返す。
そこでふっと。

カナメの存在を思い出す。あの色男に会わせる事に躊躇するも、今更かと思ってすぐに切り替えた。
シュウも何度か会った事がある男だ。
「カナメさん来てるけど…、いいだろ?」
「っ…カナメさん、帰ってきてんの!?まじで?!」
シュウの意外な反応に驚いて、箸が止まる。
「え?…なんで?結構頻繁に帰ってきてるじゃん」
ハルトの返しに目を丸くして驚きの顔を浮かべる。


お互いに見つめ合ったまま、頭の中で疑問が渦巻いた。


「あれ?言ってねーっけ?」
記憶を思い返す。
そういえば帰ってくる度に毎回は伝えてはいない気がして、首を再度傾げた。
「聞いてねーわ…」
口を尖らせたシュウが拗ねた口調で言うのが可笑しくて笑いを零す。
「あんま気に留めてねーから言ってなかったかも。悪い」
笑いながら謝罪すれば更にむっとした表情でにらまれる始末だ。
じっとりと睨んでくるシュウがしつこくて、
「お前ってカナメさんのファンだったわけ?」
思わずそう返せば、更に眦をきつくして目を眇めた。
「そういうんじゃねーよっ。馬鹿」
相手が不機嫌になった理由がよく分からなくて、その理由を考えていると、
「カナメさんって誰?」
横からコウが割って入ってきた。
「叔父」
ハルトの冷ややかな回答と、
「すっげぇかっけぇんだよ!」
やや興奮気味のシュウの回答が被さる。

「…」

やっぱりファンなのかと心の中で突っ込みを入れる。
面食いのこいつの事だ。
顔が良ければ何だっていいのかと苛立ちを抱く。
「良かったな、カナメさんに久々に会えて」
嫌味を返せばシュウが何か言いたげに視線を向けるも、結局言葉にすることなく黙りこくる。

それが更にハルトを苛立たせたが一々追及する事でもない。


会わせて大丈夫なのか。
ちらりとそんな不安が頭をもたげるも、一度許可したものを今更取り消すのも奇妙だ。何も無いのに推測で勘ぐるのも相手に失礼な話である。

「お前の家系っていい遺伝子もってんのな」
二人の微妙な空気などお構いなしにコウが呑気に言うのをどこか遠くで聞くハルトだ。
「カナメさん、まじでいい男だよ。見たらまず息するのを忘れるね」
ハルトの代わりにシュウが答える。
「まじで?会ってみたい」
コウがちらりとハルトを窺ってそう言うのを即座に拒否した。
「くだらね。んないい男がいる訳ねーだろ。カナメさんも普通の男だよ」
すっぱりと切って会話を終わらせる。

シュウをちらりと視線で窺えば、目が合って僅かに驚く。
軽く批難の視線を返せば、向こうからも同じ感情が戻ってきた。

コウがそんな二人に気が付いて、ひっそりと笑うのも気付かず沈黙でやり合っていた。


*****************************************



その日の夜、ハルトの家にやってきたシュウの片手には手土産があった。
リビングにいるカナメを見て一瞬、固まった後、
「お久しぶりです」
人当たりのいい笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
その偽物の笑みを横目で見ながら、ハルトが視線をカナメに動かせば、こちらもよそ行きの笑みで応じた。
「シュウくん、久しぶりだね。一年ぶりくらい?」
言いながら手土産を受け取ってテーブルに置く。中身を開いてわずかに驚きの顔を浮かべた。
「気を遣わなくていいのに」
箱に書かれたロゴに見覚えがあるハルトだ。

随分と高い物を用意したものだと感心する。
いつも気軽に遊びに来る関係なのに、なんで今更そんな堅苦しい事をしたのか疑問を抱いていると、
「カナメさんがお留守の間に、お邪魔させて頂いているので…」
その疑問に答える形でシュウが答えた。

