? 帝国編

【帝国編,流血多,反乱】

 ***1***


魔国の王の本気が見たい。


それは力ある魔族なら誰もが一度は思う事だろう。
魔国を治める彼の真の力がどれ程のものなのか。

力のある魔族であればある程、自分に自信があればある程、強い者との闘いを求めたくなるものだ。
全身が震えるほどの生死のやり取りを味わいたくて、そして、自分が魔族の中で一番だという事実を確認したくて、それを願う。

もっとも。
その認識が必ずしも、正しい訳ではない。


セインという男の本性を知れば。
誰もが絶望を抱く事になるだろう。


*****************************************


「よせ!自分の皿のを食え!」
ギーンズが心底嫌そうにセインの肩を押しやって拒絶した。皿から食べ物を奪い取って、美味しそうに頬張るセインを恨めしく睨む。
セインの横に座るヨイルが、
「セイン、ガラピンの肉がそんなに好きなら俺のをやるよ」
犬のように見えない尻尾を振ってセインの皿に自分の物を差し出した。
「ヨイルはいい子だなぁ」
セインの柔らかに笑って、目の前にある肉にフォークを突き刺し一口で放り込む。小さな口をもごもごさせて、噛み応えのある硬い肉をいとも容易く噛み切って嚥下した。
「もっと欲しければ調理しましょうか?」
エプロンをしたままのランゼットが新しい食事を運びながらセインにそう訊ねるのを、どこか遠くで聴くゼシューだ。


くだらない茶番である。
単独行動を好む魔族が人間のような家族ごっこをして、和気あいあいと円卓を囲む。
口では散々と血気盛んな言葉を吐くギーンズですら甘い雰囲気でセインとじゃれ合っていた。


実に下らない光景だった。


「招集が掛かったから来てみりゃ、ただの晩餐会か?大事な話がねぇなら俺は行くぜ?」
目の前の皿を一しきり片付けてから、そう言うゼシューをセインが小さく笑った。
「大事な話だよ」
にっと笑みを浮かべて指を立てる。


騒ぎ立っていた場が一瞬にして静まり返った。



少年のような陽気さにどこか飄々とした態度のセインだが、まがりなりにも魔国の王だ。
皆が真剣な面持ちになって耳を傾ける。


一気に引き締まった場の空気と、セインの醸す甘っちょろさに苛立ちを抱くゼシューだ。
その余裕をぶち壊したくなって、握りこぶしを作る。

まだ。
その時ではない。


危険な衝動を抑え込むも、テーブルの下で震える拳が彼の衝動の強さを物語っていた。
そんなゼシューの思いも知らず、
「一つは人間の街で最近、悪さをしてる魔族の討伐。もう一つは魔国のここからもっと北西に位置する山岳の魔族の討伐。これらを君たちに頼みたい」
笑みのまま呑気にそう言い放った。


人間の街。


こんな晩餐会以上に下らない話だった。
咄嗟に席を立つゼシューを場に留めたのは、誰かが服の裾を引っ張って強制的にその場に縫い付けたからだ。睨むゼシューの怒りを真向から受け止めたラスが、視線で座るように促す。
ラスとて同じ想いの筈だ。

そのラスが最後まで聞けと言っているのだから、それなりの意味もあるのかもしれない。
そう思って再び腰を下ろせば、
「お前が行けばいいだろ」
ギーンズがさして興味も無さそうにセインに言って、テーブルに足を乗せた。実に下らないと思うのは自分やラスだけでなく、ギーンズも同じかと思って視線を投げる。
人間の街で悪さをする魔族に興味がないのは皆、同じだ。そんな事に心を痛めるのはセインと、ランゼットくらいだろう。

「僕はね、ちょっと事情があって戦えないんだよ。皆がどうしても嫌なら人の街にはランゼットに行ってもらうからいいけど…」
「事情があって?」
間髪入れずに問うたのはイータスという男だ。
影の薄い彼にセインが視線を向けたのは僅か一瞬で、小さく頷きを返す。
「カナールド国から招待を受けてるからそっちに出なきゃいけないんだ。南の国だから結構時間が掛かる。だからランゼットを連れて行きたいんだけど、かといって人からの討伐依頼を長く放置する訳にもいかないだろ。それで誰か別の人が討伐に行ってくれないかなーと思って」


