【人間編,流血多,反乱,総受】

 ***21***


地底洞窟の夢を見ていた。
黒の沼地のせいだろう。リリアンがいうように、体中に纏わりつく負の感情が遥か昔の出来事を、そして今なお続く『あれ』を思い出させた。

人間ではなくなり、動く肉塊となった『あれ』は、未だにひっそりと隠され生きていた。
食事を必要とする彼に定期的に身体を差し出しに行く。
非常に疲れるその行為は、月日が経てば経つほど、自分がしたことの結果が重く圧し掛かっていた。

所詮、人間と魔族では根本的に別の生き物だ。交わる事はない。


無理やり呼び覚ました細胞は暴走し、常に優しい笑みを浮かべていた顔は、見るも無残な怪物へと変わった。彼の瞳が自分を映すことは二度となく、ただ、残っているのは生存本能のみだ。

彼を死なせてやることが本来、すべき行為なのだろう。
それもせず、数百年近く彼を大事にしてきたのは、ただ単に自分のエゴに過ぎないことは到の昔に分かっていた。
彼をあんな化け物に変えてしまった、それでも『彼』であることに変わりはない。

大事な物を宝石箱に仕舞うのと同じように。
『彼』が壊れても、大事に仕舞い続けた。


初めての人間。
初めて心を通わせた存在。
初めて…。



纏わりつく闇が囁く。
『あれ』を殺せと。
早く『あれ』を殺せと幾度となく耳元で、囁いていた。


緩く現実へと覚醒していき、薄らと瞳を開く。
赤らんできた空が、瞳に反射して赤い色を宿し、それはすぐに紫へと変わり、一瞬で黒い瞳へと変わった。

纏わりつく、呪いの言葉を払い除け、小さく溜息を付く。


討伐隊の面々が寝息を立てる中、半身を起こし緩く頭を振った。
そろそろ決断すべき刻なのだろう。

立て膝に肘を置き考え込む。
しばらくそうしていると、
「…イーセン?」
静かな声が、彼の思考を止めた。
「…」
バチバチと四方で炎の燃える音が静寂の中、響く。

交代で見張りをする聖者たちのすぐ近くで、小さな影がのそりと身を起こし、イーセンを見つめていた。
身を起こし、静々と彼の傍までやってきて、
「大丈夫ですか?眠れないのですか?」
小声で訊ね、目の前にしゃがみこんだ。
「ヒカリ。起こしちゃいましたか?」
逆に訊ねれば、ヒカリが首を振って否定した。
「もう夜明けなので。僕の故郷は畑仕事が多いので朝には強いんです」
「…ヒカリはいつ、自分が『光の使者』だと気が付いたんですか?」
前から疑問だった言葉を口にする。ヒカリの顔を見れば、一瞬驚いた後に、すぐに微笑みを浮かべた。
「本当に最近です。こんな事を言うと変に聞こえるかもしれないですが、突然、胸の中が熱くなって、唐突に自分には特別な力があると悟りました。その時はそれが何なのかは分からなかったですが、その後、聖者様が来られて、そこで自分がそういう存在だと告げられました」
素直な言葉に、
「いきなり、『光の使者』と言われて怖くないんですか?」
問えば、ヒカリが不思議そうに笑った。
「僕が『光の使者』であっても、僕は僕です。僕の力が皆さんのお役に立てるのなら、怖くないです」

『光の使者』
どんな魔の力も無効にする絶対の力。
古くから言い伝えられるが、そんな存在が確認されたことはない。

たとえば、真王イリアスが似た力を持つが、それも不完全で絶対の力ではなかった。
ヒカリの持つ力がどこまで絶対的なモノなのか、常に気になる部分だ。

少なくとも。


イーセンがふと手を伸ばして、ヒカリの手を握る。
「ヒカリの力が、役に立つことを祈ってます」
現段階で、自分には絶対的な力でない事は確かだった。


ヒカリに触れても、魔の力が封じられる訳ではない。
恐らく今、ヒカリを殺そうと思えば殺すことが出来るだろう。


「大丈夫です。僕に任せて下さい」
握り返してくるヒカリの、まだ少年の手が力強く決意に満ちる。不安を払拭させる笑みで、強くイーセンの言葉に頷いた。


こんなに純真な人間を殺せる訳もなく。


あぁ。
やはり人間が好きだと。

実感するイーセンだ。


多くの出会いと別れを経験してきた中で、ヒカリは特別な存在になることは間違いない。『彼』と同じように、永遠と自分の中に生き続けるだろうことが既に予測出来た。


空の明るみが増してくる。
日の出を見つめるイーセンの瞳が僅かに赤み掛かり、哀愁を漂わせた。

「綺麗な朝日ですね」
イーセンの視線の先を見て、ヒカリが言う。
「えぇ」


これが終わったら、『彼』に別れを告げよう。
そう決意する。
長く続いた『彼』への未練を終わらせ、次の一歩を踏み出す時が来たのだと、ヒカリの眩しい笑顔を見て、感じていた。
今まで決断できずにいた事がすんなりと胸の奥底へと収まっていく。

ヒカリの進むその先へ。


明るさを増していく日の光が、世界の全てが、まるで『光の使者』を祝福しているかのようで、ヒカリを見つめたまま小さく笑みを浮かべる。
ヒカリがそれに答え、小さく笑んだ。

魔国が終わりを告げ、新しい時代がやってきたのだと、何故か唐突にそれを実感していた。


2021.08.16
地底洞窟の話は恐らく書いてないですよね〜💦というか前に一度チラっと触れた番外?か何かをアップした気がするんですが、どっか消えてて、セインを読んでくれている方には何のことやら…?状態かもしれない…とか思ってはいます…(-_-;)反省します(笑)。そろそろ創世編の本当に初期の話を書くべきなのかしらん?とか…思ってはいます…(-_-;)ウ…。

そういえば人物紹介ページ整理しました(笑)。気が付いた方いるのかな〜?!(笑)セインに関しては本当にそろそろ色々整理しないと何がどうなってるのか(データ的な意味で)、私もよく分からないです(◎_◎;)しゃーないよね?(笑)

 ***22***

黒の沼地を抜けるまでの間、想定するような事態は起こらず、途中でウズイが暴れて拘束されるという事件があったくらいだ。
それも強制的に気絶させられ、黒の沼地を抜ける頃には正気に戻っていた。

とはいえ、沼地を抜けた彼らに安堵が浮かぶという事は無い。
抜け出せた開放感よりも、目前に広がるバラスの惨状に皆一様に言葉を失ったように無言だった。
既に夕闇の空は町のあちこちから立ち上がる煙で更に暗く霞み、魔国特有の黒い鳥が空を旋回し不快な鳴き声を上げていた。

沼地のすぐそばにある平野にはいくつかの野営があり、やってきた聖者たちを見て兵達が顔を明るくして駆け寄ってきた。

「あぁ。聖者様、お待ちしておりました」
バラスの兵だろう。腰に下げた剣を引き抜き、地面に置く。それから傅いて深々と挨拶を述べた。
「隊長はどなたですか?」
「ここを任されているのは私でございます。森の中に2小隊、保護した民と共におります。またここから先にある小さな村で大規模陣営を組んでおり、そちらに他の隊や聖者様もいらっしゃいます。すぐにご案内いたします」
遥かに年上の兵がリリアンに敬語で状況を伝え、
「聖者様と御一行に飲み物をご用意しろ」
大声で向こうにいる部下に伝えた。
すぐに彼らが慌ただしくテントの中へと入り、聖者と討伐隊の面々の元へと駆け寄ってくる。

渡された飲み物を飲みながら彼らが先へと進んでいけば、避難中の民が次第に増え、皆疲れた顔で彼らを見送っていた。

30分ほどで彼らの言う大規模陣営に辿り着く。周囲は聖者の結界が張られ、空を飛び回る怪鳥が侵入できないようになっていた。
弱い魔族であれば弾かれて、中には入れないようになっているのだろう。
何食わぬ顔で、聖者たちに従い結界の中へと入る。

小さな村は、避難民でごった返していた。
他では目立つ出で立ちのイーセンもここでは目立つこともない。

やってきた聖者に縋りつく者や、諦めた顔で一瞥する者がいる中、兵達は彼らに構う余裕もなく忙しなく仕事をしていた。伝達係がやってきては緊迫した怒声が飛び交う。それだけでなく、運び込まれる負傷者を手当しに聖者が一斉に集まっていた。