それが友人として誇らしく感じた。
『親しき仲にも礼儀あり』ではないが、ずるずるとした関係ではなくこういう気遣いが出来る事に改めて感心したのだった。

それに頬を綻ばせていると、カナメの視線が唐突に刺さる。
「…?」
意図を問うよりも早く、再びシュウに視線を戻したカナメが笑った。
「君がいてくれて助かるよ。ハルトが寂しい思いをしていないなら僕も安心だ」
柔らかな口調でシュウを招いて椅子に座らせる。
「夕食がこれからだから、それまで二人で話してるといいよ」
ハルトの背中を押して強引にシュウの横に座らせる。
「俺も手伝…」
「いいよ」
肩を強い力で抑え立ち上がろうとするのを拒む。

笑みを浮かべるカナメはいつものカナメだ。
シュウがやや居心地悪そうにハルトを窺って、すぐに鞄から数学の教科書を取り出す。
カリカリと書き込みを始めるのだった。



comment 2016.08.19
ちょーっと…、更新が遅延中ですみません…(≡ε≡;A)...。頑張っております。
セインの方がもうじき終わるので、そちらをがーっとアップして、次いでこっちもがーっとアップする予定です(予定。予定。予定です。笑)。多分35話くらいで完結する…予定。
去年貰ったリクの方は2,3話で完結する短い話を予定してます(^▽^)ノ。
予定のオンパレード(笑)。

いつも拍手ありがとうございます(*´∀`)。
拍手お礼を新しい話に切り替えたので、良かったら押してくれると嬉しいな〜☆

27





「なぁ、ここの答えってお前分かる?」
夕食後、ハルトの部屋で黙々と勉強していると唐突にシュウがそう言って、教科書を向けてきた。
覗き込むハルトの回答は早く、
「俺に数学聞くな」
短いその一言で一蹴される。
「コウに教われよ。昼時に仲良くだべってたろ?」
シャーペンを銜えて頭を掻いたシュウが僅かに視線を上げて、真向いにいるハルトを見やる。こっちの視線に気付きもせず懸命にノートに書き込みを入れていた。
「…焼いてんだ?」
「んな訳あるか、ぼけ!」
邪魔したくなって投げ掛ければ、予想外の速さで否定が入る。
にやりと笑いが浮かぶシュウだ。
ポーカーフェイスを気取っていても、中身はいつものハルトだ。
「へぇ、コウにねぇ」
ニタニタ笑ってしつこい追い打ちを掛ければ、尻を足蹴りされる。
「いいから黙ってやれ」
がしがしと足で突きながらハルトが文句を零す。短めの前髪に刈り上った両サイド、露わな耳がほんのり赤く染まるのを見逃す訳もない。
狭いローテーブルの下で足蹴りしてくる左足を逆に絡め取って、動きを封じた。
「っ…」
途端、ハルトの顔に驚きが走る。
胸倉を引き寄せて顔を近づければ、
「馬鹿、場所を考えろ」
触れそうになった唇の間に教科書を挟んで妙に冷静な声が窘めた。

「お前な、隣にカナメさんがいるんだぞ。何考えてんだ」
囁くような小声でシュウを諫める。
はい、そうですかと大人しく聞く訳にもいかない。

「キスくらい、いいじゃんか」
実際の所、ムラムラきてるのはシュウだけでは無い筈だ。
ここ数日の間は全く触れあっていない。教室でもちょっと会話する程度で、昼食も食べ終わったらすぐに昼練に行ってしまう。シュウよりバスケ部の面々との方が長くいるのではないかと思うくらい、二人の時間は少なくなっていた。
シュウの問いに満更でも無さそうにハルトが沈黙する。

「けど、カナメさん…、いるんだぜ?」
「だから?いるっつったって隣の部屋だろうが。かんけーねーよ」
教科書を無理やり下げて、唇を近づける。
「…」
逡巡する沈黙の合間に口づけすれば、すぐに受け入れ体制になった。
緩く唇を開いてシュウの舌に応じる。
しばらくそうした後、
「やべ…。やりたくなる…」
熱い息を零しながらひっそりと呟いたシュウを思わず笑うハルトだ。
「お前、ほんっとバッカじゃねぇの?」
ムッとするシュウを置いてけぼりにして、ひとしきり笑った後、ふっと冷静になったハルトが足で股間に触れた。
「抜いてやろーか?」
先程まで、隣の部屋を気にしていた男のセリフとは思えない言葉だ。
思わずたじろいだシュウを追い遣るように、片笑いを浮かべて足先で形をなぞった。
「なぁ…どうする?」
両手を後ろに付いてのけぞるようにして訊ねる男は本当に底意地の悪さだが、そのニヒルな笑いが非常に様になっていてドキリとする嫌らしさだ。
「いーぜ、面白いじゃん…」
釣られたように片笑いで返す。

