過去,帝国編

どうしても好きな女がいて…。
という訳ではない。
ただの成り行きでそうなっただけで、何となく別れたくなっただけだった。

言い方が悪かったのか時期が悪かったのか分からないが、怒った彼女が凄まじい形相で切り付けてきた事は驚きの出来事だった。

泣き叫ぶ彼女を止める術もなく、気が付いた時にはナイフでめった刺しにされていた。
痛くも何とも無かったが人間の振りをしていたのだから人間らしく死んだ方がいい。

その判断が賢明だったのかしばらくすると彼女の泣き声が収まりナイフによる攻撃が止んだ。
「どう…して…」
小さな呟きと共に走り去っていく音がセインの耳に届く。



人の気配が無くなった頃、閉じていた目を薄っすらと開いていった。
彼女の行動は本当に摩訶不思議で理解できなかったが、同時に人間も酷く魔族らしいと奇妙な事を思う。
あれほど優しい女性があそこまで攻撃的なのだから人とはおかしなものだった。

「気付かない内に惑わせてたかな…」
自分の目を押さえて今までの行動を振り返る。
付き合ってるといっても精々キス程度だ。
体の関係があったなら確実にその可能性もあったが、そうじゃないのだから自分のせいでは無い筈だった。

「何があんなに掻き立てたんだろう」
刺された筈の胸を押さえる。破れた服が血塗れだった。
あんなに優しく誠実だった彼女を自分のせいで人殺しにする訳にもいかない。
地面に流れる血に手を当ててそれを『回収』した。

「血液は大事だからね」
小さく笑って指に付いた血を舐め取る。
それから腕を上空に向けて、おいでと呼びかけた。
すると、どこからともなく黒く大きな翼を持つ鳥が現れセインの目の前に降り立った。
「見てたなんて悪趣味だ」
軽く揶揄して現れた彼の黒い首筋を撫でる。
「城に帰ろっか」
その言葉と共に、翼が大きく広がる。
羽ばたきと同時にふっと姿が見えなくなった。



後に残るのは何もない静かな路地だった。
初めから何も存在していないかのように何一つ残されてはいなかった。



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「だから彼女は危険だと言ったでしょう」
ランゼットの小言はかれこれ1時間は続いていた。
最初は律儀に謝罪して頷きを返していたセインだが、いい加減それも飽きて今はソファで寝そべって本を読んでいた。
「どうしてセインは見る目が無いんですか。女性絡みで碌な目に遭ってない」

知るか。
心の中でそっと返す。
「セイン!聞いてますか?」
「あぁ、うん」
素知らぬ顔でページを捲った。
実際は読んでいる本の内容など頭に入ってきてはいなかったが、ランゼットが飽きるまではこの振りをするつもりだった。
その本をセインから奪い取るランゼットだ。
「…あんな場面を見せられて私がいい気分がするとでも?」
ランゼットの声に真剣味が混じる。
今までの小言とは色を変えた声音はセインが視線を向けるには十分だった。
「少しは楽しめただろ?人間にナイフで刺された程度じゃ痛みすら感じないよ」
つらりと答えるセインは自分が当事者だから何も感じないのかもしれなかった。

ランゼットが沈黙する。
その理由をセインは十分に分かっていた。

「悪かったと言ってるだろ?僕だってそのつもりは無かったよ。ただ彼女が突然刺して来ただけだ。
僕の力がわずかに漏れてるんだろ。人間には効きすぎるんだ、きっと。だからあんな異常な行動をしたんだと思うよ」
奪い取られた本を取り返そうと手を伸ばす。

その手を掴み取るランゼットだ。
「あんなもの…心臓に悪い」
率直な感想に思わず笑ってしまうセインだ。
「君は馬鹿な男だなぁ」
くすくす笑いを零して手を引く。
その勢いで寝そべるセインに覆い被さる格好になった。
近くにあるセインの美貌が大人びた笑みを浮かべた。
「これだけ付き合いが長ければいい加減、分かるだろう?僕が死ぬ事は有り得ない。寿命でもない限りね」
はっきりと宣言した。