隊長の存在に気が付き、すぐに一人の兵がやってきて頭を下げた。
「すぐに寛げる場所をご用意いたしますのでお待ちください」
「お構いなく。明日の早朝には首都に向かいます。本陣はどんな状態ですか?」
早速、本題に入れば、すぐに隊長が、
「夕方の情報によると均衡状態のままだそうです。結界からこちらには侵入できないようですが、奴らも何を考えているのか、攻撃を仕掛けては引き返すという事の繰り返しです」
早口に言って額の汗を拭った。
「結界を張る聖者の疲労も溜まっていると伺っています。彼らは2か月近く夜も交代で結界を張り続けていますので、いつ均衡が崩れるか分かりません。奴らもそれを見越してるのではないでしょうか」
「分かりました。明日出発する予定でしたが、そのまま向かった方が良さそうですね」
リリアンがそう言って、各自好きに寛ぐ討伐隊の面々を振り返る。
「全然、平気だぜ」
兄弟の二人がまず力こぶを作って、リリアンに応じた。
「ここまで来たからそのまま行きましょうよ」
リィネが逞しく頷き、ぐったりしているナインの肩に腕を回す。
その手を払い除けたナインが舌打ちして、化け物かと呟くのをどついて黙らせていた。
「お二人は仲がいいですね」
イーセンの言葉に、二人が声を大にして否定するのを、周囲にいた討伐隊の面々が笑って賑やかになった。
その明るさが、ずっとその場を守ってきた兵達に希望を与えたのは間違いない。
彼らにも小さな笑みが浮かび、安堵の表情を浮かべた。

僅かに場の空気が明るくなる。
希望が出てきた人々の顔を見て、ついにバラスまで来たのかと暗い空を見上げた。
魔国はほんの目と鼻の先だ。
本気を出せば、半日も掛からずに魔国の城に乗り込むことが出来た。


ただギーンズらはそこではなく攻め落としたギギナにいるであろうことは推測が付いた。
顕示欲の強い彼らが、魔国にいる訳がない。
占領した人間の街をまるで自分たちの成果の如く、蹂躙しているのだろう。

最後に見たゼシューの苛立ちの宿った眼差しを思い出す。
あれがいつのことだったかすら、どうでもいいくらい彼に興味は無かった。

最後の最後で、優しい顔をしたギーンズの心情の方がよほど興味深いもので、彼を狂わせたものが何なのかは未だに分かっていなかった。
魔族崇拝の思想を植えつけすぎたのか、元々そういう性格なのか。

どちらにしろ、ヒカリがどうにかしてくれるだろう。
最初の頃はどうなるか不安だった気持ちも、今ではそれほど気に病んでもいなかった。
ギーンズは確かに強い。魔族の中でも抜きん出て戦闘能力に長けている。

ただそれも後世組の中では、という前置きがあってのことだ。
長く生きていれば生きているだけ、多くの魔族に出会い経験を積む。ギーンズやゼシュー、ラスのように若手組は知らない事が、そしてこれからも知る余地の無い事が沢山あるのだろう。

長老や支援者たちが黙って見過ごすのは、それだけ取るに足らない出来事であり、関心が無いからだ。
また人間の底力を知らないからこその暴挙とも言えた。古い魔族たちが無暗に人間社会に進出しないのはそういった理由でもある。
あの森の主ですら、人間には一定の歩み寄りを示していた。


育てたギーンズを切り捨てることには、僅かながら心が痛む。
だが、やはり自業自得だろう。



一行が歩み始め、6,7時間ほどが経過していた。空には変わらず怪鳥が飛び回っていた。
所々に野営があり、聖者が守りの結界を張って避難民たちを守る。絶えず明かりの灯る街を通り過ぎ、真夜中の時分に、次の光を頼りに先を進む。
先導する兵の視線の先に、一際大きな街の明かりが見えてきて、目的地に到着したことが容易に分かった。

隣を黙々と歩いていたナインが大きく息を吐き出す。


街の入口にある篝火が大きな炎を上げて燃え盛り、兵達が緊迫した雰囲気で行き交っていた。そのまま街の中を進み、城よりも更に進んだ場所にいくつもの野営が設立されており、大砲や攻撃隊の兵たちが寝ずに見張りをしていた。

簡易ベッドで法衣を着たまま眠り込む聖者が複数人いる中、大きなテントの下で話し合っている数人の内の一人がやってきた彼らに気が付いて、
「お待ちしておりました!光の使者様、皆さま!」
駆け寄り、先導していた兵を労うように肩を叩いた。
まだ若いヒカリの顔を見て、
「お疲れでしょう。ここから少し先に行った所にいくつか軍用に解放された民家が空いてますので、そちらでお休みになってください」
そう勧め、討伐隊の面々も一緒に案内される。

リリアンとイサック、それにリーン国で合流した聖者たちはそのまま彼らと話をはじめ、何人かは結界を張っている最前線へ向かっていった。

イーセンの視線の先には、今まで見た事も無いほど大きな半透明の壁が四方に広がり辺り一帯を囲んでいるのが映る。魔族の攻撃を防ぐ巨大な結界の向こう側では何体もの召喚魔獣が、翼竜ともつれあうように闘い、不気味な音を絶えず立てていた。
黒い法衣を着た者たちが、結界の向こう側で群がる魔獣を討伐し血に塗れる。獣のような勢いで次から次へと切り掛かっていた。
疲れ知らずの魔獣に対し、人間側は交代しつつの対応だ。夜中の時分にも関わらず、魔族側の勢いは劣る事を知らず、どこからともなく溢れ、何の統率もなく向かってくる。

誰かの能力だろう。
魔獣を作り出す魔族がいるのかもしれないと思って、遠くの空を見ていると、
「イーセン」
その場を離れていく彼らから取り残されていたイーセンの手をヒカリが引いて、壁の崩れた街中を進んでいった。

「傷を負った者の回復が遅れてましたので、聖者様が合流され安心です。光の使者がこれ程、若い方とは驚きましたが、聖者様がそうだと仰るのならそうなのでしょう。
聞いた話だと他の隊の方々は後から遅れてやってくるとのことなので、後は彼らが来るのを待つだけですね」
案内してきた兵の目に希望に満ちた光が宿る。ヒカリを見て、
「ようやくこの長い戦いも終わるのかと思うと、早く子どもの顔が見たくなります」
そう呟く顔は一人のくたびれた父親の顔だ。
「安心してください。必ず終わらせます」
ヒカリが何の躊躇いもなく言い切った。

こういう所がヒカリの凄いところだ。
この道中で何度も見たヒカリの強さはぶれない。これだけの状況を見ても物怖じすることなく
これからこの先へと進む事への恐怖すら無かった。

兵が安堵の表情を浮かべ、
「今日の所はよくお休み下さい。明日は聖者様をお手伝いすることになるかと思います」
一人ひとりを点在する民家へと案内し、頭を下げる。
ヒカリが別れ際に、討伐隊のメンバーに付いてきてくれたことに感謝を述べ、見送っていた。

そうして、イーセンとヒカリ、あまり接点のない討伐隊の二人と案内してきた兵が最後に残った。
「イーセンもありがとうございます。よく寝て下さいね」
ヒカリの言葉に頷いて、民家の扉を開く。

中へと半身を滑り込ませた時のことだ。

突然、
「ここまでご苦労だったな」
誰かが言うと同時に、扉を開いたまま振り返るイーセンの目に、討伐隊の一人が短刀を引き抜いてヒカリ目掛けて襲いかかっていくのが視界に映った。
「ッヒカリ!」
イーセンの叫びと、兵がヒカリの目の前に飛び出るのはほぼ同時で、
「う…ぐっ!?」
ヒカリを庇った兵の腹部に刃が突き刺さる。
「ッ…、馬鹿なことを…」
苦悶の表情を浮かべた兵の呟きと共に、
「っち!」
もう一人の男が、素早い動作でヒカリに切り掛かる。その彼の右手をイーセンが蹴り上げ防ぐ。刃物が宙へと弾かれ、鈍い音を立てて床に転がっていった。
「く…!」
兵の身体から刀を引き抜いた男が、再度ヒカリに襲い掛かろうとするのを、抱き着くようにして押し留める兵だ。
「ヒカリ殿…、は、やく、お逃げ、を…」
しがみつき離れない兵に、刃を再び突き立てる。
溢れる血が彼の服を染めていき、決して浅い傷ではないことがすぐに分かった。

狭い通路だったのが幸いだろう。
ヒカリを守るように彼らの目の前に立てば、彼を救おうとしていたヒカリが迷ったように動きを止めた。
「ヒカリ、聖者を!」
「イーセン!だけど…」
自分だけ逃げる事はヒカリの正義感が許さないのだろう。
ヒカリの心の葛藤がよく分かる。

短い期間でもヒカリがどんな性格で、どんな少年か既に理解していた。
彼は自分を切り捨ててでも誰かを助ける人間だ。

自分が『光の使者』だという事に驕りもせず、ただ真っすぐに純粋な少年で、自分をただの一人の人間だと自覚していた。
だが、実際はそうではない。

ヒカリという存在は一人しかいない。
誰であろうと代わりのきく存在はいない。

「ヒカリ。言う事を聞け。それとも、僕が信じられないのか?」
こんな状況で落ち着けという方が無理だ。
ヒカリのように年若い者に、何が最善か分からせるのは苦労する。仮にヒカリの為に誰かが死ぬことになっても、今はヒカリが逃げる事が最善策だ。

