【後日談】

 *** 1 ***

<本編読後推奨〜ザン>


10日間の訪問を終えてシュザード国へと戻ってきたザンだったが、戻ってきたその日から仕事に追われていた。
「僕が居ないと君たちは何も出来ないのか」
溜まっていた相談事に一つずつ指示を出し、積まれた書類をチェックしながら傍で列を作る彼らに苦言を吐く。
「突然思い立ったように10日間も空ける貴方が悪いんですよ」
言うそばから側近の男が追加の書類を積み上げ、
「期限の短い物順に並べましたので、お願いしますね」
主を全く敬っていない口調で言った。
てきぱきと次の仕事の準備をしながら、
「そういえば、婚約者のナズネ様がお見えになられてましたよ」
午前中にやってきた美しい令嬢を思い出し、興味がないだろうザンに一言伝える。

意外なことに手を止めたザンが一瞬、思案するように空を眺め、
「贈り物を用意しておいてくれ。後で会いに行く」
そう告げた。
どういう風の吹き回しだと相手を見れば、視線に気が付いたザンがいたずらっ子な笑みを浮かべる。
「僕もそろそろ真剣に結婚を考える年なんだよ」
茶化すように年上の彼に答え、自分で言った言葉を可笑しそうに笑った。

そうと決まればと言わんばかりに仕事に精を出すザンだ。


そうして、デスクに向かったまま数時間後、ようやく目途が経ってきたザンが大きく伸びをして、予め、時間を指定して呼んでおいたナズネに会いに行っていた。
「どうしたんでしょうね?」
仕事の鬼のザンが、途中で休憩を入れてわざわざ婚約者に会いに行くのを見て、側近の男たちが首を傾げる。
今までのザンからは考えられない行動だ。
「まぁ、彼がいつも通りに仕事してくれれば何でもいいですよ」
仕事がしやすいように情報をとりまとめ、用済みのものを片づけていった。


一方、ナズネに会いに行ったザンは、本当に彼にしては珍しく、彼女と会うと同時に予め用意させておいたプレゼントを渡し、婚約者としておざなりにしていた今までを取り戻すように誠意のある対応をしていた。

ナズネは今時には珍しいほど清楚でおしとやかな女性だ。
白い肌に色素の薄い金髪、そして、その瞳は、誰かを思い出すほど澄んだ蒼い瞳で、
「いつも時間が取れなくて悪かったね」
謝罪しながら、瞼にキスを落とす。
恥じらう彼女のはみかみ笑顔が愛らしく、華奢な身体は庇護欲を掻き立てる繊細な姿だ。


その瞳の色さえ除けば、まるで何もかも正反対だなと心の中で思いながら、
「…」
彼と寝た二度目の事を思い出していた。

同じはにかみでもまるで別物だ。
ギエンのするはにかみは、冷静を保とうとして隠しきれずに出てしまうもので、その奥ゆかしさは一度見ると目に焼き付くほど凄まじいギャップで、彼をもっと暴きたい欲求に駆られる。
目の前の女性とは比較にならないほど淫らな身体に、あの魅惑的な表情は誰だろうと骨抜きにされるもので、
「…ザンギル様?」
無性にもう一度抱きたくなり、その衝動を誤魔化すように彼女の身体をそっと抱き寄せた。

やはり無理矢理でも手に入れておくべきだったかと、脳裏に悪い考えが過る。
そうして、物静かな大精霊を従える猛犬と、真っ当な振りをした狂犬を思い出し、リスクがでかすぎると苦笑気味に首を振った。

また時期が落ち着いたら彼に会いに行こうと、婚約者の不思議そうな顔を見て思い立つ。
山のように溜まった仕事を思い出し、
「もうじき仕事がひと段落付くから、食事を一緒にどう?」
そう誘った。

満面の笑みで頷く彼女に、
「じゃあ後で。もう少し待っててくれるね?」
そう言うザンの顔は冷酷さを感じさせない優しい笑みで、実は別の誰かのことを考えていたとは思いもしない。
真っすぐに彼女の蒼い瞳を見つめているのだった。


2022.12.11
本編完結後の番外は、こういう感じにさっくり目でいこうかと思ってます(^^♪
実はザンに対して結構、余波を残してるギエンです(*´꒳`*)♡
あとザンギルの名前が個人的に気に入ってるので、またザン絡みは書くかもです(笑)。

