【総受け,男前受け,冷血】

 ***51***


「おかえりなさい。ギエン様」
「あぁ」
自室に戻ってきたギエンを出迎えたパシェが、まず一番に驚いたのはギエンが素面なことだった。
ハバード・ハンと出掛けた事は知っている。夕食も一緒に取ると聞いていたため、てっきり酒も飲んでくるかと思いきや、以前とは異なり酒の匂いも香水の匂いも一切せず、逆にどうしたのかと思うくらいだ。
「パシェ、紅茶を入れてくれ」
手に持っていた上着を椅子の背に掛け、嵌めていた手袋を口で外す。暑そうに腕まくりをして、ズボンのベルトを引き抜いた。
すっかり寛ぎモードのギエンに、ドキッとさせられるパシェだ。

見慣れた姿の筈なのに、一つ一つの所作に色気を纏って、椅子に腰掛け足を組むギエンがまるでどこぞの娼婦のように淫らな気配を醸す。
背もたれに肘を乗せたまま、パシェと視線を合わせ、
「濃いめに頼む」
珍しく、卑屈な笑みではなく柔らかに笑んだ。

ハバード・ハンとの外出が楽しかったのだろう。
よほど気が合うのかもしれない。

ギエンのいつもと異なる気配に、心臓が煩く鼓動を打ち始めた。
「すぐに淹れますね」
何食わぬ顔で答え、心臓を落ち着かせるためにもそそくさと部屋を出る。


次に戻ってきた時には、頬杖を付いて暗い窓の外をぼんやりと眺めていた。
唇を人差し指の第二関節でなぞり、考え事に耽る。
テーブルに茶器を置けば、ハッとしたようにパシェを見上げて、小さく口角を上げた。
「なぁ、俺ってキス巧いよな?」
「は?」
突然の質問に頭が付いていけず、らしくない声が出ていた。

パシェの返答を気にしてもいないギエンが、カップに紅茶を注ぎ、
「素直に答えてくれていいぞ」
瞳を閉じて、鼻一杯に呼吸をして香りを味わった。
香りに満足したように、ゆっくりと瞳を開くギエンの蒼い色が、いつになく甘くパシェを見る。
返答を待つギエンに、
「私は、比較対象がそんなに多くないので分かりませんが、…お上手だと思います」
動揺を悟られないように後ろに組んだ両手を強く握って答えた。
パシェの回答を聞いたギエンが得意げな笑みを浮かべ、
「だよな」
頬杖をしたまま、流し目を送った。

その表情が余りにも魅力的で、
「…っ」
落ち着きを見せた心臓が再び早鐘を打ち、相手に聞こえるのではないかと思うほどだ。

ちょっとした瞬間に浮かべる些細な表情であるのに、何故こうまで凄まじい破壊力を持つのかとつくづく疑問になるパシェだ。
赤くなる顔を隠すように、カーテンを閉めに窓へと向かえば、
「ハバードの方がキスが巧いのかと思ったが、そんなことはねぇよな」
ポツリと独り言のように零した言葉に、ぎょっとしてカーテンを強く引いていた。
「っ…ハバード、様と…、どういうことですか?」
突然の言葉に、動揺のあまり問い返す声が震える。唇に親指を当てたギエンが、思案するように虚空を見つめて、
「ちょっと遊びでな。ただ、あいつのキスが余りにも優しくてビビったっていうか。
俺のキスが下手なのか、あいつが巧いせいなのか、気になってな」
不思議そうに答える。

薄らと唇を開き、柔らかな部分を指の腹で撫でながら考え込む様は、同性であるのに煽情的で無駄に性的だ。

自分の行動がどう映るのか、全く自覚していないギエンの些細な動作に、パシェが八つ当たりにも似た苛立ちを募らせていた。
酷薄な印象を与える淡い唇が、桜色で甘く誘い、これでもかと理性を揺さぶってくる。

「どういうことです?」
世話役という立場は十分に理解している。それでも募る苛立ちを抑えられず、カーテンを閉めきって、ギエンの元へと歩み寄った。
慣れた動作で手袋を外し、テーブルに置きながらギエンの目の前に立つ。
何かと見上げるギエンの唇に触れ、
「ハバード様とのキスが気持ち良かったという意味ですか?」
「ッぅ…、!」
驚くギエンの口に指を突っ込み、強引に開いた。

「ンむ、…ッ!」
突然の行動に、名を呼ぼうとするギエンの口内を指で摩って、
「この辺が、気持ちいいと感じる所らしいですよ。私はギエン様のキスは、とても上手だと思いますけど…」
非難の言葉を奪う。
手首を掴む強い力を無視して、ぬめる舌を指で絡め取り一般的に感じると言われる場所を優しく刺激すれば、
「っ、…んァ」
目を眇めて甘い声を漏らした。
「ギエン様の場合、」
言葉を切って、もう片手でギエンの耳たぶに触れる。
「どこでも気持ちいいんじゃないんですか?ハバード様に限らないでしょう?」
そのまま指を滑らせ首の後ろを撫でれば、くぐもった声を上げて小さく反応を返す始末だ。
抗議するように睨む瞳が、鋭い光を宿す。それでも、パシェの指を噛むということはせず、
「ッ…!」
腕を掴んだまま、顔を背け強引にパシェの指を抜き取った。
「っつ…、パシェ、文句があるなら口で言え」
唇を拭ったギエンが行為を咎めれば、素知らぬ顔のパシェだ。
濡れた指先をハンカチで拭き取り、
「ギエン様があまりにもご自身の事を把握していないようでしたので」
ギエンの顎を持ち上げ、唇を親指で拭いながら言う。
「無防備過ぎて、見ていて心配になります。私ですら誘われているのかと勘違いしてしまいます」
パシェの率直な意見に、
「それはまた…」
ギエンが返答に窮したように口を噤む。

それからしばらく沈黙した後に、気を付けると短く返答した。
唇を摘まみ、
「容赦なく、指を突っ込みやがって。お前、図々しい行為だぞ。主にする行為じゃないだろ」
大して怒っていない口調でぼやき、笑う。口を濯ぎに浴室へと向かうのだった。



あれだけの忠告にも関わらず、翌朝のギエンはいつも通り無防備に寝入っていた。
こればかりはどうしようもないのかもしれないと諦めの溜息を付く。
カーテンを開いて、日の光を入れても目覚める気配はなく、柔らかな枕の下に手を差し入れて、惰眠を貪り続けていた。

「ギエン様」
寝台に腰掛けて、肩に触れようとし、心地よさそうに寝息を立てるギエンの顔に魅入る。
日頃は鋭い色を浮かべる蒼い瞳が今は閉じられ、長い睫毛が精悍な顔に影を残して、より色気を宿していた。
つと、頬に手を触れて、僅かに身じろぐギエンの唇を撫でる。

しっとりと肌に吸い付いてくる柔らかな唇は、どんな女のモノよりも魅惑的で、食んだら甘美な味がするのではないかと錯覚を起こす。

駄目だと心の中で自制の声が囁いていた。


唇をゆっくりと押し開き、唇よりも柔らかな舌が指先に触れ、
「…っ、…」
誘われるように口付ける。

気の緩んだ舌が熱く絡み、簡単にパシェを迎え入れた。
以前、ギエンとキスした時にされた事をそのまま返せば、
「ふ…、っ…」
心地よさそうな甘い声が唇の間から漏れた。

このままギエンの服を脱がし、体の隅々まで貪りたい衝動に駆られる。
褐色の肌も、傷のある身体も、筋肉が付き均整の取れた男らしい身体も、何もかも。

ギエンの全てが欲しい。

こんなに強烈な想いを誰かに抱くのは初めての事で、その衝動に突き動かされる。
それでも、世話役として今まで培ってきた経験が、理性を残し、
「ン…、ァっ…、パ、…シェ…?」
目を覚ましたギエンが蕩けた眠り眼で名を呼べば、
「お目覚めですか?」
いつもの冷静な声で朝の挨拶を返し、濡れた音を立てて繋がっていた唇を解放した。
「…?」
何をされたか理解できずにいるギエンが唇を開いたまま、パシェをぼんやりと見つめる。
蒼い瞳が心地良さに濡れ、無自覚の欲情を宿していた。
「…」

緩慢な動作で濡れた唇に触れ、頭が冴えていくのと同時に今しがたされた事を理解していくギエンだ。
パシェを見る瞳に鋭さが増していく。
「パシェ」
ギエンが文句を言うよりも先に、
「昨夜、警告しましたよね?嫌ならさっさと起きてください。毎朝、ギエン様を起こすのに私がどれだけ苦労しているかご存知ですか?」
「…!」
ギエンの苦情を黙らせたパシェが、普段と変わらぬ態度で着替えを用意し、ゆっくりした動作で身を起こすギエンの胸に押し付ける。それを受け取ったギエンが、
「可愛げない」
溜息混じりに小さく呟き、怠そうに乱れた髪をかきあげた。
「いつまでもギエン様に振り回される私じゃないですよ」
「…どうだか」
パシェの言葉に、ふっと方笑いで答えた。

立て膝に肘を置いて、パシェを見上げる顔は自信に満ち溢れ、やけに男前だ。
ギエンの整った顔に、事あるごとにドキリとさせられ、憎らしくなってくる。

それをおくびにも出さず、
「早く支度してください。仕事が終わりません」
ギエンを急き立てた。
「お前の仕事愛には感心する」
言いながら、気にもせず服を脱ぎ始めるギエンを見て、やはり何一つ、昨夜の事は響いていないのだろうと実感していた。
だが、それがギエンという男なのだと諦めの気持ちを抱く。

朝から色気がダダ漏れ状態の褐色の背中を見送って、ひっそりと溜息を洩らすのだった。


2021.08.12
51話なのね〜(;^ω^)‼そろそろ読者さん飽きてくる話数じゃないかなぁと心配になる…(笑ハハハ)
そう言いつつ、ギエンのタラシっぷりを驀進するのみです( *´艸`)
さて、ハバードとのイチャイチャは匂わせで(笑)。ギエンに何かを残したのは間違いない(笑)

拍手・訪問ありがとうございます‼
いつも更新するとすぐに拍手下さる方とかいて、本当に感激です!
待っててくれてるのかなぁ。有難いことです(´ω`*)❤

コメントもいつも有難うございますm(_ _"m)!!
眼福コメントありがとうございます❤大はしゃぎ(´ω`*)ヌフフ‼
負けても勝っても眼福なので、どこかでギエンに傅くハバードをねじ込むかもです( *´艸`)‼個人的趣味丸出し過ぎる!

ヒンッ!コメントもありがとうございます(笑)!笑ってしまった(笑)‼金カムかな?(笑)

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 ***52***

その日は午前中から、魔術訓練でゼク家の人物が来ることになっていた。
ノックが鳴った時、パシェが僅かに動揺したのに対しギエンは至っていつも通りで、扉を一瞥した後、挨拶の為に腰かけていた椅子から立ち上がる。

パシェが扉を開けば、予想外の人物が扉の向こうに立っていた。

「君は…」
ギエンの驚きの声に、彼が綺麗なお辞儀をして、
「はじめまして、というべきですか?ギエン殿」
媚びない青い目が真っすぐにギエンを見つめて挨拶をした。

長い金髪を一つに束ね、整った美貌に冷徹な印象を乗せる青年の顔は、見覚えがあるなんてものではない。
ハバードと組み手をしていた相手で、訓練場に行く度にその動きの美しさに目を奪われていた相手だ。

てっきり訓練生だと思っていたばかりに、目の前に現れた男がゼク家の一員だとすぐには理解できず、彼の顔をじっと見つめてしまう。
その視線に動じるでもなく、
「ギエン殿は僕の事を覚えていないでしょうね…」
そう言って、
「僕の名はロス・ダ・ゼクです。ゼク家の三男です」
手を差し出しながら自己紹介をした。
「精神魔術では僕が一番得意なので、今回任されました。こんな年下で申し訳ありませんが、ご納得して頂ければと思います」
そう名乗った年若い彼は、ミガッドと同世代くらいで20代前半くらいだろう。世代で言えばギエンに対し、否定的な世代であった。

入室を促せば、軽く会釈をして室内へと入る。
「先日はお恥ずかしい所を見られてしまいましたね」
恥ずかしいとは微塵も思っていない態度で用意された椅子に腰かけ、同じように席に着いたギエンと視線を合わせた。

真っすぐに見つめてくる瞳は青空のように澄んだ青色で、長い金髪は癖一つない。後ろで一つに束ねた髪が彼の動きと共に揺れ動き光を零す。
彼からにじみ出るのはゼク家特有の威厳だ。三男にも関わらず、彼の中にもしっかりとその血は受け継がれ、年齢以上の風格があった。

「ハバードとの手合わせのことか?」
ギエンの不思議そうな問いに頷きを返し、
「自信があったんですが、ハバード様にはまだまだですね」
残念そうに呟く。
「それは仕方がないだろう?ハバードはその道の人間だしな。君は魔術特化の家系なんだから、あそこまで対応できるだけでも十分だ。自信を持てばいい」
ギエンの言葉にロスが瞬きもせずに視線を返す。

その視線は、普通の人から受ける印象のものとは違い、
「…」
思わずギエンもジッと相手の目を見つめ返していた。

その間、僅か数秒の事だったが、
「昔はギエン殿を尊敬していました。ですが」
言葉を切ったロスがギエンを見つめたまま、
「今はハバード様を尊敬しています。なので、僕にとって家柄がどうだろうと仕方が無いということはあり得ません」
ハッキリとそう口にした。

そんな言葉を言われた程度で気分が悪くなるということは無かったが、
「…」
ロスから視線を外せなくなるギエンだ。


思考に霞が掛かり、頭のどこかで疑問が湧き上がる。それを認識しつつも、どこか遠くの出来事のようで、
「世話役の方は退室して頂いてもよろしいですか?」
ロスの声が膜を張った向こう側の音のように、どこかで聞こえた。