その想いで言葉にすれば、
「…っ」
息を呑んだヒカリがイーセンの背中に向かって頷いて、
「お願いします。すぐに戻ります!」
言うと同時に駆け出した。
「お、…前っ!」
「逃がすな!ぶっ殺せ!!!」
男二人が躍起になって襲い掛かってくる。相手は刃物に対し、イーセンは丸腰だ。


それでも。


「金にでも釣られたか?下らない」
イーセンの態度は余裕に満ちたものだった。

顔目掛けて振り翳された短剣をひらりと避け、もう一人の顎に拳を当てる。
討伐隊に選ばれたメンバーだ。それなりの実力者には違いないだろう。


がらりと気配を変えたイーセンが、虫けらでも見るかのように冷めた視線を彼らに向けた。
いくらイーセンが接近戦が苦手といえど、それはあくまでもイーセン基準の話であって、人間基準のものではない。

ましてや殺意の籠った刃物の軌道は読みやすく、避けるのは容易いことだった。


簡単に殺せる筈だと高を括っていた彼らに動揺と焦りが浮かぶ。
捕まれば極刑どころではない。

「人間を唯一救うことが出来る存在を自ら殺そうとするとは、なんと愚かなことか」
イーセンの瞳が一瞬、別の色を浮かべる。
彼の纏う気配に怒りが宿り、目に見えない何かが立ち込めた。
「っ…この野郎っ!」
怖気づいた男が震える身体を奮い立たせ立ち向かってくる。
その男を簡単に殴り飛ばし、目にも止まらぬ速さでもう一人の腹を蹴り上げ、がら空きの背中に踵を叩きつけた。
「ッ…、ァッ…!!」
衝撃のあまり叫び声すら上がらず、そればかりか地面に打ち付けられ痛みで呻く所を、追い打ちを掛けるように片足で踏みつけ黙らせる。
圧倒的な淡々さで、
「君らみたいなのがいるから、世界が平和にならない」
そう言う声は酷く冷たいものだった。
人の命など何とも思っていないかのような冷酷さで男を見下ろし、
「うぅ…ッ…!」
呻く男の右手首の骨を、躊躇いもなく踏み折った。
「ぐぁ…!、…っ!!」
痛みで叫ぶ彼を何の感情も宿らない顔で見下ろして、
「俺には理解出来ない。何故、自分の首を絞める真似をするのか」
もう一人の男の方にも視線を投げた。
殴り飛ばされた男は壁に頭を打ち付けたようで、既に意識が無く、ぐったりと倒れ伏していた。

怪我を負った兵に視線を投げれば、彼が地面に蹲ったままイーセンに視線を投げて、安堵の表情を浮かべ意識を失う。
守るべき対象を守ることが出来たのだから、本望の筈だ。

じきに聖者がやってくる。
聖者の治癒能力は昔に比べ遥かに向上していた。あの傷の塩梅から彼も助かるだろう。


足元で呻く男からは、何の返答も無かった。右手を潰され戦意を喪失した男が小さく震え、ただただ、うめき声だけが暗い夜に響き渡る。


意味など問うだけ無駄な事を知っていた。
こういう輩は何度も見てきた。


ギーンズに何故、と問うたところで既に意味が無いのと同じように。


バタバタと複数人の足音がイーセンの耳に届く。
やってきたヒカリと聖者達に彼らを引渡し、
「ヒカリ。聖者から離れないように。他にもどんな奴がいるのか分からないのだから」
そう警告した。

人を信じることしか出来ないヒカリが、
「イーセン。ありがとうございます」
ホッとしたように手を取り、礼を言った。

一緒に旅をしてきた仲間に襲われた。
その事実よりも、
「皆さんが無事で良かったです」
誰一人として死んでいない事に心の底から安堵して呟いていた。
そのヒカリの強さに、何度目と知れぬ驚嘆を抱く。

「君ってやつは…」
イーセンの言葉に、ヒカリが不思議そうに首を傾げる。兵の治療をしていたリリアンが、
「貴方に疑いをかけた事を謝罪します。ヒカリは我々にとっても大切な存在です。改めて礼を言います」
そう伝えるのを不思議な想いで聞く。
「礼ならそこの彼に。僕はヒカリが襲われた時には何も出来なかったですから」
止血が終わり、ぐったりとした男に視線を流せば、リリアンが何故か小さく笑みを浮かべた。
「こちらは私が対応しておきます。貴方もそろそろお休みになってください。ずっと神経を張り詰めていたかと思いますので、身体はお疲れだと思います」
そう言うリリアンの方がよほど疲労がたまっている筈だ。
黒の沼地でも結界を張り、交代で夜番もしていたのを知っている。ずっと歩きっぱなしなのは討伐隊のメンバーと変わらないだろう。
それでも疲れを感じさせない態度は、大したものだと感心していた。

頭を下げ、今度こそ民家の中へと入る。


再び。
ここに戻ってきた。


あの時とは正反対の想いを胸に抱き、結界の向こうで絶え間なく炎を上げる街を見つめる。
ベッドに腰掛けるでもなく、暗い窓の外をただひたすら眺めていた。


2021.09.30
気が付いたらこんな時間…。セインも随分と更新が遅れてしまいました…(笑)
サクっ…、サクサクっと…(◎_◎)
人間性欠如してる時がまぁまぁあるのがセインです(笑)。そこは魔族なので色々仕方がない(笑)。
温情がある反面、むっちゃ冷酷なのがセインなのだ( ^)o(^ )。

もう少し早く更新する予定だったんですが、何か色々サイト直したりデータ見直したりしてたら思った以上に遅くなりました(笑)。すみません(笑)。
サクサク進みたい…(願望)。

 ***23***


聖者が張った結界の先では、統率の無い魔獣との闘いが続いていた。
ヒカリたち一行が目的を果たすためには、まず、その混沌としたエリアを抜ける必要があったが、そのために必要なことは、個人のずば抜けた戦闘力でも知力でもない。湧き出る魔獣を圧倒する数での進軍だった。

次の魔獣が沸く前にそのエリアを抜け、魔獣を作り出している魔族を討伐する。それが尤も無駄がなく犠牲が少ない手段だと決まり、後から合流した兵たちも加わり、一斉に進軍となった。

数千人をいくつかのグループに分け、寄り集められた各国の選りすぐりの兵達から隊長が決められ指揮を執る。光の王国から派遣された黒い法衣の者たちが全体で百人以上となり、兵達の中でも特別目を引いた。
白い法衣の者たちも相当数いる中、全体兵力の1/3ほどはそのままバラスに残り、他の者たちはヒカリを中心に守るようにして、そのエリアを突破する事となった。


出立の朝、整列する彼らの間には糸を張り詰めたような緊張感が続いていた。イーセンが聖者たちを見つめながら、光の王国の戦力を計算する。この前線にこれだけ出すということは実際はまだまだ隠し持っているのだろう。
仮にバラスが魔族の手に落ちたとしても、光の王国にとってさほど大きな痛手は無いだろうと思っていた。むしろ信仰心を増す絶好の機会だ。
今回の件はリーン国の要請が余程強いのだろうと推測していた。全体兵力の中でも、リーン国からの兵力は抜き出ており、物資の支援も大国らしく惜しみない量だ。
イリアスの顔を思い出し、彼なら当然そうするだろうと思い、特に不思議なことでもなかった。

一方、光の王国はイーセンにとって得体の知れない国で、何をするにおいても不信感を抱かせる。
少なくとも、前線で戦っている黒い法衣の彼らは命懸けで戦っているのは間違いない。リリアンやイサックもヒカリを守るために存在し、自らを顧みずここまでやって来たのはよく知っていた。

それでも。
やはり、どうしても『何故』という疑問が沸くイーセンだ。

光の王国なら、ギギナが陥落した時点でもっと最善の策を取れたのではないか。
被害がバラスに及ぶ前に事態を収束できたのではないかと思ってしまう。それとも光の王国を買い被り過ぎたのだろうかと自問し、浮かぶ疑念を振り払おうとした。

光の王国と接点を持たずにやってきたことは失敗だったのかもしれない。得体が知れない国だからこそ、何を考えているのかが全く見えてこず、今になってこの数百年を後悔していた。


そうこう思っていると、進軍を知らせる大砲の音があちらこちらから鳴り響いた。
気合を入れる兵達が一斉に聖者の張った結界内へと流れ込んでいく。それと共に、
「…!」
ヒカリの力が一気に解放され、周囲を眩い光が包み込んでいった。

