【吸血鬼,ドラゴン,流血】

 ***1『生きる喜びを』***


「これがお前らの言う保護か」
低い声が苛立ちを隠しきれずに言った。
まるで監禁されるような生活についに痺れを切らす。
大きな扉は硬い錠で封じられ、身の回りを幾人かの従者が世話をする。

欲しい物は全て運び込まれた。
豪華な食事に、贅沢な装飾品。
それでも彼の嘆きは癒される事はない。
最愛の者が目の前で殺されたのだ。
こんな事をされれば尚更、苛立ちも深まっていった。


「ゼシー。我侭を言わないで。僕らだって…」
「黙れよ。」
威嚇を含んだ声だった。
金、銀、色取り取りの宝石が嵌め込まれた玉座に座っていた男が立ち上がる。
180cmを越す長身が、歩み寄ってくると集まっていた重臣たちから怯えが走った。
ゼシーと呼ばれた彼が歩く度にブーツが重い音を立てる。
僅かな動きで光を零す白銀の髪に、鮮血のように真っ赤な瞳だった。
柔らかな白い生地から褐色の肌が透ける。
その場に集まる誰もが、覗く肌の艶かしさに視線を奪われていた。


「ゼシー!自覚してくれ!」
一人の男が顔を背けながら、叫ぶ。
握り締めた拳から血が流れ出る。
彼は湧き上がる欲望に打ち勝とうとしているようだった。
「俺を抱きたいか?ディン。」
嘲る笑いを零す。
自ら裾をたくし上げて、ディンと呼ばれた青年の目の前まで歩み寄ってきた。
「止めよ!ドラゴンの王ともあろう者が、何たる事だ!」
しゃがれた老人が、杖で床を激しく叩く。
大太鼓が鳴るような深く激しい音に、夢から覚めたように固まっていた者たちの意識が覚醒していく。
ゼシーが冷めた瞳で老人を見つめていた。
「ちっ…萎えたじじぃが…」
口内で愚痴を洩らす。
「どいつもこいつも、俺の保護保護ってうるせーんだよ。
そのくせ、どいつも俺の匂いにやられやがって!」
踵で床を何度も叩きながら、老人を見下して文句を零す。
「仕方なかろう。お前はドラゴンの王なのだ。男女問わずお前の色香に惑わされても自然の摂理じゃよ」
「ちっ!それが気にくわねーんだよ。」
赤い瞳が殺意で揺らぐ。
低い声は獣が唸り声を上げるかのようだった。
「俺は外の世界も見てみたい。こんな王宮に閉じ込められて、人間の王どもと下らぬ話をして、実の無い世間話なんてどうでもいいんだよ。
少しは俺の立場も考えろ」
ゼシーの言葉は確かにそうだった。
だが、ドラゴンの王がどれほどのものかを考えるとすんなりと頷く事は出来ない。
「お前が世界に出てみろ。もしお前に何かがあったらどうするつもりだ。ドラゴンの血がどれほどのモノか知らぬ訳ではあるまい」
老人がゼシーに歩み寄って静かに言った。
硬く握り締めた彼の拳に触れて、そっと開いていく。
長く尖った爪が手のひらに食い込み、血を流すのを見て眉間に皺を寄せる。
甘い香りだった。
嗅いでいるだけで頭の芯が溶けていくような。


集まっていたドラゴンの中でも年若い者は懸命におかしな衝動を押さえ込む。
「気を付けよ。」
そう言う老人の腕をゼシーが思いっきり払いのける。
「お前ら、さっさと出て行け。こんな人数で襲われちゃ堪らねーからな」
その表情はやや疲れていた。
毎回、この有様だ。
同じドラゴンだというのに誰も彼に歩み寄る事は出来ない。
ドラゴンの王は他のドラゴンとは決定的に違う。
オスにとってはメスであり、メスにとってはオスに等しい。
ただそこに立っているだけで匂い立つフェロモンに知らず惹かれてしまう。
隠しても隠し切れない欲望が彼の前では全てが暴き出されていく。
彼の色香は同族でさえ狂わせるほどの力を持っているのである。
それを恐れ、誰もが彼に歩み寄らない。
それと同じように、彼も自分からは歩み寄ったりはしない。
それは、まさしく。



孤独。



ドラゴンの王に付き纏うのはどこまで行っても果ての見えない孤独なのであった。


08.08.16




 ***2『全てを超越する生』***


ふっと。
何かの気配を感じて目が覚めた。
深い眠りから強引に引き摺り起こされた気分だ。
あれから何年、いや何百年が経ったのだろう。
鼻を付く強烈な匂いに忘れていた空腹が呼び起こされた。


濃厚な血の香り。
それと共に。
深く、甘く。
ゆったりとした心地良い気配。


(何者だ。)


今まで生きてきてこんな気配を発する者は知らない。
食べたい。
ヤツを食べたい。
その血を吸ったら、どんなに甘美で旨いだろう。


眠りにまどろんでいた頭が急速に覚醒していく。
瞳を開き、眠り込んでいた墓から這い出した。
上空には眩いばかりの満月が輝く。


(最高の日だ。)