人間。人間。人間。
セインから出た言葉はそればかりだ。

ゼシューの全身から隠しようもない殺気が溢れ出る。
テーブルを手の平で激しく叩き、
「ンなもんッ、ギザに行かせりゃいいだろーがッ!俺は人間の為になんかやらねぇぜッ!!」
身を乗り出して怒鳴った。勢いで火花が散り、天井からぶら下がる照明が激しく燃え盛る。
その怒りさえ。
セインには素通りで、
「ギザは別件を対応中なんだよ。しばらくはそっちに手が掛かるから」
静かにそう言って笑った。
その態度が余計に彼を殺気立たせたのは言うまでもない。
「てめぇの犬だろうがッ!呼び戻せよ!奴なら何してても、呼び戻せば言う事聞くだろッ!」
その台詞は場を静寂にさせるには十分だ。
日頃は柔和なセインの顔が無表情になる。滅多に見せることのない、怒りの気配だ。

「犬…ですか」
そう呟くのはセインでない。
全員の視線が傍に立つランゼットに向かった。
「あんなのが犬とは笑止。あの獰猛な獣が貴方には犬に見えるのですか?」
いつでも冷静な美貌がふっと嘲りの笑いを零した。
「犬というなら私こそ相応しいでしょう。セインが死ねというなら今すぐ自害する覚悟さえある。貴方にはその忠誠心すら無いのかと驚く位だ」
「ッ…」
ランゼットの挑発にゼシューが歯軋りをした。更に身を乗り出し飛び掛かろうとする所を片手で抑えるラスだ。
冷静でありながら刺すような視線をランゼットに向け、次いでセインを見つめた。
「生憎、俺たちは鼻が利く。あんたと…ギザが出来てる事くらい分かってんだ。獣の匂いをプンプンさせておいて、奴が犬じゃなきゃ何だ?セイン」
鼻を鳴らして穢らわしいモノを払うように顔の前で手を払った。
誰よりもその言葉に敏感に反応したのはギーンズだったが、誰もそれには気付かずセインの動向を見つめる。

無表情であったセインが変わらぬ目でラスを見つめ、
「なるほどね。嫉妬してる訳だ」
そう囁く。


やはり怒っているのだ。
身近な存在が侮蔑されたことに腹を立てている。
あの『セイン』が。

それを感じて、ぞくぞくと背筋が粟立った。そんなゼシューの興奮も無頓着にセインが止まっていた食事を再開した。
「ギザと僕がね…。まぁ、僕から獣の匂いがするならそうなんだろう。ただ彼は犬じゃない」
ラスとゼシューをいつもと変わらない柔和な笑みで見遣った。
「分かるだろう?
僕の大事な仲間だ。愚弄する事は許さない」
一息にワインを飲み干す。それから静かに立ち上がって、
「これは命令だよ。ラスとゼシュー、それからギーンズには山岳の魔族退治を、ランゼットは僕の足として一緒に来るように。
仕方が無いから、人間の街の魔族退治は僕がするよ」
胸に掛けてあったナプキンを引いてテーブルに置くと同時に言い切った。
「ふざ…っけんなッ!たかが山岳の魔族退治に何で俺らが三人もっ…!」
「君ら二人ではギリギリだからだ。ギーンズが一緒なら確実だろ?」
ゼシューの言葉を奪い取って、指を突き付ける。遠まわしに二人では勝てないと伝えてプライドを逆撫でした。


大した力もない癖に。
守られているだけの王が、何を言っているのか。


ゼシューの周りに炎が揺らめき立つ。
「収めろ。ゼシュー」
ラスが肩を引くのも聞かず、殺気立った勢いのままセイン目掛けて攻撃した。
バチバチと激しい音を立て炎が渦巻きながらセインに向かう。


途端。
黒い羽が散った。


視界を覆う巨大な黒羽が大きな壁を作り、それにぶち当たった炎が水を掛けたようにあっという間に霧散した。
小さな燻りがテーブルクロスから上がり焦げた匂いが部屋を充満する。黒光りする巨大な黒翼は焦げる事すらなく、鋼鉄のような硬さで彼らの視界からセインを隠し切った。
「主に手を挙げるとはどういうつもりなのか…」
ランゼットが呆れた視線をゼシューに向けて、顕した片翼を仕舞う。
「血気盛んなのはいい事だよ」
慰める訳ではない。
余裕の笑みでそう言ったセインを。


