暗い,報われない
途切れ途切れの苦し気な呼吸音が静かな夜に響く。
寝台で伏せる王は病に侵されていた。
その彼の傍に音もなく歩み寄る男がいる。
今まで見せたこともないような寂しい表情で寝台に腰掛け、彼の顔を覗き込んだ。汗で濡れる額に手を置き、小さく口角を上げる。
「言ってなかったよな、ゼン」
意識の無い彼にそっと囁く声は優しく慈愛に満ち、それが最後の機会であるかのように静かなものだった。
「ゼンは俺が目指す理想の人間像なんだ。人間を真似る時、君を参考にしてるって、…知らなかっただろう?」
自嘲するように言って悲しく笑う。
目を閉じたまま静かに眠るゼンに、そっと顔を近づけて、
「もう一つ、伝えておくよ」
額に自らの額を当て、静かに一呼吸した。
「ゼン。ずっと…、言えなかったけど、愛してるよ。
君を忘れたりはしない」
頬を両手で包み込み、今までの想いを彼に込める。
存在を失っても、想いが消えることは無い。いつまでも、ここにあり続ける。
呼吸音が、静かになっていく。
しばらくそうしたまま、一緒にいた。
陽が昇り部屋に明るさが出てくる時分に、彼が部屋から出てくる。
そうして、まだ10歳にも満たないゼンの子どもに出会っていた。
男を見た途端、彼の子どもが浮かべた表情は厳しいもので、
「父上を…!惑わすのは止めてください!」
開口一番の言葉はそれだった。
涙をボロボロ零しながら、切実に叫ぶ。
「父が、…父が気持ちよく逝けなくなってしまう…!」
彼の感情は痛いほどよく分かっていた。
「そうだね」
優しい声がそう囁くように呟き、小さく笑みを浮かべていた。
男の目に、涙は浮かんでいない。
表情すらいつもと同じ飄々としたものだ。
そうであるのに。
胸が大きく引き裂かれるのを感じていた。
悲痛な叫びが、男の全身から伝わってくる。
自然と。涙が溢れ止まらなくなった。
泣きじゃくる彼の頭を大人の手が優しく撫でる。
「さよなら、小さな王子様」
小さく呟いて、来た時と同じように音もなく、回廊の闇へと消えていった。
その日の朝、ゼンは眠るように亡くなっていた。
悲壮感に包まれる中、唯一、人々を安心させたことは、病でやつれた彼の顔がとても幸せそうな笑みを浮かべていたことだった。
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「…上、父上…!」
名前を呼ばれてハッとする。
随分と昔の事を思い出していた。
「セインが来るそうですよ!早く来ないかな!僕、セインが大好き!」
幼い息子がたった今届いた手紙を大切そうに握り締めてはしゃぐのを、微笑ましく聞いていた。
あのあと、セインはパッタリと来るのを止めてしまった。
次にセインに会ったのは、13年後のことで、自分の事などまるで覚えていないかのような態度だった。
セインの目を自分に向けさせる為に必死だった。
血は争えないのかもしれない。
父がセインに惹かれたように、自分もセインに魅了され、そしてまた息子もセインに惹かれる。
これはもう父が残した呪いなのかもしれないと思って、笑いがこみ上げる。
「何を笑っていらっしゃるんですか。父上!
僕とセインの時間を邪魔しないで下さいね!」
「そうだな」
息子にそう言って、まだ幼い彼を肩に乗せる。きゃきゃとはしゃぐ我が子を見て、愛おしさが増した。
セイン。
忘れたりはしない。
今ならよく分かる。
セインの深く、底なしの想いが。
胸の奥で小さな明かりが宿る。それは決して消える事のない暖かな想いだった。
2022.05.29
暗い(;;⚆⌓⚆)!私はこういうの…好き…!