いつも訪問、拍手、ありがとうございます(*^-^*)ノ

    


 *** 2 ***

<本編読後推奨〜ゾリド>



夜中にギエンが目を覚ますことは基本的に無い。目が覚めるとしたら、よほどの悪夢を見たか何かに叩き起こされた時くらいだろう。

そしてその夜は、久しぶりにゾリドの夜這いを受けていた。
当然の如く、ギエンはぐっすりと寝入った状態で、扉が開く音にも寝台の揺らぎにも気付くことなく、簡単に彼の侵入を許していた。

深夜といえど室内は施錠されていないことが多い。それは回廊に警備兵が立っていることや誰も来ないだろうという油断もある。
尤も施錠されていたところで、ゾリドという男は強かで、ちゃっかりとギエンが間借りしている客室の鍵も保有していた。
プライバシーも何もあったものではないが、それが当人にバレた所で許容されるだろうことは分かっていて、その甘さに付け込む狡猾さを持つ。

横向きに寝るギエンを背後から抱き締める形で横たわり、彼の首筋に唇を付ける。
そうすることで、他の何からも得難い癒しを感じ、仕事終わりにようやく落ち着いた一息をつくことができた。

可能であれば一日中傍に置き、誰の目も気にせず身体を開き、食事中ですら抱いていたいと思っていた。
美人は三日で飽きるというが、ギエンの顔は一日中見ていても飽きることはなく、怒る顔も嫌がる顔も、喜ぶ顔も恥じらう顔も全てが癒しで、その唇がどんな暴言を吐こうと気にならない。
それほど強い独占欲があった。

本音の部分だけで言えば、ゾリドは非常に狂気的な猛愛を持ち、彼の異常なまでの愛は、彼が持つ並々ならぬ『王という自覚』で抑え込まれているに過ぎない。

自分の欲を追及することはすなわち愛ではない。
『ギエンのために』という一般的な理性で無理矢理、執愛を閉じ込め、真っ当な親愛へと塗り替える。

そうして、城を出ていくと伝えられた時のゾリドの反応は、至って普通の前向きな後押しであった。
『ギエンのために』という一般論から導き出した感情であり、心の底からの祝いだ。

新居祝いに贈り物をしなくてはと考えながら、彼の身体をまさぐる。
幾度か寝た身体の弱い部分は既に把握していて、起こさないようにしながら温もりのある淫らな身体に触れていると、チャラリと首元のチェーンが音を立てて、ゾリドの思考を妨害した。

「ハバードめ」
小さく笑みを浮かべ、ふてぶてしい男を思い出した。
こんな時まで邪魔をするとは大したものだと思いながら、愉快な気持ちになる。

普通であれば、愛する者が別の誰かのモノになるなど想像もしたくない事態だろう。
特にゾリドのような強い愛は、相手を殺したくなってもおかしくないほどの執愛だが、『ギエンのために』という枷は、ゾリドの狂気を封じ込めるに丁度よく、彼を真っ当な人間にさせた。
そうでなければギエンをとっくに自分だけのものにしていただろう。
彼の本質はザンと同じだ。目的のために手段を選ばないという部分は王故の強引さで、冷酷な見た目のザンと同じく、ゾリドも十分に冷血な男として知られていた。

血のように真っ赤な瞳に赤い髪は、戦地でこそ威力を発揮する。
目立つ赤髪以上に、彼の緻密な戦略と暴虐とも言える無慈悲さは、死神の如く無血なもので、今となっては彼の国にちょっかいを出す輩はいない。
シュザード国のような大国でないにも関わらず、大きな紛争が発生しないのはゾリドの存在が大きい。

周囲から一目置かれ、一国の王として畏れられるゾリドの赤い瞳が、今や愛おしそうにギエンを見つめていた。
抱き締めたまま、ギエンの開けたシャツの中へ手を差し入れる。
胸に触れ、誘うように尖る突起を刺激すれば、簡単に甘い声を洩らした。
実際のところ、ギエンを起こさずイかせることは容易なことだった。深い眠りを妨げず、静かに緩く、ゆっくりと刺激をすれば、快楽に慣れた身体は簡単に昂る。

そこにゾリドの罪悪感など一ミリも存在しない。ギエンの夢精を促す程度の感覚で、片やゾリドはギエンの淫らな表情を堪能でき、非常に合理的だ。
「ン…、…ぁ」
濡れる下半身に触れ、ゆっくりと先端から手を滑らせる。
じわじわと追い立てれば追い立てるほど、ギエンの乱れは酷くなり、眉根を寄せて小さく身体を震わせていた。