ギリギリと睨む。


その地位を保っているのは自分の力ではないだろう。
ギザや。
ランゼットの力だ。


いつも高見の見物でいるセインを高台から引きずり下ろして、滅茶苦茶にしたくなる。


「セイン。子どもみたいな挑発は止めろ」
ギーンズが仲裁に入りゼシューの肩を引いて強引に座らせた。両肩をぽんぽんと叩いて強張った身体を解す。
「お前が強いのは皆知ってる。人間の街には俺が行く。そうすればセインはカナールド国に専念できるし、それでいいだろ?セイン」
最後にはセインに言って、有無を言わさずに了承を得た。
「…ギーンズなら、そう言うと思ったよ」
一拍置いた後、静かな声でセインが答えるのをひっそりと見つめるランゼットだ。セインの含みのある物言いは珍しい。
「山岳の魔族は確実に叩いておいて欲しいね。今回は二人に任せるけど…」
さすがのセインもその後に続く言葉を言ったりはしなかった。ゼシューの神経を逆なでするだけなのを分かり切っているからだ。


「後は皆で楽しんで。全員揃うのは久しぶりだろ?僕がいると、険悪になるみたいだからさ…。
行こう。ランゼット」
手招きでランゼットを招き、その場を離れる。
視線を送る彼らを振り返る事なく部屋を出て行った。


残された彼らに沈黙が宿ったのも僅かな時間だった。
「ったく、我儘な王様だぜ!」
ゼシューが盛大な溜息と共に悪態を付く。それに賛同したように頷くヨイルだ。
「前から思ってたがランゼットは厄介だな。あの翼、かなり頑丈だ」
唇を長い爪で引っ張りながらラスが呟くようにひっそりと言った。
「それであの能力だしな。どこにでも移動出来るんだろ?逃げ足が速そうだ」
イータスが同意して頷いた。
「なぁ、ギーンズ」
唐突に振られギーンズが軽く視線を投げる。
「あいつはセインに関しては怖いくらい盲目だ。何するか分かったもんじゃない」
「確かにな」
「それに…ギザ…」
ラスの言葉にピクリとギーンズが反応を返す。黒い瞳がセインが去って行ったドアを見た後、ちらりとラスへと向かった。
「あの攻撃力は敵にすると面倒臭い。対抗できるのは接近戦が得意なギーンズくらいだろう。俺らでは無理だ」
「ッ…てめぇ、俺があんな犬に負けるって言いてぇのかよっ!」
ラスの分析を真っ先に批難したのはゼシューだ。殺気立ったゼシューの目を冷静な瞳が真っすぐに見返す。
「タイプの問題だ。あれに火は利かん。炎の中、突進してくるような男だろ」
「ラスが言うようにギザの攻撃は厄介だ。俺の剣が折れる。俺らのように接近戦が得意な奴は身を守る障壁も弱いしな。俺とギザでは単純な技量比べになる」
同意してギーンズが腕を組んで考え込むように黙り込んだ。
「不意打ちしようにもギザは鼻も利くしね、ほんっと獣だよ。あれは」
ヨイルが呑気に言うのを、茶化す気分にもならない。
「とにかく頭をぶっ殺しちまえよ。自然解体すんだろ?復讐に来るかもしれねぇが、その頃には多勢に無勢だ。今の魔国に反感覚えてる奴等なんてごまんといる。やっちまおうぜ?」
ゼシューの言葉を聞いて、場が静まり返る。

沈黙の後、
「山岳の魔族も仲間に出来たらしようか…セインがやたら気にしてるから何かあるかも知れん」
ラスが賛同した。

お互いが目配せし合い、意思を確認する。
小さく頷いて誰ともなくグラスを掲げた。



「我らの為に」
ギーンズの言葉に。
彼らが賛同する。




魔国の為に。
異様な高揚感が場を支配していた。






2016.10.26
あれ…。攻め攻めをメインに更新するとか…言ってましたっけ…(-∀-`; )えへ。
だって、現実逃避したくなるとファンタジーを無性ーに書きたくなるんだものぉ〜…。
お許しを…(笑)。

多分2話で終わります(^▽^)ノ





 *** 2 ***

城から北西に位置する山岳にセインが足を運んだのは、気まぐれではない。
ゼシューやラスを信じていない訳でもなかったが、近くには大事なモノがあって、それが気掛かりで足を運んだというのが本音だ。

