過去,帝国編
セインは不思議な魅力の持ち主だった。本人に全くその気が無くても吸い寄せられるように周囲に女性が集まった。そのことで、当の本人は得意気な訳でもなく、特定の誰かを彼女にするという事も無かったが、それが他の者からすると遊び人に見えるというのはあった。
「今日もモテモテですね。一人俺に下さい」
同じ魔族仲間の一人がセインの肩を軽く叩いてからかって通り過ぎていく。その言葉が癪に障るという事は無かったが、何故か置いてけぼりを食らった気分になる。
「ヨイルってば嫌味な言い方だよ」
セインに群がる女の子たちにそう囁けば、彼女らが揃ってコクコクと頷いた。まるでセインが絶対神のような信望ぶりだ。
「・・・」
その様が少し奇妙でセイン自身が困ってしまう。
取り巻きというよりももっと性質の悪い…、何か。
それを感じずにはいられない。
思わず自分の目を押さえるセインだ。
目の色を自在に変えられるようになって随分と経つが、その力は変わらず健在なのかと疑問になる。
いや、そんな訳はない。
この異常な状態はどこからくるのか、腕に絡まる細い手をそっと外して首を傾げた。
「昨日はお楽しみかよ?」
群がる彼女たちと半ば強引に別れを告げて回廊を歩いている時だった。バッタリと出会った男にまたしても嫌味を言われる。
最近のギーンズと来たら顔が合う度にやたらと絡みたがった。特に彼女を紹介した後からはそれが酷くなったように感じる。
以前から視線に棘が混じることはあったが、こうまで敵対心丸出しで見られることもそう無かっただけに何が原因なのかと頭を悩ませる一つであった。
ギーンズの事は目に入れても痛くないほど可愛がってきたが、それとこれとは話が別だ。
僅かにイラつくセインだが、それを全く表に出す事もなくニコリと満面の笑みを浮かべる。
「女の子と寝たりはしないってこないだ説明しただろ?」
柔らかくそう答えれば、
「…その言い様がムカつくんだよ。あんなに侍らせておいて誰一人として寝てないなんて有り得ないだろ。別に頑なに隠す必要も無いだろうが」
そう言って、すかさずセインの言葉を否定する有様だ。
睨んでくるギーンズが一体何を怒っているのかも分からない。セインが女の子に囲まれている事は昔からの事で、今日いきなり始まった事でもなかった。
「真実を言ってるだけだよ。何でギーンズがムカつくんだ?気に入った子がいるなら『あげよう』か?」
親切なつもりでもなかったが。
セインにとってはそのくらいの感覚だった。僅かな嫌味が入ったことも否定は出来ないが、それほど深い意味でもない。
ところが、ギーンズが次に取った行動は本当に面食らうものだった。
セインの顔目掛けて思いっきり平手打ちをかましたのである。
「って…!」
握り拳でなかった事がせめてもの優しさだったのかもしれない。
平手の勢いで体が傾ぐほどの力だったが、セインがそれで怒るという事もなかった。
むしろ、
「何をそんなに怒ってるの?」
至って冷静に訊ね返していた。
睨むギーンズの鋭い目を真っ向から受け止めて、殴られた頬を摩る。
軽いため息を付き、口の端から血が垂れるのを袖で拭った。
「あげる、と言ったのは詫びるよ。そんなに怒るとは思わなかったんだ」
怒りを抑えるようにギラついた目を向けるギーンズにあっさりと謝罪して脇を通り過ぎる。無かった事にしようとするセインだが、その腕を掴んで引きとめるギーンズだった。
「殴って、…悪かった」
無理やり吐き出した言葉のように声が低く尖る。
「いいよ、別に」
軽く答えるセインが口元を再び拭う。その度に袖が赤く染まっていった。
ギーンズの目がそれをチラリと見て言い訳めいた言葉を口にした。
「お前が、物みたいに言うから…つい」
唇に付く赤い液体を指で拭って、
「本当に悪かった」
今度は真剣な謝罪をした。
野生的な黒い目が伏目がちに視線を逸らす。
気まずさと後悔が宿るのが見て取れた。
何故だか分からない。
だが、対応するのが非常に面倒くさくなるセインだ。
思春期の子どものように扱いが繊細で壊れ物のようだった。
ギーンズの強さが好きでそこに惹かれるセインだが、何に怒っているのか分からずその苛々を当てられても困る。
思いっきり突き放してもいいとさえ思った。
それでも、
「大丈夫だよ。もう血も止まってきたから」
ギーンズを安心させるように笑みを浮かべた。
実際の所は。
治癒の力があるのだから何とも無いセインだが、それはギーンズに隠したままだった。
セインの本当の力を知っているのは魔族の仲間でもごく一部の少数だけで、ギーンズの前では無力な魔族を演じたかったのかもしれない。その方がギーンズも前線に出やすく、動きやすいだろうという思惑もあった。
もしかしたら、ギーンズはその事に感付いて怒っているのかもしれないと脳裏を掠める。チラリとギーンズの顔を窺えば、まだ怒ってる目と視線があった。
意味もなく見詰め合う羽目になる。その気まずさから逃れるように、
「僕はちょっと用事があるから行くね」
ギーンズが掴む手を外す。
今度は引き止められる事も無かった。
ひらひらと手を振って、後は振り返る事なく回廊を足早に通り抜けていった。
大広間を抜けて階段を昇っていく。見晴らしのいい最上階まで来た所でようやく息を抜いた。
「どこかで変な接し方でもしたか?」
思わず零れるのは本音だった。
本当に訳が分からず、今まで問題なかった事がどうして上手くいかなくなるのか不思議だった。
窓枠に腰を掛けて、自分が築いてきた街を見下ろす。
ここは魔族が暮らす国だ。それなのに静かで平和で穏やかだった。
変わらずにあり続ければいいのに。
「どうして歪んでいくんだろう」
眼下を見つめながらポツリと呟く。
この街も、人間との関係も、ギーンズとの関係と同じようにいずれ歪んでいくのかもしれない。先代の王が築いた帝国が没落したのと同じように。自分が築いた魔国も歪んでいくのだろうか、そう思うと酷く虚しい想いが湧き上がる。
変わらないで欲しいと願う心と同時に、変化を求める自分もいた。変化の無い世界は耐え難い退屈を招く。それは次第に大きな虚無感を齎し、先代と同じ道を辿る運命になろう。それであってはいけないのだ。
だが。
一体どちらを望めばいいのかも分からなくなりそうだった。
歪んでいくことが正しいことなのか、それともそれは間違った変化なのか。
「平和ボケかな」
石造りの壁を指で撫でて呟く。
先代の頃は蜘蛛の巣が張り所々が崩落して廃墟のような建物だった。あちこちに埃が溜まり薄暗くて不気味な城を綺麗に立て直したのは他でもないセインだ。古びた石造りの建物も愛着がある物の一つだった。
それを愛しそうに撫でて口付ける。
「いつか壊す時が、くるのかも知れない…」
薄っすらと開くセインの目は、いつもの茶色とは色を変え、淡い不思議な色を宿して輝いていた。
2014.11.19
どうしてか、ギーンズを絡めると駄目です(^_^;)。どうしてもギーンズがセインに暴力を振るってしまう、悪いやつだ。。。
セインも許容しちゃうからいけない…。どこかで一度くらいラブラブさせたいなぁ…orz。果たしてそんな事があり得るのかしらん…?!