目覚ましが喧しい音で鳴り響く。布団から出た手がそれを目にも留まらぬ速さで投げつけた。
「ッぅるせぇーよっ!」
その音に文句を零すのは投げた本人でなく、床で寝るもう一人の男だ。寝起きの不機嫌露わに布団から顔を出し、潜ったままのもう一人の背中を乱暴に蹴り付ける。
「毎回、言ってんだろうが!あれは俺の目覚ましなんだから投げんじゃねー!」
激しい勢いで怒鳴っているにも関わらず無反応な背中が余計に彼を苛立たせた。
更にガシガシと背中を蹴って、布団を強引に剥ぎ取る。
剥き出しになった背中にもう一度蹴りを食らわせて、
「さっさと起きろって、シュウ!」
そう怒鳴った。
名前を呼ばれてようやく重たい目を開ける男だ。眠そうに目を擦って男を見上げる。
「…お前、泊めてもらってる癖にうるさ…」
「朝練に遅れる。早くしろ」
相手の文句をぶった切って急かすように襟首を引く男は見るからにスポーツマン風の風貌だ。茶髪に染めた短髪に両サイドを刈り上げた髪型、そして凛々しい顔は女子から黄色い声援を浴びるに相応しい男らしさが滲み出る。
それに加え18歳とは思えないほど落ち着いた雰囲気と大人びた表情をした青年だった。

「スポーツ馬鹿め」
シュウと呼ばれた彼が相手に聞こえないようにひっそりと文句を零す。
重たい腰を上げてもっそりと着替え始めれば、既にブレザーを着た相手に冷たい視線を投げられる。
「先に行く」
「先に行くって、お前…、俺んちだぞ!」
裾を掴んで強引に引き留める。その手がすばやい動作で邪険に振り払われた。
「ハルト!」
身勝手な男に呆れつつ、慌てて着替えるシュウだ。
先に行って大量の朝飯を、それもただ飯を食われちゃ堪ったものじゃない。


追う様にダイニングに向えば、にこやかな母親と既に優雅な朝食を取っていた。
「母さんっ!あんたの息子はどっちだよっ!」
ハルト専用の茶碗に山盛りご飯が盛られているのを見て、思わず怒鳴る。
「子どもっぽくてやだやだ。それに比べてハルト君はいつ見ても大人びてていい男ねぇ」
うっとりとハルトの顔を見つめてそうぼやく。
「こんな澄ました奴のどこが大人なんだよ。こいつだって相当…」
「シュウ、いいから飯食えよ。また置いてくぞ」
我関せずの顔で箸を運ぶハルトは確かに大人だった。
何事もテキパキと機械のように処理してしまう。人間関係にもさして興味が無く、女にはモテるが付き合っている特定の彼女がいる訳でもない。また男の友人もなく、唯一つるむ相手は幼馴染でもあるシュウただ一人だ。
それに対してシュウにはハルト以外の友人も沢山いた。明るく陽気で、強面なハルトとは正反対の印象を与えるシュウはクラスでも人気の男子だった。
柔らかな空気を持つ男前な容貌で、表情豊かな目に口角の上がった唇、そして何より笑顔が明るい青年だ。それでいてサッカー部のエースなのだからそのギャップが女子の心をくすぐった。
どちらも学校では2大スターとも言われるほど知名度が高く、常に注目を浴びる二人で彼らが並んで歩くだけで人々の目を引くのも見慣れた光景であった。

*****************************************




「学校まで競争な!」
自転車に跨ったシュウが唐突に持ち掛ける。
呆れた顔をしながらもちゃっかりとそれに乗るハルトだ。

「ジュース一本」
澄ました顔をしながらもその目だけは真剣な色を浮かべる。
この勝負は大体、シュウが勝って終わる。
それでもめげずに挑戦に乗るハルトは見かけ以上の負けず嫌いだった。

「そういえば俺さー、新しくサッカー部に入ったマネがいるんだけど…」
ペダルに足を掛けながら、シュウにしては珍しく歯切れ悪く切り出す。
何かと耳を傾けるハルトに、
「そいつと付き合う事になってさ、お前いつもうちに来るだろ?今週末は控えてくんね?」
顔の前で手を挙げて謝罪のジェスチャーをした。
「…かまわねぇけど…、お前が家に連れ込むなんて珍しいな」
知らずハルトのペダルを漕ぐ足が緩くなる。
女子に告白される度に自慢してきた男だ。それが自慢もなくコソコソと会うとは何事だと眼差しがきつくなった。
「いや、だってお前はさ、自分ちで女子といいように遊んでる訳じゃん?なのに俺は毎回お前の都合で勝手に来られて今まで呼ぶに呼べねぇ訳。たまにはいいだろ?」
僅かに焦りながらもハッキリとそう告げたシュウに怒るでもなく、
「それは悪かったな。俺は別に女を家に呼んだりしてねぇけどな」
そう謝罪して、急に漕ぐ速度を速めた。
「週末に行かなきゃいいんだろ」
シュウより頭一つ先へ出て、後ろに投げ掛ける。
そのまま返答も待たずにぐんぐんと先へ走っていった。

「別にお前が邪魔とかじゃねぇからなっ!」
追いかけるシュウが大声で怒鳴って言い訳するも、
「気にしてねーって!」
素っ気ない返事が戻ってくるだけだ。
先を行くハルトの表情も見えず、訳も分からず焦りが湧き上がった。


互いにもう高3なのだから、いつまでもつるんでいる訳にもいかない。
彼女一人もいないのでは男としても些かな情けないだろう。
そしてこの先も。

恋人が出来て結婚して。

ずっと一緒にいる訳にもいかないのだから、どこかでその区切りを作るべきなのだ。
そうは思いつつも他に友人もいないハルトが気になって、いつになく早いペースで漕ぐハルトを懸命に追いかけるのだった。


comment 2015.03.01
有難い事にリクを頂きまして、その要望のもので書かせていただきました(^▽^)ノ
アップがだいぶ遅くなってしまって申し訳ないです(笑)。
そして、3,4話で収める予定だったのですが、余裕で10話以上いきそうな勢いです(´-ω-`;)。
攻めx攻めという形になるまでに結構な話数が必要かもしれない…。いきなり両思いも変かと思って…orz。
リクエストした方はその事を忘れて読んで下さい(笑)。

こういう攻めx攻め系は、リバ好き以外は受けを読み誤ると結構痛いです(^_^;)。
かといって、バラしちゃつまらないと思うのでどっち受けとか書かずに進めていきまーす☆
リバ嫌いの方は読み間違えず予測通りの受けになるといいです(笑)。
ちなみに今の所だとどっちが受けっぽく読めるんでしょうね(*^w°)。





「ほい」
昼食にハルトの教室に遊びに来たシュウが缶ジュースを差し出す。
仏頂面のまま受け取るハルトの目の前に腰を降ろして、
「朝、言ったこと怒ってんのかよ?」
午前中ずっと疑問だったことを訊ねる。
「別に。確かにお前んちに行き過ぎだった。ミエさんにも迷惑掛けてるしな」
そう言って広げるのはシュウの母親、ミエが作った弁当だ。親が出張で留守がちなハルトの面倒を母親のようにいつも世話してくれるミエはハルトにとってもう一人の母親だ。逆に言えばそれほどシュウの家に行ってることにもなる。
「とりあえず今日は来るだろ?昨日言ってたノート借りたいし」
「これだろ?」
机からバインダーを出してシュウに手渡す。
「今日、行かねぇから持ってきた」
「はぁ?お前、今日来るって…」
「予定が変わったんだよ。別にいいだろ?ミエさんに夕飯いらねって言っといて」
卵焼きに箸を突き刺して口の中に放り込む。
掻き込むようにご飯を食べるハルトに胡乱な目を向けるシュウだ。
「怒ってんじゃねぇか。俺にバレねぇと思ってんのかよ」
「怒ってねぇって」
「いーや!絶対怒ってるね」
二人の子どもっぽい押し問答が始まる。

痴話喧嘩が珍しい訳ではないが、何をするにも注目を浴びる二人だ。
自然とクラスメート達の視線を集めてしまう。


「あー、分かった分かった。俺は昼練あるからもう行くからな」
教室の空気を察したハルトが貰ったジュースに口を付けて一気に飲む。
それから、
「残り、やるよ」
強引にシュウの胸に押し付けて手早に弁当を仕舞った。
「おい!なんだよ、それ!」
まだ弁当の半分もいってないというのにあっという間の早さで去ろうとするハルトを引きとめようとして、袖を掴み損なう。
「今日来いよっ!話があるから!」
ドアを出て行くハルトにそう怒鳴って、更にクラスメートの視線を集める羽目になった。

他所のクラスで一人で食べる弁当ほど場違いなものも無い。
置いていかれたシュウが慌てて食べていると、数人の女子がやってきて群がり始める。
「シュウ君ってハルト君と本当に仲いいね」
媚の入った声でそう訊ねるのは見知らぬ女子だ。
「一緒にお弁当食べていい?」
承諾もなく椅子を持ってきて、隣に腰を降ろす。
それから、
「ハルト君って、いつもあんな?」
前置きもなく唐突にそう聞いてきた。
思わず飲んでいたジュースを噴出しそうになるシュウだ。

どうやら自分に興味があるのではなく、お目当てはハルトらしい。
「っ何?あいつのこと、好きなの?」
ど直球の疑問は彼女を赤くさせるには十分で、それを見た途端に胸がざわつく。

ハルトに興味があるのなら、当人に話しかければいいだろう。


女子には基本的に優しくどちらかといえば女好きの部類に入るシュウだが、こういう橋渡しは本当に嫌いだった。

利用されるような経験も何度かしている。その度に信頼を裏切られ不愉快な思いをさせられた。それであるのに頼んだ本人だけはつらっとして、失恋を人のせいにしてくる始末だったりする。
その勝手さに嫌気が差していた。

シュウは人を惹きこむ見た目や距離を感じさせない親しみやすさを持つが、それに反比例するようにある種の人間不信が根底にあった。
近づく人間が多ければ多いほど、利用される機会も増える。

「あいつの事、知りたきゃ本人に聞きなよ」
冷たく言い放って食べかけの弁当を仕舞う。
何か言いたそうにする彼女たちに声をかける事なく教室を出て行った。

罪悪感など微塵も抱かない。
このくらいはっきりと言わなければ女子には分からないという事も身をもって知っていた。そしてそれが原因で陰口を叩かれるきっかけになるという事も。
だが、そんな事はどうでもいい事だ。