近辺を根城にして南下してくる魔族討伐は実際の所、彼らを退ける為の名目に過ぎない。もちろん看過しがたい残虐な行為もあるにはあったが、わざわざ出向いて討伐する程の事でもなく、むしろ魔国に住む以上はそれなりの殺し合いや制圧は当然、生じうるものであった。

現状は大した害もない彼らをどうしても討伐したいのは、それだけ大切なモノだからだ。
セインが何百年と大事にしてきたモノであり、もはや歪な形になってしまったそれが、それでも胸の奥深くで優しい想いと共に生き続けている。彼の存在が、いまだに胸を焦がしていた。


地肌が剥き出しの山岳に辿り着いた時、違和感に気付くと同時に焦りが浮かんだ。


争った形跡がどこにもないのである。
ラスとゼシューが指示通りに討伐していれば、多少の痕跡はあって然るべきだろう。それが何もないとは一体どういう事か。そればかりか近辺の魔族を狩り殺して、南下するように侵攻してきた彼らの気配すら無かった。彼らの住処すら見当たらず、思わず拳を握る。

『彼』を見てから、ここに来ればよかったかと僅かな後悔を抱いた。万が一にも、大事なモノが壊されていたら。
それを思うと。

「彼らに任せたのは失敗か」
らしくもない憎悪が芽生えるセインだ。
復讐心はどうでもいい感情だ。そんなモノに囚われる事ほど無意味な事もない。

だが。
『彼』に関しては別だった。
あれは自分のモノであり、『彼』を壊される事は自分を穢される事と同義である。『彼』を壊すのは自分であり、見知らぬ誰かではない。
風も無いのにふわりと髪が舞う。辺りに電気が走り青い小さな光がチカチカと全身を取り巻いた。どろりとしたどす黒いモノが腸から湧き上がる。

「やはり気配が無いか」
高台まで登り樹木が一本も生えていない山肌を見渡す。冷たい風が吹き抜け、土の匂いが鼻を突いた。
「血の匂いもしない」
ゼシューやラスからは問題なく成功したという報告を受けているセインだ。それが偽りの可能性が高いだろう。その事に苛立ちを抱いたりはしなかったが、多少なりとも失望感を抱く。
元々、同じ志の下に集まった仲間でもない。ギーンズに然り、彼らに然り、これは当然の成り行きなのかもしれなかった。


「ここは必ず倒せと命じた筈だけどな」
日頃は柔らかな色を浮かべる茶色の瞳がまるでヴェールを取ったかのように青色へと移り変わった。一歩、一歩、踏み込む度に大地に細かな亀裂が走る。
感情に呼応して生じたに過ぎない些細なレベルの障壁だったが、強度のある障壁に地肌が負けて地面を削り取っていた。

『彼』の存在が気に掛かって、胸の内がざわつく。
この辺りは魔族があまり出没しない地域だ。山と砂漠、そこを超えれば小さな沼地に地底洞窟があるだけで住処にするには環境が悪い。動植物も少なく、枯れた土地だ。
『彼』が誰かに見つかる可能性は非常に少ない。そう思いつつも南下しながら移動する集団がどこへ消えたのかが引っ掛かっていた。
南下していけば道中に沼がある。少し寄り道すれば地底洞窟があり、その入り口さえ発見出来れば彼らがそこを一時的な住処にする可能性は十分に考えられる事なのである。

登った頂から飛び降りて軽い足取りで道なき道を南に向かう。
その足取りは速く、急いだものだった。



*****************************************




ゼシューとラスの住処は城ではない。
城から遠くもないが近くもない森を根城にしていた。そこでは幾人かの魔族が住み、互いに縄張りを持って不干渉に生活している。
枝で寝床を作る者や岩石で家を建てる者もいる。近くには水も流れ、獣が集まりやすいその場所は魔国の中では非常に住みやすいエリアだ。

もっとも得手不得手はあり、森よりも冷たい岩肌が得意な魔族もいれば、草原を好む魔族もいるが、見通しの悪い森に敢えて住む魔族の方が数は多い。その理由としては圧倒的に食料が豊富である事があげられるであろう。

