【強引,流血,肉食】

 ***1***

開けた草原は多くのウガ族が住み着いている。
草食種族のウガ族には見晴らしのいい草原は危険な場所だ。
もっとも。
ウガ族の耳の良さにはどんな種族も叶う事は出来ない。
その意味で、音をより拾える草原はウガ族にとって最も相応しい居場所だといえる。


そんなウガ族でも、時に森へと足を運ぶ事があった。
薬草など深い森にしか生息していない種類もあるからだ。


基本的に単独行為は禁じられている。
森には、隠れるのが巧みな肉食のヨウ族や、キン族などウガ族にとっては危険な存在が数多く住むからだ。
そんな中。

一人のウガ族が森の中へ掻き入っていく。
大きく張り出た耳が背後を探るように小刻み動いていた。
ウガ族の中でも特に体格が大きく、力の強い者を同族は戦士と崇めたりもする。
数十年に一度、オスの中でも立派な体躯の者が生まれる事があった。
元々の逃げ足の速さに加えて、耳の良さ、立派な体格はそれなりの肉食獣からは確実に逃げる事が出来た。
その自信が彼を単独行動へと走らせる。
ファミリーの安全のために、常に周囲を警戒する事は日常的であったし、それは森であろうと変わりはない。
そんな彼が薬草を取りに森へと足を踏み入れる事はファミリーの中でも容認されている事実で、むしろ頼られている部分の方が強かった。



彼が森の深部へと警戒したまま、足を踏み入れた時の事だった。
水の跳ねる音にハッとして耳を澄ませる。
生い茂る木々の合間に、白銀に光るモノが視界に映り込んだ。



神々しい輝きを放つ、白銀の髪。
適度な筋肉は、しなやかで力強い生命力を感じさえる。
見惚れるほど美しい体躯を持つ種族と言ったら、この世界に一つしか存在しない。


ララル族。


史上最強の肉食種族だ。



ララル族の存在を認識した瞬間に、彼の足は完全に止まった。
呼吸する事さえ臆する。
それ程に近い距離ではない。だが、ララル族の足ではあっという間に距離を詰められ、その時が最後だ。
身の危険を感じ息を止めたまま、男の動向を見守る。
相手がこちらに気が付いている様子は無かった。

そもそも。


ララル族が森の、それもこんな深い場所にいる事の方が珍しい。
確かに俊敏な運動能力を持つが、目はそれほど良くなく、また耳も鼻も敏感ではない。
ララル族の卓越した能力は、その攻撃力の高さにある。
だから、木々の密集した狭く行動範囲の限られる場所には余り姿を現さないのである。

意外な思いを抱きながら男を見つめていると、ふと奇妙な事に気が付く。



僅かに血に汚れた彼が、まるで穢れを払うように身体を擦っていたからだ。
透き通るように蒼い瞳が憂いを帯びて赤く汚れた掌を洗いながす。
何に罪悪感を感じているのだろう。
悲しい目をした男が半身を水に浸ったまま、動きを止めて茫然としていた。


それから。


唐突に顔をあげる。
五官の機能が鋭くないララル族が、自分に気が付く筈がない。
感じ取ったとしたら、それは正に野生の勘なのだろう。


視線が絡み合う。
放心状態だった彼の表情が見る間に変わっていった。
その変化に。
何故か心臓が跳ね上がる。
それは恐怖でも、焦りでも無かった。
自然の神秘を見て感動するのと同じように、ララル族を美しいと純粋に思ったからだった。



妖しい色を浮かべていた美しい蒼い瞳が鋭い殺気を孕んで突き刺さる。
たとえ自分を捕食する存在であろうと見惚れずにはいられない程に整った美貌が怒りを発していた。
それは見られた事への警戒なのか、ウガ族程度が、そんな気持ちからなのか彼には理解できない。
ただ。
自分の死が目前まで迫っているのに、何の危惧感も感じなかった。



水が飛び跳ねる音が緊張を破る。
荒々しい気配で、男が水から上がった。身体に布を巻きつけて彼に背を向ける。
そのまま、森の中へと消えていった。



男の姿が見えなくなって、ようやく詰めていた息を吐き出す彼だ。
こんな場所でララル族に遭遇するとは思いもしない。
滅多に見かけない種族であるだけでなく、余りの迫力に圧倒されていた。
垣間見た儚い姿に、意外な一面を見てしまった気分だ。