パシェが何かを言うも、ギエンの意識はロスに向いたままで、そのまま扉が閉まるのすら認識できずにいた。

「ギエン殿。気力で破れない精神魔術はありません。貴方は気力で黒魔術を扱うのだから、決して破れない魔術ではありません。今日はその特訓です」
立ち上がったロスがギエンの目前まで来る。

それでも視線を外せず、ギエンの額に指先を置いたロスの手を払う事もできない。
「…何を、した」
かろうじて残る意識で問いかけるギエンの言葉に、
「精神魔術にもランクはありますが、ほんの初歩的魔術です。意識を僕に向けるだけ」
短く答える。
その言葉の通り、ギエンの意識はただひたすらロスにだけ向いていた。

いつの間にか掛けられた精神魔術の腕前は相当のものだ。認識すらさせず、気付いた時にはロスの手中に落ち、ただただ見つめ続けてしまう。
それも強制されている感覚もなく、どこか微睡みのままロスの存在だけが色づいているかのように、意識を囚われていた。

「ギエン殿が精神魔術に掛かりやすいのは、身体が習慣付けされているからです。心のどこかで拒絶できないものだという意識が根付いていて、そのせいで破ることが出来ない」
説明をするロスの言葉を理解しつつも、霞が掛かりどこかへ消えていく。
「なので非常に簡単な精神魔術を何度か破り、そこからその潜在意識を変えていく、という方法を考えています。出来ますか?」
そう訊ねるロスの言葉に、頷いたのか、首を振ったのかすらギエンの意識は曖昧で、ただロスの整った美貌だけが鮮明に意識に残っていた。


見つめたままぼんやりと視線を返すギエンの様子に、ロスが僅かに驚きの表情を浮かべた。

想定以上に精神魔術の作用が強い。
本来的には初歩的な魔術の筈だが、これでは高度な精神魔術にでも掛かったかのようで、
「…」
ギエンの抱える問題の深さを実感するロスだ。



昔のギエンは、偶にやってくる憧れの存在だった。
剣術だけでなく、魔術の操作も巧みでゼク家として生まれた自分ですら、美しい魔術だと感心したものだ。
その名声に驕ることもなく、常に鍛錬を怠らず騎士団の仕事に励む姿は頼もしいものだった。

まだ幼いころ、既に頭角を示していた兄に比べ何の才能も見いだせず、幼いながら悩んでいた時期があった。その頃、偶々ゼク家に来ていたギエンが頭を撫でて笑ったものだ。その顔は今でも鮮明に覚えていた。
方々で実力を認められ、あちこちへと派遣されていた兄とは仲が悪い訳ではないが、接点はない。
兄らしいことをされた記憶も然程ない中、ギエンは優しい兄のような存在でもあった。


額に置いた指を鼻筋に沿って滑らせる。
「僕をよく見ていたから覚えているのかと思ったんですが…。でも僕は今でも貴方をよく覚えてる」
ロスの言葉に、蒼い瞳が何の感情も宿さずに見つめ返してくるのを見て、
「先が長そうですね」
既に聞こえていないであろう言葉を吐き、小さく溜息を付くのだった。


2021.08.19
いそいそと…φ(..)更新してみました(笑)。
拍手・訪問ありがとうございますm(_ _"m)!お待たせしました(笑)。
先に更新予定だったんですが、あのですね(笑)、時系列順に説明しますとですね(笑)。

そうだ!人物紹介をモバイル対応させよ〜(^^♪ (唐突に思い立つ)
人物多いセインからやろ〜(^^♪
イソイソ…φ(..)…アレ?上手く作れない…イソイソ…φ(..) (2日程経過)
(◎_◎;)アレレ?セインのデータどうなってんだ?とりあえずセイン更新しよ〜(^^♪
ハッ!もしかして、ギエンの更新からだいぶ経ってたりする?(;^ω^)

的な感じです(笑)。スミマセン(笑)。
そんなでギエンの人物紹介もページを見やすくしてみました!モバイルからも問題なく見れる筈(笑)

コメントもありがとうございます!!!いつも嬉しいです(´ω`*)❤
匂わせ最高デス(笑)!鞭になってしまった方、ごめんなさい(笑)!私は鬼畜になります(#^.^#)ホホホ
果たしてハバードとのイチャイチャがやってくる日は本当にあるんでしょうか?(^_-)-笑☆

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 ***53***

ギエンが次に意識を取り戻したのは昼過ぎのことだった。
ぼんやりとした意識のどこかで、淡々とした声が脳を揺さぶり、
「…殿。では、また明日来ますね。負担のないように時間は短めにしましょう」
次回の予定を決めるロスの言葉がようやく耳に届く。

目の前には紅茶の残ったカップが二つ、互いに席に着いたままの状態で、ギエンが不思議そうにロスを見つめた。
まるで目を開いたまま、眠っていたかのような状態に、
「ギエン殿。自分がいかに危ない状態かよく分かりましたか?」
ロスがさらりと言った言葉を身をもって実感するギエンだ。

窓の外を見ればいつの間にか、陽は高くなっている。
意識のない間、ロスと何の会話をしたのかすら分からず、
「…変な事を口にしなかったか?」
思わず訊ねていた。

ロスが小さく笑みを浮かべ、一口も飲んでいなかったカップに口を付ける。
「大丈夫ですよ。ここで見聞きした事は口外したりしませんから」
含みのある答えに何かを話したのは確かだと知る。
「…」
「ギエン殿。精神魔術は心身の状態と深く関係しています。身体が弱っていれば掛かりやすいですし、心も同じです。貴方が獣人族に囚われている間、どういう扱いでそうなってしまったのか、それを探る必要があります」
淡々とそう説明した。
僅かに指先を揺らしたギエンに気が付いていながら、素知らぬ顔をして、
「僕なんかが聞いた所で素直には答えないでしょう?予想以上に強く精神魔術が掛かってしまったので、ついでにちょっと質問しただけなので大丈夫ですよ」
遠まわしに大したことではないと伝えた。

何がどう大丈夫なのか問い詰めたい心境のギエンだったが、ここでロスを責めた所で進展しないだろう。
精神魔術に弱い事は十分すぎるほど自覚がある。それが獣人族に囚われてからの15年間のせいであることも分かり切っていた。

精神魔術を克服するためには避けては通れない道だと自分に言い聞かせ、勝手に心の内を覗かれた苛立ちを抑えつける。
それでも、その苛立ちは隠しきれず、
「今度から事前に言え」
尖った声で言ったギエンに、ロスが薄らと冷淡な笑みを浮かべた。

「ギエン殿」
空になったカップをテーブルに置き、立ち上がる。
何かと顔を上げるギエンの目前で手のひらを翳し、
「ッ…!」
真っ赤な陣が浮かび上がると同時に、ギエンの瞳に吸い込まれた。

あまりにも一瞬の出来事だ。

「こんなに簡単に掛かってしまう癖に。貴方がそんな事を言える立場ですか?」
ロスが嘲るような笑いを零すのも無理はない。
「ロ…ス…、ふざけ、るな…!」
対するギエンは声を絞り出すのがやっとの有様で、身体が硬直したように身動き一つ取れずにいた。

身体拘束系の精神魔術は術者のランクとしては中等レベルに位置づけられる。それが全身か、一か所かにもよるが、多くの場合、一瞬の硬直は招いてもほとんどが簡単に解くことが出来るもので、実践でも隙を突くためなど特定の場面が多い。
それにも関わらず、ギエンから出るのは呻き声だけで、テーブルの上に置いた手すら小さく小刻みに震えるだけだった。
「ロ、ス!」
痺れを切らしたギエンが苦し気に名を呼ぶ。

変わらないのはその瞳の強さだけだ。
「その勢いで魔術も破ってみせればいいのに」
赤い光を宿す瞳を覗き込んだロスがギエンの睫毛に触れ、僅かに瞳を揺らしたギエンを面白そうに笑う。
「僕が本気を出せば、貴方は僕の操り人形だという自覚はありますか?僕が悪人だったらどうするんです?王に刃を突き立てるような人物だったら?」
ギエンの顎を持ち上げ、そんな言葉を吐いて悪ぶった。
「精神魔術の中でも身体操作は特に難易度が高い。でも今のギエン殿では簡単に出来そうですね」
更に嘲ってギエンを煽った。
「…っ」
ギエンが小さく呻き、全身に力を篭める。
それでも掛けられた魔術を解くことは出来ず、強い光を宿す蒼い瞳が真っすぐにロスを見つめていた。

「…」
小さく息を吐いたロスが軽く手を払い、ギエンに掛けられていたものを解く。
「分かりましたか。事前に貴方に伝えようと、伝えまいと一緒です。術に掛かったギエン殿は何も出来ないでしょう?」
ロスの言葉に一言も反論できないギエンだ。
短い沈黙の後、深く溜息を吐いて、
「…悪かった。頼んだのはこっちだしな。全面的に協力する」
そう言って立ち上がったギエンには先ほどのような苛立ちは一切なく、ロスに真剣な眼差しを向けていた。

ギエンの決意を感じるロスだ。
それはそうだろう。一番、どうにかしたいと思っているのはギエンの筈だ。

「ギエン殿が真剣なら良かったです。僕の時間も無駄にしないで済みますから」
言って握手を求め、
「改めて明日からよろしくお願いしますね」
ニコリと胡散臭い笑みで言えば、
「年下の癖にズバズバ言いやがる」
同じようによそ行きの笑みを浮かべたギエンがぼそりと返した後、嫌味のようにぎゅっと手を強く握り返した。
「僕の良さですから。お菓子もありがとうございます」
ギエンの返しに笑みを深め、ロスが帰っていった。


ロスの言い分も尤もだった。
すっかり冷え切った紅茶を口を含みながら、最初に精神魔術を掛けられたのはいつだったかと過去を思い出す。

姦された時か、それとも後だったか。

胃の中へと冷たい物が流れ込むのと同時に肌が粟立つ。
いずれにしろ抵抗する気力が奪われる程度には、日常茶飯事だったのは確かなことだった。

あの状況下で、屈しない奴がいるなら逆に見てみたいくらいだ。仲間に裏切られ、捕まった他のメンバーは目の前で殺されて、いつ終わるかも知れない屈辱的な扱いが延々と続く。

「…」
カップに唇を付けたまま、考え込んでいるとノックと共に、パシェが昼食を持ってやってきた。
「本日は鴨ローストのサンドイッチです。味付けは果実酢をベースにしたソースですが、ギエン様は大丈夫でしたよね?パンは、こないだ絶賛していたトカレの物を使用しています。シェフが自信満々だったので、間違いなく美味しいですよ」
言いながらテーブルの上に皿を置き、冷たい飲み物が入ったグラスを置いた。
「こちらは先日、頂いたオレンジを使用したアイスティーになります。酸味が少なく、口当たりが柔らかいのでギエン様は絶対気に入ると思います」
自分の手柄のように料理の説明をするパシェの明るさに、何故か唐突に考え込んでいるのが馬鹿らしくなった。
持っていたカップをテーブルに置き、ふっと鼻で笑って、
「お前は出来た世話役だな」
驚きを浮かべるパシェを見上げて、やけに慈愛の満ちた表情を向けた。
「当然です」
ギエンの褒め言葉に自信をもって答えるパシェには一ミリも迷いが無く、それが尚更ギエンを安心させる。

考えたところで仕方がない事だ。
やり始めたのだからやり通すだけの事だと思い直す。

サンドイッチを口に含めば、パシェの言葉通り絶品だった。
口の中一杯に広がる豊かな味わいに気分が良くなる。
やはり出来た世話役だと改めて感じるのだった。



***********************



翌日、ロスが来たのはまだ朝の早い時間で、どちらかと言えばギエンは寝ぼけた頭の状態だった。
朝風呂から上がったギエンをパシェが心配そうに眺めた後、紅茶を入れて退室する。
さすがに早朝過ぎたと後悔したのか、ロスが開口一番に謝罪した。

「気にしなくていい。俺は時間にゆとりがあるが、君は忙しいよな」
椅子に腰かけて、扉の所で突っ立ったままのロスを手招きする。
「パシェの入れた紅茶は美味いぞ」
そう勧め、眠そうに欠伸を零して頬杖を付いた。
「…頂きます」
「あぁ」
短く答えながら、スプーンで皿の中をすくう。頬杖を付いたまま朝食を取りながら、
「で?今日は何するんだ?」
世間話のようにギエンが切り出した。
「…内容としては昨日と同じになります」
「昨日のことは覚えてねぇって」
既に気にしていないのだろう。
咀嚼しながら答え、スプーンの先端をロスに向ける。
「昔はな、精神魔術も簡単に解けたんだよ。気合だけだからな、理屈じゃねぇし、考える必要もない。でも今は全く解けないだろ?正直、俺は何をすればいいのか分からない」
投げられた言葉は尤もだ。
「それは昨日もお伝えしましたが、解けないという刷り込みが入っているからです。貴方なら必ず解けます。まずはその感覚を取り戻すことが必要なのです」
ギエンの目を見つめたまま真っすぐに答えるロスの言葉はぶれず、
「…お前に任せる」
簡単なことのような気がしてくるギエンだ。
「食べ終わったら始めますね」
そう言って、術を掛けられた途端、考えを撤回せざるを得ないギエンだった。

時間で言ったら30分ほどだろう。
「ロス…!」
音を上げたギエンが助けを求めるように、テーブルに置かれたロスの手を握る。
「右腕を封じただけです。1時間は頑張ってください」
気にも留めず冷たい返答に、ギエンが小さく呻いた。
「っぅ…、お前…っ、」
「右腕くらい大したことないでしょう?」
ロスの手を握るギエンの指を外し、優雅に紅茶を飲む。仕舞いにはテーブルに置かれた本まで開いて、
「あぁ、この技術は知ってます。僕の父も好んで使いますよ」
ページをパラパラと捲りながらそんな感想を言った。

