【帝国編,流血多,反乱】

 ***1***


リリナがセインにとってどういう存在かはよくわからない。ただ気が付いた頃にはセインの隣にいた。セインの周りにはそういった女性も少なくはない。
何故かやたらと女を惹き付ける。それが不思議な能力だと思った事はあるが、羨ましいと感じた事は無かった。
だというのに。

セインは何を勘違いしたのか、唐突に自分に女を宛てがってきたのである。
女っけもなく哲学書や魔歴の書物ばかりを読み漁る自分を見て不憫だと思ったのかもしれない。

その押し付けにうんざりして腸が煮えくり返りそうだった。リリナに不満がある訳ではない。リリナは魔国でも1,2を争うほど整った顔の持ち主だ。ルビーを嵌め込んだような美しい赤瞳に長く艷やかな赤髪、通った鼻筋に小さすぎず、大きすぎないぷっくりとした唇。すべてが完璧な美貌だろう。そのリリナが微笑みを浮かべれば、まるで魔の力でも掛けられたかのように彼女に心奪われる。それほど美しい女だったが、ギーンズの心は荒波一つ立たなかった。

宛てがわれるどんな女性よりも。
柔らかで豊満な肉体よりも、間近にある見慣れた背中を目が追ってしまう。

ランゼットの髪を引く姿や、微笑む姿、ギザと組手をする姿。苛立ちしか抱けない彼の姿が、自然と目に入って思わず悪態を付いた。

セインは一見すると細身で小柄に見えるが、実際はそれなりの筋肉がついていて非常に身体の芯がしっかりとしているのを知っていた。本気で戦かっているのを見たことは無いが、接近戦も本人が言うほど苦手でもないだろうと推測が付く。仲間内の遊びで取っ組み合うとセインは決まって投げられて負ける側にいるが、その笑いは常に余裕のあるものだ。
以前に軽く手合わせしたことがあるギーンズだったが、思わず熱が入り本気で殴りかかったことがあった。その時に咄嗟に身をそらせて避けたセインの瞬発力と柔らかな身体のバネに感心したくらいだ。
本人にその事で何か言ったりはしなかったが、胸の内にはいつでも疑念が渦巻く。

一体、何を隠し持っているのだろうかと。

いや、そもそも何も持っていないのかもしれない。そう思わせる事がセインの策略で、何かがあると思うのはまやかしなのかもしれない。事実、セインは表立って自分が戦場に立つ訳ではない。そういう時は大抵がランゼットかギザの役割で、セインの仕事といったら人間と下らない話をするくらいだ。
それでも。セインに対しては得体の知れない何かを感じ取っていた。
そういった些細な事柄一つ一つが、なおさら苛立ちを深める要因となっていた。セインという男がどこまでいっても見えなくて、ふと顔を上げればセインを見遣ってしまう。
そんな自分にも苛立ちを抱いていた。

その日も何気なくセインを見つめていると、
「ギーンズ」
唐突に名前を呼ばれ、ハッとした。
だらしがなくソファに寝そべった彼が捲れたシャツを正して露わになっていた腹を隠す。
「そんなに僕ばかり見ていると誤解されるぞ」
軽く笑ってそう言った目は、おだやかな色を浮かべている。からかうつもりらしいセインの言葉に、集まっていた仲間たちがサッとギーンズに視線を移した。
「誰も誤解しねーから」
隠された腹から視線を外して素っ気なく返す。
「人間はお前の身体のどこに惹かれるのか疑問になって見てただけだ」
誤解されないように、そう付け加えた。
「やっぱそこは好奇心?」
ヨイルがにやりと笑ってセインに視線を移す。それから真顔になったセインを見てバツの悪そうな顔を浮かべた。
「君らはまだそんなくだらない事を言ってるのか。一体何回言えば分かるんだか…。
まぁそう思いたいならそう思ってればいいけどさ」
セインが呆れたように言って瞳を閉じ、ランゼットに寄りかかる。
ランゼットの長い指がセインの髪をさらりと梳いた。その動作があまりに自然で、
「二人の邪魔をしちゃ悪いし、行こうぜ」
仲間にそう声を掛ける。

セインの瞳がゆるく開いて、またいつものあの色を浮かべた。
その視線がギーンズの神経を逆撫でる。理由はわからない。ランゼットに向ける目でも、ギザに向ける目でもない。その気怠そうな色を見る度に衝動的な怒りに囚われる。

意図的にその視線を無視して部屋を出ていった。


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仲間と計画を立て始めて1ヶ月ほどが経っていた。回廊を歩いているとあまり城内をうろつく事のない男に巡り合う。
真っ赤な髪に血のような瞳、側頭部から突き出た太い角、リリナとは別の意味で目を瞠る存在だ。
大柄の身体が向こうからゆったりとこちらに向かってくる。歩みに合わせて揺れる赤髪がまるで炎のように揺らめいていた。