あの男が、自分を殺しに来たらどうするだろう。
不思議と恐怖が湧かなかった。
それどころか、狩りをしている姿を見てみたいとさえ思う。
常軌を逸した自分の愚かな考えを慌てて否定した。
ララル族は所詮、ウガ族を捕食する肉食種族に過ぎない。
そう自分に言い聞かせる。



最強の肉食種族。
その呼び名に反比例するような、繊細な一面を見てしまい、訳もなく落ち着きを無くすのだった。




====あとがき====

唐突に、このお話(笑)。この話がどれの続きなのか分かる方は凄いです(*´∀`*)♪chuあげます(笑)
ララル族として目覚めてからは名前、違います。ゼンとかその辺です(笑)。
ちなみに補足ですが、決して食人ではないぞ〜(^_^;)!!!!!変なグロイ想像しないようにっ(笑)!!!
09.05.16





 ***2『蒼き迷路』***

薬草をファミリーに届けたガリスの元へ、幼いウガ族の仲間たちが集まってくる。
戦士と呼ばれる存在は彼らの尊敬の的だ。
男らしく弧を描く眉に、意思の強そうな黒い瞳はウガ族の風貌の中では稀でかなり目立つ存在である。
盛り上がった上腕に一人の少年がぶら下がって、ファミリーに戦士がいる事を誇らしげに話していた。
テリトリーの意識が他種族に比べ強くないウガ族では他のファミリーとの交流も比較的頻繁に行われる。
他ファミリーからも、ガリスの元へ薬草を取ってきてほしいといった類の依頼はよく入ってきていた。


そんなで回りから頼りにされているガリスはそれを喜びこそするが負担になど思ったことはない。
それが危険な森への依頼でも快活と引き受けた。
そうして、先日と同じ森へと足を踏み入れれば、意外な種族に出くわした。


ララル族である。
それも同じ男であった。
こないだと違う事といえば、相手が直ぐにガリスに気が付いたという事である。


希少な種族といっても、テリトリーというものがある訳で、どうやら彼は森も含めた一帯をテリトリーとしているようだった。
彼と目が合って一瞬ひやりとするものの、一向に襲いかかる気配はない。
泉を目前に、立ったまま出方を窺っているようだった。


ここは去るべきか、留まるべきか。
そんな事を悩む。
常識的に考えたら、去るのが正解だろう。
襲ってくる気配が無いのなら、すぐさま回れ右するのが生き残る秘策だ。
弱者はそうして今日まで生き残ってきたのだ。
それに従うべきだと頭では警告するも、足は一向に言うとおりにならない。
まるで見えない糸に捕らわれたように、視線を外す事すら敵わなかった。

澄み切った空を思わせる美しい瞳が雄大な自然を見ているような気持ちにさせる。
ララル族の存在自体が、すでに神秘なのだと心が痛烈に感じていた。


どのくらいの刻が経っただろう。
ほんの一瞬だったのかもしれない。


ふわりと。
風が吹いた。


この森の奥で。


そんな事をぼんやりと思った一瞬の間に。
彼が目前まで迫っていた。
ララル族の瞬発力は脅威的だとは聞いていた。
だが、ここまでの速さとは知りもしない。
眼前で冷めた瞳の男が、表情も無く見つめてきて背筋が凍る。


ウガ族の中で戦士と崇められていても、ララル族の前では赤子も同然だった。
ウガ族には自分を守るべき爪も無ければ、硬い表皮も無い。
間近に接近したララル族に太刀打ちできる訳もなく、ただジッと死を待つのみだった。


そんな予想とは反して、何も仕掛けてはこない。
それどころか、低い声で何かを尋ねられた。

「え?」
呆けた声が出てしまう。
「何か音はするかと尋ねたんだ」
僅かに声音が低くなった男が再度の問いかけをしてきた。

訳も分からず、耳を澄ます。
緑のさざめき、鳥の囀り、水の流れる音、虫の声。
何を答えるべきか悩み、結果首を横に振る。
返答を聞いて、彼の警戒が僅かに緩んだ。
再び泉の所へ戻って腰紐を解く。
羽が縫い込まれた衣服がするりと草むらへ落ちた。
おそらく、キン族の毛皮だろう。
肉食ではあるが、ララル族よりも遥かに小柄で、その羽は加工に適している事からも、他の種族にも狙われる存在だ。
巻いていた腰布の下には更に動きやすそうな丈の短い衣服を纏っていた。
太腿が露わになって、思わず目を瞠る。
全くの無防備な姿が逆に色めいて映り、視線を外せなくなった。