気合で破るにしても、それなりに体力を消耗する。黒魔術を使い過ぎれば気力が尽きるのと同じように長時間集中できるものではなく、
「っ…」
目の前で暇を持て余す青年を恨めしく思うギエンだ。

「ハバード様ならこのくらい簡単に解けますよ。あの方は本当に素晴らしいです。精神魔術で動きを止める事すら出来ない」
「うるせぇ」
唐突にハバードの話を持ち出し、ギエンをけしかける。
睨むギエンを無視して、
「それ以前に、魔術陣自体が全部弾かれますからね。本当にどうなってるのか。あれで魔術が使えないのだから不思議で仕方ないです」
本の角を顎に当てて独り言のように上を向いて呟く。

言われなくとも、ハバードが凄い事くらいはギエンも分かっていた。
どういう訳か、とりわけ精神魔術は昔から全く効かない。

「ギエン殿も昔は英雄とまで言われた方でしょう?ハバード様を見習って根性出してください」
痛い所をずばっと突かれ、唸るギエンだ。
瞳を眇めて力を篭める。

そのまま数分が経過し、
「ふ…ぅ」
ギエンが疲れたように息を抜いた。
右腕はテーブルに置いたままピクリとも動かない。

「諦めないでください。ギエン殿」
動かない右手を握り励ます。
そのまま握られたところで状況が変化するでもなく。


1時間が経過していた。


「今日はここまでにしましょう。明日以降、基本的に毎日やってもらいます。積み重ねが大事ですから」
ぐったりとしたギエンに、ロスが淡々と言った。

背もたれに身を預けるギエンの額には汗が滲む。
首筋を光る筋が流れ落ち、開いた襟元の中へと流れ落ちていった。
「っち…上手くいかねぇな」
悪態を付きながら僅かに濡れた髪をかき上げる様は、ギエンを取り巻く噂を思い起こすのに十分で、
「…」
思わずその姿態に目を奪われるロスだ。

暑そうに首筋の汗を拭って、生温くなった紅茶を一息に飲み干す。
手の甲で唇を拭ったギエンがまるで誘うような色気を瞳に宿して、何気なくロスと視線を合わせた。
醸す気配は、記憶にある爽やかな男とは別人で、それでいて昔よりも遥かに男らしい。

「…なんだ?」
何も言わず見つめるロスを不審に思ったギエンが、瞳を眇めて問う。
さりげなく視線を外し、
「今日もハバード様にお会いするので、コツが無いか聞いてみますね」
何もなかったことにして席を立った。

「ハバードと親しいんだな」
意外そうなギエンの言葉に、
「えぇ」
ニコリと笑みで答える。
「…まぁ、あいつが人気者でも、別に不思議でもねぇけどな」
ギエンの返しに何故か小さく笑い、丁寧な挨拶をして去って行った。


ギエンにとって、ロスはよく分からない青年だった。
だが恐ろしく自意識が高いのだけは理解していた。

魔術家系でありながら武術まで極めようとは強欲にも程がある。
それがゼク家らしくて、彼の後ろ姿を何気なく見送りながら、小さな笑みを浮かべるギエンだった。


2021.08.23
新しい人物は嫌がられるかなと思ってたんですが、意外にそうでもないみたいなので安心です(#^.^#)!
ロスはぶっちゃけ、ギエンにかなーり色々出来ちゃうと思います(笑)!
精神魔術はBL的に必需品です(´ω`*)ハハハ!

コメントありがとうございます‼ロスとの進展を期待して下さる方がいて嬉しいです(´ω`*)❤
どこまで進展するかは、まぁ謎です(笑)。そこそこエロい展開があるかもしれないけど、ないかもしれない(^^♪
ロス攻めワクワクコメントありがとう〜!( ^)o(^ )☆彡笑!ロスは結構鬼畜攻めだと思う〜(笑)
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 ***54***


ギエンの魔術訓練は決して順調とは言えない状態だった。
特に進展もないまま、2,3日が過ぎる。だが、その事自体は気にしてはいなかった。
身についたものは簡単に抜けはしない。ギエン自身、そんなに早く解決出来るものとは微塵も思ってはいなかった。

ダエン家へ向かいながら、来る途中の訓練場で見掛けたハバードとロスの様子を思い出す。
以前は気にしていなかったが、改めて見ると確かにハバードと一緒にいる所をよく見掛けるギエンだ。
ハバードを尊敬していると明言しているだけあって、まるで兄弟のように懐いているのが遠目にも分かった。
ゼク家とハン家だ。お互いに通じる部分も多いのだろう。
今まで意識もしなかったロスの存在を見て、何故か妬けるような不思議な心境に陥る。


当然のことだが、自分がいなかった15年の間にも、様々な所で色々な交流関係が出来上がっていて、ダエンやミガッド、サシェルだけでなくハバードも全く別の15年間を過ごしてきたのだと改めて感じていた。

ハバードとは腐れ縁で、知り合ってからの時間で言ったらダエンよりも昔からの付き合いだった。ハバードが自分の好みを知っているのと同じように、ギエンもハバードの好みを把握していた。特に親しかった訳でも無いが、初恋の相手も、尊敬している人物も、付き合いの長さから自然とどこからともなく耳にしていた。

自分の知らないハバードの15年間が、どんなものだったのかと唐突に気になっていた。


そんなことを考えながらダエン家の門をくぐれば、すぐにダエンがやってきて笑みで家の中へと迎え入れられる。

その日は午後からニスト高原にあるクロノコ触れ合い広場に行く約束をしており、既に準備万端のミガッドとサシェルが落ち着きなくダエンとギエンの会話を聞いていた。
サシェルの手には手籠があり、いつもの裾広がりの華やかなドレス姿ではなく動きやすそうなシンプルなワンピース姿で、まるで気分はピクニックだ。

クロノコとは、隣国が品種改良した愛玩魔獣で、全身が真っ黒い皮膚に覆われたまん丸の無害な生き物である。目はぎょろりとして大きく、小さな口には歯が無い。手足もぽってりとした小さな物が付いているだけで、おぼつかない歩き方だ。
その頼りない姿がペットとしても非常に人気が高く、郊外からも一目見ようと自然公園まではるばるやってくる人もいた。
ニスト高原にある自然公園では、クロノコ以外にも釣り場やキャンプ場、森林散策エリアなど様々なレジャー施設があり人気のスポットとなっている。
クロノコ触れ合い広場は自然公園内でも、柵で区切られた区画内にあり、自然を残しつつも外敵のいないエリアとして、訪問客向けに解放されていた。

「早く行こう!父さん!」
二人の会話に痺れを切らしたミガッドが立ち話をするダエンの背中を押して急かす。
隣でサシェルが両手を組んだまま、小さく何度も頷いていていた。
「子どもか」
目を輝かせるミガッドを見て、ギエンが小さく笑えば、
「いいだろ!クロノコは前から見たかったんだよ!」
髪の毛を撫でようとしたギエンの手を振り払って避ける。
「ふーん」
興味の無さそうなギエンが、ミガッドの言い訳じみた言葉を鼻で笑った。
「馬で1時間くらいだろ?すぐに着く」
「そんなのは分かってるよ!クロノコを見つけられないかもしんないじゃん!聞いた話だと隠れて出てこないこともあるらしい!」
「そしたら諦めろ。1時間程度なんだからまた来ればいいだろ?」
気にもしてないギエンの言葉に、ミガッドが怒ったように背中を押した。
「うるさいな!早く行こう!父さんも早く!」
「流行りものにそんなにワクワクしちゃうなんてお前もまだまだだな」

そう言いながら、いざニスト高原に着くと一番クロノコに嵌っているのはギエンだった。
首根っこを掴んでは嫌がる様を見て、ミガッドに怒られる。それでもクロノコは逃げたりはせず、あぐらをかいて座るギエンの足元に纏わりついて、ぷにぷにした全身を太ももに乗せた。
「可愛いな、何だこれ」
何度目か知れぬ感想を洩らして、まん丸の頭頂部をぽよんぽよんと撫でる。
クロノコが気持ちよさそうに半目になって、小さな口をだらしがなく開いた。催促するようにポプポプと喉を鳴らしてギエンの手のひらに頭を擦り付ける。
手のひらに吸い付くようなもちっとした柔らかな肌は、ストレス発散にはうってつけと話題になるのも納得の触り心地で、
「……近くにクロノコショップあったよな」
ポツリと呟くギエンの言葉にダエンが声を立てて笑った。
「すっかり嵌ってるね」
「うるせえ。可愛いものを可愛いって言うことの何がいけねぇんだ」
ぶにっと両頬を手のひらで挟めば弾力のある体が細長くなる。黒い瞳がイヤイヤするみたいに瞬きして、ギエンの瞳を見つめていた。

クロノコは魔獣でありながら、知能はそれほど高くはない。天敵がいたら簡単に捕食されてしまう間抜けっぷりで、その危機感のなさも人気のひとつだが、防衛本能はそこそこあり、
「ポプッ」
小さく鳴くと同時に口から黒い液体を吐き出してギエンの服を汚した。
「っ……!平気ですか?」
すぐにハンカチを取り出すサシェルに対してギエンは大丈夫だと楽しそうに笑っていた。
シャツの腹あたりからズボンに掛けて黒く汚れたにも関わらず、クロノコをこねくるように撫で続け、
「可愛いな!こいつ貰えねぇかな!」
仕舞いにはそんな言葉を吐く始末だ。

嫌がりながら、もぞもぞとギエンの手から抜け出しても逃げるということはせず、ギエンの足元に懐く。定位置のようにギエンの腹の前に座り、小さな両手をちょこんとギエンの靴に乗せた。
「なんか、腹立たしいくらい懐いてる……」
ミガッドの恨めしそうな言葉にギエンが笑う。
「あんなにお前は楽しみにしてたのにな。お前が触ろうとすると逃げちまうもんな!」
クロノコの頭を撫でて言うギエンは、ここ最近では見たことが無いくらい、楽しそうな顔をしていた。

実際、クロノコがここまで接近してきて、懐いているのはギエンくらいだ。
彼らの他にも同じように草の上にレジャーシートを敷いてお茶をしている集団はいるが、木の上にいるクロノコを眺めていたり、川遊びしている様を見ていたりとそのくらいで、自分から歩み寄ってきて撫でろと強要する個体は稀有だ。
「ギエンの何がそんなに気に入ったんだろう?」
ダエンが言いながら手を伸ばせば、クロノコの皮膚が波立ち、ギエンの足の間に隠れる。
その様に、
「ハハッ!お前に触られるのは嫌だってさ!」
ギエンがクロノコの頬に手を添えて勝ち誇ったように笑いを零した。
「ギエンは生き物に好かれやすいですよね」
「そうか?」
ミガッドとは異なり露わにはしゃいだりはしないサシェルだが、その瞳はミガッド同様好奇心で輝く。
「昔、木登りして鳥の巣を観察してた時もギエンは大丈夫でしたよね」
静かにお茶を飲むサシェルの言葉にダエンが初めて聞いた話のように驚きを浮かべた。
「そうなの?」
クロノコと遊ぶギエンを振り返れば、
「そんな事もあったかもな。まだ訓練校入りたてくらいの時だろ?サシェルの父親にすげぇ怒られて、大変だった」
記憶を探るように視線を泳がせて苦笑する。
「結局、どういう訳かハバードが謝罪して、なら仕方ないみたいになったんだよな。なんでだったか覚えてねぇけど」
「ギエンがハバード様のせいで鳥が驚いて、私を攻撃したって言ったから」
クスクスと笑いを零してサシェルが言うのを、即座に否定するギエンだ。
「そんなこと言ったか?」
「えぇ。あの頃、二人は目が合えば喧嘩してて、ハバード様がわざとギエンの肩にぶつかって、その後言い争いになって…。その時、私が鳥に襲われて木から落ちたの。覚えてないですか?」
「上から降ってきたサシェルにはビビったけどな。無事で良かったな」
「そうなんだ…、そんなことが…」
ダエンがぽつりと相槌を打つ。
その表情に、あまりよくない話題なんだろうとすぐに察するギエンだ。妻と元旦那の思い出話なんて聞いたところで楽しい訳がない。
「そういえば」
話題を変えようとして、
「ギエン」
身を乗り出して発したダエンの呼び声に遮られた。
「っ…」
ギエンの肩に手を置き、足の間にいるクロノコの頭の上に強引に手を置く。ギエンの瞳を覗き込むようにして、
「サシェルに怪我がなくて本当に良かった。僕からも礼を言うよ、ありがとう」
笑顔で言うダエンの表情とは逆に、冷え冷えとした口調で言った。

相手の苛立ちを敏感に察するギエンだ。クロノコを撫でる指が触れ、妙な熱を持つ。
「…下らねぇことで怒るな」
ぼそっと呟いたギエンの言葉に、
「別に怒ってない。ハバードと君のせいでサシェルが怪我しなくて良かったと思っただけ」
棘のある言葉が返ってくる。

「ダエン、ごめんなさい、私の言い方が悪かったです。私が親鳥に接近し過ぎて」
「君は悪くないよ」
サシェルの言葉を強引に遮って、
「子どもの頃の事だから仕方が無いけど、君ら二人揃うと見境が無さそうだから、気を付けて」
言いながら、ギエンの手の甲をするりと撫でた。
「っ…!」
視線を交えたまま、右手に残る古傷を辿りギエンの中指に指を絡める。
それからすぐに、何も無かったようにクロノコの頭を撫でた。

一瞬のことで、誰も気が付かなかっただろう。
「…」
だがダエンの突然の行動は、ギエンを混乱させるに十分で、
「…悪かった」
離れていくダエンを目で追いながら、何故か謝罪を口にしていた。


今の行動に何の意味があるのか、皆目見当も付かない。
偶然、クロノコを撫でる時に指が触れただけなのか、何か意図があるのかよく分からずチラリとダエンを窺う。
サシェルと会話をしていたダエンが視線に気が付いて、
「ギエンも食べなよ。サシェルが作ったカップケーキ、美味しいよ」
何も無かったように笑みを返した。
それに返事をしながら、何か釈然としないものを感じていた。

ミガッドがカップケーキを頬張りながら、ギエンを見て、次いでカップケーキで盛り上がる二人に視線を投げる。それから再び、クロノコを撫でるギエンをじっと見つめていた。


2021.08.29
さり気なく指を絡めるダエンがポイント(笑)。独占欲が割と強い(笑)
それはさておき、ギエンにはペットが必要な気がする…(^^)とか思ったんですが、クロノコをペットにすると、ぶっちゃけ、私が異種姦大好物なので、色々ヤバイかもです('ω')‼ただのxxサイトになってしまう…(爆)
クロノコ一応設定的には、割と進化スピード早くて擬人化とかしちゃうんじゃない?とか思ってる('ω')エ?
でもペットは捨てがたい…絶対ギエンには必要な気がする…(笑)
とか悩んでます(笑)。まぁ本筋とは関係ないけど、本筋に非常ーに絡んでくる部分だからなぁー

拍手、沢山ありがとうございます(#^^#)嬉しい!☆彡更新頑張ります〜(#^^#)!