苛々を持て余すシュウだが、それをおくびにも出さない。途中で出会った知り合いと軽い冗談を言ったりしながら、何気なく向かう先は体育館だった。



*****************************************



初めて頼まれた橋渡しを唐突に思い出す。
『これ、ハルトくんに渡してくれるかな?だってシュウ、ハルトくんの友達でしょ?』
そう言ったのは初恋の女の子で、クラスでも1,2を争う美少女でとても優しい子だった。

花柄の可愛らしい便箋を手渡されて、何て答えたらいいのか迷う。
『でも、俺、お前が好きだ。あいつには渡せない』
正直に気持ちを伝えて、そのまま手紙を突っ返す。
彼女が物凄いショックを受けた顔で見返してきたのが信じられなかった。

「俺のがショックだわ」
体育館でずるずると座り込みながら、バスケに打ち込むハルトを何気なく眺める。
「お前はいいよな。俺みたいに橋渡しなんて頼まれねーだろ」
ぼそりと呟けばまるでそれが聞こえたかのように、ボールを床に叩き付けながらハルトが歩み寄ってくる。
座り込むシュウの目の前まで来て、
「ご機嫌取りならきかねーぞ」
そう高飛車に言った。
「何で俺がお前のご機嫌取りしねぇといけねぇんだよ!」
思わずカチンとくるシュウだ。
こっちの苦労も知らずに見下げるように立つ男が尚更腹立たしくなってきて、立ち上がる。
相手の額に頭突きするように頭をぶつけて、
「俺の機嫌損ねて困るのはてめぇの方じゃねぇか!」
弁当も何もかも作ってもらっている男に文句を言った。

互いに同じ位置にある目が間近で睨み合う。ハルトの鋭い目に対し、シュウも負けてはいなかった。日頃は柔和な空気の男だが、意思の強そうな目がハルトの視線を真っ向から受け止めて睨み付けた。

他の部員たちが何事かと二人を見遣り、正体を知って静まり返る。

「キャ、キャプテン。そんな奴放っておきましょうよ」
後輩の一人が怯えた様相で声を掛ける。
キャプテンが喧嘩騒動など正気の沙汰ではない。
ましてや練習試合も目前で、3年にしてみれば今年最後のインターハイだ。

後輩の必死の声にすら返答せず、ハルトの目は一直線にシュウしか見ていなかった。
「…随分、気が立ってるんだな。今朝のことは俺だってそのくらい苛立ってるぜ?」
とても苛ついてるとは思えない落ち着きさで言う。
怒るシュウを物ともせず、
「お前が怒る時はいつだって女絡みだ。下らね」
背筋が凍りそうなほど冷めた声で煽った。
「ッな、に!」
「だからすぐに別れるんだよ。どうせ今度の女も長く続かねーよ」
「黙れよっ!ハルっ!!」
青筋を立てて物凄い勢いで胸倉を掴むシュウにハルトが頭突きを食らわせる。
そのまま壁に押し付けて反論を妨害し、
「俺が怒る時はもっと真剣な時だよ。悟れ。
お前は一時的なそんなクソ女の為に、大事なもん切り離そうとしてんだぞ」
静かな低い声でそう凄んだ。

極力声を抑えたその言葉は周囲には聞こえなかったかもしれない。
それでも、シュウがその言葉に動揺する。
「お前…っ」
周囲を窺うように泳ぐ目が、真剣な目に吸い寄せられて動きを止める。
「まさか自分の事言ってんのかよ」
「当たり前だろうが」
全く動揺もせず言い切る辺りはさすがのハルトという所だろう。
高飛車で自己中で自信満々で。
怒ってるのが馬鹿らしくなるシュウだ。
「へぇ。俺にとってお前は女より大事な存在なんだ」
どっちが下らないのかと問い質したくなる。
本当にどこまで先を見据えて言っているのか、ハルトの描く将来像が全く見えない。

まさか、結婚より友人を取るとかそんな事を考えている訳でもあるまい。

ハルトの淡々とした態度を猛烈に崩したくなるシュウだ。
「じゃあ、もっと束縛しねぇといけねぇよな。お前はすぐどっか行っちまうだろ?」
たかが週末に来るなと言っただけでこの始末なのだから、勝手なハルトにどう言えば通じるのかさえどうでもよくなる。
「は?何ほざ、」

シュウがした突然の行動は、冷静なハルトの表情を変えさせるに十分だった。

いつも鋭い目が僅かに大きくなり驚きを宿す。その顔を見て、多少は溜飲が下がるシュウだ。
軽く触れ合った唇を離すと同時に、掴んでいた胸倉を突き放す。


沈黙の後。
ハルトが口を開くよりも先に、悲鳴やら何やらのどよめきが館内に響き渡った。


「いいからうだうだ言ってねぇで今日俺んちに来い。んで週末には来んな!」
吐き捨てるように言って、騒がしい体育館を後にする。
残されたハルトがどう始末するのかなど知った事ではない。


苛立った足音を立てながら去る背中を見送っていたハルトが唇を肩で拭う。
どうすべきか迷っている後輩に、
「何ぼけっとしてんだ。やんぞ」
持ってたボールを片手で放り投げた。

まるで何も無かったように練習を再開するバスケ部に、周囲がぎこちなく各々の練習を開始した。相手がシュウならいざ知らず、ハルトとあっては聞くに何も聞けない。


ちらちらと窺う視線を気にも留めないハルトは正に冷静そのものだった。



comment 2015.03
はぁ(*´Д`*)高校生かわいい…。実際の高校生はもう少し子どもっぽいのかな〜。
私は20代後半〜30代、年齢不詳の話ばかり書いてるので、
久しぶりに高校生を書くと「え?これ高校生?」とか思われそうで若干、不安です(笑)。

どっちが受けだーとかの予測コメとかくれると嬉しいです(笑)。
まぁ私はこっちだよーとはお答えできませんので、一方通行にはなりますが…
Σ(゚Д゚;o) え…(笑)。





その夜、ハルトがシュウの家にやってきたのは9時を回った頃だった。
出迎えるミエに申し訳なさそうに頭を下げて手土産を渡す。シュウの姿を探して辺りを見回すハルトに、
「今お風呂なの。部屋で待ってる?」
教えて浴室を指差した。
「あ、じゃあついでに俺もいいですか?」
その言葉を聞いてすぐにタオルと着替えを持ってくるミエだ。特に珍しい行動でもない。
「今日泊まるんでしょ?ハルト君が来るとシュウも遅刻しないで済むし助かるわ」
暢気な声でそんな事を言って、自分の子どもと接するようにハルトの胸に寝巻きを押し付けた。
「夜更かしは駄目だからね」
明るく笑って忠告するミエに小さく笑い返して、そのまま浴室に向かう。

洗面所で着替えていると中から鼻歌が聞こえてきて、シュウが上機嫌なのを知る。学校ではあれだけ怒っていた癖に。それを思うと自然とハルトの顔に笑みが浮かぶ。
「邪魔するぞ」
思いっきり音を立てるようにドアを開ければ、シュウが驚きのあまり全身を震わせた。
「ばーかっ!」
あまりに無様な反応に声を立てて笑う。
その顔にお湯をぶっ掛けるシュウだ。上機嫌が嘘のように不機嫌になって、
「来んの遅すぎんだよっ」
浸かっていた浴槽を半分空けて文句を零した。
「今日は本当に用事があったんだよ。仕方ねーだろ」
空いたスペースからお湯を掬って全身に掛ける。
目を瞑って頭から被り、水を弾くように短い髪を掻き混ぜる。
水も滴るいい男とはよく言ったもので、ハルトのこうした何気ない動作は長年一緒にいるシュウでさえ思わず唸るほど、いい絵になる。そんな心情を悟られまいとさり気なく視線を外した。
というシュウも、水に濡れた長い髪が目に掛かり睫が水滴に濡れていた。綺麗な黒目が湿気で潤み、日頃は軟派な表情が影を潜め、艶めいた色を浮かべる自分の姿は知りようが無い。

「はぁ」
溜息交じりのハルトがシュウの隣に身体を沈めて小さくなる。
それから、
「狭い。お前早く浴槽から出ろ」
客人の筈なのに膝をぶつけてシュウを急かした。その膝に手を置いて意図的に体重を掛けながらシュウが立ち上がる。
乱雑に椅子に腰掛けて髪を洗い始めた。
「今日のことだけど、俺は別にお前を締め出そうと思ってる訳じゃねぇからな。お前のことは大事なダチだと思ってるし、女を優先するとかそういう事じゃねぇ。誤解すんなよ」
こんなこっ恥ずかしい話は顔を見て直接は言えない台詞だ。
泡が目に入らないように瞑ったまま唐突にそう言って、今朝の事を弁解した。
「…」
それを聞いたハルトの表情が僅かに曇る。
口を開き、何か言おうとして再び閉じた。

浴槽の縁に両腕を掛けて考え込むように顎を付けてシュウを見つめる。
それから数秒後、何を思ったか唐突に。


シュウを引き寄せた。
「っ…な」
驚くシュウの声が途中で途切れ、柔らかいモノが唇を塞ぐ。
それが何か悟るより先に、ぬるりとしたものが口内へと侵入していった。
「ハ…、っ…ルッ…」
熱い舌が歯をなぞり、舌の裏側をくすぐった。逃れようとするシュウの舌を強引に絡め取って、更に深い口付けをしてくる。

腕を突っ撥ねてハルトの肩を押すも、泡で滑り上手く力が伝わらない。こんな時だというのに泡が目に入る事を恐れた変なブレーキが入り、シュウは目を瞑ったままだった。
結局、抵抗という抵抗は出来ず頭を抑えるハルトにされるがままになる。