強すぎる刺激は眠りを妨げる要因だ。
抱き締めた体温を感じながら、緩くゆったりと昂らせていく。
「ふ…、ァ…、」
限界まで昂らせたところで、首筋にキスをしたり身体に触れたりと好き放題をするゾリドは中々の策士で、ギエンの淫らに震える寝顔を思う存分、満喫していた。
そして、甘く涎を垂らすモノは刺激に飢え、僅かなエサを与えるだけで十分であった。
「…ぅっ、…」
片手でその熱を解放させる。
眠ったまま達するギエンの表情は起きている時以上に自制が無く、乱れた呼吸で色っぽい寝息を立てていた。

手の中にドクドクと吐き出されたモノに満足して、それを舐め取るゾリドだ。
翌朝の、夢精してしまったと一人で恥じるギエンを想像するのも愉快だったが、それも気の毒かと痕跡を消す。

乱れた呼吸が整うまで、しばしギエンの温もりを楽しむのであった。


2022.12.17
さて。やってまいりました(*^-^*)。全く悪気の無いゾリドです(*^-^*)
既にハバードのパートナーという立場であろうがバレなきゃお構いなし!それがゾリドです(笑)
もしゾリドが王じゃなかったら、普通にギエンを幽閉し毎晩ピーして、口移しで食事してると思います( '-' ;)。もちろんお風呂も毎晩入れてくれます!ピー漬けにして、頭の中ぼんやりのギエンを連れ回し、どこでも人の目があろうが、がっつりピーしちゃうような男です。やべぇやつだ!(*'q'*)

訪問や拍手、コメントもありがとうございます!(*'-'*)ワーイワーイ!!
さりりさん、またまたこんばんは💛
ザン絡み希望ありがとうございます〜(*^-^*)ノザンは善人ルートの筈…!個人的にはギエンに浮気させたいけど、番外で浮気はさすがにマズイので…自制自制…!(^-^;自制するんだゾ!

ピムさんも、こんばんは〜!お久しぶりです(*^-^*)💛
完結祝いありがとうございます(*´꒳`*)完結した時がやっぱりホッとしますね〜(笑)変わらず読みに来ていただけて嬉しいですm(_ _"m)!
ザンにはドカンと一発ギエンを浮気させてほしいけど、ホント以下略…です(;^ω^)笑。

浮気好きの私は、ちょっと抑えが利かなくなるのであまり番外でザンを書くとギエンがザンにふらついてしまう予感してます…💔以前、ほぼ同じ感じで裏CPという形で番外書いてたら浮気が進んでそのままメインCP化してしまったという前科あるのでホント気を付けまーす(*´꒳`*)笑!!!

    


 *** 3 ***

<本編読後推奨〜ミガッド>


シュザード国の帝王が滞在していた期間は、どことなく街全体が落ち着きを無くしていた。
警備はあちこちに立ち、華やかに飾り付けされた街の雰囲気とは逆に、ひりついた空気が支配する。
ようやく街がいつもの活気を取り戻したのは彼が国に戻ってから5日目くらいのことで、その日、ミガッドは初めてギエンと街に出掛けていた。

隣を歩く背の高い男を見て、初めて来る街でも無いのに僅かに緊張していた。

ギエンはとにかく目立つ。
街を歩けば彼を知らない者がいないのではないかというくらい声も掛かれば、視線も集める。背の高さに加え、服のモデルもする程の均整の取れたスタイルの良さ、そして品の良い凛々しさは、活気あふれる街の中でも目を引く物があった。
「…」
彼にとっては慣れたことなのかもしれないが、隣を歩くことに引け目を感じるミガッドだ。
「これ買ってやるよ」
そんな心情を知る由もないギエンは、露店に並ぶ料理を指さして返事も待たずに会計をする。
「今日は珍しい組み合わせだね、ハン家のご長男とは一緒じゃないのかい?」
店主が何の気なしに言った言葉が、ぐさりと胸に刺さっていた。本来、息子である自分の方が一緒にいる時間が長くてもおかしくない筈だ。
それを『珍しい』と評され、ギエンとの距離感を突きつけられた気分になる。

