過去,帝国編

その日は少し忙しい日だった。

セインの元に凶暴な魔族を討伐して欲しいという依頼は頻繁に入るが、誰にそれを任せるかはセインの一存に任されていて セイン自身が討伐に出向く事もあった。
日によってはランゼットやギザ、ギーンズなどの中心メンバー全員が出払う事もあり、城はもぬけの殻となる事もある。
彼らにとっての城はただの居住地に過ぎずさほどの意味も無いが、それが魔国を象徴する建物でもある事から重要な存在ともいえた。

セインはその日、僻地に住む古い友人に会った後、その足でそのまま討伐に向かった。そして昼ごろに城に戻ってきたが、すぐに城内 の異変 に気が付いた。

足を踏み入れた途端に感じる僅かな違和感。それは侵入者がいる事を如実に表していた。
城内に住む者でさえ気が付いていない者が多いが、城全体を覆うセインの結界はセンサーのようにセインに侵入者の存在を知らせる役目を果たしていた。

何食わぬ顔で正門を突き進み、正面の扉を開く。
重く巨大な扉がまるで主を迎え入れるようにゆっくりと開いていった。


セインにはおおよその見当が付いていた。
仲間が出払う隙を狙って侵入する目的はただ一つ。



どこぞの烏合の衆が野心を持って主を殺しにきたのだろう。
セインの口角がゆっくりと上がっていく。
こんな事は慣れたものだった。


扉が開ききると同時に、いくつもの鋭い殺意が全身に降り注ぐ。
それも一瞬の事だった。



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「今帰った」
ギーンズの短い報告にセインが顔を上げる。
先代の玉座はセインにとってはソファ代わりで、毛皮を敷いた椅子に寝そべるように座っていた。
「おかえり」
短い言葉に僅かな笑みが乗る。
セインが毛皮を指で撫でながら再び寝転がった。
「今日は城内が静かで退屈だよ」
目を閉じて心地よさそうにそう呟く。その言葉にすかさず嫌味を返すギーンズだ。
「お前はいつも暇そうだな」
歩み寄って来て荒々しく肘掛に腰を下ろす。セインの髪を乱暴に掻き混ぜて梳いた。
それをすんなり受け入れるセインだ。特に珍しい行動でもない。
「討伐はどうだった?楽勝?」
問い掛けの言葉に鼻で笑う声が返る。
ギーンズの動きに合わせてふわりと血の香りが辺りを漂った。

それを敏感に嗅ぎ取るセインだ。
閉じていた目を開いてギーンズの全身を素早く巡る。
それから左手を取って、
「血が付いてるよ」
傷口を労わるように両手で覆った。
「っ大した事ねーよ!」
それが気に障ったのか、ギーンズが掴まれた手を激しく振り払ってぶっきら棒に答える。
相手の行動に驚き動きを止めるセインだ。
思わず無言になる。


続く言葉が見つからず、しばらく沈黙が続いた。
無言のまま立ち去る事もしないギーンズが何を求めているのか分からずセインは益々迷った。


ギーンズのシャツを軽く引っ張って、
「何を怒ってるんだ?」
優しく問いかける。
それが気に食わなかった訳ではないだろう。
だが、振り返ったギーンズの目が更に鋭くなる。
明らかにイラつく相手を見てセインの腕が自然と引っ込んでしまった。

「怒ってねーよ」
口でそう答えるも態度は如実だ。
座っていたギーンズが唐突に立ち上がって歩みだす。
話す事など何も無いといわんばかりに見向きもせずに部屋を去っていった。



姿が見えなくなるまで見つめていたセインが軽くため息を付いて瞳を閉じる。


もう修復が出来ないレベルまできているのかもしれない。
諦めの気持ちが浮かんでは消えた。
追いかけるべきか。
そんな事を思いながら猛烈な睡魔に襲われて意識が急速に遠のいていった。



討伐自体は大した事ではなかった。
その後、襲撃にあったことも大した問題ではなかった。

セインの一番の疲労の原因は、旧友に会った事だった。


いや。
それはもはや旧友とは呼べない存在だ。
まだ自分の能力を把握しきれていない頃の過ちの一つで、今思えば何て浅はかな行動だろうと笑い飛ばす出来事だ。


ただの傀儡と成り下がった友人に罪滅ぼしのように会いに行くというのは可笑しなもので。

あれほど大切にしていた友人が…。


今ではただの動く屍なのだからその嘆きも深い。
それでも少しでも長く生きて欲しいと願う。それほどには彼を大切に思っていた。
いつか。
壊せる日が来るまでそれを続けるつもりでもあった。



殺せるものなら殺してしまった方が楽だろう。
あんな存在で果たして生きていると言えるのか。

その矛盾と罪悪感が彼に会う度に蘇る。



幻想の中で、彼が優しく微笑む。
『君は本当に人間が好きなんだね』
包み込むような優しい声と純真無垢な黒い瞳の持ち主で、どんな聖人さえ敵わないような純心さを持ち海のような懐の深さだった。




「ン…セイン」
遠くで呼ぶ声が聞こえ、幻想の中で笑い声をあげる彼が消えていった。
薄暗い部屋に僅かな明かりが灯る。辺りはすっかりと暗くなり夜になっていた。
「っ…て…」
体を起こそうとして節々が悲鳴をあげた。
無理な姿勢のまま随分と長い間寝ていたらしい。
顔を覗き込むギーンズが久しぶりに見る穏やかさだった。
「何度、呼んでも全然起きねーからどうしたかと思ったよ」
僅かな安堵を乗せる声に自然と笑みが浮かんだ。
「…寝入っちゃったみたい」
頭を軽く振って目を擦るセインを不思議そうにギーンズが見つめていた。

「飯、食いに行くけど…どうする?」
思わぬ問いかけに、
「行く!」
セインが目を輝かせる。
飛びつかん勢いでギーンズの腕を引いた。
「さ、早く行こう!」
変わり身の早さはセインの特徴でもあった。
先程まで寝入っていた男とは思えぬ速さで椅子から飛び降り、掛けてあった上着を羽織る。
「勿論ギーンズの奢りだろ?」
ニコリと笑うセインは邪気のない少年のような明るさだった。
ギーンズが僅かに笑みを浮かべてセインに従うように付いていった。



二人っきりの食事は久しぶりに和やかなものだった。
特に会話が弾む訳でもないが、今までの苛々した様子が嘘のようにギーンズが静かで落ち着いていた。




それが、二人で過ごした穏やかな最後の夜だった。






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2013.12.08