その気配に誘われるように、徘徊すれば。
墓地にある巨木に、誰かが腰掛けて座っていた。
その髪は驚く程美しい白銀で、その瞳は目も覚める鮮血の赤だ。
前を開いたブラウスから覗く鎖骨は思わず涎が垂れそうに艶かしい。
脈打つ鼓動すら感じそうな、言い換えればとても美味しそうな色だった。
適度に付いた筋肉が男の引き締まった身体を尚更、艶かしく魅せる。
木の上でだらりと下げた素足に齧り付きそうになった。


頭のすぐ後ろで荒い息遣いを感じる。
それが自分の息だと気が付くのに時間が掛かった。


「何だ。ヴァンパイアか?」


男が気配に気が付いて、声をかけてきた。
腰掛けていた木から飛び降りて、気がついた時には目前へと迫る。
薄汚れた彼の周りをグルグルと回って、小さく唸った。
「ははぁ…空腹なのか?」
しばらく眠り続けていた身体は、汚れて汚いものだろう。
眉根を寄せて訊ねる男だ。
その男を捕らえて噛み付きたい。


だが。
彼の願いも空しく、ひらりひらりと男が交わしていった。
「俺の血が飲みたいのか?」
声音に笑いが含まれる。
とても楽しそうに。
クスクスと笑っていた。


鋭い目をした男が笑う。
切れ上がった瞳は愉快そうに輝いていた。
男はスッと手を差し出して、
「飲みな。どうなっても知らねーが」
そう言った。

ゴクリと。
喉がなる。
どうなってもいい。
この極上の存在を食えるのなら…。

よく焼けた小麦色の長い指を握る。見れば鋭い爪を持っていた。
人間にしては奇怪な…。
そう咄嗟に思う。
だがそれもどうでもよくなった。
裾を捲くって手首に鼻を寄せれば。


あぁ。やっぱり。
いい香りだ。


高貴で、気高く、それでいて優しい香りだった。
誰にも負けない強さと。
何にも屈しない力。
ゆっくりと牙を突き刺していく。
男がその様子を見つめているのを感じ興奮が高まっていった。


甘くて美味しい。
想像以上の味だった。
幸せだ。


俺は幸せだ。


とても幸せだ。



とても…。


男の笑みが深まっていく。



「しあ…わせ…」



視界が揺れた。
目が回る。
何故…。



「ドラゴンの血は…濃いか?」
誰かがクスリと笑った。


視界が闇に覆われていった。
何も聞こえない。
何も考えられない。


ドラゴン。


甘美な血は毒だった。




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08.08.19

    


 ***3『始まりの生』***


全てが満たされていた。
まどろみの中、心地よい揺れを感じ取る。

朝が来る。
朝が来る。

脳裏がそう告げていた。
うっすらと瞼を押し開けば、視界に朝焼けが映る。


自分の身体はまだ寝ているのだろうか。
頭が必死に警鐘を鳴らす。
早く日の入らない場所へと逃げなくては。
そう思いながらも、身体は全く言う事を利かない。
全身を流れる血が熱く滾り、太陽を浴びたいと必死に叫んでいた。


「っ…っく…」


脳裏に浮かぶのは死ぬ事よりも、昨夜の出来事だった。
甘くて蕩けるような濃厚な味。


ドラゴン。


美しく、気高い想像上の生物。
まさかそれが実在していたとは。
いや、太古の昔、確かにドラゴンは存在していたらしい。
昔馴染みの吸血鬼が言っていた台詞を思い出す。
ドラゴンの血はどんな病も治し、世界中のどんな血よりも極上らしい。
昨夜の味を思い出して、思わず喉が鳴る。


「ぁあ…もう一度…」



思わず、呟きが洩れた。



「はぁ?何言ってんだ?お前。そのまま転がってんと死ぬぞ」
頭上から降りかかる声にハッとする。
見れば昨夜の男が上からのぞき見ていた。
その背後に昇り始める日の明かりが…。



間に…合わな…



昨夜と同じように男の顔には笑みが乗っている。
高い鼻梁、釣り上がった目、それはどこから見ても立派な男を表す。
それでいて女のように滑らかで美しい肌の持ち主だった。
鍛えられた筋肉に男らしさを感じ、それが尚更色めいて映る。
こんな時だと言うのに、朝日を浴びて輝く男の容貌に目を奪われていた。


焼け付く。
焼け付いて焦げる。


想像の痛みは一向に襲ってこない。
待てども待てども、自分の身体は消滅しなかった。

「…?」
「お前、大した生命力だなぁ」
男の声が鼓膜を揺さ振る。
ドラゴンの血のせいだろうか。
未知なる力を呼び起こす。
痛いほど鼓動が早まっていった。


もう一度、飲みたい。


手を伸ばせば、邪険に振り払われた。
「冗談じゃねー。お前が空腹だったから吸わせてやっただけだ」
上から見下す視線の鋭さに高揚する。


ドラゴン。
なんて気高く美しい生き物だろう。


こいつに付いていきたい。
どこまでも。
付いていきたい。


「俺の名前はトレージ・ストッカー。あんたは?」


気が付いた時には名乗っていた。
自分の意図を知った男が瞳に笑いを乗せる。
「俺はゼシールド。ゼシーと呼べ」
昨夜、噛み付いた右手を伸ばしてきた。
見れば噛み跡は既にない。