セインが彼らの住処にやって来た時、彼を見た多くの魔族は好奇の視線を向けた。日頃は見慣れない男がやってきたこと、それに加え一見すると只の人間に見える軟弱な優男の風貌が彼らの視線を更に集めた。
森の出入り口で背丈の小さな男たちが高い声で鳴きながら、警戒の声を発した。すぐに数十が集まり、キッキと言葉を交わし合い途端に森が騒がしくなる。
セインを何度も見て、近づいては遠ざかるという威嚇行動をし、周囲を集団で取り巻いた。隙あらば襲い掛からん勢いでセインに迫り突然の闖入者を追い払おうとする。

だが、当のセインはそんな彼らに視線すらくれず、一直線に森の中へを進んでいった。入口で威嚇行動していた彼らは自分らの縄張りから去って行くセインを遠巻きに見送るしかなかった。



一重に森と言っても、中は複雑だ。それでもセインが目的の場所へと簡単に辿り着けるのは、何度かその場所に来た事があるからだった。
元々、ここに住む彼らを仲間に招いたのはセインだ。特に彼らに興味があった訳ではない。ただ血気盛んな彼らならギーンズの刺激になり、話し相手にもなるだろうと思ったからだ。
そして彼らとギーンズは思う以上に馬が合った。それが想定外の所にまで進んでしまった事を除けば、いい収穫ではあった。もっとも、その想定外な部分もひっくるめて彼らを仲間に誘ったことは正解だったのかもしれない。

なにせ、現状の魔国に飽きがきているのだから、この状況を打破する何かが必要である。嘆かわしい事に古くからいる魔族は皆、セインに挑もうという気概がなく、我こそが新生魔国を作るという気迫の無い者ばかりだった。その原因がどこにあるのかもそれとなく察してはいるセインだが、既に住み分けが出来てしまっておりそればかりはどうにもできない。加えて、セインと争っても無駄だという事を『知っている』彼らには、戦って命の危険を侵してまで魔国を制圧したい欲求が無かった。

その中で、ギーンズのように若く力ある魔族が野心を抱き挑んでくる様は非常に喜ばしい事であった。退屈な世界にようやく動きが見えて、それにすがりたくなるセインの気持ちもある種、当然ではあった。それだけ長い期間、変化が無さ過ぎたともいえる。

ギーンズの事は、我が子のように大事に思っていた。幼い頃から成長を見てきたのだから。彼が、口先だけでなく、本気で魔国の事を考え、魔族の為を思って新たな魔国を作り上げたいというなら、それを後押ししたいセインだ。
それが正しいのかどうかはわからない。ただ、何かが大きく変わる事だけは予感があった。

