現在,ラブラブ

光の者という存在は未だによく分かっていない。100年に一度、世界を救う為に現れると言われているものの正しくその周期で出現する訳でもなく、かといってそれが全くの空言かというとそうでもない。

 現に魔国による残虐非道な侵略戦争は彼の者が出現した事により収束したのであって、その存在感は現在において大きな『光』を人間に齎した。
 彼が現世にいるという事実だけで、人々は『邪悪なモノ』から守られ、平和に、そして平穏に暮らせるのだという安心感を抱く。それほど、光の者という存在は世界の人々にとって大きな希望であり、偉大な存在でもあった。



「ヒカリ!」
 明るい声が喧騒の街中に響く。声の主が軽やかに駆け出すと共に、足元に敷かれたレンガがぶつかり合い心地よい音を立てた。
 ヒカリと呼ばれた男が、彼に気が付く。寄り掛かっていた塀から身を起こして嬉しそうに手を振った。
「セイン!」
 同じように駆け出して相手へと向かっていく。

 晴天の眩しい陽の光に淡い金髪が光を反射して神々しいばかりの輝きを放つ。慈愛に満ちた笑みを浮かべる瞳はその髪のように美しい色合いの淡い薄茶の瞳だった。
 背が高く、そこに立っているだけで目立つその容姿は街で人待ちすれば10分に1度は声が掛かるだろう。優しげでそれでいて男前の麗しい風貌の男だった。
「なぁんだ、すっかり男臭くなっちゃって…」
 間近に来たヒカリを見上げた彼が僅かに唇を尖らせて文句を言った。
 輝く金髪を指に取り、日の光に照らすように指に絡める。緩いカールを描き肩に掛かるくらいの長ったらしい髪を引っ張って、
「何で、こんなもさい頭してるの?」
久しぶりの再会だというのに、そんな言葉を言った。
 ヒカリが笑みのまま、少年の姿を見下ろす。
「そういうセインは何か縮んだね。もう少し大きくなかった?」
 ヒカリに引けを取らない美しいセピアの髪を、まるで子どもにするように柔らかく撫でて頬を両手で挟み顔を覗き込む。
 茶色の瞳が僅かな驚きを宿し、すぐに悪戯な笑みに変わった。
「ヒカリがもさく成長したせいで、僕が小さく見えるんだよ」
 頬を抑える両手をそっと外して、
「僕はあの小さいヒカリが大好きだったのに、こんなでかい男になっちゃって残念だなぁ」
からかうように大きな手に頬ずりした。
「丁度、あの時の逆だね。俺がまだ15,6で、セインが20代くらいで…」
「見た目がね、僕からすれば君はまだまだ子どもだよ」
 歩き出したセインがヒカリの手を引く。

 大の男が小さな少年に手を引かれて歩く図というのは、街行く人々の目を留めるに十分で、あちらこちらから視線が投げられる。それだけでなく整った容貌の二人が連れ立って歩けばそれだけで人々の視線を引いた。
「どっかお店入ろうか」
 その好奇の視線に耐えられなかった訳ではないが、そう言ったセインが街の中心から離れ、小さな一角へと入っていく。看板の無い石造りの建物を指差した。
「ギギナの名物料理が一番うまいのはここだと思うなー」
「カルシュットの事?俺、食べたことないよ」
「ヒカリはギギナから遠い国の出身だから」
 カルシュットとはギギナでしか取れない貴重な種の豆の事だが、硬い殻に包まれた果肉は驚くほど柔らかで、殻を外した途端に香る濃厚で甘い匂いが特徴の食べ物だ。調理法は地域により様々だが、一般的には殻を細かくすり潰して煮込み、香り付けとして最後に干し肉やスパイスと共に中身を入れスープとして飲む方法が多く取られる。豊かな香りと適度なスパイスが非常にバランスが良く、また様々な種類のスパイスとの相性がいいため何種もの味が楽しめ、そのせいかギギナではカルシュット専門店が多くあった。
「僕はカルシュットが大好物で、ギギナ中のカルシュットを食べたと言ってもいい」
「そんなに美味しいの?」
「ヒカリにはまだ早いかもね?」
 悪戯に笑って、建物の中へと入っていく。
「ここはね、スープも扱うんだけど、カルシュットが生でも食べられる珍しい店なんだよ。僕のお勧めはオイルと炒めたシンプルな料理なんだけど、カルシュットは柔らかくて溶けちゃうから難しい調理法なんだ」
 地下へと降りる階段が続く中、まるで店主のように熱の篭った声で説明する。
 壁にぶら下がるランプが薄暗い階段を照らし、別の世界へと誘うかのような雰囲気のある店だった。