ドラゴンは少し人間とは違うようだ。
褐色の美しい手を握り返す。


ドラゴンとの。
共同生活の始まりだった。




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08.08.21

    


 ***4『終わりの生』***


惚れた。
そう。
これは惚れたのだろう。


目の前で暢気に水浴びする男の背中を眺めながら、そう思う。
筋肉で盛り上がった肩甲骨、引き締まったウェスト、臀部への滑らかなライン。
全てが極上で、完成された美だ。
小麦色の肌が、健康的であり猛々しさを伝える。


「あぁ。食べたい」


ついつい。
お馴染みの台詞が飛び出たとしても、それは致し方ない事だった。
こちらを見遣る男の呆れた表情に笑みを返す。
「本能だ。しょうがないだろう」


吸血鬼の本能をサラリと伝えれば、盛大な溜息が返事の代わりに返ってきた。
「吸血鬼っていうのは厄介な生き物だな」
水に濡れて重たく瞳に掛かる髪を後ろへ流す。
血を思わせる真っ赤な瞳が露わになって、ストッカーを見つめていた。
「お前が初めてだよ。俺の血を吸っても生き残ったのは…」
ボソリと呟いた。
吸血鬼にとってはそれほど毒なのかもしれない。
ゼシールドの甘美で濃厚な血の味を思い出して、ゾクリと背筋が震える。


強烈な衝動を抑えるように、ゼシールドと距離を保って後ずさった。
「俺は、今晩の飯を探しに行って来る。ゼシーは当分ここにいるだろう?俺のいない間に消えたりしないでくれよ。」
最後の台詞の時には相手を威嚇するように睨んだ。
ゼシールドが呆れたように肩を竦めながらも、軽く頷く。


もしかして。
ゼシールドも仲間がいなくて寂しいのだろうか。


そんな考えがふと浮かんだ。
話を聞いた所によるとドラゴンも吸血鬼と同じように、寿命が長いらしい。
しかも、同じ種族の者はほとんどいない。
長年生きているストッカーですら、ドラゴンに会ったのは初めてなのだ。
寂しさなど感じさせないがゼシールドも何かしらの寂しさを感じているのかもしれない。
そう思って、ストッカーの中に優越感が芽生える。


(ゼシーめ。照れ屋だな)


フッと鼻で笑った。
小川から随分と遠くまで来たストッカーがそんな事を考えていた時だ。
何か、不思議な気配を感じ取った。
街の喧騒の中、その感覚だけが異質なモノを伝えてくる。


それはゼシールドに初めて会った時のものに似ていた。
ゼシールドよりも劣るが明らかにドラゴンの気配だった。
それと共に、錆びた血の香りが風に乗る。
誘われるように、路地裏へと足を運べば、世間から隠れるように一つの古びた屋敷が現れた。
寂れて、酷く退廃的なその屋敷はおどろおどろしており、嫌な気配が濃厚に漂ってくる。
ただならぬ気配に思わず身震いしながらも、錠の壊れた門からそっと中へと侵入した。

かつては美しい庭園だったのだろう。
枯れた草花ばかりで水の枯渇した噴水から、時の流れを感じさせる。
ストッカーが恐る恐る屋敷の扉を開けば、先ほどの濃厚な香りが一層強くなった。


(まさか…)


それはゼシールドに出会った時のような高揚感ではない。
酷く嫌な気持ちだった。
上階から枯れた声が洩れ聞こえる。
耳を塞ぎたくなるような絶望の声と叫び。
そして、鼻を覆いたくなるような死臭だった。


うっすらとある一室から明かりが洩れていた。
その部屋を覗き込んで愕然とする。


「っ!!」
そこには、身の毛のよだつモノがあった。
両手両足を鎖でつながれ、血まみれの男が地べたに這いつくばって、苦しみの叫びを上げていた。
彼の周りは乾いた血で赤黒く変色している。
衣服は一切身に着けておらず、目は死んだように光が無い。
かろうじて。
そう。
かろうじて生きている状態だった。

「だ、大丈夫かっ!?」
ストッカーが慌てて駆けつける。
見えない瞳に怯えが走り、枯れた叫び声を上げた。
やせ細った手首を拘束する鎖を何とか外そうと必死になる。
いつから拘束されていたのだろう。
鎖の跡がどす黒く染み付き、見るも無残な状態だった。
あまりの惨状に目から涙が溢れ出す。
(酷い。なんて酷い事を…)
自分も吸血鬼だ。
人間の血を頂いたりもする。

だが。
こんな酷い事は生命に対する冒涜であった。
命ある者をこんな風に扱っては絶対にいけない。
自我すらない彼を救おうと躍起になっていると、
「同業者か?お前もドラゴンの血を吸ってみるか?」
あざけるような声が不気味に木霊した。
「っ…!」
咄嗟に背後を振り返って、身構える。
血の匂いだ。

黒衣に身を包んだ男が不気味に笑っている。
(吸血鬼か!)
それと同時に、今にも死にそうなこの男がドラゴンなのだと知る。
「なんて酷い事を!今すぐ彼を解放しろっ」
ストッカーの台詞は相手を喜ばせた。
「ドラゴンの血を吸った事があるか?今、俺たちの間では逸ってるんだよ。ドラゴン殺し。」
ぎらつく瞳だった。
何かがおかしい。
常軌を逸した瞳だった。
片手に大剣を担いで、舌なめずりをした。
「なんなら、お前の血も吸ってやろうか?」
「っ!」
その台詞はストッカーを確信させるものだった。
彼は血を求めすぎて、正常では無くなったのだ。
そうでなければ、こんな酷い事はできない。


