【総受け,男前受け,冷血】

 ***1***


 
15年ぶりに。
戦地に行き死んだとされていた父親が帰ってきた。


その知らせを受けたのは、剣術訓練の最中のことで、最初は何を言っているのかも分からなかった。とにかく来てほしいと言われ訳も分からず着いていくと、応接室に似つかぬ格好の薄汚れた男がいた。

ボロボロの布切れを羽織り、手入れのされていないぼさぼさ頭が顔半分を覆う。羽織の合間から見える体は傷だらけで、覇気の無い姿の男がソファに腰かけていた。
対面に座るのは王族騎士団の団長で、彼らの後ろには名高い面々が揃っていた。煌びやかな彼らの存在が、余計に彼のみすぼらしさを強調していた。

思わず何事かと及び腰になる所を、
「ミガッド!君の父親だぞ!」
ぐいっと肩を押しやられ、室内へとねじ込まれた。
集まっている面々が、一同揃って彼に視線を投げる。
いたたまれない気持ちになって、
「と、…父さん」
見知らぬ相手に呼びかけた。


そう呼ばれた相手が僅かに笑みを乗せて、
「ミガッド…大きくなったな」
囁くように呟いた。
立ち上がった男が思ったよりも大きくて、驚く。
歩み寄ってきて手を伸ばすのを見て、咄嗟に後ずさっていた。

「貴方が獣人族討伐に行かれて15年が経ちます。ご子息が驚かれるのも無理もない」
王族騎士団の団長が咄嗟に逃げたミガッドをかばうように付け加えた。

それもそうだ。
最後に会ったのがいつかなんて覚えていない。15年前が本当なら自分は4歳だ。
父親の顔など覚えている訳がない。
こんな薄汚れた男が父親だと言われ、すんなり受け入れられる訳も無かった。

憐れみの沈黙が流れる。
それを打ち消すように、王族騎士団の団長が咳払いをした。
「ご子息に会わせたくて無理やり連れてきてしまいましたね。まず身を整える場所を案内しますので、こちらへどうぞ」
そういって席を立ち、父親だという男を連れて行く。
「15年ぶりです。色々と混乱されることも多いと思います。落ち込まないでくださいね」

騎士団の団長は憧れの存在だ。
出来るなら父親と呼ばれた見知らぬ男よりも、彼ともっと話をしたい。
その想いも虚しく、連れだって去って行った。

「良かったな!お前の父親が生きてたなんてまるで奇跡だ。王もお喜びになるぞ」
訓練長が上を向いて悦に入ったようにニヤニヤと笑いを浮かべた。
「何がそんなに…」
思わず零れる本音は聞こえておらず、
「15年前の惨劇は、今でも内部の者たちには衝撃的な事件として語られてる。ミガッドはまだ小さかったからよく知らないだろうが、実力者ばかりの騎士団が皆殺しにされた事件だ。お前の父親も死んだと言われていたが…、本当に無事で良かった」
ホッとした顔をする訓練長は、日頃あまりお目に掛かれない表情で何度か頷いた。
年の頃30代後半で、恐らく父親と同じくらいの年齢だ。

あれは確かに凄惨な事件だっただろう。
30人以上いた騎士団が全滅したのだから。

頼りにしていた国屈指の騎士団が全滅したことにより、国の治安は大混乱となった。王の親衛隊も不在の状態となり、慌てて代わりの者を探し回ったと聞く。
それにより制度が変わり、騎士団は王族騎士団と警備隊に分かれ、兵力を分散することになった。

だが単純に、その世代が弱かっただけだろうと今の同世代の大多数は思っていた。
王国近辺に出没する獣人族は決して強くはない。訓練長は確かに強い人だ。だが世代の違いを感じていた。

「今更…父親とか言われても困りますよ…」
思わず頭を抱えるように髪をかき上げた。
「…一番…辛いのは君のお父上だろう。どうやって今まで生きてきたのかも分からない。獣人族の討伐に行って、奴隷のように地下牢にいた所を救い出されたと聞いている。想像もできない事だ。加え、かつての妻は親友と、息子は自分を他人のように見る、それがどれだけの辛い事か、ミガッド、よく考えてお父上と接して欲しい。彼を支えられるのは家族である君たちなんだから」
「…分かりました」

そこで初めて、救い出されたという事実を知る。
色々と情報が後出し過ぎて益々頭が痛くなってきた。

家族として、これからどう接していけばいいのかまるで分からずにいた。



2020.12.25
メリークリスマス!(^^)!
宣言通り、年齢層高めで、男前受けを始めちゃいました(笑)。
今回は人間関係メインの恋愛色弱め?、総受け強め?でいこうと思ってます(笑)。エ…?


    


 ***2***


「具合は、…どうですか?」
湯舟に身を沈めた男に騎士団団長のガレロが気遣いの声を掛ける。
メイドの一人が彼の身体を布で優しくこすっていた。天然素材で作られた石鹸の香りが室内に広がり華やかなものとなる。絡まる髪を梳き、汚れを洗い流していった。
「ガレロと…、言ったか…。何から何まですまない」
メイドから布を受け取り、出て行くように指示をする。世話をされていることに慣れている者特有の態度だった。
受け取った布を湯に浸して絞り、顔を温めるように当てて深く息を吐く。
「ミガッドの面倒はダエンが…。まるで父親代わりだな…」
弱ったように溜息を付いた。
「いや…、ダエンに感謝しなければ…。ダエンは今、どうしてるんだ?」
顔を覆っていた布で水気を取るように髪をかきあげる。
ガレロが彼を一瞥し、僅かに驚きの表情をした。

存外に強い光を宿した鮮やかな蒼い瞳が、真っすぐに見つめていた。
15年も、奴隷として監禁されていた男とは思えない強い目だ。体つきも、決して痩せているでもなく、引き締まった身体でそこらの兵士よりも頑強そうな肉体だった。
褐色の肌に傷だらけの身体は事情を知らない者が見たら、今も前線で戦う戦士そのものだろう。

「ダエン殿は今、警備隊長をやっています。貴方の事は知らせを出したので、夜にはお会いできるかと思います」
「そうか…出世したな。会うのが楽しみだ」
パシャパシャと水音が響く。

しばらく無言の後、一際大きな水音を立てて彼が立ち上がった。
メイドの用意したタオルで全身を拭きとった後、置いてあった服を身に付け始める。
それは騎士見習いが着る質素で地味な制服だったが、ズボンのベルトを締め、襟元のボタンを留める頃には、一人の立派な騎士がいるかのような出で立ちだった。見る者の目を奪う、鮮やかな蒼い目が黒い騎士見習いの服装に良く映え、襟から袖まで入る銀色のラインが煌びやかな印象を与えた。
歩み寄り、ガレロの目の前まで来ると目線の高さは同じだ。
「いきなり俺が生きてたとあっては、君も対応に困るよな」
どこか他人事の調子でそう言った。深く濃い藍色の髪が一筋、端正な顔に掛かる。弧を描く眉に切れ長の目は強い意思を宿し、年齢以上の若々しさがそこにあった。その瞳の強さに反比例するように、淡い桜色の薄い唇が酷薄な気配を漂わせる。薄らと笑みを浮かべると、その気配がより濃厚になり、そのアンバランスさがガレロを戸惑わせた。
それをおくびにも出さず、
「私は、昔から貴方を尊敬してました。戦死したと聞かされた時は、しばらく食事が喉を通らなかった程です。貴方が望むのであれば喜んで団長の座を明け渡しましょう」
淀みなくそう答えを返す。
「…そうか」
蒼い目を僅かに眇めた後、笑みを消して呟く。
「今更、俺みたいな存在が団長を名乗れば、いらぬ荒波を立てるのが容易に想像できるしな。安心しろ。あんなものに興味は無い」
すっと、姿勢を崩してズボンのポケットに片手を突っ込んだ。顔を斜めに傾けガレロに流し目を送る。
「幻滅したか?かつて尊敬してた男が、こんな男で」
髪をかきあげ、ふっと片頬をあげて卑屈に笑った。


本人は自嘲したつもりなのだろう。
その様が、あまりにも魅力的で、
「いえ…、自分は、決して…」
返す言葉もしどろもどろに途切れる。

初心な年頃でも無いのに、ガレロの頬が薄らと赤く染まり、狼狽したように視線を足元へと落とした。
「今のうちに言っておくが、幻想は捨てた方がいいぞ。俺は出来た人間じゃない。今だって…」
すっとガレロの顔を上げさせて、唇を近づける。
「君の好意に付け込もうとしている。権力者には媚を売っておいた方が後々困らないからな」
耳元でそう囁いて、何事も無かったように身を離した。
呆然とするガレロを鼻で笑って、
「で?次は誰に挨拶をすればいいんだ?」
そう促した。

次の行動が全く読めない男だ。
一瞬で高鳴った鼓動をひっそりと宥め、冷静を装う。
「王に連絡してありますので、帰還と今までの経緯のご報告を…お辛い事もあるかと思いますが、復権の手続きもしておりますので、ご安心下さい。しばらくは帰る家が無いので王城に泊まっていただく事になりますが…、何不自由ないよう手配しておきますので不足な部分は遠慮なく申しつけ下さい」
「何故そこまで気を遣う?かつて団長だったとしてもあれから15年だ。何の役にも立つまい」
ガレロの言葉に懐疑的になるのも当然だろう。彼のした否定的な質問を即座に否定して、
「ギエン・オール。この国でこの名を知らぬ者はいません。齢12の若さで魔術高等技術を身に付け、その僅か3年後には、剣術最高峰の王立大会に優勝、16の若さで騎士団入りを果たし、20歳の頃には当時最高峰と言われる王族専属の騎士団団長を任されている。これ程の人材を無下にする理由がありますか?」
ギエンと呼ばれた彼の経歴を淀みなく語った。
「だが15年だ。何かを失うには十分の期間だろう?剣術だって錆びて、魔術は子どもよりも下手かもしれんぞ」
「その身体でですか?鍛える事を怠った人の身体ではないでしょう?」
言われた当人は何故か、不満そうに眉を顰めた。