肉食系の種族は足が命だ。
それを傷つければ獲物を捕れない。すなわち死を意味する。
彼もまた同じで、何かの皮で出来た丈夫そうな布で膝下から爪先まで覆っていた。
石に腰を下ろしたまま、それを丁寧に解いていく。
傍にいるウガ族など論外なのか全く意識していないようだった。


露わになった足先を泉に浸して汚れを拭う。
ウガ族の存在を思い出したのか、ようやく彼が口を開いた。
「お前は知らないかもしれないが、ここはヨウ族の男のテリトリーだ。
お前は耳がいいから丁度いい」
殺さなかったのは一重に見張りだと指摘され、妙な納得がいった。
このくらいのプライドの高さが逆に清々しい。
その言葉には答えずに、全く別の問を投げかけた。
「ララル族は、綺麗好きなのか?」
沈黙は返事の代わりだ。
ララル族が、というよりは彼自身が水浴びを好きなのだろう。
なんとなく、奇妙な感じがして緊張が解れる。


しばらくの後。 濡れた長い脚が水から上がる。
草を踏みしめる音が、ガリスの耳に届いた。
滴る水の音に、鼓動が一々反応する。


まるで。


メスを見ているように、喉が渇く。
飢えている自分を感じて、驚愕した。
オスに欲情するのは生まれて初めての事だ。
それも肉食種族の中でも史上最強と謳われるララル族に対してとあっては、異常としか思えない。
置かれている異常な状況に、頭が混線しているのだと結論付けて、張り付いた視線を強引に引き剥がした。
「ヨウ族には気を付けるんだな。」
脱いだ布を手に持った男が、短い一言と共に背を向ける。
ガリスが言葉を返す間もなく、あっという間に姿が消えた。


一応の忠告なのだろうか。


目的の薬草をすっかりと忘れてファミリーの元へと帰っていくガリスだった。






====あとがき====

ついつい、「肉食獣」とか書きそうになります(笑)。あ、違った違った、みたいな(笑)。
前回は拍手をありがとうございます(*・ε・*) ぶchu〜♪(笑)
何族が何なのか、大体の想像は付くかもと思いますが、ララル族は現実の動物に従ってないです(*^m^*) 百獣の王ライオンとかそういう位置づけだけど、ライオンじゃーないですよ(笑)。私ライオンどうも駄目で(;´▽`A`` ハハハ。

ところで、この話はあまりリアルに想像しちゃダメですヨ(・∀・)!!!!

09.05.21

    


 ***3『欲情の蒼』***

深い森の中へ。
まるで他ファミリーとの密会を楽しむように心弾む。
明日も来るだろうか。
明後日も来るだろうか。

草原に生える草を採取しながら、そんな事を考える。
それでも、ガリスの耳は常に警戒を怠らない。
どんな状況であろうとそれ無しでは生きてはいけないからだ。
ガリスの周辺を若年の子らが声を立てて駆けずり回る。
無邪気な彼らを守るのは年若く一番精力のあるガリスのような青年たちだ。
敵が襲ってきたら、真っ先に彼らが誘導役を買って出る。
時にはオトリのように、肉食種族の前へと身を投げ出す事もある。
ウガ族にとって、若年の子らはまさに宝だった。


「君がガリスか?」
大量の草を背中に背負いながら、ファミリーの元へと帰ったガリスに見知らぬ男が声を掛けた。
穏やかで優しげな風貌の男だが、その目には強い光が宿る。
赤の混じった茶色の瞳はギョッとするくらい鋭かった。
一見優しげな風貌とは不釣合いの傷跡が、肩から胸に掛けて大きく走る。
3本の線は、明らかに肉食種族の爪によるものだろう。
知らず視線が傷跡にいってしまい、ガリスが慌てて目を外す。
男がその様子に気が付いて苦笑を浮かべていた。
「僕はファミリーを仕切っているラズという。これから隣接地に居住を構えようと思ってるんだが、近くに別ファミリーがいると聞いてね、迷惑ではないだろうか?」
ラズと名乗った男は、なるほど確かに優男だった。
ただそれは対応と雰囲気の話であって、鋭い目からも分かるように、幾多の試練を潜り抜けて来たのだろう。
腰に蛇皮を巻き、太い木の幹を携える。ガリスほどではないが、鍛えられた肉体はウガ族の中では異端なくらいだ。
「こちらは構わない。この一帯はウガ族も多いし、君みたいに立派な男がくれば皆歓迎するだろう」
率直な意見だった。
だが。
一瞬、彼の表情が曇る。
何かが気に障ったようだった。