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 ***55***

ギエンが近くに流れる小川で汚れた上着を洗っていると、
「全然クロノコ離れないじゃん」
背後からやってきたミガッドが、頭上に乗ったままのクロノコに視線を向けて言った。

ギエンが頭の上のクロノコを手のひらで掬い取ってミガッドの目前に差し出す。
「撫でたいんだろ?」
言いながらミガッドの胸に押し付ければ、クロノコは特に嫌がりもせずギエンを見上げていた。

僅かな時間にも関わらず、すっかりギエンを信用しきっているクロノコだ。渡されたミガッドの胸に大人しく飛び込み、素直に撫でられる。

柔らかな肌ざわりにミガッドの表情が一気に明るくなった。
それを見つめるギエンが小さく笑んで、再び水の中へ両手を突っ込む。

パシャパシャと水の弾く音が清涼感に溢れ、耳が癒されるミガッドだ。
手のひらにある感触が気持ちよくて、川縁にある比較的大きな岩の上へと腰を下ろせば、
「水が冷たくて気持ちいいぞ」
膝下まで小川に浸かった状態のギエンがミガッドを誘った。小さな川には比較的大きな岩があちこちに転がっているが、どんなに水嵩の深い場所でも膝下程度で、流れも非常に緩やかな川だ。
流れる水は透明度が高く、小魚が群れて泳ぐのが肉眼でも容易に確認できる。
クロノコの生活圏の一部だけあって自然公園でありながら非常に安全な川で、子どもの遊び場にもなっていた。

ズボンの裾をまくったギエンが、手のひらで水をすくいミガッドに向かって掛ける。
クロノコを抱き締めて文句を言うミガッドに対し、クロノコは嬉しそうにポプポプと声を立てていた。
「お前よりクロノコの方が川遊びを満喫してるぞ」
ギエンの揶揄にミガッドが呆れた視線を返し、
「俺はそんな年じゃないから!」
跳ねる水を避けるように、足を引く。

「折角来たんだから、楽しめよ」
笑って言いながら、ギエンが上着の水気を叩き飛ばす。ミガッドの隣に来て、乾かすように濡れた服を岩の上へ広げた。


間近に来るギエンを横目に見て、ふと両手首の跡に気が付くミガッドだ。
「…」
思わず、視線を奪われていた。

手のひらの傷跡は食事の時に気が付いていたが、手首の跡は意識した事が無かっただけに、改めてギエンがそういう状況にいたのだと思い知らされる。

それだけでなく。

よくよく見れば、開いたシャツから覗く肌にもいくつもの傷が見え、ギエンが奴隷だったという噂を思い出した。
ギエンの態度からそういう過去を感じる事は無かったが、それがいかに過酷なものだったかを考えると胸がざわめき出す。

ミガッドのそんな心情を知る由もないギエンが、
「いい天気で良かったな」
背を向け、空を見上げたまま言った。
水の中で優雅に泳ぐ小魚を弄ぶように、足先で水を掻き混ぜ、軽く蹴り上げる。

筋肉の付いたふくらはぎから、足先まで形の綺麗な足だ。
褐色の肌がより艶めかしく、同性だというのに妙な気分にさせられた。

視線の先にある背中は広くて男らしいものだ。僅かに濡れたシャツが、肩や背中に張り付き、均整の取れた身体を余計に際立たせる。
水滴が健康的な褐色の肌の上を滴り落ちていく様を何となく眺めていると、
「…いて!」
クロノコがペチっとミガッドの手を叩いて、腕から抜け出していった。
振り返るギエンの腕に絡みつき、そのまま肩までよじ登っていく。
クロノコのその様子に、
「…可愛いな」
瞳を和らげたギエンが慈愛に満ちた目で見つめ、柔らかに笑んだ。

「っ…」
ギエンが時折見せるこういう表情は見慣れないもので、ドキっとさせられる。
太々しい方笑いに慣れているミガッドにとっては、心臓に悪い表情で、
「連れて帰りてぇな」
呟きながらクロノコを引き寄せ、柔らかな体に唇を付けるギエンは、更に性質が悪いと言わざるを得ないものだった。
クロノコが嬉しそうにポプポプと喉を鳴らし、ギエンの肩にべたりと張り付く。

この場にダエンがいたらどんな反応を示すだろう。
妙な事を考えながらギエンの姿を見つめていると、ギエンがクロノコの身体を持ち上げた拍子に、シャツがずり下がり左肩が剥き出しになった。

すぐにシャツを正すギエンだったが、
「…噛み跡?」
一瞬を見逃さなかったミガッドの小さな呟きに肩を揺らす。

振り返るギエンと、
「…」
無言で見つめ合う。


溜息をついたギエンがクロノコを胸の前で抱き直して、
「まぁな」
開き直ったように、方笑いで答えた。
驚くミガッドを見たまま、指を差し入れ左肩を自ら露わにする。
「珍しいか?獣人族がこういう跡を残すっていうのは人間にはしねぇもんな」
自嘲気味に言うギエンの肩には、くっきりと大きな歯型が残っていた。鋭利な牙が食い込んだ跡は、ギエンがそういう存在だったと知らしめる。
深く残る傷跡は、まるで獣人族の所有物の証のように見えて、
「…なんで?」
つい、そんな質問を返していた。

途端、ギエンの視線に鋭さが混じる。
岩に腰掛けるミガッドの目の前に立って、
「それはただの好奇心か?」
片手でクロノコを抱き締めたまま、詰問した。
鮮やかな蒼い瞳が、真っすぐにミガッドを見つめ、言葉の意味を問い質す。

無言になるミガッドに、
「例え息子のお前でも、言える内容と言えない内容がある。これに関しては言えない」
ふっと視線を外したギエンが、感情の籠らない平坦な声で言った。
元居た場所に戻り、大きな岩に寄りかかる。
それから、二人の空気を気にしたようにキョロキョロと視線を動かすクロノコの頭を撫でた。

「…ごめん」
無暗に踏み込んでいい内容ではないことくらい分かっていた。
そんなつもりはなかったが、ただの好奇心かと聞いてきたギエンに即答できなかった自分を悔やむ。
ミガッドの謝罪にギエンが視線をよこして、
「こんなものを見せられたら、気になるのは当然だよな」
苦い笑みを浮かべた。

弁解を求めている訳ではないだろう。
ミガッドが返答に困っていると、小川の向こうからダエンとサシェルが笑い声を上げながら戻って来て、
「魚が一杯獲れて楽しかったよ!クロノコって魚も食べるんだね」
「楽しかった!」
二人の目の前まで来て、場の空気に気が付きもせず楽し気に話し始めた。

ダエンの満面笑みにサシェルが答えるように微笑みを返して川から上がり、
「タオルを持ってきますね」
全身が濡れているダエンを見て、次いでギエンに言った。

「水辺に住むクロノコはヒレがあるの知ってた?びっくりしたよ!」
ギエンが抱きかかえるクロノコを撫でて、二人の間を流れていた気まずい雰囲気を掻き消す。
「あぁ、ギエン。洋服の汚れが取れたんだね」
岩の上で乾かしていた上着に気が付いて、笑いながら肩を叩くダエンは上機嫌だ。
クロノコの小さな口を指で触れて、
「この子も魚を食べるのかな?君は木の実かな〜?」
からかうように口をプニプニと弄る。
怒ったクロノコが歯の無い口でダエンの指を噛んだ。その感触にすら、ダエンが声をあげて笑っていた。

ギエンの横に片手をつき無意識に岩の上へと押し付ける。
「っ…おい。近…」
ギエンの苦情も右から左に素通りで、クロノコをからかうのに夢中のダエンだ。
クロノコの口に指を入れたまま押し込み、弄る。
「やめろ!嫌がってるだろ」
クロノコを抱き直してダエンの手から守れば、
「ンぁッ…!」
弾みでダエンの指が胸の突起に触れ、ギエンから小さな声が漏れた。
「っ…!」
ハッとして動きを止めるダエンと、視線が絡み合う。
ギエンの耳が羞恥で僅かに赤くなり、蒼い瞳には怒りの感情が宿っていた。
「て、めぇ…」
「っ…ごめん、ギエン…!」
慌てて謝罪するダエンに頭突きを食らわせ、
「ガキじゃあるまいし、ふざけんな。大体、こいつが嫌がってんだろ!」
痛みで呻くダエンの腹を膝で無理やり押しやって距離を保つ。

プルプル震えるクロノコを両手で抱き締めて、慰めるように柔らかな頭を摩った。
「ごめん、僕ちょっと興奮しちゃって…」
「反省しろ。全く…」
呆れた声で言うギエンに何度も謝罪していた。

それから、
「あぁ、ミガッド。ごめん、変な所を見せて。クロノコが余りにも可愛くて」
隣で見ていたミガッドに対しても言い訳がましく謝罪する始末だった。

「気にしてないよ」
無感情にそう答えながら、ギエンの見せる色々な表情に興味を引かれていた。
ダエンに見せる顔と自分に見せる顔とクロノコに見せる顔と。

これもただの好奇心なんだろうかと自問し、考えるのは止めようと思い直す。
まだ謝罪をしているダエンを見て、何も無かったように笑いを零すのだった。



2021.09.04
毎日眠すぎる(笑)…睡魔との闘いです(笑)。
そう、ショッキングなお知らせで、サイト移転近々します(笑)。
多分次回更新時にはしてると思います…(;^ω^)。
今のサーバー、サービス終了だって〜(-_-;)。
なんてこったい…

拍手・コメントありがとうございますm(_ _"m)‼‼‼
クロノコ、ペット化推進中です(笑)ェ?
擬人化はやっぱりロマンですな?!(笑)クロノコはギエンが溺愛しちゃうから、今後のストーリーがコワイぃ〜(笑)

応援する!
    


 ***56***

翌日のギエンの肩にはべったりとクロノコが鎮座していた。
ふれあい広場の出口で係員がクロノコと20〜30分格闘した後、途方に暮れたようにペット登録を薦めるという珍事が起こり、迷いつつも離れないクロノコに観念したようにサインをしていた。

「随分可愛いのを連れてるな?」
偶々、回廊で出会ったハバードが肩の存在に気が付いて足を止める。ギエンの肩に座るクロノコの頬を軽く突いて興味深そうに訊ねる。
「これ、あれか?今人気のやつか?」
「こないだ、ミガッドたちと高原に行ったらやたらと懐かれてな、連れて帰ってきた」
ニッと口元を上げて言うギエンはやや誇らしげで、
「自慢してやがる」
ハバードがクロノコを見ながら可笑しそうに笑った。

何気なく肩を並べて歩き出す。
クロノコが新しい遊びを見つけたようにギエンの肩とハバードの肩を行ったり来たりと繰り返していた。
「そういえば、ロスに渡した手土産、お前の選定品だってバレバレだったぞ」
ふと思い出して言えば、ハバードが苦笑を浮かべて髭を摩る。
「あいつにも言われたな。僕の好みを把握してるのは貴方しかいないってさ」
「…随分、仲いいんだな」
「まぁな。弟みたいで可愛いぞ?」
ハバードの口から出た言葉を意外に思って、
「弟か…」
口内でぼそりと呟く。

丁度ギエンの肩に飛び乗ったクロノコの背を撫でれば、ギエンの手にスリスリと背中を擦り付けて気持ちよさそうに目を閉じた。それから全身を身震いさせて、肩に座る。その愛らしい姿を眺めていると、
「なんだ?らしくもなく妬いてるのか?」
「っ…!」
ハバードが愉快そうに揶揄ってきた。

呆れた視線を返して、
「お前にやきもちを妬く理由がねぇ。馬鹿だろ、お前」
冷めた声で言えば、ハバードが笑って唐突に足を止める。
「?」
何かと思って、同じように足を止め振り返るギエンに、
「俺とのキスで腰砕けだった癖にな?てっきり俺に惚れてんのかと」
ポケットに両手を突っ込んだまま、あろうことかそんな言葉を放った。
「ッ…!」
ギエンの耳元に朱が走る。

あの時の事を唐突に思い出して、咄嗟に手の甲で口元を覆い隠すギエンだ。
かぁっと頬が熱くなるのを感じて、
「…ざけんな!」
強い言葉で動揺を誤魔化す。
それすらお見通しのように、やけに柔らかな笑みを浮かべたままギエンを見つめていた。
その視線に居心地の悪さを感じて、無駄にクロノコの頭を撫で摩る。
「蒸し返すな」
視線を避けて言えば、ハバードが短い笑い声を上げた。
「中々面白い光景だったんでな。お前をからかう機会なんて早々ないだろ?」
「うるせぇ!黙れ!」
照れ隠しのようにハバードの胸倉を掴んで文句を言えば、間近にある黒目が愉快そうに煌めくのを見て、内心で悪態をつくギエンだ。
完全に弱みを握られた気分になって、思わず頭を抱える。
「そうがっかりするな。俺に惚れる奴なんてごまんといるからな」
まだからかう気らしいハバードの自惚れた言葉に、あの時の自分を恨みたいギエンだ。たかがキス一つでどうしてあそこまで気持ちよくなってしまったのか自分でもよく分からず、言い訳の言葉すら出てこない。
「…まじで勘違いすんな。俺がお前に惚れる訳ねぇだろ」
呻くような低い声で誤解のないように強く言えば、ハバードの笑いがより深くなって、
「そんなにムキになるなよ。余計に怪しいぞ」
肩に乗るクロノコの首元を指で撫でて余裕の言葉を返す。