「は、…ァッ」
濡れた音を立てて、ようやく唇を解放する。
気まずそうに頬を手の甲で擦ったハルトだったが、それから何も無かったように浴槽に身体を伸ばした。
「昼間の仕返し」
つらっとした声で呆けるシュウに言って湯を掛ける。
慌てて泡を洗い流すシュウだ。
「てめ…、いきなり何をすんだよっ!」
「お前がムカつく事ばっか言ってんからだ」
じろっと睨んでくるハルトにたじろぐ。
「お前はそれでいいよ。俺が女作ったときはどうするんだ。平日は来ねー、週末は来ねー、そうやってすれ違いが増えてその内交流なんか無くなんぞ。それでも今まで通りだっつーのかよ」
「…ダチには変わりねぇだろうが」
返答に詰まってそんな言葉しか返すことが出来なくなる。
「俺達は志望大学だって違うんだぜ?お前はそれで…、耐えられるのか?」
ハルトの目が真剣で、下手な事は言えなくなる。
見つめてくる目を見つめ返して言葉を探った。
「お前の母親と俺の母親がずっと親友なのと同じように、俺らだってそれは変わらないだろ?女が出来ようがさ、ダチっつーのはそういうもんじゃねぇの?お前は難しい事を考えすぎだよ」
真剣な言葉で返せば、ハルトの目が小さく揺れ動いた。
視線を伏せて思案する。
浴槽の湯を掬って顔を洗ってから、再びシュウを見つめた。



「俺はお前を親友だと思ってないって言ったら?」
その台詞は正に驚愕の台詞だった。
長年、幼馴染としてずっと一緒に生きてきた二人だ。小学校も中学校も、そして高校も同じで確かに親友という枠では無いのかもしれない。
それでも、真正面からそう言われると胸をざっくりと何かで傷付けられたような気がして、シュウが言葉を失う。
そんなシュウに同情するでもなく、ハルトの表情は変わらないままだ。
「シュウを傷付けたくて言う訳じゃねーけど、俺は一人だって平気だぜ?別にお前の家に来る必要だってねー。ミエさんにはすっげぇ感謝してんけど飯だって自分で作れるし、ダチなんか別にいらねぇんだよ」
固まったままのシュウを見つめたまま淀みなく言い切った。ぶれない視線が真っ直ぐにシュウを見つめたまま、
「俺が欲しいのはダチなんかじゃねー」
呟くように零す。

再度シュウの顔に湯を掛けて、
「ボケた顔してんじゃねーよ」
先ほどよりも強く、苛立ちの混じった掛け方でシュウの返答を急かす。それだけで顔には出さないハルトの苛立ち具合が容易に知れる。
「…じゃあ何が欲しいんだよ」
「とぼけんな。知ってんだろっ!」
朝の機嫌の悪さは天下一品だが、浴槽の湯を叩くハルトの行動はそれに匹敵する。声を荒げるハルトはバスケの時か朝くらいだろう。
「…分かったよ」
シュウが観念したように溜息交じりに吐き出した。
「俺はダチだと思ってたからそこまではっきり言われると傷つく。けど、お前が俺を大好きって事はよく分かった」
握ったままだったスポンジに石鹸を付けて泡立て始めて、
「それで?どうする?」

問い返す。
「・・・どうするって何がだ」
問い返されてハルトが予想外にも目を丸くした。言うだけ言ってスッキリしたかのようなハルトに苛立つシュウだ。友達としてずっと接してきたこれまでを否定されて、今まで一体何だったのかというもやもやが急激に育つ。ハルトの苛立ちが伝染したように、シュウが目に見えて苛立っていた。
「ハルトが求めてるもんがわかんねぇよ。ダチはいらねぇけど俺は好きなんだろ?じゃあセックスでもすんのかよ。冗談じゃねぇ。お前は何をしてぇんだよ!」
「何って別に。お前はダチだとしか思ってねーんだろ?なら何もしねーよ」
どこまでが本気なのかも分からない冷静さでハルトが浴槽の縁に頭を載せて湯を体に掛ける。その様を見てると無性に腹が立って仕方がなくなる。かき回すだけかき回して終わりにする身勝手さはいつもなら許すがこんな話をしてる時は到底許せそうにない。

「お前さ、全然抵抗ねぇ訳?俺が咥えろっつったらそれも出来ちゃう訳?」
「…いきなり何の話だ」
寝転がったままシュウの顔を見た後、下半身に視線を移す。それから再びシュウの顔を見て、
「して欲しいならしてやるけど」
なんて事ないように言った。
身を起こして、浴槽に両手を掛ける。
「俺は別に構わねーぜ?」
平気な顔で手招きするように手を持ち上げ指を動かした。

二人の間を奇妙な空気が流れる。
見詰め合ったまま長い沈黙が続いた。


シュウが言った言葉を後悔するのはそれから少し後の事だった。



comment 2015.03.08
さてさて。中々ラブい展開になってまいりました(^▽^)ノぐふぐふ。
拍手、予測コメントありがとうございます。お礼が遅くなってすみませんorz。凄くうれしいです!!
予測やら感想やら色々と嬉しくてニマニマしました(笑)。
タイトル通り「対等≠」でいくよう頑張りマース(笑)。ぐふふ。

私の中では受けはもう決まってるので、結構後日談とか妄想が捗ります(*´∀`)うひゃ!
早く引っ付くよう頑張ります〜☆





「信じらんね…」
ぐったりとソファに全身を沈めたシュウが疲れた表情で呟く。
傍らには平然とした顔でアイスを食べるハルトがいた。シュウの半乾きの髪を撫でて、
「お前が誘ったんだからな」
慰めの言葉すら言わない。

冷えたタオルをシュウの額に乗せて頬を撫でていく。その仕草が妙に艶っぽくて思わず払いのけていた。
「嫌な手付きすんな!」
さっきの今だ。
あんな事があった後じゃ何をされても、変な邪推をしそうになる。
そう思って睨んでいると、
「具合はどう?湯あたりなんて珍しいじゃない?」
ミエが氷水を持ってきて二人の間に入った。
テーブルにコップを置きながらハルトを見て、
「迷惑掛けちゃってごめんなさいね」
そう謝罪する。

迷惑を受けたのはこっちだという台詞が寸前まで出そうになって慌てて飲み込むシュウだ。それを看過したのかハルトがうっすらと片笑いを浮かべて横目に見つめていた。
ミエに首を振って、嫌がらせのようにシュウの口にアイスを付ける。
「おい!いらねぇって」
「冷たいもん食って落ち着け」
小さく笑いながら言うハルトは機嫌がいい。
何もかもがハルトの思惑通りに進んでいる気がして余計に腹立たしくなってくる。
ミエが台所に戻って行ったのをいい事に、
「っン…、おい…」
アイスを含んだ口でキスしてくる始末だ。
「図に乗ってるだろ?」
イチゴの甘い味が口内に広がっていく。ハルトの冷めた舌が火照った身体に気持ちよくてそれが余計にシュウを腹立たせる。

「シュウ…、自覚しろ。お前は俺の事がすげー好きだよ。
大体、お前って俺以外に信用出来る奴もいねーだろ」
自信満々にそんな事を言ってくる。
珍しいほど柔らかな表情を浮かべるハルトの胸を押しやって、
「馬鹿言ってろ」
強制的に会話を終了させた。
ぐるぐる回る視界に耐えられず目を瞑っていると、
「ミエさん、後は俺が見ておくんでもうお休みになって下さい」
どこか遠くてハルトの声がした。

急速に意識が遠ざかっていく。
その夜。


非常にエロチックで奇妙な夢を見た気がするシュウだった。



*****************************************



次の日の二人はいつも通りで、まるで昨日の出来事など無かったようだった。
ただいつもと違うのはハルトの機嫌がいいくらいで、それが僅かに恨めしく思うシュウだが、自業自得の部分もあるのだから文句はいえない。
自転車に跨るハルトの車輪を軽く蹴って、
「言っておくけど、俺は男に興味ねぇからな」
そう宣言する。
シュウの耳元に唇を寄せたハルトが、
「俺には興味あんだろ。じゃなきゃ、あの状況でイったりしねーよ」
朝っぱらから思い出したくもない下品な事を平然と言う。

まさか自分にそっちの趣味があったとは思いたくもないシュウだが、常に冷めた目で世間を見下ろしているハルトが口で奉仕する姿というのはそれはそれでクるものがあり、そのせいだとは到底言える訳がない。

すかした顔で笑みを浮かべるハルトを見ているとつい昨日の出来事を細部まで思い出しそうになって思わず顔を背けるシュウだ。これ以上思い出したら相当やばいことになる。
「何だよ」
見咎めたハルトと顔も合わせず、
「…別に」
そう誤魔化すも。

ニヤリと悪どい笑いを浮かべたハルトが、
「またしてやるよ」
声を立てて先を行く。
「っ…!いらねぇよっ!」
ムキになって返す言葉は余計にハルトの笑いを深めるだけで、尚更恥ずかしい思いをするのだった。



「お前ら、付き合ってるんだって?」
いつものようにハルトの教室にやってきたシュウがその言葉を掛けられるのは本日4度目である。
2、3度ならまだしも、4回目ともなるとさすがに温厚で明るいシュウでも切れそうだった。一方のハルトと言ったら全くの平常心で、
「まぁな」
むしろ楽しむように僅かに口角を上げてそんな言葉を返す。
「何でお前はそういう…」
シュウの苦情も、一瞬でざわめきに変わった教室に掻き消された。
あちこちで、体育館が、昨日どうこうと言った囁きが聞こえ二人の耳にも届く。
「キスしてきたのはお前だからな。自分を恨め」
シュウが文句を言う前に静かな声のハルトが諭す。
好奇の視線にいてもいられず、
「お前らっ!!俺たちが付き合ってる訳ねぇだろうがっ!」
大声で教室を見回しながら怒鳴る。

一瞬、静まり返った教室が再びすぐにざわめいて、二人を祝福するような口笛がどこからか聞こえ女子から拍手が起こった。
それに苛ついていると、
「いいっていいって。そう照れるなよ」
シュウの肩を叩きながら友人の一人が言う。
完全にからかいのターゲットになっているのを知って、弁解するのも馬鹿馬鹿しくなる。ハルトといえば端から弁解する気もないらしく素知らぬ顔で箸を進めていた。
「あー。腹立つ…!」
「まぁなんつーか、お前ら二人がキスしても何の違和感もねーよなぁ」
ちゃっかりと椅子を持ってきた友人が言いながら二人の間に入って弁当を広げ始める。
華やかなキャラ弁は彼女自慢の手作りだ。
くまの形をしたおにぎりを躊躇いなく真っ二つにぶった切って、箸を目に突き刺す。キャラ弁に全く興味も無い無頓着な男が、大口を開けて丸呑みした。
「コウ。何でお前はここで食うんだ」
「何で?駄目?やっぱ付き合ってんの?」
ハルトを見て、次いでシュウを見る。
「あ!俺、もしかしてお邪魔?」
とぼけた顔で聞いてくる男は確実に確信犯で、
「んな訳あるかっ!」
シュウがそう答えるのをニヤリと笑って待っていた。