しばらくの沈黙の後、何を思ったのか唐突に。
「僕は西の出身なんだが、あそこは白針岩が近いんだ。」
そんな話を持ち掛ける男だ。
言わんとする事はすぐに分かった。
白針岩は文字通り、真っ白な岩肌に尖った針のような地表を持つ山なのだが、その周辺はララル族の発祥の地だ。
今でこそ、この辺りにもララル族を見かけるが、昔はそこにしか存在していなかったと言われていた。
「僕のファミリーはララル族に襲われてね、これは、その時の傷なんだ。」
微笑を浮かべて男が言う。
それになんと答えるべきか。
ララル族に襲われて、生き残った者がいるというのは新鮮な驚きだったが、それは言うべき言葉ではない。
逡巡し言葉に詰まっていると、どこかでラズを呼ぶ声がした。
ファミリーの一人だ。
「戦士の君がいてくれて嬉しい。今後よろしく」
笑顔の彼がそう言って、去っていく。
少数のファミリーがこちらをじっと見ていた。
ララル族から逃れるように、この地に辿り着いたのだろう。
それはとても苦しく長い旅路だった筈だ。


ガリスは知らず身震いする。
ララル族への恐怖が再び蘇ってきた。


森に現れる彼とて、ララル族なのだ。
一瞬でも、気を許した愚かな自分を罵る。
今度、彼に会ったら即座に逃げなくてはならない。
襲ってこなかったのは、偶々腹が減ってなかったか、ガリスが不味そうだったかのどちらかだ。
ララル族の本質を見失いそうになっていた自分を自覚した。



それから1週間後の事だった。
再び頼まれた薬草を森の奥へと取りに行ったガリスだったが、そこで奇妙な事に遭遇した。


落ち葉が荒される音と二人の男が言い争う声がガリスの耳に届く。
低く擦れるような一方の声は、すぐに誰の声かピンと来る。
「っ・・・ふざ・・・けるな・・・!」
脅す声を出す男は紛れもなくララル族の彼だ。
通常であれば、即座に引き返しただろう。
先日に決意したばかりであるのに、その決意はスッカリと頭から消え去っていた。
全く無意識の行動で、足は勝手に声のした方へと進んでいく。



そうして、泉の前まで来た所でようやく事態を知った。
黒く大きな肉食種族であるヨウ族が彼の背中に膝を立てて動きを押さえつけているのを見て、驚愕する。
「・・・っどけ!」
地面に爪を立てて、彼が唸る。
ヨウ族の長い尻尾が彼の右足を絡み取って、締め付けていた。
水浴び最中に襲われたのだろう。彼の露わな足は水で濡れていた。

五官の鈍いララル族にとって、森は分が悪すぎる。
特に木の上で生活するヨウ族は音を殺すのを得意とし、獲物の狩り方も木上から襲い掛かるという不意を突く方法が多くとられる。
木々の密集した森の中で、上から突然に襲われればララル族といえども瞬時に反応は出来ない。
だからこそ、ララル族の多くは森には足を踏み入れないのだが、このような状況になったのも彼が自ら招いたようなものだ。


「俺のテリトリーに無断で踏み入って、どけはねーだろぉ。ゼン」
褐色の肌に、金の瞳の男が舌を出してゼンと呼ばれた彼の首筋を大きく舐めた。
味を確かめるように、2度3度と繰り返す。
ララル族と同様の体格を持つヨウ族に圧し掛かられてはさすがに身動き取れない。
それでなくとも、その足は男の尻尾に捕らわれている。
ヨウ族の男が、ゼンの肩を押さえたまま声低く囁いた。


「お前・・・敗者だろ?」


ピクリとゼンの動きが止まる。
耳たぶを甘噛みし、優しく呟く。
それがどういう意味なのかはガリスも知っていた。
「ついでだ。犯らせろ」
男の短い一言で、ゼンの怒りは頂点に達した。
鋭い爪が旋回する。


それが、ヨウ族の男に届く手前で。
「アァッ・・・、くっ・・・!」
悲鳴が上がった。
右足を締め付けられて、たまらず動きが鈍る。
何があろうと絶対の保護対象である足は傷つける訳には行かない。足、すなわち命にも等しい。それよりも大切なものなど無いからだ。