シュウの返答を聞いて満足げ笑みを浮かべた瞳が、緩い熱を宿すのを見て相手も同じかと悟った。ここに来た本来の目的が頭の片隅へと追い遣られていく。


立ち上がったハルトが口元に指を立てて、
「静かにな」
そう囁く。
「お前こそ」
隣に腰を下ろしたハルトを引き寄せて再びキスをした。



他の誰とするよりも。
しっくりとくるキスだ。
相手の性格も、好みも全て把握している。今までの経験も過去も、嫌がる事や好きな事も。
こんな相手はこの先、どんなに頑張っても出てこないだろう。

二つのバラバラのピースがピッタリと嵌るようにハルトとは何の違和感もなく収まった。躊躇いも無ければ、恐れもない。


「やっぱお前の事、好きだわ」
シュウの小さな囁きにハルトが同意を返す。
「俺のが好きだけどな」

いつでもさらりと自分の方が上だと主張するその負けん気な所も好きだった。



*****************************************




結局、その日は碌に勉強も進まなかった二人だが、満足の一日ではあった。
朝、二人揃ってマンションを出るのを常と変わらないカナメが見送っていた。昨日の事はカナメには全くばれていないようで、それに安堵するハルトだ。

別にカナメにばれた所で困る訳ではない。
シュウの母親に対して、自分がシュウを好きである事を宣言しているくらいなのだから、今更そんな事で壊れる想いでもない。
ましてやカナメは自身がゲイであり、そういう事には理解のある男だ。
それでもあまり知られたくないと思うのは、育ての親であり、母親の手前があるからだった。
そう思うとシュウも同じかと思って将来を考えてしまう。

「ミエさん、よく俺の事を責めたりせずに認めてくれたよなぁ」
「何が?」
自転車を漕ぐ足が緩くなる。
隣で唐突にぼやくハルトを怪訝な顔で見つめて眉を顰めた。
「いや、俺はお前と付き合ってるって母親に言う勇気はねー訳。特に何も言われねーとは思うけど、まだその時じゃねーって思っちまう。けど、ミエさん、俺がお前の事好きなの知っててよく受け入れられたなぁって」
「相変わらず、今更な事を考えてんのな。お前、俺に押せ押せだった時に全部覚悟済なのかと思ってたよ」
呆れた風に言われてやや苛立つハルトだ。
「お前に言われたかねーわ」
「そうだろーが。俺のがよっぽど考えてるわ。お前と付き合う時点で、いわゆる一般的な家庭はもうねぇんだよ。でもお前がそれを望んだんだろ?なら下らねぇこと考えてんじゃねぇよ」
「…」
こういう時ばかりは、日ごろ能天気で何も考えて無さそうなシュウの方がよく考えていたりするもので、
「悪かったな」
素直に負けを認めるしかない。
「おめーがいない世界のが、俺には一般的じゃねー」
思わず。


本音を零す。


一般的な家庭。


そんなモノにいかほどの価値があるというのか。
本当に欲しいモノが欠如した世界など、何の意味も無かった。


「…なぁ。ハル…」
ふいに自転車を近づけて呼ばれる。
横を向けば、やや困った顔のシュウが小さく呟いた。
「そう思ってるのは、お前だけじゃねぇから」
驚くハルトの髪を乱暴に掻き混ぜて、
「負けたら足裏マッサージなっ!」
言い捨ててスピードを上げていく。

「オイッ!今のはずりーぞっ!」
坂道を一気に上がっていくシュウに文句を返す。一拍出遅れたハルトはぐんぐんと置いていかれた。それでも。
ひっそりと笑みを浮かべる顔は怒った口調とは真反対で、年相応の無邪気さがあった。