「−−−て」


小さな声が何かを囁く。
気のせいかと思うほど小さな声で。


溢れ出た涙は止まらなかった。
頬を伝って落ちていく。
自我すらなくなるほど痛めつけられ、踏み躙られた者が小さな声で必死に懇願する。
それこそが尊厳を保つ唯一の方法であるかのように。


「殺…して…」


(ぃ…やだ!絶対にいやだ。俺は絶対にしないっ!)
瞬時に否定する。
そんな事だけはしない。絶対に。


彼の掠れた声を背後に聞きながら、腰に下げる短刀を引き抜いた。
涙は止め処なく流れ続けた。
視界が歪んで見えない。
それでも、彼の為に戦わなければならない。
ストッカーは戦いが苦手だった。
基本的に吸血鬼と争い事にはならないし、何より争う必要も無かったからだ。
汗ばむ手のひらで心許ない短刀を握りなおす。
大剣を大きく振って、余裕の笑みを浮かべる男を睨む。



自分も、この男の餌食になるかもしれない。
だが。
それでも。


「…っ…して」


掠れて、息絶えそうな声に決意を固めた。





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08.08.23

    


 ***5『価値ある生』***

金属同士が擦り合う音が響き渡った。
ストッカーに勝ち目は無い。
余裕で彼の剣を裁き、男が大剣を奮う。
そのたびに、凄まじい衝撃がストッカーを襲った。


「ぐ…っぅ!」


短刀で支えきるには力が足りなかった。
後ろに飛ばされて、壁に身体を打ち付ける。
「お前の血はどんな味かなぁ〜」
男がギラついた目でそう囁いた。
鎖で繋がれたドラゴンの胸へと剣を突き刺す。
飛び散る血さえも男にとっては見慣れたモノなのか、苦しみで喘ぐ血まみれの彼には見向きもせずに剣に付いた血を舐め取っていた。
「ドラゴンの血には劣るけどな〜、吸血鬼の血も美味いぜぇ?」


(いかれてる…)
背筋が凍る。


男が陰険な笑みを浮かべながらストッカーに歩み寄ってくる。
「く…!」
その時だった。


ハッとしたように顔を上げる男の顔を長い足から繰り出される蹴りが思いっきりヒットする。
その衝撃で数メートル後ろまで吹っ飛んでいった。
蹴りを食らわせた当の本人は優雅な動作で地面へと着地する。
呆然としているストッカーを振り返って呆れた表情をした。
「お前、何やってんだ。吸血鬼のくせに弱ぇなぁ。」
ポケットに手を突っ込んだままのゼシールドが仰け反って、彼を笑った。
それから、鎖で拘束されている血まみれの男を振り返る。
彼を見るゼシールドの瞳には何の感情も含まれていなかった。
歩み寄っていき、ストッカーが止める間もなく。

振り下ろされた指が突き刺さる。
血を吐き出す嫌な音が響いた。
あふれ出す血に愕然として目を背ける。

「殺してやるのがドラゴンへの労わりってもんだ。ストッカー。
覚えとけ。俺たちは誰にも屈しない。そんな俺たちの存在が踏み躙られた時は迷わず殺してやれ。
それこそがドラゴンなんだ」
「ひど、い…!彼だって生きたかった筈だ!」
ストッカーの台詞はゼシールドの表情すら変える事は出来なかった。
無感情の顔は一ミリたりとも動かない。
「よぉよぉ。おたくドラゴンかぁ?この匂い。そうだろ〜?」
二人の睨み合いに割り込むように不気味な声がした。

打ち付けた頭を振りながら、真っ直ぐにゼシールドを見つめる。
その歪んだ欲望を真っ向から受けてゼシールドの顔に笑みが浮かんだ。


「飲むか?俺の血を…」
彼が笑う。
妖艶に。


初めて会った時にそうだったように。
いやそれ以上に危険な色香を伴って褐色の肌を男に差し出した。


ゴクリと喉が鳴る。
鳴ったのは自分の喉だったのかもしれない。


異常な興奮が取り巻く。
男が嬉々としてゼシールドに駆け寄っていった。
「ハハハハハハハハハハハハハ!!!!馬鹿めー!」
彼の手を両手で掴んで、飢えた子どものように齧り付く。
獰猛な仕草でズルズルと啜った。
溢れて零れる血を省みずに、ゼシールドの血を飲み尽くすように飲み干していく。
その瞳は狂気を通り越して、恍惚としていた。


「ゼシー…」


呼びかける声は呆然としたものになる。
ゼシールドに浮かぶ表情があまりに危ういモノだったからだ。
苦しみも、痛みも、何の表情も浮かばない。
作り物のように真っ赤な瞳が、微動だせず男を見下ろす。
次第に力の抜けていく男の姿に憐れみすら浮かんでいなかった。


