グロ,オチ無,残酷

彼は自分が何者か、まるで知らなかった。
生を受け最初に見た存在が自分の保護者だと思うのと同じように、彼もその存在をそう思い込んでいた。自分とはまるで違う柔らかな白い手を握り締める。

どんなに強く握っても、その存在が壊れるという事は無かった。唯一の生の存在を抱き締め、暗い闇夜に堕ちていく。何も見えないほどの闇の中、その存在だけが光のように暖かく眩しかった。


草一つ生えていない砂漠で夜を過ごすのも慣れたものだった。寝転がれば冷たい砂が体に触れ、寒気が全身を襲う。カタカタ震える体を柔らかな白い手が大きく抱きこんで、口元で何かを囁いた。

吐息が舌に触れ、暖かい気配が全身を取り巻いていく。存在の気配に触れ、砂の冷たさすら消えていった。
『セ、…、−−イ』
声は言葉にならずに、代わりに出るのは低いしゃがれた声だ。
耳まで裂けた口から唾液が滴り落ちる。常に乾いた喉がゼェゼェと音を立てて腐った息を吐き出した。


その正体を見た者は、皆、顔を背け近づかないだろう。
いや、それ以前に。


彼に近づくモノは皆、死に絶えた。
体から漏れ出す臭気には猛毒があり、彼が吐く息は死臭だ。爛れた皮膚に溶けた顔、そして身体。どんな化け物すら逃げていく。それは魔族ですらそうだった。

彼は一見、無害なようで存在自体が有害な種族だった。
立っているだけであらゆる生物を殺し、確固たる自我を持たない。まさに使い捨ての兵器として究極の存在ともいえる。
保護者の命令には絶対服従であり、唯一共存が許されるのは同種のみだ。互いを嗅覚で認識し、舐め合い確認し合う。
共存体のためならば、何をしても、たとえ自己が喪失しようと厭わない。自己が死ぬ事で彼らが生きるのであれば、それは大層意味のあることであった。彼らはそうした共存意識を生まれ持って、生を受けるのであり、それはどんなに矯正しようと変えることのできない彼らだけが持ち得る存在意義であった。


白い手が体液で砂の張り付いた頭部を撫でる。砂を払うように指で優しく擦った。


水を飲み、砂を噛み、死肉を漁る。砂漠を這いずるように鼻を付け匂いを嗅いだ。
時折、獰猛な仕草で砂を掻き毟り、爪から血が滲むのさえ気にせずに中から細長い生物を引き摺りだした。それを汚く、そして酷く残酷に食した。

それでも、彼は同種の中ではマシな方なのである。
彼らの食事や交尾は非常にグロテスクであり、それは食事なのか交尾なのか分からないほど曖昧な境界線にあった。互いを食し、抉り出し、挿入する。そして事が終わるとどちらかの命は喪われる。雌雄同体の彼らの行為は腹を満たしながら血塗れになり、血も精も何もかも交換し成立する。そしてより強い生命力を持つ個体が生き延び、一つの巨大な卵を産む。

彼らが栄えない理由の一つはそこにあった。強い生命力がある反面、その非効率的な繁殖行動や知能レベル、生殖能力の低さ、繁栄するには生物としてのバランスが悪すぎた。
腐った身体は歩く道に死を齎し、腐り毒に満ちた体ゆえに、短命な生。

その存在に、どういった価値を見出せば納得がいくのか。
自我があり、思考する知能があれば誰もが思う事だろう。魔族であろうと人間であろうと、その生物の存在意義に疑問を抱かざるを得ない。

そして。
残酷なことに、彼もまた自分の存在に気が付く日がやってきた。


いつものように白い手を握り、砂を踏みしめる。
そうしてふと違和感に気が付いた。それは風に乗って漂う臭気のせいだ。
何もない砂漠の中で、安心する嗅ぎ慣れた香りが削げ落ちた鼻をついた。
まるで体の一部を発見したように馴染みのある存在に、自然と彼は引き寄せられていく。フラフラと香ばしい匂いに惹かれ足が勝手に歩み出していた。砂に足を取られ、転んでも這い蹲るように、体から出た糸を引っ張られるように行く先があった。


彼らの元へ辿り着いた時。彼は自己を悟った。


大事な、白い手の保護者が。
まるで違う容の存在が。


『殺さなければならない存在である』と。


それは生まれついての使命であり、絶対の意識だった。
共同体誰もが共通して持つ、何の疑問すら抱く余地が無い、絶対意識だ。それは本能に近い。
『セ…、−−…ン』
彼がそれを認識した途端、あらゆる事柄が消えていった。積んだ砂が一息であっという間に崩れ落ちるのと同じように。

彼の脳裏から全てが失われていった。




大好きだった白い手の存在が遠ざかっていく。
引き留めようとしたのか、それとも、殺そうとしたのか。
彼にはわからない。何故なら。


それが彼にとって、自我を保った最後の瞬間だったからである。
共同体に入り、互いを認識し、確認しあった後。


彼は、彼ではなくなった。




『魔族を殺す』
ただそれだけの為に作られた、生きた兵器。



それだけの存在になった。



「…さよなら」
彼が孵っていくのを遠目に見ていた男から涙が零れ落ちる。
それが頬を滴り、砂漠の輝く砂の上へと落ちた。乾いた砂がその滴を吸収するよリも前に彼を取り巻くように強い風が吹き荒れる。



そして、その日。
共同体の存在は、永遠に失われることになった。







2015.10.25
あぁ…(´・ω・`;)。非常にぐろくて(?)すみません…(´・ω・`;)。気のせい、気のせい。
何だろう、唐突に意味不明な話を書きたくなる…。そして更新遅くて本当にごめんなさい(笑)。
イリアスの続きはどうした、続きは!とか言われそう。もう少し待って下さい(´-ω-`;)
先に攻め攻めの方いくかも…(笑)。自由気ままですみませぬ…。
この話、ちゃんと通じる話になってますかね?!
まぁ敢えて曖昧にもしてるけども(笑)、世の中残酷です、という話です(`・ω・´;)?