「ばーか」
遠くなっていく背中に小さく返す。
将来なんて考えても仕方がない事だ。シュウがいない将来の方が遥かに怖い事であり、それだけが真実だ。

踏み込む足に力を入れて駆け上っていく。
いつでも一緒にいた背中目がけて追いかけていくのだった。



comment 2016.10.02
完。
とか言ったら怒られますかね?(笑)
いあ、すみません、すみません。冗談です(-∀-`; )。

だって、ラブラブ過ぎたんだもの…(笑)。
さて、次回はラブラブデート!(予定)


28





あっという間に1週間が過ぎ、試験も最終日を迎えていた。
最終科目が終わる合図が鳴ると共に、ハルトの教室にシュウが飛び込んでくる。
「ハル!部活ねーだろ?!遊びに行こーぜ!」
満面の笑顔は相当ご機嫌の証だ。
試験が上手くいって満足なのだろう。

ややぐったり顔のハルトが突っ伏していた机から顔を上げて胡乱な瞳を送る。
「俺を慰めろ」
ぶすっくれた表情で言えば、シュウがニヤリと笑いを零して短い髪を撫でた。
「撃沈してんなぁ。
ほら、行こうぜ!」
短髪を軽く持ち上げて引っ張る。
感傷に浸る時間も与えずに連れ出す算段らしく、溜息付きつつ内心では嬉しいハルトだ。
シュウのこういう所が好きな所でもある。

何も考えてなさそうな明るさで、本当に困っている時は道を照らしてくれる、そういう天性の才能のようなモノをもっていた。
「お前には負けるわ…」
ひっそりと呟いて鞄に教科書やノートを詰め込んでいると、横からコウがこちらも満面な笑みで二人に声を掛けてきた。
「何?颯爽とデート?」
上機嫌なこの男も試験に一抹の不安も抱いていないのだろう。
眉間に皺を寄せたハルトに対して、シュウは余裕の笑みで対応した。
「お前も彼女とデートしたらどうだよ?」
いつもならコウのからかいの言葉を慌てて否定する男が、あっさりと受け流し、そればかりか『お前「も」』発言した事に驚きを隠せない。

この1週間弱で、むしろ試験を乗り越えて一体何があったのかとシュウの顔をまじまじと見てしまう。
余裕?

余裕なのか?


何故か一皮剥けて謎の成長感を出した男にじっと視線を注いでいると、シュウがふと振り返った。
視線がかち合って、更に驚く。
「…何だよ」
僅かにむっとしたシュウの声に、緩く首を横に振って別にと答える。何故か唐突に鼓動が早くなるハルトだ。
いつも見慣れた筈の爽やかな顔が見知らぬ誰かのようで、じっと射るような視線を送ってくる男に動揺してしまう。
視線を外せなくなって困惑していると、ふいにコウが肩を叩いた。
「分かったって!お前らの惚気はいいから、さっさと行けって」
苦笑いを浮かべて二人の肩を押しやる。
さっさと行っちまえと言うようにジェスチャーで追い払った。


「っるせ!」
文句を返しそのまま教室を出て二人っきりになると、シュウが唐突に小さな声で何かを呟いた。
聞き取れずに問い返せば、言いにくそうに宙を仰ぐ。
「ハッキリ言え。聞こえねーよ」
催促すればようやく視線をこちらに向けて、口を開いた。
「いや、偶にはデートみたいな事も…、してみる?って思ってさ」
「…」
シュウが言い淀むのも分かるような気がするハルトだ。
付き合い始めて、まだ一度もデートはしていない。

いや。

いつも二人で出掛けるノリがデートだといえば、デートだろう。
何を以てデートとするのかは難しい問題でもあった。
改めてデートと言われると困ってしまうのはハルトも同様で、
「…、何、するのがデートなんだ?」
小さな声で返答する。

場所がまだ校内だというのもあり、互いに前を向いたまま無関心を装ってボソボソとやり取りをしていた。
それが他の生徒には奇妙な光景ではあったが、そんな事は気にしていない二人だ。