「ねぇ、ヒカリも気に入るといいな…」
 扉の前で振り返って微笑む。大人びた顔が試すようにヒカリを見つめていた。


 思わず。
 手を伸ばしそうになって、思いとどまった。
「そうだね、セインのお勧めなら、間違いないと思うけどな」

 一体…どこに触れようと思ったのか。ヒカリ自身よく分からない衝動だったが、背を向けるセインが自分より遥かに華奢で不思議な感覚に陥った。
 それが仮の姿だと分かっていても…。


「…それでね、侵略戦争の時は本当にショックだったよ。僕の大好きなカルシュットがもう一生食べれなくなるんじゃないかと思って…」
 深い溜息と共に赤いワインを一気に飲み干す。
 15歳以上であれば酒であろうがなんであろうが許容されるが、セインのその飲みっぷりはどう考えても少年のそれではない。それでも傍から見れば普通の少年に見えるのかもしれない。誰も気にした様子もなく食事をしており、違和感もない光景なのだろう。
 延々と続くセインのカルシュット熱を咎めるでもなく、ヒカリが笑みを浮かべたまま丁寧に相槌打って聞いていた。
「だって、ヒカリだってそう思うだろ?」
 出された料理は既に空で、給仕に運ばれた後だ。
 テーブルには最後のデザートがきていた。
「うん、凄い美味しかったね。あんなに口の中で蕩けるのに炒め物だなんて信じられないよ」
 事実、驚愕の品だった。
 セインが絶賛するだけの事はあって、好みか否かの問題以上の美味しさと驚きがあった。
「…この街は、あの戦争で焼け落ちたけど本当に復興して良かったよ。未だに辺境の地では当時のままだと聞くから、…僕はそれが残念だ」
 空になったワイングラスの口を指でなぞる。形の綺麗な指がまるで慰めるように優しく縁を触っていた。
「あれから、10年は経つというのに…」
 ぽつりと呟くセインの言葉に歯がゆさが混じる。
「…本当にそうだね」

 こういう所が、セインの愛される理由なのだろう。
 魔族なのに。
 驚くほど優しく、いつでも変わらず人間を愛していた。

 給仕がやってきて空になったグラスにワインを継いでいく。透明のグラスに赤い液体が満たされていった。
 お辞儀をして去っていく給仕を見向きもせず、セインはぼーっとした空ろな目でグラスを見つめていた。
「どうしたの?まさか酔った?」
 相手の常にない雰囲気に首を傾げるヒカリだ。明るくて飄々としており掴みどころが無いのがセインの特徴でもある。それは誰と接していても変わらない。
「うー…ん、そんな訳ないと思うけど…」
 フォークでデザートを突き刺して、口に運びながら自分自身でもよく分からないのか、訝しげに眉根を寄せた。
「ん!これ美味しいね!」
 突然、目に輝きを宿して再びフォークを刺す。
「美味しいよね、これもカルシュット?」
「カルシュットはスパイス次第で味が凄い変わるからね、どんなモノでも生かす事が出来るんだよ。
僕もカルシュットを調理できる腕がほしい…」
 口に含んだ後、頬を染めてうっとりと呟いた。
「俺のもあげるよ?」
 食べ掛けの皿をセインの前に差し出す。それを上目遣いで睨んで、拒否した。
「まるで僕が欲張りみたいじゃないか、止めてよ」
 皿をヒカリの元へと押し返す。
 最後の一口を食べて、再びうっとりと目を閉じて頬を染めていた。

