【ファンタジー,護衛,聖夜】

***1***

「バーチナ様。研究のためとは言え、不用意に森に近づいてはなりません」
息を切らして平原に横たわる彼にそう忠言した男は、怒りの感情を湛えていた。
周囲には異形な獣の死体が転がり、激しい戦闘があったことを表す。
「ましてこんなところに単身で来るなんて感心しません。我々が来るのがもう少しでも遅かったらと考えるとぞっとします」
少年から青年に差し掛かる年頃の彼に手を差し出して、引き起こしながら言った。
顔に飛んだ血を袖で拭い、バーチナの身体に怪我が無いかを確認する。
「ソシリス。僕にはこの領地を守る責務がある。原因を解明しないと」
「バーチナ様」
彼の言葉を奪い取って、
「我々に声を掛けて下さい。何のために我々が存在すると思っているんですか」
顔を両手で掴み、強引に視線を合わせた。

強い眼差しに不安が宿る。それは主を無くしていたかもしれないという怯えで、
「わ、悪かったよ…」
素直に謝罪するしかなくなるバーチナだ。
事実、彼らが来なければ危なかっただろう。

今まで、このエリアに異形が現れたことは一度もなかった。
不可侵の森が目に見える距離にあるにも関わらず、この一画だけは大都市の中心部にいるかのように安全地帯であった。
その油断が招いた事態でもある。

「皆も危険な目に合わせてすまない」
ソシリスは彼を守る護衛の筆頭で、腰には剣を携えていた。周囲の安全を確認し終えた4,5人が彼らの元へとやってきて、
「バーチナ様、ご無事で何よりです。ギジ地区もいよいよ警備が必要になってきたかもしれません。まさか異形が出るとは…」
そう言って森を振り返った。
「あぁ。森が黒ずんでいて、なんだか奇妙だ。この平原は飲み込まれるかもしれない」
突如出現した異形の獣たちの存在に首を傾げ、誰もが口にはしない恐怖を口にした。
「また何かが現れる前にテセに戻りましょう。
魔法士様には至急、ご連絡します。すぐに結界を張って下さる筈です」
「平原はしばらく立ち入り禁止だな」
バーチナの言葉に誰もが神妙な顔で黙りこくった。

街へと戻れば、黄色い歓声が上がる。
身分を隠すように単身、平原へと向かったバーチナだが護衛の面々を連れての行動は、彼が領主の嫡男、バーチナ・テセだと主張するようなものだ。ましてやその輝かしい金髪に碧眼、そしてその美貌は王族が隣に立っていても遜色がないほど目立つものだった。
こんな辺境では貴族の存在自体が珍しく、どこにいっても視線が付いて回る。
ただ、バーチナはそれを煩わしいと感じたことはなく、守るべき民として、いつでも慈しみの笑みで応じていた。

そしてバーチナが目立つのと同様に、常に片時も離れず傍にいる護衛の存在も認知されていて、特に護衛筆頭のソシリスは女性陣から絶大の人気を誇っていた。
バーチナは手が届かない高嶺過ぎる花だが、ソシリスは平民出身の護衛団長だ。
まだ成長段階でこれから更に男らしさを増すであろうバーチナよりも背は頭2つほど高く、筋肉質な体つきに相応しい精悍な顔付きの持ち主で、その容貌は非常に男前であった。
「はぁ…。ソシリス様、今日も素敵…」
「今年の生誕祭は誰とお過ごしになるのかしら…」
街娘が店先で彼らを見送りながら、うっとりした表情で呟く。
「あの方は今年もお一人だと聞いたわ。恋人がいらっしゃらないでしょう?」
「バーチナ様一筋ですものね〜」
うんうんと彼女たちが一斉に頷く。
そしてバーチナの美貌の前には敵わないと諦めの溜息を深々と付いた。

女性の声というのは、意外に通る。
バーチナの耳にも彼女たちの噂話は届いていたが、そんな訳ないと心の中で思いながら、隣で馬を歩かせるソシリスをちらりと見れば、周囲を警戒していた彼が視線に気が付き、目線を返す。それから、安心させるように優しく笑んだ。
微笑みを返しながら、彼は根っからの誑しだと思っていた。

ソシリスは幼い時から身近な存在で、テセ家に仕える彼が自分の護衛になったのは、13歳を迎えた年である。
今まで全く女性の影が無かったかといったらそうでもない。
女性陣が噂するように彼の男前な容貌は確かに目の保養で、男の目から見ても見惚れるほど整った顔だ。

だが、彼には自分よりも気心の知れた親しい友人がいることも知っていた。
同じ護衛団の副団長をしているヨネだ。二人は頻繁に酒を飲みに行く仲で、昔からよくつるんでいるのを目撃していた。

