報われない,片思い
あの目を見たら、囚われない人間などいないだろう。そう思うくらいセインの浮かべる瞳の色は人を惑わすモノだった。
『惑わしの力』
彼がそう呼ぶのもよく分かる。近くで見たくなって、近くで見たら毒で、見ることが出来なくなる。それでももっと近づきたくなって、そうして気づかない内に。
彼から逃れる事が出来なくなる。
そういう目だ。
「セイン」
小さな呼び掛けに、セインが薄らとその瞳を開く。
月明りを宿して瞳が光を零す。赤色から始まって揺らぎ、混ざり合って蒼へと変わった。特にセインの感情を映す訳ではない。不規則に色を変えていく瞳が不思議で何度見ても魅入ってしまう。
開いたままの瞳が最後に宿すのは白色混じりの色で、透明の液体にミルクを溶かすような色を浮かべる。それが瞬きをすると再びリセットされて、元の透明度の高い瞳になった。
奇妙過ぎるその瞳が本当に不思議で見つめていると、まるで別世界に飛び込んだように頭の芯が朦朧として霞み掛かっていく。
今。
彼が何かを言ったら、おそらく自分の脳みそは全てを受け入れてしまうだろう。
そんな馬鹿げた思考がふっと浮かんで、ハッとしたのと同時にセインが顔を背けた。
「ゼン。何か用か?こんな夜更けにやってきて」
睡眠を妨害されて僅かに剣のある声がそう訊ねた。身を起こしもせず寝込みを襲うように静かにやってきた男を見やる。
「結婚の…報告をしようかと思って」
ゼンから出た声は絞り出すように小さな声だ。目出度い事だというのに、その暗さは何かと突っ込みを入れたくなる。セインが胡乱な瞳を相手に向け、再び視線を逸らせた。
「俺は祝福しかしない。君の周りが幸せなら嬉しいし、もっともっと国も豊かになろう。政略結婚だろう?でも君なら彼女を愛し幸せになれる気がするんだ」
引き留めて欲しい訳ではない。セインならそう言うであろう事も分かっていた。
いつまでも。傍にいたい。
それは。言うだけ野暮なセリフだった。
人と魔族は共存など出来やしない。ましてやセインのように長い刻を生きる魔族とは。
いつまでも愛し続けたいのに、それをさせないセインに悲しい想いをさせられる。
「生まれた子も、その子供も。セインを大好きになると思う。」
「君が言いたい事は分かってるよ」
セインの言葉に涙が出る。
セインは出会ったあの頃と変わらなかった。何一つ。成長すら見受けられない姿で小さく笑う。
「ゼン。大丈夫。彼女と上手くいくよ」
そう慰めるセインが悲しくて、手を取り口づける。
『愛してるんだ』
その言葉がいつだって出てこない。
白くて美しい手にキスを落として静かに涙を流すゼンだった。
2016.08
(2021年)拍手より移行です(笑)。
ゼンは何というか。純粋すぎる男です。そしてセインにべた惚れ…。