「ふふっ」
 思わず笑いが零れてしまうヒカリだ。あまりに可愛らしくて少年っぽかったからだ。いや、実際の所見た目は少年なのだから、それは年相応の反応なのかもしれない。
「本当に大好きなんだね」
 何気ない言葉に。
 セインがハッとしたように目を開いた。
「…、僕はヒカリも大好きだよ。カルシュット以上に、ね」
 淡い色を浮かべる茶色の瞳が小さな灯りを反射して、別の色を宿す。その美しさに、目を奪われた。光り輝く宝石を見た時のように、視線を捕らえる魔性の目だ。
「そうなんだ。俺もセインが大好きだよ」
 それにも関わらず、常と変わらないヒカリが満面の笑みで返す。
 セインが突き返したデザートをぱくりと口に入れれば、それを残念そうに見つめるセインの視線がある。
「本当は俺以上にカルシュットが好きでしょ?」
 その素直な反応に笑いが込み上げる。
「いつからそんな意地悪になったんだ、僕の可愛いヒカリはそんな奴じゃないぞ」
 睨むセインの頬が赤く上気して、潤む目がいつになく色っぽい。
 それはヒカリでなくても、邪まな感情を抱くに十分だろう。
「やっぱり、セイン、酔ってない?」
「んな訳ないだろ?君ならともかく、僕が。」
 それを証明するかのように再びグラスを煽った。

 内心、ひやりとするヒカリだ。
 セインが言うように、酔うという事はないだろう。自分の事を誰よりも把握しているセインが自分を見誤るという事は早々無い。

 だが。

「ん…」
 蕩ける目線がねだるように、ヒカリをじっと見つめる。
 満足そうに緩く開いた唇から熱い吐息が零れた。

 明らかに酔っている状況だった。

 ともかくここから連れ出した方がいいかもしれない。ヒカリにらしくない焦りが浮かぶ。セインの性格を考えると、このままでは店に迷惑が掛かっても不思議ではなかった。
「セイン…、そろそろ行こうか?」
 席を立つ。
 そのヒカリの手を細い指が押さえた。
「もう少し、いたい」
「でも、食事も終わったし…」
「なら、追加注文しようか?ここにいるとカルシュットの甘い匂いがして気分が良くなるんだ」
 駄々を捏ねる子どものように、いや、正に子どもそのものの態度でヒカリの腕を引いた。
「ヒカリだって…、好きだろ?」
 赤く色づく唇が艶やかで、その口から出る声は誘うように甘い声音だ。
「セイン。あんまり誘うと俺も抑えが利かなくなるよ?」
「…意味わからない。僕はただ、…」
 掴む手を解いて、セインを逆に引く。仕方なく立ち上がるセインだったが、そのままふらついてヒカリの胸にぶつかった。
「っなん…だ…?」
 驚愕の声を挙げるのはぶつかった当人だ。
 足に力が入らないのが信じられないように支えるヒカリにしがみつく。
「やっぱり、酔ってるんじゃないか!」
 何事かと振り返った客が、ヒカリのその言葉に安心したように再び食事を再開する。
 給仕が駆け寄り手伝おうとするのを断り、うまく歩けないセインに肩を貸して店を出た。



「大丈夫?」
 ベッドに腰掛けて呆然とするセインに水を差し出し問い掛ける。
「うん、ごめん」
 仕方なく宿屋の一室を取ったヒカリに申し訳なさそうに謝罪するセインだが、納得がいっていないようで、何度も首を傾げる。
「僕が酔うなんてありえないのに…」
 パタパタとシャツの首元を開いては閉じて風を送るセインがぼやく。
「…ヒカリのせいかな?」
 飛び出た言葉に、何を言っているんだとヒカリが呆れた笑いを返した。
「俺のせいな訳ないでしょ、セインが飲み過ぎなんだよ」
 水タオルをセインの頬に当てて、
「気持ちいい?」
そう訊ねる。
「うん」
 その感触を味わうかのように目を閉じた。
 