無意識レベルで全身に纏う障壁とヒカリの力がぶつかり、イーセンの全身を痺れが襲う。身体が急激に重くなり、久しぶりに身体の重さというものを実感していた。
自分の中の魔族としての力を制御して、ヒカリの魔封じの力を受け入れれば容易に痺れが無くなり自由になる。
これが魔封じの力かとヒカリに視線を送っていた。
瞳を閉じたヒカリが祈るように両手を胸の前で重ね、強い光が空高くへ真っすぐ伸びていく。その場所から暗い空が晴れ、大気に纏わりつく淀んだ力が消えていった。
ヒカリの力を増長するようにリリアンとイサック、数人の聖者たちが傍らで何かを唱え、揺らぐ光が確固たる強さで場を支配していった。
「すごい…」
「さすが光の使者様だ…」
眩い光に周囲から感嘆の声が洩れる。その強い光に背中を押されるように彼らの動きにも強さが生まれ勢いを増していった。


これが、本当の狙いなのではないかと、ヒカリの力を見て思うイーセンだ。
光の王国は『光の使者』が誕生することを予見して、敢えて何もしなかったのではないかと、そんな勘繰りをしてしまう。


どんな魔の力であろうと無効化する絶対の力、もしそんなものを光の王国が手に入れたら、この世から魔族を完全消滅させることも可能になってしまうのではないか。
事実、あれだけ荒れ狂っていた魔獣たちの動きが一気に鈍くなり、ただの獣に成り代わっていた。
炎を吐き出そうとして、黒煙を吐くだけで終わる。襲い掛かってくるところを兵が一突きすれば、叫び声を上げて地面に転がった。
一気に劣勢になる魔獣たちだ。獣を蹴散らすように兵達が掻き分けて進んでいった。


手で握りこぶしを作り感触を確かめるように何度か繰り返していると、隣に立つナインが、
「イーセン。気を付けろよ」
手元を見ながらそう言った。
心配してくるナインを珍しく感じながら、
「君も。全て終わったら一緒に食事でも行きましょう」
そう答えていた。


最初の頃は、あれほどナインを煙たい存在だと思っていたのに不思議なものだ。
視線を寄越して、ふっと笑う顔がやけに素直な笑みで、ナインという男が深く胸に刻まれる。
「イーセン。私ともデートしましょ!」
リィネが言うと同時に、馬を走らせ兵達に混ざって行った。
「俺は討伐後に貰う報酬で、優雅に暮らすとするかね」
兄弟の内の一人が言って、二人で頷き合う。
「俺はお前らを認めた訳じゃない。だが死ぬなよ」
ラックスが吐き捨てるように言って、ヒカリの元へと急ぐ。

彼らの素性は知らない。
だが、一緒に旅してきた仲間たちだ。


何故か不思議と一体感が生まれていた。
全員が無事に、この苦難を切り抜けられればいい。


光の王国の思惑など今は置いておいて、ヒカリの強い力を信じて進むしか無いのだと、手綱を握り直す。
兵達が作った道を真っすぐに駆け抜けていくのだった。



***************************



実際の所、順調ではあった。
魔獣の溢れる一帯を抜けた後、元凶である魔族を討伐し、難なく先へと進んでいく。
森を抜け、平原を抜け、いくつかの街を抜け、道中、空から森から襲ってくる魔獣たちを討伐しながら進む間は何の問題もなく、怖い程、順調であった。
それが焼け落ちた街並みが見えてくる頃には混沌が増し、魔獣と共に魔族の集団が立ちはだかるようになっていった。

ぶつかり合うような戦闘スタイルでは人間の方が有利だ。まず数での圧倒とヒカリの力の影響で、突然、魔族の力を失った彼らが混乱している間に、討ち取ることが出来ていた。

尤もそれは、街の奥へと進めば進むほど特異なモノへと変わっていき、討伐が難しくなっていった。
3mはあろうかという巨体の魔族が咆哮しながら壊れた石壁を投げつけてくる。彼らもヒカリの力を警戒し、一定の距離内にやたらと突っ込んでこなくなっていた。
そこかしこで、炎が風と共に巻き上がり大きな火災を引き起こす。それだけでなく、まるで隕石のように、空から凄まじい攻撃を受けていた。
それは盾すら貫通する破壊力で、あっという間に爆発が巻き上がり、数十人が吹き飛んでいった。瓦礫と共に火の粉が飛び散り、辺りが黒煙と砂埃に包まれていく。

ヒカリの力の対象はあくまでも魔の力だ。一度燃え移った炎には何の効果も無く、所々で上がる火の手に兵達が混乱に陥っていた。
遥か遠くから放たれる炎の弓矢に何人かがあっという間に倒され、兵達が盾を片手にしゃがみこみ避難する。足を止めて周囲を見回し警戒するも、視界が悪い中では隣にいる仲間くらいしか把握出来ない。

聖者が守りの結界を張り彼らの猛攻を防ぐも、全エリアを守り切ることは出来ずにいた。
方々で隊長と呼ばれる者たちが、大声を張り上げ四方に散っていく。崩れた街中では、全体を見通すことも出来ず、誰がどのエリアでどう戦っているのかといった戦況が分かりにくい状態になっていた。

「っち…!あまり良くねぇなっ…!」
ナインの言った言葉に相槌を返しながら、襲ってくる魔族の首元に小型ナイフを突き刺す。血を吹き出す彼の腹を蹴り上げ、再度、止めの一撃を食らわせた。
対するナインは飛び道具がメインだ。崩れた瓦礫に隠れながら、離れた位置にいる魔族を狙い撃ちし、仲間を援護していた。

大きな爆発で討伐隊のメンバーは全員がバラバラになっていた。リリアンやイサックの主な目的はヒカリを守る事だ。それが第一優先であり、守りの結界を張りこそすれ、それはヒカリを絶対的に守るもので、強力であればあるだけその有効範囲も必然的に狭まる。

誰が、どこで何をしているのか。
焦燥感が増していく。

ヒカリは無事なのだろうかと心配していた。
 


2021.11.13
いよいよ佳境かな?(;^ω^)この辺でワンクッション。
もしこのシリーズを読んでいる方がいらっしゃったら、一旦、注意書きをば…(^^;。

この話はホントにハピエンを期待しないで下さい(笑)。
流血とかグロ全然OK〜('ω')ノ甘々、何それ〜?みたいな層の方のみ、読んだ方がいいと思います(笑)。自分で書いてて何だけど、正直BL要素とか、内容的に爽やかか?って言ったらそうでもないと思う(笑)。

まぁ一応テーマを持って書いてはいるんだけど、多分万人受けはしない('ω')<言い切る笑☆
というか、誰にも伝わらないとは思う(笑)。

大丈夫って方は、付いてきて下さると嬉しいです(笑)。セインのシリーズでは重要ポジのストーリーではあるけど、テーマが微妙というか(笑)。ハハハ…(≡ε≡;A)...

 ***24***

イーセンが周囲を見回していると、唐突に地面が大きく揺れ地割れが起こった。
「っ…」
地面を通して伝わってくる衝撃波は、覚えのある魔族の気配で、この能力の持ち主が誰だかすぐに分かる。
以前、魔国の城下街で自分の目の前に立ち塞がった大男だろう。
地割れは心理的恐怖を呼び起こすに十分で、イーセンからすれば然程大したものでは無かったが、建物が大きく崩れた場所から多くの悲鳴が上がり、瓦礫の影から逃げ惑う兵たちが飛び出してきた。それを狙いすましたように、どこからか光の筋が走って彼らを八つ裂きにしていった。
「ッ、…!」
彼らを助けるため飛び出ようとしたナインが踏み堪え、様子を窺う。

肉眼で捉えるのが難しいほど極細の糸による攻撃だ。
無闇に飛び出すのは得策ではない。


ナインが言ったようにあまり良くない戦況だった。
糸の主を目で探りながら、それらしき場所を特定する。彼を人間らしく殺すにはどうしたらいいかと考えていると、唐突に遠方で空へと伸びる一直線の光が辺りを照らした。

方向はギギナの大聖堂広場だ。
ヒカリが自らの位置を示す理由はただ一つ、そこへ集まれという意味だろう。
侵攻を受ける前は首都らしい大きな聖堂が建っていたが、今は廃墟となり遠くからその姿を見つけることは出来ない。だがヒカリの放った光の柱は遠くからでも目につき、目的地を目指すことが出来た。

大聖堂広場は、数百人の信徒が集まっても問題ない構造となっており、開けた広場となっていた。瓦礫や倒壊した建物で視界の悪いこの場所よりは、遥かに戦いやすいだろう。それだけでなくヒカリの周りに聖者たちを集めることで被害は最小限に食い止められる。