足元に転がる枯れた枝が折れる。落ち葉を踏みしめて、目的の場所へと近づけば女の喘ぎ声が耳に届いた。
木々の間から、豊満な裸体が姿を現す。野性味あふれるゼシューの身体に女が跨って腰を振っていた。
当然、セインの訪れに気が付いているゼシューだ。情事の最中であろうと、そのくらいは気が付けなければ弱肉強食の中で生き残っていかれはしない。
それでも意図的に無視して事を続ける彼らに、
「邪魔するよ」
敢えて声を掛けて女の背後に歩み寄った。
セインに気が付き、振り向き様攻撃する彼女の首根っこを掴んで引き剥がす。軽々と彼女を地面へと放り投げて、珍しいほど冷めた視線をゼシューに向けた。
朽ちた大木の上で寝転がっていたゼシューが上半身を起こし、セインに視線を返す。露わになった性器を隠しもせずに、妨害したセインに深々と溜息を付いた。
「今、真っ最中だろーが。終わってからにしろや。大体、何でてめーがここにいんだ」
ゼシューの怒声も右から左で、セインの目付きに変化はない。そればかりか、ゼシューが腰掛ける大木に足を掛けて、彼の顔を間近で覗き込んだ。
「僕に謝罪すべき事があるだろう?ラスはどこだ。二人に文句を言いたいんだよ。僕は」
「っ…」
セインにしては珍しい口調だろう。はっきりとした声でそう言う彼は確かに常とは違って、やや苛立った様子だ。それを感じて、思わず心の中でほくそ笑むゼシューだ。
「何、怒ってんだ。そんなボロボロの恰好で。まるで誰かとやりあった後みたいだな」
確信をもってそう訊ねる。
木に足を掛けるセインのズボンは無残に破けて素肌が剥き出しだ。血が付くシャツも所々が破けて穴が空き、日頃は艶やかな髪も砂埃を被って汚れていた。
剥き出しの太ももに手を滑らせ、性的な嫌がらせをする。
一瞬、眉を顰めたセインがすぐにゼシューの手を振り払って、胸倉を掴んだ。
「返答次第では許さない。分かっているだろう?僕と君らの間には絆がある訳じゃない。ただ互いの利害が一致したから一緒にいるだけだ。君の目的が…」
ふいに背後から手が伸びてきて、セインのセリフが途中で中断させられた。
真後ろに立つラスが黒いマントでセインの全身を包み込んで、首元を腕でがっちりと固定して立つ。
「俺らの住処に来るとは珍しい。血の匂いをさせて何を怒ってるんだ?」
耳元で冷静な声が囁いた。ねっとりと舐め上げるようなその声音に、ぞくりと肌が粟立つのはただの生理現象だが、
「ラス、やめろ」
首筋を吸う唇に思わず強い口調で拒絶の言葉を吐く。
「獣とは寝れても俺らとは無理ってか?」
片頬を上げて卑屈に笑うゼシューに批難の目を向けた。
「冗談を言いに来たんじゃない。僕は必ず討伐しろと言ったろ?命令には従っ…、ゼシュー!聞いてるのか?」
再び太ももに置かれた手が先程よりもさらに奥へと侵入して言葉を止めた。足をどかそうとして、腰ごと引き寄せられる。シャツの裾を捲る手が嫌らしい手つきで腰を撫で、際どい部分を彷徨った。
「…そんなに僕と寝たいなら、それも良しとしよう。僕が今関心があるのはそんな事じゃない。命令に従わなかった事に対し、謝罪の意思があるのかどうかだ」
「随分、拘るな」
「当たり前だろう?最初に約束した筈だ。僕の命令には必ず聞くようにと」
常に無い言いようではっきりと告げたセインの言葉に、首筋に顔を埋めていたラスが牙を立てた。
「俺らの気性を知ってて仲間に招いた筈。最近の生ぬるさには嫌気が刺してるのさ。俺らは強い奴をぶっ殺してぇ。なのに雑魚ばっか宛がわれて苛々してる」
「そういう事!」
ゼシューが荒く同意するのと同時に、ボロボロになったズボンの裂け目が更に大きく破かれる。足の付け根まで白い肌が露わになり、薄い素材の短い下着が僅かに裂けた。
ラスの手が服を捲り、胸元を彷徨う。ぴくりと反応したセインの耳元で軽く息を吐いた。
「あんたにはこういうのも慣れたもんだろ?」
「人間と体で繋いでる和平だもんな。さぞかし爛れた饗宴だろうさ」
太ももに噛み付いてそう揶揄る。
無表情のまま二人の言葉を聞き流すセインだ。
「協定は破棄されたという理解でいいのか?」
ゼシューの髪を鷲掴んで撫でつける。男らしい口振りに優しい声音で訊ねるその瞳は、酷く冷徹な色だった。ゼシューの背筋に鳥肌が立つ。ぞくぞくと興奮して、獣のような荒さで太ももを舐めた。
「ゼシュー。やめとけ。セインが抱かせてやるなんて言う時は何か企んでる時だ」
スッとラスが身を引く。黒いマントを羽織直して距離を置いた。

内心で、舌打ちをするセインだ。ラスのやたら効く勘は非常に厄介でもある。そこに舌をまく時もあるが、今発揮して欲しくはない。至って平穏に二人を消す絶好の機会が失われ、セインの中に一種のもどかしさが生まれた。それに加え、
「協定を破棄した訳じゃねぇ。話が通じる相手だったから討伐しなかったんだよ。平和的解決ってやつだ。てめぇが好きな言葉だろ?セイン」
あっさりとセインを解放して、ゼシューが弁明した。耳の上を人差し指でトントンと叩いて、
「もう無暗に魔族殺しはしないって奴等が宣言したんだよ。討伐だけが解決じゃねぇってのはてめぇもよく言ってる言葉だ」
珍しくも温情的な事を言った。
そういわれると言い返せなくなるセインだ。実際の所は違うだろう。協定も破棄されたも同然の筈だ。それでも。
本人がそう弁明するのならば、憶測で判断している以上、ゼシューの言う通りだったと判断せざるを得ない。
「…そう…」
短く呟くセインの声は落胆したものだった。