結局そのまま、どこ行く?飯、何食う?そんな話をしながら自転車に跨る。
行先も決めないままゆったりと漕ぎながら、どうしようかと話をしていると、
「いつもは行かない場所に行こうぜ!」
凄い発見でもしたようにシュウが目を輝かせた。
「…まぁいいけど…。どこだよ」
確かに日ごろは行っていないような場所に行けばそれなりにデートっぽくはなるかもしれない。
「じゃ電車乗って、市外行く?海でも見に行くか?」
「は?」
突然の流れに一瞬、呆ける。
「それとも映画館とか行く?海まだ泳げねーもんな。温水プールでもいいけど…」
「…お前、それ、女とのデートで行くのかよ?レジャー施設ならともかく、市民プールとかじゃデートプランとしては怒られるぞ」
適当なシュウの言葉に突っ込みを入れてしまう。
「別に普通に洋服選びとか、遊園地とかでいいんじゃねーの?ゲーセンだって悪くねーしさ。俺はお前と出掛けるのは別にどこだって…楽しい」
必死にデートプランを考えるシュウに冷静な言葉を返す。
「…俺もどこだって楽しいけどさ…」
シュウが気恥ずかしそうに視線を泳がせ、それからハルトのハンドルを叩いて、
「とりあえず駅行こうぜ!見たい映画あるし、映画付き合え!」
そう誘った。

早い話、映画が見たいだけかと心の中で突っ込んで、その意見に同意を返す。


どう足掻いても、男女の付き合いでは無いのだからデートは無理だろう。
道端で手をつないだり、そういう普通はあり得ない。
一緒に出掛けるだけで楽しいのだから、女とするデートのような拘りは要らないんじゃないかと心の中で返した。



とはいえ。
ハルトの思惑は大きく外れる結果となった。

シュウは本気でデートをする気のようで、映画館では暗闇に乗じて手を繋いでくる、喫茶店では平気で、「あーん」を強要する、洋服店ではコーディネートして上下フルセットで買おうとしたり、ペアリングを買おうとしたりと、とにかく驚きの連続だった。


*****************************************


「お前…、マジでびっくりな奴だな…。意外な一面を知れて別の意味で面白かったわ」
電車に揺られつつそう愚痴る。目の前にある顔は疲れ知らずで、妙にニコニコと元気だった。
「そう?試験終わったしさ〜。何かパーッと遊びたかったんだよな。ハルの困った顔とか焦った顔沢山見れてストレス解消出来た感じ」
思わず肩をどつく。
「俺はお前のストレス発散機じゃねーぞ」
ドアに寄り掛かったままシュウを軽く睨んだ。
「ハルだって発散出来ただろ」
確信もって問い返すシュウに、そっぽを向くしか出来ないハルトだ。実際に楽しかったのは事実だ。今までの外出とはまた違った新鮮さがあり、こういうのも悪くないなと思ったのも本音だったが、素直に頷くのも癪な気がして返答しない。最もハルトのそんな思いも簡単に見越しているだろう事も分かっていた。

僅かな沈黙が心地よくて車内の揺れに身を任せていると、次の駅に到着するアナウンスが流れる。
開くドアに何気なく視線を移すと、夕暮れ過ぎの時間帯で長蛇の列がホームに出来上がっていた。嫌な予感がしつつ見つめていると、狭い車内に乗り込む人々がドッと流れ込んでくる。
「ッて…」
押し込まれ誰かがシュウの背中にぶつかり、奥へと押しやった。

顔の横でバンッと激しくドアを叩く音が響く。無理やり押されて体制を崩したシュウがハルトに伸し掛かるようにドアに手を付いて密着してきた。
それに内心で驚くハルトだ。突然の衝撃に心臓の鼓動が早まり、動揺していると、
「わり…、すっげ、混んでる…」
シュウが気まずそうに謝罪する。
発車を知らせるベルがホームに鳴り響く。駅員が慌ただしく駆けよって、入りきらない人を車内へと押し込んだ。