「アホくせ…」
ちらりとコウの弁当に視線を投げたハルトが興味無さそうに呟く。
綺麗に彩られた具材を容赦なく破壊して食べていくコウを見て、再びくまの形だった物体を見つめていた。
「ん?欲しいなら一口あげようか?」
その視線に気が付いて、ハルトの目の前に差し出す。
顔を背けて拒絶すれば、
「あー、ハルトは可愛いもんが好きなだけだから。お前の食い方が気になったんだろ」
代わりのようにつらりとシュウが暴露した。
「っぅ…ッ!」
咄嗟に口を押さえて咽そうになるのを堪えるハルトだ。
じろりとシュウを睨んで余計な事を言うなと訴える。
先ほどの仕返しのように満面の笑みを浮かべて、
「お前、ほんっとメルヘンな部屋だもんな。すっげぇ可愛いもんが一杯あんの」
とんでもない事を平然と口にした。
「シュウッ!」
足でシュウの椅子を蹴って黙らせようとするも、全く気にも留めない。
「ベッドとかもすげぇよ。コウも見たらぜってぇビビるよ。女子なんか比じゃねぇもん」
「あれは貰いもんだって言ってんだろっ!俺の趣味じゃねー!」
二度、三度と椅子を足蹴りしてシュウを揺する。
「はいはい。お前がモテるのは分かったよ。律儀にそれを使うのもどうかと思うけどな」
揺さぶられながら、シュウが手で追い払う仕草をして呆れた口調で返す。
「勿体ねーだろっ。俺が何を使おうが俺の勝手だ。別に可愛くたって使う分には関係ねーだろーが!」
言えば言うほど、言い訳にしか聞こえなくなる。
日頃は静かなハルトが珍しいくらい激しくシュウを咎める様は、それはそれで微笑ましい光景でもあるがイメージが崩れる醜態でもあって、
「ははっ!お前らすっげぇ仲いいよな」
見ていたコウが堪えきれずに笑い出した。
「ハルトにそんな顔させられるのってお前くらいだよ」
大声で笑って腹を抱える。
「そんな顔って何だ、ふざけんな」
笑われたハルトが心外だったようで、顔を手の甲で隠す。
棘の混じった質問を受けてもコウは笑ったままで答えず、
「シュウ。お前がふざけたこと言うからだ」
苛立ったハルトの矛先がシュウに向かった。
それを取り合わないシュウはある意味つわものでハルトの扱いなどお手の物でもあった。

「事実だろ」
「だから…っ!」
反論しようとして、ハッとしたように口を閉ざす。
それから黙々と食事を再開し、
「俺はもう行くからな。後は二人で楽しく食ってろっ!」
やけに子どもっぽい文句を零して逃げるように去っていった。

「ありゃりゃ。あれは後で謝んねぇとヤバイかも…」
シュウのぽつりと零した呟きに、
「お前ら、ホント仲いいな。羨ましいよ」
コウが頬杖を付いたまま返す。
「そうか?」
そう答えながらも、それが誇らしくもあるシュウだ。

互いの事を何でも知っている存在というのは、得ようと思って得られるものでもない。
ハルトとは喧嘩をする事があってもすぐに仲直り出来るし、何があっても信頼が喪われることはないと確信していた。
それが心のどこかでシュウを安心させるし後押しする存在にもなっていた。それはハルトにとっても同じ事でたとえ言葉にしなくても分かり合えている根底の部分でもある。

だから、ハルトが友情以上の感情を持っていたと知っても、その事でハルトを嫌いになったり疎遠になったりするという事はあり得ない事であった。ハルトがどうであろうとそれはシュウが信頼するハルトに変わりなく、たとえ何があろうとその信頼を破壊する以上の何かはあり得ず、二人の信頼関係はそれだけ絶対的なものでもあった。


「まぁ、あいつとダチでいられるのは誇りだよな」

しみじみと呟く言葉をコウが笑いもせず受け止める。

ハルトが出て行ったドアを見つめていた。




comment 2015.03.15
何だか、ほんっとーに週1更新で申し訳ないです(´-ω-`;) 。
2,3話まとめてアップしたいんだけども、中々叶わずスミマセン…orz。

さて、この話。どうなんでしょう?どっちが受けっぽいとか今ところどういう感じなんでしょうね(^_^;)?
私は結構「攻めx攻め?!」的な煽りの本が大好きでよく読むんだけど、受けを読み外す事ってまず無くて、基本的に絵を見れば分かったりするものだけど、小説になると判断しづらい所はありますよね〜。
まぁリバだけは無いので安心して欲しいとは思うけど(笑)。

はっ!今更ですが、攻めx攻めと書いてるけど、バリバリの攻め(タチ)が受けになるという構図ではないのでよろしくお願いします(笑)。すみません…。





シュウが口を酸っぱくして言い続けたせいか、日頃は金曜日に泊まりそのまま週末をシュウの家で過ごす事が多いハルトがその日は素直に自分の家に帰宅した。

翌日の土曜にバスケの試合があり、いつもならシュウの家からそのまま行く事が多い訳だが、誰もいない自宅から学校に行くというのは勝手が違う。
目覚ましは鳴らない、食パンは切らす、靴紐は切れるで災難続きの朝だった。
それに加え、肝心のシュウは彼女とデートときてる。脳裏にちらちらとまだ見た事もないその女子を思い浮かべ、キスでもするのだろうかと不毛な想像を繰り返しては打ち消していた。

もっとも学校に着く頃には平常心を取り戻しており、試合しか頭にないくらい集中していた。



「おめーらーッ!気合入れていけやーッ!」
円陣を取って、力を入れる。
ドスの効いた声はまるで族の集会にいるかのように声低く柄の悪さが目立つが、観戦に来ている観客から黄色い声援が一斉に上がった。女子の集団と男の応援団である。最近ではこうした光景も珍しくなく、ハルトが出る試合となれば常に女子の集団が付いて回った。
それに加え、近年はバスケ部自体が力を付け始め、全国大会も狙えると言われるようになったくらいだ。
その知名度もあり観察にくるチームも多くある。観客席は毎回試合の度に埋まる程であった。

その響くような声援に押される事なく部員が一斉にハルトの掛け声に答える。
一丸となったチームワークはその強さの証でもあり、たとえ練習試合であろうと力を抜かない所が強豪たる所以であろう。


*****************************************


「よくやった」
試合終了後のロッカー室で後輩達の肩を叩きながら労いの言葉を掛けていく。
仮に試合に負けてもハルトがその苛立ちを誰かに当たるという事は無かった。必ずこうやって言葉を掛けて、全員に気を配り後日反省会をしていた。

「はいっ!キャプテンのお陰ッス!」
着替え途中だった後輩が立ち上がって興奮冷め止まない口調でまくし立てる。
「お前のポイントのお陰だろ?」
シャワーを浴びた後の濡れた髪をかき混ぜて、勝ちに貢献した相手を素直に褒めた。

正に飴と鞭で日頃のハルトは厳しいが、褒める時にはとことん褒めて甘やかす性格だった。
鋭い視線さえ柔らかで、勝利の高揚感を抱いたままゆったりと微笑む表情は同性であっても思わずドキリとする程、艶のある笑い方だ。
「今日はゆっくり休め」
自分はまだシャワーすら浴びていないというのに、部室の片付けを始める。
一番最後まで残って部室を掃除するのもハルトの役割であり、最初の頃は手伝う部員もいたが、ハルトがそれをさせないのもあり今では部長の役割として根付いている。
勿論シャワーの数にも限りがあり、キャプテンが最後に浴びるというのも慣例として成り立っていた。

「俺も最高だったっしょ?」
同学年のセトが得意げに訊ねる。
ハルトの上をいく長身でポジションとしてはセンターを任されている男だ。体格が良く裸の上半身は高校生とは思えないほど胸板が厚い。鍛えぬいた身体はバランスがよく敏捷性も併せ持っていた。
「お前も最高だった」
相手の首元を引いて軽く抱き締め、肩を叩く。
ハルトの首にキスする男の頭を叩いて、
「明日はデート…のやつもいるだろ?お前ら、さっさと帰っていいぞ」
片付けを手伝う部員に声を掛けて急かした。

「じゃあ申し訳ないっすけど、お先に失礼しやーす!」
後輩が一人二人と帰っていく。
「あぁ、じゃあな」
ロッカーやテーブルを雑巾で拭きながら、生返事を返すハルトだ。
一気に静かになった部室で、今日はデートだったシュウの事を思い出す。
濡れたシャツを脱いで、シャワー室へと向かうのだった。



*****************************************



「ハルト、ハルト!」
何度も呼ぶ声に起こされる。
寝ぼけた目がゆっくりと瞬きを繰り返して声の主を空ろな目で見つめた。
週末に来るなという言葉をすっかり忘れていたハルトは、試合後シュウの家に行きそのままシュウが帰ってくるのを待てずにベッドを占領して寝入ってしまっていた。
「よ…、帰った、のか?」
既に夜遅くで明かりを点けなければ何があるのかも見えない。ハルトに気を使ったシュウが明かりも点けずに顔を覗き込んでいた。
「お前、俺のベッドで寝んなよ」
文句を零しながらも動作は丁寧だ。
空いたスペースに腰を掛けて布団を掛け直す。
「試合はどうだった?随分、お疲れじゃん。俺が応援に行かなくて寂しかったろ?」
上機嫌に冗談を投げ掛けてくるシュウだ。
「ばか…」
小さな掠れ声が返事を返す。
もぞもぞと布団に潜り込んで再び寝ようとするハルトの肩を押さえて、
「まだ寝んなって。んで勝ったの?」
どうしても結果を聞きたいらしく再度訊ねた。
「お前の応援なくても…勝ったに決まって…」
眠りながらの答えは途切れ途切れで、ハルトの目は既に瞑られていた。
シュウを追い払うように顔の前で手を払い、力なく顔の横へと落ちる。
半分、寝たまま答えるハルトに。
「何か無性にムカつく」
ぼそりとシュウが零した。