鮮やかな蒼い瞳が不機嫌そうな色を浮かべ、ガレロがたじろぐ。
それも一瞬で、
「好きに期待していればいい。俺には関係ない」
すぐに表情を変え、どうでもよさそうに言った。

ギエン・オール。
責任感が強く誰にでも人当たりが良く、多くの隊士から慕われていたと言う。

こんな男だっただろうかと。
当時抱いていた憧れの気持ちが、揺らぐ。

15年も経っているのだ。人は変わっていく。どんな人間であろうと以前と全く同じという事は無い。ましてやどれほどの苦難を乗り越えて来たのか計り知れない。常人では耐えられないような苦痛もあった筈だ。

そう思って、揺らいだ自分を律した。

「こちらへどうぞ。王の間にご案内いたします」
じっと見つめてくる鮮やかな蒼い瞳に告げた。
部屋を出れば、硬質の通路であるにも関わらず足音も無く付いてくる。

名声高かった当時よりも、力が劣っているという事は無いだろう。身のこなしから容易に推測できた。
通常ならかつての名声を取り戻そうと躍起になってもおかしくない筈だ。

それが奇妙な違和感となって残り続けていた。



2020.12.25


どちらかといえば、ギエンの性格は最悪です(笑)。

    


 ***3***

王の質問は厳しいものだった。本当に本人なのかの身分確認から、どうやって生き残ったのか、何故他の者は全滅するに至ったのか、事細かに質問を投げ掛けた。それに対し、何の感情の変化も無く答え続け、小1時間後にようやく顔を上げる事を許可された。
労いの言葉の後、歩み寄った王がギエンを軽く抱き締め肩を叩く。
二人の中は旧知の仲だ。当時、王が最も信頼を置いていたのが騎士団でもあった。

傍らに立つ息子二人を紹介した後、各地位の面々を紹介していく。
夜には祝いの宴を開く事となり、解散となった。


勿論、何もかもが順調に迎え入れられた訳ではない。好感情があれば当然のように悪感情もあり、王との挨拶の間にも、回廊を進む間にも、チラホラと否定的な視線が向けられた。
特に若い世代や、王都へ来て日が浅い者に多く、見知らぬ異邦人が何事かと軽蔑の目で見る者さえいた。
それらの視線を受けても引け目を感じるでもなく、黙々とガレロの後を付いていくギエンはやはり並みの心臓の持ち主では無い。

そのまま訓練場へと案内され、
「私の案内はここまでです。また夜にお会いしましょう」
ガレロから、訓練場の責任者であるハバードへと引き継がれた。先程、息子を突き合わせた男だ。黒髪に三白眼の目、顎髭を蓄えた男は、その見た目に似つかぬ笑みで、
「これはこれはミガッドのお父様、すっかりお綺麗になられて。昔を思い出しますな」
がっしりとギエンの手を両手で握り、熱い挨拶を交わした。
「嫌味な奴だな。お前が訓練長とは呆れる」
握られた手を払って、ぶっきらぼうに言う。
「久々の再会だ。少しくらい茶番に付き合えよ」
ハバードの冗談に、ギエンが小さく笑った。
「お前は変わってねぇな。相変わらず馬鹿で安心した」
終わるまで訓練の様子を観察する事にしたらしい。長居する態勢で、ハバードの隣に立った。

しばらく沈黙の後、ふと真顔になったハバードが、
「俺は騎士団に入らなかった事を後悔してる。あれは本当に酷い事件だったな…」
遠くで剣術稽古をする隊士達を眺めながら呟いた。
「何も知らねぇ癖に…。お前がいた所で、…救える命はねぇよ」
横に立つ男を一瞥して、ギエンが言った。

武器庫の壁に寄りかかり、腕を組む。
当時を思い出したように顔を顰め、舌打ちをした。

あの頃にはしなかった鋭い目だ。
正義感に溢れ、真っすぐに輝く未来を見据えていた青年はもうそこにはいない。
その事実をすぐに察するハバードだ。
だが、それが何だという。

15年だ。
それだけの月日が流れ、非情な環境に身を置いていたのだ。
多少、歪んでしまったとしても当然だろう。

「サシェルの事は…聞いたか?」
酷な事は早い内に耳に入れておいた方がいいだろう。
探りを入れれば、既に聞いていたようで更に眉間の皺が深くなった。
「仕方ねぇさ。俺は死んだことになってたし、昔からダエンの野郎はサシェルに惚れてたからな。そうなる運命だったんだろ」
口ではそう言いつつも、やはり衝撃は大きいのだろう。
腕組みに力が入り、寄り掛かっていた壁が軋んだ音を立てた。
「…まだ当時4歳の息子だ。サシェルも寂しかったんだろう。自分一人じゃ育てることもとても無理だ」
「分かってる。ミガッドもおかげで立派に育った。ダエンには感謝してる」
息子であるミガッドが剣術稽古を受けている様を見つめていた。
淡い茶色の髪に琥珀色の瞳、秀麗な美貌は母親であるサシェルに瓜二つだ。それは若い頃のサシェルそのもののようだ。
「本当はミガッドも俺の子じゃなく、ダエンの子だったりしてな」
ふっと片頬で笑って、ハバードに流し目を送る。
「俺に似てる要素もねぇしな」
「はぁ?あまり馬鹿を言うな。あの当時、サシェルはお前にベタ惚れで見ていて健気過ぎて涙が出てくるくらいだ。そんな訳ないだろう。15年も世間から隔離されて頭がイカれたか?」
誰もそこまで当人を目の前にしてハッキリ言わないだろう。

鮮やかな蒼い目が驚きの色を浮かべ、すぐにギエンが大笑いした。
本当に頭がおかしくなったかとハバードが目を点にしていると、ひとしきり笑ったギエンが、ハバードの目の前に立ち、
「お前の方が余程信用出来る」
意味深にそう言った。

お前の方が。

一体誰と比較しているのか。
親友のダエンか。
だが、サシェルと再婚した事が裏切りだというなら、それは仕方が無い事だ。未亡人が一人で生きていくには酷すぎる。

「やはり頭がイカれたか。親友のダエンと一度ちゃんと話を付けた方がいい。勿論、家族も一緒に」
「言われなくともそうするさ。お前ほどハッキリ意見を言ってくるとは思えないけどな」
すぐに興味を失ったように、また壁に寄りかかった。

その横顔は、当時の見知った顔よりも精悍さが増している。珍しい鮮やかな蒼い瞳も濃い藍色の髪も、以前と全く同じだが、その骨格は以前よりも男らしく、当時には無かった哀愁が漂っていた。
切れあがった凛々しい目には鋭さが宿り、引き結んだ唇からはこの世の不条理さへの苛立ちが感じ取れる。

それ以上に。

風に煽られ、はらりと前髪が目に掛かった。それを何気ない動作で払う。ゆっくりと瞳を閉じて開く。
そして眩しいものでも見たかのように目を眇めた。

その動作、一つ一つに。
かつては無かった色気が溢れていた。



2020.12.29
始めたばかりの話なので10話目くらいまではサクサクアップする予定です〜!(^^)!
年齢層高めなのでちょっとどのくらい受け入れられるのかな〜(笑)

私的な話ですが、私がサイトを立ち上げた頃、世界は彼を中心に回るという小説を書いてて(今来て下さる方で知ってる方はいるのかな???)、まぁその主人公の年齢が26〜27歳です(笑)。
当時は凄く悩んで決めた年齢で、主人公には7年間の空白期間があるんだけど、その重要な期間をねじ込むために、どうしても年齢を20後半にせざるを得なくて、老けすぎか?とむっちゃ悩んだ記憶があります(笑)。
今じゃ20後半なんてむっちゃ若い(笑)。
あの話は最後まで構想は出来てたんだけど、バッドエンドなんで未完で終わってます(笑)。
好きな主人公だから、そのうち、いつか別次元の続きを書きたいなーとは思ったりしてるけど…(笑)。と余談ですがふと思いました(笑)。
    


 ***4***

夜、祝いの宴はまず王の言葉から始まり、ギエンの帰還が集まった者たちへと改めて告げられた。
王の隣に立つギエンは、昼間ミガッドの前に現れた時とはまるで別人で、見る者の視線を奪うに十分過ぎる程、洗練された姿形だった。位のある人間特有の華やかさと清潔感がにじみ出る。

一人ひとり握手をし見知らぬ者へは紹介を、見知った顔には再会の挨拶をして回った。

その様子を不安そうな目で見つめる美女がいた。
淡い茶色の髪に琥珀色の瞳の女性で、両手を前に組み静かに彼がやってくるのを待つ。隣に立つミガッドが心配そうに母親を見つめていた。
近くまで来たギエンが、
「サシェル…相変わらず美人だな」
開口一番にそう挨拶をした。他の者にしたのと同じように肩へ腕を回し抱き締めようとして、既に他人の妻である事を思い出したかのように動きを止める。
「ダエンも…元気そうで良かった」
すぐ傍らに立つ男を見て、今度はぎこちなく腕を回し抱き合った。
黒髪に黒目、真面目そうな風貌の男が強張った表情で、
「ギエン、君が生きていて本当に良かった…」
戸惑いの宿る声音で言った。
「本当に…、君に何と言ったらいいのか…」
ちらりとサシェルを見て、それからミガッドを引き寄せるように肩を抱いた。
「気にすることは無い。どうしようもなかった事だ」
ミガッドの肩に置かれた手に視線を落としたギエンが変わらぬ表情で返す。
「で?ダエンは今警備隊長をやってると聞いたぞ。仕事はどうだ?」
ニッと珍しいくらいの笑みを浮かべた。
湿った空気を払うように、力強くダエンの肩を2,3度叩く。
その力強さに苦笑を浮かべたダエンが、
「ぼちぼちだよ。警備隊長と言っても街を見回るだけだから…。騎士団に比べたら危険度は全然低いよ」
何てことないように言葉を返す。