「いつも一緒な訳ないだろ」
ちらりとギエンを窺い見れば、興味無さげに即答したあと店主から視線を逸らしていた。

その表情はよく知っていた。

ギエンが気恥ずかしい時に見せる顔で、案の定、首元のネックレスを指で触ったあと、気持ちを落ち着かせるようにそれに口づけていた。
「…」
何気なくする仕草は、ギエンの胸の裡を余計に知らしめる。
店主が微笑ましい表情を浮かべ、適当な相槌を打っていた。

「行くぞ」
ミガッドの肩を男らしい手が強引に引き寄せ、店主の視線から逃れるように道を歩みだす。
歩きながら差し出された物を受け取り、ギエンの顔を見上げれば、
「お薦めだ」
ニコッと満面の笑みを浮かべた。

初めて会った時には考えもつかないほど爽やかな笑みで、これはこれで目の毒だった。
慈愛の籠った瞳は、見た者を容易に勘違いさせる。
とはいえ、
「美味しいよ」
「だろう?」
ギエンが、そんな表情を向ける相手は数人しかいないことも知っていた。
それは分かってはいても、場所を弁えて欲しいと真剣に思うミガッドだ。

視線を送る先には、串刺しになっている白くて丸い塊を一口で抜き取って、頬を膨らませるギエンがいた。
もぐもぐと咀嚼する様は男前の顔に反し可愛らしい仕草で、街の人々が足を止めてギエンを振り返る。そんな視線にも気付かずに、唇の端についたタレを親指で拭い取って指を舐めていた。

ひっそりとした悲鳴があちこちで上がる。
ギエンの隠れファンが多いのは既知の事実で、それは彼が帰還した頃とは比べ物にならないほど増えていた。
当初の『英雄』に対する親愛や憧憬だけでなく、そこには若い世代からの色めいた視線も多く、ハバードとパートナーだと公表された後においても減ることは無かった。

むしろ隠れファンが増えた気がするミガッドだ。
最近では当初にあったような陰険な噂は無く、もっぱらギエンが着ている服が何だ、何番地を歩いていたなど、ミーハー的なものが多く、中にはハバードとのキスシーンを目撃したというような浮かれた噂もあるくらいだ。

仕草の一つ一つに艶を乗せて惑わしてくるこの男が、本当に自分と血が繋がっているのかと疑問に思う。
「買い与えるのは父親の醍醐味だな」
全く父親だと思っていない相手に対し、ズレた事を言って嬉しそうに笑う男が。

少なくとも、永遠にそれを実感することは無いだろうと思っていた。
その方が遥かに気楽だ。
血の繋がった相手に、こんな邪な想いを抱いているとは考えたくもない。

「買い与えたってほど与えてないだろ」
冷たく返して、頭を撫でようとするギエンの手を払う。
ギエンがハバードと付き合おうが、同居しようが、息子という地位は誰にも奪われないもので、精一杯その地位を利用しようと悪だくみをする。
「ギエン。俺、欲しいものがあるんだよね」
「何だ?」
特に疑いもせず笑みで応じるギエンは贔屓目抜きにしても惚れ惚れする男前で、それを独り占めできる状況に心の中でガッツポーズをする。


息子という存在は、ギエンにとって特別な存在だ。

5年後、10年後でも。
日が経てば経つほど、ギエンの心を占める割合はもっと大きなものになっている筈で、
「ギエンがしてるのと同じブランドのベルトが欲しい」
そう答えながら、本当に欲するものを封印する。

その時がくるまで待てばいいだけだと腹黒く思うミガッドであった。


2023.01.08
いつも拍手・訪問ありがとうございます!m(_ _"m)
腹黒ミガッド登場です(笑)。ふと思ったけど、親友のダエンより何か出来ちゃう可能性ありかもですね('◇':)。
今回、ギエンって何気にハバードにぞっこん?だったりするので、ギエンが率先して浮気は無いと思うけどミガッドは特別だからな〜♡
話変わって、こないだから何故か無性に、ギエンに萌え袖+無防備な彼シャツ状態させたいです(*´꒳`*)ハバードに甘えちゃうギエンとか多分可愛い…(*'-'*)!!