それがランゼットには少し悲しい事でもあった。
自分が死ぬのはセインより確実に先だ。その時セインはどうするのだろう。
そう考えてすぐに否定した。
セインは変わらず『セイン』であり続けるだけだ。
それがランゼットの望む事であるし、自分がいなくなったからと言って悲しんで欲しくはなかった。


僅かに表情の曇るランゼットを見たセインが軽く笑う。
「…馬鹿な事を考えてるな」
ランゼットの長い黒髪を引っぱって、
「その時は僕が君を生かしてやるよ。僕が死ぬその時まで。一生、傀儡として」
そう言ってニコリと笑った笑顔があまりに眩しくてランゼットの胸を打つ。
愛しい気持ちがどうしようもなく溢れて堪らなくなった。
「傀儡でも嬉しいです」
洩れた本音に、
「本当に馬鹿だなぁ」
可笑しそうな笑い声が被さる。


そして、ふっと。



ランゼットの唇に柔らかいモノが当たった。


「っ…」
「たまには忠犬にご褒美をあげなきゃね」
いつもの悪戯な笑みでセインが小さく囁いた。
すばやく離れた唇が名残惜しくて、
「気にしなくてもいいのに。どうせ私はあなたの虜だ」
つい非難めいた言葉が出る。
ふふっと笑いを零すセインが目の色を一瞬変えた。
「僕が本気になったらランゼットは狂うよ。そのくらいこの力は怖いものだ。僕自身が怖い力なのだから」
柔らかな笑みの中に諦めが混じる。自分の力と長く付き合ってきたセインですら力の制御が未だ出来ずにいる程厄介なモノだった。
「そうですね…。
私には彼女の気持ちが分からなくもない。手に入らないのなら殺してしまいたい。それが叶うのなら…」
セインの手に口付けてひっそりと呟く。
「本当は今すぐにでも抱きたいと思ってるくらいです」
ランゼットの素直な言葉にセインの笑みが益々深まった。
「叶う事が出来なくて残念だな。
ランゼット。君が死ぬ時には叶えてやるよ」
素っ気無い言葉に気遣いが混じる。
何だかんだ言いつつ愛されているのだと感じるランゼットだ。



二人が余韻に浸っている中、
「お前ら、何してんだ?」
言葉よりも後にドアがノックされる。
ソファの上で戯れる二人を呆れ顔で見つめるギーンズが立っていた。

「戯れ中」
セインの短い返答とランゼットが姿勢を正すのは同時だった。
「ちょっとお話をしていただけです」
長い髪を後ろに払い、一糸乱れぬ姿でランゼットが冷静に返す。
取り繕うランゼットが面白くてセインがその様子をちらりと見遣った。
「ギーンズも混じる?」
セインの笑みが混じった誘いにギーンズが露骨に嫌そうな顔をする。
それと同じようにランゼットも嫌そうに視線を逸らした。
「何で君らはそんなに仲が悪いのかねー」
「仲が悪いんじゃねーよ。お前の気まぐれに付き合ってられねーんだよ。
俺はランゼットに用があって来てんの。セインじゃねぇ」
寝そべるセインを見下して、ランゼットを指で招く。
それに答えるのはランゼットではなくセインだ。
「どうせ僕はお邪魔虫だよ」
掛け声と共にソファから起き上がって、
「後はお二人で仲良くどうぞ」
嫌味を言う。
ドアに寄りかかったままのギーンズの横をすり抜け、見送る二人を振り返る事なく去っていった。


不自然にランゼットと見詰め合う羽目になるギーンズだ。
頭を掻いて気まずさを無理やり払拭させるのだった。






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またちょっと暗い感じに(笑)。もう割り切ります。このセインシリーズは暗いお話なのです!多分そう(笑)。
ランゼットとラブラブではあるんだけど、体の関係は一切無し(笑)。まだ細かく書いてないですが、セインの特殊能力ゆえの潔癖な関係 です(^▽^)ノこういうのいいよね?え?良くない?え?(゚ω゚;A)。
まぁまぁまぁまぁ。ヾ(・ω・`;)

読んでくれてありがとう(*^▽^*)本当に嬉しいです!
今月もう少し更新できそうです☆(予定なので期待せず。笑)
13.12.07