「俺、週末に来るなって言っただろっ?なのに勝手に占領してその態度は何だよ!」
「…ン」
僅かに怒った口調でいうシュウに対し、ハルトは小さな空返事をして暢気に寝息を立てていた。


「…起きてる?」
二度目の問いかけに答えは無く。


シュウの目が鋭くなる。
日頃は軟派で優しげな気配を漂わすシュウだが、苛立った時は全く別物だ。
ハルトの腹に馬乗りになって、両手を押さえ付ける。
突然の圧迫感に襲われて薄らと目を開いたハルトが、
「なん…」
苦言を零そうとして。

「ッうっ…、ンッ!」
文句を言う前に口を塞がれた。
こないだの仕返しのように深く侵入してくる舌が逃げ場を失ったハルトの口内を蹂躙していく。反撃するように力の篭った手が完全に上から押さえ付けられ、身動き一つ取れずに屈服する。
「シュ…ぅ…っ」
抵抗すればするほど息が乱れ余計に力が無くなっていった。


獰猛な獣のような荒さでハルトの唇を奪ったシュウがようやく唇を解放した頃には眠気もスッカリ吹き飛んでいた。
「ッぁ、ふざ、っけんな…、はっ…ぁ」
息を切らして文句を零すハルトの目は相当怒っている目だ。
それ以上に。

「えろい顔してんなよ。無防備に寝てるてめーが悪い」
シュウの苛立ちの方が上だった。
「…っ何、怒って、んだ…。お前は彼女と、デートで楽しかっただろうが!」
荒い呼吸を繰り返しながら起き上がろうとして、何度も断念する。
上から押さえつけたままのシュウがハルトを見下ろしたまま、
「それが生憎、楽しめなかったんだよ。
お前が妙な事を言うから気になって集中出来なかったんだ。なのにお前ときたら、暢気にぐうぐう寝てやがる。俺の事を好きって言いながら気にもしてねぇんだろっ!」
「っ・・・はぁ?何ほざいてんだ、ぼけっ!おめーが楽しめなかったのを俺のせいにすんじゃねー!」
足蹴りしようとして空振りに終わってしまう。

身体を捩らせて逃れようとするのを両膝で固定したシュウが、押さえ付ける両手に指を絡めてきた。
「…お、い!シュウ!冗談はよせっ」
思わず鳥肌を立てるハルトの動揺を他所に、
「なんで?今日の俺はお前と無性にキスがしたい気分なんだよ」
悠然と笑みを浮かべたシュウは獲物を前にした肉食獣さながらの貪欲さを孕んでいた。
「彼女とキスは出来ない、お前はムカつく態度だわで欲求不満なんだわ。俺が好きなら付き合え」
「馬鹿言え!お前の戯言に付き合って、ら…ッ」
強引にキスされそうになって、言葉も途中に顔を横に逸らして避ける。
いくら好きだからと言ってもやり方という物があるだろう。

こんな当てつけのようにされては堪まったものではない。
そんな思いが通じた訳ではないが、シュウのキスが唇に降りてくる事はなく。



代わりのようにハルトの首筋を這った。
ねっとりとした舌が猫のように舐めて、強く吸う。
「っ…跡を、付けるな」
既に諦めの状態で文句は零しても抵抗はしないハルトだ。
パジャマのボタンを口で上手く外していくシュウに為すがままだった



comment 2015.03.22
4月から異動というのもあって、毎日ぐったりです。というか既に異動はしてて新しい環境で四苦八苦中(^_^;)。
やだやだー。。。

さて、バスケ部の面々も出てきて、そのうちサッカー部の面々も…出ないかも?(笑)
サッカー部は割と弱小なのよね。シュウはずば抜けて上手いんだけど、チームとしてはイマイチな感じかなぁ(笑)。
可哀想なシュウ(笑)。頑張ってるんだけど、駄目なのよね(笑)。
そんなで。いい男が襲われる図はいつでも美味しいです(*´Д`*)じゅる。





「なぁ?マジで何も感じねぇ?」
馬鹿みたいに胸の突起を舐め始めて既に5分は経つ。
最初こそくすぐったいだの止めろだの文句を零していたハルトも、いい加減その行為に飽きたのか文句すら言わなくなっていた。
「別に、…何も…」
目を瞑って再び転寝モードのハルトが小さな声で夢うつつに答えを返す。それすら面倒くさそうで、腹いせの筈が、自分が罰ゲームにでもあってる気分になってくるシュウだ。
そろそろ顎にも疲れを感じて顔を上げる。
無防備に瞳を閉じたままのハルトを覗き込んだ。

「…お前、本当に俺が好きなの?普通、好きな奴にこういう事されたら感じるもんじゃねぇの?」
本日2度目となる素朴な疑問を投げ掛けた。

一瞬の間が空く。


目を開いたハルトが眠そうな目をシュウに向けて、
「何度も、言わせんな」
呆れた返答をした。
「それより手を解けよ。そろそろ痺れてきた。部活に支障出たらどうする気だ」
手首を動かしながら、固定されたままの状態に苦言を洩らしてシュウを睨む。
シュウの体重で上からずっと押さえつけられていれば、手首が悲鳴を上げてもおかしくない。
「悪いっ!そういや明日も部活だっけ?」
部活という単語にハッとしたように、手首を離して上からどいた。
「俺も明日は部活だわ。何かスッキリしねーけど寝るかな」
ハルトに背中を向けるようにして丸くなった。
狭いシングルベッドに男二人では些か狭くどうしても密着せざるを得ない。

だが、そんな事も気にならないほど日常的に二人の距離は近かった。


「お前さ、絶対勘違いしてるよ。お前の好きって恋愛の好きじゃなくて家族の好きじゃね?」
家族の好きなら納得だ。そしてハルトがそれを恋愛と勘違いしていても何の不思議もない。
幼い頃からずっと出張気味の親元で育ち一人の生活に慣れているのだから、一緒に生活しているシュウを特別視してもおかしくない環境なのである。
その疑問を率直に言えば、
「シュウは家族にキスしたいと思うのかよ?」
間髪要れずに冷めた声で否定された。

ハルトが向きを変えたのが気配でシュウにも伝わる。
背中から抱き締めるように腕を回され、首元にハルトの唇が触れた。
「俺はずっとお前しか見てねーよ。言うつもりなんか無かったけど。
中3の夏に…お前だって分かってただろ。キスした時、起きてたじゃねーか。ずっと気付かない振りすんな」
熱の篭った声で詰られて、茶化す事が出来なくなる。
「…それに関しては謝るよ。
でも友達なのにどうしたらいいのかわかんねーじゃん。いきなりそんなさ…って、どこ触ってんだよっ」
唐突に、ハルトの手が下半身へと伸びて慌てて押さえつけた。

先程までの真摯な態度は一体どこへいったのか。
「俺が真面目に話してんのに、ふざけんな」
「ふっ、そんな可愛いことを言われると抑えられなくなるだろ」
耳に柔らかな笑い声が掛かってくすぐったい想いをする。手を払い除けて拒絶すれば、
「シュウは難しい事を考えずに大人しく抱かれてろよ」
そんな睦言を言い出す始末で思わず恋人同士かと突っ込みたくなった。

留まる気配のない手にハッとして、その手を掴む。
「抱くってお前、そういう事もしたい訳かよ?!」
咄嗟に逃げるように腰を引くシュウだ。
キスはともかくそこまで範疇なのかと知って驚愕する。

「男なんだから当たり前だろーが。何を聞いてたんだ」
あっけらかんと答えるハルトはある意味ぶっ飛んだ価値観なのかもしれない。
男同士とかそういう観念自体がそもそも無いのかと疑ってしまうほど躊躇いもない返答で、常識的な葛藤が無いのかと頭が痛くなりそうだった。
「生憎、俺も男だ。抱かれるより抱きたいね。ついでに言えば、いくらお前でも突っ込まれるなんて冗談じゃねぇぞ。そんな事してみろ。友達辞めるからな!」
腰に掛かる腕を払い除けて、ハルトと向き合う。

夜目でも分かる男前な顔を真正面から拝んで、ハッキリと断りを告げた。
「ふーん?」
ハルトの手がするりと腰辺りを彷徨う。
さほど気にもしてない態度で小さく笑って、
「とりあえず抜いてやるよ。欲求不満なんだろ?」
いきなり話を蒸し返してズボンの中に手を突っ込んだ。
「ハルト!俺の話、ちゃんと聞いてんのかよ!」
シュウの文句も右から左へ素通りで、珍しいほど甘い声で笑い声を洩らす。
「ん…聞いてるよ」
唇に柔らかなモノが当たり誤魔化される。
「っ…おい、マジで…、っ…」
「どうしても嫌なら止めるけど、どうする?」
敢えて聞いてくる所がハルトの嫌らしい所でもあり。

「…」


無言の返事をするしかなくなる。
「…シュウ。俺はマジだからな」
優しさに満ちたキスを繰り返しながら、熱い手がゆっくりと高みへと誘っていく。

キスの合間にやけに真剣な声がそう囁いた。


それが心地よくて、つい有耶無耶に許してしまうシュウだった。




comment 2015.03.29
あーヤバイっす(^_^;)。私の中では割と分かりやすい受けかなーとは思いつつ。
どっちが受けっぽいのだろう?!アンケートをとりたい…。もやもやするー(笑)。
まぁ、私は突っ走ります(?v? ) 読みが外れても私を恨まないでくださいー(笑)。

現段階では、番外編も書く予定です(笑)。そしてバリバリ総受けです。ぐふふ(*´Д`*)
総受け大好き。ぐふ。





シュウとの関係が劇的に変わるでもなく、ぬるま湯に浸かっているような緩やかさで漫然と日々が過ぎていく。それが苦痛な訳でもなく、シュウがそれを望むのならハルトはそれでも構わなかった。