生誕祭かと去年のことを思い出す。
ソシリスの耳朶に光る耳飾りを眺めながら、贈り物を届けに行ったあの日のことが脳裏に過り、憂鬱な気分になった。
彼の耳に穴を空けたのはヨネだ。

宿舎のドアを開けっ放しにした状態で、笑いながら互いの耳に穴を空ける二人に、孤独感を覚えたのは間違いない。
付き合っている訳でもない男同士が、耳飾りを互いにプレゼントする心理は理解できずにいた。
ただその距離の近さに嫉妬したのも事実で、ソシリスを一番、身近で見てきたのは自分なのにと訳の分からない独占欲に苛まれる。

それから1年近く、同じものが付いている耳朶を見つめながら、今年は耳飾りをプレゼントしようと決意していた。
ソシリスがそれをしようがしなかろうが、そうしたい気分になっていた。


それほど期待してはいなかったバーチナだが、迎えた生誕祭当日、ソシリスは彼の予想を遥か上をいく寛容さで、贈られた耳飾りを受け取った。

親友から貰った物は外せない、けれど主から貰った耳飾りも付けたい。
結論として、2つ目の穴を空けることになっていた。
消毒薬の匂いが漂う室内で、椅子に腰掛けて上目遣いに見つめてくる精悍な顔には不安など無く、
「バーチナ。躊躇うと痛いから思いっきり頼む」
二人っきりの時には敬語を付けるなという言いつけ通りに、ソシリスが言った。

触れる耳朶は柔らかで、まるで唇に触れているような気がして動揺させられる。
整った容貌は、見慣れていても見惚れるほどの男前で、力強い印象を与えるすっきりとした眼差しは、右目の下にある泣きぼくろのせいで妙な色気が滲んでいた。
間近で見れば見るほど心臓に悪い彼の魔性の目に、指が震え、
「緊張すんな。大したことじゃない」
ふっと笑う顔が、堪らなくなった。
「いくよ」
言うと同時に、ピアスを突き刺す。
痛みで一瞬、眉根を寄せたソシリスがすぐに口角を上げて、
「ありがとう、大切にするよ」
贈り物に対するお礼を言った。


彼の笑顔に堪らない気持ちが大きく膨れ上がり、一つの言葉になる。


目元の泣きぼくろに触れ、涙を拭うように親指を動かせば、
「どうした?」
特に泣いてもいないソシリスが、バーチナの行動を可笑しそうに笑った。
穴を空けたばかりの耳朶に触れ、
「ソシリスは僕の騎士だね」
贈った耳飾りにキスを落とせば、何の疑問も抱かず受け入れるソシリスだ。
「今更、どうしたんだ」
笑いながら返ってくる言葉に、笑みを返す。
彼の優しさは男女問わず底なしだ。
「よく似合ってる」
瞳と同じ爽やかな色で輝きを放つ石を撫でれば、
「バーチナ。永遠の忠誠を誓う。何があろうとお前を守る」
ソシリスがそう宣言した。

永遠という言葉は、重すぎる言葉だ。
それだけの価値が自分にあるのかと一瞬思い、それを言うのは相手に失礼だと口を噤む。

「信じてるよ」
抱いた一瞬の不安を感じさせない口調で返せば、ソシリスが手を取り、恭しい仕草で甲にキスをした。
触れる唇の柔らかさに、こんな場面だというのに疚しい想いをさせられる。
ソシリスに申し訳ないと思いながら、彼の唇を、そしてその中を想像して、人知れず興奮していた。
誓いに応えるように、彼の額にキスを落とす。


息が出来ないほど唇を貪りたい。
その魔性の目を涙で濡らしたいという欲求を胸の奥深くに隠し、そんな欲望など微塵も抱いていないかのように爽やかな笑みを向けるバーチナであった。

***あとがき***

2022.12.24
Merry Christmas(*^-^*)☆彡と書くべきか否か…(笑)。
イヴ!と書こうと思ったらどうやら本当の意味は違うようです…(;^ω^)アラァ。ということで、クリスマスで誤魔化しまーす(笑)
ソシリスって誰や?!と思った方は正解で初登場の名前でございます☆彡続きは〜多分、あると思いますが、いつかな〜?💦

新年アップ予定の小説も途中まで仕上がってて、煩悩塗れで〜す(*´꒳`*)。
早々にあんな煩悩塗れでいいのかなぁとちょっと思うのと、書いても書いても仕上がらないので、長くなりそうで…どうしよっかなって言う…💦
あ。ギエンでは無いです…m(_ _"m)💔もし楽しみにしている方がいらっしゃったら、ごめんなさい…💦
ギエンは全く別口でちょっと面白いのを考えているんだけど、…これまた仕上がるのに時間かかりそうでどうしようかなーと思って2週間くらい経ってます(笑)

良かったら押してね💛➡

Web拍手