地べたに崩れ血の混じった涎を垂れ流す。
「へへ、へ…、ドラゴ、ン」
目は空ろで、どこか虚空を見つめたままだ。
先ほどの殺意も無く、魂が抜けてしまったように意思を感じなかった。
「ゼシー…?」
「行くぞ。ストッカー」
呼びかけて、何事も無かったように男に背を向ける。
「は、ははは…」
男が笑いながらゴホゴホと大量の血を吐き出した。



何が起こったのだろう。
不思議に思いながらゼシールドを見る。
「言ったろ?俺の血は濃いってな。こんな勢いで飲めば死んで当然だろ」
平然と恐ろしい事を言ってのけた。
ブルリと全身が震える。
「あんた、まさか…。
「俺も殺す気で飲ませたのか?」
腸が煮えくり返っていた。
相手の肩を押え付けて問い質せば、意外な事にゼシールドの視線が逸らされる。
「分からない、お前なら…あるいは」
プツリと言葉が途切れた。
「行くぞ。」
肩に掛かる手を振り払う。
ストッカーの顔を見ずに先に前を歩く。


(今の、顔…)


「あ、待てよ!せめて供養を…」
彼の存在を思い出してゼシールドを引き止めれば、振り返ったゼシールドが笑っていた。
真紅の瞳が一瞬光る。
息絶えたドラゴンが燃えていった。
「あいつは幸せだった。最後に同族の俺に殺されたのだから。」
ポツリと零れた言葉に深い哀しみの心を知る。



ドラゴン。高潔なる存在。
それは意外にも儚く、悲しい存在なのかもしれない。


「俺はあんたといるよ。ずっとな」
ゼシールドの背中に語りかける。
返事は無い。
その代わりのように彼が片手を軽く上げた。
男が噛み付いた筈の傷は既に癒えて無くなっていた。


(どんだけ強いんだよ。)


ひっそりと零れる。


(俺はいるよ。)
ゼシールドの孤独な背中に再度呟く。
生涯の伴侶をようやく見つけたような、そんな気持ちだった。



*****************************************


あまりBLっぽくないですね。最近BLが書けない(笑)
(前から?)

08.08.24

    


 ***番外01『1年の重み』***

日が昇る前の静かな森で、二人の男が戯れる。
澄んだ空気に、爽やかな森の声が心地よい。

それ以上に。

緩やかに立ち込めるドラゴンの特有の気配が甘くストッカーの鼻をくすぐった。
年に1度か、2度か。
気まぐれでお許しを出すゼシーの血を吸うのは本当に久しぶりで、それだけで鼓動が高鳴るほどだ。


ストッカーの鋭い牙が、柔らかい首筋に触れる。
噛み付くのを躊躇うように、舌が優しく舐めた。

「おい…くすぐってぇ」
彼の躊躇いにゼシーが、しびれを切らしたように苦情を洩らした。
本当は今すぐにも噛みついて、血を啜りたい筈だ。
ストッカーの忍耐力に、ゼシーの笑い声が大きくなった。
「お前、今日は特別つったろ。早くしねーと俺の気が変わるぜ?」
焦らすストッカーの首へ腕を回して引き寄せる。

首筋を露わにした褐色の肌に浮き出た血管が強く脈打っていた。
ドラゴンの甘く華やかな血がそこから溢れるのだと思うだけで、激しい興奮がストッカーを襲う。

それでも逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと牙を突き立てていく。
僅かに零れる血を大切なモノのように、舌で舐めとった。
出会った頃のような獰猛さはない。
大した傷も付けず、滴る血をゆっくり味わうように舐め取る。
吸血鬼であるストッカーにしては小食だ。
それもこれも。

ドラゴンであるゼシーに遠慮しているのだろう。
傷つけたくないという気持ちが如実に伝わる。
「っ…」
微かな甘い声に、ストッカーが慌てて身を起こした。
「ご、ごめっ…」
彼の謝る声に再び笑い声を上げた。
「お前、妙な奴だなぁ…」
瞬時に離れたストッカーを引き寄せて、唇に噛み付く。
動揺するのも構わずに唇を合わせて舌を絡めた。
目を瞑ったまま耐えるストッカーを揶揄うように、ゆっくりと唇を離せば、
「ゼ、ゼシー」
ストッカーが恥ずかしそうに視線を揺らした。
それを見つめるゼシーの眼差しは、まるで幼子を見るかのように穏やかで優しい。


「お前みたいな奴、結構好きだぜ?知り合ってもう何十年も経つけどさ、飽きない男だよ」
ストッカーの動揺を可笑しそうに笑いながらも、ゼシーの目は冗談抜きだ。
いきなりの台詞に戸惑いを隠せなくなる。今までゼシーからそういう言葉を受けた事はあっても、こんな目で言われたことはない。
ゼシーに限って愛の告白という事は有り得ないとは思いつつも、何故か先ほど以上に心拍数が跳ね上がっていた。
二人の間にあるのはそんな甘い言葉で片付けられないものの筈だ。
これから先、いつ死ぬとも分からない時間を過ごすかもしれないのだ。

「とか言って、100年後には俺なんか忘れてるんじゃないの?」
何と答えればいいのか分からず、ストッカーがソッポを向いて冗談めかす。
頬が赤く染まっていた。

「バーカ。食っちまうぞ」
照れ隠しである事は簡単に伝わっていた。ゼシーが圧し掛かってきてストッカーの頬に口付ける。得意の冗談顔に戻っていた。
「吸血鬼も案外美味いかもな」
恐ろしい台詞をつらりと言って、益々笑みを深める。
「お前がずっとそばにいればいい」
笑顔のまま、ひっそり囁く言葉に。