ハルトを潰さないように何とかスペースを作ろうとしたシュウが押しつぶされて、眉間に皺を寄せる。
思わず笑いを零すハルトだ。
「電車、最悪だな」
ゆっくり動き始める電車の揺れで密着状態シュウとぶつかり合う。
「まさかお前に壁ドンされるとは思ってもいなかったわ」
軽い冗談を言うハルトはドアに押し込められている分、まだマシなのだろう。
シュウの踏ん張りを他所に小さく声を立てて笑った。
あまりにも詰め込まれた人の数で空気すら薄くなった気がしてくる。
「マジ、最悪…」
シュウの小さな呻き声も、ハルトには笑いの対象で、
「あと一駅の我慢だから頑張れ」
呑気に励ました。

「ほんっと、そういう所、腹立つよな…。
っ…!」
文句を零すシュウの脇腹が、唐突にするりと撫でられる。
間近にあるハルトの目が面白がって笑んだ。
「…てめぇ…」
睨んくる目もこの電車の混みでは何と言う事はない。
僅かにゆとりのある手で更なる悪戯を繰り出していると、シュウがくすぐったそうにわずかに身を捩った。


途端、ガタっと電車が揺れて互いに頭突きしそうになった。
「っ…」
「やべ、…早く着かねーかな」
さすがのシュウも息苦しさに音をあげて愚痴をこぼした。それに小さく同意するハルトだ。
ここまで密着状態も結構しんどいもので、変に意識してしまう。

日頃は意識しないシュウの胸板や太ももが否応なしに触れてきて、そればかりか間近にある唇が息を漏らすのさえ、見てはいけないモノでも見たような背徳感を生んだ。
ハルトを潰さないようにして横を向くシュウの顔もやけに男前に見えて、日ごろの柔らかな気配からは想像できないギャップだ。

ついハルトも視線を合わせないように横を向く。


息苦しさもあって早く着かないかと念じていると、ようやく次の駅へと到着した。
人の流れに沿うように電車から降りる。

外の空気が一気に流れ込み、開放感に溢れた。
「あー!やばかったな!」
深呼吸して安堵の溜息を付くシュウに同意を返す。
パタパタと顔を手で仰いで火照った身体に風を送った。
「でも、偶にはいいよな、こういうのも。結構楽しかったよ」
汗で湿った首元を手で拭って今日の感想を言えば、
「だろ?俺のデートプランも悪くねーだろ?」
意気込むようにシュウが被せてくる。
ハルトと同じように額の汗を拭って長い髪に空気を送るように何度かすくった。

「デート…デートプランとしてはどうかと思うけどさ」
それほど可笑しな話題でもないのに、笑いが込み上げるハルトだ。
今日一日がそれだけ楽しいものだったという事かもしれない。

同じように笑いを返すシュウを見て、一層可笑しくなる。

妙に浮足立った心のまま、帰路に着くのだった。



comment 2017.3.07
…気のせい。気のせい。5か月ぶりとか、気のせい…。多分気のせい。。。(゚ω゚;A)

さてさて超ラブラブで(笑)。実は電車ネタ、実話(笑)。会話は違うけど内容はこれでした(笑)。その時から、これは絶対書き起こさなきゃと決意(笑)。
まぁ楽しんでもらえたらうれしいです(^▽^)ノ。あと壁ドン(笑)。これ入れたかった!というか実話電車も壁ドンしてたけどね?(*´∀`)
次回はもう少し、空かずに更新します!宣言!しちゃうもんね〜!



29



試験も無事に終わり開放感に満たされた日々を送っていたハルトだったが、その日は最悪な気分だった。
というのも、シュウの教室にノートを返しに行った休み時間の出来事である。あろうことか同学年のセトがシュウと立ち話していたのを目撃したからだった。
シュウがそれでどうこうなるとは思っていないが、あれだけ念を押したにも関わらずセトがシュウにちょっかいかけているのを見て瞬時に頭に血が上る。
そのままずかずかと教室へと入って、セトの肩を押しやるように突いた。

「何でお前がここにいるんだ?」
明らかに不機嫌なハルトの言葉にセトが苦笑を浮かべる。
「独占欲強すぎ。話くらいイイっしょ?
別に大した話してないよ。数学教師が一緒だから情報交換してただけ」
さらりとそう言われ、反論が出来なくなる。
二人は受験組だ。共通の話題もあるだろう。勉強がそれほど得意ではないハルトとは違って、シュウは成績もいい。セトも日頃はおちゃらけている割に成績は上位で学力的には同じくらいの位置にいる。
 
思わずジトリとシュウを睨む。
シュウがここでは言いにくそうに唇を動かして、現状を笑いでごまかした。
 
忠告したからな!
 