「先輩」
やけに甘い声が背後から呼びかける。
それが誰に対してのものか分からず素通りしようとして、唐突に制服の裾を引かれた。
「っ・・・」
僅かに首が締まり呼吸が止まる。
煩わしそうに振り返るハルトの目の前に、小さな女の子が微笑みを浮かべて立っていた。
「先輩、無視しないで下さい」
にこりとしてそう気さくに話掛ける彼女を全く知らないと言ったら嘘になる。
小柄な身体に細いウェスト、ボーイッシュな短いショートカットに勝気な瞳。口角の上がった唇はぷっくりしていてさくらんぼのように美味しそうな色をしていた。
大きな瞳が生き生きとした輝きを宿して見つめ返してくる。

新しく入ったサッカー部のマネージャーだ。
シュウと楽しそうに会話している所を何度か見かけた事があり、2,3回言葉を交わした事もあった。

「無視したつもりはねーけど…」
「冗談ですよ!先輩ホンット変な所で真面目ですよね」
ばしっと遠慮もなくハルトの硬い肩を叩く。
女の子らしい明るい声で笑いながら、その行動は時に驚くほど積極的で男っぽい性格だった。

シュウが付き合ってきた今までの女子とはまるで正反対の彼女は確かにストライクなのかもしれない。ハッキリした言葉遣いに媚のない性格、明るく元気で女々しくない所はシュウの理想とするタイプだろう。
付き合ってはすぐに別れるを繰り返したシュウが選んだ女性なのだから、今回は本当に当たりな気がして僅かに気が滅入る。

それをおくびにも出さず、彼女に用件を訊ねた。
「あ、あのですね。シュウは中々言えないみたいだから私が直接言おうかと思って。
お昼ご飯って今お二人とも一緒に食べてるじゃないですか?それでですね、私たち付き合ってるけど学年違うからお昼を一緒に食べようって事になって、先輩には申し訳ないと思うのですがシュウをお借りします。いいですよね?」
最後の言葉は伺うというよりも強制的な台詞だった。

これが女子の女子たる所以のような気がして眩暈がする。
何故わざわざ決まっている話を伺いにくるのか。


ここで敢えて否定したらどういう反応するのか試したくもなる。


だが、そこまで性格が歪んでいる訳でもないハルトは特に文句をいう事もなく、素直に了承するしかない。
「あいつがそうしたいって言うなら俺は別に気にしねーから、いちいち俺に承諾する事ねーよ」
突き放すでもなく、素っ気無くでもなく。
いつもとまるで変わらない態度だった。

その態度が彼女を安心させたのか可愛らしい笑みが更に深まる。
「お二人ってずっと前から親友だったんですよね。いつも一緒にご飯食べてるみたいだから先輩怒るかなって内心ビクビクしてたんですけど、何とも思ってないみたいで良かったです!」
大きな笑みで手を後ろに組んだ彼女がハルトの顔を覗き込む。
男ならドキリとするような可愛い仕草を見てハルトがときめくという事は無かった。
だからといって別に腹が立つ訳でもない。


初めからそれほど期待していたわけでもない。
シュウが気付かないのならそのままでいいと思っていたくらいなのだから、今更彼女の一人や二人で動じたりはしなかった。

とはいえ。
一度芽生えた期待はやはりそれなりにしこりとなるもので、素直には二人を祝福できない気持ちも少なからずある。

「あいつ、優しい?」
思わずそう問い掛ける。
彼女が一瞬、きょとんとしてすぐにはにかんだ笑いを浮かべた。
「変な質問やめて下さいー!そんなの親友の先輩が一番ご存知なんじゃないんですか?!私からは言えないです!」
バシバシと叩かれて余計に惚気られた気がする。
苦笑して別れの挨拶をした。

小さく手を振って去っていく彼女は確かにいい子で、シュウに相応しい相手だろう。


胸の内では、どういう事なのか問い詰めたい想いがある。
そのどろりとした感情を無理やり飲み込んで、大きな深呼吸と共に吐き出した。

自分の想いだけを押し付けるのは幼い気持ちでしかない。
シュウが本当に彼女を大切にしたいのならそれを重んじるべきで、それを祝福するのが本当の愛情だろう。

益々下がる気持ちを無理やり引き上げて、教室へと向かうのだった。


*****************************************


「どうしたんっすか?」
夕方になればさすがにモチベーションも上がるかと思いきや人の気持ちはそう簡単にはいかない。他の人間にバレる事はないがバスケ部の面々には露わのようで、
「今日は何か覇気が無いっすよ」
後輩の一人に声を掛けられた。
「気のせいだろ」
素っ気無く答えながらも手を止める事はない。
スリーポイントの練習をしながら、隣にやってきた男に返す。
金髪の立てた髪に荒んだ小麦の肌は健康的というにはやや柄が悪く、ポケットに手を入れたまま訊ねる姿勢はスポーツマンというよりはヤンキーのなり損ないという風貌だ。
ハルトが決して品行方正な見目な訳ではないが、ハルトと並ぶと尚更その柄の悪さが目立つ。
何故バスケ部に所属しているのか不思議なくらい不釣り合いな見た目だが、これでもレギュラーでれっきとした部員なのだから、いかに実力重視で組まれたチームなのかがよく分かる。

ハルトも決してそのナリで差別するでもなく、一人の部員として平等に扱っていた。


「さては彼氏に振られたんっすか?」
「っふざけんな」
冗談交じりに揶揄る男が面白そうに腹を抱えて笑う。
ハルトが外したボールを受け取り、2、3度床についてからリングに向かって放った。
華麗な弧を描いてそれがすっぽりと音も立てずに潜り抜けていく。
「…腹が立つくらい巧いな」
「こっちに関しては俺のが才能ありますよ」
つらっと言い切る所がレギュラーたる所以だろう。
間髪入れずに次々と放ち、リングに収めていく。

「先輩って案外、可愛い性格っすよね。彼氏と飯食えなかったくらいで落ち込むなんて羨ましいっすよ」
何食わぬ顔でぶっ飛んだ事を平然と言う。
「だから、彼氏じゃねーって。お前ら2年の所までそんな下らない話がいってんのかよ?」
ハルトの呆れた疑問にボールを放つ手が止まる。
「すげー大騒ぎっすよ。シュウ先輩に彼女が出来たっつーんで。んで女子がハルト先輩との仲を邪魔するなんてゆるせなーいってあちこちで凄いっすよ。女はマジで集まると怖いっすよ」
「何だそれ」
更に呆れた顔で額に手を置いた。
「大体何で俺とシュウがキスしたって話が学校中に広まってんだよ。あの時、体育館に大して人いなかったろ?お前ら面白がって広めてねーだろな?」
「何言ってんっすか?あんな所でキスした自分らを責めて下さい」
責任転嫁しようとしたハルトを軽く睨んで、彼が咎める。
その後に思い出したようにニヤリと笑って、
「まぁ、あんな風にせがまれたら俺だってしますけどね。据え膳は何とやらってやつっすよ」
ハルトの目を覗き込んだ。
「…せがむって誰が?」
意味が分からずに問い質す。
真面目なその質問が可笑しかったようで更に男が大笑いした。
「おい、トーヤ。人が真面目に」
ハルトの言葉を遮るように人差し指が唇に触れて黙らせる。
熱い指の感触に反応したハルトを面白そうに眺めて、
「無自覚も大概にしといた方がいいっすよ。あんな目の前で痴話喧嘩されちゃ嫌でもバスケ部には聞こえてますって」
囁くように顔を近づけて忠告した。
「ぶっちゃけ、先輩ってヤバイ時あるからマジで気をつけた方がいいっす。天然なのかしんねーけど、ホント勘弁してくれって時結構ありますから」
「……分かった」
軽く返事をするも、一体何を言ってるのかさっぱり分からないハルトだ。
彼の言葉は飛躍していて単語も不明瞭だったりするから、イマイチ言葉が通じない事が多い。
「ちゃんと聞いてます?俺の事、適当にあしらってるっしょ?」
それでいてこういう所は鋭いのだから参る。
「意味わかんねーけど、とりあえず気を付けりゃいいんだろ?」
まるで分かっていない返事をして、トーヤからボールを奪い取った。
ボール籠に乱雑に仕舞って片付けの準備をし始める。
「分かってないじゃないっすか!!」
文句を言う彼に床を示して、
「いいから早く片付けろ。今日は改善点と課題纏める日だから」
言うだけ言って背を向ける。散らかったボールを拾い集めに行くハルトの背中に指を立てて舌を出す。
それが見えていた訳ではないのに唐突に振り返って、
「忠告は受け取っとく。サンキュー」
やんわりと礼を言った。
「…いいっす。別に…」
小さな声で返すトーヤがふて腐れたようにムスッとしてボールを両脇に抱えた。


その様が可笑しくて小さく笑う。
トーヤのお陰か知らないが僅かに気分が浮上するハルトだった。



comment 2015.04.06
あーもう4月ですね。早くGWにならないかと今から待ち遠しい…。

シュウとハルトだったら確実にハルトのが優しいです(笑)。
シュウは結構自己中というか、まぁ惚れた弱みなのかなぁ?(´-ω-`;)。





「ただいま」
玄関にいつもの見知った靴があるのを発見して、知らず早足になる。
駆け上るように階段を上がって自室のドアを思いっきり開けた。

眼前に予想通りの光景が広がっていて思わず脱力しそうになるのをぐっと堪えるシュウだ。
ベッドの上で寝転んだまま雑誌を読むハルトが主の帰りに気が付いて視線を投げる。何食わぬ顔で、
「随分遅かったな。夕飯作っといたよ」
放った言葉が信じられずに天を仰いだ。

「お前さ、本当に俺の話ちゃんと聞いてんの?」
呆れて怒る気さえ沸かない。
額に手を置いて持っていた鞄をベッドに放り投げる。鈍い音を立ててハルトの体に当たるが、呻き声一つ無く、
「何が?」
とぼけた顔が訊ね返した。
「だからさ、今日金曜日で明日は土曜日だよな?んで、連休は両親が旅行でいないからって話したよな?」
小さな子どもにするように、何度も言った筈の台詞を一言一言分かりやすく言う。
「週末は彼女が来るし、お前部活だろ?連休は来ないって話で纏まらなかったっけ?」
決まった話を敢えて疑問系にして訊ねれば、
「そうだったか?別に今日くらい、いいだろ。明日帰りゃいいんだから」
簡単にいなされて先ほどの仕返しのように雑誌をシュウの顔目掛けて投げた。
「お前好みの女発見。18ページ」
呆気に取られるシュウを他所に、
「本気でサヤが好きならもう何も言わねーよ。お前が惚れんのはいつだって顔だろ」
ばっさりと言い切って身を起こす。
「いつだって適当じゃねーか。サッカーだって勉強だって、女だって。
挙句人間関係だってそうだ。俺が気付かねーと思ってんのかよ」
ベッドに腰掛けて睨みつけるように見上げたまま言う台詞はあまりに鋭く喧嘩腰で、シュウを抉った。