胸が熱くなって小さな頷きを返す。


俄かに明るくなってくる空を一緒に見つめるのは何度目だろう。
ゼシーと出会って、いい事しかない。
「こうやって朝日を拝めるのはゼシーのおかげだよ」
「二人で迎える新年も、結構悪くねーな」
触れ合う指を繋いで、光に満ちていく空を見つめていた。


「今年もよろしくな」
ゼシーの言葉に、
「こちらこそ」
ストッカーの柔らかな笑みが返る。


吸血鬼と、ドラゴン。
まるで異種な二人の間にも、確かな絆がある。
毎年繰り返される馴染みの言葉であっても、二人にとっては大切な儀式の一つだ。
その言葉の数だけ、絆も深まっていく。

気づけば数十年を共にしている二人だが、まだまだ二人の関係は続いていくのだった。





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いつの新年か忘れました(笑)。多分番外2の前の年だと思うので2011年くらいだと思います(笑)。

    


 

 ***番外02『経過した年月でなく』***

時折、あいつの考えている事が分からなくなる。
こちらを見つめる目がどこか遠くを眺めていて、光る真紅色に憂いが帯びる。その表情を見るたびに不安になった。

鉄壁のポーカーフェイスがふとした瞬間に綻びて素の彼が露わになると、そこから逃げ出したい衝動に駆られる。
「ゼシー…」
何故。
理由を問い掛けるには、距離が近すぎて触れる事さえ躊躇ってしまう。


ゼシールドが時折垣間見せる表情はそれだけ強烈なものだった。



「ストッカー、何年目の新年だ?」
またいつもの笑みに戻ったゼシーが唐突に問い掛ける。
二人で鍋を囲っての新年だ。焚き火で暖を取っていた時代が懐かしい。
ゼシールドの力で上手く人間社会に溶け込んで早数十年、誤魔化しつつの生活も中々快適だった。
「一緒に祝い始めてどのくらいかな?」
記憶を手繰り寄せても正確な数字は思い出せない。首を傾げて答えるストッカーに、
「今年もお前と祝えて嬉しいよ」
いつになく優しげな言葉が返ってきた。
それに引っかかりを覚える。

かつて、言葉なんていらないと言ったのはゼシーだった筈だ。

「来年も一緒に祝おう」
つぶやくように言って、ストッカーの手を引き口付ける。
「っ!ゼシー…?!」
唐突の事で驚きのあまり手を引いた。
いつもと立場が違う。その動揺を見てゼシールドが卑屈に片笑いした。
「たまには俺も、お前を襲いたい気分なんだよ。察しろ」
ストッカーを威圧するように低い声音で言う。脅しでも揶揄いでもなく。
赤い瞳がまるで泣いているかのように揺れていた。


にじり寄るゼシールドに抵抗するのも忘れて押し倒される。
身長180センチを越す大男に圧し掛かられれば身動き取れない事は分かっていたが、拒絶出来ない危うさがあった。
「お前に、言うべき事がある」
上から見下ろすゼシールドの顔が目前に迫って囁く。
長い睫が小さく震えて、躊躇いを宿す。緩く開いた唇からゆっくりとした吐息が零れた。
「ゼ…シー」
整い過ぎた美貌が見た事も無い憂いを浮かべていた。それだけで心が乱され鼓動が跳ね上がる。
「戦時中で傷ついてた時だ。お前が数年、寝てた時があっただろ?」
間近にある赤い目が今にも涙を零しそうで目を離せなくなる。相手の言おうとする事も分からず、無性に不安になった。
「その時に、同族にあったんだよ。それも女のドラゴンに」



その。瞬間。


相手の言わんとする事が分かった。
思わずゼシーの胸を押しのける。当然、びくともしなかったが、その抵抗にゼシールドの瞳が僅かに険しくなった。
苛立ちのまま、口を開く。


その口を片手で強引に塞いで、
「話を最後まで聞け。愚か者」
ゼシールドの凍った声が咎めた。
冷えた気配とは反対に、触れる手が暖かくて怒りが急速に収まっていく。
密着するゼシールドの体に触れれば気持ちも平穏になっていった。
大切な何かを伝えようとしているのだ。それだけは確かだった。


「そこでお前を捨てれば良かった。その女とどっか遠くの地に行って…」
「で?何でしなかったんだ?俺は眠りに入ってたし簡単だっただろ?」
敢えて冷たく答える。
いつにない真顔が返ってきて言葉を失った。


「俺は、ドラゴンの王だ。子孫を残す義務がある。お前より女を選ぶのが義務だろ。遥か昔から生き続けてきた血を絶やす訳にはいかない。
…なのに何でこんなしょうもない男を…」
「だから、…なんで」
何故か泣きたくなってきた。
そこで初めて顔を背けるゼシーを抱きしめたくて背中を引き寄せる。