もちさん、初めまして!!コメントありがとうございます!!(..>᎑<..)
好みドンピシャと言って頂けて凄く嬉しいです!ギエン結構長いので最後まで読んで貰えるだけでも有難いのに、2周目まで本当にこちらこそありがとうございます(*'-'*)♡
面白かっただけでも嬉しいので、ご丁寧に感謝の言葉までホント嬉しい限りでございます(笑)。また是非、読みに来て下さい〜♡今ちょっとあっち更新、こっち更新で慌ただしい感満載ですが、癒しを提供できたら幸いです(*^-^*)♡

応援する!
    


 *** 4 ***

<本編読後推奨〜ハバード>


街に武道場はいくつかあるが、その中でも特に規模が大きく有名な武道場があり、ある程度の実力者になると誰しもが必ず一度はそこを使う。
その理由は、出資元がハン家で設備が充実していることと、更にはハバード自身がかなりの頻度で利用しているということにあったが、最近ではそこにギエンが加わったこともあり、更に人気の場所となっていた。

ハバードの技術の高さは言うまでもない。
ギエンと組み手をする姿は惚れ惚れするほど綺麗なモノで、的確に流れる動作はいつ見ても見惚れる技術だ。
例え相手がギエンと言えど彼の技術に敵うものはやはり存在せず、
「ッ…う、っぅぐ…!」
容易く床に組み敷かれていた。

「だいぶ持つようになったんじゃないか?」
ギエンの肩を膝で抑えつけたハバードが余裕の声で笑う。
「てめ…ッ!」
重い身体を押し退けようと腹筋に力を入れて抗うも、それが不可能と気が付いて息を吐いた。
ハバードがいうように身体が鈍っている自覚は十分あるギエンだ。
元々武術は得意でもなく、彼の研ぎ澄まされた技の前では為す術も無いがプライドは嫌というほど刺激される。
出来ないと分かりつつもハバードの捕縛から逃れようと意地になっていると、
「あまり暴れるな」
耳元でハバードが静かに忠告した。
「?」
首の後ろをでかい手ががっしりと押さえつけ、ギエンの左手を上から握る。
「…っ!?」
指を絡められて無意識に反応を返すギエンを小さく笑い、更に体重を乗せて圧し掛かった。
「背中が丸見えになる。周りには人もいることを忘れんな」
「!」
かぁっと耳元が染まる。
褐色の肌でも分かるほど剥き出しの首筋が赤くなり、ギエンの羞恥を呼び覚ましていた。
ハバードといるとつい人目を忘れがちなギエンだ。

安心感のせいかもしれない。
こないだも道の往来でキスしてしまったことを思い出し、今の自分の状況は大丈夫なのかと途端に心配になる。
そもそも背中が丸出しになる状況になったのは誰のせいだと罵りたい気分だったが、
「っ…ん、…ッ…ま、参った。俺の負けだ」
言いたくもない敗北の言葉を代わりに吐いた。

「全く…、負けず嫌いな奴だな。最初から潔く認めろ」
顎髭を摩りながら笑ってギエンの上から退く。
「…っち。腹が立つ。お前、俺のプライドを傷つけた詫びで飯を奢れ」
「いつも俺の手料理食ってるくせによく言う」
「ッ…!う、るせっ!」
強い力で引き起こされ、ぶつぶつと文句を零しながら乱れた服装を正していると、
「ギエン殿。次は俺と勝負して貰ってもいいですか!」
二人の組み手を見ていた観戦者の一人が場に上がって、握手を求めるように手を差し出して言った。

挑戦者が名乗り出ることは特に珍しい光景でもない。
ないが、これはつまりそういうことだろうとギエンは頭の中で推測する。

ハバードにどんなに挑んだ所で結果は見えているが、つまり、自分には敵うかもしれないという甘い観測だ。
ハバードにぐうの音も出ないほど完敗したこともあり、苛立っていたギエンが随分と舐められたもんだと凶暴な視線を向ける。
「俺は今腹が立ってるからな、怪我してもしらねぇぞ」
「自分、訓練してるので大丈夫です」
相手の意気込みを見て生意気な奴だと思いながらも、好感を抱くと同時に手加減はいらねぇなと判断していた。

そうして、今度は挑戦者が先ほどのギエンと同様に完膚なきまでに完敗させられていた。


いくらギエンの武術が苦手といってもそれは対ハバード評価であり、実際の所その辺の訓練生に負ける実力ではない。
王族騎士団や王側近レベルであれば話は違ってくるが、警備兵、一介の兵レベルではそもそも次元が違う。