それをギエンが笑い飛ばした。
「危険度が無いって事はないだろ?後ろから突然襲われる事だって考えられる。
どの隊だろうと死ぬリスクは常にある」
ギエンが言うと、洒落にならない。周囲にいた人々が静まり返って、二人を見た。
いかにギエンが人々の関心を引いているか分かる周囲の態度だ。ダエンが気まずそうにちらりと周囲に視線を投げ、サシェルと視線を交わす。
凍り付いた場の空気を壊すように、
「ダエン、気にすんな。ギエンは世間から隔離されて少し捻くれちまったんだよ」
会話に割って入ったハバードがギエンをフォローした。
持ってきたグラスをギエンに手渡し、グラス同士を無理やり合わせて鳴らす。
「お前との再会は祝福しないがな」
無理やり再会の挨拶をされたギエンが嫌そうな顔でハバードに短く伝え、渡された酒を一気に飲み干す。

一拍後、突然ミガッドに視線を移し、
「今までどんな事をしてきたのか色々と話しを聞きたい。いいか?」
そう訊ねる。
ミガッドが驚きの表情を浮かべた後、許可を得るようにダエンを見上げ、それから強張った笑みで頷くダエンを見て表情を曇らせた。
「あー…、はい…」
敬語で答えた息子の対応に、ギエンが表情を変えるという事は無かった。

だが、周囲の人はそうでもない。各々談笑しながら、彼らのやり取りを窺い見て、ギエンが再び彼らと家族のような関係に戻るのは難しいだろうと悟っていた。
好奇の視線がちらほらとギエンへ、それから親友のダエン、元妻のサシェル、最後に息子のミガッドへと移る。

それを感じていないのは、この場ではギエンだけだろう。
いや、ギエン自体も感じていながら素知らぬ振りを続けているのかもしれない。


かつて英雄と持て囃された男が、こんな下賤な好奇心の対象になる。
それが腹立たしく思え、何も言わないギエンが余計にハバードの苛立ちを強くした。
ダエンもダエンだ。
何故親友なら、もっと心地よくギエンを迎え入れないのか。申し訳なさよりも、生きていた事への感謝の方が大事な感情だろう。

思わず握り拳を作る。
自分とギエンは決して親友ではない。どちらかといえばいがみ合っていた関係だ。初恋の相手はギエンに奪われ、欲しかった称号もギエンに持っていかれた。ギエンに好意があるかと言ったらそんな事は無いと断言できる。

若い頃から神童と称えられ、多くの名声を手にしてきたギエンだ。自分に自信があればあるだけ、目の上のたんこぶだ。
それでもそんな彼とライバルだと自負出来たのは、武術では常に自分の方が上だったからだ。剣術はギエンに及ばなくても、他の者よりは圧倒的に強いという自信もあった。ギエンが異常なレベルなだけで、ハバードも十分、秀才のレベルだった。向こうにどういう感情があったのかは知らないが、ハバードはギエンをライバルだと思ってずっと競ってきた。


だから。
騎士団には入らなかった。同じ道を進んでは、一生のライバルではやっていけない。常に反対の位置で、常にギエンを上回る力を身に付ける。
それが当時のハバードの目標だった。

そんな過去があるからこそ、自分が認めている男がこんな待遇をされるのは納得がいかなかった。


「ミガッドは剣の才能がある。やっぱりお前に似たんだろうな」
苛立ちを無理やり抑え、努めて冷静に言ったハバードの言葉に、
「そうだ、剣術の才能があると思って、王立訓練学校に入学させたんだよ。ギエンもそこに行ってただろ?」
ダエンが明るい声で同調した。
「僕らが出会ったのもその頃だったね。ミガッドにもいい親友が出来るといいと思って…」
「出来たのか?」
ギエンの言葉に、ミガッドが首を横に振る。
「その代わり、彼女は出来たみたいだけどね。ほら町娘の、…何だっけ…。君が15の時に花束を1000束送って告白するって言ってた…」
「ユイ?」
「そうそう!彼女の娘だよ!今も付き合ってるんだろう?ミガッド」
「父さん、止めてくれよ。そんな話…!」
ミガッドが恥ずかしそうにダエンの肩を押しやって言った。

『父さん』
それは本来、ギエンに向けられるべき言葉だ。

一瞬の沈黙が走り、乾いた笑いがダエンから零れる。
ミガッドがしまったという顔で、口元を覆い、気まずそうにギエンをチラ見し、それから何の表情の変化も無いギエンを見て、安堵した。

「父さんか…。俺の事もそう呼んでほしいな」
周囲に走った緊張などお構い無しに、グラスを回しながらギエンがそう言った。
「昔はあんなに俺の事を父さま、父さまと呼んでいたのに」
ずいっとミガッドの顔を覗き込み、鮮やかな蒼目が面白がるように笑みを浮かべる。
首を傾げ、まるでキスでもするかのように、ミガッドの首筋に手を添え上を向かせた。
「…あ、の…」
戸惑いの声を上げるミガッドを更に煽るように顔を近づけ、見ている方がドキッとするような動作でミガッドの耳に髪を掛けた。
魅入られたように動きを止め、固まってしまったミガッドを救うように、
「ギエン。悪ふざけはやめろ」
ハバードがギエンの肩を引いてミガッドから強引に引き剥がした。
「お前がやると洒落にならない」
ギエンが片手に持つ空のグラスを受け取って給仕に渡す。代わりに水を持ってくるように伝えた。
「何が?」
すっ飛ぼけたギエンを呆れた目で睨む。
「実の息子相手に妙な空気を出すな」
「別に何もしてないだろ?父さんと呼んでくれとせがんだだけだ」
先ほどとは打って変わった態度で、捻くれた方笑いを浮かべる。
やってきた給仕からグラスを受け取りハバードが口を付けていないグラスと交換した。
今度は飲み干す事なく、軽く唇を付ける。
「俺はミガッドの父親として戻りたい。それのどこが悪いんだ?勿論、ダエンのことは親友だと思ってるが、ミガッドは俺の子だ。サシェルが心変わりした事はしょうがないとしても…、実の息子を取り戻したいと思う事の何がいけない?」
「…」
ハバードは当事者ではない。
真っすぐに告げられた言葉に、何と返すべきか分からなかった。

「ギエン…」
声を掛けるのはダエンだ。
振り返るギエンの手をそっと取って、
「決めるのはミガッドだよ。僕らじゃない」
落ち着いた声で諭す。
ミガッドが不安そうにダエンを見上げていた。
「…」
ギエンが視線を逸らして俯く。
それからふっと短い溜息を付いて、
「味が変わったんだな…。晩餐会で出される果実酒は代々王族に卸してる一族が作ってた筈だろ?これは好かねぇ味だ」
唐突に話題を変えた。
ホッとした顔でダエンが答えようとして、すぐに別の人物の存在に気が付く。
ギエンの真後ろに立った男が、
「推察通り、別の貴族に卸させている。ウィル一族の後継者がいなくて潰れたんでな」
そう言って、手に持つグラスを交換した。
「祝い酒だ。受け取れ」
給仕が皆に配る酒とは別の色の酒だ。
「…わざわざどうも」
ギエンの返答に、
「王に何たる無礼なっ…」
側近の一人が血気盛んに身を乗り出すのを、手で制し黙らせる王だ。
燃えるような赤髪に血のような赤い瞳が、彼の醸す冷酷な気配をより濃くする。
「ギエン、二人で話がある。付いてこい」
顎をしゃくってギエンをその場から連れ出した。
黙って付いていくギエンに対し、一緒に行こうとした側近はその場で待つように命じられ、不服そうに二人を見送る。

彼らがいなくなり緊張していた場がふっと解放されたように緩やかな空気になった。
いつものように談笑が始まる。
時折、ダエンやサシェルが遠くへと行った二人へ視線を投げては、何も変わらない日常のように平穏を装った。

ハバードは彼らの会話から抜け出し、仲間の所へ行き少し話した後、一人酒となった。
グラスを煽りながら、二人で親密そうに密談をする彼らに視線を投げる。
王は昔からギエンを信頼していた。
それは今も変わらないのだろう。

少しホッとしている自分がいた。
家族に迎え入れられず、親友には背を向けられ、ギエンには辛い帰還になるのではないかと。
だが、自分も含め少なからず歓迎している者も多いという事がギエンに伝わっていればいいと思う。
一番大切な者は手を離れてしまったかもしれない、それでも、また新たに自分の場所を見つけてほしいと切に願っていた。



2020.12.29
もう年末ですね!来年は牛年らしい…!!(^^)!

