過去,創世編

ギギナは魔国の隣国に位置し、魔族との間では常に小さないざこざが耐えなかった。
ギギナの王は魔国に新しい王が誕生したと聞いた時もさほど大きな関心を抱きはしなかった。
今までと同じように魔族を討伐するだけである。
だから魔国の王から和平の申し出があった時は絶好の機会だとさえ思った。


「名をセインと言います。以後よろしくお願いします」
頭を下げて丁重にそう言った男を見た瞬間、本当にこれが魔族なのかと目を疑った。
背格好も何もかも人間のそれと変わりがない。
強いておかしな点を言えば、長い前髪に隠された目だろう。
ちらりと見え隠れするその目が異質な物であることは遠目にも分かった。

だが、それだけだった。
それ以外に特異な点を見出す事も出来ず、武器一つ持たないただの優男が目の前にいた。
彼を手玉に取るのは簡単なような気がした。
それと同時に、彼が魔国の王だと言うのだから何か強大な力を隠し持っているのかもしれないという警戒が働く。

一方で近年の魔国の衰退ぶりを考えると、こんな優男でも魔国の王になれるのかもしれないというある種の落胆も抱いていた。




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「ダラス殿、あなたは自分の国の民が貧困に喘いでいる事態をどう思っていらっしゃるんですか?」
そう訊ねたセインは微笑みを浮かべていた。ゆったりと寝台に腰を掛け、寝そべる初老の男を見下ろす。

ギギナの国王ダラスとセインが知り合って3ヶ月が経とうとしていた。
互いに隣国というのもあって交流は盛んに行われていた。
勿論、ギギナの国内において魔国と和平を結ぶ事への反発の声も高い。
だが、それ以上に。
ダラスの政治への不満の方が大きかった。


セインの繊細な指がダラスの胸板に指を這わせて円を描く。
「あなたの本心を知りたいです」
寝台に寝転がるダラスを誘うように妖艶に笑った。

笑みを浮かべたまま返答しないダラスにゆっくりと顔を近づけて口付けをする。
ダラスの肩に掛かる羽織を焦らすように脱がしていった。
「魔族の君がそんな事を知ってどうする?彼らを奴隷にでもしたいのか?」
セインに訊ね返す声に欲が混じった。
若い男の体というのは魅力的だった。シミ一つない滑らかな肌は女のそれと遜色が無い。
いや。
セインの持つ肌はそれ以上の美しさと言える。一度触ったら病み付きになる触り心地だ。
ましてや、今まで人間を見下してきた魔国の王が自ら体を差し出すというのだから、その支配欲も並々ならぬものだった。

体つきが屈強な訳でもなく筋肉が隆々でも無いセインの体はどこからどう見ても男のものだが不思議な魅力があった。大男にタックルでも されようものなら折れてしまいそうな心許無さが逆に嗜虐心をそそる。
実際のところ、セインの力が強いかと言ったらそうでもない。
ダラスが上に乗るセインの肩を押せば、簡単に立場が逆転した。

「大した手腕だ、セイン」
ダラスの顔に深い笑みが浮かぶ。
呆気なく組み敷かれたセインが緩く笑った。
「何がです?」
「そうやって何人堕としたのだ?君は」
ボタンを外しながら訊ね返すダラスの目に殺気が宿った。
セインが他国に対し停戦を申し出た事は誰もが知っていた。
どういう手を使ったのか知らないが、驚くべき事に多くの国がそれを受け入れたのである。
ダラスは停戦と謁見の申し出が来た時に、自分の番が来たかと知った。
「ふふ。僕がそんな事をするように見えますか?」

セインの柔らかい声は媚毒のようだった。
露わになった胸に爪を立てて、
「騙されると思ってるのか?淫乱な悪党め」
口汚く罵る。
罵られたというのにセインは可笑しそうに笑っていた。

「自分の政治に自信が無いから焦るのでしょう?」
ダラスを引き寄せて深いキスを交わす。
拒絶するダラスを逃すまいと首に腕を回して舌を絡めれば、すぐに抵抗が無くなった。
セインの目は開いたままだ。
不思議な色を浮かべる目が、観察するようにダラスの挙動を見つめる。
「ふ…っ、…それで、あなたのお考えはどうなのですか?」
濡れる唇を舌で舐めたセインが、再度同じ質問を口にする。
目を覆う長い前髪を掻き上げてゆったりと微笑みを浮かべた。



何故だか分からない。
言うつもりもない本心が口から零れ落ちた。
「生きていても何の役にも立たないゴミだ。存在する価値も無い」

事実、ダラスはそう思っていた。
ギギナの貧困層を一掃できればさぞかしスッキリするだろう。
どんなに悪政だと詰られても、今の政策を変えるつもりもなければ、彼らを救うつもりも無かった。



そう…。
セインがそう呟いた気がした。





自分を人間だと思って生きてきたセインは、人よりも遥かに人間臭い男だった。だが、それもある一面を捉えればの話であって別の面を見 ればまるで違う。
その内実は非常に残酷で自分の意に反する者は平然と殺す冷酷さを持っていた。

たとえそれが大事な存在であろうとお構いなしであった。
目的を叶える為ならどんな事も厭わないその姿勢はまさに魔族の本質とも言える。



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翌日、ギギナ国は騒然とした。
王が暗殺され、長く続く王位争いに突然の終止符が打たれたのである。
ダラスの悪政には周辺からの批判も高かった。嘆きの声もあるが、新たな風に期待する声の方が高い。
そして次の王に即位したのは反対勢力の主導者である息子のゼンだった。


「一思いに殺してくれてありがとう」
墓に花を添えるセインに男が歩み寄って礼を述べる。
首を一突きにされた死体を発見したのは召使だったがゼンもそれを見たのだろう。
部屋中が血だらけで大変だった事が容易に推測できた。

セインが彼を振り返る。
「お前も同じ道を選んでみろ。俺は躊躇わずに殺す。それがたとえお前でも」
いつにない厳しい言葉を放った。
そこにいるのは人間に親しみを感じさせるセインじゃない。
和平を望む魔国の王としてのセインだった。
「約束するよ、必ず国民を幸せにすると。そして魔国との友好関係を」

セインの目を真っ直ぐに見つめ返す。
七色の瞳が淡く色を変えてゼンの心をかき乱した。

『惑わせの力』

セイン自らがそう呼び忌み嫌う目だ。
見ているだけで頭がどうにかなりそうになる。
それに負けじとゼンが懸命に意識を保って見つめ返した。


根負けしたように、ふと視線を逸らすセインだった。
「分かったよ。ゼン…」


二人の間を静かな時が流れる。


ため息を付いたセインがゼンの頭をそっと引き寄せた。
「死んだ事さえ気付かないほど、優しくすばやく殺したよ。あれほど幸せに死ねる事も無い」
どちらにしろゼンが討つ命だったのだから、息子に殺される事を考えれば遥かに幸せだったのかもしれない。
「セイ…ン、あり…とう…」
嗚咽を零す小さな声が風に乗って消えていく。


しばらく二人はそうしたままだった。
 




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またしても過去編を(笑)。若干暗めかな〜?そろそろ色っぽい展開も書きたいものですな(*^3^*)むふふ。
ゼンは多分今後も出てくる人間キャラだと思います。
セインの相手が誰とか特に決まってないし、恋愛とかは無いと思うので期待せずお願いします(笑)。相手からの一方通行はあるかもしれ ないけど…(*´∀`*)きゃ!


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13.11.21