雑誌をパラパラと捲っていた手が止まり、代わりに丸めて捻るように握り締める。
「それは俺の為の言葉かよ?それともお前の鬱憤晴らしか、どっちだよ」
丸めた雑誌を手の平で叩きながらハルトの目の前まで近づく。
「お前が俺を好きなのは分かったよ。けどな、言っていい事と悪い事があるくらい分かるだろ。誰と付き合おうと俺の勝手だ。お前が口出す権利なんてこれっぽっちもねぇんだよ」

暴言を吐かれたのは自分だと言うのにハルトの方が怒っているようだった。
苛立った視線を隠す事なく向けられて、いつもの冷静さからは信じがたいほど露骨な顔だ。
しばらくの間、無言が続いた。

鋭い視線を送っていたハルトが何かを思案するように視線を伏せる。
「シュウ」
溜息交じりに出た呼び掛けの声に怒りの感情は無い。
再びシュウを見つめる顔には既に先ほどの苛立ちは無く、いつもと同じハルトだった。

「女と別れねーって事は答えはノーなんだろ?ならハッキリとそう言えよ。お前がハッキリしねーから俺だって宙ぶらりんになんだよ」
立ち上がったハルトの目が同じ高さにくる。
先ほどまで下にあった顔が目の前に来るだけで威圧感がまるで違った。
その存在感に一瞬、たじろいですぐに睨み返す。

「何でお前はそう一択なんだ。親友としてのお前を大事にしてる。それじゃ不満なのかよ?」
「不満だらけに決まってんだろっ!」
間髪要れずに即答したハルトが、シュウの顎を持ち上げ邪険に払った。
「俺はお前の唯一になりてーんだよ!けど安心しろっ!
もう二度とこんな事は言わねーよ。お前が女と付き合いてーなら勝手にしろ。俺も勝手にする」
シュウの胸を拳で軽く突いて後ろに押しやる。
「分かってねーようだからハッキリ言う。男の友情なんてねーんだよ。俺がお前を優先しなくなったら会う機会なんかこれっぽっちもねー。お前が言う友情つーのはそういうもんだよ」
シュウが丸めた雑誌を奪い取って、
「じゃあな。週末彼女と楽しめよ」
やけに冷静な口調でそう告げて絡み合う視線を引き剥がすように外す。


そのまま脇を通り過ぎようとするのを咄嗟に引き止めていた。
言うだけ言って終わりにしようとするのはいつものハルトだが、聞き捨てならない台詞が多すぎて思わず手が出るシュウだ。
相手の胸に手を付いて引き戻すように思いっきり突き飛ばす。
勢いで壁に頭をぶつけベッドに倒れこんだハルトが小さな呻き声を上げる。それを意にも介さずに、
「ハルっ!いい加減にしろよっ!お前は十分特別な存在だろ!何でそれで満足できねぇんだよ!」
相手の胸倉を掴んで力一杯揺さぶった。
「…っ!…シュ…ッウ、痛ぇ…っ!」
ガツガツと壁に肩や頭がぶつかって悲鳴を上げる。そのハルトを更に壁に押し付けて、
「てめぇはプライドがクソ高ぇからこっちだって遠慮してんだよッ!」
乱暴な行動に比例するかの如く荒い口調で怒鳴った。
「意味わかん…っねー事言ってんなっ!」
胸倉を掴む手を外そうとして激しいもみ合いになった。

同じ体格の男同士では部活による多少の違いはあっても筋力に大きな差は無い。
喧嘩とは違い単純なもみ合いで二人の優劣を決するものがあるとしたらそれはただ単に体勢の問題だろう。
当然、胸倉を掴まれ抑え付けられたハルトの方が分が悪く、ましてや不自然な体勢のままでは押される一方となる。
「ッ…シュ、ウ…!」
終いには掴まれた服で息が詰まり、降参するかのように引き剥がす力が急に緩まった。

「あんま勝手な事言ってんな!
俺は別にお前とセックスする事に抵抗なんかねぇ。やろうと思えば今すぐだって出来るくらい特別なんだよ。たかが女一人でうだうだ下らねぇ事言ってんじゃねぇよ!」
「ッ…上等…っじゃねーか!やれるもんならやってみろよ。出来もしねーくせに!」
売り言葉に買い言葉で互いに睨みあったまま火花を散らす。

胸倉を掴んだままハルトを壁に叩き付けて、
「後悔すんなよ?」
鋭く切り込むような黒い目が間近で告げた。


長い睨み合いが続く。
互いに一言も発せず無言のまま時間が過ぎていった。




comment 2015.04.13
ちょっと遅くなってしまってごめんなさい(^_^;)。日月には更新出来るよう頑張ってます(笑)。

さて、シュウとハルト、どちらが自己中度高いんだろう?(笑)どっちもどっちかな?どっちもお互いが大事なんだけど、その感情の根底が少しずれてて、想いが食い違う感じかしらん?(´-ω-`)う〜ん

拍手コメントをありがとうございます!!!読んでて「ふふふ(笑)」となりましたヽ(*´∀`*)!!!
決して欺くつもりはありませんΨ(`∀´)Ψ笑。ふふふ。
まだまだ続きそうなので、少しでも楽しんでもらえれば幸いです(^▽^)ノ

訪問、拍手もありがとうございます!!!
更新空かないようがんばりまーす!





緊迫した均衡を破ったのはハルトが放った蹴りの一発だった。
呻き声と共にシュウが後ろに押しやられる。その隙に胸倉を掴む手を振り払って素早い動作で身を立て直した。
「ふざけんな、シュウ」
ベッドに付いた片膝の反動でそのまま立ち上がってシュウの横を通り過ぎる。
ドアノブに手を掛けたハルトが振り返って視線を向けた。
「いくらお前を好きでも女と付き合ってる奴とやるかよ。都合のいいセフレじゃねー。
頭冷やしてハッキリさせろ」
蹴られた胸を摩るシュウに冷めた声で告げて部屋を出て行った。

残されたシュウが軽い溜息を付く。
長い前髪を掻き上げて考えを巡らすようにハルトが出て行ったドアを見つめた。


ハルトが怒るのも分からない訳ではない。
相手の気持ちに答えもせず、このままの関係でいたいと思うのは甘えだろう。

実際の所、シュウにはその感情が何なのか分からなかった。
友人というには密な関係で感覚的には家族に近い。とはいえ。


「…」
手を開いては閉じる。
胸倉を掴んでいた手を見つめて、意を決したように立ち上がり部屋を出て行った。




*****************************************



シュウがハルトの家に行く機会はそう多くはない。
年に数回程度だ。それでも互いの合鍵を持ち合っていた。それをポケットに突っ込んで自転車に跨る。


家を出て数十分程度で目的のエリアに辿り着いた。
マンションが立ち並ぶ一角に出ると街の雰囲気ががらりと変わる。夜の10時過ぎということもあって辺りは静寂に満ちていた。
制服姿でうろつくのはさすがに場が悪い。警備員が観察するように見つめてくるのを意図的に気付かない振りをして、暗証番号を手早く入力しマンションの中へと入っていった。

ドアの前で一度インターフォンを鳴らすも、予想通りの無反応だった。
持っていたカードで開錠しドアを開ける。

玄関には誰の靴も置いておらず、置物や飾りが一切ない。
目の前には掃除の行き届いた廊下が広がり高級そうな毛並みの長い絨毯が敷かれていた。埃一つ落ちていない綺麗な玄関は人の気配がなく、いつ来ても静かで無機質な住居だった。

「あがるぞ」
一言声を掛けて靴を脱ぐ。
「ハルト!いるんだろ?」
ずかずかと絨毯を踏み締めて中へと入っていけば奥から僅かに曲が流れてくるのが聴こえてくる。今時の若者らしからぬクラシック曲で相手が何してるのかがすぐに分かるシュウだ。
曇りガラスのドアを開けば、大音量の波がシュウを襲う。
そこには目を瞑ったままマッサージチェアで寛ぐハルトがいた。
「おい!ハルト!」
怒鳴るような大声でようやく気が付いたらしく驚きの表情を浮かべる。まさか自宅まで来るとは予想外だったらしく、しばらく状況を把握するかのように固まったままだった。
それからハッとしたように曲を止めて身を起こす。

「何のよ…」
「人が心配して来てみりゃ何のんきに寛いでんだよ!」
脱力しそうになった足に力を入れて大股で歩み寄る。
機械音を発するマッサージチェアの電源を切ってハルトに圧し掛かれば、煩わしそうに眉間に皺を寄せていた。
「あのな、女じゃあるまいし心配する事なんか何もねーだろが」
シュウの胸を押し退けて椅子から立ち上がる。そのまま振り返りもせずにドアを出て行った。
「ハルト!」
慌てて後を追い掛けるシュウだ。

ハルトが向かったのはキッチンで、無言のままカップを2つ用意する。
自動コーヒーメーカーを手馴れた手付きで操作して淹れたコーヒーをシュウに一つ手渡した。
「俺はお前が幸せならいい。失恋だろうと何だろうと今まで通り友達でいようと思ってる。けどな…。お前が結婚して子どもが出来て…、その先まで今と変わらず傍にい続ける自信はねーよ」
砂糖とスプーンを渡しながら静かな声で唐突に言った。
家に来ていた時のような激しさはなく、自分に言い聞かせるようにゆっくりと語る言葉はハルトらしい率直さだ。
「だからさ、シュウが言うような特別にはなれねー」
淀みなく言い切ってコーヒーを啜る。

その言葉を聞いて渡されたカップを手に持ったまま固まるシュウだ。
「お前…、俺が言ってる事をちゃんと理解してたんだな」
意外過ぎて呆けた声が飛び出ていた。
ハルトが心外そうにシュウを見つめてカップの中身をぐるりと回した。それを一気に飲み干して、
「何年友人やってると思ってんだ。お前が言う意味くらい分かってんぞ」
怒るでもなく静かに返す。
「へぇ…そのくせそれじゃ不満だっつったのかよ」
「お前はそう言って逃げてるだけだろ。今まで付き合ってきた奴らと一緒にすんな。俺はずっとお前だけだ。断言してやる」
考える間もなくシュウの言葉を否定して、突っ立ったままのシュウを覗き込む。