「大人しくしな、別に食う訳じゃねーんだ」
暴れて肌蹴た肩に牙を立てて、ヨウ族の男が笑う。
諦めたようにゼンが大人しくなっていった。
既に露わになっている太股に褐色の手が這う。
「言っただろーが。テリトリーは貸してやってもいい。だが代わりに身体はよこせってな。」
「ッ・・・」
臀部を撫でながら、首筋を噛む。
ゼンの短い悲鳴に、ガリスの意識が覚醒した。


とんでない場面に出くわし、呼吸すら忘れていたのではないかと思うほど驚いていた。
肉食の他種族が出会ったら激しく争い合う事は知っている。 だが、こうした事態は生まれて初めて見た。


ララル族は単独行動の肉食種族だが、個体数も少ない。
必然的に同族に会う機会は滅多になく、メスと巡り会う事も頻繁とはいえない。
オス同士が出会えば戦いになるほど気性の荒い種族だが、それはヨウ族にも同様の事が言えた。
メスに出会えないからか、餓えた獣のようにオスに襲い掛かる者もいると聞く。
その事は種族が違っても関係ないのかもしれない。


ガリスは動きを止めたまま、二人の奇妙な関係に疑問を抱く。
音を立てないように息を潜めて身動きひとつせず、引き返すに引き返せない状況だった。


フッと。
ヒョウ族の男が鼻で笑う。

「見せてやれよ、下等なウガ族に・・・」
ゼンの脇腹を撫でながら、そう囁く。
「!!」
見ている事が疾うに気付かれていたのだ。
驚き、顔を上げたゼンと視線が絡み合う。


ウガ族に、こんな場面を見られる事ほどプライドを傷つける状況はないだろう。
牙を剥き出しに彼が唸った。
さっさと行けと言外に言われて、固まってしまった足を無理やりに引き剥がす。
背を向けたガリスの耳に、ゼンの小さな声が届いた。
「・・・っぁ・・!」
突如、鼓動が生き返ったように激しく脈打ち始めた。


草木が擦れ、足に擦り傷を作るのにも気付かず、足早にその場を去る。
森を抜ければ、ようやく安心してホッと息を付いた。
脳裏に蘇るゼンの驚きの表情を意図的に打ち消して、頭を激しく振る。

信じられない場面を目撃してしまった。
あんな場面を見て、無事に生きて帰れた自分は強運の持ち主だろう。ガリスは冷静に分析する。
そして。


欲情してしまった自分をまざまざと自覚するのだった。






====あとがき====

拍手をありがとうです!!!
そんなに私のchuが欲しいのですね(*´∀`*)!!!出し惜しみしませんヨ〜★ぶchuchu〜(*・ε・*)笑★

今回はヨウ族登場♪分かる方には何の動物かピンと来たかも知れない(笑)。え?猿じゃーないよ!猿じゃないからねっ(・∀・)!!!

09.05.28

    


 ***4『蒼い罠』***

あれだけの事があって、また同じ場所へ通うのは相当の愚か者としか言えないだろう。
愚かな自分を自覚しながら、ガリスが同じ場所へと足を運んだのはあの事件から3日後であった。

黒く長い尻尾に、褐色の肌を持つ逞しい男を警戒しながら、目的の場所へと辿り着く。ヨウ族はララル族と同程度の体躯を持つが、木々に登るのが得意な種族だ。
その為か、その上腕は盛り上がっており、跳躍力も並外れている。
そのくせ、足音は静かで音一つ立てないという特異な才能を持っていた。
だからこそ、ララル族とは相性が悪いのである。
基本的に視界の開けた岩場に住むララル族に対し、鬱蒼と生い茂った森に住むヨウ族。このような森にララル族が足を踏み入れれば勝ち目は無く、むしろ殺されたとしてもおかしくはない。

だが、先日の様子から彼が殺されたという事はあり得ないだろうと確信を抱く。
あの奇妙な関係はガリスに不思議な気持ちを植え付けた。
自認するには恐ろしく、実行するには不可能なものであったが、それでも一度生まれたその感情を自覚してしまった今となってはもう後戻りも出来ない。