間近にあるハバードの男前な顔に、あの時の事をより鮮明に思い出しそうになり、
「っ…うるっせぇな!お前のキスが巧いせいだろ!俺が惚れてるみたいに言うんじゃねぇよ!」
ハバードの胸板を押し退け、勢いでつい本音が零れる。
それを聞いたハバードが声を立てて笑い出した。
「俺のキスのせいか、なるほど?」
したり顔で迫るハバードに、自分の失言に気が付いた所で言った言葉は取り消せず、
「てめ、本当にいい加減にしろ」
声をおさえて牽制すれば笑みを浮かべたままの黒い瞳が、らしくもなく優しい色を浮かべた。

思わず見つめ合う。

一瞬の後、
「っち…!勘弁しろ…調子が狂う」
視線を外し、参ったように零したギエンの文句を鼻で笑うハバードだ。
ギエンの肩に乗るクロノコを両手で抱き寄せ、
「クロノコ、可愛いな。ミラノイが欲しいと言ってたから今度見に行くのも悪くない」
唐突に思い出したように呟いた。
「…ニスト高原、楽しかったぞ。ミラノイと行ったら、お互いの距離も縮めていい感じになるんじゃねぇ?」
「お前な、俺は興味ないって言ったよな?無理やり引っ付けようとするな」
苦笑を零すハバードの肩を叩いて、
「もう諦めて結婚しろよ」
先ほどの仕返しのように、ハバードを笑った。

「そういえば、ダエンやミガッドともいい関係を築けてるみたいだな。良かったな」
柔らかなクロノコを伸ばしたり潰したりしながらハバードが言った言葉に、ふと真顔になるギエンだ。
ミガッドの事を思い出し、
「…息子にどこまで話したらいいのか分かんねぇんだよな。どうやって関係を作ったらいいのか正直なところ悩んでる」
率直な気持ちを言えば、ハバードが意外そうに目を丸くした。
クロノコを潰したまま手が止まり、つぶらな瞳がキョロキョロと視線を彷徨わせていた。短い手足をばたつかせて訴えれば、ようやくハバードが気が付いてクロノコを解放する。
「大丈夫か?」
苦笑しながらクロノコの顔を覗き込めば、クロノコが潰れた顔を小さな手で摩って、必死に直していた。
その仕草は、ハバードが悪戯するのも納得の可愛らしさだ。

「ミガッドにとっての俺は父親じゃねぇんだよな。大体父親だとしても、どこまで息子にさらけ出せるものなのかが分かんね。お前だって父親の情けねぇ姿なんて見たくねぇよな?」
真剣な相談にハバードがクロノコを揶揄うのを止めて自分の肩へと乗せ、歩き出す。
特に嫌がりもせずハバードの肩に懐くクロノコだ。意外にハバードの悪戯を気に入ったようで、ぽぷぽぷと上機嫌に喉を鳴らしていた。
「俺にだって言えない事くらいあるだろ?お前が言いたくないなら言わなくていいんじゃないか?息子だろうが、親友だろうが、それは関係ないだろう?」
尤もな言葉に、父親だと変に拘っているのは自分かと気が付く。
「確かにな…」
何も父親の地位でなくてもミガッドと交流を深めることは可能な筈だ。ミガッドに対して無意識下で息子であることを強要している気がして、やや自分の言動を悔いる。
「そんなに深く考える必要は無いと思うが。ミガッドがお前を父親と思ってないなら、それはそれで、ダエンの親友として接すればいいだろう?」
「…まぁな…。何となく悔しいだろ。実際、俺の子なんだぞ?」
ギエンの言葉に大きく笑いを零して背中を叩く。
「面倒くせぇな!お前は息子として接すればいいだろ?みっともなくて言いたくないなら言わなきゃいい」
慰めの言葉を掛けるハバードをちらりと横目に見て、
「軽く言いやがって。お前、息子に敬語で話されてみろ。お前には分かんねぇだろ」
ハバードの肩で落ち着くクロノコを奪い取って、右肩付近で抱き締める。クロノコが嬉しそうにギエンの肩にぷよぷよした顔を擦りつけた。
「ゆっくり考えていけばいい。ミガッドだって、お前に対してそう悪い感情を抱いてる訳でもないだろ?帰ってきたばかりの頃に比べたら遥かにいい状況じゃないか」
笑いを含んだハバードの言葉に舌打ちをして、
「為にならねぇ回答をしやがって」
やさぐれた口調で返すギエンの顔には、言葉とは裏腹の小さな笑みが浮かんでいた。

明確な答えが欲しい訳ではないのだろう。
ハバードの飾り気もない言葉に、悪い気もしない。

励ますようにハバードの手がギエンの首筋を撫でていく。
一瞬、驚きを浮かべた後、甘んじて受け入れるギエンだった。


2021.09.09
移転してきました(笑)。
皆さん、お気に入り登録をして下さるとうれしいです(>人<)💦
このサーバーも無料サーバー広告無しなのでまたいつサービス終了になるか正直、怪しいです(;´艸`)笑。2,3年は平気だとは思いますが、利用者が減るとどうしてもサービス終了になりがち(笑)。そしてBLLOVEのURLを取れる所を見ると、ちょっとコワイ…(笑)
かといって、広告ありだといきなり変な画像広告が出ても困るし…(゚ω゚;A) ‼また移転騒動になったらごめんなさい。付いてきて下さるとうれしいです(笑)。

コメントもありがとうございます(*ノωノ)‼ほんーーっとなんてこったい!ですよね(笑)‼ご不便おかけし、すみません(笑)。
ぜひ、またお気に入りに入れて下さいm(_ _"m)‼‼‼(笑)
応援する!
    


 ***57***


ベギールクの元で働くようになってから、以前とは異なり訓練場へ行く機会が減った。その代わり、ダエンからの誘いが頻繁に入るようになり、ミガッドと会う機会は以前よりも随分と増えていた。
そうしてその日も誘われるまま、ダエン家に夕食に行った後、宿泊する事になっていた。

ハバードの助言のお陰という訳ではないが、以前よりも距離が縮まっているのは確かで、冗談を言い合ったり、気軽に部屋へと遊びに行ったりするようになっていた。

ミガッドの部屋にあるソファでギエンがクッションを片手に寛ぐ。横になりながら、机に向かって剣術の本を熱心に読んでいるミガッドを眺めていた。
「何でクロノコ連れてこなかったんだよ」
ギエンの視線に耐えかねたミガッドが本に視線を落としたまま、ギエンに問う。
クッションを横抱きにしたままのギエンが、ふふっと甘く笑った。
「連れてきたら俺より、クロノコに夢中になるだろ?」
ギエンの的確な意見に、ミガッドが視線を寄越す。

笑みを浮かべる鮮やかな蒼い瞳に。
また新しい表情を発見するミガッドだ。

「決まってるじゃん」
答えながらドキッとさせられて、視線を逸らす。
もそもぞとソファの上で身じろぐギエンの気配を感じながら目の前の文字を目で追っていると、
「本なんか読むより体動かした方が余程身につく。付き合ってやろうか?」
そんな妨害を受ける。
「うるさいな。この時間は本を読むことにしてるんだよ」
誘いをぴしゃりと払い除ければ、
「真面目か」
笑いをこぼしたギエンがクッションを抱き締めたまま、片頬を擦り付けた。
借り物のダエンのシャツは相変わらず袖が長く、まるで彼氏の部屋に遊びに来た彼女のように、無防備な色気を振りまく。
ギエンにちらりと視線を送るミガッドに、
「ハバードの訓練はどんなだ?俺が見る時はいつも剣術だが、あいつは武術も教えてるのか?」
興味深そうに訊ねるギエンはクッションを抱きしめたままだ。
すっかり寛ぎモードでミガッドの回答を待つ。
「訓練長は剣術のみだよ。こないだみたいに偶にある模擬戦は参加するけど、武術は敵う人はいないかな。剣術は飛び入りの親衛隊に負けたりしてる」
「へえ。見たかったな。あいつ、中々、隙見せねぇからな」
ギエンの言葉に疑問が浮かぶミガッドだ。
「隙って、何の戦い…」
呆れて言えば、ギエンがふっと鼻で笑った。
「何だろうな。あいつを動揺させてぇ感じ?いつも余裕綽々だろ?」
ギエンの浮かべる表情は悪巧みを思い付いた子どものようで、瞳を輝かせてやけに楽しそうだ。ダエンと話してる時にはあまりしない顔で、それを不思議に思う。
「なんでそんな」
ミガッドの言葉に方笑いを浮べ、
「お前にはいねぇの?そういう奴」
何故か嬉しそうに言う。

その言葉に深い信頼を感じ取って、ギエンの顔をマジマジと見つめるミガッドだ。
聞いた話では、昔からの親友はダエンの筈で、訓練長が何故そこに絡んでくるのかが分からない。
ただギエンと初めて会った時に、珍しく感情を抑えられないかのように話していた顔は印象的で、訓練長もこんな顔をするのかと感じたのは確かだ。

「俺は昔からハバードの武術にだけは勝てなくてな。今じゃ俺の方が色々負けてる気がして、あいつの弱みを一つくらいは握っておきてぇ訳」
ミガッドの戸惑いにも気付かず、
「俺も剣術の摸擬戦に飛び入り参加するかな。そしたらハバードをボロクソに出来るだろ?」
寝転がりながら愉快そうに言って笑った。
「ボロクソってそんな上手くいくと思わないけど…」
ミガッドの言葉に、
「いいや。ボロクソに出来るさ」
美しい蒼い瞳が自信に満ちて、いつも以上に鮮やかに煌めく。
片足をソファの背もたれに掛けて、足の疲れを取るようにつま先を伸ばし、だらしがない格好をした。
クッションを頭の下に敷き、大きく息を吐くギエンは完全にここで寝るかのような体制だ。
「まさかここで寝る気?」
ギエンに言えば、
「いいだろ、別に」
あっさりと答えるギエンに、全否定の言葉を返す。
「客室あるんだからそっちで寝ろよ!」
本を閉じて、だらけるギエンに歩み寄れば気配を察したギエンが目を開く。
ミガッドを見て瞳を和らげるギエンは、どう見ても父親とは思えない存在で、
「…さっさと部屋に戻れよ」
ギエンの腕を掴んで引き起こそうと努力するも、重たい身体はビクともしない。
動かない身体にミガッドが音を上げるのを見て、ギエンの口元に悪戯な笑みが浮かんでいた。

唐突に。

「っ…!」
ギエンが掴まれた腕を強く引き寄せる。
胸に倒れ込むミガッドを笑って、柔らかな髪の毛を乱暴に撫でた。
「っやめろよ!」
腕の中で暴れるミガッドを抱き寄せ、強引に頭を撫でるギエンはまるで嫌がる小動物を無理やり可愛がるように乱暴さだ。
「ッギエン!いい加減に…!」
腕を突っ張って逃れようとしていたミガッドが、怒ったようにギエンの右手を掴みソファに抑えつける。
「ははっ!」
ミガッドの剣幕にギエンが余裕の笑い声を上げていた。
「嫌がられると余計に撫でたくなるの分かるだろ?」
掴まれた右手を振り解こうとして、
「あんた、いい加減にしろよ!」
指を絡められ動かせなくなる。
「ッ…、ん…!」
力を入れてもびくともせず、ギエンが僅かに驚きの表情を浮かべた。
それだけでなく、右手は怪我のせいで力が入りにくい事もあり、上からミガッドの体重を乗せられれば、余計に振り解くことが出来なくなっていた。
「っ…、ミガッド。離せ」
途端にギエンの声が低くなる。
真剣な顔をするギエンに、
「最初に始めたのはそっちだろ!」
ミガッドが言葉を返せば、ギエンが鼻で笑って横を向く。
「ちょっとした遊びだろ。親子ならこのくらい」
「俺はあんたを父親だと思ってない」
ギエンの言葉をばっさりと切って、ギエンを動揺させる。

衝撃を受けたように瞳を僅かに見開いたギエンが、小さく息を吐いた。
ギエンの僅かな動きに合わせて首筋が動き、妙な色気が立ち篭める。

突如、ミガッドの脳裏に露骨なキスマークを付けたギエンの姿が蘇っていた。

それに触発されたように、
「…っ」
この首筋に噛み付きたいという謎の衝動が湧き上がる。先日見た首筋についたキスマークも、肩の歯型も、同様の衝動ではないかと悟っていた。
ギエンにはそれだけ得体の知れない色香があった。人を狂わせる抗いがたい欲求に、ゾクリと背筋が震え、喉が鳴る。

ミガッドの動揺を知る由もないギエンが、
「なら尚更、離せ」
横を向いたまま呟くような小声で、ミガッドの行為を咎めた。
「自分の立場が悪くなった途端、態度を変える。あんたってそういう奴だよな!」
動揺を怒りに変えたミガッドが、ギエンの左肩を押さえつけ圧し掛かった。

まだ20歳にもならない子どもだ。
されど成長した男の体に変わりなく、ギエンより小柄とはいえ力強いもので、
「ミガッド!俺は、そんなつもりは…」
左手でミガッドの体を押しのけようとしても上手くいかずに終わる。
視線を合わせれば、やけに熱を宿す琥珀色の瞳が目の前にあり、
「っ…!」
思わず息を飲んだ。