聖者や兵たちがヒカリの存在を認識したのと同時に、魔族たちの意識が一斉にそちらに向かうのを感じ取っていた。
「ナイン、行けそうですか?」
「問題ねぇよ」
イーセンの言葉にナインが瓦礫に隠れたまま答え、倒壊した建物の影から影へと移るようにして、ヒカリの元へと向かっていく。
途中でどこからか悲鳴があがるのを後ろ髪引かれる想いで断ち切って、先へと進んでいった。


元々は荘厳な門に囲まれ自然豊かな広場だった。
それが今や、周囲に植わっていた木々は焼け落ち、美しく咲き乱れていた花壇は見る影も無い。

遠くに見えるヒカリたちは、広場の中心で魔族の格好の的になっていた。
あれだけ目立つ場所だ。当然、そうなるだろう。

リリアンとイサックの作り出す強力な結界がヒカリを守る。空間が歪むほど強い結界の周囲を黒い法衣を着た男たちが数人囲み、それに加え今回の討伐で総指揮官を任されたサミュエル王国の隊長、グラムスと彼の率いる隊が襲ってくる魔族たちを切り殺していた。

彼らを目掛けて空から凄まじい攻撃が降り注ぐ。聖者の張った結界はその攻撃を物ともせず、イサックが弓を引いて空を飛ぶ怪鳥を連撃した。
それでも、彼らは留まる所を知らない。ヒカリの力の範囲が届かない遥か上空を素早い動作で飛び回りながら、火の玉を吐き散らしていた。

「…」
遠目に見えるヒカリを見つめるイーセンだ。
気丈に前を見据えたまま刀を握り、惨状を見つめ続けるヒカリは、強く、そして儚い。

こんな苦労を。地獄を、あんな純真な少年に見せていいものなのかと。
人々がまるで玩具のように吹き飛び、傷を負っていく様を、こんなにも血に塗れた汚い世界を、見せてもいいのだろうかと。


ヒカリを見つめたまま、静かに思う。
本来なら、もっと美しいモノに囲まれた環境で、豊かな心をゆっくりと育むべきだ。
『光の使者』は、そうであるべきだろう。

こんな歪んだ世界で、彼が真っすぐに育つことが出来るのかと、まるで親心のように不安になる。
飛び散る血がゆっくりと視界を横切る中で。


「セインッ!」


唐突に名を呼ばれ、霞み掛かっていた思考が一気にクリアになった。ハッとすると同時に肩を強く押し飛ばされ、
「ぼけっとしてんじゃねぇッ!」
たった今、立っていた場所に大きな槍が突き刺さっていた。
「ナイン…、今」

地面に刺さる槍よりも、咄嗟に呼ばれた名に驚き、肩を突き飛ばした相手の顔を見つめる。
二人の目の前に大柄の魔族が燃え落ちた木の山から降り立ち、背中から更に槍を抜き取って、突き付ける。
「っく…ッ!」
突進してくる男をナインがかろうじて避けるのを見て、驚いている場合ではないと加勢して、大男に立ち向かった。


自分の名を呼ばれたということは、正体をとっくに知っていたという事だ。

いつから。何故。
どういう事だと、大男が繰り出す槍を小刀で弾きながら思考を巡らせる。


再び、瓦礫の影に身を隠したナインが援護するように鋭い針を放ち、男の片目に突き刺さった。呻き声すら上げずに、それを引っこ抜いた魔族が怒りの咆哮を上げながらイーセン目掛けて一撃を突き出す。それを難なく見切って、首に小刀を突き刺した。

人間の力でこれを断ち切ることは通常なら出来ない。
だが、ここはヒカリの魔封じの力が及ぶ空間だ。魔族の肌を守る障壁もなく、本来、人間よりも頑丈な生命力すら、封じられている。
大男の動きが止まった隙に、刺さった小刀を両手で握り締め、強く横に引いた。

振り払おうと大男が暴れ出し、その瞬間に、大量の血を吹き出して崩れ落ちていった。
本来であれば、こんなに簡単に首に小刀を刺すことも断ち切ることも出来ないだろう。
ヒカリの力を実感する。

多くの犠牲を出しつつ時間は掛かるが、いずれ人間側が勝利する筈だ。
何としても、人間が人間として、この戦いに勝たねばならない。

人間の力で、魔国を倒す。
それが今後の世界のために最も重要な事だ。

そう思いつつ、そんな犠牲を出してまで達成すべきことなのかと揺らいでいた。


「大丈夫ですか?ナイン」
イーセンの声に、瓦礫に身を隠していたナインが立ち上がり、向かってくる。
ヒカリの元へと集まろうと、兵達も広場にやって来て、あちらこちらで戦闘が繰り広げられていた。
丁度、別の所からふらりと立ち上がった女性が二人の元へと歩み寄ってくるのを見て、
「リィネッ!無事だったか!」
ナインが声を張り上げ、襲い掛かる魔獣を殺しながら駆け寄っていった。
ふらつくリィネの肩には血が滲み、動きやすいラフな服は所々が破れ赤色に汚れていた。
深い傷でも負ったのか、日頃の活発さからは想像付かないほど暗く落ち込んだ虚ろな表情で、駆け寄るナインの元へと近づいてくる。

何かがおかしい。
イーセンがそう思い、
「っ…!ナインッ!」
叫んだ時には既に遅かった。

深々とナインの胸に刃が刺さり、背中を貫通する。
「リィ…ネ」
小さく、名を呼ぶ言葉と共に大量の血を吐き出し、リィネの両肩を掴んだままズルズルと崩れ落ちていった。
「ナインッ!」
彼らの元へと走り寄っていく途中で、魔獣がイーセンに襲い掛かっていく。その間に、リィネの二度目の襲撃がナインを襲っていくのが視界に映った。


人間の命は簡単に壊れる。
それを嫌という程、経験してきたはずなのに。
どうして同じ過ちを繰り返してしまうのか。
「何故…」
苦しい想いと共に、どうしようもない無力感が湧き上がってイーセンを苛む。
そして。

その後悔のほんの一瞬後には、糸が切れたように倒れ込むリィネの傍らで、ナインを抱きかかえるイーセンがいた。
「…セ…」
ナインの瞳にイーセンが映り込み、それは次第に光を無くしていく。

簡単に。
驚くほど簡単に光を失っていく瞳が、身体が重く両手に圧し掛かり、その現実が胸の奥深くまで突き刺さっていた。
「ナイン!!死ぬなッ!」
らしくない悲壮な叫びを聞いて、血に濡れた唇が小さく笑みを象っていた。
「…っ…良か…」
「聖者ッ…!誰かっ…!」
彼の全身から力が抜けていくのが、目の前で大事な命が無くなっていくのが、恐ろしく、抜けようとする魂を引き留めるように強く手を握っていた。
その願いも虚しく。

ナインの青い瞳から生気が無くなって、荒い呼吸が急速に静かになった。


周囲を取り巻くのは、異常なほどの沈黙だ。


「…」
一体、何をやっているんだろうと自分を責める。
自分が守るべきものは何か自問して、心が静かになっていった。

 


2022.01.17
セインの更新は2か月ぶりですね(笑)。そろそろ更新しとかないと更新する機会を無くしそうなので、初志貫徹で突き進むことにします(;^ω^)。
あぁ、…セイン元々読んでる人少ないと思うんだけど、益々減りそう…(笑)
まぁ、あと、今月はちょっと更新が空きそうなので、それもあってセインを更新しておくかぁという感じでもありますm(_ _"m)。
ギエンは少々お待ちを…(笑)。拍手、沢山ありがとうございます!(#^.^#)

 ***25***

世界が一変する。
それは途轍もない違和感を伴って、全身がざわりと総毛立った。

まるで世界が反転したかのような、そんな違和感に恐ろしい何かがやってくる気がして、
「全員しゃがめッ!」
隊長であるグラムスが大声を上げると同時に、隣に立つリリアンが最大限の結界を張る。


その一瞬後、大きな風が吹き荒れ、大地がドンッと激しく揺れ動いた。地面全体が怒り狂うような凄まじい揺れに立っていられず、身体が宙に浮き上がる。その直後、立っていた地面にいくつもの亀裂が走り、物凄い音を立ててヒビ割れていった。
「ッ…!な、にッ…!?」
リリアンの作った結界が一帯を吹き荒れた衝撃でいとも簡単に、まるで軟なガラスのように砕け散り、あっという間に消滅する。
「リリアン様ッ…!」
聖者の叫び声と共に、
「ヒカリを守れッ!」
リリアンの怒声が響く。
防御の姿勢で再度、結界を結ぼうと手を組み合わせ、印を切ろうとし、
「ッ…!」
静まり返った気配に、その必要が無い事を悟る。
あれほどの喧騒が、まるで嘘のように辺り一帯に沈黙が満ちていた。