良かったら➡
拍手を送る(*`д´)b💛
    


 ***5***

「こちらが泊まっていただくお部屋となります」
しばらくギエンの面倒を見る事になった世話役の男が無表情のまま、ギエンを王城の一室へと案内した。
城の中心部からはだいぶ離れ、回廊を抜けた先の離れにあるような一室だ。
だが、申し分ない部屋だった。広さも十分すぎるもので、浴室まで用意されている。寝台は立派なもので、大人が二人寝転がってもゆとりがあった。
「明日、朝食をご用意しお持ちいたします。今日は疲れたでしょうから、ごゆっくりお休みください」
しっかりと対応しろと王に指示でもされたのだろう。
きっちりとドア前でお辞儀をして去って行った。

静かに音を立てて閉まったドアをギエンが横目に見遣る。すっと表情を変え、首元まできっちり留めていた襟元を緩めた。中に着ているシャツのボタンを外していく。上着をばさりと乱雑に放り投げ、どかりと椅子に腰掛けた。
背もたれに寄りかかりながら、綺麗に磨かれたテーブルに長い足を乗せる。

「下らねぇ…」
蒼くどこまでも澄んだ鮮やかな瞳が、この世の全てを憎んでいるかのように鈍く光った。



*********************



翌朝、宣言通りに世話役の男がドアをノックした。
しばらく待つも一向に返事が無く何度かノックを繰り返した。それから躊躇いがちに扉を開く。

「ギエン様。朝食をお持ちしました」
彼の声掛けにも無言が返る。カーテンの閉められた暗い室内で、惰眠を貪る男が寝汚い姿で柔らかな上掛けを抱き込むように寝ていた。
乱れたシャツから背中が大きく覗く。そこには古い刀傷の跡が右肩から左脇腹辺りまで大きく走る。体中にある傷跡の中でも特に目立つ大きな傷跡で、
「…」
思わず、持っていた盆を落としそうになり慌ててテーブルの上へと置いた。
「ギエン様」
歩み寄り、揺すり起こそうとして更に気が付く。
寝台から垂れ下がる手首には赤黒い手枷の跡がくっきり残り、左肩には人間のモノでは無い獣の歯型が残っていた。
触れる事を躊躇うには十分だ。

揺すり起こすのを止め、向きを変えた彼が窓際まで歩み寄りカーテンを盛大に開ける。途端に薄暗い部屋に眩しいばかりの陽の光が差し込んで、
「ぅ…」
さすがのギエンも呻き声を立てた。
「朝ごはんです。ギエン様」
彼の毅然とした言葉に、眉間に皺を寄せたままのギエンがむくりと起き上がって、乱れた髪を乱雑に掻き混ぜる。それから肩までずり下がったシャツの襟を引き、胸元で一つ、ボタンを留めた。
片膝を立て指で彼を招く。

すぐに意図を察する世話役だ。
指示通りに、テーブルに置いた盆を、ギエンの傍まで持っていき、
「あまり感心はしませんが、一先ず貴方は私の主になりますので、どうぞ」
苦言を零しながら手渡した。

「お前、名前は?」
受け取った物をベッドに置き、ふと顔を上げたギエンが今更のように名を聞いた。
「パシェ・ゼキトと申します。王城に住む間はお世話を任されましたので、御用があれば何なりとお申し付け下さい」
「そうか。いつまでかは分からんが、宜しく」
銀製のスプーンを手に取り、皿に入った物をすくい取って口に運ぶ。
それから、
「後は自分でやるから下がっていい。しばらくこの部屋を出入りしながら仕事を探すことになるが、俺の行動を気にする必要は無い。適当にしててくれ」
そう突き付けた。

世話役は身の回りの世話などをするのが仕事だ。スケジュール管理も、移動手段の準備も、服装の仕度も全て世話役が行う。ギエンから何もしなくていいと指示され、突然のことにどうしたらいいのかと戸惑いの顔をした。
まだ20代後半で、世話役としては未熟な域だろう。

気合の入った服装の着こなしはこの仕事への情熱が窺える。世話役として名を馳せれば更に上級位の人に仕える事も出来る。
ギエンの世話はかなり特殊な部類の仕事だ。ここで成功を収めたいという思惑があった。

それ以上に。
任された仕事を失い、どうしろというのか、その困惑の方が強い。

「…ギエン様に何かあれば、私が責任を負うことになります。不服でしょうが、身の回りの世話をさせて頂きます」
半ば強引に、言うと同時に扉で仕切られた浴室の準備を始めた。それからてきぱきとギエンが口を挟む間もなく、履物と羽織り、それから綺麗に折り畳まれた着替えが用意される。
温かな湯気の立つ濡れタオルを片手に、
「本日のご予定は?」
彼の挙動を呆然と見ていたギエンに言った。
「…」
無言で皿の中を掻き混ぜるギエンの顔を問答無用で拭きながら上を向かせる。
強引なパシェの行為に諦めたように、大人しく目を瞑った。

長い睫毛が自然と上を向き、形の良い目の形に影を落とす。褐色の肌が健康的で、奴隷だったとは思えない肌艶の良さだ。荒れも無ければ傷もない。傷だらけの身体とは真反対で、それが尚更ギエンの整った顔を引き立てていた。
薄い唇が緩く開く。白い歯が僅かに覗き、ふとパシェの心を捉える。まるでキス待ちのようだと、そう思った途端に、らしくもなく鼓動が跳ねあがった。
こんな年上の、それも男に。
思わず、タオルを握る手に力が籠る。
強引に顔周りを拭いて乱れた髪を綺麗に整えていった。

「終わったのでどうぞ。
早く食事を終わらせてください。食器を片付けて参りますので、その間に朝湯でもお入りください」
すっと何も無かったように立ち上がり、浴室の水を止める。
「予定が分かりませんので馬を用意しておきます」
言って、ギエンの横に立った。
「…」
食事を再開せざるを得ない。
男らしい食べ方で皿をあっという間に片付けて、
「今日は息子の様子を見に行く。馬は必要無い。夕方には戻る」
パシェの胸に皿を押し付けた。
「世話をしたいなら無理に止めろとは言わねぇがな、俺の世話をしなくても怒られたりはしない。それに何のメリットも無いぞ」
「そういう問題ではありません。これは私の仕事です」
姿勢正しく言い切った彼は、確かに仕事が出来る男なのだろう。
ギエンが軽く溜息を付いた後、手で払う仕草をした。履物を履き、シャツを脱ぎながら浴室へと向かっていく。
途中、床に放られたシャツをパシェが拾い上げ、
「ではまた後ほどに」
頭を下げて部屋から出て行った。

それをちらりと横目に見て浴室の扉を閉める。
猫足バスタブに腰を掛け温度を図るように手首を浸し、ゆっくりと身を沈めていった。



2021.01.01
新年ですね。毎年、何かアップしてると思うので、今年はこちらで(笑)。

ギエンは無自覚タラシ系です(笑)。
色気溢れる大人の男って感じで(笑)。
まぁ今年もよろしくお願いします(笑)。

毎年、拍手・訪問ありがとうございます!!(*´∀`)
    


 ***6***

ハバードは武術を極めた人間だったが、訓練場では剣術の稽古を付けていた。二人一組になって騎士見習いの生徒同士がレプリカの刀剣を打ち合う。その後、順番にハバードと手合わせをしていくという構成になっていたが、見習い騎士たちが二対一という形でハバードに挑むも、軽くあしらわれて終っていた。
まだまだ全体的に技術不足なのだろう。

ミガッドも同様で、同じように打ち負けていた。
逆に、武術稽古をしているメンバーの方が技術力は高そうだった。見知らぬ顔の男が稽古を付けていて、まず型取りから始まり、すぐに手合わせに入っていた。相手の型に合わせた退避行動から攻撃までの流れなどを丁寧に教えている様を遠くから眺める。
中にはやはり光る生徒というのがいて、型に忠実でありながら、臨機応変に対応を変える決断力や身のこなしの素早さなど見ていて気持ちのいいものがある。

ミガッドと同じくらいの年齢だろうか。
決して武骨な体格ではない。むしろ美丈夫な類だ。金色の長い髪の毛を後ろで一束にまとめ、貴族出のような優雅さで、翻る裾ですら美しい線を描く。
思わず感心して見蕩れていると、
「息子を連れてきてやったぞ」
ハバードが目前まで迫って来て、言った。

正面へと視線を移せば、ハバードに肩を抱かれる形で無理やり連れてこられた様子のミガッドが気まずそうに立っていた。
「…昨日は良く眠れたか?」
ギエンの言葉に、ミガッドが頷いて短く答えを返す。
そのまま無言が流れた。
俯くミガッドに対してギエンの視線は真っすぐにミガッドを見つめている。
感情の分からない青い目が、ただじっとミガッドの挙動を見ていた。

ミガッドはその場から逃げ出したい心境に駆られていた。
何故、見ず知らずの男を父親として崇めなければいけないのか。
自分の父親はダエンだ。こんな風に不躾に見つめてくる得体の知れない男ではない。
だが、大人の男としてそんな本音を知られる訳にはいかなかった。否が応でもこの男を父親として受け入れなければいけない。世間がそれを求めていることを感じていた。

「ミガッドは騎士団入りが目標なのか?そうなら、剣の構えを変えた方がいい。あれだと力のある奴に押し負けるぞ。お前より体格がいい奴が一杯いるだろ?」
唐突に、ミガッドの内心を知る由もないギエンがそう助言した。
「…」
素直に頷くには相手を知らな過ぎた。何故そんな助言を教官でもない男から言われなければいけないのかという反発を覚える。そもそも、獣人族の討伐に行き、失敗したような男に言われたくないことだ。
それこそ実力があれば、そんな失態にはならなかった筈だ。

ミガッドの根底にある考えがギエンの助言を拒絶する。

「稽古の続きをするので失礼します」
ハバードに頭を下げて、踵を返した。
「…」
呼び止めようとしたギエンが僅かに手を持ち上げて、諦めたように再び下へと降ろす。
ハバードがやれやれと呆れたような表情で、ギエンの肩を軽く叩いて慰めた。
「多感な年頃なんだよ。察してやれ」
「事実だろうが。お前も何で武術じゃなく剣術を教えてる?お前の剣術は下手だろ?」
ずばっと言ってのけたギエンに、驚きの表情を返して、
「ガレロは随一の腕前なんだけどな、騎士団長で忙しいだろ?どっちかっつーと稽古向きじゃないしな…。他に剣術を教えられるのがいないんだよ。親衛隊は強いけど、王に付きっきりだしな…。何ならお前がなったらどうだ?」
最後には揶揄の言葉を付け加えて誘った。
ギエンの視線が一気に鋭くなる。
「クソ野郎。お前のおこぼれなんかいるか」
言って、嵌めていた手袋の指先を口で咥え、抜き取る。
右手をハバードの目前に晒し、
「これでも同じ台詞が言えるか?」
貫くような厳しい目でハバードに詰問した。
差し出された手に視線を移すハバードの顔がみるみる内に険しいものへと変わっていく。