目でそう伝えて借りていたノートを机に投げる。
結局、チャイムが鳴るまでそこにいたハルトだ。セトと一緒に教室を出る羽目になり、胡乱な瞳を相手に送った。
 
「んな怒らなくったっていいっしょ。あんなに人がいる教室で、ハルにしたみたいな事する訳ないし、そんなに警戒しないで欲しいな」
いくら小声のやり取りとはいえ、とんでもない発言をするセトの背中を小突く。
「こんな所でよせ」
ムッとしたまま返せば何故かセトが笑った。
「ほんとシュウが大好きなんだなぁ。
ずるいね、幼馴染って。どんなに想っても時間の長さには敵わねーもん」
からかいの言葉の後、ぽつりと零した台詞に本音が交じるのを感じ取る。
「そんなの…言い訳だろ」
「ほらね、そういう高み発言。自分が好かれてる自信があるから、そんな事が言えるんでしょ。ハルも俺と同じ立場になれば嫌でも分かるよ。幼馴染って厄介だからさ」
ふいにセトの手が肩に回され、重い体重が伸し掛かった。仲がいい男友達のように肩組んで廊下を歩く羽目になり、相手の手を外そうと躍起になる。そんな事をしていると、セトが顔を近づけて上からハルトの瞳を覗き込んだ。

「ホントいいよな、幼馴染。俺もそうなら良かったのに…」

間近にある瞳が寂しげに笑う。
それがあまりに意外で、抵抗の手が止まる。
「…セ」
呼び掛けようとして、肩に掛かる重みが唐突に無くなり言葉が止まった。セトが大きな伸びをして、いつもと同じ笑みで振り返る。
「じゃ、また部活で」
掛ける言葉が見つからず、教室へと入っていくセトの背中を意味もなく見送る事になるハルトだ。
 
あんなに身勝手な男だが、想いは純粋らしい。それを目の当たりにした気がして、後味の悪い思いをした。
 
人を好きな気持ちを制限していいのか。
そんな身勝手が許されるのかと自問する。
 
それでもシュウを誰にも渡したくないという気持ちは確実だ。
セトがどんなにシュウを想っていようと譲る気はさらさらない。変な同情心や偽善はやめて、はっきり伝える事こそが相手への誠意だ。
 
そう思って、胸の内に残るざわつきを意図的に無視して、止まっていた足を動かした。




comment 2017.7.2
やはりPCを買おうか迷い中です…。色々不便で滞り中…。やりたい事が色々あるのだが、ほぼほぼ何一つできていないという…笑。日本人、働きすぎじゃなかろうか。笑
仕事終わるとバタンキューで寝てしまうし、どうしたものかと悩んでます…(-∀-`; )。

とりあえず。30話突破しそうですが、速く完結できるよう次回更新、頑張ります…。
(期待せずに…;;;)



30



ハルトの苦言はあまり功を奏しなかった。

翌日もその翌々日も同じ光景を見る羽目になり、さすがにもう一度文句を言おうと決意する。

その日の夕方、部活が終わった後にセトをとっ捕まえようと思い、掃除をしながら相手の動向を探っていた。

大体遅くまで残っているメンバーというのは限られていて、大概はトーヤとセト、ハルトが最後までいたメンバーだったが、シャワーの順番は日によりまちまちである。シャワー室がバトミントン部との共同である事もあって、そちらの利用状況によっても左右された。