初めて出会った時でさえ、もうドラゴンはいないのだと思っていたのだから、その出会いはどれほど希少だったのだろう。
ゼシーの苦悩が容易に読み取れる。


「お前、俺がいないと何も出来ないだろ?弱いし、何の呪いも使えないじゃないか」
抱き寄せた体が笑いで揺れた。
「よく、分かってるじゃん。俺はあの日からずっとそうだよ」
ゼシーの髪を撫でる。本来なら白銀の髪も普段は黒髪だ。
人間社会で生き残るにはそれなりの対応が必要だった。二人の時は赤い瞳も日ごろは黒で、異質なのは人間離れした美貌だけだ。
ゼシールドの不思議な力のお陰ですんなりと身分証まで手に入れ現代社会に溶け込めている。
「俺にはゼシーが必要だよ」
「だから、ずっと…そばにいただろ。
ッ!こんな事、言いたくもなかったが…」
舌打ちしたゼシールドが唐突に身を起こす。迷いの無い顔が小さく微笑んだ。


「これからも、絶対俺から離れるなよ。約束だから…」
赤い瞳が潤んでいるのは気のせいじゃないのかもしれない。
同族の誇りより。

共に生きる事を選んだゼシーに。


絶対の約束をする。
差し伸べられる手を取って手首に口付けた。
言葉を信じないゼシーが、その言葉で互いを縛ろうとしている。それだけ大切な事なのだと知る。



「破ったら俺を食えばいい」
ゼシールドの肌に刺さる牙が、皮膚を破り血が溢れ出す。それを優しく舐め取って誓いの言葉を返した。
「あぁ」
うっそりと微笑んで呟くゼシーの背後から赤い揺らめきが立ち上がっていった。妖艶な表情に呼応するように揺れるそれが、大きな翼のように広がり部屋を赤く染める。


溺れそうなほど淫らな気配の中、澄んだゼシールドの声が囁く。
「ストッカー…今年もよろしくな」

豊かに香る崇高な血の匂いと、甘い声音に刻の感覚さえ分からなくなっていくのだった。






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新年おめでとうございます☆今年もこの二人で(笑)。とかいって去年の新年小説は残してないので読んでいる方には何の事かさっぱりかな?(笑)
ちょっと補足すると、あれなの。ドラゴンだからね、人と構造が違ってて(笑)、何も孕むのが女性とも限らない(笑)。いあ、普通の感覚だと子孫を残すだけなら簡単な訳だけども、そういう裏設定的なモノもあって早々簡単でもないのです(笑)。あとはストッカーに義理堅い、というか、ゼシーはどっちかというと軽そうだけどそういうのは非常に重んじるタイプ。私の小説に良くある(笑)、浮気受けではないです(笑)。傷を癒す為に眠ってるストッカー置いてそういう事もしないと思う(笑)。二人の関係だって、キスくらいはあるだろうけど、それ以上はうーん…?あるのかなぁ?ってくらい潔癖な関係なんだよね(笑)。そこがイイ☆
今年ね、一昨年書いたラト受けの小説の世界観で書こうかと思ったんだけど、こっちもドラゴンだったのでこちらにしときました(笑)。少しでも楽しんで貰えたら嬉しいな〜☆
拍手、訪問ありがとうございます(* v v)。ほんとに嬉しいです。更新小説が黒じゃなくてすみません(汗)。

12.01.01
    


 

 ***番外03『血の繋がり以上に』***

珍客が店にやってきた。
いや。客と呼ぶにはふさわしくなかった。

見つめてくる目を無視して気付かない振りをする。男が指定した花を手早くまとめて包装した。
「お会計は、」
「そのリボンじゃなく黒いリボンを使ってくれ」
花束が完成してから不満を言われ、思わず顔を上げる。
その拍子に。

視線がかち合った。

(面倒な…)
相手の目の色に一瞬囚われ、それと同時に、
「同族だろ?」
手を掴んできた男が唐突に核心を突く。


その手を払いのける。
それがゼシールドの答えそのものになっていた。
払われた手を見て不満そうに顔をしかめる男だ。
男にしてみれば同族に会える事自体奇跡のようなもので、そんな扱いをされるとは予想もしていないのだろう。
「何故そんな素っ気ない態度なんだ?」
身を乗り出して尋ねる男を無視して花束の包みを解いていく。

(今更同族に会うとは、全くツイてない)
心の中で愚痴る。
何故、今ストッカーがいないのか、さっさと帰って来いと念じた。


そうでもしないと、
「意図して無視するほど、俺に興味あるのか?」
付け込まれそうだった。
鼻で笑った男の高飛車な態度がプライドを逆撫で、本性を剥き出しそうになる。


血が、そうさせるのかもしれない。
(この男を叩きのめしたい)
猛烈な支配欲が湧き上がり抑えられなくなっていく。
偽りの姿を破って、中身を引きずり出して、握りつぶしたい欲求だ。

思わず顔を上げ、相手の瞳をまじまじと見つめた。
どこの出のドラゴンなのだろう。
同じ高さにある黒い瞳が偽りの色だ。炎が揺らぐように赤い色が宿る。
髪の色も同じように偽っている事が分かる。


(苛々すんな…)