そこには見るも無残な傷跡があった。手の平を貫いたかのような深い傷跡で、指の付け根まで引き攣れが走る。それだけでなく、ハバードの目を更に引いたのは手首に残る赤黒い手枷の跡だ。
「っ…」
物事に動じる事はあまり無いハバードだったが、咄嗟に取った行動は自身でも意外なもので、
「…おい」
ギエンが文句を言うのも構わず、ギエンの手を握り抱き締めていた。
「俺がその場にいれば…」
「…」
二度目の後悔の言葉に、ギエンが黙りこくる。

深い意味はない事を知っていた。
ダエンとは親友だったと言えるが、ハバードはそうではない。それはハバードも同様だろうということは感じ取っていた。
「俺はお前の事を何とも思ってねぇ。けどな、お前がいても結果は同じだ。むしろお前は殺されてた。だからいなくて正解だったんだよ」
ギエンの言葉に、抱き締める力が強くなる。

チリっと胸を焦がす。
平和に生きている奴等に。
何もかも奪っていったかつての親友に。

そして。
他人の顔をする息子に。


鮮やかな青い瞳に鋭さが増していく。
ハバードに握られた手が僅かに強張り、汗を掻いた。



2021.01.03
長期休みが終わっちゃって寂しいですね(T△T)。今年は何か全く新しい事をしたいなーと思ってますが、実現するといいなぁ…(笑)。
コロナも早く落ち着いてほしいですよね…。皆さんもよい年になりますように☆彡
    


 ***7***

その日、ダエン一家から夕食に招かれるという事は無かった。
実際、ギエンはそれを期待していた訳ではない。だが、少なくとも家族を生きる支えにしていた時期があったのは確かで、過ぎ去った時間に憂鬱な溜息を付いた。

「食事が口に合いませんか?」
唯一の食事の友は、世話役のパシェだ。
それも傍らに立つだけの存在で、一緒に食事を楽しむ訳でもない。
「いや。そんな事は無い」
短く答え、フォークとナイフで肉を切り分けていく。今後のことを考えていかなければいけない。手早く食事を済ませ、頭を整理しようと思っていると、
「明日は、ゾリド陛下から食事の誘いがあります。時間は19時を予定しておりますので、予定を入れないでください」
違う所からの誘いを受けた。
「…気を遣ってるのか?」
ギエンの口からポロリと零れた言葉に、パシェが不思議そうな顔をして、
「何を仰ってるんですか?ゾリド陛下がギエン様と食事をしたいから誘っているだけの話です。気を遣うような方ではありません」
失礼とも思える発言でギエンの言葉を否定する。

このパシェという男は、世話役の癖にやたらと物事をはっきりという男だった。主人を敬うという以前に、裏表なく意見を言ってくる、ある意味気持ちのいい男だ。
人によっては受け入れられないだろう。

ちらりとギエンが横目に彼を見て、肉を刺したフォークを眼前に突き付けた。
「では明後日は君と食事する事にする。俺が食べているのを隣で立ってみているだけでは退屈だろ?」
ギエンの言葉に、びくっとした顔で、
「いえ、私は…」
否定の言葉を言うよりも先に、
「これは主である俺の命令だ。有無言わず従え」
ギエンが先手を打つ。

命令であることを強調すれば断ることは出来ない。
どんなにパシェが白黒ハッキリした男であろうと、主人の命には逆らえない立場にある。
無言の後、
「…分かりました」
渋々了承した。

その言葉に僅かに満足したように、ふっと片頬をあげて笑みを浮かべた。
斜め角度から見上げるような片笑いは人によっては品が無い態度だが、ギエンがそれをすると、やけに魅力的に見える笑い方の一つだ。
パシェが合わさっていた視線をすっと外し、手元へと移す。黙々と食事を再開するギエンの隣で、平常心を装ったパシェがひたすら静かに立っていた。



***********************



翌日のギエンは、ダエン家に赴いていた。
日中の日差しが明るい時分に、街で買った花束を片手にダエン家の門をくぐる。門番が突然やってきたギエンの素性を聞いて、待つように伝えた。
ふらりと中を見回すギエンだ。
綺麗に手入れされた庭園に、白いレンガ作りの道が本宅まで伸びる。
草花で花の門が所々作られ、非常に見目麗しい庭だった。


以前よりも遥かに華やかに彩られてはいるが、そこはかつてサシェルとギエンが住んでいた家だった。
当時、いくつもの偉業を成し遂げたギエンが、王に認められ与えられた土地と邸宅だ。訓練校時代から付き合っていたサシェルと結婚し、子どもが出来た後も親子でずっと住んでいた思い出深い家で、その当時は、ここまで立派な庭園では無かったが、庭に生える草の上でミガッドと一緒に遊んだことを今でも覚えていた。

今はサシェルと再婚したダエンが主という形で邸宅に住んでいた。ダエンも王にとっては重要な存在だ。その活躍を認められたからこそ、警備隊長という地位に付いているのであって、何となくで今の地位にいる訳ではなかった。サシェルと再婚したからという理由はあるにしても、これだけの邸宅に住めるのもある意味納得の結果だろう。

庭に咲いた薔薇を一輪、手に取って眺めていると、従者を引き連れてサシェルが固い表情でギエンの元へやってくる。
つばの広がった淡いピンクの帽子に、裾が大きく広がった華やかなドレス姿はどこぞの令嬢のように美しい。淡い茶髪に琥珀色の瞳が白を基調としたドレスによく似合い、サシェルの美貌を引き立てていた。

「顔を見たくなって会いに来た」
ギエンが手に持っていた花束をサシェルに手渡す。それをぎこちなく受け取ったサシェルは弱った笑みを返した。
「昔より美人になったな。この家も懐かしい」
何気なく言ったギエンの言葉に。

サシェルが表情を変える。
受け取った花束を無言のまま傍に控える従者に渡し、
「貴方が生きていたことに感謝しています。ですが、このように参られると困ります。
私はダエンの妻です。主人のいない間に男が会いに来るなんて、よからぬ噂になります」
ギエンを真っすぐに見つめて言い切った。
琥珀色の目が陽の光を浴び、美しい色で輝く。瞬きせず見つめてくる瞳の中に、ギエンを映し込んで、
「昔とは違うのです。こういう事は止めてください」
はっきりと告げた。
サシェルの言葉を受けても、ギエンの瞳は強い眼差しのままだ。

「会う事すら許されないのか?俺にとっては今でも…」
ギエンの言葉を、
「やめて下さいっ!」
声を荒げたサシェルが遮る。涙の滲んだ目でギエンを睨んだ。
思いもよらない強い言葉に、ギエンが驚きの表情を浮かべ、口を噤む。

僅かな沈黙の後、
「ダエンがいる時に会いに来て下さい。そうでなければ…」
ギエンの顔を見て、言葉を切ったサシェルが俯いて地面を見つめ、それから意を決したように、顔を上げる。
先ほどと同じように強い視線で、
「そうでなければ迷惑です」
ギエンに気持ちを真っすぐに伝えてきた。
「貴方が生きていた事は心の底から嬉しく思っています。ですがあれから15年も経っています。それぞれ別の道を歩んでいるという事をどうか自覚して下さい」
サシェルの痛い程の気持ちが伝わってくる。

元々、サシェルは気の弱い女の子だった。ここまでハッキリと物をいうには相当の勇気が必要な筈だ。
「…サシェル…」
ギエンの伸ばされた手を、一歩退いて避ける。
従者がちらりと主人を窺った後、ギエンを上目に見た。それから気まずそうに地面に視線を落とす。

差し出した手をすっと引っ込めたギエンが諦めたように一歩、後ろへと下がった。
それから小さく溜息を付いて、
「お前が言いたい事は分かった…。突然会いに来て悪かった。次はダエンがいる時にするよ」
別れの挨拶をして、あっさりと背を向けた。


腹の前で両手を組んでいたサシェルがドレスをぎゅっと握り締める。何かを堪えるように息を止めて目を強く瞑った。それから大きく呼吸をし、
「戻りましょう」
従者に声を掛け踵を返す。

それぞれが真反対へと歩んでいく。
サシェルの言葉の通り、既に別の道を進んでいる二人だ。

サシェルがそうであるように。
ギエンが振り返るという事は無かった。

気まずそうにそわそわする門番に軽く挨拶して、ダエン家の門を出る。

少し丘の上にあるダエン家はまっすぐに小路を歩いていくとすぐに街へと繋がっている。
まばらな木々が立ち、自然がありながらも人気のある平和な場所だ。何の襲撃も恐れること無く、安心して暮らせる家だ。

家を出て右手に丘を下っていくギエンと入れ違うように、ダエンが家へと戻っていく。
それからすぐに、門番の常とは違う様子に気が付いた。事情を聞いたダエンが物凄い剣幕で向かったのは、ギエンが戻って行った道だった。



2021.01.07
さてさて。いよいよギエンの孤立感増してくるかな(#^.^#)色々ギエンが可哀想で可愛い(笑)オイ…。
まぁギエンはこんな事じゃへこたれない(笑)。色々経験しての今だからね、なんというか、半分心が死んでると思う(笑)。で辛いことがあっても、感覚が半分麻痺してる…(エ?笑)。どちらかというとちょっと自暴自棄な感じ?(笑)
まぁBL的には美味しいです(*ノωノ)笑!

