帝国編,ギーンズ視点
前を行く背中が頼もしいと思ったのは、子どもの頃の数年間だけだった。
どういう目的があっての遠出だったかは覚えていない。セインと二人だけの遠出は後にも先にもその一度だけだった。どんな道だったかさえ覚えていない曖昧な記憶の中、一面を埋め尽くす墓石が目の前に広がっている光景は未だにはっきりと思い出す事が出来た。
といってもセインの目的はそこではない。墓石には見向きもせずその一帯を通り過ぎる。何もない辺鄙な場所まで来てようやくその足が止まった。
まだ拾われて間もない頃で、それほどセインの事を知ってる訳でもなかった。道中の間、ずっと陽気に話し続けていた男が急に静かになったのを不思議に思った途端の出来事だった。
地面が音を立て捲れ上がっていく。下から異形の者たちがぞろぞろと溢れ出て一斉に周囲を取り囲んでいった。
「コロ…す、我らノ…」
「出テ、ケ」
今、思えば大した魔族でもないのだろう。
だが、当時のギーンズにしてみれば数十という魔族の集団と巨大な体躯は僅かな恐怖を呼び起こすには十分だった。
無意識の内にセインの背中に隠れる。
振り返ったセインが小さく笑った気がした。
あとはもう、気付いたら終わっていた。
僅かな風を感じたくらいだ。瞬きの間に巨体が消え失せ、捲れ上がった大地に細かな光の粒が散っていった。
『彼らであったモノ』を吸い込まないように袖で口元を覆ったセインが、何か呟いた気がした。
異形の者たちなど初めからいなかったかのように、気にも留めないセインが頼もしく、これぞ魔国の王に相応しい圧倒的な力の強さだと感じたのを鮮明に覚えている。どうしてそんな愚かな勘違いをしたのかと、当時の自分を罵りたいくらい強い憧れを抱いた。
もっとも、そんな幻想も比較的早い段階で消えていった。
人間の1年、2年という期間よりもギーンズの成長速度は速かったのである。体の成長は勿論のこと心の成長も早く、セインに拾われた5年後には既に成熟した物の見方を持っていた。
周囲から孤立気味であったギーンズが城で埃を被っている書物と友達になるのもそう不思議な事でもなく、そしてそれらに強い影響を受けた所でおかしくない。セインよりも本から得た知識の方が圧倒的に多く、その思考形成に至っても同様だった。
その日も本を数冊、脇に抱えて中庭から自室へと戻る途中のことだった。丁度、広間の向こうから数人の集団がこちらに向かってきたのである。
「僕も暇してますから、是非また招待して下さい」
明るい声が広い空間に跳ね返って、ギーンズの元まで届いた。
集団の中心にいる男がセインである事はすぐに分かった。そして、セインが敬語を使う相手は限られている。人間の中でも特に地位のある人間、大国の王が相手の時だけだ。
黄金の髪を持つ大柄な男がその言葉を聞いて豪快に笑っていた。周囲にいる幾人かの護衛が穏やかな笑みを浮かべて二人の後ろを付いて歩く。
大広間の扉から回廊へ続く扉まで真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯を汚していく人間に。そしてセインの横を我が物顔で歩く人間に、苛立ちを抱くギーンズだ。
たかが人間風情が…。
書物を持つ手に力が篭る。小さく震える事にも気付かず人間を睨み付けていた。
その集団がふとギーンズの存在に気が付いて立ち止まる。
変わらない笑みを浮かべるセインと。同じく変わらない態度の人間だった。後ろに立つ護衛が王を守る訳でもない。まるでギーンズなど相手にすらしていない態度で、
「良い仲間をお持ちのようだ」
そうセインに投げ掛けた。
「少しヤンチャですけどね」
歩み寄ってきたセインがギーンズの額を軽く叩いて、その行為を咎める。
「失礼な態度をお許し下さい。まだ子どもです故」
「そのくらいで無ければ困るだろう?」
何の危機感も抱いていない男が豪快に笑う。
セインの軟弱さに唾を吐きたくなった。人間に下げる頭などある訳もなく、どうしてこんな嫌味を笑って受け流せるのか。ギーンズの怒気を感じ取ったようにセインの手が首元へと回った。
「ギーンズ、君の好きなシャレメコウを買っておいたよ。僕の部屋にあるから嗅いでくるといい」
身を寄せて機嫌を取る様に耳元で囁く。早い話、それを嗅いで冷静になれと促しているのだろう。
背中をそっと押されて、まるで除け者にするかのように遠ざけた。
「ところで、セイン、北方の…」
背後で二人が親密そうに会話を続ける。
集団がぞろぞろと回廊へと去っていくのを振り返る事なく気配で追っていた。
何度か、見た事がある。
どうせセインは別れ際に彼らと抱き合って、まるで人間のように、別れの挨拶をするのだろう。
苛立ちのままギーンズが向かったのはセインの部屋だった。
セインのいうシャレメコウを一輪、手に取って軽く鼻先に押し付ける。
その香りは沈静作用があるという。若草のように瑞々しく鼻から喉へすーっと抜ける清涼感のある香りが強く立ち、直後に甘い余韻が喉の奥へと残った。
苛立ちは消えそうには無い。
昼間だというのに薄暗い部屋は窓一つなく照明一つ無かった。乱れたベッドに寝転がったまま、シャレメコウの花びらを引き千切った。まるで悲鳴を上げるように香りが一層強くなり、鮮血を思わせる真っ赤な花弁が寝台に散っていく。
その香りを辿るように白い敷布の匂いを嗅いだ。清涼感のある香りと甘い香りが身体を包み、ようやく気分が落ち着いてくる。
それと同時に、喉の乾きが唐突に襲ってきた。
あの人間とも、体の関係なのだろうか。
セインは知らないのかもしれない。魔族仲間の中でも、セインが人間とそういう仲だと疑る者が少なからずいるという事を。その度に否定して彼らを嗜めてきたギーンズだが、最近ではそれすら馬鹿らしいと思うようになってきていた。
セインを見ているとそれもあり得る気がして、まるで魔国の平和を保つ手段は唯一それのような気さえしてくる。人間に媚を売らなければ魔国の強さを保つ事さえ出来ないセインをどうやって敬えというのか。
広かった筈の背中が肩を並べる人間よりも小さくて、余裕を浮かべる笑みがただの媚のようにさえ見える。
まだ成長段階の自分と違い、セインの成長は以前から止まったままだ。おそらくあれがセインの大人の姿で、あれ以上育つという事は無いのだろう。今は同じ位置にある目も、いずれすぐに見下ろす羽目になる。その背中も肩も、簡単に押し倒せるようになるだろう。
それが何故か腹立たしく、どうにもできない虚しさを齎した。
憧れの筈のセインが、弱々しい存在へと堕ちていく。
そのことが、許せないのかもしれない。
身を丸めて花弁を集める。
シャレメコウの香りが満ち溢れる中、苛立ちを抱いたまま夢の世界へと落ちていくのだった。
2014.12.14
ギーンズも煮えきらん男や〜。男ならシャキッと襲え…!o(`ω´*)o さっさとヤっちまえぇーヽ(♯`Д´)はぁはぁ!!
とか意味不明な事を書いてみます…うぅ。喉いたい。皆さんも風邪の季節なのでお気をつけてください…orz。