ところが、そういう日に限ってセトはシャワーを浴びずに早々と部室から消えていく。不穏な空気を察しているのかもしれない。ちらりと後ろ姿を見送り落胆した気持ちを抱いていると、唐突にトーヤがスナック菓子を差し出してきた。

「食います?」

汗で濡れた髪を片手でかき乱す。荒んだ茶髪が濡れると少しはまとまって好青年っぽさを醸し出すから不思議だ。僅かに口角をあげて見上げる顔は印象よりもずっと整った顔で、

「お前もしゃきっとすればモテそうなのに勿体ねぇな」

思わずそんな言葉が口をつく。

意外な言葉を受けてトーヤが目を丸くした。

「気持ち悪いっす。どうしたんすか」

手でポテトチップを鷲掴みしてボリボリと食べた。その色気もない姿はまさにトーヤと言えるが、小さく笑いを零すハルトだ。

「いや、女子が怖がってお前には寄ってこないけど、お前って意外に空気読むし優しいじゃん?」

ハルトの言葉にムッと唇を曲げた。

「…なんっすか、それ。

最近、キャプテンとセト先輩の空気がわりーから俺は気にしてんっス。なのにキャプテンときたらそんな下らねー事言ってるわで、俺は結構モヤモヤしてるんすよ。分かってます?」

そう言って不貞腐れた態度でベンチに腰を下ろした。


セトとの関係に気が付いているトーヤに感心するハルトだ。


人の事なんか興味なさそうに見えるというのに、その見掛けと中身の違いにいつも驚かされる。見掛けの激しさは背が低いことへのコンプレックスなのだろうかと口が裂けても言えない疑問を抱いた。背が低いことはバスケではマイナスに働くが、この視野の広さは得難い良さだ。

自分がバスケ部を去った後の事を考えていると、
「人に言えないような相談があったら乗ってもいいっスよ」

真面目な顔でそう伝えてくる。いつもなら笑って流す話だが、トーヤのその視線は冗談では流させない強さを持っていた。

「二人の連携が乱れると勝てる試合も勝てねーっすからね」

付け加えたトーヤはどこまでいってもバスケ馬鹿だ。それに安堵して、トーヤなら言っても大丈夫かと思う。

とはいえ、それにはセトの問題も絡む。ただの恋愛のもめ事ならさほど大きな問題にはならない。だがこれは男同士の話だ。セトが実はゲイでシュウを好きだからどうすればいいのかなどセトのプライバシーを考えれば到底言える話では無かった。


釣られるようにベンチに腰を下ろして、トーヤの開けたスナック菓子に手を伸ばした。

「バスケに影響が出ねーようにどうにかする。心配させて悪かったな」


ポリポリと2,3枚摘まんで食べるハルトを納得のいかない顔で見つめていたトーヤだったが、言うつもりがないらしいハルトに諦めのため息を付く。

「いいっすよ。影響でねーなら。どうにも出来なくなったらいつでも頼っていいっすよ」

立ち上がって、ユニフォームを脱ぎ始める。

そのままシャツに着替え始めた。


どうやら今日はトーヤもシャワーを浴びずに帰るらしい。

半分ほど平らげた菓子をずいっとハルトの方に差し出して、

「じゃ、お疲れっす」

あっという間に身支度を終わらせて部室を出て行った。



トーヤに言われた言葉を反芻する。

セトがシュウを構っている所で、それはセトの自由だ。それをどうかしようと思うから上手くいかないのであって、無理やりどうこうしようというのがそもそも無理な話だった。

バスケを取るか、シュウを取るかと言われれば間違いなくシュウを取る。ただそれはバスケのウェイトが軽いからではない。トーヤと同じくらい、バスケは好きだと自負している。だが、セトの行動に目くじらを立てずにセトと上手くやっていく方法を見つけない限り、バスケにもいずれ影響が出るだろう事は目に見えていた。


よくわからない焦燥感に襲われ、追い立てられるように身支度をするハルトだった。





comment 2017.10.01
10月です!そして恐ろしい事に30話目…だ、大丈夫か…?!
まぁ、深く考えず、サクサクと進めていきたいです(笑)。
10月だから、何かハロウィンっぽい話も描きたいなー…(*´∀`)