拍手・訪問ありがとうございます!今回、結構いいペースだと思ってます(笑)。
    


 ***8***

「…ェン、ギエン!」
後ろから叫ぶように呼び止める声に、ふと足を止める。
ギエンが振り返ろうとし、
「何でサシェルと会ったんだ?!」
同時に、物凄い勢いで肩を押され胸倉を掴まれた。そのまま後ろへと引き倒され、まばらに立つ木に背中を押し付けられる。
「っ…」
勢いで、ギエンの首元まで留めたボタンが弾け飛んでいった。
「何を考えてるっ!事前の了承も無しに人妻に会いに行く奴がいるかっ!!」
首を締める勢いで激高するダエンは珍しい光景だった。

昔から感情を荒げる事は余りない。それほどサシェルを大事にしているのかもしれない。
痛みよりもダエンの意外な面を見た気がして、
「…」
静かに観察していると、その視線に気がついたように、
「…!わ、悪い…!」
今更のようにぎこちなく、掴んでいた手を外した。

乱れた髪が、ギエンの目に掛かる。
特に怒っているでも悲しんでいるでもない鮮やかな蒼い瞳が、斜め下からダエンを見つめていた。首元に手を差し入れたギエンが呆れた溜息を付いて、
「ボタンが飛んじまったじゃねぇか、どうしてくれんだ」
冗談を言うように小さく笑う。
その動きを追うように、ダエンの視線も下へと流れた。

大きく開いた襟元から白いシャツが覗き、その下の褐色の肌が露わになる。剥き出しの鎖骨から首筋のラインがやけに煽情的で、思わず視線を奪われる。
「お前が弁償でもするのか」
ははっと声を立てて笑う。
笑うギエンの動きに合わせ、首筋が動き喉仏が上下した。吸い寄せられるようにその動きを見つめていると、
「おい…。聞いてんのか」
反応の無いダエンを怪訝そうにギエンが窺った。
「っいや…!」
その動揺を隠すように、
「本当に悪かったよ…!ただ今度からは僕を通してくれないと…」
ボタンが飛び、開いてしまった首元を隠しながら言った。
「…何もかもすっかりお前のモノだな」
ギエンの言葉に、
「いい加減にしろよ!ギエン!」
大きく怒鳴る。一度収まった熱が再び湧き上がったようだった。
「僕が何も考えてないとでも言うのか?こうなったのは仕方が無い事だろ!僕にどうしろって言うんだっ!?」
「知らねぇよ。でもお前はサシェルに惚れてただろ?俺が死んで、全く何も欲深い事を考えなかったとは言わせねぇぞ」
ぐいっとダエンの胸を押し返すように手の平で押す。その手を掴み取ったダエンが、更に距離を詰めて間近にギエンを睨んだ。
「僕だって悩まなかった訳じゃない!けど、あれから15年だ。今更どうこう出来る問題じゃないんだよ!あの家だって、もう僕たち家族の物だ。勝手に来られちゃ困る!周りの目だってあるんだ。変な噂話でも立ったらどうする気だ!」
ダエンの剣幕に気圧されるでもなく、ギエンは静かにその言葉を聞いていた。
一度、小さく相槌を打った後に、
「で?…人から見たら、今の状況はどう思うだろうな。俺の乱れた格好と、俺に迫るお前。十分、醜聞ネタだろう」
ギエンの放った嘲りの言葉を聞いてハッとしたようにダエンが慌てて距離を取った。
それから周囲を確認し、誰もいない事を確認すると安堵の表情をする。
「…下らねぇ」
その行動を鼻で笑ったギエンが押し付けられた木から身を起こす。肩や背中を払って、
「お前は友人の筈なのに、ハバードと同じ言葉は言わないんだな」
そう言って、背を向けた。
「ッ、…ギエン!僕はそんなつもりじゃ…!」
追い掛けて肩を掴む、その手を思った以上に強い力で弾かれ当惑するダエンだ。
チラリと流し目を送ったギエンが、追いすがるダエンを冷めた目で見遣る。
「同じ事だろ。一生、人の目を気にしていればいい。けどな、ミガッドは俺の子だ。お前が何と言おうと、ミガッドに会う事は邪魔させねぇからな」
「ギエンっ…」
呼び止めようと声を掛けるダエンを無視して街へと戻っていく。これ以上、話しても無駄だと言わんばかりに、ギエンが振り返るということは無かった。


*******************


ギエンがその足で向かったのは訓練場だ。
稽古を付けていたハバードが武器庫の壁に寄りかかるギエンの姿に気付き、訓練を中断する。しばらく各自でするように伝え、その場を離れ躊躇わずにギエンの元へと向かっていった。

「またあの人だよ…」
ぽつりと生徒の一人が小声で囁く。
「噂によるとミガッドの父親なんだろ?戦死したっていう…」
「何か異国の人間だよな。国もいきなりあんなお荷物が帰って来て、扱いに困るんじゃね?いくら数十年前に有名だった騎士団だとしてもさ、今じゃ使い物になんねーだろ?」
ミガッドの隣に立つ男がそう言うのを特に無感情で頷くミガッドだ。
「俺も対応に困ってる…いきなり父親とか言われても…何かあいつが帰って来てから家族も気まずい空気で気が重くなるよ」
遠くなっていくハバードの背中を見て、溜息を付いた。
「訓練長もあの人にはやけに丁寧だよな…いつも鬼教官なのに」
別の一人がレプリカの剣を地面に何度か打ち付けて愚痴を零す。
「そういえばこないだ、抱き合ってたよな。知り合いっぽいけど…」
「え?訓練長って独身だけどそういう事?」
下世話な話で場内が一気にざわつく。
「いやいやいや、さすがに無いだろ」
一人が否定するのを同調する声と、
「案外あんじゃねぇの?だってさ、聞くところによるとさ、奴隷だったんだろ?何されてたんだか分かったもんじゃねぇし」
「いやいや、まさか〜!」
面白おかしく他の生徒がそう言うのを、
「止めろよ、そんな話」
ミガッドが声を荒げて止めた。笑っていた彼らが静まり返る。
「悪い…、お前の父親なのに」
謝罪する彼らに、別にと短く返す。

実際のところ何とも思ってはいない。
だが本人がいない所で適当な噂話は聞いていて心地いいものでもなかった。
二人の事を気にしないように頭の片隅から追いやって、
「練習続けようぜ」
彼らに促す。
その言葉が合図のように、動きを止めていた彼らが動き出した。


彼らがそんなやり取りをしているとは露知らず、ギエンの元へと歩み寄ってきたハバードが、ボタンの飛んだ襟元を目で示しながら、
「どうしたんだ、それ」
不思議そうに訊ねた。
こちらをチラチラと見ていた生徒たちが一斉に動きを再開するのを見て、小さく笑ったギエンが、事実をそのまま伝える。
「サシェルに会いに行った帰りに偶々ダエンに会ってな、非常識だと怒られた」
「お前な…。自由過ぎだろ。サシェルは男じゃねぇんだから、旧友に会いに行くみたいに行けばそりゃ揉めるに決まってんだろ」
「そんなもんかね」
ギエンの言葉に、ハバードが笑いを返す。
「お前が俺に会いに来るのとは訳が違う。ダエンだって悪気がある訳じゃねぇ。許してやれ。サシェルはずっと昔から、お前に惚れてたんだから焦ってんだろ?」
「…」
腕を組んで壁に寄りかかったギエンが、その言葉に小さく溜息を付いた。
「昔はお前の事をくそ野郎だと思ってたが、…今はダエンの方がくそ野郎だな。お前の方がよほど大人だ」
「とにかくそのだらしがない恰好をどうにかしてこい。目を引く」
ギエンの吐き出すような愚痴をさらりと聞き流し、率直な意見を言った。
「…ふーん」
腕組みをしたままのギエンが顎を上げ、ハバードの顔をじっと見上げる。口角を上げて、
「この恰好の俺といたら、良からぬ噂でも立つか?」
からかうように挑発した。
それを聞いたハバードがクスっと笑みを零す。顎髭を親指で摩って、
「立てて欲しいなら協力してやろうか?」
ずいっと歩み寄り、突如、ギエンの両太ももの間に足を差し入れ迫る。流れるような動作で首元へと伸びるハバードの手を、素早い動作で叩き落すギエンだ。
「ちっ…。遊ぶな」
立てた膝でハバードの腹を押しやって、距離を保つ。
それから不機嫌そうに横を向いた。

「お前はただの腐れ縁に過ぎねぇのに、あいつが言わない言葉を平気で言う」
「…」
あいつが誰を指すのか、すぐに分かったハバードだ。

思った以上に根が深そうだと感じていた。
親友としての期間が長ければ長いだけ、信頼の度合いが強ければ強いだけ、二人の溝は深いのかもしれない。
第三者としては見ているしかできないことだ。
二人との接点がある訳でもない。

無言になったハバードと視線を合わせるでもなく、横を向いたままのギエンが小さく溜息を付いた。
「別にミガッドを取り戻したいと本気で思っている訳じゃないさ。ミガッドが幸せならそれが一番いい」
胸の前で組んでいる腕に力が入る。自身の身体を抱き締めるように身を竦めて、
「15年も経てば俺の存在を消すには十分だろうな」
心の内を吐露した。

突然。
バンッという大きな音で、
「ッ…!」
ギエンの目が大きく開かれる。
ハバードが拳で顔の横の壁を打ち付けていた。

「今を生きろっ」
間近に睨む目がいつものお茶らけた顔ではなく、真剣だった。敵を前にした時のように鋭く、見る者を飲み込むような強さでギエンの目を捉える。
「ダエンがサシェルと再婚したから何だ?ミガッドだって立派に育っただろ!」
本気の怒りをぶつけてくるハバードに驚きの表情をした後、鼻で笑いを返す。
「馬鹿か、お前。お前に慰められる程、落ちちゃいねぇよ」
顔の横にある拳を右手で押し退けて、
「誤解すんな。俺は別に気にしてねぇ」
寄りかかっていた壁から身を起こす。
ハバードの横を通り抜け、振り返って言った。
「お前も過去の俺とは決別した方がいい。愛国心溢れる清廉潔白な俺はもういないぞ」
流し目に笑みを乗せて宣言する。
「ま、て…、ギエン…」
ハバードの呼びかけを無視して背を向けたまま片手を上げる。
「お前はお前だ。何も変わって無いだろ!」
ハバードの言葉に振り返りもせずに手をひらひらと振る。

何かが良くない気がして、焦燥感に駆られる。
それが何なのか分からないが、嫌な胸騒ぎに襲われた。

何故ダエンはしっかりとギエンを支えないのかと矛先がそちらに向かう。サシェルやミガッドもそうだ。
形式的には家族でなくなったとしても、あの時の絆は本物だった筈だ。
去って行く背中を見つめたまま、もう一度ダエンやサシェルを交え、話し合う必要があると感じていた。



2021.01.11
この話は、人間関係の再生物語という感じになってますが、
ぶっちゃけ、ただの総受けです(#^.^#)プォー!!!
だって、総受けサイトだもの〜(笑)

ダエンxも美味しいですよねぇ〜親友ポジ大好き〜(笑)
ちなみにどうでもいい話ですが、私が一番好きな関係は、(男女カップル+男)の関係性で、カップル男が別の男にずっと恋してるってシチュが一番好き〜( *´艸`)!!!
    