 長い睫が小さく震えて影を落とす。
「はぁ…」
 心地良さそうに息を吐くセインの唇が濡れて光った。

 再び、よく分からない衝動がヒカリを襲った。
 今度はハッキリと。
 どこに触れたいのかも分かっていた。

 
 その衝動のままセインの唇に指を当てる。
「ヒカ…?」
 何事かと問おうとする口を。


 塞いだ。
「っ…、ッゃ…」
 慄く口内を逃さないように細い体を抱き込み、蹂躙する。
「んンぅ…、んっ」
 熱を宿す唇が柔らかくて、新鮮な果実のように瑞々しい。舌で舐めれば柔らかな弾力があり、濃厚な香りを放つカルシュットのように甘い味がした。荒れ一つない唇が滑らかで、その中にある舌は更に甘美な味だった。

「あ、…ァ!」
 まるで美酒のように。

 味わえば痺れるような快感と、中毒性のある唇に囚われる。
「や…め…ァ、ヒカ…、っリ!」
 口付けの合間に洩れる声が熱く、更に深みへと誘っていく。
 柔らかで高い声が媚薬のように脳を刺激して、余計に煽り立てた。
「ヒカぁ…ッ、リッ…!」
 セインが強い力で胸を叩く。

 それにハッとして、
「あ、…」
甘い唇を解放した。

 二人の唾液が混ざり合い、濡れてセインの唇を汚す。荒い息を付くセインが強い眼差しでヒカリを睨んだ。
「僕のっ、力がどういうモノか、分かってるのかっ!」
 濡れた唇を拭って、息も切れ切れに文句をいう様は相手の嗜虐心をくすぐる。睨む目が、先ほど以上の熱を宿して淫らに潤んでいた。
 それを意図的に視界の外へと追いやるヒカリだ。
「ごめん、ごめんね」
 平謝りするしかない。酔っ払った相手にする行為としては、卑劣極まりないだろう。
 床に正座して、怒るセインの足元に畏まった。
「驚かせちゃったよね。嫌な思いをさせて本当にごめん…」

 殊勝なその態度は、セインを驚かせる。
 先程の暴挙に出た男とは思えないほど冷静で優しかった。
「この通り反省してます。もう俺に会わないとか…言わないで欲しい」
 深々と頭を下げて、セインの怒りをとく。

 
 呆然と、それを見つめるセインだ。
 こんな人間は。
 初めてかもしれない。

 もう一度、唇を拭って深い溜息を付く。
「いいよ、もう…。僕も今日はちょっとおかしいから」
「酔っ払ったこと?」
 顔をあげたヒカリに安堵の色が浮かぶ。
 何よりも怖いのはセインとの交流が途絶えることだ。セインがその気になればどこへだって行けるし、雲隠れもあっという間だろう。
「それもあるけど、何となくこう、不安定なんだ。
 多分ヒカリの力が以前より強くなってて、僕の力を無効化してるせいだと思う」
「…大丈夫?」
「うん」
 その小さな相槌にそろりとヒカリが歩み寄っていく。
 セインの左胸に手を置いて、
「凄い、どきどきしてる…」
驚きの声をあげた。
「だ、から…、君が無効化してて僕は今ちょっと変だって言ってるだろ!」
「うん」
 穏やかな声で相槌打つヒカリが僅かに赤くなった。
 そっぽを向くセインも同様に赤くなる。
「…最悪だ…」
 小さく洩らした言葉に、つい笑ってしまう。
「キスで感じちゃったの?」
 ヒカリの冗談めかした言葉に、
「何言っ…ッ!」
文句を言おうとして、それは途中で途切れた。

 唐突に、抱き締められたからだ。
「大丈夫。何もしないよ…」
 耳元で囁く柔らかな声は、いつものヒカリのままで。


 それに安心して。
 大人しく身を委ねる。



 トクトクと鳴る自分の鼓動を不思議な気分で聴いていた。






2014.11.01
どうしようもないほど甘い…(*゚∀゚*)たまにはいいじゃあないか。
今回そういえば字下げしてみました。自分で下げると非常に面倒でごちゃごちゃして見えるんだけど、
やっぱり字下げした方が読みやすい気がするよね。
セインは何だか唐突に書きたくなるんですよね。
もしかしてセインを唯一殺せる相手ってヒカリなんじゃないのかしら?Σ(゜ロ゜;)!!