魔族も人も、そして魔獣さえも。
誰もが、何が起こったのかも分からずに呆然と立ち尽くす。
耳が痛くなるほど世界が静まり返り、風の音すら聞こえない静寂の中。


「…はぁ…」


男の発した溜息が辺りを木霊した。
ざわりと。
二度目の鳥肌が全身を襲う。

四方に広がるように伸びた亀裂の中心に一人の男が居た。彼の周囲には八つ裂きにされた魔獣の残骸が転がっていて、既に形を為してはいなかった。
死体に囲まれるようにして膝を付く男の肌が、次第に褐色から白い肌へ、そして黒髪から明るいセピアの髪色へと変わっていく。

それが何を意味するのかを瞬時に察したリリアンだ。
「まさか…」
リリアンの戦きの声と、
「馬鹿なっ…、我々の中に…魔族が…」
グラムスの強い驚愕を宿す言葉が被る。
聖者たちに守られるようにして傍らにしゃがみ込んでいたヒカリの目が、真実を見極めるように真っすぐに彼を見つめていた。

ゆっくりと立ち上がった男が、閉じていた瞳を開くと共に、纏う邪悪な気配がより濃厚になる。
まるでドス黒い何かが触手を伸ばすように地面を這っていく錯覚を起こし、目を強く何度も瞬くリリアンだ。
それは今まで経験したことが無いほど凄まじい威圧感だった。
ヒカリの魔封じの力を全て打ち消し、それを遥かに凌駕する魔族の力が、周囲一帯を覆い切り支配していく。
その尋常ではない強い力に、リリアンの額からは汗が滴り落ち、流れていった。
彼が、ヒカリを、人間を殺そうと思えば造作のないことだろう。ヒカリを背後へ隠し、状況を見極めるように息を詰める。


その直後、唐突にカチカチと何かを打ち鳴らす小さな音があちこちで響き出した。
何事かと周囲を見渡せば、
「セ……」
「…、イン…」
どこからともなく、小さな声が上がり始める。


それは次第に大きくなり、ハッキリと、畏怖を込めて『セイン』と呟いた。

「殺せッ、セインを殺せッ!!」
彼の周囲にいた名も無き魔族たちが飛び掛かっていく。
凄まじい殺意と共に、数十もの数が一斉に襲い掛かり、あらゆる手段で殺そうと爆発が起こった。
立ち込める白煙が視界を遮ったのは僅か数瞬で、風に巻き上げられ、空高くへと消えていくと同時に、あっという間に静寂が戻ってくる。
その場に残るのは地面に転がる魔族の死体だけで、通常なら肌を焼き、肉を腐らせる猛毒の爆風を受けても顔色一つ変えず、平然と立っていた。


あれほど勢いのあった魔族が強い重圧に頭を押さえ付けられたように這いつくばり頭を下げ始める。
魔獣たちは尾を巻いて、ガタガタと震えているだけだった。

リリアンたちはこの時になってようやく、この奇妙な音の正体に気が付いていた。
先程から鳴り響く奇怪なこの音は、頭を下げる魔族たちが恐怖の余り歯を打ち震わせる音だ。

どういうことだと、中心に立つ男を見れば、
「っ…!」
リリアンですら、彼の放つ底知れぬ禍々しさに呪縛され、息を止めた。


「はぁ。最初からこうすべきだったか…」
前髪を手でかき上げて、二度目の溜息を吐く。その瞳は見慣れた黒い色ではなく、不気味な七色の瞳だ。恐怖に満ちたこの場には不釣り合いの美しさで、頭を垂れる魔族を冷淡な表情で見下していた。

空を旋回する翼竜が、恐怖に駆られ飛ぶ力すら奪われたように空から降ってくる。
数メートルはある巨体が、彼の発した巨大な障壁にぶつかりバラバラに砕かれ、血塊となって降り注いだ。
この世の終わりのような甲高い叫び声があちらこちらから上がり、大量の血の雨が降り注ぐ中、悠然と立つこの男は。

まさに恐怖の象徴、『魔国の王』そのものだった。

人々が金縛りに遭う中、
「セインだと!馬鹿な!」
野太い声が叫ぶように言って、瓦礫を軽々と跳ねのけて向かってくる。斧を肩に担ぐ大柄の男はいつぞやの魔族だ。
それと共に、
「…セインは俺が確かに捨てた」
何も無かった空間から、一人の男が姿を現すと同時に切り掛かっていった。
それを容易く避けて、
「ヨイル。やはり君か」
現れた男に、セインが笑みを浮かべた。
それは非常に残忍な笑みで、未だかつて見せた事がないような残酷さを宿す。驚いたヨイルがすぐに逃げようと空間に姿を隠そうとして、
「ぐぁ、…ぁぁあ…ッ…!!!」
狙いすましたように手刀で、容易く空間ごと断ち切られていた。腕を切られ悲鳴を上げる男を何の感情も籠らない瞳が見つめる。
まるで未知の宝石のように爛々と輝く瞳は、この世のモノとは思えないほどの美しさで、それでいて毒々しい。
「俺を死姦したのは君だろう?楽しかったか?」
ニコリと笑みを浮かべたまま、歩み寄っていく。
血が吹き出す片腕を押さえた後、短剣を引き抜いたヨイルが、空間に消えては現れ、現れては消えを繰り返し、セインの死角から襲い掛かる。
加勢するように大男が巨大な斧を振りかざした。地面に亀裂が走り、セインを目掛けて衝撃波が飛んでいく。

大男の放った衝撃波を軽く掲げた手のひらで押し止め、そちらを見向きもしなかった。
ヨイルが姿を現すと同時に、目にもとまらぬ速さで彼の身体を手刀が貫く。
「がっ…ぁ…、はっ…!」
大量の血を吐き出し苦しみに喘ぐ様を見つめる冷淡な瞳は、先ほどまで一緒に旅をしていた人間のものではない。
残酷で非情な魔族のものだ。

手を引き抜く際に拳を作り、貫いた傷口をより深くえぐり取る。崩れ落ちるヨイルの視界に、血まみれの手を振って穢れを払うセインの笑みが映った。

今までセインがひた隠ししてきた本性をまざまざと見せつけられた気分だ。冷酷で、心臓が凍りそうなほど感情がない。まさに魔族の中の魔族だ。
セインが自分の本性をひた隠すのも仕方がないと、こんな状況だと言うのに掠れていく意識のどこかで思う。

強く美しく、冷たい。
そして、狂いそうなほど愛おしい。


死の淵で自分は正しかったと思っていた。
彼こそが、この世を統べる『王』なのだと、改めて思う。


ぼんやりと霞む意識で見つめるヨイルに、色を変えていく美しい瞳が優しい笑みを浮かべる。
彼の死を瞬きもせず見つめたまま、
「さようなら」
別れの言葉と共に、崩れ落ちるヨイルに拳を叩きつける。その一瞬で、激しい歪みが起こり、ヨイルは見る影もなく消滅していた。


誰も声を発する事も出来ず、見ているしか出来なかった。
頭を垂れる何百という魔族たちがガチガチと歯を鳴らし、触れてはいけない禁忌に触れてしまったかのように地面に頭を強く擦り付ける。恐怖で毛が逆立ち、みな一様に全身を丸め恥も無くガタガタと震えていた。

同様に、兵士の中にも腰を抜かし、震え出す者までいた。
剣を握る手には力が入らず、足が勝手に震え立ち上がることが出来ない。
瓦礫に身を隠したまま、ラックスが持っていた剣を強く握りしめ、状況を窺っていた。

「貴、…様、仲間を、仲間を平然と...何とも思わぬのか…!」
斧を両手で握りしめた大男が、震える声で問う。そこでようやくセインの視線が彼に向いた。
距離にして10mほどか。
それにも関わらず、視線が合った途端、大男が宿すのは怯えの色だった。

鮮血を思わせる赤い瞳が青く変化し、次いで美しい透明感のある紫へ変わる。
それから瞬き一つしない瞳が、白濁とした色へと変わる頃、
「化け、…っ物め…ッ!」
大男が斧を大きく振りかざそうとして、
「笑わせる」
セインの言葉と共に、ごとりと鈍い音がすぐ傍で鳴った。
痛みは無い。あまりに一瞬のことで見えすらしなかった。
地面に落ちたソレは見覚えのあるモノで、自分の肩から先が無くなっていることに気が付く。
「う…ッ、うあああああぁ…ッ?!腕がッ…、腕がッ!…この、化け物がッ!!!」
「はぁ、五月蠅い」
叫ぶ男に向かって、手を軽く払う。

たったそれだけの行動で、
「ッ…!!」
彼の両足は吹き飛び、八つ裂きにされていた。

斬撃が早すぎて全く視認できずにいた。それに加え、魔族なら通常纏っている障壁すら容易に破り貫通する力は『化け物』と言われても仕方がない程、異常な力だ。


どさりと、支えを失った上半身が地面に落ちる。
全く感情の籠らない眼差しがそれを見つめたまま、冷淡に言った。
「行動には責任が付いて回る。魔族なら覚悟の上だろう?大騒ぎするのはおかしい」
「ぐッ…、ぅ…、貴、様っ…」
呻く男に向かって、手の平を向け、捻り潰すように握り拳を作った。
「ッ…!」
「ギーンズも…愚かな道を選んだものだ」
小さく呟いた台詞を最後に、彼の意識は吹き飛ぶ。そこにあった筈の存在は大きく抉られた地面と共に跡形もなく消え失せ、粉々になった粒子が空に舞い散った。