二人の組み手を観戦するとギエンに勝つのは簡単なことに思えるが、それはハバードだからこそ可能なことであり、一般的な男よりも体格の勝るギエンを武術で抑え込むのは相当の手練れである必要があった。
身体が鈍ったといえど、骨の髄まで身に付いた戦闘能力は簡単に失われはしない。

引き締まった身体に柔軟な筋肉は実用的なもので、なまじ手首を掴んだ所で容易に外され反撃を食らうのが落ちだ。
そして呼吸の取り方も独特で、日頃訓練している相手が息を乱す中、ギエンは落ち着いた息を吐いていた。
それほどの実力差があり、
「残念だったな。小僧。出直せ」
降参する相手を上から見下ろすギエンの表情は余裕に満ち、それはそれは優美で凛々しいもので、自信の笑みを湛える勇ましい姿は心臓を打ちぬくほど魅力的な表情であった。

周囲から興奮したような大歓声が上がる。
「は、はい!またお願いします!」
地面に膝を付いた男が見惚れた表情で強く返事をする姿は従順な子犬そのものだが、二人のやり取りを見ていたハバードがやれやれとひっそり溜息をついていた。
「ギエン、そろそろ行くぞ。十分、汗は流しただろう?」
これ以上、無駄にギエンのファンを作る気もない。恋敵が増えるのは勘弁だとタオルを手渡せば、
「?もう行くのか?」
すっかりと気分の晴れたギエンが、たった今、一人の男の人生を狂わせたかもしれないことに気が付きもせず上機嫌に訊ねる。
渡されたタオルで首筋を拭きながら、ハバードに親愛の宿る柔らかな笑みを向けていた。

場の空気が僅かに変わるのを感じるハバードだ。
ギエンが見せるこういう落差は、慣れていない者からしたら心臓に悪いだろう。
「昼食の予約に遅れる」
手でジェスチャーして急かせば、そんな時間かと頷いてようやく歩を進めた。ハバードの隣に立って、
「次回は、お前を負かせるからな」
外部など眼中に無いかのように、ニッと強気な笑みを浮かべて言った。

その爽やかさは、何故か無性に劣情を煽るもので、
「それは楽しみだな」
素知らぬ顔で応えながらも今夜、自制が効くのか疑問になっていた。
男を煽ることにかけては天才的に上手いギエンだ。
それでなくとも、この季節は以前より露出も多く、ホル・ミレの服装もあってか、やたらと性欲のそそる姿を晒していた。

明日、足腰が立たないくらいがギエンを自室に閉じ込める手段として丁度いいのかと良からぬことを考え、今まで感じたこともない自分の中の独占欲に笑う。
ギエンの肩に手を回しながら、偶にはそういうのも悪くないとひっそりと笑うのであった。


2023.01.29
お久しぶりのギエンになってしまいました(^-^;日が、日が経つのが早すぎる…!
いつも拍手ありがとうございますm(_ _"m)。ギエンを好きになって貰えて嬉しいです♡ギエンはびっくりするくらい唐突に思い立った萌えキャラですが、自分的推しポイント色々多いです(*´꒳`*)♡
今ではすっかりハバードとラブラブでギエンの意外な一面(可愛い面?)が隠しきれず、世間に知られつつある感じですかね?(*´ч`*)イイ!でもご安心!強いから暴漢に襲われても負けません!残念!(笑)
そんなで(?)、ハバードとのイチャイチャな後日談でした♡

応援する!
    


 *** 5 ***

「恥ずかしげもなく、よく頼めるな」
スラスラと淀みなく注文したハバードを見て、ギエンが呆れたように呟く。
期間限定のスペシャルパフェは女性が喜びそうな可愛らしい名前で、男二人で来店して注文するには中々抵抗感のある商品名だ。
終始、甘い香りが漂う店内で、頬杖を付いて興味無さげにハバードを見つめるギエンであったが、
「…お前が食いたいって言ったんだろうが…」
ハバードの言葉は事実で、限定パフェを食べに行こうと彼を誘ったのはギエン本人だ。
手のひらに纏わりつくクロノコを親指で摩りながら、羞恥を感じたギエンの耳が僅かに赤く染まる。
「…ゼレルが余りにもスペシャルパフェの話ばっかするから、気になるだろ…。食べたい訳じゃあない」
言い訳のように小声で呟く言葉に、鼻で笑って言葉を返す。
「人に注文させておいてどの口が言ってるんだか…。あとで対価くれるんだよな」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべるハバードに、ギエンが片笑いを返し、
「なんだ?ご褒美でも欲しいのか」
彼の言葉遊びに乗っかる。
テーブルに身を乗り出して、誘うように薄く唇を開くギエンだ。