荒れる心を抑えこんで、
「お前ごときに興味がある訳なかろう」
値踏みするように男を観察した。


立っているだけで匂い立つような華やかな気配は懐かしさと飢餓感を呼び覚ます。
(少なくとも、それだけの価値がある男なんだろう)
ゼシールドの胸の内に苦々しい思いが沸き起こる。
ドラゴンの中では珍しい、いや稀なほど純血だった。
だからこそ、心がざわつき破壊したい衝動が沸き起こる。同族として負けたくないというプライドがあった。
自分にそんな感情がまだ残っていたのかと呆れすらするゼシールドだ。
だが、これだけ血の濃い同族に出会うのは仲間と決別したあの時以来かもしれなかった。


もしかしたら…。


浮かんだ考えを否定して花束を包み直していく。
赤いリボンから、黒いリボンへ。


リボンを変えるように、気持ちを切り替えた。
その。
矢先だ。


「王国を、」


「−−−−したのは、お前だろ?」


消そうとしたモノを。
ほじくり返されて、息が詰まる。



思わず顔を上げたゼシールドの瞳が赤く揺らぐ。
いや。揺らいだのは瞳だけではなかった。
「図星か」
押さえ込んでいたモノが一瞬で解放され、無意識の内に男の肩に爪を突き立てていた。
痛みの表情さえ浮かべない男の目が間近にある。
「悲しみをまだ忘れてないのか?」
低く響く冷静な声でようやく自分のした事に気が付くゼシールドだった。

肩に突き刺さった手をゆっくり引き抜いていく。
血が溢れ出すという事はない。抜くのと同時に傷が塞がっていった。
それだけで並々ならぬ生命力の持ち主である事が分かる。
それが尚更腹立たしいゼシールドだ。
だがすっかりと殺気は消えていた。
「自業自得だ。俺が誰なのかを知っていて訊ねてるんだからな」
指に付いた赤い液体を舐め取り、冷たく言葉を返す。
「お代はいらない。さっさと帰ってくれ。
見ての通り、俺は力のある同族ほど嫌いなモノは無い。特にお前のように高飛車で傲慢な男は話してるだけで虫唾が走る」
見据えたまま、完成した花束を男に向かって放り投げた。

それを受けて何故か笑みを浮かべる男だ。
意思のはっきりした強い目が愉快そうに細まる。
ゼシールドの脳が警告を発した。この男がいかに厄介な男かを実感しつつある。


「よほどだな。手を触られるだけで…」
言いながらいきなりカウンターに置いた手に触れてくる。
「離せ」
拒絶する手を握り締めて逃げられないように男が体重を掛けた。
「俺とお前。どっちが格上か競ってみたくなるだろ?」
一瞬の動揺が生じる。
それを悟られないように無表情を取り繕った。
「下らねぇな。お前なんか眼中にない」
ゼシールドの返答に男が可笑しそうに声を立てた。
「嘘はよせよ、お前は自分にふさわしい同族を探してた筈だろ。俺を見て苛々するのはお前が俺に惹かれてるからだ。お前個人がじゃなく、お前の血がな」
分かっている事をハッキリと口にされ、目の前が赤くなっていく。

他の者が相手ならばここまで腹も立たない。
だが、それが同族となれば別だった。

ゼシールドの全身から赤い揺らめきが立ち上がっていく。
湧き上がるのは純粋な怒りの感情だ。

これだから力のある同族は嫌いなのだ。
本人の意思を無視して力で屈服させようとする、その傲慢さに吐き気がした。
(胸糞が悪い。こんな男に)
否が応でも心が囚われる。
それが尚更に許せなかった。

「俺がお前程度で満足すると本気で思ってんのか?」
偽りの髪も瞳も全てが解かれ、本来の姿が露わになる。
紅いオーラを纏ったゼシールドから強い殺気が溢れていた。
「パートナーが欲しいなら他を当たれ。俺には既にいる」
言うと共に、捕まれた手に拳を振り下ろした。
「っ…」
焦って手を引く男の甲に目にも止まらぬ速さで傷を付ける。
「頭が高いことを自覚しな」

男の甲から血が溢れ、地面に垂れていった。
高い治癒力を持つ彼ですら治しきれない深い傷が、継続的にダメージを与える。

「次に顔を見せたら首が飛ぶと思え。俺は同族だろうが容赦しない」
ゼシールドの本気に、男が手の甲を抑え苦笑した。
「これは…、とんだ王様だ。いつまでそのパートナーとやらに満足できるか見物だな」
袖を赤く染め、床に落ちていく滴を見ながら不敵に笑った。
「お前には関係ない。さっさと出てけ」
「血は抗えない。すぐに分かるさ」
地面に落ちた花束を拾い上げ、男が手を振るように花束を振って去って行く。

その背中を見送りながら、溜息を洩らす。
(本当に厄介な血だ。あいつに何て説明すべきか…)
脳裏にストッカーを思い描き、苛立ちが落ち着いていくのを感じた。
それと共にゼシールドを取り巻く紅いオーラが収束し、元の姿へと戻っていく。

床に散った赤色を雑巾でふき取りながら、今日の出来事を脳裏から抹消するのだった。



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昔書いて置きっぱなしの小説にちょっと色を付けてアップロードしてみます…(;^ω^)
今更この話かよーって突っ込みは聞こえません…(笑)。そして番外って位置付けでいいのかなぁ?と疑問になる(笑)。
一応、この当時にはゼシーにもドラゴン時代の過去編みたいな構想があって(笑)、そっちが本編的な位置づけだったんだけど…まぁまぁまぁまぁ…(笑)。



21.07.08