過去,帝国編

 セインがギーンズを特別に甘やしているのは誰もが知っているが、セインが俺らと接する態度が他の者とは違う事を知っている仲間は少ない。


誰にでも柔和で優しい筈のセインが、ふと見せる冷徹な顔。
思えば、初めて会った時からそうだった。
まだ二人で自分達の力試しに馬鹿な事ばかりやっていた頃にふらりとやって来た、あの頃から。


初めて見た時は何故こんな場所に人間がいるのかと驚いたものだった。
擬態が得意な魔族はいる。だが、あそこまで完璧に人間になれる魔族はそう多くはいないだろう。
姿形だけでなく気配まで人間そのもので、よほど鼻の利く魔族でなければ判別付かないだろう。もっとも、そんな場所に人間がいるはずも無い。
形だけの笑みを浮かべる男が魔族であると悟るのはすぐだった。


その得体もしれない男が人間風情の弱々しい気配で、仲間にならないかと上から目線で誘ってくる。その高圧的な態度にカッとなるのも当然の事だろう。全身に炎を巡らせ、男目掛けて向っていった時には既に遅かった。
あの時に何が起こったのかは未だによく分からずにいる。若気の至りで我を忘れたせいだという事にしているが、それでも胸の内にモヤモヤとしたモノが残ったのは言うまでもない。


初めて味わった敗北だった。
それまで二人で組んで負けた事など一度も無かった。


『これは協定だ。君らには強い奴と戦う刺激を。僕には君らの服従を』
こてんぱに叩きのめされ意識が朦朧とする中、冷徹な目がそう誘う。相方が抗うかのように小さく首を横に振る。それを留めるように同意したのは自分だ。


今、逆らうのは得策ではない。
どういうからくりか分からないが、自分たちがいま置かれている立場は決していい状態ではない。
『良かったよ。話の分かる相手で、ね』
すっと手を差し出す顔に綺麗な笑みが乗る。
茶色の瞳が細まり、何故か赤い色が透けて見える。口角をあげる淡い色に唇が、これから獲物を食す前の残忍な獣のように見えて、身動き一つ取れなくなった。


あの時。あの目を見てから、ずっとその笑みが脳裏に焼き付いている。


だからセインの嘘くさい笑みを見ると無性に苛立つ。
叩きのめして地べたに這い蹲らせ、懇願させたくなる。
それと同時に。


そんな事は不可能ではないかと頭の片隅で思い、そんな自分にまた苛立ちが募る。
セインを見るたびにその感情が掘り起こされ、いてもたってもいられなくなった。


「セインは死んだ…。分かってるさ。そのくらい」
一人ごちる。
もう自分にはセインを殺す機会はやってこない。彼の視線を自分に向けさせる事すら出来ない。


セインがギーンズに殺されたと知っても、彼の死を実感できずにいた。
ギーンズの事だ。本当に殺したとしても不思議ではない。だが、
「俺らは死体を見てないからな」
「死体を運んだのはヨイルだ。嘘は付いていないだろ」
相方の言葉に反論する。
「そうだな。嘘は付いていないだろう。ヨイルからはセインの匂いが強くした。ヨイルの事だ。大方何をしたか推測が付く。セインが生きていれば大人しく好き放題される性質ではないしな」
「所詮、虎の威を借る弱者だ。セインが死んだところで不思議じゃない」
「なら、何を拘る?」
ずばりと突きつけられて言葉が止まった。


「別に拘ってなんかいねぇ。俺らが殺す機会を逸したと思っただけだ」
「…そうか」
内心を見透かしたように笑いながら返ってくる短い言葉に小さく舌打ちを返す。


拘ってはいない。



ただ。
あの時。あの目を見てから、ずっと。
セインを憎々しく思う反面。



彼に−−されたいと。



妙な願望を抱いていた。
だがそれも、もう叶う事は無い。



「ギーンズが呼んでいる。ようやくか…」
「大した執念だ。セインが作ったモノ、関わった者、全て壊してぇらしい」
「だろうな」


俺らは皆同じなのだろう。
ギーンズにしろ、ヨイルにしろ。
全員が何かしらの拘りをセインに抱き、行動を共にしている。
真の意味で繋がっていられるのは、その共通の意識なのかもしれない。



マントを羽織る。
セインが何よりも愛した者たちを壊す時がやってきたのだ。
「派手にぶっ壊そう。セイン派が二度と大きな口を叩けないように」
決意の籠った相方の言葉に、拳で返事を返す。セインの大切なモノを破壊できると思ったら、一気に気持ちが高ぶっていくのを感じるのだった。






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(2021年)拍手より移行してきました〜(^^♪
あまり大きな絡みは無いこの二人。実は悪でどうしようもないクズなこの二人が割と好き(笑)
今回伏字「−−」使ってみました。結構、意外な言葉だと思います(笑)。
2018.09