 ***9***


その日の夜、ゾリド王に招かれている食事会に出るために、パシェが用意した服はやけに豪勢な飾りの付いた服だった。どの貴族の前に出ても引けを取らない煌びやかな装飾の施された上着は、白地の素材で褐色の肌によく似合う。金色のラインが襟から裾まで伸び、複雑な文様を描く仕立ては、どこから見ても上等品だ。
中に着るシャツは素肌を滑っていくような上質な素材で、褐色の肌が僅かに透けて見える。

「嫌味か、お前…」
ギエンの心底嫌そうな顔を素知らぬ顔で受け流す。
着せ替え人形の如く、パシェに着せられながら、鏡に映る自分を見て眉間に皺を寄せていた。
「俺に白の服って嫌味以外に無いだろう?」
鏡の前で両手を広げ、見世物を披露する前のようにポーズをし、呆れたように溜息を付いた。
「そうですか?とても良くお似合いです」
パシェがすらすらと吐き出した褒め言葉に、胡乱な顔を向けて無言を返す。
「…俺が食事会で食べ物を零さない事を祈ってるんだな。こんな汚れの目立つ格好をさせたお前のせいになる」
「そういう事はお止め下さい。冗談でも怒りますよ」
首元をきっちりと留め、白い手袋を嵌めれば、そこには立派な貴族が立っているかのような出で立ちだ。
深い藍色の髪が綺麗に整えられ、耳の後ろへと流される。意思の強そうな鮮やかな蒼い瞳が、不機嫌そうにパシェを見つめていた。

「今日の所は許すが、白い服は嫌いだ。俺の好みくらい覚えておけ」
「そういう事は前以って言っていただかないと、準備が間に合いません」
ギエンの言葉も何のそのでパシェは平然としたまま言い返し、
「お手をどうぞ。ギエン様」
まるでエスコートでもするかのように手を差し出した。
「食えねぇ野郎だな…」
その手を払い除けて、部屋から出る。

回廊を進む中、見張りの兵士やすれ違う隊士たちが驚きの後、立ち止まって挨拶をした。
「だから嫌なんだよ、こういうのは」
ギエンの小さな愚痴に、一歩下がったまま付いていくパシェが、そうですかと関心の無い相槌を打つ。
王の間に着くと、待っていたかのように中から扉が開いた。

一瞬、目が眩むような眩しさが二人を襲う。
豪奢な燭台が長テーブルの中央に置かれる。盛られた果物に、花々で彩られたテーブルは目を癒すに十分だ。
「時間通りだな。使いのおかげか?」
ゾリド王の言葉に、集まっていた一同がこぞって入口を振り返った。

その場にいるのは、王と、王の息子2人、それから側近2人と、騎士団団長、副団長の7人だ。王妃はいない。最近では別居状態が続いており、それぞれが干渉せず自由に生活をしていた。

騎士団団長のガレロがすかさず歩み寄って来て、ギエンと握手を交わす。
「凄くお似合いですね」
決して嫌味ではない言葉だったが、ギエンが嫌そうにガレロを見て口だけの礼を述べた。
空いてる席に腰を下ろす。
目の前に座る第二王子が軽く視線をよこした。
赤茶の髪に赤い瞳はまだ年若いが、王と似た風格があった。だがその瞳の奥には何故か悪感情が浮かぶ。第二王子のその対応に反し、すぐ隣に座る第一王子は熱い眼差しをギエンに向け、やや緊張の面持だ。
その視線に気付かないギエンでも無かったが、敢えて素知らぬ顔して乾杯した。

王の側近やパシェは後ろで立って控えているだけだ。食事や会話に参加するという事は無い。
彼らの会話は政治的な話からただの世間話まで多岐に渡るが、パシェが一番驚いたのは、ギエンの食べ方が想像以上に美しい事だった。あれほど粗暴な態度の人間が、王の前ではこうまで綺麗に振る舞えるのかと目を疑っていた。
部屋で食事を取っている時のイメージが強いだけに、内心で不安を感じている自分がいたがそれはただの杞憂に過ぎないことを知る。

ギエン・オールはそういう男だったと見知った情報を思い出していた。今は地位という地位が無いが、当時はオール家の当主として、一定の領土を任される身分だった。またその業績から位を1つ上げ、王族を除けば最高位となる特位の称号を王から与えられていた。ギエンが与えられた名誉はそれだけではない。数え上げればキリが無いが、それだけの偉業を成し遂げてきた男だった。
振る舞い一つ一つが洗練された所作で何から何までその地位に相応しい。

ギエンという男の本質が見えていなかった自分を恥じる。かつての名声というのはやはり伊達ではないと思い知った。
そんな事を考えていると、
「ギエン。やりたい事は見つかったのか?」
ゾリド王が唐突にそう振る。
「いや。特には」
短い返答に、食事の手を止めたゾリド王が、
「なら親衛隊になったらどうだ?一人、空きがある」
そう誘った。
驚くのはその場にいる面々だ。副団長のゼレルがバッと顔を上げ、ゾリド王の顔を見る。それから素知らぬ顔で食事を進めるギエンに鋭い目付きを送った。
側近の二人は王の背後で控えたまま静かに立っていたが、やはり同様の感情だろう。一瞬でピリ付いた空気へと変わったのがパシェですら分かった。
「父上。さすがにそれは問題行動かと思います」
第二王子のサリヤが無表情のまま苦言を呈する。
「何故だ。理由を言ってみろ」
ゾリド王の言葉に、
「いくら輝かしい過去があろうと、15年も前の事です。戻ってこられてまだ数日と日も浅く、身近に置くには王族に対する貢献が足らないかと」
淀みなくそう答える。
「それだけの理由か?」
返ってきた言葉にサリヤが気圧されたように口を噤んだ。
「…差し出がましい態度をお許し下さい」
目を逸らしフォークを握り締め謝罪の言葉を吐き出す。

沈黙が場を支配する。

それを壊すように、ギエンが口を開いた。
「興味ねぇな。もうそういう仕事はしない」
息子ですら敬語で話す王に対し、ギエンは常と変わらない態度だ。不敬罪だと罵られても致し方ない彼の態度に、ゾリド王は特に表情を変えるという事もなく、
「昔は好きだっただろう?どういう心境の変化だ?」
核心に迫るような質問を平然とした。

ギエンの肉を切る手に力が籠る。
「…くっそ性質が悪ぃな…」
ぼそっと呟く文句を、ふっと口角を上げて笑うゾリド王だ。
「とにかく、ああいう仕事はもうやりがいを感じねぇ」
やや乱暴に言い捨てたギエンの言葉に、笑みを消した王が視線を向ける。それから手に持っていたフォークとナイフをテーブルに置き、立ち上がった。
「…」
無言で立ち上がった王の行動を視線で追う。周りにいた面々も突然の王の行動に、何事かと食事の手を止め、挙動を見守った。

立ち上がったゾリド王がギエンの背後に回り、両肩に手をそっと置いた。
「なん…、」
ギエンの呼び掛けに、
「疲れているようだ。長い間、辛い毎日だっただろう?」
耳元でそう囁いた。
唇が触れそうな程の距離で柔らかく労う声は耳を癒す美声だ。
日頃は冷酷な印象を与える高圧的な声も、その時ばかりは包み込むような深みのある声で、ギエンの心の奥底へと響いていく。
「しばらく今後の事は考えずにゆっくり休むといい」
肩に置かれた王の手がするりと左胸へと下りていく。心臓の上で止まった手がほんのりと白く光り、暖かい輝きを宿した。
日頃は鋭さを宿す蒼い目が緩やかに蕩けていく。

王を見上げる瞳に力が無くなっていく、その直前で、
「っ…やめろ!」
バッとギエンが肩を振り払い、王を押し退けた。軽く頭を振って、
「勝手に白魔術を掛けるな」
ぐっと王の胸板を押して距離を保った。
「変な気遣いは不要だ。単純にそういう仕事に興味が無くなっただけだ」
ハッキリと断りの言葉を吐いた。

心配そうにギエンの顔を見つめるガレロの不安を他所に、ゾリド王は小さく笑みを浮かべた。
「ふむ…。ならばそういう事にしておこう」
何も無かったようにギエンの傍を離れ、再び席へと付いた。


その出来事は、その場にいた人々に衝撃を与えるには十分だ。
王とギエンの関係が余りにも近くて、息子達ですら驚きを隠せないでいた。

何より、常に冷酷で残忍な空気を漂わせているゾリド王が、ギエンに対し笑みを浮かべる時点で想像もできない事態で、皆一様に視線を泳がせる。

ぎこちなく会話が再開される中、当人の二人だけが平常心のままだった。



2021.01.16
やっぱりこういうファンタジーでは王ポジは重要だよね〜(*´∀`)笑
状況は違えど、ゾリド王も孤独っちゃー孤独。当時の騎士団は全滅だし、気心知れた仲って言ったら、数人しかいないんじゃないだろうか(笑)。
    