空から何体も落ちてくる翼竜が、空間全体に張ったセインの巨大な障壁にぶつかり、耳障りな音を立て潰れ、セインの周囲に血だまりを作っていく。


動かない肉の塊が散らばるその光景は、さながら地獄絵図だった。


あまりの惨劇に中腰のまま固まっていたリリアンが、ようやく呪縛が解けたようにぎこちなく立ち上がる。
傍らで、セインをジッと見つめるヒカリの肩に手を置けば、ヒカリがハッとしたように肩を揺らしリリアンを見上げた。
それから決意したように強く頷きを返し、立ち上がる。
毅然とした態度で、恐怖に震え動けずにいる人々の間を縫って進んでいった。

「っ…?!ヒカリッ!よせっ!」
様子を窺っていたラックスが瓦礫の影から叫ぶ。それから積みあがる瓦礫を避け、頭を垂れ震える魔族を押し退けながらヒカリの元へと走り出した。
「ヒカリッ!」
ラックスがヒカリの元へ辿り着くよりも前に、
「…」
ヒカリがセインと真正面から対峙する方が早かった。


青から紫、そして鮮血の赤へ。
七色に色を変える瞳が、ヒカリのまっすぐな瞳とかち合っていた。


それから、
「ヒカリ。無駄だ。君の力で俺は殺せない」
セインが放った静かな警告に、状況を見守っていた人々に激しい動揺が起こった。
「ひ、ヒカリ殿…」
「お逃げ、下さいッ…!」
震える懸命な叫びも、真っすぐに前を向くヒカリの足を止めることは出来ない。

恐れも知らず、セインの目の前まで行き、傍らで息絶えた仲間たちに視線を向けた。
「イーセン…。いえ、貴方が魔国の前王、セインですね」
ヒカリの言葉に、セインが表情を変えるということは無かった。
「…はぁ…」
三度目となる深い溜息を再びつく。
「俺を殺したいならやってみればいい」
真っすぐ見つめてくる瞳に、真っすぐ視線を返す。ヒカリには惑わしの力も通じず、ただひたすら真っすぐな想いが返ってきた。

強く純粋なその瞳は、遥か昔に出会った彼を思い出す。
同じように強く純真で、ただひたすら、誰もが持つ『心』を信念にも近い想いで信じていた。

その彼と同じ純真さを持つヒカリが、
「僕は、一緒に旅をしてきたイーセンの心を信じます」
ぎこちない小さな笑みを浮かべて言った。
「…」
僅かに表情を動かしたセインを見て、
「ここは貴方に任せます。魔国の王は僕に任せてください」
そう続ける。

ヒカリのその言葉を俄かには信じがたい想いで聞くセインだ。
「…俺は魔族だ。いいのか?」
セインの言葉を可笑しそうに笑って、
「魔族も人も関係ないでしょう?今、僕らは世界を変えたくてここにいる。一緒にやってきた仲間を信じた、それだけのことです」
血に塗れたセインの手を何の躊躇いもなく両手で握り締める。手を握る強い力にヒカリの決意や想いが伝わってくる。
「イーセン。貴方の瞳には僕と同じ、熱い想いが宿っているのが分かるから貴方を信じるんです」
ヒカリの言葉は、諦めに覆われていたセインの心を人間らしくさせるもので、淀んだ空がヒカリの力で晴れていったように、セインの心の内に渦巻く怨念にも近い感情を晴らしていった。


人と分かり合えることはもう二度と無いのかもしれない。
今回の戦いはそう思わせるだけの酷い惨状であった。
人間が魔族を再び信じることはないだろう。
二度と許すことはないといったザクドルの言葉が呪縛のように思考をがんじがらめにしていた。

セインのそんな考えをあっさりと覆したヒカリの想いを強く感じて、
「…ありがとう。ヒカリ」
気配を変えたセインがそっと感謝を示す。
それを聞いたヒカリは小さく、けれど力強く頷いた。


それからリリアンを振り返って、片手を高く掲げた。
「魔国の王を討伐しに行きます!付いてきてください」
声を大きく張り上げ、前方に見える城門を目掛けて駆け出す。
「ヒカリに続けっ!!!」
リリアンの声に周りが大きく答え、大勢が一斉に立ち上がった。
隊長のグラムスがセインを振り返り、それから遠ざかっていくヒカリの後ろ姿を見つめる。意を決したように、持っていた剣を地面に突き刺して、
「いつまで腑抜けているつもりだ!!!行くぞーッ!!」
未だ立てずにいる兵に喝を入れ、士気を一気に高めた。
彼の一声で、皆が悪夢から醒めたように身体を起こし、獣のような雄叫びを上げて、グラムスの後に続いた。

様子を見ていたラックスが大きく安堵の息を吐き、セインを見つめた後、ヒカリの元へと合流し、彼らの勢いに乗る。

「い、いかせる、ものカ…!!!」
広場の出口付近で立ちはだかる魔族が、鎌を大きく振りかざす。かまいたちが彼らを襲い掛かるも、あっという間にヒカリの聖域に入り力を失った。
「…ッ、人間、が…ッ!」
突撃していく兵たちが持っていた剣を男目掛けて突き刺していく。男が振るう鎌が彼らに届く前に、聖者の聖言が彼の腕をその場に縫い付けた。光る紋章が空中に現れ男の腕に幾重にも巻き付き身動き取れない所を、何本もの剣を突き立て魔族にとどめを刺す。

「魔国にッ、栄え、あれ…ッ…!」
憎しみに揺れる赤い瞳が自分を殺す者たちを脳裏に焼き付けるかのように恨めしく見つめた。
「どうか安らかに」
ヒカリの祈りと共に彼から眩い光が溢れだす。
途端に、もがく腕が力を失い見開かれた赤い瞳が弱々しく閉じられていった。

魔族の力そのものを遮断する、ヒカリの持つ無効化の力だ。魔族の力が無ければ、これだけの出血で生きていられる訳がない。

息絶えた彼を悲しい表情で見つめ、
「行きましょう」
静かに告げ、聖者や兵たちが言葉を発することもなく付き従った。


2022.03.27
グロにならないように気を付けてます…(^-^;エ?気を…気を付けてます(笑)
セインの皆殺しルートに突入です(笑)。…エ?
魔族のセインは血も涙もなく、主人公としては大丈夫か?、レベルです(^-^;
ギエンがラブラブなので、こっちは真逆でアップのタイミングとして許されるかなーと(笑)

 ***26***

激しい喧騒が城内で続く中、セインは一人、城の奥深い地下まで来ていた。
それは以前、ヴォルディオと一緒に行った場所だ。

上では、ギーンズ一味と、人間たちの争いが繰り広げられているだろう。

だが、セインは以前とは違いヒカリのことを心配してはいなかった。
ギーンズは確かに強い。接近戦の戦闘能力でいったら魔族の中でも上の方だろう。だが、それも魔族の力が根底にあり身体能力の強化があっての強さだ。ある意味、ギーンズの力というのは、ヒカリの力と一番相性が悪いといえた。

対峙した時のヒカリの強い眼差しを思い出し、小さく笑みを浮かべる。
彼はこれから先、どんなモノを見ようと曲がらずに真っすぐ、清く正しく成長するだろう。

『光の使者』
その名に相応しい存在だと、身にしみて感じていた。

長い刻を生きていた中で、あれほど明確に『光の使者』の力を宿す存在に巡り合ったことは一度もない。それだけ世界が新たな局面に進もうとしているのではないかと思っていた。
いずれ魔族という垣根も無くなる時代がやってくるのかもしれない。
そう考えると、なるべくしてなった道なのかもしれないと思っていた。


地下への入口は瓦礫で塞がれていて、市民を逃がした後、封鎖したことが分かる。地下回廊特有の静けさの中、あちらこちらに血の跡があり、地下通路を支える大きな柱は崩れて支えを失っている箇所もあった。岩壁には焦げた跡が残り、大きな爆発があったことが推測できた。

水たまりの出来た地下通路を進んでいくと、回廊のど真ん中に壊れた石柱が見えてくる。
何があったのか大体の予測は付いていた。

守りの結界は『敵意を持った魔族』からの侵入を防ぐもので、人間には効かない。
様子のおかしかったリィネの様子や、イータスを討伐したときの周囲の様子から、彼の能力を、人を自由に操る能力だと察していた。どれだけの数を操れるのかは分からない。だが、城内で大きな爆発があり、それが味方の攻撃とあっては大混乱になるのも必然なことで、避難する市民を誘導している中に紛れ込ませることも簡単なことだろう。
先にイータスを殺しておくべきだったと今になって後悔する。身近にいながら、彼の能力を知らずにいた。
警戒すべきはギーンズではなく、影の薄いあの男だったと、詰めが甘い自分を呪うセインだ。