サシェルによく似た美貌が強い眼差しを浮かべ、男の顔をしている事に驚く。もう昔とは違い、ミガッドは立派な大人の男だと感じるギエンだ。

そんな事を思っていると、左肩に置かれた手が唐突に胸へと流れ、
「ッ…!?」
薄手の服の上から胸の先端に触れる。
「ッ…、ミガッド!ふざけんな!」
肩を押しやる合間にも、指がギエンの弱い所を狙ったかのように刺激し、全身を甘い痺れが駆け巡っていった。
「あんたが先に始めた事だろ」
ミガッドの肩を押す手が小さく震える。
電流が走ったように肩を揺らすギエンの身体は余りに敏感で、ミガッドの行動を更に助長していた。
「どけっ!いい加減にしろ!」
「痛っ…」
ソファに掛けたままの足がミガッドの横っ腹を蹴るも、怒りを宿す蒼い瞳がミガッドの好奇心を余計に揺さぶり、
「っ、ぁ…ッ」
それは、僅かな刺激で反応を返すギエンを見て、容易に嗜虐心へと擦り替わっていった。
「ミガ、ッド…、本気で蹴るぞ…!お前に暴力を振るいたくはない」
小さく震えながら吐き出されたギエンの言葉に、
「やれるものならやってみろよ」
強気で返し、驚くギエンを見つめる。

押し黙るギエンのモノに触れ、更にギエンを動揺させた。
「な、…ん…、何考えてやがる…」
緩い寝着が簡単にミガッドの侵入を許し、既に反応しているモノをなんの躊躇いも無く撫でた。
「ッ…、ミガッド!」
理由を求めるギエンに、
「あんたのイク表情が見てみたいから」
あっさりと、ミガッドが言う。
「っ…!」
まるで只の好奇心かのように吐き出された言葉にギエンが歯を噛み締め、唸り声を上げた。
「どうか、してる…!…俺らは、…っ、…親子だ」
「息子に触られただけで、ここをこんなにして喜んでるあんたも大概だと思うけど」
強く先端を擦られ、
「ンっぁ…ッ…」
透明の液体がミガッドの手を濡らしていった。

視線から逃れるように横を向くギエンの目が羞恥で揺らいでいた。左腕で顔半分を隠し懸命に声を押し殺す姿は、行為以上に淫靡な気配を醸し出す。
「いつも、そうやって男を誘ってんの?俺の手をこんなに濡らしてさ」
美しい琥珀色の瞳が穢れも知らないように綺麗な光を宿し、淫猥な言葉で詰る。
「ッ…!お前、…覚えて、ろ…、ッ…」

ギエンの弱みにつけ込んでいる自覚はあった。
暴力を振るいたくないと言う言葉の通り、力付くで殴り飛ばそうとすれば出来るはずなのに、それもせず、されるがままなのは一重に息子を傷つけたくないと思っているからに他ならない。
その想いを感じ、余計に。

ミガッドの中で何かが急激に成長していった。


「ッ…、ぅ…ッ!」
背を反らせたギエンが声を殺したまま、果てる。
小さく震え、静かに呼吸を整えて余裕を保とうとするギエンのその表情は禁欲的で、余計に煽情的なものだった。同性であることや、年の差などどうでも良くなるくらい、見る者の劣情を刺激してくる。
ギエン見下ろしたまま言葉を発しないミガッドに、
「っ…、…満足、したか…?」
甘く濡れた蒼い目が問う。

猛烈にギエンを自分のものにしたいという欲求に駆られるミガッドだ。
ギエンに恋愛感情を抱いている訳ではない筈なのに、この感情が何なのか自分ですらよくわからなくなる。
ただ、目の前のギエンをもっと乱れさせたら、どうなるのだろうかとどうしようもない欲が腹の底から湧き出していた。

その欲求を、大きく息を吐き出すことで抑えつけ、
「…まぁ、ね」
ギエンの言葉に静かに返す。
繋がっていた手を解けば、唐突に熱を失った手指がやけに冷たく感じた。
満足どころか好奇心はより酷くなり、余計にストレスが貯まっていた。

それほど怒っている訳でもない蒼い瞳を見つめていると、呼吸を落ち着かせたギエンがミガッドの肩を押しのけて上体を起こす。
「お前の、意外な一面を見た」
静かに吐き出された言葉は溜息混じりで、やや呆れが混じる。
それでも、
「好奇心もいいが、二度とすんな」
特に軽蔑が混じるでもなく、いつもと同じように方笑いを浮かべて言った。その表情は親が子どもの悪戯を咎めるように柔らかなもので、
「…俺を子ども扱いすんのはやめろよ」
ミガッドが文句を返す。
それでも、
「お前は俺の子だろ」
あんなことがあった後だというのに、ギエンは以前と同じだった。

ある意味、全く懲りないギエンに舌を巻く。
甘い余韻を振りまきながら、誘うように口元に拳を当ててふっと鼻で笑った。

計算され尽くしたかのような無自覚の色気に、いつかギエンの鼻を明かしてやりたいと強く思うミガッドだった。


2021.09.15
唐突にミガッドと…(笑)。ギエンが息子としか見てないのに対し、ミガッドは父親だと全く思ってないという構図が好きです(´ω`*)笑。近親xx大好物です❤
そして思った以上に、ミガッドが鬼畜だった(笑)。年下攻めはわんこor鬼畜に限るかも…?(笑)
拍手ありがとうございます!(*ノωノ)そろそろ拍手文も追加で何か書きたいなーとは思ってます(笑)。本編が全然、進まないから中々そっちまで回らない(笑)。

コメントも凄く嬉しいです( *´艸`)ハバード推し最高です(笑)‼推されているけど、更新がミガッドでスミマセン(笑)‼

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 ***58***

ギエンにとって、ミガッドの行動は驚きを与えるものだったが、それほど大きな衝撃にはなっていなかった。
実際のところ、息子と言うものがどういうものかもよくわかっておらず、ダエンとは違って親としてミガッドと接していなかった空白の期間というのは大きい。年頃の男子なら、そういうことに興味を持つことも普通かとすら思っていた。
しなくていいような恥を晒したという気分ではあったが、それがミガッドの為ならいいかと飲み込む。

ミガッドの心境の変化など知りようもなく、なんの疑いもせずに只の好奇心だと思い込んでいた。


「おはよう、ミガッド」
前日の夜にダエン家に泊まったギエンが、ミガッドの髪を乱暴にかき混ぜて朝の挨拶をする。
そのまま何食わぬ顔で朝食の席に着くギエンは全くいつも通りで、むしろ朝から爽やかな男前の顔は目の保養ですらあった。
一方、態度がおかしいのはダエンの方だ。

ギエンと一緒にやってきて、そわそわとした様子で周囲を見回した後、既に席に付いていたサシェルの額にキスを落とす。
その後、ギエンをちらりと見てすぐに罰が悪そうに視線を逸らした。
ダエンの視線には気が付いていないギエンが、用意された朝食に手を付け始める。静かに食べる姿は落ち着き優雅さに満ちたもので、余計にダエンの挙動を際立たせていた。

ミガッドが二人をひっそりと観察した後に、同じように朝食に手を付ける。
また何かがあったのかもしれないと心のどこかで思っていた。
ダエンがギエンに友情以上の感情を抱いているのは間違いない。ダエンが好きなのはサシェルで、ギエンはただの友人の筈だが、どこでそんな風になったのだろうと不思議になる。

サシェルが微笑みを浮かべダエンと会話をし始めるのを見て、何とも言えない気分に陥っていた。
ダエンがそうなら、サシェルはギエンをどう思っているのだろうかと唐突に気になり出す。


伏し目がちに皿の中の物をスプーンですくい口元へと運んでいくギエンの姿は、そんな彼らの感情とは無縁のようで、ダエンとサシェルの会話にも無頓着に頷いていた。
時折、相槌代わりに小さく笑みを浮かべ、静かに咀嚼し嚥下する。

その度に喉が小さく動き、
「…」
昨夜の、息を殺したまま快感に震えるギエンをふと思い出していた。
こうして優雅に食事をしている様は、まるで別人かのように色事とは無縁で清廉だ。隙の無い男前の顔が、あんなに淫らな表情を浮かべるとは誰も思いもしないだろう。


横に座るギエンを見つめていると、唐突に視線が合って驚く。
ミガッドの目を見て、まるで秘密の共有のように密かな笑みを浮かべた。スプーンを口で咥えたまま、スプーンの背を舌で舐め取り、笑みを宿した流し目を送ってくる。

当初とは違い、ミガッドもギエンを理解しつつあった。こんな態度ですら、無自覚の仕草で本人には何の意図も無い。

ダエンが妙な気を起こすのも納得の所作で、朝からギエンの色気に当てられて、昨日に続き厄介な気持ちを持て余す。
動揺を悟られないように、さりげなく視線を外した。

当の本人は、そんなミガッドの心情など知りもしない。
スプーンを弄ぶように指先で回し、食事を再開していた。



***********************



ダエン家から自室へと帰ってきた後、ギエンは考え込んでいた。パシェが用意した紅茶に口もつけずに、椅子に腰かけ頬杖を付いたまま一点を見つめる。
テーブルをウロウロしていたクロノコが不思議そうにギエンを見上げ、同じようにテーブルの上で腰を下ろしティーカップの縁に頬杖を付いた。

家族の仲は最初の頃よりも遥かに良くなっていた。
再び一緒に出掛けたりすることが出来るようになるとは思っていなかったギエンだ。あの頃のギスギスした空気を考えると随分と改善したと言える。

それと共に、サシェルの今日の様子を思い出し、小さく溜息を付いた。


それは朝食後のことだった。
菓子作りが好きなサシェルと二人で、キッチンにいる時だった。いつもと同じ柔らかな笑みを浮かべたサシェルが楽しそうに、レシピを説明し材料を用意していた。
ギエンは特に何もしてはいない。

ただ他愛もない会話をしていただけだ。

その最中に突然、サシェルが笑みを浮かべたまま泣き出した時には度肝を抜かれていた。
慌てて駆け寄ったギエンに対し、サシェルはポロポロと涙を零しながら何でもないと繰り返すばかりで、ギエンが肩に手を置いた時には冷たくその手を払われていた。

背を向け静かに泣くサシェルに掛ける言葉もなく、ようやく泣き止んだサシェルが振り返った時にはいつもと同じ柔らかな笑みを浮かべていた。
普段と変わらない様子で、気にしないでと言うサシェルにそれ以上、理由を訊くのも申し訳なく、ギエンはただ頷くしか出来ずにいた。

何故サシェルが泣き出したのかは今でも分からない。何かしただろうかといくら考えても答えは出ずにいた。

何も言わないだけで本当は来て欲しくないのだろうかと思い、それもそうかと思い直す。
ダエンとミガッドと。
三人で平和に暮らしている所に、かつての夫が図々しく上がり込んでいい顔をする訳が無い。再会した時にサシェルが放った言葉が蘇り、別の道を歩んでいるのだと強調したサシェルの想いをまざまざと突き付けられる。
サシェルに昔のような気持ちを抱いている訳でもないが、ミガッドがそうであるのと同じように、サシェルも大切な存在だという想いは変わらずあり続けていた。


一度、切れた絆を再び結び直すことは容易ではない。
もし、あんなことが無ければ。


今でも、サシェルとミガッドと三人で幸せな家族というものを築くことが出来たのだろうかと思い、唐突に。
「っ…!」
ザゼルを思い出し、強く握り拳を作った。


鮮やかな蒼い瞳に鋭い光が宿り、強い色を宿す。甘さの微塵もない切れ長の瞳が、痛みを宿し気配をがらりと変えた。

ギエンを根底から塗り替えた男の存在を、決して無かったことには出来ない。
ザゼルがいたからこそ、今の自分があることをよく自覚していた。
左肩を触るギエンの指にザゼルの噛み跡が引っ掛かり、あの頃を思い出す。

生前のザゼルを最後に見たのは、いつもと同じように一緒に寝た夜だった。
日頃は無表情のザゼルが、行為の最中には決まって僅かに微笑みを浮かべるのが、満足感に満たされる一瞬でもあった。
特に大きな出来事はない。
いつもと同じ、いつも通りの夜だった。

翌日には、ザゼルは弟のルギルに殺されていた。
実力でいったら、ルギルよりもザゼルの方が圧倒的に強い筈だ。それが何故そうなったのか分からずにいた。


先ほどまで悩んでいたサシェルのことは頭の片隅へと追いやられ、ザゼルとルギルのことで頭の中が埋め尽くされていく。
クロノコが小さく身体を震わせ、ギエンの元へと歩み寄ってきて肘に抱き付いた。

肩を触りながら考え事に耽るギエンは、クロノコのそんな様子にも意識を向けず、一点を見つめたまま瞳に殺意を宿らせていた。


2021.09.20
いつも拍手ありがとうございます(*ノωノ)‼
今年は更新、むっちゃ頑張ってる(と思う‼笑)
前から訪問して下さっている方には驚きのレベルの筈‼(笑)
頑張ってペース維持していきます(^^♪

ギエンは総受けなので、個人的には万々歳なんですが、どこまで関係を維持していくかは悩む所…。総受けの難しい所ですな(笑)。恋人出来たらやっぱりそこはある程度線引きしなきゃだし、まぁ浮気受けは大好物だけど悩むところ…(笑)。

コメントもありがとうございます(*'V’*)♡いつも励みになります❤
近親xx良き良き(*'V’*)♡ぶっちゃけギエンはミガッドが弱みなのでミガッドに逆らえないです(笑)。息子に甘いダメな父親ですな❤