 ***10***

その日の夜、寝静まった深夜の時分に一人の男が人気のない回廊を進んでいた。
交代で見張りをしていた兵が、その人物に気が付き慌てて敬礼をして、通り過ぎて行った後ろ姿を見送る。

城内から回廊を進んだ先にある離れの客室には、一人の男しかいない。
見てはいけない物を見てしまったかのように、すぐに視線を外し無かった事にした。


離れにある客室は静かな場所だ。木々のざわめきすら聞こえるくらいで、静かに開く扉の音すら響き渡る。
客室内に立ち入ったゾリド王が、寝台に歩み寄り熟睡している男のそばに腰を下ろした。顔を覗き込んでも全く起きる気配の無いギエンに小さく笑いを零し、乱れた髪を直す。
それから懐かしそうに頬をそっと撫でた。


ゾリド王とギエンの出会いは、少年期に遡る。
当時は今よりも獣人族との小競り合いが多発しており、それもあってか国全体の治安が悪化していた。辺境の小さな村は野盗に襲われることも度々あり、大規模な野盗狩り行進というものも行われていた。
ギエンがオール家に拾われたのも正にそれが原因だった。

当時のオール家当主が戦禍の孤児となったギエンを連れて、王の元へと報告にやってきたのが、ゾリド王とギエンが出会った最初の場面である。
ゾリド王は当時のことをよく覚えていた。褐色の肌に、美しい鮮やかな蒼い瞳はとても印象的で、王の御前だというのに顔をあげた少年が強い眼差しで真っすぐに前を見据えていたのを今でも鮮明に思い出せる。

その後のギエンの活躍は、目を瞠るものだった。
オール家の名に恥じない、いやそれ以上の活躍だ。初めは反発していた周囲も、次第に誰もが、彼は天才だと褒め称えるようになっていた。

だが、それ以上の努力がそこにあったことも知っていた。
二人の年齢はそれ程離れてはいない。貴族が通う幼少特殊校だけでなく、訓練校も一緒だったこともあり、ゾリド王は度々ギエンの存在を認識していた。
夜遅くまで書物館で本を読み耽る姿や、一日中、剣を振り回す姿も数えきれない程、見てきていた。時には一緒に勉強や魔術の議論をする事すらあった。

ゾリド王のギエンに対する評価は世の人が言うような天才ではなく、非常に勤勉で努力家だ。自分を貴族の養子としたオール家への恩義を尽くす事に熱心な情に厚い男だ。


本来であれば、輝かしい未来があった筈で、 ギエンの寝顔を見つめる赤い目に痛みが走る。
獣人族の討伐を命じたのは自分だ。ギエンの明るい未来を奪った要因が自分にあることをよく知っていた。

「すまない…。酷い目に合わせてしまったな…」
聞こえてはいないであろう相手へ謝罪の言葉を呟いた。
頬を撫でていた手が握り拳を作る。

それから、ふと肌蹴たシャツの隙間から身体に残る傷跡に気が付いた。
傷の一つや二つ、珍しいものでもないが、興味を引かれ、ボタンを一つ、また一つと外していく。

詰襟の紳士然とした格好の食事会では一切見えない個所だ。唯一、食事会で見えた箇所は、手袋を外した右手の傷くらいだった。その傷跡にはすぐに気が付いていた王だ。
日常生活には問題ないだろう。だがあの傷では以前と同じ剣技はもう出来ないであろうことはすぐに悟っていた。
それでも親衛隊に誘ったのにはそれなりの訳がある。単純にギエンの反応を見たかったのと、何よりも傍に置いておきたかったというのが一番だ。

開いた胸元の傷を確認するように、王の手が肌を滑っていく。
小さな傷や浅い傷がいくつも残り、二の腕や脇腹、首元など場所は多岐に渡っていた。それがどういう理由のものか、容易に推測が付く。

獣人族は昔から奴隷を使っては殺し合いの闘いをさせ、仲間達の士気を高めるという風習があった。中には人間だけでなく獣人族同士を競わせて力を高めていくといった事もあり、彼らが立ち去った拠点にはいくつものその痕跡が残されていた。
今回の討伐で出向いた西の山脈も同様のことが行われていたのだろう。

そうして身体を隅々まで見て、肩に残る歯型に気が付く。
犬歯で付いたような大きいな穴が2つ、まるで存在を主張するかのようにゾリド王の視線を引き付けた。肩を持ち上げ、ぐっすりと眠る重たいギエンの身体をひっくり返せば、背中側にも同様の穴が空いていた。

それを疑問に思うよりも先に。


襟の合間から覗く背中の傷跡が目につく。服を脱がし傷の全貌を見て、
「…」
ゾリド王の赤い目が僅かに見開いた。

それはギエン程の剣術の持ち主ならあり得ない傷だ。
古い傷跡を辿るように手でなぞっていく。

「…ぅ…」
ギエンの僅かな呻き声を無視して、古傷をチェックしていると、
「ッ…!誰だ!」
突然目覚めたギエンが闖入者に殴り掛かろうとした。
起き上がろうとする肩を左手で押さえつけて、
「私だ」
名乗り上げれば、途端に安堵したように抵抗が無くなる。荒い息を付くギエンが呆れた声で、
「今、何時…。こんな夜更けに王様ともあろう方が夜這いか」
周囲の薄暗さを確認し、ぼやいた。
「この傷は?」
単刀直入に訊ねるゾリド王の言葉に対し、ギエンが答える事はなく再び、上掛けに頭を付けて瞳を閉じる。
王の存在を無視して眠ろうとするギエンの背中に手を当てて、
「お前が話した言葉が全て真実だとは端から思ってはいない。だが、何があったのかくらいは言ってもよかろう」
問い直した。
ギエンからは無言が返ってくるばかりだ。

背中を這う指先の冷たさに反応したように身体が跳ね上がる。
無言を貫くギエンを面白がるように手を幾度が滑らせれば、
「や…めろって…っ」
背中を震わせてギエンが拒絶の言葉を吐いた。
払い除けようとするギエンの動きを押さえつける。
「いい加減にっ……」
背中に押し当てた掌が白く光り、まるで太陽の日差しのような温もりを与えた。
「ありのままを話さなければ、救う事も出来ない」
言いながら、掌から発せられる光が範囲を広げ背中全体へと及んでいった。

王族が最も得意とする白魔術だ。軽度の傷ならどんなものでも治癒できる力は神の力とも呼ばれ、魔術の中でも最も神聖なのものとされている。精霊の力を借り、自然の四元素を操る精霊魔術が一般的なものだとすると、白魔術は正に選ばれた者にしか扱えない魔術だ。
治癒力だけでなく、心身の緊張を和らげ、心の乱れを安定へと導く不思議な力も持っていた。

光を浴びるギエンの呼吸が緩やかになり、身体が弛緩していく。
「話す……事など無い」
瞳を閉じながら紡ぐ言葉に、
「プライドか?……下らんな」
王が辛辣な言葉を返した。

脇腹を撫でればピクリと反応を返す。
「随分と敏感にさせられたものだ」
「邪推でもしてろ」
ギエンの素っ気ない言葉に。

ふっと背中の重みが増した。
何かと薄ら瞳を開けると、首筋に口付けが落ちる。
「……」
気のせいかと思うほど自然に行われたその行為に、微睡んでいた瞳が驚きで見開いた。


「……とち狂ったか?」
「あの日、私がどれほど後悔したか知らないだろう?」
ギエンの言葉に、ゾリド王が笑う。
傷跡を労わるように手がゆっくりと背中を摩った。


騎士団が全滅したとの知らせを受けたのは、昼過ぎだ。雲一つない、清々しい程の晴天の日に、王の間に血相を変えた兵が駆けこむようにやってきて、悲鳴をあげるように叫んだ。

今でも思い起こすと胸が苦しくなる。目の前で生きて戻ってきた男を見ても、心の奥底を締め付ける事件だった。
ギエンだけでなく苦楽を共にしてきた仲間もいる。皆、優秀な者ばかりだった。
当時の剣術指南役も同行していたが、皆、無残な殺され方であった。どれが誰の部分かすら分からない状態で、山脈へと繋がる森の入口にゴミのように捨てられていた。
人数分の首があった訳ではない。騎士団が全滅したという裏付けは捨てられたモノの衣服が全員分あったことによる。それだけ遺体の損傷も激しく、欠損部分も多かった。

獣人族から人間への見せしめであるその行為は、その後の大きな牽制になっていた。
西の山脈には人が近づかなくなり、不思議な事に獣人族からのちょっかいもそれ以来無くなっていた。


「一人の青年に何もかも背負わせ過ぎたな」
「それは…、あんたのせいじゃ無いだろ」
「そうか?もう後悔はしたくないんでな。昔から秘めていた気持ちだけでも伝えることにした。結婚していようが何だろうが、そんな事は関係ない」
「…何言っ…」
労わるようにそっと背中に触れる唇の感触で、冗談ではないと悟るギエンだ。
流れ込む暖かな白い光の気と共にゾリド王の真摯な想いを感じ取る。

それは久々に感じる人の優しさだった。



2021.01.20
もう20日なんですね〜(゚ω゚;A) はやぁい。
10話目です。この辺まではサクサクと〜と宣言しましたが、思ったより進んでない(笑)。
オカシイなー?(笑)

メインCPは誰か大体わかりますかね?!(^^)!まだ序章にもなってない気がしますが、
まぁ私の中では一応決まってます(笑)。
が、…どう転ぶかはナゾ(笑♥)!!!

拍手、訪問ありがとうございます〜
更新頑張りますね〜☆彡そろそろセインも書いた方がいいかしら…(笑)???
    


*** 11話 ***