店内とあっては当然の如く周囲の目もある。
完全にそれを忘れているギエンだが、ハバードはそうでもなく、ギエンの意図的な誘いを華麗にスルーして、
「そういえば、ペット禁止じゃなくて良かったな。突然、連れてくるから驚いたが」
全く異なる話題へと切り替えた。
「っち」
言葉遊びを躱されたギエンが舌打ちを返した後、クロノコを両手で持ち上げ、彼の皮膚を横に引き伸ばす。
「ポポ、ポプ?!」
突然の悪戯にクロノコが大きな目をグリングリンと左右に動かし、動揺を示していた。
「ポプを留守番させ過ぎたせいか、最近、拗ねて夜に寝ない。お蔭で俺まで寝不足なんだよな」
「なるほどな」
しばらく伸ばしたり潰したりすると、嬉しそうにボヨンボヨンと自らの身体を弾ませ、ギエンの愛撫に飢えた様子で、ポプポプと甘く鳴く。
柔らかなモチ肌に、ぷよぷよした触り心地はギエンを病みつきにし、彼の口元を綻ばせていた。

そうこうしている間に、注文したスペシャルイチゴパフェがテーブルに届けられ、30センチくらいはあるその大きさに、ギエンが目を輝かせていた。
「ゼレルが大絶賛する訳だ。あいつじゃ、あっという間に食い終わりそうだな」
スプーンで真っ赤に熟したイチゴを掬えば、白い生クリームが一緒に付いてくる。
一口で頬張るギエンを見て、ハバードが珍しい表情で微笑みを浮かべ、
「余程、食いたかったんだな。これもやろうか?」
スプーンで白イチゴを掬って差し出せば、ギエンの瞳が鮮やかさを増した。
「遠慮しねぇぞ?」
言いながら唇を開いて、上唇と舌でイチゴを挟み取る。
その様は無自覚の色気に溢れ、夜の顔を知っているだけに、やたらと煽情的な表情に映っていた。
美味しそうに食べるギエンを見ながら、ゼレルと来させないで正解だったなと内心思うハバードだ。

ギエンの場合、何気なく晒す表情が何よりも曲者だということを知っていた。

突然、魅せる顔がとにかく癖になる。
ギエンという男は正に天性の人たらしで、気が付いた時にはもう遅く、いつの間にかどっぷりと嵌り込んで、抜け出せなくなる、そんな深みのある男だ。

それでも、
「ハバードを連れて来て正解だったな」
表情を和らげてそんな言葉を言うギエンの顔は恋人にしか見せないもので、夜の色気と甘えが共存する表情は特別なモノだ。
「本当に煽るのが上手いな」
「?」
首を傾げるギエンを見ながら、この生クリームと同じようにギエンをデロデロに甘やかせたいと思うのも末期の証拠だなと自嘲し、惚れた弱みかと諦めの苦笑を零す。
「ポプ!ポプ!」
クロノコが無邪気な声を立て、ギエンの指に付く生クリームに吸い付く様を微笑ましく見ていた。

そして、周囲の人々が二人の甘い気配に当てられているとは思いもしない両人であった。


2023.04.07
いつも拍手、訪問ありがとうございます!
短めですが、ギエンの日常のワンシーンでも(*´꒳`*)💛
イケメン二人でいちゃ付くな!(*'-'*)モットヤレー!ってやつですね(笑)

ゆいさん、こんばんは〜☆彡コメントありがとうございます(*^-^*)ニコー!
調子に乗ってハバードxギエンをば更新してみましたよ(笑)!
完読後も楽しんで貰えるのは何よりです(..>᎑<..)!ホント有難いです!
無自覚に周囲に💛を垂れ流す二人が好きです(^^)/ 街の人も公認だし、謎の安心感ですね(^^)?!


応援する!
    