一瞬の沈黙の後。


「一生の友人より、一生の恋人の方がいい」
真っ直ぐにシュウの瞳を捉えたまま、甘い言葉で静かに告白した。

茶色の瞳が何の照れもなく躊躇いもない。

「っ…!ハ…ッル…、何でお前は、…そう…」
困惑して上手く言葉が出なくなる。
ハルトの真っ直ぐ過ぎる目に圧倒されて足元さえぐらつくようだった。
動揺のまま瞳を揺らすシュウを逃がす事なく強い眼差しが更に間近に迫る。
「迷惑だって…言えよ。その気も無いならそういう顔で俺をかき乱すの止めろ」
腰を引き寄せてシュウの持つカップをテーブルに置いた。
そのままゆっくりとハルトの唇が近づいてくる。それを感じているのに金縛りにあったかのように体が動かなかった。
「…ッ」
名前を呼ぼうとして言葉が止まる。


僅かに触れ合った感触に。
予想以上に熱い唇に。


頭が真っ白になり、次いですぐに背筋を駆け上がるように痺れが走った。
「っ…」
そのやばさに息を止める。

認めざるを得ないモノというものを実感して。
それはどんな言葉で誤魔化しても隠せるものでもない。
抑えようとすればするほど歯止めが利かなくなり、更に制御を失っていく。
「…シュウ」
そんな荒れた感情を知る由もないハルトの甘い声が余計に煽り立てた。


再び触れてくる唇に今度は躊躇いが無く。
それはシュウも同じだった。
相手の舌を迎え入れて貪る。


苦いコーヒーの味が甘く、口の中に広がっていった。




comment 2015.04.19
はぅー(*´Д`*)ラブラブだ。いいのか、これ!
まぁシュウはちょっと自覚が無さ過ぎるというか、実はもっと前から意識してるんだけど、それを認識したくない部分もあったりで、意図的に排除してたり色々複雑な男だと思います(笑)。それに比べハルトはその辺は真っ直ぐだったり(笑)。
ハルトは非常に一途で健気。柄に似合わず…(?v? )プッ

追記)
淹れ立てのコーヒーを一気飲み出来るのかという突っ込みが聞こえそうなので突っ込まれる前に追記(笑)。
ミ、ミルク入れたの。多分…。もしくは60度くらいなの。設定温度…(´-ω-`;)…ォィ…。

10





「付き合ったら後戻りできねぇ。
ダチのままが良かったと思っても戻れねぇよ。それでもいいのかよ?」
シュウの手がハルトの首の後ろへと回る。より深く相手を探るように唇を貪りながら、合間に問い掛けた質問はハルトに一笑された。
「がっついたキスしながら言う台詞か」
唇を緩く開いたまま笑いながら返すハルトは日頃、女っ気などからっきしも無いというのにやたらとキスに手馴れていて巧い。

それがシュウの対抗心を余計に燃やす嵌めになるが、こればかりは敵いそうになく。

「ッ…」
思わず腰が引ける。
「まっ…、って!。ハルッ…」
呑まれそうになる自分を感じて、更に続けようとするハルトの胸に手を付いて押し留めていた。
「っは…ッ、何で?」
小さく息を洩らして訊ね返す顔に焦れが宿るのが分かる。
腰に回る手に力が入るのを感じて、押し留める手にも力が入った。

鋭い目が意図を問うようにシュウを真っ直ぐに見つめ返す。


その瞳が予想以上に妖艶な色を浮かべている事に驚くシュウだ。いつもはきつく尖る目も欲に濡れて気配を変える。呼吸を乱して小さく息をする様態は見慣れたハルトからは想像も付かない表情だった。

シュウの動揺を勘違いしたのか、
「付き合ったって今までと変わらねーから安心しろ」
一拍置いて、先ほどの質問の答えを返してくる。
濡れた唇を手の甲で拭って何気なく、軽く唇を舐めた。自分が他者からどう見えるか全く自覚のない仕草で、それが余計にシュウを惑わす原因となる事すら知らない。

もう一度キスしようとするハルトの唇に慌てて手を置いて防ぐ。
「ちょ、待てっ…て」
頭を落ち着かせるように深呼吸して密着した体を離す。


認めたくない事ではあるが、ハルトの顔は昔から好みのど真ん中だった。
男が好きな訳ではない。
ただ、何気ない動作に思わず見惚れるという事は少なからずあって、それは憧れに近い感覚である。これだけの男前は早々いるものでもなく、雑誌のモデルを見て惚れ惚れするのと同様の事だ。
とはいえ、
「逃げんな」
低い声で迫るハルトにぞくりとする位にはキてた。
「そんな顔で迫られたら、逃げんに決まってんだろうがっ!」
距離を取って思わず怒鳴り返す。


一瞬の間のあと、ハルトが小さくにやりと笑った。
それだけで何を企らんでいるのかすぐに察してしまう。


テーブルを回り込み捕まえようとする手を払い除けて防ぎ更に距離をとれば、
「逃げんなって!」
手を伸ばしながら言う声に笑い声が混じった。
「お前のいい様にされてたまるか」
ひらりと交わしながら追い掛けるハルトと向き合うようにテーブルの周りをくるりと一周する。
「意地張ってねーでいい様にさせろって」
言いながら追いかけてくるハルトはボールを追うような無邪気さだ。幼い頃の事を思い出しそうになって笑いを堪えればやけに楽しい気分になってきた。ハルトも同様なのが言葉にしなくても分かる。


そのせいか、終いには子どもみたいな追いかけっこになってキッチンやリビング駆けずり回り、もみくちゃになっていた。いつの間にか追われる立場が追う立場になり、立場が逆転する。
ハルトの襟首を引っ張ってがら空きの足元を狙えば簡単に絨毯の上に転がり落ちた。
「ッお、い!卑怯…っ」
柔らかな絨毯に背中から倒れ込む。笑いながら文句を言うハルトの両肩を床に固定して馬乗りすれば完全にシュウの勝利となった。
「ははっ!捕まえた!ハルトは昔っから足元が疎かなんだよ」
「っ…は、せこいって…」
二人でひとしきり笑った後、呼吸を整えるように何度か深呼吸を繰り返してようやく頭が冷えてくる二人だ。

下にある身体をじっと見下ろして、
「やっぱ俺はこっちの眺めのがしっくり来るわ」
そう言ったシュウが乾いた唇を舐める。
肩を抑える手に体重を掛ければ、ハルトの目が僅かに細まって警戒の色を宿した。
「騎上位なら大歓迎だぜ?」
それでも冗談を忘れない。
片笑いを浮かべて胸元に垂れ下がるシュウのネクタイを引く。

強気な笑みを浮かべるハルトが試すように視線で誘い掛けてくる。
むくむくと対抗心が湧き上がるシュウだ。
ハルトのこういう所が巧みな所であろう。

一度捕まったら抜け出せないクモの糸のように。
捉えられたら後戻りが出来なくなる感覚に陥る。
その事実に気が付いた時には既に遅く、どう足掻いても落ちていくしかない。


「俺はハルトを失うくらいならダチのままのがいいと思ってる。
付き合ったら元には戻れなくなるだろ?それでもお前は付き合いたいって思うのかよ?」
再度同じ質問を繰り返した。
きょとんとした顔をして、すぐに意図を察したように真剣な眼差しを返す。
口角をゆったりと上げて小さく微笑みを浮かべた。
「何年お前に惚れてると思ってんだ。今まで付き合ってきた奴らは所詮顔しか見てねー奴らだろ。俺はお前の体も好きだから安心しろって」
「真面目に話してんのに茶化すな!」
からかわれて思わず肩を思いっきり叩く。

今まで付き合ってきた人数も多いが、振る回数よりも振られた回数の方が遥かに多い事を知っているハルトだからこその台詞だった。

「何で振られるか教えてやるよ。お前が誰も信じてねーからだよ。お前、人間不信じゃん。」
ずばりと言い当てられて今更なのに動揺した。その事に気が付いているというのにハルトの言葉は更に続く。
「ついでにお前ってすっげぇ自己中だろ?メールだって気が向いた時にしか返さねぇ、そりゃ彼女は我慢できねーだろ」
そうはっきりと言い切られて逆に怒る気さえ沸かなかった。
「うるせぇ。そういうお前はどうなんだ」
シュウが投げ遣りな言葉で返せば、ハルトが明るい笑い声を立てる。
「俺はお前の全部を知ってるから今更幻滅なんかねーよ。精々セックスが下手とかキスが下手とか性格が悪いとかその程度だろ」
その自信に満ちた言葉に呆れ返るシュウだ。
「それってすっげぇ大事な事だと思うけど…」
思わず口を突く疑問さえ、
「そんなのお互いに直してきゃいいだろ?
お前がたとえマグロだろうと手取り足取り教えてやるって」
冗談なのか本気なのか分からない台詞で慰められた。
慰めになっているのかすら怪しいが、ハルトの言葉を聞いていると尤もな気がしてくるから不思議なものだ。

それだけ。
ハルトを信頼しているのかもしれない。


思わず同意しそうになって慌てて言葉を飲み込む。
それを見透かしたように、
「いい加減…」
呟くような小さな声と共にネクタイを強く引かれた。


勢いで圧し掛かるシュウの耳元で。


「俺を好きって言え」
甘い声がそう囁く。



完全に。
明日は彼女とデートだということすら消し飛んでいた。



comment 2015.05.03
やばい…。5月突入です(´-ω-`;) 。この話どこまで続くんだとモヤモヤしてる方がそろそろいるかもしれない…orz。うぅごめんちゃい。とりあえず15話前後だとは思います。

ところで。この二人、別にHシーン無くてもいい気がしてきた…Σ(゜ロ゜;)!! え、だめ?
何かこう…高校生ってこういう関係が一番楽しいんじゃないかしらん?そんな事ない?ない?無いのかな?
まぁ攻め攻めで謳ってるので、そりゃどっちが攻めかはっきりさせにゃいかんですよね(笑)。
頑張ります(`・ω・)ゞシュピっ!