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 ***59***

ギエンが帰還してから、2度目の定例パーティが行われていた。
例に漏れず、招待されていたギエンは前回同様に参加していたが、何故招待されるのかはよく分からないでいた。
手招きする王の元へと行けば、新しい技術開発をした研究者を紹介され、話に付き合わされる。適当に相槌を打ちながら、話の終わりに熱烈な握手を求められ去って行った。
「なんだよ、あれは」
彼の背中を見送りながら放ったギエンの小声に、
「ギエンのファンだそうだ。一目、元気な姿を見たいとのことだったのでな。ついでに紹介してみた」
つらりとそんな言葉が返ってくる。
「…俺を紹介してもしょうがねぇだろ…」
呆れたように呟くギエンを見て、
「そういえば可愛いペットを飼い始めたそうな。ハバードが随分と夢中になって話していたぞ」
唐突に話を変えてグラスの酒を口にした。
ギエンとは違い、ゾリド王は酒豪でどれほど飲んだところで酔うということは無い。まるで水代わりのように、平然と飲み干していた。

「いつもみたいに部屋に来ればいいだろ。最近来てねぇから忙しいのかとは思ってたが」
「…」
何気なく言った言葉にゾリド王が無言になってギエンの顔をジッと見下ろした。
「…なんだ?」
その視線の意味を問えば、
「酒をそれほど飲んではいない筈だが、酔っているのか?」
ギエンの顎に手を置いて、心配そうに瞳を覗き込む。
「は?」
「そうでなければ…」
壁に手を付いてギエンを閉じ込め、
「それは夜の誘いか?」
「っ…!」
したり顔で迫った。

「んな訳あるか!」
ゾリド王の胸板を手で押し返す。
指にいくつもの金ボタンが引っ掛かり、装飾の施された優美な服装の上を滑った。
着やせするゾリド王だが、実際はがっちりとした体格の持ち主で、日頃は親衛隊や他の者の影に隠れて目立たないが、彼自身が武術・剣術共に高いレベルの持ち主であることに違いはない。
幼い頃からの英才教育は、彼という人間をそこらの騎士よりも上のレベルの男へと育て上げていた。
鍛えられた身体は年齢以上に若々しく今でも前線で十分に活躍出来るもので、無駄に立派な体躯にギエンから舌打ちが漏れる。

見る者を魅了する真っ赤な瞳が、悪戯な色を浮かべてギエンを真っ直ぐに見つめていた。
「ご希望なら、今夜行くとしよう」
酷薄な印象を与える赤い色が煌めき、やけに情熱的なものへと成り代わる。

彼を冷酷無慈悲な王だと言ったのは誰だろうと疑問になるギエンだ。
燃えるような赤い髪は艶やかに流れ、真っ直ぐに肩に掛かる。血の色を思わせる瞳も赤く燃え、これほど情熱を宿す男もそう多くはいない。

彼の身分が、というよりは、彼という存在がギエンの興味を引き、つい身体を許してしまうというのが本音だ。
昔からの顔馴染みであることやその地位も相まって、彼だけは絶対に裏切らないと知っていた。

「ところで、ぜレルと寝たか?」
唐突に。

小声で訊ねてきた内容に、飲もうと傾けたグラスが揺れる。
視線を向ければ、ばちっと目が合って誤魔化しも出来なくなった。
「…あいつが言ったのか?」
動揺を表さないようにして訊ね返せば、ゾリド王が小さく口角を上げた。
「あの野郎」
「ゼレルは何も言ってはいない。
先程からやけに独占欲丸出しに視線を向けてきているからもしやと思い聞いてみただけだ。押し負けたか」
笑いを含んだ声に、
「別に負けてねぇ」
否定するも、まるでその場にいたかのように見透かした顔をしていた。

壁に手をついたままギエンに身を寄せ、二人を見ているであろうゼレルをからかうゾリド王は人々が思い描く以上に茶目っ気のある性格で、そんな彼にギエンが呆れの溜息を付いた。
「後であいつに色々言われると面倒くせぇから止めろ」
胸板を腕で力強く押せば、ようやく彼が身を離す。その口元には他の者には見せないような笑みを浮かべていた。
「何だかんだ可愛がってるじゃないか。年下は可愛いか」
パシェをからかっていた時にはあれほど冷ややかな空気を出していた癖に、ゼレルの存在は歯牙にも掛けない態度で、それを意外に思うギエンだ。
「ゼレルを可愛がってるのはそっちだろ」
思わず返せば、肯定の言葉が返ってきた。
「あれは素直で分かりやすいからな」
何気なく言った言葉に、ゾリド王の心の内に気付かされる。

「…」

彼も同じだと、察していた。


彼に歩み寄ってくる人全てが、みな善人とは限らない。
裏切られた自分と同じように、いや、それ以上に様々な醜い権力争いに晒されてきたのだろう。
王という地位に就いてから長いこと経つが、それでも今なお続いているのだと思うと、彼の真の強さを実感していた。

そして。
自分も彼にとって信用たる人物の一人かと思うと、不思議な想いになる。


唐突に、オール家としての責務を果たせと言ったルイトの言葉を思い出すギエンだ。
それだけ信頼されているのなら、何かを返したいと思うのは人として当然の事だろう。
ゾリド王を見つめながらそんなことを考えていると、
「私に惚れたか?」
視線を交わしたまま、そんな冗談を吐いた。
「惚れてはいない」
真顔で返せば、赤い目が僅かに驚きを宿し、次いで笑みを浮かべていた。
ゾリド王は厳格で笑ったりしないように思われているが、存外に表情豊かだ。冷血だと噂される赤い色が言葉以上に感情を映す。

言葉の選択を間違った気がしていた。
彼という男に改めて感心させられたのは事実だったが、誤解されないように訂正する。
「そういう事じゃない。大体、何で俺が男に惚れなきゃいけねぇんだ。偶々男と寝ただけで、別に男しか興味ねぇ訳じゃないぞ」
色々と含めて弁解すれば、
「ふむ。そうだったか?」
特に響いていない口調で相槌を打った。

完全にそう思われているのは間違いない。
事実も、ほとんどそれに等しいが、かといってそう思われるのも癪で納得がいかないギエンだ。
ギエンが反論の言葉を考えていると、
「ゾリド。ギエンをそろそろ借りてもいい?」
背後から、空気も読まずに馴れ馴れしい声が割って入る。

ゾリド王をそう呼ぶのは数人しかおらず、こうも空気を読まない男は一人しかいなかった。
白衣のベギールクがゾリド王の肩を押し退けて、壁を背にするギエンを無理やり引っ張り出す。
「折角の定例パーティに、ギエンの独り占めは感心しないね」
目を丸くするギエンの手を引いて、
「君に紹介したい男がいる。黒魔術研究の専門家でね、色々聞いておいて損は無いよ。ゾリド。悪いけど連れて行くよ」
言って、返答も待たずに壁際から広間の中央へと連れていかれる。
すれ違い様に、
「ギエン。また夜にでも」
ゾリド王がそう囁き、軽く手を上げた。

「…」
ベギールクの視線がちらりとギエンへと向き、その視線に気が付くギエンだ。
「…うるせぇ」
「何も言ってないよ」
ベギールクには前回の時に何かを見られたのは確かだろう。
思わず視線を逸らす。

ギエンの耳元がほんのりと染まっていくのを見て、ベギールクが悪戯を思いついたかのように口角を上げた。
「今日、君の部屋を覗けば面白いものでも見られるのかな」
「ふ、っざけんな…」
小声で文句を返せば笑みを深めて、なるほどなるほどと繰り返す。ギエンの小言などまるで耳に入っていないかのように、素知らぬ顔だ。
「本当にやめろ。性質が悪い」
ギエンの声が低くなるのを聞いて、ベギールクがようやく視線を向けた。
「君だけの問題じゃないぞ。ゾリドにも影響することなのだから、カーテンをしっかりと閉め給え」
鼻先を指で突いて、真面目な警告をする。思わず反論できなくなるギエンだ。
「っ…、だから、そんなんじゃねぇって…」
返す言葉も弱くなり、小声が更に小声になる。
丁度その時、目の前からベギールクと同様に白衣を来た男がやってきて、会話を中断させられた。

ベギールクへの反論も中断され、もどかしい思いをさせられる。
挨拶しながらもやもやしたものを抱えたまま、二人の専門的な会話を右から左へと聞き流していると、ロスがやってきて親し気に挨拶をした後、それに加わって更に白熱とした議論を繰り広げ始める。
所在なさげに、彼らの会話を聞いているだけになるギエンだ。

実際、議論的なことは分からない。
ギエンにとっての黒魔術は、というよりは魔術全般が全て感覚的なものだ。それは直観に近く、考えて行うものでもなかった。
あーだ、こーだと熱心に議論する彼らの会話からさり気なく抜けて、ようやく一人になる。
テーブルに並べられた華やかなデザートを手に取り摘まんでいると、
「久しぶりだな。って程でもないが」
ハバードが横に並び、話しかけてきた。

顎髭を付け、ラフな出で立ちで笑みを浮かべる顔を見て、僅かに張っていた気が抜ける。
「なんだ、お前か」
ギエンの返しに、なんだとはなんだと笑いが返ってきて、釣られて笑った。
「お前も一人か」
珍しく周囲に人がいないのを確認すれば、
「お前も珍しいな。ずっとゾリド陛下と二人で話してたから、ゼレルがキリキリしてたぞ」
ハバードが手に取ったパイを一口で食べて咀嚼しながら言った。その言葉にやや驚きを感じるギエンだ。
「…なんでお前まで、ゼレルの話を…」
大きめのパイを頬張ったハバードが力強く噛み砕きながら、小さく頷く。
「ゼレルの態度を見てれば、何かあったのくらい分かるだろう?決闘以降、お前に傾倒してたしな」
「いや、何もねぇから」
即座にハバードの言葉を否定すれば、
「俺に言い訳してどうする?」
ハバードが笑みを浮かべたままそう言って、パイを流し込むように酒の入ったグラスを煽った。

ゾリド王にしろ、ハバードにしろ、ギエンからは想像付かないほど酒豪だ。
軽めの果実酒とはいえ、平然と水代わりにする彼らを見て、羨ましいを通り越してげんなりとしていた。
空になったグラスを見つめ、
「言い訳じゃねぇ。まるで俺が尻軽みたいに聞こえるだろ」
そう伝えれば、ハバードの黒目に煌めきが宿る。
「違ったか?」
にやけた笑みから放たれたその一言にイラッとさせられるギエンだ。それがハバードの狙いなのも分かっていた。
「っ…クソ野郎」
華やかなパーティ会場にそぐわない罵り言葉を小さく呟く。ゼレルと意図せずそういう関係になってしまった事は否定できない。
その苛立ちを緩和させようと、ハバードが食べていたパイを同じように食べていると、唐突に、
「タイが曲がってるぞ」
グイっと襟元で結んでいるタイを引かれ、強引にハバードと向かい合わせになった。

着替えの時はパシェが結んでいるから完璧の筈だ。タイが乱れるとしたら、ゾリド王と話していた時だろう。
特にそんなことは気にもならないギエンだったが、テーブルにグラスを置いたハバードが留め具を外してするりと結びを解いていく。
男らしい武骨な指が上質な生地の上を滑り、タイの長さを調整してから、慣れた手つきで皺を寄せ形作っていった。

笑みを消した俯き加減の真剣な顔に、ギエンの視線が釘付けになる。
形の整った眉に鋭さの宿る黒い瞳は野性味に溢れ、他に類を見ないタイプの精悍な顔付きだ。顎髭がより男らしく、非常に獰猛で力強い印象を与えていた。

まるで誰にも懐かない気高い獣のようだと思っていると、首筋に指が触れ、何故か妙な気持ちになる。
「…」
それを察したようにハバードが小さく口角を上げ、
「俺相手に、変な気配を出すな」
苦笑を浮かべて言った。
「…お前相手にそんな訳ないだろ」
そう答えながらも、一度意識し始めると余計に自制が利かなくなるもので、ピンを止めるハバードの指を見つめながら、胸が落ち着きを無くしていた。

「お前は世話役に頼り過ぎだ」
仕上げのようにタイの端を手の平の上で滑らせながら言って、ギエンと視線を交わせる。


黒い瞳が冗談や笑みを浮かべるでもなく、刺すような鋭さで真っすぐにギエンを見つめていた。その強さに目を奪われ、言葉を発する事すら忘れ見つめ返す。

そのまま数秒間、言葉もなく見つめ合う二人だ。


その場には、二人しかいないかのような空気の中、
「ハバード様」
お淑やかな声が唐突に、二人の仲を割って入った。

ハッとさせられるギエンだ。
それはハバードも同様で、驚いたように肩を震わせた後、すぐにギエンから離れ声の主の方へと振り返った。
「ミラノイ様。もうご挨拶は宜しいのですか」
先程まで、商い仲間に囲まれていた彼女を気遣って言えば、ミラノイが自信に満ちた笑みを浮かべ、
「えぇ。大丈夫です。
ギエン様。お久しぶりでございます。ハバード様をお借りいたしますね」
するりと彼の腕に手を掛けて、まるで伴侶のように寄り添った。
「…えぇ。ご自由にどうぞ」
そう返しながら、彼女がミラノイかと合点がいく。以前にパーティで見かけた際にもやけに自信に満ちた令嬢がいるとは思っていた。
彼女がそうだと知り、確かに納得の婚約者だ。ハバードの家柄にもよく合う家門だろう。
「またな」
ハバードがミラノイに連れて行かれるようにして、去って行く。

唐突にいなくなり、何となく寂寥感を覚えて後ろ姿を見送ってしまう。
色々なことを無かったことにして、色鮮やかなデザートへと気分を入れ替えるのだった。


2021.09.25
60話目前とか何の冗談や〜(゚ω゚;A)ギャ!
こんなに長々と付き合って下さる皆さんありがとうございます‼(*ノωノ)
ちょっとずつ…進展してる…筈…(笑)‼文字カウントとかしてないですが、何気にかなりの文字数いってるんじゃ?って気がしてます(笑)。商業誌だったら1巻くらい出せるんじゃないのかな?!(笑)なんちゃって(笑)‼

ちなみにゾリド王とハバードだったらどっちが攻めポイント高いんでしょうか?(*´∀`)‼王攻めは王道っちゃー王道(笑)。
ハバードは髭がネックかな?(笑)私の攻めキャラで髭持ちはいないと思う…!多分…!