 *** 6 ***

<本編読後推奨〜ミガッド>


「…ギエン、何、その恰好…」
ギエンがハバードと一緒に暮らし始めて、数週間が経過していた。
新居祝いに会いに行けば、出迎えたギエンが珍妙な、もとい、やけに気障ったらしいキラキラ衣装で扉を開く。

立襟が大きく広がった黒の外套に紳士然としたハットを斜めに被り、肩から腰元まで装飾品のあしらったベルトが高級感を漂わせる。タイトな紳士服は筋肉質で引き締まったウェストを強調し、ハットと同じ黒地の上着は畏まった雰囲気を持ちつつも、反面、中着のブラウスはフリルの付いた薄手の生地で、鎖骨がチラ見えする退廃的なアンバランスさを醸し出していた。
「今年の仮装行進はこれをぜひ着てほしいって言われてな」
両手を広げ、小首を傾げて笑う姿は色男としか言いようのない甘い雰囲気で、動く拍子に彼の愛用するネックレスのチェーンが光に反射して余計に色気を漂わせる。

誰だよ。ギエンにこんな格好させる奴は。
腹の中で、謎のガッツポーズをしつつ、悪態を付く。
この格好で街に出かけるのかと慄きながら、新居祝いの花飾りを手渡せば、
「誰かと違って気が利くな」
二パッと笑って、ミガッドの髪を乱暴にかき混ぜた。

折角セットしてきてもギエンの前だとすぐこれだ。
乱された髪を直しながら、招かれるように中へと入れば、ハバードらしい装飾品の数々で、重厚な木の香りがしそうなほど、格式高い内装であった。

一言でいえば羨ましい。
これに尽きる。

ハバードだからこそ出来ることで、ギエンと一緒に住めることも、その強さも財力も何もかもが羨望の対象だ。
「俺の衣装の意味、分かるか?」
前を行くギエンの背中を見つめていると、唐突にギエンが振り返り悪戯な笑みを向ける。
キラキラ衣装にどういう意味があるのか分からず、首を傾げれば、
「何でも昔、人の生血を吸って生きてた怪物がモチーフらしいぞ」
ミガッドに歩み寄って、被っていた帽子を指先で浮かす。何かと見上げるミガッドに迫り、
「そいつは大層、美男で男女問わずこうして」
「っ…!」
「襲い掛かるんだとさ」
壁に押し付けられ、首筋を剥き出しにされた。
「ギエンッ!」
戯れにしてはやけに鋭い目付をしていて、美しい蒼い瞳が獲物を見据えるようにじっと見る。全身で密着して動きを封じたギエンが、難なくミガッドの首筋に噛みついて、
「うっ、…ふざ、ッ、けんなって…!」
暴れる彼を抑えつけ、強く肌を吸う。

「ギエン!」
本気の彼に全く抵抗できずにいた。
体格差だけでなく力の強さも敵わなければ、拘束の仕方も巧みで、ミガッドには抜け出すことができない。
同じ男としてのプライドが刺激され、歯を強く噛みしめていると、
「ははっ!くっ、…、ははっ」
唐突にギエンが笑い出して、屈辱で震えるミガッドを見て、悪い悪いと軽い謝罪をした。
「お前、ちょろいよな。本当に俺がそんな怪物だったら簡単に食われてるな」
あっさりと解放し、自分の首筋を叩く。
「しっかりキスマーク付けといたから、彼女に誤解されたら悪い」
笑いながら性質の悪い冗談を言って、わなわなと震えるミガッドの髪を再びかき乱していた。
「ギエンッ!」
「怒んなって」

誤解されることも何も無いが、強引にされた行為に腹が煮えくり返る思いだ。
自分のことをいつまでも子どもとしか見ていないギエンに苛々させられ、今に見てろと固く決意する。
ムラムラやら何やら得体の知れない感情に包まれる中、
「来てくれてありがとうな」
ふわっと笑んだギエンを見て、
「う…、ん」
一瞬で、煩悩が浄化されていた。

ご機嫌なギエンの笑みがあまりに爽やかで、そして穢れ無い。
豪華な衣装も相俟ってか非常に気高く見えて、あぁやっぱり好きだと実感する。

首筋を摩りながら、ほんわかした気持ちでギエンの背中に付いていくのであった。



2023.10.31
ハロウィンっぽく爽やかに(?)…( ^)o(^ )💛
夜はハバードに美味しく頂かれたんじゃないでしょうか(笑)!
先週くらいにアップしようか思い、まだシーズン的に早いかなと思っていたら、最終日になってしまいました…。今日ハロウィンなのねー🎃!
    


 *** 未定 ***



    


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