そのせいでヴォルディオに、ギギナに辛い思いをさせてしまった。
それでも、既に起きてしまったことを悔やんだところでどうにもならず、これから先、どうするかが重要だと頭を切り替えていた。

セインの瞳が七色に光る。
それに反応し、地面に貯まっていた水たまりの一部分が淡く光り出す。
泥水の混じった水の中へと手を入れ、赤い石を拾い上げた。

丁度、地面が大きく揺れる。
地下にまで届くヒカリの力に、上から砂埃を落とす天井を見上げた。
揺れがしばらく続いた後、ギーンズの気配と共にヒカリの力を感じなくなって、唐突に静かになった。
聖者の力も感じず、セインが耳を澄ます。

全てが終わったのだろう。
今、自分が探索能力を使えば、聖者に気取られる。

正体を明かした以上、あの時は見逃したリリアンとイサックだが、今後、間違いなく敵対関係になることは目に見えて分かっていた。
このまま姿を消し、彼らから行方を眩ませる必要があることも、セインは知っていた。


赤い真球を服で拭った後、口に入れ、躊躇うことなく飲み込む。
勝手知ったる地下通路を進み、出口を目指すのだった。



***********************


全てが終わった時、討伐隊の生き残りメンバーは半数にも満たなかった。
消沈したヒカリの肩をリリアンが労うように叩く。羽織っていた法衣をヒカリに掛け、
「彼をお探しですか?」
そう声を掛けていた。
リリアンを見上げるヒカリの目は不安そうな色を浮かべていて、その理由を知っているリリアンだ。
「我々には報告義務があります。魔国の前王が生きていたことも、それが野放しになってしまうことも見過ごせる問題ではありません。ヒカリもご存じでしょう?」
「…ですが、彼は…」
「ヒカリ。彼自身が一番、よく分かっている。だからこの場に彼がいないんですよ」
リリアンの言葉の通り、生き残った者たちが声を掛け合い、みな明るい表情で休息を取っていた。

淀んでいた空は晴れ渡り、不安から解放されたように人々の表情には活気が溢れる。
その中に、イーセンの姿は無い。

「あの魔族にはしてやられた」
彼らの元へとやってきた隊長のグラムスがそう言うと共にどかりとヒカリの隣に座り込んで、持っていた水袋を荒々しく飲み干す。
「恐ろしい化け物だ。どういう気まぐれか今回はこっち側だったから良かったものの、あれと全面戦争になったら、この世がどうなっちまうのか想像も付かんな」
その言葉を大げさなと笑い飛ばせないことが、恐ろしい限りで、
「伝承によると、400年以上魔国を統治していたと聞きます。今更の代変わりは確かに疑問の一つではありますね」
リリアンの真面目な回答にイサックが眉間に皺を寄せていた。
「なんであんな化け物と和平など結んでいたのか」
その言葉に、リリアンが小さく笑う。
「他国の王の反応を見たでしょう?特にリーン国はまるで最初から全て知っていたかのようでした。築いた信頼は厚いのかもしれませんね」
「そういえば黒士装たちは、早速あの化け物を追っ掛けに行ったのか?」
黒士装とは黒い法衣を着た戦闘特化の聖者のことだが、今回の討伐で駆り出されていた彼らは既に一人もその場にはいなかった。
「既に魔族の気配すら感じないので、彼を追うのは黒士装の方々でも難しいでしょうね」
リリアンの言葉に、それまで黙っていたヒカリが目に見えて安堵の溜息を洩らす。

「ヒカリ。彼は魔族です。忘れてはいけません」
優しい声でそう諭すリリアンは、柔らかな笑みを浮かべていた。
リリアンの言葉にどれほどの意味が含まれているのかヒカリには分からない。
それでも素直に返事をし、頷いた。
「しばらく休憩した後、全員を集めましょう。犠牲になった方々に祈りを捧げ、戻る準備をして、当面は忙しいですよ。その魔族のことなど忘れるくらいに」
落ち着いた声で、その場の者に指示するリリアンは、セインのことを何とも思っていないように淡々としていて、冷静だった。
「…そうだな」
グラムスがリリアンの顔を探るようにじっと見つめたあと、小さく息を抜いて同意する。得体の知れない男の思惑など考えても仕方がないことだと、しばしの休息を楽しむことにするのだった。


後始末は、迅速に進んでいた。
土地の浄化から、崩壊した城下街の復興まで早いペースで進み、怪我人や弔いなど全てを先導していたリリアンとイサックがその場を任せ、光の王国に帰還したのは、2週間ほど後だった。

早々に、ホレトス卿の呼び出しに掛かる。
表情を強張らせるイサックに対し、リリアンは平常心のままで、数人を連れて礼拝室へと向かう彼は全てを見通しているかのようだった。
「リリアン。今回の件、疑わしい段階で報告しろと伝えてあった筈だが、報告と追跡が遅れた理由を言ってみよ」
「大変申し訳ありません。まずは現場の後片付けを最優先としてしまい、完全に私の判断ミスでございます」
「其方ほどの者が判断ミスとな…。まぁ良かろう。
リリアンの地位を一つ下げると共に、30日間の罰を処す。イサック、君に次期上等位候補の地位を授ける。ミドスと切磋琢磨して徳を積みなさい」
一緒に頭を垂れていた面々がざわついたのは無理もない。リリアンへの信頼が厚かった反面、今回のことへの失望は大きいという事実の表れで、30日間の罰だけで取り戻せる信頼ではないことは誰の目にも明らかであった。
苦しいほどの重圧が、彼らに圧し掛かる。
ホレトス卿を守るように傍らに立つ仕えの者たちが、表情も動かさずにその場を見守っていた。

「全聖者に、魔国の前王を見つけ次第、捕えるように通達を出せ。あれは世界平和のために野放しにしていい存在ではない。光の使者も誕生し、世界が我々を祝福している今、世界のためにすべきことを為すのが我々の使命だ。
イサック、何をすべきか分かっているな?」
「はっ!」
「よろしい。下がりなさい」
汗が滴り落ち、顎を伝っていった。
俯いたまま隣に立つリリアンをちらりと見れば、不思議と落ち着いた表情のままで、彼の決意のようなものを感じる。
同郷の身として互いに力を高め合ってきた仲だ。こんな形で自分が一歩先へと進むことは釈然としない。
下手したら死ぬことになるぞと彼の胸倉を掴み、説教したい気分だった。


重い音を立て礼拝堂の扉が閉まる。
蠟燭に火を灯し、祈りの言葉を唱えていくホレトス卿の瞳には炎が反射して揺らぎ、狡猾な色を浮かべていた。
「いつかこの刻が来ると思っていたが、今まで鳥かごに隠れていたモノがようやく自由になったか」
口角をあげて笑いを浮かべる顔は狂気すら感じさせる笑みで、手に持つ杖の台座に嵌め込まれた宝玉を親指で大事そうに撫でていた。

「捕まえに行くとしよう。自由になった鳥を」
「我らホレトス卿の為に」
傍らに立つ彼らの言葉に、高らかに不気味な笑いを零すのであった。


2022.05.08
あんま意識してなかったけど、予定通り26話で完結できました(*^-^*)スゴイ!(笑)
ちなみに1話端折りました(;;⚆⌓⚆)ン?! ま、成り立つからいいだろう(笑)。
今だから明かしますが、実はこの話、当初は「勇者が魔王を倒すありがちなRPG展開」からスタートしてます('_')。んで総受けっぽい主人公(今でいうヒカリ)がいて回りは彼を守るんだけど、実は真の主人公は別で、最後の最後でセインの話の一つだよーっていうネタバレ的立ち位置のストーリー展開を見込んでいました(笑)。もうかなり昔の話だけど('w')!
それが色々ありまして、改変されにされてます(笑)
今回ナインが死んだことにも意味があって、まぁ人の命がどうこうって言うより、単純に「自分は忘れているけど、向こうにとっては一生モノの思い出」というものが存在し、何故だろうっていう想いだけが残り続ける。そして「それを解明する術はもうどこにも無い」っていう、その一方通行的な感覚?がテーマになってます( '-' ;)まぁ誰にも通じないな(笑)。ウム…。
別話でもどかしさを感じるセインを書くかもしれない(笑)。まぁ後日談は書く予定です〜(笑)

そんなで長く続いたこの編も無事に完結できて一安心(*'-'*)♪次回は単話をちょこちょこかな〜?(笑)

*** 完 ***