最近、ギエンが平和なので物凄い落ちる話をオチ無しで書いちゃうかもです(笑)。多分、扱いは短編('ω')‼むちゃくちゃ救いの無い話(笑)!
はっ!セインの方も近い内に更新します(笑)。

拍手、コメントをいつもありがとうございます(#^^#)‼
不穏な感じ、私も好きです(笑)。同志がいて嬉しいです(笑)!でもそんな暗くしない予定なので期待しないで下さい(笑)♡

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 ***60***

ギエンにとって、ゾリド王との行為は他の者とは比較できないほど別次元のもので、誰にも真似出来ない感覚を呼び起こすものだった。

王族の強い白魔術のせいか、行為に溺れるというよりは眩しい光の波に溺れるという表現が一番近い。
息が苦しくなるほどの光の渦に襲われ、身体だけでなく頭の中まで色々と自制が利かなくなっていく。そうなると何を口走っているのかも分からず、それは回を重ねる毎に容赦が無くなっていった。

その日も定例パーティの後、深夜にやってきたゾリド王が、眠り眼のギエンを半ば強引に抱く。
翌朝のギエンは自己嫌悪に陥り、やや憂鬱な眼差しで起こしに来たパシェをぼんやりと見つめていた。
それでも白魔術特有の効果で、ぐっすりと眠った後のように精神は安定し、頭の中をくすぶる下らない思考がごっそりと洗い流されたようにスッキリとしていた。

あれだけの熱量で白魔術に晒されていたのだから、それはそうだろう。
強制的に頭の中を掃除させられた気分になり、それが余計に腹立たしい気持ちを呼び起こす。
相手をとっ掴まえて色々と弁解したい気持ちになるが、それをわざわざするのも恥の上塗りで気持ちを抑えるギエンだ。

「くっそ…」
口元を手の甲で隠して、小さくぼやく。
クロノコがポプポプと声を鳴らしてギエンの太ももにへばりついた。
「お前も、自分の寝床に行けよ…」
目元を染めたギエンがクロノコの頭を乱暴に撫でた。
柔らかな肌触りは、朝から抱える自己嫌悪を緩和させるほど滑らかで心地がいい。撫で摩っているとクロノコが嬉しそうに喉を鳴らして、大きくつぶらな瞳で真っすぐにギエンを見上げた。
その視線は、より鮮明に昨夜のことを思い出させるもので、思わずクロノコの瞳を手の平で覆い隠す。いくらペットとはいえ色々と見られた後とあっては、気まずい思いさせられる。
クロノコには理解出来ないことだとは思いつつ、
「ああいう時は気を遣って席を外すのが筋だ」
瞳を隠したまま言えば、クロノコが大きく頭を擦りつけて相槌のような動作をした。その可愛らしい姿に、どうでもいいかと思っていると、
「ギエン様、そろそろ支度をしないとロス様がお見えになられますよ」
冷静なパシェの声がギエンを急かす。

情事の跡を残すギエンの身体を見ても顔色一つ変えないパシェは慣れたもので、ギエンがクロノコと戯れている間に色々と支度が終わっていた。

整えられたテーブルにはいつ来客があってもいいように茶菓子とティーカップが置かれている。
寝台の足元には着替えが用意され、床には履物が置かれていた。

「相変わらず仕事が早い」
思わず漏れた言葉に、当然だと言わんばかりの笑みが返る。白銀の髪が陽の光を浴びて、朝から清楚な輝きを放っていた。
その輝きは昨夜の、ゾリド王の胸に宿る神聖な刻印を思い出すに十分で、
「…」
彼の勇ましく強靭な肉体まで思い出し、知らず鼓動が高まる。同時に、珍しく余裕の無い表情で名前を呼ぶ低い声が脳裏によぎり、昨日の熱まで思い起こしそうになって緩く頭を振った。

2,3日はあの表情に当てられることだろう。
勝手に火照った顔を冷やすように手の甲を当てて、のそりと寝台から抜け出した。


パシェの視線が浴室へと向かっていくギエンの背中に向けられる。
歩きながらシャツを脱ぐギエンの引き締まった背中が露わになり、深い刀傷の傷跡が目に映った。
ギエンの情事の相手が誰か既に知っているパシェだ。

その傷を見ながら、ゾリド王はどこまでギエンの事を知っているのだろうかと嫉妬にも似た思いを抱く。
だがそんな思いも、すぐに消えていた。
ギエンがそれによって少しでも元気になるのならいい事だ。

朝からギエンの普段とは少し違う表情を見れて、気持ちが上がる。
ギエンがいつ浴室から出てきてもいいように、準備するのだった。


***************************



精神魔術の訓練を始めてから10日程経つが、一向に成果は出ていない。必ず毎朝やっている訳ではないとはいえ、そろそろ多少なりとも成果が出ても良さそうなものだが、むしろ、良くなるどころか酷くなっている気がするロスだ。

初日と同様に初歩的な魔術でギエンの片腕を封じ、様子を見つめる。
ギエンの調子が悪い時もあるが、完全に集中力の欠いたギエンは酷いもので、
「ギエン殿。魔術を掛けられた状態を慣れた事にしないで下さい」
ロスの言葉に、クロノコを眺めたまま上の空だったギエンがハッとしたように意識をロスに向ける。それからギエンの腕に顔を乗せて、寛ぐクロノコをすくい取ってテーブルの端に移動させた。
「悪い…。眠気が…」
言いながら、目を強く瞬いてロスの顔を見つめた。
鮮やかな蒼い瞳が今にも寝落ちしそうに、ぼんやりとして甘い色を浮かべる。
「…」
その表情に、ロスが僅かに驚きを浮かべた。

実際のところ、ギエンが何も言わなくてもロスには昨夜のギエンが何をしていたか、推測が立っていた。
魔術に長けた者なら誰でも分かることだが、白魔術は特に痕跡を残しやすく、これだけの強い力を感じる相手は一人しかない。ましてや人ひとり、瀕死の状態から救えるのではないかと思えるほど強い力だ。
まるで挑発するかのように、ギエンの全身から白魔術の気配が漂う。


何故か唐突に、神経を逆撫でされた。


「…ギエン殿」
呼び掛けに緩い反応を返すギエンに、嘲りの口調で問う。
「昨日は随分と羽目を外されたようですが、お相手はどなたですか?」
誰が相手かとっくに分かっているロスだったが、白々しく訊ねれば、眠そうな瞳が驚きを浮かべ、光を宿す。
「何言ってやがる」
しらを切ろうとするギエンに対し、ロスが薄い笑いを浮かべて席を立った。

金髪碧眼の美青年から放たれるのは冷たい気配だ。
ゾリド王とは質の違う冷酷な雰囲気はギエンの眠気を飛ばすに十分で、
「ロス!」
強い口調で名前を呼び、制止する。
その唇に人差し指を立てて、
「どなたですか?」
再度、同じ質問をした。
「っ…」
視線が真向から合わさって文句を返そうと口を開く、その瞬間に、
「少し負荷を増やしましょうか。眠くなってしまうようなので」
ロスが冷静な声で言うと共に、片腕だけでなく両腕が封じられていた。
魔術の発動すら感じさせないロスのテクニックは賞賛に値するもので、
「…ぅ!」
テーブルに乗せた両腕がピクリとも動かなくなっていた。

突然のことに蒼い瞳が怒りを宿す。
「ロス!解け!」
苦情を言う声に苛立ちが混じり、らしくもない焦りが浮かんでいた。
「ご自分で解かれたらどうですか?片腕も両腕も変わらないでしょう?」
背後に回ったロスが嘲りを含んだ声で言って、ギエンの両肩に優しく手を置く。
それから、
「っ…?!」
襟元で留めたタイを唐突に解いた。
驚くギエンをお構いなしに、白い指が開けた襟の隙間から滑り込み、
「この跡を付けたお相手はどなたですか?」
耳元で、三度目となる質問をする。
「…関係、ねぇだろ」
唸るように返ってくる言葉にロスが冷笑を零して、褐色の肌に残る情事の跡を辿りながらシャツのボタンを一つずつ外していった。
「ぅ…、っく…!」
ギエンが歯を噛み締めて精神魔術を解こうとするも、ギエンの行為を嘲笑うロスの声に妨害され、腕が小さく震えるだけだ。
「もっと本気になって下さい。ギエン殿。早くしないと」
するりと手が胸元へと潜り込み、
「へそまで丸見えですよ」
「っ…!」
全てのボタンが外され、引き締まった身体がロスの眼前に晒されていた。
逸る呼吸で上下する胸にはいくつかの小さな傷があり、より男らしさを強調する。それだけでなく胸筋から腹筋、腰回りに至るまで鍛えられた身体は、隙が無く美しいフォルムを描いていた。
「ロス!悪ふざけはやめろ!」
ギエンの苦情に、ロスが冷ややかな笑いを返し、
「眠くなってしまう貴方が悪い。昨夜のお相手が誰か、白状したら解きましょう」
言って、首筋から鎖骨へ、鎖骨から胸元へと指が流れていく。
その度に、ギエンが息を殺して身体を小さく震わせていた。
「言う訳、…ねぇだろ」
歯を噛み締め、絞り出すように吐き出した低い声は、苛立ちに満ちたものだったが、
「っ…、!…ァッ…」
昨日の余韻を残したまま、ぷくりと立ち上がった状態の胸の突起に触れられれば、抑えられず小さな声を洩らしていた。
途端に、男らしく引き締まった身体が誘うように甘い気配を纏い、淫らなものへとなり変わる。
「ここをこんなにしたお相手はどなたですか?」
赤く尖る部位を指で弄びながら、耳元で訊ねる声に背筋が震え、
「ッ…、ロス!」
苛立った口調で呼ぶ声すら掠れ、色気が滲んでいた。

甘い気配を漂わせながらも額に青筋を立てたギエンが、唸り声を上げる。
力が入り肩が震えるのを見て、強い意思を感じ取るロスだ。
ギエンの開いたままの右手に視線を移せば、先ほどまではピクリともしなかった指先が僅かに小さく震えて、握り拳を作ろうとしていた。
「…」
多少の効果はあるのかとそれを眺めつつ、ギエンの首筋に手を添え上を向かせる。
「うッ…?!」
仰け反り呻き声を上げたギエンが苦し気に唇を開き、荒い息を吐いた。

剥き出しの首筋に苛立ちを強めるロスだ。
我が物顔でギエンの体に纏わりつく白魔術の気配が、どうにも神経に触る。昔の爽やかな思い出を穢された気がして、鬱血した箇所に舌を押し当てた。
「っ…!…ロ、…ス」
突然のことに動揺したギエンの意識は、完全にロスへと持っていかれた。
驚くギエンを気にもせず、歯を当て強く肌を吸う。

唐突に、風が円を描くようにロスの周囲に巻き起こり、テーブルに置かれた茶器がカタカタと激しくぶつかり合い音を立てた。
「ポプッ?!」
テーブルの端でギエンを見つめていたクロノコが驚き、短い手足をばたつかせて慌ててテーブルにしがみ付く。
巻き起こった風はギエンの肌を滑り、服をはためかせて体中を駆け巡る。最後に、首筋から耳、髪の毛に触れるように流れ、天井へと抜けていった。
「…」
何をされたのか分からず呆然とするギエンに対し、ロスがそっと身を離す。
ギエンの乱れた髪の毛を指先で直し、
「随分とゾリド陛下の気配が強かったので、流させて貰いました」
そう告げた。
「お前…」
そこでようやく全てを悟るギエンだ。

相手は誰かと詰問しながら、とっくに把握していたロスに批難の視線を返す。何食わぬ顔で椅子に腰かけ、ギエンに掛かっていた精神魔術を解いた。
「今日は終わりにしましょう。少しは効果があった気がします」
何もなかったように淡々と言ったロスを強い眼差しで見つめるギエンだったが、耳たぶは赤く染まり、怒りの中に羞恥を宿す。
ロスの青空のような瞳と見つめ合っている内に、目元までほんのりと赤くなっていき、
「…くそ…、最悪」
小さく悪態をついて顔を隠すように横を向いた。
手の甲で口元を覆って視線を逸らす、その表情にロスがくすっと笑って、
「次回はちゃんと集中して下さいね」
残っていた紅茶を飲み干した。
「…そうだな」
視線を逸らせたまま小さく返すギエンの表情がやけに扇情的で、記憶にある男とは別人だ。それでも、開けたシャツを引き寄せ胸元を隠す様は色気と共にどこか気品に溢れ、その高貴さが、彼を昔のギエン・オールと同じだと認識させる。

「ではまた」
「あぁ」
溜息混じりに返ってくる声を聞きながら、昔のギエンと同じだと思って爽やかな気分になるロスだった。


2021.10.05
眠い…ZZZ 若干、展開運びに悩んで書き直したりしてたら思ったより時間掛かってしまいました(◎_◎;)笑
サクサク進む時と、2,3日悩んでも2行くらいしか進まない時あったり(笑)。まぁ生ものです(←?笑)

いつも拍手ありがとうございます‼そろそろ300拍手なので(大感謝!!!)、何か拍手文になりそうなネタ(?)を考えておきます(笑)。いつも通り有言無実行なので期待せず(笑♡)。
目下腕が筋肉痛でキーボード打つのが辛い(笑)。
コメントもありがとう(*ノωノ)‼お返事、遅くなってすみません💦。キュン死してくれると非常に嬉しいです(´ω`*)笑‼王もお好きなようなので、若干匂わせておきました(*'V’*)♡笑

次回、ちょっと更新が遅くなる気がします(笑)。早め宣言(笑)。

応援する!
    


*** 61〜 ***