ゼシューとラスが顔を見合わせる。
「でも…」
小さな声でセインの言葉が続く。
二人が視線を戻せば、そこにはうっそりと微笑むセインがいた。

「残念な事をしたね。僕が全員、殺しちゃったよ」
邪気を孕んだ瞳が濡れて煌めく。いつもの平凡な茶色の瞳が不思議な色香を漂わせて、愉悦的に輝いた。
「君たちが彼らを更生してくれたとは知らずに、ね」
軽く唇を舐めて口角を上げる。

その時のおぞましさと言ったら、表現のしようがないだろう。二人の動きが止まる。それは警戒した体が咄嗟に退けようとして、意思とは真反対に体が全く言う事を聞かずに終わった結果でもあった。
「ちょっと血を浴びすぎちゃったからさ、凄い不愉快な気持ちのままここに来ちゃったけど、二人が僕を裏切った訳じゃないなら良かったよ」
にっこりと笑みを浮かべて言った言葉に1ミリも本心は無かったが、この場を収めるには最適な言葉でもあった。

「安心したから僕は行くね」
軽い足取りでぴょんっと跳ねて背を向ける。
二人をふと振り返って、
「まぁ、更生したかどうかは僕が決める。今後は言った通り必ず討伐するように。でなければ僕が君らを討伐するだろう。それが望みなら仕方が無いけど」
釘を刺す。

何故だかは分からない。日頃は馬鹿にしているセインに恐怖を感じる筈が無い。それだというのに、二人の背中を冷たい汗が流れ落ちていった。あれほどいきり立っていたモノは萎み、言い返す言葉もなく背中を見送ってしまう。
セインが見えなくなるまで、彼らは息すら止めたように身動き一つしなかった。


それはかつて感じた事もないような、敗北感だ。
ギリギリとゼシューが歯軋りをする。
「クソッ!クソッ!クソがッ!!」
激しく吐き捨てるそれは自身への罵りだった。



*****************************************



「セイン。あんな処遇でいいんですか?」
ふいに。どこからともなく穏やかな声が訊ねる。右手を上空にあげて、セインが指を鳴らした。
「いいんだよ。彼らがそう言うのなら僕はそれを呑むしか出来ない。どうせ小さな存在だ。仮に…彼が殺されようものなら、僕は彼らを只で殺しはしないけど、ね」
黒い羽が落ちてくる。セインを包み込むように大きな翼が現れ、真後ろに黒い存在が降り立った。
「それより…、君の盗み聞きの方が始末に悪い。僕が彼らと寝たとしても、黙って見ているつもりだったのか?」
「えぇ」
迷いもせず即答したランゼットに笑いを零す。
「本当に君は性質が悪いね」
ケラケラと笑って滲んだ涙を拭いた。
「正直、ひやりとしたよ。彼を…壊されたかと思って」
瞳の色がふっと茶色から別の色になった。
「いい加減、どうにかしないといけない」
真剣な眼差しで呟くセインの肩を抱く。
「セイン。大事なモノなら無理して殺す必要はないのでは?」
「大事だから殺さなければいけないんだよ」
間髪入れずに否定した。ランゼットの慰めもセインの深い嘆きには届きもしない。


先程と同じ笑みのまま、
「僕が彼を化け物にしてしまったのだから…」
何度も繰り返し言ってきた後悔の言葉を吐露する。


「帰ろう。ランゼット。」
手を引いて、いつものセインがそっと笑った。
寂し気な背中を抱き締めて、
「帰りましょう」
セインの心を暖めるように熱い声が囁く。


『ありがとう。』


そんな声が聞こえた気がするランゼットだった。




2016.11.28
あははは…(-∀-`; )。月1になっちゃったぁ…(-∀-`; )。
月日が経つのは早いなぁ〜(;´3`)ぴゅー♪汗汗。。。

さてと。思うより暗い話になった。そして今、私は超暗い話、あるいは落ちる話が書きたい…(*´∀`)
というか、何かゲスな話が書きたいような…。
四角関係も書きたい〜(*´∀`)。
まぁ最近ですね、非常にBLコミックが色々充実してて、面白いです(笑)。
休みの日は、ほぼBL読んでます、更新遅くてごめんよ…(;´艸`)。
しかしそのせいで出費がやばい…(笑)。来年からは少し控えようかなーと思ってます…。

まぁ、そんなで楽しめた方は拍手をくらしゃいー…(´;ω;`)ウゥゥ
⇒ 拍手を送る







 ***(完)***