無かった事には出来ない自覚を胸に、彼がやってくるのを待った。


そうして、暫しの後。彼はやって来た。
来るなり、ガリスの存在に気が付く。
それはもちろん、ガリスが隠れも逃げもしなかったからだった。
泉の前に姿を現し、堂々と彼の前へと身を晒す。
まるで、見てしまった自分を捧げるかのように心静かだった。
それを見たゼンの視線が一瞬細まる。
探るような視線の後、ふっと。
姿が掻き消えた。


気が付いた時にはガリスの眼前に現れ、不敵な笑みを浮かべる。
「ビビったか?」
静かな低い声が揶揄するように囁いた。
相手の行動に驚きながら、素直に頷けば、満足そうに鼻で笑った。
ガリスの肩や首筋に鼻を寄せて、匂いを嗅ぐ。
そうして背後に回った彼が、ガリスの筋肉で盛り上がった左肩に突如噛み付いた。
「・・・」
僅かに驚くが、それも覚悟の上だった。
声一つ立てずに、ガリスは微動だしない。


ゼンにとっては、甘噛みに過ぎない。
食い込む歯をゆっくりと引き抜いて、つまらなそうに唇を離した。
「お前みたいな戦士は固くて不味い」
本気なのか、冗談なのか。
溢れる血をペロリと舐め取りながら、呟く。
「・・・戦士」
ゼンから出た言葉に僅かに驚いた。
ララル族でも、ウガ族で『戦士』と呼ばれる者の存在を知っている事に対する驚きだ。
下等な、下劣な、と罵るララル族から、その単語が出るとは意外な事だった。
「・・・っふ」
返事の代わりに吐息を漏らす。
不味いと文句を零しながら、血を啜り幾度と舐める。


危険な気配だった。
ゼンから漂う空気がガラリと変わる。
それは獲物を狩った後の。
肉食種族特有の気配だ。


満たされる空腹。
癒される心。
溢れる生命力。


瞳がトロリと溶ける。
二重のまぶたが気だるそうに、ゆっくりと瞬きを繰り返していた。
これから。
獲物にあり付く、食への純粋な欲情。


言ってしまえば、酷く興奮状態のゼンがそこにはいた。
「戦士の名は知っている。
自覚した時に何故かその言葉も知っていた」
掠れた声が耳を擽り、下半身を直撃する。
ゼンの熱い吐息を感じて、自分が食われる恐怖が興奮へと摩り替わる。
「自・・・覚した・・・時?」
相手の興奮に煽られてガリスの頭まで朦朧としそうだった。
ゼンの繰り出す妙な言葉を反芻する。

二度目の牙が食い込む。チリっと痛みが走った。
「ン・・・、っ・・不味い」
今度こそ、確信を持って言えた。
ゼンの蒼い瞳が、歓喜に満ちて喜びを伝えてくる。
命の味を全身で味わっているかのように、陶然とした表情で呟く。
もしかしなくても。
空腹なのだ。



何故一思いに噛み切って殺さないのだろう。
そんな疑問が過ぎる。
「俺は、・・・記憶が無い。
だから自覚した時なのさ」
言葉と共に。

肩に圧し掛かっていた重みが消えていった。
振り返るガリスの目に、血で濡れた唇が艶かしく映る。
ゆっくりと微笑みを象っていく唇に吸い寄せられそうな錯覚を覚えた。


「ビビったか?」
2度目の問い掛けが、先ほどとは僅かに違った。
細めた瞳が欲情を映して、微笑みを宿す。
秀麗な美貌が笑っていた。
「お前は不味い。食う気も失せるな」
濡れた唇を手の甲で拭って、ゼンがうそぶく。


上気した頬に熱い瞳でそんな台詞を言っても、信憑性はまるでない。
今正に、興奮して打ち震えていたゼンが空腹でない訳が無かった。
これはどういう事だろう。
空腹のララル族がウガ族を食わないなんて事があるのか。
自分の空腹を隠してまで殺そうとしないゼンに、奇妙な期待が湧き上がる。


「お前・・・明日も来い。
見張りをさせてやる。」


そんな言葉さえ。
甘美な蜜のように甘い囁きに感じるのだった。






====あとがき====

こんばんは〜。何故か、こんなお話に(笑)。
食べる際に興奮するって人間的には異常だけど、獣としては普通な気がする(笑)。 良く野生動物が、「美味しい美味しい」って全身で表しながら食べてる姿を少し歪曲すると、こうなるかなぁ〜なんて…(’▽‘ ;)おい!

09.06.12