「ギーンズ、また読書か?」
巨体の割には一切の音も無く目の前まで来て足を止める。ギーンズの手元を見て厳つい顔を顰めた。
「魔族崇高も大概にしておけ。セインに嫌われるぞ」
軽いため息を付いて横を通り過ぎていく。その言い草に怒気が高まり殺意が芽生える。彼の殺気に気が付いている筈なのに、当のギザは全く無頓着だ。まるで子犬を相手にするかの如く、歯牙にもかけずに去っていった。

思わず歯ぎしりするギーンズだ。
ランゼットやギザにはどこかこういう部分がある。昔からそうだった。
いつまで経っても、自分を認めようとはしない。

ギーンズの中には、彼らに対する反抗もあった。セインを殺す事で今までの屈辱を晴らすことは十分に成せる。
あれだけ大事にしている王が、自分のような下級な魔族に殺されるのだから、大した笑いの種だ。
その絵を想像してほくそ笑んだ。
いつかその日は必ず来るはずだ。今はひたすら耐えていればいい。

そんな狂暴な思想と並行して、
ふと。
セインの柔らかな笑みを思い起こす。


『ギーンズ』
いつでも変わらない甘い声が呼ぶ。
子どもをあやすような柔らかな声。

それが酷く胸をざわつかせる。
苦い物を口に含んだ時のように、無意識に眉間に力が入った。

魔族は崇高であるべき存在だ。
こんな男に魔国を任せる訳にはいかない。
彼の甘い表情を見ていると虫唾が走った。

セインの胸に刃を突き立てたら。
どんなに心地良いだろうか。知らず唇を舐めて妄想に耽る。
ゆっくりと脱力していくセインを脳裏に描くだけで、あれだけの苛立ちが消えていく。
胸をざわめかせる何かが消えて、平静が戻ってきた。

「ギーンズ、久しぶりだね」
セインは何があってもいつもと変わらない。怒鳴っても冷たく無視しても、翌日にはいつもと同じように接してきた。
そして今日のように半月ぶりに会っても、それは変わらなかった。


多少の予測はしている筈だ。それでもセインは常と同じように無防備に歩み寄ってきた。
まだその時ではないと。
そう思っているのかもしれない。

漸く。
実行に移せる。

自然と笑みが浮かんだ。心の底からセインを愛おしく感じ、今すぐ抱きしめたくなる。

歩み寄るセインの腕を引き。
そのまま、ひっそりと取り出した短剣でセインの心臓目掛けて、一気に突き刺した。
「ッ」
小さな悲鳴が聞こえたような気がする。
手に伝わる重い感触と硬い物を抉り破壊する衝撃が一瞬で通り過ぎ、深く、奥まで突き刺さって止まった。丸々と刃を飲み込んだ胸から鼓動まで伝わってくるようで背筋に何かが走る。

何度も繰り返されるセインの浅い息が耳をくすぐった。
痛みだろうか。
呼吸を乱すセインが酷く愛おしくて、漸く何かを得た気がした。

突き刺した刃を一気に引き抜いて再度、突き立てた。
何度も何度も。

失敗は許されない。
確実に。

神経も細胞も何もかも断ち切る勢いで、心臓を破壊した。
崩れ落ちていく身体を優しく支え、地面に横たえる。


もう。
この小さな唇が笑みを浮かべる事もないのだろう。
子どもみたいな瞳も今は何も映してはいない。

赤く濡れた唇を拭って、開いたままの瞳を閉じた。


温かい。
手に残る血の感触が、セインの存在を実感させた。

「やったのか?」
仲間の声で顔を上げた。
ついに。

手に入れたのだ。


セインも。
魔国も。

刃に付く血を払って、集まってくる仲間に指示を出す。
想像したような興奮は無かった。

「魔国を、取り戻そう」
平静なままのギーンズが静かな声で言った。その言葉に皆が一様に頷く。

真っ直ぐに回廊の向こうを見据えるギーンズの瞳には魔国の未来が映る。

今まで心の中を吹き荒れていた風は静まり返り、一風も吹いてはいない。
そっと。
胸の内でセインに別れを告げ、その場を後にした。




2018.09.05
もうじき今年も終わりですね…汗。おそろしいかぎり・・・(笑)。来年の干支は何なんだろう??

セインの話もそろそろ色々決着つけるべき?私は割とずるずる気ままに書けるので、
好きなんですが、客観的に読みやすいか否かで言ったら読みにくい部類かなぁとは思ってたり(笑)。
最近、新しいファンタジーの話を書きたいなーっていうのもあるんですが、中々書きたい事と設定がまとまらん〜(笑)。ひとまず前から拍手とかでちまちま書いてるキャラをストーリーにしようとは思ってるんだけど、思ってはいるんだけど…(笑)。うむ(笑)。
そんなで。何度も書きたい、ギーンズのこのシーンでした(笑)。オイ!





 ***(完)***